卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

第08話

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takugess

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ゆにば・ラスト


 場違い、とか。空気が読めない、とか。
 大抵そういう人間は、いつでもどこでも煙たがられるものである。
 そんな人間に向けられる、「オイオイ、お前いい加減にしてくれよ」という雰囲気は、それを浴びせかけられるだけでも辛いものだ。
 そんな周囲の無言の非難は、襲撃のために「喫茶ゆにばーさる」に乗り込んだはずの春日恭二ですらも、硬直させるのに十分であった。

 例えば。

 しめやかな葬儀の真っ最中に、犬の気ぐるみを着て参列したとしたらどうか。

 クラシックのコンサート会場に、調子の外れたアカペラを歌いながら開演時刻中に乱入したとしたらどうか。

 きっと冷たい目で見られる。可哀想なヤツ、という目で見られる。
 コイツ、なにを考えているんだ、という目で見られる。
 きっと、そう見られる。

 意気揚々と襲撃を開始し、喫茶店のドアを蹴破るほどの勢いで突入を敢行した恭二を待っていたのは、店内のメイドたちやウェイターたちの、まさにそんな視線なのであった。

「き、貴様ら! なんだ、なんだその目は! わ、私は春日恭二だぞ! ディアボロスだぞ!? 貴様らを襲いに来たFHのエージェントだぞ!? なんで静まり返るんだ!?」

 店内の沈黙と、「あーあ、やっちゃったよ、この人………」という空気に耐え切れず、恭二は金切り声でヒステリックに叫ぶ。しかし、彼が激昂すればするほど、場の空気が冷え切っていくのは当然のことであった。案の定、

「お、お久しぶりッスねー、春日さん………」
 狛江が、落ちぶれた知人に路上でばったり会ってしまって、気まずい思いをしてしまったときのようなそっけない素振りで目をそらした。

「………」
 椿も、無言で非難と侮蔑の視線を投げつける。だらしない態度を取ったときや、なにかと任務に文句をつける隼人をたしなめるときですら、ここまでの表情はしない。
「場をわきまえない、礼儀知らずな方々ですわね………」
 智世が、こめかみをひくひくと痙攣させながら静かに憤る。
 ただでさえ、ケイトに噛み付いて混乱中の結希をどうしてなだめたらいいかという難題に直面しているというのに。こんなところで、この局面で春日恭二とは。
 相手にするのも面倒だが、一応は敵組織のエージェントである。それが白昼堂々と乗り込んできたのだからたちが悪い。
 闘争の雰囲気でもないし、正直構うのも厭わしい相手であったが、そう言ってもいられない状況であることは間違いない。
「仕方ありませんわね ――― 」
 智世の呟きがすべての合図となる。
 狛江が両の拳を握り締め、肩幅の広さに脚を開いた。
 椿が指をかすかに震わせ、五本の指先からすべてを切り裂く強靭な糸が垂れる。

「ふ、ふははははっ! そうだ、戦え! そうでなくてはならん!」

 これだ。これを待っていたんだ。UGNとの緊迫した戦闘のときを私は待っていた!
 ここ最近、主な戦場を家電売り場に移していた恭二にとっては、実に久しぶりのまともな戦い。
 両手を拡げ、戦闘姿勢を取りながら高笑いを上げた恭二の瞳に、うっすらと涙のようなものが浮いているのを、智世たちも見て見ないふりをする。
 戦闘開始直前、一触即発。
 まさに両陣営の張り詰めた緊張が最高潮に達しようとした瞬間、“それ”は、起こった。

 じりり、と。ぎりぎり、と。

 それが、ゆにばーさるのフロアを擦り上げる靴の踵が立てた音だとは、始めは誰もが気がつかなかった。
 フリフリのメイド服に良く似合う、リボンのついたファンシーな革靴が軋る。
 地獄の蓋を開くような音が、店内の大気を震わせる。
 戦いに突入しようとするオーヴァードたちへ向かって、スローモーションのように。
 静かに、ゆらあり、と。
 “それ”は静かに振り向いた。そして ―――


