卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

第01話

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takugess

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我が心、君知らず 前編



「うわぁ、ホント背伸びたねぇ! 久しぶり、勇太! 元気だった?」
 五年ぶりに出会った従姉(いとこ)の笑みに、前もって身構えていたにも関わらず、勇太は動揺を抑え切れなかった。

  ◇ ◆ ◇

 並行する異世界の戦国乱世を救った二人の従姉弟。彼らが自分たちのあるべき世界へと帰ってきてから一年後。母の病をきっかけに伯母夫婦の家に預けられていた勇太は、母の快癒と同時に帰郷することになった。
「ちょっと寂しくなるなぁ~。でも、休みになった遊びに行くとか来るとか、会おうと思えば会えるもんね!」
 精一杯の笑みでそう送り出した真弓の言葉の裏には、きっともう、一生会う事はできない仲間たちの存在があって。
「そうだな、真弓が寂しくなったら会いに来てやるよ」
 勇太の中にもその仲間たちの存在はあったから、そう小憎たらしい笑みで答えてやることができたけど。
 以前から異能を持っていた勇太は無論、彼(か)の乱世で異能に目覚めた真弓も、“日常(せかい)”を守る慌しい生活から、互いの元に足を運ぶ暇を作れない生活になっていたのだ。
 電話やメール、時折手紙なども交え、交流が途切れることはなかったけれど、直接会う事はできない。
 写真越しに見る、受話器越しに聞く、従姉の姿と声。どこか実直すぎて危なっかしい“少女”から、真っ直ぐな芯はそのままに、“女”としての柔らかなまろみを帯びて。時を経るごとに綺麗になって。
 そのくせ、彼女の中の自分の扱いは、声変わりしても、成長した自身の写真(すがた)を送っても、ずっと“小さく生意気で可愛い従弟”のまま、変わらなくて。
 そのことに、じりじりと灼けるような感情が勇太の胸を焦がす。
 会えない彼(か)の人の面影を追うそのもどかしさは、まるで、異形の狼として永い時を流離(さすら)っていた頃のようで。
 そしてその感情は、ついに三ヶ月前、ある報せによって臨界へと達した。
 真弓が、たまたま遭遇したジャームと一人で交戦し、危うく死に掛けた、と。
 辛うじて助かったものの、一歩間違えれば、命を落とすか正気を失うかの瀬戸際だった、と。
 UGN越しに知ったその事実に、勇太は一瞬本気で視界が真っ暗になった。
 自分が傍にいないうちに、どこの馬の骨とも知らない輩に、彼女が永久に奪われるところだったのだ。

 ───真弓(アイツ)は、自分(オレ)が守るンだ!

 胸のうちで弾けた思い(叫び)は、数百年抱き続けた想い。

 ───真弓(あの女)は、自分(ワシ)のものだ!

 かつて一つになった大神(イクフサ)の名残が、胸のうちで咆える。

 胸のうちで弾けた二つの思いは、何が何でも彼女の元に、と己を急かす。勇太は、その思いに違わず行動を開始した。

 そして、現在――高校進学前の春休み。真弓の地元の高校に進学を決めた勇太は、それを理由に天野家に下宿することとなったのだった。

  ◇ ◆ ◇

 再び天野家へと越してきた自分を玄関先で出迎えたのは、五年ぶりに直(じか)で見る愛しい女(ひと)の笑みで。
 その威力を十分予測して身構えていたというのに、勇太は思い切り動揺してしまった。
 地元の大学に在学中の、今年で二十二になる彼女。かつてと変わらない、澄んだ明るい笑みを浮かべた容貌は、しかし、かつてはなかった“女性”の色香を確かに湛えていて。
 自身の頬が朱に染まるのが鏡を見ずとも知れて、勇太は己の顔を彼女から隠すため、真っ直ぐに向けられた笑みから視線を逸らしてそっぽを向いた。
「あったりめぇだろ! オレ、もう今年十六になんだぞ? それで小学校の頃のままとかありえねぇだろ」
 ぶっきらぼうに告げて、テンポ良く返されるだろう彼女の言葉を待って――しばらく待っても来ない彼女の返答に、訝しくなって視線を戻す。
 見れば、彼女は何故かひどく驚いたように目を見開いて固まっていた。
「……真弓?」
「――え!? あ、ごめん!」
 声をかけると、我に返ったように息を吹き返して詫びてくる。それから、少し照れたように頭を掻いて、彼女は言った。
「いや、電話でわかってたつもりなんだけど、生で聞くとやっぱり全然違うね~。声、結構低くなっててびっくりしちゃった」
 男の人みたい、と言われて、思わず勇太は顔が奇妙に歪むのを堪えることができなかった。

