卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

第02話

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takugess

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我が心、君知らず 後編



「……今日はこの前と違って一人なんだ……それとも、あなたも人形?」
 手にした鞄を弓矢へと変えながら問う真弓の硬い声に、黒子が笑う気配がした。
「察しがいいねぇ。賢い子は大好きだよ? それでこそ、手に入れる価値がある」
「手に入れる……?」
 殺す、ではなく、手に入れる。その言葉に、真弓はどことなくおぞましいものを感じて、眉を寄せる。
「そうとも。僕は美しいものを愛している。それは、僕自身がとても醜い姿をしているからだろうけれど。美しいものは手に入れて、飾っておきたいんだ」
 執着と妬心が綯い交ぜになったような、おぞましい声音。くくく、と聞く者の背を、怖気の冷たい手で撫で上げるような含み笑いが、響く。
「君は、僕が見てきた中で最も美しい人だ。姿が美しいだけでなく、聡明で、その心も穢れなき純真なもの。――何が何でも手に入れたい」
「残念だけど、お断り! 人形越しでプロポーズされても嬉しくないから!」
 熱烈な告白を一言で切って捨てた真弓に、黒子は何が楽しいのかくつくつと笑った。
「うんうん、君ならそう言うと思った。でも――これならどうする?」
 瞬間、真弓は視界の外で新たな気配が動いたのを察し、身を捻ろうとして――迫り来るものの狙いが自身ではないことに気付く。
「――三条さん!」
 叫んで、真弓は咄嗟に動いていた。
 倒れ伏した太一と、迫り来る黒い矢。両者の間へ咄嗟に割って入る。黒い矢は、咄嗟に身を庇って出した真弓の両腕に命中し、
「なっ――」
 瞬間、幾本にも解けて真弓の体を拘束し、地に引き摺り倒した。
「さて、まだやる? 真弓?」
 視界の外から太一を撃った――否、太一を狙うと見せかけて、真弓を撃った新手――異形の男が問う。
 顔半分が焼け爛れたように引きつり、左手は醜くひしゃげた姿。
 異形の人形遣いが、低く笑った。
「人形越しじゃダメだと言うからね。直接言いに来たよ」
「な……んど、言われても――お断りッ!」
 強く叫んで、不自然な体勢で弓に矢を番えようとして――
 横手から伸びた白い手がその弓に触れた途端、ぼろりと弓が崩れて落ちた。

「え……?」
 呆然と呻く真弓に向けて、その手の主は、穏やかな笑みで、告げる。
 先程まで、人形のように地にしていた男――否、人のように、気を失った振りをして倒れていた人形が。
「もうやめてください、“真弓様”。これ以上やりあっても、あなた様の美しい御身に、要らぬ傷が増えるだけです」
 彼(か)の人とよく似た風貌の人形が、彼の人の口調を真似て告げるのに、真弓は絶句して、その顔(かんばせ)を見上げるしかできなかった。
 どうして気付けなかったのだろう――こんな不自然な、作り物の笑みに。
「屑人形を量産して手数で押すだけじゃあ、君を徒(いたずら)に傷つけるだけだって、前回でわかったからね。今日は絡め手で攻めさせてもらったよ」
 人形遣いが、そう、異形の相貌をゆがめて、嘲弄の声を告げた。

  ◇ ◆ ◇

 家を飛び出して、駆け出して――勇太は、己の迂闊さに気付いた。
「――真弓、どこだよ!?」
 とりあえず、伯母が行き先を聞いているかもしれない、と携帯を取り出した時、掴んだ手の中から着信音が響く。
 液晶には、『真弓』の文字。
「――真弓ッ!?」
『ゆ、勇太?』
 余りに速攻で出たことに驚いたのか、こちらの名を呼ぶ真弓の声が上擦っている。
『ごめん、あたし今、一人歩き拙いから迎え来てもらえる? 場所は駅裏の――』
 そう、妙に口早に真弓が告げかけた時、ブッ……と不自然にその声が切れた。
「真弓!?……真弓ッ!?」
 いくら携帯に怒鳴りかけようと、聞こえるのは、通話が切れたことを告げる電子音だけ。
 嫌な予感と冷たい汗が、勇太の背を伝う。
 こちらから掛け直してみても、返って来るのは呼び出し音ではなく、繋がらない旨を告げる無機質なアナウンスのみ。
「――クソッ!」
 悪態と共に、通話先を変える。こちらは三回の呼び出し音の後に繋がった。