「なーにーをー! 騒いでるんですかぁーーーーーーっ!?」

「ひ、ひいぃぃぃっ!?」

 まともに結希の怒声を浴びた恭二が、思わず情けない悲鳴を上げて飛びのいた。
 しかし、彼の失態を誰が笑うだろう。誰が馬鹿にできるであろう。
 結希と付き合いの長い司や、厨房にいた永斗は知っている。
 本気で怒った結希の恐ろしさ、その振りまかれる災厄を。

 人は彼女を死神支部長と呼ぶ。
 人は彼女を全滅支部長とも呼ぶ。

 なんせ、殺し文句が「そんなことすると私の部下にしちゃいますよ?」である。
 まあ、これは結希の冗談だとしても、周囲はそれを冗談とは受け取らない。
 なんといっても、彼女はその言葉を本気と思わせるだけの実績の持ち主だ。
 配属が即、二階級特進につながる ――― とか。
 あの支部への転属が決まった仲間には、やたらと贅を尽くした壮行会を催してやらなければ、とか ―――

 もはや都市伝説のレベルで語られる結希の偉業(?)、だからこその全滅支部長の二つ名。

 そして、哀れな恭二に真正面から浴びせられたのは ―――
 ――― 死神の名にこそ相応しい、結希の怒りの形相(はんにゃ)である。

 薬王寺結“鬼”、爆誕。

 そんなタイトルを思わずつけたくなるほどの結希の迫力に、恭二やFHのエージェントのみならず、椿や智世ですら凍りつく。
 狛江などは ――― いつの間にか店の端までダッシュで駆け出し、テーブルの下に身を潜めながらガタガタと震えていた。

 店内の緊張が、新たに生まれたより巨大なオーラに飲み込まれていく。
 ごくり、と誰かが生唾を飲む音がした。

 張り詰め、指先で突いただけで壊れてしまいそうな場の空気。
 誰もが「誰でもいいからなんとかしてくれ」と心の底から願ったそのとき。

 無遠慮な声が、

「結希」

 と、彼女の名前を呼んだ。
 春日恭二と同様に ――― いや、それ以上に空気の読めない男がいるとすれば。
 それは、“彼”しかいないであろう。

 檜山ケイト。

 結希の名前を呼んだのは、彼だった。
 恭二や智世たちに向けられていた怒りの矛先は、コンマ数秒でケイトへと軌道修正された。
 涙を浮かべた赤い目が、ケイトをひた、と睨みつける。そんな結希に、こともあろうに、

「よかった。やっと、これで話ができる」

 ケイトはそんな台詞を吐いたのだった。


 火に油! 誰もがそう思ったし、事実、結希は顔を真っ赤にして、涙声を張り上げる。

「は、話ってなんですかっ!? わ、私、怒ってるんですからねっ!?」
「うん。そうだね」
 なぜだか、ケイトは嬉しそうに笑うのだ。
「話なんてありませんっ! 話なんてしませんっ! 私、なにも言わないし、もう、ずっと怒ったままでいますよっ!? ケ、ケイトさんのこと、いっぱいいっぱい、怒りますよっ!?」
 腕をぶんぶんと振り回す。
 目をぎゅっ、と閉じながら、それでもこぼれ出す涙を拭くことすらせず。
 暴走し出した気持ちは抑えることも、鎮めることもできなかった。
 話なんてできない。まともに話し合うことなんて、もうできない。
 心の奥では知っている。ケイトがなにも悪いことなんかしていないってこと。
 自分が、ケイトと思った通りに触れ合うことができずにやきもきしているだけだということ。
 それが鬱屈した想いとなって胸の底に溜まり、女性客や同僚に思わぬ人気を博してしまったケイトへの、つまらないジェラシーとなって爆発してしまったこと。
 話したい。本当はケイトともっと話したい。
 でも、こんなんじゃもうダメだ。
 ひとりで怒って、ひとりでわめき散らして。ケイトだってきっと呆れてる。きっと、我儘で理不尽に叫んでいる私と話してくれる言葉なんて、彼だって持っていないだろう。

