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夜に浮かぶ月の雫

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夜に浮かぶ月の雫


 これまであった光が、急に遮られる感覚。
 まどろみの中にあった体が、ゆるやかに覚醒に向かっていく。
 眠っていてもいい、と意識の奥は許可を出すが、外界が変化したことと、近くに人の気配を感じることが、彼の意識を完全に覚醒させた。

 もともと害意のあるものならば、近づいただけで熟睡していようが目が覚める程度には彼―――柊蓮司は周囲へ常に気をめぐらせている。
 影が落ちるほどの近距離にいても危害が加わらない、ということは近くにいる相手は敵ではない。
 しかし、起きてしまったものは仕方ない。意識を表層まで浮上させ、やけに重いまぶたを開く。


 ―――そこにあったのは、月の光を形にしたような白銀。


 窓から入っていた光は陽光ほど強くない青白い光。
 それを遮っているのは、月の光すら透かしているのではないかと疑うほどに透明感のあるしろがね。
 青く薄い影が、逆光によってもたらされ、月光を遮る人物を覆う。
 視界のピントが合わず、2、3度目を瞬かせ。ようやく、相手が誰かを理解する。

「……アンゼロット?」
「あ―――起きまして? 柊さん。おはようございます」

 そう言って、彼女―――『真昼の月』<世界の守護者>アンゼロットは、柔らかく微笑んだ。

 彼女が笑っているとろくなことがない、というこれまでの経験が警告を放つ。
 警告に従って後退ろうとして―――体中を襲う鈍痛と体の重さに、力が入りきらず背中と頭を思い切り打ち付けた。
 思わず悶絶しつつ声なき悲鳴を上げる柊を見て、アンゼロットは少しだけ驚いたように目を見開いた。

「ひ、柊さんっ? 駄目ですよ、安静にしていなくては。
 わざわざ貴方のためにこの部屋を割り当てたというのに、本人が大人しくしていないのではまるで意味がありませんから」
「安静って……そもそもここ、どこなんだよっ?」

 体中を走る痛みを、呼吸法でゆっくりと和らげ、改めて楽な体勢を心がけながらベッドに横たわる。
 ここがどこで、どうしてこんなことになっていて、今はいつで、何をすべきなのか。柊がそれを把握するには、目の前の守護者の協力が不可欠だ。
 柊のその様子に、アンゼロットは少し呆れたようにため息。

「まったくもう……そんなだから質・状態の不良な学生なんて言われるのですわよ、柊さん」
「言ってんのはお前だけだっ!?
 つーか、なんでそんなにお前に呆れられなきゃなんねーんだっ!」
「自分の成し遂げたことも覚えていないような不良品学生に、一時でも世界の命運が握られたという事態について頭を痛めていたんです」

 そう告げて、彼女はびし、と柊に人差し指を突きつけると、告げた。

「―――アウェイカーを、覚えていますか?」

 その真摯な瞳と、告げられた忘れようにも忘れられない今までで最強の敵の名で。完全に意識が覚醒する。
 殺気や敵意を向けられるのには慣れている柊が。裏界最強の『皇帝』位の魔王相手ですら、剣一つ握り締め、ためらうことなく立ち向かっていく彼を。
 その威圧感のみで凍りつかせた、完全で純粋な『消滅の意志』。『世界の滅び』として現れた『絶対者』。
 人間側の如何な力も髪一本引っ張ることはできず、逆に向こうは指先の動き一つで完全に消失させることが可能であるという、出鱈目にもほどがある戦力差。
 『滅ぼす』という意志を持っただけで、世界中のあらゆるウィザードが力の差と存在の格の違いに凍りつき、一歩を踏み出すことさえ制限されたほどの敵(おわり)。

 そんな相手の名を忘れるはずもない。
 さまざまな幸運と、仲間たちの助力があってこそ、その『終末』への抵抗はなんとか成功した。
 そして、世界が元に戻ると先ほどのまどろみの中で、彼を世界の選択として選んだ者に告げられた。だからこそ、世界はまだ続いているはずで。

 アンゼロットは、柊の表情が一変したことで事態を把握したのだろう、と判断。現状の説明に移行する。

「ここは宮殿内部の治療室の一つです。
 世界が復元されて、アウェイカーによって滅ぼされたものは元どおりになったのですが―――その前のシャイマールによる被害はそうもいきません。
 重傷者は宮殿内部の緊急治療室に運びこみ集中治療を、軽傷者は各自転送陣を使ってもらって所属地や近辺のウィザーズ・ユニオンにおいて治療をしています」
「あぁ、治療―――って、くれはとエリスはっ!?」

