卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

第07話

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takugess

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ゆにば 第07話



 雑多な喧騒で賑うアキハバラの街―――それが、いまの彼の戦場だった。
 数多くの戦いを不屈の闘志で潜り抜け、決して諦めずに這い上がってきた彼の、新しい戦場だった。
 彼は強者である。
 無冠の強者である。
 叩かれても、退けられても、馬鹿にされても、笑われても。
 決して諦めない。決してへこたれない。決して、矜持を失うことはない。
 それが彼の誇りであり、強さである。『不屈の闘志』とは、なにもヒーロー面した坊ちゃん譲ちゃんだけの専売特許というわけじゃない。彼には彼なりの自負があり、彼だけに許された、尽きることない生命力があった。
 その気概こそが、彼を強者たらしめている所以でもある。
 そんな彼が目指す戦場は―――『喫茶ゆにばーさる』。
 ファンシーな造りの店の看板を一望できる、道路を挟んだ向かい側の舗道に立ちながら、彼はほくそ笑む。
 銀縁のフレームに仕切られた眼鏡の硝子の奥で、細い瞳が不敵に輝いた。

「ふっふっふ。とうとうこの私にも幸運が巡って来たよ~だな~?」

 首からぶらさげた黒い双眼鏡を片手に、甲高い独特の声で歓喜の声を上げた彼―――春日恭二である。
 『ゆにばーさる』に新人配属さる!
 この聞き捨てならない情報を、たまたま街の噂で聞きつけた彼の行動は実に迅速であった。
 新人ウェイターの写真を隠し撮り、ファルスハーツへと持ち帰る。組織のデータベースへの端末回線を開き、膨大な資料の中から該当するオーヴァードを検索する。
 写真と、店から出てきた女性客の会話の断片だけで、検索作業だけなら事足りた。
 ―――確か、“けいと君”、とか呼んでやがったな―――
 データベースの検索欄に『けいと』と入力してボタンをクリックするだけで、該当者のデータが端末画面上に浮かび上がった。
「檜山ケイト、か。なになに………数々の大事件の陰で活動の痕跡が噂されるイリーガルのオーヴァード………あのUGN内乱が失敗に終わったのも、彼の存在が大きく寄与している、か………」
 パソコンのキーを叩きながら、ぶつぶつと独り言を言う。活動報告を調べれば調べるほど感じるきな臭さに、恭二は不思議な高揚感を覚えていた。臭い。大いに臭い。彼の嗅覚は、『檜山ケイト』という存在の“胡散臭さ”のようなものを、確実に感じ取っていた。それは、データベースの表面上からだけではどうしても読み取れない、“隠された”事柄があるせいである。かつては、あの“プランナー”直属のエージェントとして名を馳せた春日恭二ならではの嗅覚と言えようか。
 組織のデータベースにアクセスするにしても、一般のエージェントには知られていない方法や特別な資格を持っているのは、恭二がエリート時代に獲得した遺産である。彼が不審に感じたのは、檜山ケイトのデータから、意図的に削除された項目や、より上位からのプロテクトによって秘匿された条項が存在しているということだった。
 それこそ“マスター”の称号を持つエージェントや、都築京香クラスの存在でなければ閲覧ができない、もしくは許されないような特別な情報を、檜山ケイトが隠し持っているということである。それが、彼の出生に関わるものであるらしいということと、過去の内乱事件に絡んだ一件であるらしいことだけはなんとか確認できた。
 だからこそ春日恭二は考えたのである。
『檜山ケイトをやっちまえば、私の株、もしかしなくても急上昇?』―――と。
 思考がそこに至ってしまえば後は行動あるのみであった。
 善は急げと諺にも言う。恭二が善であるかどうかはこの際置いておくとして、それからの彼の行動はとにかく素早かった。家電売り場の部下たちや、かつてのコネを総動員して即席の―――しかし、選りすぐりの―――精鋭部隊を編成し、ゆにばーさる近辺への配備を手配したのである。
 栄光を渇望するものは、ときに後先を考えない。ときに周囲が見えなくなる。
 春日恭二はこのとき、いまが真昼間で、ここが人通りで賑うアキハバラの街中であることを、完全に失念していた。
 この一連の、ダメダメでグダグダな大椿事というか大騒動が収束した後、この顛末を側近のひとりから聞かされた春日恭二のかつての上司、“プランナー”こと都築京香は。
『―――別に放っといてもいいでしょう。私のプランには全然関係ありませんから』
 と、別段興味を示すわけでもなく、そう言い放ったと伝えられている―――。