 話がない。話なんてしない。もう、なにも言わない。

 これは本当は私じゃなくて、ケイトこそが言うべき台詞なのだ。
 後悔先に立たず。その言葉の意味が、いまの結希にはよくわかる。
 結希の中で、なにかがガラガラと音を立てて崩れ去っていく。
 そんな音が聞こえたような、そんな錯覚を覚えた瞬間。

「うん。それでもいいよ。怒られてるほうがずっといい。すれ違って、顔も合わせられなくて、声を掛け合うことも出来ないんだったら、僕は結希に怒られてるほうが、ずっと嬉しい」

 え ――― ?

「怒られてても、こうして結希が僕のことを見てくれているほうが、何百倍もいいよ」
「ケイト………さん………」
 呆然と、ケイトを見上げる。
 目尻にじわじわと湧き上がってくる熱いものは、さっき流していた涙と同じだが、その生まれてくるところはまったく別の場所から溢れてくるものだった。

「でも、できればやっぱり、怒られるよりは話がちゃんとしたいな。結希が許してくれれば、だけど」

 泣き笑いのような笑顔をケイトが浮かべる。
 それが物語る意味は、今度こそ結希にもしっかりと伝わった。
 それは、ケイトも自分と同じ想いを抱いていたのだ、ということ。
 会えなかった時間の溝を埋めたい。話がしたい。笑顔を見たい。一緒に過して、同じ時間を共有したい。
 自分がケイトとすれ違っていたのと同じで、ケイトも自分とすれ違ってしまっていたのだ。
 僕は ―――
 私は ―――
 お互いに、もうお互いしか残されていない ―――
 あの北の街で、二人は自分たちの絆をそう評したではないか。
 私たちは、そんな二人なのだ。そのことを、改めて結希は思い出す。

「結希」
 自分を呼ぶ声。肩に、手が回される。

「ごめん。仕事中で悪いんだけど、少し結希と時間を貸してくれるかな ――― 」
 唖然と見守る一同。それは、智世や恭二たちでさえ例外ではなく。
 ただひとり、壁にもたれかかりながら事の成り行きを見守っていた年来の戦友が、
「控え室、いまなら空いてるぜ」
 ケイトにそう声をかける。
「ありがとう、つかちゃん」
 結希を伴い、店の裏へと歩きながら、ケイトが礼を言う。二人の姿が店の奥へと消えた頃、
「く、くそっ! やってられるか! 興醒めだ!」
 我に返った春日恭二がきびすを返す。無論、その背中に不意を打つような無粋な真似を、チルドレンの誰もがするはずもなく。
 来たときと同じような慌しさで恭二がゆにばーさるから姿を消した頃合を見計らって、ぱちん、と司が指をひとつ鳴らした。
 店内に、いつもの喧騒と活気が戻ってくる。《ワーディング》が、解除されたのであった。
「上手く、店長さんをなだめてくれよな」
 ぼそりと呟く声は、どこかひどく楽しそうに響いていた ―――





 あと五分。いや、一分。
 あまりみんなを待たせるのも悪いし、仕事中に店長を拘束するのもよくないし。
 だから一分。やっぱり、もう一分。

 そんなことを考えているうちに、ケイトと結希の時間は過ぎていく。
 あんなに話がしたかったのに。あんなにお互いの顔を見つめあいたかったのに。
 恵まれた機会には、それができない。いまが、まさにそれを許された二人の時間であるはずなのに。
 話ができないのは、結希が「ふみ~」とただただ泣き続けているからで。
 見つめあうことができないのは、結希が自分の胸に顔を埋めているからだった。

 だからケイトは仕方なく。

 なでなで。なでなで。と。

 いつもよりもたくさん。
 いつもよりもやさしく。

 結希の髪をただただ撫で続けていた。


 バイトは今日限りで辞めさせてもらおう。でも、結希にはたくさん会いに来よう。
 そんなことを思いながら。
 ケイトはいつまでも結希の髪を、柔らかく撫でていた ―――



(そんなこんなでよくわからないまま、ぐだぐだに終幕。でした)



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