 最終戦において、無理をおしてあの場に立ったくれは。最後の希望を届けるため、あの時点では戦う力のなかったはずなのに戦地に立ったエリス。
 その二人の仲間のどちらが欠けても、柊は『滅び』を斬ることはできなかった。
 だからこそ、彼はたずねる。自分は―――彼女たちを守れたのか、と。
 その必死な様子に、アンゼロットは優しい目で呆れたように答える。

「くれはさんはもともと赤羽家にいらっしゃったんですもの、ちゃんとTISが魂を戻しておいてくれましたわ。
 エリスさんは今少し微妙な立場にありますので、精密検査、という名目でロンギヌスがお預かりしています。
 ほとぼりが覚めるまではわたくしが世界の守護者の名に賭けて、絶対に守ってみせますわ」

 アンゼロットの真剣な様子とその言葉に、心底安堵したように大きく息をついて。
 体中の傷が痛くないはずがないのに。その傷のせいで、今は動くことも難しいはずなのに。


 ―――彼は本当に誇らしげに、嬉しそうに、笑った。


「……そっか。よかった」

 そのことが、アンゼロットにはほんの少しだけ苦しかった。
 しかし今は告げることを告げるべきだ。彼女は報告を続ける。

「それで。
 柊さんの方の容態ですけれども、三日は絶対安静。ここから出ることはないと思っておいてください。
 言っておきますが、あの戦いが終わってもう丸一日経っているのです。
 そもそも貴方は二日ほどほとんど眠っていなかったわけですし、疲労に連戦、休憩のみで大した怪我の処置もしないまま走り回る。
 そんな無茶を続けた代償なのです、その程度の拘束は当然のものとして受けてください」

 具体的に言うと、アウェイカー戦前の時点で柊の負った傷は、そもそも動けるのが不思議なほどだったということだ。
 光条の乱舞する嵐。増幅された魔力水晶弾。最上位の攻撃魔法以上の威力を秘めた夥しい数の闇の礫。熱を奪う雨。『皇帝』の暴虐。さらには己の魔器への代償。
 それだけの負荷を受けた体を意志の力のみで振り回していたという事実は、もはや感嘆を禁じえないどころか絵空事の域ですらある。

 そんな彼女の言葉にげ、と典雅さからはかけ離れた声で柊はぼやく。

「そんなにかよ……出席日数ヤバいんだぞこっちは」
「まぁ、秋葉原全体がいまだ復興の目処が立っていません。それほど気にすることはないのでは?
 ―――というか、まだ卒業できる気でいたんですね柊さん」
「するよっ!? 卒業するに決まってんじゃねぇかっ!?」
「願望と可能事項は別ですわよ?」
「知ってるよっ!?」

 あまりにいつものやり取りに、くすくす、と笑い出すアンゼロット。
 それを不機嫌そうに見ながら、柊はそれで、と今までの話をなかったことにするようにたずねた。

「こっちのことはわかったが、お前はなんでこんなとこにいるんだ?
 事後処理だのでやること満載だろ。お供も連れずに俺の様子見に来るなんてヒマはねぇはずだろうが」
「……柊さんの割に鋭いですわね」

 柊の言葉に、アンゼロットの表情がこわばる。
 その通りだ。今現在も公務を続けなければならない立場に、彼女はいる。
 それが、この世界を守護する存在でありながら一時でも世界を自分の意志の不足で危機に陥らせた自身の責任であると、彼女は認識している。
 その彼女が今ここにいるのは、とある彼女の側近―――ロンギヌスの一人が、自身の主の異変に気づいたからだった。
 世界の復興に向けてのあらゆる指示を飛ばしている彼女の指示に要する時間が、いつもより少し遅いことと、顔色が優れないことの二点から、彼女が疲れていると判断。
 少し休んでくださいと言われたアンゼロットは、渋々とそれに従うものの、自室に行っても眠れずに、ふらふらと宮殿内を歩き―――ふと、この部屋に着いてしまった。

 寝ているだろう彼に詮無いことを話そうかと思って足を運んだので、柊が起きたのは誤算だったが。
 ふぅ、と重いため息をついて、アンゼロットは笑う。柊は、いつもとは違う彼女の様子に、真剣な瞳で彼女を見る。

