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夜を往く者

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takugess

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夜を往く者



 夜風の吹き抜けるビルの屋上。
 その給水塔の上に、片膝を立てて腰かけている少女がいた。
 強く吹き抜ける風に、緩いウェーブのかかった桜色の髪の毛をあおらせながら、その瞳は彼方を見つめる。

 風に吹かれようとも、夜の闇に溶け込むことのない鮮烈な 姿(いろ)。
 春の夜に舞う桜の花弁のようなその髪をそのままに、絡み合う二匹の白蛇と翼を象った、白く、彼女の身長よりも長い杖を肩に。
 しかし、その表情には咲き誇る花のような華やかさはなく。
 少女の面立ちには―――迷子になった子どものような、どこか途方にくれた色があった。
 彼女は、自分がらしくない表情をしていることを自嘲し、溜め息をつく。

「……まったく。
 ワタシともあろうものが、血迷っているようだな」

 彼女は、気が遠くなるほどの悠久の時を生きる存在だ。
 その永い生の目的は、この世界―――ファー・ジ・アースを守護すること。
 正確には、遥か古代に施された封印『大地の護符』を護ることであり、『大地の護符』はある強力な冥魔を封印するためのものだ。

 冥魔。
 存在するだけで世界を汚染する命。狂い捻じれ歪み、ただ汚染し破壊するもの。世界に対する『害悪』。
 そういったものが人の世に出ないために見守り続けることは、永くを生きて、いまだ生き続ける彼女の使命。
 これまで、それを守るためにあらゆる『封印の敵』を消してきた。
 『大地の護符』を宿した人間を食らおうとする侵魔を狩り。
 冥魔と知らずに力ある封印を解明しようとした魔法使いを殺し。
 封印が弱まれば次代に継がせるために封印の継承者の命すらも奪ってきた。

 生物らしい情動がなりをひそめた後は楽だった。ただただ『封印の維持』のみを至上命題として永い時を生きてきた。
 それが。

「……いつぶりだろうかな。『悩む』などといった、人間らしい感情を表すのは」

 確かに、彼女ははじめは人間だったはずなのだ。
 あるひと時から、『転生』という一つの生の区切りを失っただけのこと。
 記憶を次に引き継ぐという『転生』をやめ、精神体となって適合者の体に移り住み、『大地の護符』を宿した人間を見守るようになった彼女は、いつしか人間らしい感情を失ったように思う。
 その彼女は、思い返すことすら難しいほどに久しぶりに、自分の『感情』に引っかかりを感じていた。


 原因は、少し前に起きた『大地の護符』の今代の『器』を巡る戦いの出来事。
 害悪でこそないものの、人間を食うバケモノと認識していた侵魔。
 そのうち、下手をすれば彼女よりも遥かに長い時を生き、人間などエサ程度にしか考えていないだろう『魔王』。
 その一柱が、たかが人間のために死んだという事実。
 しかもかの魔王は、人間に抱いた『愛』のために死んだというのだ。

 彼女は、いまだにそのことにわだかまりを抱いている。
 魔は人を食らうものだ。相容れるはずはない。
 人間とて、食物相手に相互理解の意味で愛を抱くことなどない。
 それは決まり。それは定め。覆らぬ条理にして普遍たる不変。食う側と食われる側、という立場に変化があるはずもない。
 彼女はその決まりを、強く理解し強く信じている。

 不変。
 長く生きれば生きるだけ、変化は起きにくくなる。凝り固まる、頑固になるなどとも言いかえてもいい。
 刺激を刺激と受け取れなくなるため、生き方が固定されていくとも言える。
 にも関わらず、『彼』は、悠久の時を生きた魔王の根源欲求である『生命を食う』という本能を、一時の気の迷いだろう『情』が超えたというのだ。
 そのことは、彼女にとって大きな衝撃だった。

 変わらないはずの生き方を、100にも満たない人間が変えてしまったということ。
 すでにもういなくなった『彼』は、その変化に気づいた時どう思ったのだろう。

 怖くなかったはずはないのだ。
 変わらないことが変わることは、特に生まれてからずっと変わらずに生きてきた 魔王(もの)たちにとって、何よりも恐ろしいものであっただろうと思う。
 それでも『彼』はその選択をした。
 魔王として生きることを捨て、人のように誰かに情を込めて呼んでもらいたい衝動を優先させた。
 たとえそれがその身を滅ぼそうとも、その願いが叶えられなかった未練を持ちながらも、その選択には後悔一つ残さずに。

 そして彼女は思う。
 ただ使命を続けている自分という存在よりも、それはずっと『人間』らしい生き方なのではないかと。

 羨ましいとは思わない。
 彼は彼自身の使命にして存在意義たる『世界の征服』を捨てた。その時点で彼女と彼は思想的に分かり合えるはずもない。
 けれど。もともと人間だった自分よりも、ヒトでない侵魔たる『彼』の方がずっと人間らしい、と思えてしまった。
 『ヒトではないバケモノ』、『ヒトを食らうバケモノ』と認識して侵魔を狩ってきた彼女にとっては、『ヒトとは何か』ということはとても大きな問題だった。