「頼まれてた調味料、全部揃ったか? あと残ってんの、なんだっけ?」
「みんなが休憩中に食べるお菓子、なんか見繕ってきてくれって狛江さんに頼まれたよ。あ、ノートがなくなりそうだから四、五冊用意しとかなきゃ、って椿さんが言ってたな………」
「ノートって?」
「ほら、レジの横にぶら下がってるやつ。お客様の声とか、自由に書き込めるようになってるじゃない?」
「あぁ。“落書き帳”な、“落書き帳”」
 そんな会話を繰り広げつつ、買い物袋をぶら下げた執事が二人、アキハバラの街を歩いている。
 午後一時過ぎ、まだ遅いお昼を食べに来る人もいると思われたのだが、意外と手が空いてしまったために買出しに出た檜山ケイトと上月司の二人であった。手には重たそうな買い物袋を提げ、小さなメモ用紙を見ながら買い忘れたものはないかを確認していたケイトが、
「あ、つかちゃん。コンビニで金魚の餌って売ってると思う?」
 唐突にそんなことを聞いた。
「金魚の餌ぁ? ああ、そんな突拍子もないモン頼むのは、うちのバカ兄貴か辰巳かどっちだ?」
 あからさまに呆れ果てた表情を表した司が、溜息をつきながらそう言った。
「狛江さん。もし売ってたら買ってきてくれって。ノートのついでに見てくるから、ちょっと荷物見ててくれるかな」
 ずっしり重たい荷物を司に預けると、通りに見つけたコンビニへとケイトは向かう。早く済ませて帰ってこいよ、という司に手を振って店内へ消えるケイトに、お人好しだよなあいつ、と苦笑が漏れた。そういや、前に辰巳が嬉々としてペットが可愛いとかなんとかいう話題で玉野と二人で盛り上がってたっけ………そんなことを思い出す。
 玉野はたしか柴犬で。そうか、辰巳は金魚か………。

「お待たせ、つかちゃん。やっぱり金魚の餌はないって。ノートだけ買ってきた」

 ものの二、三分で戻ってきたケイトに、そりゃそーだ、と笑いかける。
 預けていた荷物を引き受けて、
「すごく可愛がってるらしいよ、正拳突き」
 そんな意味不明の言葉を吐くケイトに、司が「なんだって?」と聞き返す。それが金魚の名前なんだ、というケイトの笑顔は実に屈託がない。司ですら知らなかった狛江の愛金魚の名前をケイトが知っているということに、司は兄の言葉を不意に思い出す。
『檜山ケイトの持つぴーしーいち能力………さすが、といったところだな』
 いつの間に聞き出したのか、それとも勝手に狛江が話したものか。ゆにばーさるで働く前から、ちょくちょくUGNからの任務を受けて、何人かの従業員の任務を手伝ったりした経緯があるとはいえ、なにかこいつは女の心の警戒網を突破する特殊エフェクトでも持ってるんじゃないだろうか………と。そう思わずにはいられない司であった。
 ゆにばーさるに帰還を果たした二人が店内を見回すと、やっぱり客数はまだまばらである。
 司が調味料類の入った買い物袋を厨房へと置きにいくと、狛江と椿の二人がケイトのところへ歩み寄ってきた。
「お帰りなさい、檜山さん」
「ケイトさん、お帰りなさいっ。お菓子と餌は?」
 買い物袋をケイトから受け取る椿。きらきらと目を輝かせながら、買い物の成果を尋ねる狛江。
「ごめん。餌はやっぱりコンビニじゃ売ってなかった。でも、そのかわりにたくさんお菓子買ってきたよ。あ、少し重いから気をつけてね」
 ケイトの気遣いの台詞に、「結構、こう見えて力強いんです」と笑う椿。狛江は残念そうな顔をしつつも、お菓子でいっぱいに膨れ上がった買い物袋を覗き込み、「えへへ~。嬉しいなあ」を連発しながらケイトに笑いかけた。
 そして。
 三人のそんな様子を離れて見ている―――いや、睨みつけているメイドが一人。
 頸城智世の静かな憤りのオーラが店内に漂い始めていた。
(結希さんを泣かせておいて………結希さんにあんな想いをさせておいて………なにをイチャイチャやってるんですの、あの■●▲野郎―――!)
 椿さんも椿さん、狛江さんも狛江さんですわ。
 智世の怒りの矛先は、図らずも同僚であるメイドたちにも向けられる。いつもはクールで目つきも鋭いくせに、なんだって椿さんは、あんなに柔らかな目でケイトさんを見ているんですの!? いつもへらへら笑っている狛江さんも、いつも以上にイイ笑顔してるじゃありませんか!? ―――と。
 まあ、言うなればただの言いがかりであるにはあるのだが、智世の双眸に灯った炎はめらめらと、それこそケイトを焼き尽くさんばかりに燃え盛っていたのである。
 せめて一言、なにか言ってやらなきゃ気が済みませんわ―――そう意を決してつかつかと歩き出した智世が、店外から迫り来る不穏な気配と、自分の背後に不意に現れた“それ以上の”気配に慄然とする。
 外からの気配は、明らかな敵意を含んだもの。
 まさか、日中の市内で敵襲ですの!? さすがの智世にも緊張が走る。
 ケイトたちもその気配には気がついたようで、腰を低く落とし店舗の入り口を振り返ると、すぐさま臨戦態勢に移行できる姿勢を保持したのだった。しかし、もうひとつ―――もうひとつの気配は―――