「……何があったんだか知らねぇが、話くらいなら聞くぞ。大したことは言えねぇが」
「―――まったく、これだから柊さんは。
 そうですわね。じゃあ―――ひとつ、お伽ばなしでもしましょうか」

 彼女は月を見上げながら、一つの物語を語りだす。それは、遠い過去の物語。

「とあるところに、この世の美全てを集めたかのような美しく慈悲深い、それはもう全ての人に崇められていた、素晴らしい女神がいました」
「……なんでそんな装飾語ばっかなんだよ。どんなお伽ばなしだ」
「話の腰を最初っからぽっきり折らないでくださいな。ともかく、そんな美しい女神がいたのです」

 すました顔で、彼女は続ける。
 曰く、女神はもう一人の女神とともに世界を混乱させてしまい、最後には自らの命を持って、世界を守って死んでしまった。
 けれど、そんな女神の手を取ったものがいた。
 終わりに向かうだけだった女神に、真面目にやるのなら、お前に新たな見守る土地を与えようと、偉い神様が言ってくれた。
 必要とされた彼女は、今もその世界を穏やかに見守っている、というもの。

 それはこれまでの彼女の道程だ。
 必要としてくれた手があったからこそ、今彼女はここにいることができる。なのに―――彼女は、必要としてくれた者の手を、払ってしまったのだ。
 彼女が今不調なのは、そのことに罪の意識を持っていることも、少しだけある。
 しかしアンゼロットは決めたことは振り返らない。だから、罪の意識も自身の内に秘め、いくらでも進んでいける。けれど、彼女は新たな疑念を持ってしまった。
 その疑念はどうしようもなく否定できなくて、そうなってしまう可能性がないとは言えなくて、答えは出なかった。

 そんな彼女の『お伽ばなし』を黙って聞いていた柊は、いまいちよくわかっていない表情で、それで?とたずねる。

「話したいことってのはそんなんでいいのかよ?」
「いいわけないでしょう。ここからが本番です。
 一つ―――頼みごとを聞いてほしいのです」

 頼みごと?と首を傾げる柊に、アンゼロットは答えのでなかった疑念の、それでも誰かのためになる対処法として思いついたことを告げる。



「もしも―――もしも、わたくしが自分の意志でこの世界を滅ぼそうとしたら、ためらうことなくわたくしを斬ってくださいませんか」



 アウェイカーことゲイザーは、より大きな世界を守るためにこの世界の人間を切り捨てようとした。
 それは、アンゼロットとて同じこと。大きなもののために小を犠牲にしようとするのは彼女の立場として当然のこと。
 この世界を守護すべき彼女が、もしもゲイザーとは理由は違えど、なにかの拍子に世界の全てを破壊してしまおうと考えることはないのかと。
 その疑念は、彼女のうちから離れてくれなかったのだ。
 あのゲイザーでさえ、理由さえあればこの世界を滅ぼすという選択をとったのだ。
 かつて一度世界を混乱に陥れてしまったことのある自分は、二の轍を踏む気はなくとも、世界を滅ぼそうという意志を持ってしまうかもしれない。

 だから、もしもそうなった時は。
 世界のために。自分を殺せる人間に、先にその願いを伝えておこうと思ったのだ。
 彼女には、その疑念を絶対にありえないこととして否定することができなかったから、世界のために、せめて。
 その奥には、最期が彼の顔を見ながら死ねるのなら、それも悪くないか、というほんの少しの淡い期待もあるのだが。

 柊はそのアンゼロットの言葉に一瞬目を見開き―――大きく嘆息して、ぎしぎし悲鳴を上げる体を無視。両手でアンゼロットの頬を引っ張った。
 いきなりのことに、そう痛くはないもののあわてるアンゼロット。

「な―――ひゃにふるんれふは、ひーらいはんっ (訳:なっ、なにするんですか、柊さんっ)!?」
「―――やなこった」

 そう、一言。
 それが先の願いへの返答だと知り、アンゼロットは目を見開いて硬直した。
 それを見て両手を離し、ゆっくりとベッドに下ろす。

「お断りだって言ってんだよ。なんで俺がお前を斬らなくちゃなんねーんだ」
「だ―――だって、柊さんしか、今わたくしに滅びを与えられる人間なんていませんし―――」
「そうじゃねぇだろ」