 “男”と意識されるのは歓迎すべき事態だろうが、今更そう言われるほど、これまでは全く意識されてなかったのだと思うと些か凹む。
 はあ、と一つ深い溜息をついて、勇太は靴を脱いだ。
「……上がンぞ」
「あ、ごめんね、玄関先で長々――っとと、言い忘れてた」
 言って、思い出したように手を打つと、真弓は上がり框を踏んだ勇太に一言。
「――おかえり、勇太」
 その一言に、勇太は一瞬目を見開いて動きを止めて――框に両足を上げると、微笑って応えた。
「――ただいま」
 しばし真弓は目を見開いて、そんな勇太をじっと見つめ――
「……背、微妙に抜かれた……」
 顔を逸らし、そう、ふてたような声で告げた。

  ◇ ◆ ◇

「……こんな狭かったっけ、この部屋」
 これからの自室となる、かつても一年間自室として与えられていた部屋を見渡して、勇太は思わずぽつりと呟いた。
 先に送っておいた未整理の荷のせいもあろうが、それを差し置いても、かつてより狭くなった気がする。
「それは勇太の方が大きくなったんだよ。自分の視線の高さが変われば、見え方も変わるって」
「あ、なるほど――って、おま、何やってンだ!?」
 真弓の声に頷きつつ振り返って、勇太は思わず声を荒げた。
 そこには、いつの間にやら荷を解きにかかっている真弓の姿。
「何って……片付けの手伝いだけど?」
「そうじゃねぇよ、そりゃ見りゃわかるよ! 勝手に人の荷物いじるなっつってンだ!」
 きょとんとした真弓に、返す声が思わず上擦る。思春期の少年として、当然の反応だった。
 もっとも勇太は、同年代の同性が好む『異性に見つかると非常に気まずい』類の代物には興味がない。心底惚れた相手がいるのに、よく知りもしない見た目だけ綺麗な女を眺め回しても、楽しくも何ともないからだ。
 それでも、以前は友人から押し付けられたものをいくつかは所持していたが、それらはこちらに越す際に全部処分した。その点では、荷の中身を見られたところで問題はないのだが。

 荷物の中には、当然衣服が――下に着込むものも含めて、入っているのだ。
 その辺りは、寧ろ真弓の方が気まずくなるのではないだろうか。というか、それに出くわした時に彼女が平然としていた場合、それはそれで意識されていないという意味で、勇太の方がショックであるし。
「つか、別に手伝いなんかいいって! お前病み上がりだろうが!」
 思わずそう怒鳴れば、真弓は心底驚いたように目を見開いた。
「え――それ、誰から……」
「いくら支部違うったって、親戚同士で同じUGN(そしき)にいるんだから、話入ってこない方がおかしいだろ」
 呆然とした声に、些か件のある声で返せば、彼女は、あう、と呻く。
「……そりゃそうだよねぇ……かっこ悪いからあんまり聞かせたくなかったんだけど」
 情けなさそうに頭を掻く従姉に、勇太は口には出さずに「うそつけ」と呟いた。
 彼女は外聞なぞ気にしない。自身の体裁など取り繕わない。怪我のことを伏せていたのは、ただただ心配をかけまいという思いからだけで。
 けれど、そんな風に気遣われ、頼ってもらえない、彼女の中の自身の立ち位置が、勇太には腹立たしい。
「でも、三ヶ月も前の話だよ。もう全然平気! へっちゃら!」
「三ヶ月前っつったって、その三ヶ月間もどうせちゃんと休んじゃいなかったンだろーが」
 勇太のツッコみに、力こぶを作って見せていた真弓は、う、と呻いて固まった。
 事情を知らない家族や学校の友人の前では、いつも通りに振舞い続けていただろうし、彼女の性格からして、動けるようになった途端にUGNの仕事にも復帰したに違いないのだ。
 ジト目で睨む従弟の視線に、真弓は気まずそうな表情でしばらく沈黙していたが、ふと気がついたように訊いた。