 ざわり。

 一番近くにいた智世が、もっとも敏感にそれに感付いた。智世ほどのチルドレンが、首筋にひりひりと焼け付くような闘気を察してすぐさま振り返る。
 その瞬間―――事件は起こった。




「ターゲットのゆにばーさる店舗帰還を確認しました、“ディアボロス”」
 辺りをはばかるような低い声での部下の報告を、春日恭二は満足げに聞いていた。
 大通りを挟んで向かい側の舗道。恭二が選りすぐった精鋭中の精鋭部隊が背後に控え、また、各ポイントには同様にエージェントたちが恭二の指示を待ち構えている。その数、総勢二十名。
「ふっふっふ。檜山ケイトという大物イリーガルを仕留めた上で、アキハバラ支部を壊滅させる。これだけの功績を上げれば、上の連中も私の力を改めて見直すであろうこと請け合いだな………」
 最近では珍しい悪人面をしてほくそ笑む。久しぶりの作戦行動。久しぶりのエージェントとしての自分。
 近頃ではついつい忘れがちだが、私は家電売り場の販促係ではない。ファルスハーツのエージェント、悪魔の二つ名を持つ男。どんな任務からも生還する奇跡の男、悪の華。そう、誰が呼んだかディアボロス、誰が呼んだか春日恭二、なのである!
「よし、お前たち、突入開始だ! この任務に成功し、見事返り咲いた暁には、お前たちにも美味い飯を食わせてやるぞーっ!」
 春日恭二の号令に、一斉に右手を振り上げるノリのいいエージェントたち。だが、彼らは知る由もなかった。恭二が相変わらずファイナルハーツのオレンジハッピを着ているために、どう見ても家電売り場の冷や飯食い店長が、部下に向かって売上向上のはっぱをかけている光景にしか、彼らの姿が見えていないということに。
 そして、知る由もなかった。彼らを待ち受ける運命の、あまりにも過酷であまりも馬鹿馬鹿しいことに。
 とにかく、賽は投げられた。
 春日恭二に続いて、ゆにばーさるへと走り出す彼らの目には、幻の栄光が見えているようだった―――