 風が一際強く吹き抜けた。
 髪があおられ、一瞬だけ目をつむる。その時を狙ったかのように。
 がんっ、と。彼女が腰かけている給水塔に向けて『誰か』が飛んできた。

 目を開けた彼女は、いきなり目の前に出現した人間に目を丸くした。

「よう、こんなところでなにやってんだ?」

 色の濃い肌、チョコレート色の髪、太めのきりりとした眉、澄んだ湖のような瞳の色。
 掛け値なしの美形ながら、爽快で屈託も邪気もない表情の青年。
 少女はその相手を知っていた。彼女は相手を認識すると、つまらなそうに目を細めた。

「何をしている、勝てないヒーロー?」
「いきなり手厳しいなぁ……。
 夜間パトロールだよ、夜の方がやっぱりエミュレイターは出やすいからな」

 彼の名は橘 倫之助(たちばな りんのすけ)。
 奇妙な謎生物に寄生されたにも関わらず、その悲劇にも受け取れる状況をまったく理解することなく、しかし世界を守るためにその力を行使する紛れもないウィザード。
 秋葉原界隈の近所の平和を守るヒーロー『リンカイザー』を名乗るちょっと―――正確には、ものすごく頭のよろしくない青年である。
 頭はまったくよくないが、大事なものは知っている。意地をはるべき場所もわかっている。けれどやっぱり脳みそスライム。
 そんな彼は、彼女にとっては一度共に戦ったことのある―――関係性を表すのなら、腐れ縁というのが正しいだろうか。

 彼女には他の腐れ縁二人とは異なり、この青年だけは何を考えているのかいまいちわからないところがある。
 相も変わらず能天気な顔をしている知り合いに、悩んでいる自分などというものをさらしてしまうのは彼女の沽券が許さなかった。
 彼女はいつもの通り、酷薄な瞳で彼に尋ねる。

「ご苦労なことだな。今日は成果はあったのか?」
「エミュレイターは今のところ出てないぞ」
「そうか、挨拶に来ただけなら帰れ」
「冷たいなー。様子が変だから何かあったのかと思ってあいさつがてら見に来たってのに」

 聞けば、地上から20階建てのビルの屋上にある給水塔の上の彼女の表情が見えたのだという。
 本当に頭以外の機能はムダにいい奴だな、と言うと、別に彼女は誉めているつもりはないが、彼は照れたように笑った。

「で。今はお前は葵じゃなくて、ゲシュペンストってことでいいんだよな?」
「子ノ日葵はイノセントだぞ。こんな所に来れる道理もあるまい」
「……よくわからんが、今はゲシュペンストなんだな?」

 相変わらず働きの悪い相手の頭に彼女―――ゲシュペンストはため息をつく。
 そんな彼女を見て、倫之助は自分も給水塔に腰かけた。彼の行動に睨みをきかせながら、彼女は呟く。

「なにをしている。街のパトロールならばこんなところで休憩しているヒマはあるまい」
「さっきも様子が変だって言っただろ? 何かあったのか?」
「恩着せがましい奴だな……個人的な問題だ、お前が気にすることではない」

 そう言ったにも関わらず、彼はニコニコとした笑顔でゲシュペンストの方を見ている。
 彼女が話すか、もしくは別の事件でも起きない限りは離れる気はなさそうだ。
 大きくため息。面倒な奴に見つかったな、と悪態をつきながら、彼女はぽつぽつと話し出した。

「……お前も、覚えているだろう。魔王モッガディートのことを」
「あぁ、覚えてる。忘れるわけもないさ」
「アレを見るまで、ワタシは侵魔というものを人食いのバケモノと信じてやまなかったのだがな。
 ―――今、その認識が少し揺らいでいる。
 まったくもって馬鹿らしい。これまで何百、何千、何万……いや、数え切れぬほどの侵魔をこの手で潰してきた『ワタシ』が、だ」

 そう言って、彼女は嘲いながら吐き捨てる。

「くだらないと思わないか、ヒーロー。
 バケモノとはなんだ。外れたものとはなんだ。そんなものはワタシたちも変わらない。そんなことはわかっていたはずなんだ。我らと侵魔の間には差はさしてないことは。
 モッガディートのように愛を抱くことができる侵魔もいれば、ワタシのように情を捨てることのできるヒトもいる。
 ならば―――我らは、何をもってヒトであることを証明すればいい?」