「……もしかして勇太、UGNに、あたしのフォロー役頼まれたとか?」
「……ま、それもあるけどな」
 そっぽを向いて、勇太は答える。
 実際、勇太が土壇場で進路変更できたのは、UGNの力添えがあってのことだ。
 真弓の所属するK市支部は、もともと人材不足気味だった。そこにきて、応援が遅れたがゆえの、エージェントの負傷。そこでK市支部は他の支部に応援を要請し、それに勇太が飛びついたのだ。
「……ごめん、あっちで高校受かってたんでしょ?」
「べっつに~? 家から近いってんで選んだ学校だし。新しく決まった学校の方が登校楽だし」
 萎れる真弓に、勇太はどうでもいいような口調で告げる。しかし、真弓の表情は晴れない。
「けど、あっちに友達もいたでしょう? それに、彼女とかもいたんじゃないの?」
 遠距離恋愛になっちゃうじゃない、と気遣わしげな声音で告げられた言葉。
 その言葉に、勇太は思わず硬直した。
「……勇太?」
 こちらの気配に気付いたのか、真弓から案じる声音が掛かる。そこには、“可愛い従弟”を気にかける色しかなくて。

 ───オレは、そこまでお前にとって“男”じゃないのか。

 そんな平然と『彼女』の存在を問えるほど。その恋路を気にかけられるほど。
 そう思った瞬間、勇太の中で何かが切れた。
「いねぇよそんなもんッ!」
 思わず噛み付くように咆える。突然の大音声に、真弓が身を竦めた。
「ゆ、勇太……?」
「いねぇよ! いるわけねぇだろ!――なんでわかんねぇンだよ!」
 勢いのまま、真弓を追い込むように歩み寄る。彼女は驚いたように後退って、その背が壁に当たった。
 壁際に追い込んだ彼女の顔の左右に両手をついて、告げる。

「――オレはもう、真弓の“可愛い従弟”じゃ、足りない」

 その言葉に、覗き込んだ彼女の瞳が見開かれる。

「そんなンじゃ――ずっと昔から足りなかったンだよッ!」

 叫んで、無理やり引き剥がすように壁についた手を離し、彼女を視界から外すために踵を返す。
「……出てってくれ。これ以上ここにいられると、オレ、真弓に何するかわかんねぇから」
「……ゆ、勇太――」
「――いいから出てってくれよッ!」
 何か言いかけた真弓の言葉を遮って、叫ぶ。
 ややあって、おずおずと背後の気配が動き――しばしして、右手の戸が開いて、閉じられた。
 彼女の気配が、小走りに去っていく。
「――バカか、オレはッ……!」
 呻いて、目の前の、彼女が解きかけていった荷をぶん殴る。
 衣服しか入っていない、柔らかい荷のはずなのに――殴った拳は、酷く痛かった。

  ◇ ◆ ◇

 ───どうしよう。

 その思いだけが、足早に勇太の部屋から離れる真弓の胸の内を、ぐるぐると渦巻いていた。
 小さい頃から知っている従弟。生意気だけど可愛くて、ぶっきらぼうな言動の裏に、こちらを慕ってくれている気配がだだ漏れで。
 そう、慕ってくれてるのは知っていた。けれどそれは、ただ小さな男の子特有の『年上のお姉さんへの憧れ』だと思っていた。
 誰もが一度は罹る麻疹のような、時が経てば自然に冷める初恋とも言えない様な感情(もの)だと思っていた。
 そう、思っていたのに。
 さっき、自分を壁際に追い詰めて、覗き込んできた彼の目は、

 ───本気の、目だった。

 本気で焦がれる“女”に向ける、“男”の目で。
「……あんなの、勇太じゃないよ……」
 思わず零れた呟きは、我知らず震えていた。
 怖いのか、悲しいのか、よくわからない。ただ、泣きそうに声が震える。