 ケイトの茫洋たる顔に、電光のように緊張が走りぬける。
 それは椿も同様。狛江も振り向きざま、固めた拳を腰へと添える構えを取った。
 戸外から迫るのは疑うべくもなく強烈な殺気。その数は、およそ二十。
 まさか、敵襲か。昼間から、しかもこのアキハバラの街で。もし、ゆにばーさるを舞台にして戦闘行動が行われたとしたら、一般人に出る被害は甚大である。始めからそんなことを顧みることのないこの無茶苦茶な行動は、おそらくファルスハーツのものであろう。思わず舌打ちしたい気分になる。ケイトは意識を集中して《ワーディング》の用意をしようとした。店内で戦うことは避けなければいけない。いまは珍しく少ないとはいえ、一般人のお客さんがいる店舗内で戦闘行動を開始するなど狂気の沙汰である。ならば待機ではなく行動。篭城ではなく迎撃。それが、ケイトたちに残された選択肢であった。
 戸外へ走り出ようとするケイトが、しかし背後からのただならぬ気配を感じて歩みを止めた。
 この気配は―――!?
 ケイトが、いや、椿や狛江も立ち止まり振り返る。
 ああ、その闘気、ほとばしるオーラ。
 それをいかなる言葉で表現したらいいのだろう。
 ちっちゃな身体で仁王立ちするひとりの可愛らしいメイドさん。しかし、全身から発散する陽炎のような不穏な空気を隠すことは、そのキュートな容姿をもってしても到底できはしない。溢れんばかりの闘気を発散する身体を包む、メイド服の色は黒。いや、この場合、黒というよりも漆黒の―――もっと言うなら“暗黒の”メイド服。
 白いエプロンですら、その深い黒を中和するための色なのではないかと錯覚するほどである。
 腰で揺れるネームプレートには、ひらがなの丸文字で「ゆうき」の三文字。
 拳を握りプルプルと震わせ、涙目で唇を噛み締めながら。ひた、とただひとりケイトだけを睨みつける薬王寺結希の姿がそこにはあった。我知らず、すぐ側にいた智世がずざざっ、と身を引いた。気圧されて。圧倒されて。
 それでも、うっとりと結希を見つめ、「ああ、怒った結希さんもきゅーとですわ」と内心呟いているなどということは彼女自身以外には知る由もないことである。
「結希さん!」
「結希店長………」
 狛江が叫ぶ。椿が呆然と呟く。そして、その呼びかけの一切を無視して―――というより、耳に入っていない様子で、結希は目指す目標へと走り出した。
 のてのて、と。ぽてぽて、と。
 メイド服では走りにくく、また結希自身のスペックがあまり機敏に動けない仕様であるので、これは仕方ない。
 それでも結希は走る。ケイトめがけて走る。
 彼我の距離はすでに手の届く間合い。二人の距離はただ一歩の間合いであった。
 ぴたり。
 上体を仰け反らせた姿勢で息を飲むケイトと、呼吸と呼吸が触れ合うほどの距離に結希が立った。
 いかんともし難い身長差があるため、どうしてもケイトの顔を見上げなければならない結希は、大きな瞳を潤ませ、唇をぎゅっと噛み締めて、鼻をくすんくすんと鳴らしながら、ケイトを睨みつけている。
 肌に痛いほどのぴりぴりとした空気と、えもいわれぬ緊張感に、
「ゆ………」
 結希の名を呼ぼうとしたケイトの声は、その相手自身の大きな声で掻き消されてしまう。
「もーっ、もーっ、も~~~っ! なんですか、なんなんですか、デレデレしちゃって、も~~~~っ!」
 溜め込んでいたものを一斉に爆発させるように、結希が大声を張り上げる。ぽくっ、ぽくっ、とケイトの胸板を拳で叩くのだが、非力すぎて全然いたくはない。店内の全員が唖然とこの騒動に目を見開く中、頭を掻き毟りながらいつの間にか店内に戻ってきていた司が、
「《ワーディング》」
 と呟いた。この場にいるお客さんたちを、一瞬で昏倒させる。ゆにばーさるの一番人気メイドが愁嘆場を繰り広げるところなど、お客さんには見せられないからだ。
「さ、支部長さん。心置きなくその色男にありったけ、ぶつけてやんな」
 どこか楽しそうに呟くと、店内の壁に瀬を預け、この光景を見物することを決め込んだのである。
 一方。
 目を丸くしてただひたすら挙動不審にオロオロしているケイトは、まったく結希の為すがままにされていた。
「どーして狛江さんとは楽しそうにお喋りできるんですかっ!? どーして椿さんにはあんな優しいんですか!? 私には全然そんなことしてくれないのはなんでですかっ!? 私が良くないこいのぼりだからですか~~~!?」
 ぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽくぽく(ケイトの胸を叩く音)。
 わめき散らしてることはまったく支離滅裂で、大粒の涙で顔をくしゃくしゃにして。そんな結希に、『なんだかわからないけど、僕はまた大変なことをしてしまったようだ』と、いまさらながらに気がつくケイトなのである。
 とにかく、状況はいまいちわからないけど、僕がこの場をなんとかしなければ。
 どうしたらいいのか、なにを言ったらいいのか、それは全然見当もつかないけれど、まずは結希を落ち着かせることが先決であろう。誰もが息を飲んで、この顛末を見守る中。やはり誰もが忘れていた問題が、この混沌とした場所に放り込まれたのは、数瞬後のこと。

「わーはっはっはーっ! 全員覚悟しろぉっ! この春日恭二様が、貴様らに引導を渡しに来てやったぞーっ!」

 甲高い声で高らかに宣戦布告をしつつ、ゆにばーさるの入口の扉を蹴破って突入を敢行した、もっとも場違いな男。
 FHの元エリートエージェントという肩書きをかなぐり捨てて、いまは家電売り場の店員として日々労働に勤しむ男、春日恭二が現れた。
「おいおい、勘弁してくれよ………」
 司が天を仰ぐ。椿が唖然と口を開く。狛江は目を見開いて闖入者を凝視し、智世の背後に憤怒の形相をした不動明王が浮かび上がった。

『春日恭二、空気読め………』
 ゆにばーさる店内の誰もが、そう思わざるを得なかったのである――――――。







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