 イラついたように、乱暴な声。
 アンゼロットは、その声にびくん、と震えた。まさか、殺される相手に選んだ理由を見透かされたのかとも思ったが、相手は柊蓮司である。そんなはずは当然なく。

「違うだろうが。人のこと不良品扱いするくせになんでこんなこともわかんねぇんだお前は。
 俺が言いたいのは、もっと単純なことだ。
 アンゼロット。お前は、だったらなんで―――アウェイカーに逆らったんだよ?」 

 唐突なその問いに、アンゼロットは本気で問いの意味がわからずに頭が空白状態になる。
 柊は、まったくそんなことは気にせずに続ける。

「お前はさっきの話聞く限り、あいつに誘われたから今ここで守護者やってんだろ。恩感じてるのもわかる。
 けど、だったら別にあそこでシャイマール相手に大量のウィザード送る必要はねぇだろ。たぶんキリヒトの奴はやめろっつってただろうしな。
 ってことは、お前はあいつの意思に逆らったってことで―――あいつの命令よりも大事なもんとして、この世界を選んだってことだろ。
 何がお前をそうさせたのかは知らねぇが、それでもお前はあいつの部下じゃなくて世界の守護者の方をとったってことじゃねぇか。
 恩感じてる奴裏切ってまで、っていうのは並大抵のことじゃないってことくらいは、不良品でもわかるつもりだぜ。
 そんなにもこの世界を大事に思ってる奴が、コマみたいにこの世界を捨石にできるかよ」

 その言葉は、アンゼロットの心の中にゆっくりと染み込んでいく。
 確かに、最初は義務感だけでこの世界を守っていた。
 二度目の生を与えてくれたゲイザーに報いようと、ただ世界を維持することに執心していた。
 けれど、この世界を見守るうちに新たな感情が生まれてきたのだ。

 自身を慕ってくれる、ウィザードたち。
 ただ意思の力で、あらゆる苦難を乗り越えようとする人間たち。
 一目で理解できる魔との力の差を、心を奮い立たせ乗り越える者たち。

 世界は。運命はこんなにも、終わりへ向けて一直線に進むのに。
 ただ自身の望む願いと大切なものを守り、未来を作ろうと必死でもがき苦しみながら、それでも人は前に進む。
 『神』という、これ以上変化することができない自分たちには、けしてできない生き方。



 それを見て、美しいと思った。
 完全であるがゆえに、欠けはなく、ゆえに突出したもののない『神』。
 しかし、見続けていた変化なきはずの彼女の心は、いつのまにかゲイザーへの忠誠心以上に、人間(セカイ)の存続を願うようになっていた。
 それもまた、人の起こした奇跡というべきか。
 だからこそ彼女は、彼女が彼女であり続ける以上。柊の知るアンゼロットである限りにおいて、絶対にそんなことをしないと、彼は答えたのだ。



 それに気づかされて、彼女は思わず大きく目を見開き―――童女のように微笑んだ。
 人の起こす奇跡は、長い時をかけて、彼女の在り方にすら変化を与えていた。それに気づいた時に、彼女は心からこの世界を愛しいと思えたのだ。

「そう、ですか。
 ……柊さんにしては、いいことを言いますのね」
「オイ、俺にしちゃあってどういうことだコラ」
「そのままの意味ですわ。まったく……世界の守護者にお説教なんて、三億年と三日と三転生くらい早いです」
「死んでからものが言えるかよっ!?」

 くすくす、といつものように笑って。
 アンゼロットは、晴れやかな思いで横たわる少年に向けて言った。

「とにかく。今回の件については、後々色々とお伝えしますわ。起こしてしまってごめんなさい、わたくしも公務に戻ります」
「話したいことってのは今ので終わりか? んじゃあ俺はゆっくり寝かしてもらうわ、この一日分ぐっすり」
「えぇ―――お休みなさい」

そう告げて。
彼女はそこから踵を返す。
次に彼が目を覚ました時、このお説教の借りを返すためにどんな悪戯をしようかと企みながら。



―――彼に切り捨てられた、彼女の選ばなかった『神の部下』である自分と決別して。
―――柊が信じてくれて、彼女が選んだ『アンゼロット』であり続けるために。人間を愛し続ける女神でいられるように。次に成すべきことを考えながら。

彼女は、一歩を踏み出した。


fin.



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