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大地の子に捧ぐ誓い

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大地の子に捧ぐ誓い



 淡い色の溶液に満たされた円筒の中で浮かぶ、十にも満たない幼い少女。
 焦燥、不安、恐怖―――絶え間なく破滅の衝撃に揺れる施設で身動きできないままに取り残されたことが、少女の瞳をそれらの色に染めていた。
 その少女を、その硝子の檻から解き放つために、力を振るう。あっけなく檻は砕けて、溶液と共に少女を外へと放り出した。
 少女は、己の身を支える力を持たないかのように、自分の足元に転がり倒れる。
 倒れ込んだまま怯えたように、縋るように、自分を見上げる瞳は、自分のような人ならざる銀ではなく、命宿る暖かな大地の色。
 自分とは違う、人の子であるその少女を床から掴みあげて―――その時、少女が小さく、呟いた。

「―――わたし………、おうちに帰れないの?」

 周りのエゴで、こんな場所に連れ込まれ、取り残された少女。
 人を超えることを望まれた―――人でなくなることを望まれた少女。
 それでも―――その瞳は、自分のように、まだ銀には染まっていない。
 だから―――
「―――大丈夫だ」
 そう、答える。―――お前はまだ、人の世界に、お前達の言う“日常”というものに戻れる、と。
 答えながら、一糸纏わぬ彼女を外気から守るために、自分のコートの中へと包むように抱きなおした。
 少女は安堵したように瞳を閉じる。力なくもどこか強張っていた身体から、緊張が抜けた。
 布越しに伝わる抱き上げた身体の暖かな体温、鼓動。崩壊を告げる轟音の中で、その規則正しい健やかな呼吸音だけが安らかで。

 ―――自分はきっと、この暖かなものを救うために、生まれたのだと思った。





 あの日から今までの時間を、自分はただヘルメスの残党を撲滅することに費やした。
 組織としての形態を失くしたとしても、奴らはまた同じことを繰り返そうとするかもしれないから。
 そうなれば、あの時逃がした“銀なる石”を持つ者達が―――その“銀なる石”を統合する役目を持つあの少女が、“日常”から引き離される。
 そう思って、世界中に散り散りになった残党達を追って各地を巡るうち―――世界の傷の深さを知った。
 レネゲイドによって齎される、抗争、殺戮、破滅――――――絶望を。
 自分(レネゲイド)に自我をくれた、(ちか)しい隣人である人間達が、レネゲイドによって傷ついている。
 ―――自分は、人間とは共に在れないのか。
 そんな思いが、徐々に胸を蝕んでゆく。
 造られたが故に不安定な肉体は、時と共に崩壊していく。
 それでも―――

 ―――あの、暖かなものを守るために。

 この生命(いのち)ある限り、あの日見つけた答えのために、あの少女の望んだ“日常”を脅かす存在(もの)を狩り続ける―――
 そう、己に科した自分の前に、あの日共に逃げ延びた人間が現れた。
 “銀なる石”に自我を呑まれ―――“脅かす存在(もの)”に、成り果てた姿で。
 ―――自分(レネゲイド)に自我をくれた人間が、レネゲイドによって自我を失う。
 それを見ていたくなくて―――何より、“脅かす存在(もの)”を狩るという自身に科した命題のために、“それ”と戦った。
 “銀なる石”を持つ者同士、戦いは熾烈なものとなり―――相手を倒したとき、自分自身も、己を保つのが難しいほどに傷ついて。
 そんな自分に、近づく気配が、あった。
 ―――来ないでくれ。
 そう、切実に願う。今の自分は己の意思と関係なく、近づくものを狩ってしまう。
 けれど、願いは届かず―――その気配は自分の目に見える場所まで、来てしまった。
 霞む視界に見えたのは、十の半ばほどの少女。―――哀れな、力ない少女。
 自分の意思とは関係ないところから込み上げた嗜虐への歓喜が、笑みとなって異形と化しかけている自分の顔に笑みを刻む。そのことを、他人事のように自覚した。
 力ない哀れな少女は、蜘蛛の張り巡らせた巣網(ワーディング)から逃げられない。
 自分の意思とは別の場所で動く身体が、少女へと近づき―――異形と化したその爪で、少女の胸を貫いた。





 ようやっと、身体を己の意思の元に取り戻し、異形と化しかけた姿を人のものへと落ち着けたとき、少女は自身の血に塗れて地に伏していた。
 自分が近寄ってその顔を覗き込んでも、少女は茫洋とした眼差しで見返すだけ。
「おい、生きているか」
 生きていて欲しい―――そう思って声をかける。
 少女は、かすかに唇を震わせて、自分を縋るように見た―――それだけ。
「意識もほとんどないか」
 これでは、助からない―――そのことに、胸に苦いものが満ちる。
 人間の“日常”を守りたいと願う自分が、“日常”を生きる少女を殺めてしまった。
 胸を蝕む絶望が、じわり、と広がり―――
 その自分に向け、死に瀕した少女は、最後の力を振り絞るように、訊いた。

「………わたし、家に帰れないの?」

 聞き覚えのあるその言葉に―――気づく。
 青ざめたその面立ち、光を失いつつある大地の色をしたその瞳。
 それは―――あの日、暖かなものを自分に教えてくれた、あの少女のもの。
 我知らず息を呑んで、舌打ちのような音が漏れた。

 守りたいと思っていた存在(もの)。自分の命に理由をくれた存在(もの)

 ―――それを―――自分は、この手で―――

 助けたい、助けなければ―――この命が失われれば、自分は本当に拠り所を失う。
 必死で考え―――先程、ジャームの亡骸から回収した“銀なる石”の存在を思い出す。
 常人には用えない方法―――けれど、彼女ならば。
 だが、その方法は彼女から“日常”を奪う行為―――

 ―――けれど、それでも―――

 “銀なる石”を手に、力なく地に伏せた少女へ歩み寄る。その身体を抱き起こしたとき、彼女にもはや意識はなかっただろう。
 あの日と同じ彼女の問い。もう彼女には届かないだろう答えを、それでも、あの日と同じように、返した。

「―――大丈夫だ」

 お前を死なせはしない。この行為によって奪ってしまうだろう“日常”も、必ずこの手で返す。

 ―――自分の全てをかけて―――

 どうせ長くないこの命。このままでは、路傍の石のように死ぬだけの存在(いのち)
 お前に捧げられるなら―――きっと、それだけで意味がある。
 自分を含めた、全ての“脅かす存在(レネゲイド)”をこの世界から消し去って、お前に“日常”を返そう。
 自分に、暖かなものを、安らかなものを、教えてくれた、お前だけは―――暖かく安らかな場所で、生きられるように。

 ―――きっと、自分はこの暖かな存在(きぼう)を守るために、生まれてきたのだから―――

 その思いを乗せて、“銀なる石”を、その胸の傷へと突き入れた。





to be continued ………“fall on”

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