 ───あんな勇太は、知らない。あたしの知ってる勇太じゃない。

 知らない“男”になってしまった従弟から逃げるように、真弓はそのまま家を飛び出した。

  ◇ ◆ ◇

「どういうことだよ、それ!?」
 白い応接間に、勇太の怒声が響いた。
 真弓と気まずい別れ方をした後、多くない荷物をざっと片付けた勇太は、自身の転属先となったUGN支部へ挨拶に顔を出した。
 応対したK市支部長は、挨拶のあと出し抜けに、『天野さんが狙われています』と勇太に告げたのだ。
「“傀儡師”――先日、天野さんを瀕死に追いやったジャームのコードネームです。血を操る能力からして、ブラム=ストーカーだと思われます」
 血を操る傀儡使い。その言葉に、かつて異形の狼であった頃、幾度も死合い、共闘し、好敵手と認めた男の顔が浮かんで消える。
 あの男と同じような能力者が、真弓を殺しかけた。――そのことに、怒りが相乗されて、視界が赤く染まったような錯覚を覚える。
「……そいつは、真弓がぶっ倒したんじゃねぇのかよ?」
 湧き上がる怒りを押し殺して、低く問う。少なくとも、勇太は以前の支部でそう聞いた。
「ええ、そう思っていました。しかし、天野さんが倒したのはどうやら傀儡だったようで。――“傀儡師”と思われるジャームが、ここ一ヶ月で度々目撃されています。しかも、真弓さんの生活圏内で」
 その言葉尻に重なり、ぎり、という妙な音が響く。それが、自身の噛み締めた奥歯が立てた音だと気付いて、勇太は忌々しそうに舌打ちした。
 そうして、吐き捨てるように確認する。
「復讐――か?」
「おそらくは。――当人にも気をつけるよう言ってはありますが、南方くんも、“傀儡師”の件に片がつくまでは、天野さんの身辺を気にかけてあげて下さい」
 支部長の言葉に、勇太は強く頷いた。――言われるまでもない。
 今日の一件で、気まずくなってしまったけれど、嫌われてしまったかもしれないけれど。
 これからも、いつまで経っても、彼女にとって自分は、“可愛い従弟”のままかもしれないけれど。
 そんなことは、関係ない。
 数百年もの間、変わらず抱き続けたこの想い。今更、この程度で揺らぐものか。

 ───真弓は、オレが守るンだ。

 決意も新たに支部を辞去すると、荷の片付けなどで来るの自体が遅かったのもあり、もう既に夜半に近かった。
 歓迎のご馳走を作ると張り切っていた伯母に、今晩は要らないので明日に、と告げて出て来て正解だった。そんなことを思いつつ、コンビニで適当に晩飯を調達して、家路へと急ぐ。
「ただいま~」
「あ、お帰り、勇太君。遅かったわねぇ」
 まだ居間にいたらしい伯母が、わざわざ顔を出して出迎えてくれた。
「あ~、すんません、来て早々」
「勇太君ももう高校生だもんねぇ。こっちのお友達とは久しぶりだろうし、今日は大目に見てあげるわ」
 次からは流石にこんな遅くまではダメよ? と悪戯っぽく告げられて、勇太は思わず曖昧な笑みで俯く。――UGN(しごと)の関係上、それは難しい。
 と、その拍子に、玄関に並んだ靴の違和感に気付く。
「……真弓は?」
「ああ、あの子もねぇ。大学の友達に誘われたとかで、合コンですって。日付変わる前に帰ってきなさいとは言ってあるんだけど……もう成人だしねぇ」
 その言葉に、勇太は大きく目を見開いた。
 ───真弓が、合コン?
 どこぞの馬の骨とも知れぬ野郎共から、好色の視線に晒されるような席に。
 そのことに、かっと血の気が上って――次いで、そんなことよりも危険な事態に思い至って、今度は血の気が引いた。

 ───今、真弓は、命を狙われている。

 こんな夜更けに出歩くなど、狙って下さいと言うようなものではないか。
「――あンの馬鹿ッ!」
 思わず叫んで、コンビニの袋を放り出すと、勇太は踵を返す。
「ゆ、勇太君!?」
 驚いた伯母の声も振り切って、全力で勇太は駆け出した。