 そこまで言って。
 彼女は大きくため息をついた。

「……なんてな。
 お前に言ったところで、解決するはずもない話だ。忘れろ」

 頭のよろしくない彼に言ったところで解決などしないと、言外にそう言って彼女が会話を一方的に打ち切ろうとする。

 しかし、倫之助はしばらく考え込んだあとで、聞いた。

「えーと……ゲシュペンスト、悪いが聞いてもいいか?」
「なんだ。どうやって忘れればいいか、なんてふざけた話だったらならその辺を3歩ほど歩いてこい」
「そうじゃなくて。
 俺にはよくわからんのだが、今の話のどこに悩むところがあるんだ?」


 一瞬、あまりのことにゲシュペンストの息が止まった。
 困ったように尋ねてくる倫之助は、至極真剣な表情をしている。
 もちろん頭のよろしくない彼のことだ。からかっている、という選択はありえないだろう。
 頭痛がしてくるのを感じながら、彼女は言う。

「あ、あのな……もういい、お前に話したワタシがやはり馬鹿だったと―――」
「そうでもなくて。バケモノとか、俺たちと侵魔が一緒とか……そんなわけないだろ?」

 倫之助が首を傾げる。
 その目は真剣で真摯で、心底不思議そうな瞳だった。

「俺にとっては、誰かを傷つけようとする奴は敵。悪いことする奴は敵だ。
 侵魔は悪いことする奴だから敵だろ? 悪いことしない魔王なんて俺もはじめて見たけど、少なくともモッガディートはただ人間として生きたかった奴だった。
 お前はさっき俺たちと侵魔は一緒だって言ったけど、悪いことするから敵なんであって、力があるから敵なんじゃないだろ?」

 不思議そうな彼の言葉は、実に単純な内容だった。
 侵魔だから悪、ウィザードだから善ではなく、害を為すから悪であり、害を為す悪から人を守るのが自分の正義だと。
 たったそれだけの、単純で、簡単で、けれどだからこそ―――長い時をかける内に削り消えてしまった、一度は彼女も胸に抱いた思いだった。

 く、とノドが鳴る音がした。

「は。ははは、ははははははははははっ!!
 力があるから悪とは限らない? 立場が悪を決めるわけではない? 単純っ、実に単純だなぁお前はっ!」

 腹の底からの笑いなどいつぶりだろう、とゲシュペンストは思いながら。
 ありのままに、今聞いた言葉で浮き上がってくる言い表しようのない感情の爆発を、ただただ笑うという表現で発散する。
 目の前で爆笑している仲間を見ながら、思ったことを言ったら相手が妙な反応を返すことは日常的によくある倫之助は、不思議そうに首を傾げた。

「なぁ、俺変なこと言ったか?」
「自分が誰にそんなことを言っているか理解できていないのだろうな、お前は。
 ……まったく、こんなところで年を感じるとは思っていなかったぞ」

 あぁ、まったく。年を重ねることは嫌になる。
 大切だと感じていたことは、何よりも大事だと思っていたものは、確かにこの胸にあったはずなのに。
 いつのまにか、端からどんどん忘れていってしまうことが、悲しくて、悔しい。

 だからこそゲシュペンストは宣言する。目の前の、そんな単純なことを思い出させてくれた彼に心よりの賛辞と、わずかばかりの感謝を込めて。
 彼女は知らないが、話題になった魔王・モッガディートも発した、目の前の青年への賞賛を。

「―――認めよう、橘 倫之助。
 どこの誰がお前をそうと認めずとも。
 お前の行動は。お前の言葉は。お前の振る舞いの全ては。誰かのためにあるものだと。
 誰かを守り続けるその信念を捨てぬ限りにおいて、お前はヒーローだよ、リンカイザー」

 桜色の深い底の見えない瞳が、倫之助を射抜く。

 それは彼の行動に対する彼女の心よりの賞賛だったのだが―――当然、彼に理解できるはずもなく。
 なんとなく、その瞳に頷いた。

「あ、おう。ありがとう」
「それを言うべきなのは、むしろこちらの方なのだがな……。
 まぁ、いいだろう。ワタシはそろそろ戻らねばならん、子ノ日葵の家族が心配するからな」

 あまりよくわかっていない様子の倫之助を置き去りにするように、ゲシュペンストは給水塔の上に立ち上がった。

「ワタシがこの体から出る気が起きないことを鑑みるに、まだ事件は終わっていないのかもしれん。
 お前たちの周りで何か起きれば、またワタシも動くとしよう」
「……よくわからんが、何か事件があったら手伝ってくれるってことか?」
「おおむねその解釈で間違いはない。
 ではな、ヒーロー。いずれまた、紅い月が昇った時に会おう」

 そう告げて、彼女はその顔に不敵な笑みをとり戻し。
 自らの認めたヒーローを、その場に残してそこを離れた。



 ゲシュペンストは、自らの旅の終わりを幻視する。
 これまでの記憶の中では覚えのない、『大地の護符』の監視を終えてもいまだにこの場に残る理由に、終焉を感じ。
 再び彼女の使命と運命が彼らに絡む時がある予感を感じて、そのために行うべき用意を考えながら。
 今日も彼女は、夜を往く。

fin.

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