  ◇ ◆ ◇

「――真弓~、どしたの~?」
 掛けられた声に、はっと我に返って真弓は顔をあげた。
「あ、ごめん、なんでもないよ」
「も~、珍しく合コン(こういうとこ)出てきたと思ったら、上の空で。もったいないよ~」
 隣に座った幹事の女友達が、ばしばしと肩を叩くのに、何とか笑顔を返す。
「うん、そうだね。いい加減、彼氏いない暦イコール年齢は、記録更新ストップしないとね!」
「――意外ですね、あなたのように綺麗な人が」
 わざとおどけた声で宣言すれば、向かいから落ち着いたテノールの声がかかった。
 真弓と友人は驚いてそちらを見やり――真弓は、声の主の姿に更に目を見開く。
 細面の、物腰の柔らかい印象を受ける青年。その風貌は、まるで――
「――浄ノ進さん……」
「え?」
 声の主は、きょとんと目を見開く。真弓は我に返ると、慌てて頭を振った。
「あ、ごめんなさい! 知ってる人と、よく似てたから、つい!」
「ああ、それで。ですが、残念ながら僕の名前はジョウノシンじゃなくて、太一といいます。三条太一」
 気にした風もなくにこりと微笑する太一に、真弓も慌てて名乗り返した。
「あ、天野真弓です」
「ええ、知ってます。最初の自己紹介の時に覚えましたから」
 笑顔で返される。暗に自分が上の空だったことを指摘された気がして、真弓は思わず俯いた。
「いえ、お気になさらず。僕もあんまりこういう席には興味なくて、上の空になるのわかりますし。――でも、今日は来て良かったです」
 あなたに会えたので、と臆面もなく笑顔で告げられて、真弓はどう反応していいかわからない。
 ともすれば気障に聞こえる台詞も、柔らかな口調で告げられるとそう聞こえない。かつて共に戦った青年と面影が、真弓に好印象を与えているのも確かだろうが。
「いえ、あの……どうも……」
 赤面して、よくわからない言葉を返すのでいっぱいいっぱい。そんな様子を微笑ましげに見つめられて、真弓は余計に気恥ずかしくなった。
「天野さんは、今時珍しいくらい、心根の綺麗な方ですね」
「でっしょ~? でもねぇ、綺麗過ぎてフツーの男じゃ近づきにくいみたいで。なんていうの? 高嶺の花?」
 太一へ友人がそんな風に返すのに、真弓は目を見開く。

「えぇっ!? そんなことないよ、何言ってるの!」
「『何言ってるの』はこっちの台詞~。真弓、ピュアすぎるから気付いてないだけで、あんたムチャクチャモテてんだよ?」
 友人のその言葉に、真弓は思わず硬直した。

 ───あたしが気付いてなかっただけで――勇太は、ずっと、想っててくれたのに。

 自分は、それにどう返していいのかもわからなくて。顔を合わせたくないというだけで、今日たまたま誘われたこの席に、逃げるように参加して。

 ───あたし、逃げないって、約束したのに。

 彼が小さな可愛い従弟だった頃、そう、確かに約束したのに。

「――ごめん、帰る!」
「え、何いきなり!?」
 驚く友人の声を振り切って、真弓は店を飛び出した。
 早く帰らなければ――その一念で近道しようと裏路地に入った真弓に、後ろから声がかかる。
「――天野さん!」
「え――三条さん?」
 振り返った先にいた太一に、真弓は目を見開く。
「忘れ物です。――というか、こんな時間に女性の一人歩きは危険ですよ」
 差し出された鞄に、真弓は身一つで飛び出してきたことに今更気付き、自身の迂闊さに赤面した。
「あ……すいません。でも、大丈夫ですから」
「ダメですよ、送ります。最近何かと物騒ですから」
 鞄を受け取りながら返すと、太一は険しい顔で頭を振る。その様子に、送り狼のような下心は感じられない。
 しかし、最近物騒、というその言葉に、真弓は更に自身の迂闊さに気付いた。

 ───あたし、狙われてるんだった。

 勇太のことでいっぱいいっぱいになって、失念していた。一人歩きは確かに拙い。

 かといって、一般人の太一が一緒では余計に危険だ。しかしこの様子では、彼は何が何でも真弓を送るといって聞かないだろう。
「え~と……じゃあ、迎え呼びます。三条さんにこれ以上、お手数掛けられませんから」
 言って、届けてもらった荷から携帯を取り出す。
 一瞬迷って――それでも、その番号を呼び出した。
 呼び出し音が一回、そして二回目が鳴りきる前に、
『――真弓ッ!?』
「ゆ、勇太?」
 余りに速攻で繋がったことに目を白黒させつつ、真弓は従弟に告げる。気まずさから口早に、用件だけ。
「ごめん、あたし今、一人歩き拙いから迎え来てもらえる? 場所は駅裏の――」
 と、場所を告げかけた時、ブッ……と通話が切れた。一瞬、余りに虫のいい頼みに従弟が怒って切ったのかと思ったが、違う。
 街の喧騒が切り取られ、辺りに沈黙が満ちる。
 視界の端で、三条の身体が、糸の切れた人形のようにその場に倒れ伏した。
「――ワーディング……!」
 真弓のその声に答えるように、路地奥の暗闇が、一つの人影を成す。

「……久しぶり……やぁっと会えたねぇ、真弓……」

 闇に溶けるような黒装束――歌舞伎の黒子のような姿をしたその影は、若さも老いも、性別さえも感じられない、面妖な声で告げた。


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