『はい、もしもしこちら――』
「南方勇太だ! 天野真弓になんかあった! 多分、例の傀儡野郎の襲撃だ! 駅裏周辺中心に、すぐ捜索隊出してくれ!」
 相手の言葉を遮る形で一方的にまくし立てると、通話を切って駆け出した。
「……無事でいろよ、真弓……!」
 間に合ってくれ――そう切実に願いながら、勇太は全力で駆け出した。
 とりあえず、駅裏辺りにある合コンに使われそうな店を、片っ端から覗いて周り――
「――あんた!」
 五件目で、見覚えのある顔を見つけて思わず叫んだ。
「あんた、真弓の友達だよな!」
 以前、真弓が送ってきた写真に、一緒に写っていた女友達だ。
 相手も、真弓に写真を見せられるなりしていたのか、勇太の顔を見て目を見開いた。
「君、真弓の従弟の……ユウスケくんだっけ?」
「違う、勇太!――って、ンなこたどーでもいいんだ! 真弓は一緒じゃないのか!?」
 勇太の剣幕に、真弓の友人は、やや身を引きながらも、
「真弓なら、帰るって言って大分前に店出て……でも、三条さんが送ってったから、大丈夫よ」
「……サンジョウさん?」
 我知らず、声が一段低くなった勇太に、友人は顔を引きつらせつつも答えてくれる。
「ええと、今日はじめて、ここで会った人なんだけど……」
「え、そっちの連れだろ? あいつ」
 隣にいた男子側の幹事らしい男が、目を見開いてそう言った。
「え、違うよ。っていうか、こっち女子グループじゃん。なんで男連れてくるの」
「いや、男女比合わせるのに来て欲しいって女子に頼まれた、って本人が言ってたぞ?」
「何言ってんの? 今日一人男増えるから、女一人増やせって、昼にいきなり言いに来たのそっちじゃん! それで私、真弓呼んだんだよ?」
「そっちこそ何言ってんだよ! 俺、昼にお前になんか会ってねぇよ!」
 噛みあわない会話に、勇太は低い声で問う。
「――つまり、どっちの連れでもないのが、一人紛れ込んでたのか?」
 端的なその言葉に、事態の異常さを理解したのか、二人の顔から血の気が引く。
「マジかよ、なんだそれ……」
「そんなわけわかんないやつと一緒に……真弓……ヤバんじゃ……!」

「オレが探す。そいつ、どんなヤツだ」
 普通なら高校生に事態を任せる方が拙いが、動揺している二人は気付けなかったらしく、
「細面で……身体弱そうな感じの……」
「真弓の知り合いと似てるとか……確か、ジョウノシンとか何とか、えらい古風な名前の……」
「――ンな偶然があってたまるかッ!」
 告げられた名前に、勇太は思わず叫んでいた。
 かつて共に戦った、人形使いの修験者。二度と会うはずもないその青年似の男と出て行って、その直後に音信不通。――そんな偶然あってたまるか。
 十中八九、“傀儡師”の撒いた疑似餌だ。
 何故、“傀儡師”が浄ノ進のことを知っていたかは大した問題ではない。オーヴァードの中には物を介して情報を得る者もいる。おそらく“傀儡師”は、痛み分けで終わった最初の戦いの際、真弓の記憶を読んだのだ。
 そして、真弓の友人に、この男幹事の姿の人形で虚偽の情報を流し、真弓を呼び出させて、浄ノ進を模した人形を場に潜り込ませた。
 回りくどいが、闇雲に待ち伏せるよりは、確かに真弓に接触しやすい。
 厄介な相手だ。手間暇や小細工を苦としない、絡め手タイプ。こうなると、呼び出した後の細工も、相当練っていると見るべきだ。
 ───真弓が、危ない。
 改めて湧いた危機感に、勇太は二人に咆えた。
「どっち行ったかわかんねぇか!?」
「いや、見送ったわけじゃないし……あ、でも、真弓、エラい急いでたから、ショートカットで裏路地通ったかも……」
 それだけわかれば十分だ。勇太は即座に踵を返して、
「わかった、ありがと! あと任せろ!」
 そうとだけ告げて、店を飛び出して裏路地の方へ駆け出した。

  ◇ ◆ ◇

「……どうして、頷いてくれないの、真弓」
 悲しげな声音で異形の男が継げる先には、赤黒い縄で地に縫いとめられ、見るも痛ましいほどに傷ついた娘の姿。
 得物を作る。矢を射て躱される。弓を壊される。相手の黒い矢を避けきれずに、地に這わされる。――何度繰り返しただろう。
 もはや声を出すのも辛いのか、無言で睨み返す娘に、異形の男は心底悲しげな声音を紡ぐ。
「これで最後だよ。これで頷いてくれなかったら――僕は、君の身体だけを持って帰る」
 つまり、頷かなければ、殺して遺体だけを蒐集する、という意味。
「……そっちこそ、どうしてわからないの」
 荒い息の下、それでも確かな声音で、真弓は言葉を紡いだ。
「あたしは……絶対、人を物扱いするような相手の言いなりになんてならない!」
 真っ直ぐに、相手の目を見返す眼差しには、不屈の光。
 その脳裏に浮かぶのは、一人の少年。想う相手(じぶん)を目の前にして、それでもこちらの意に反することをしないようにと、自分を制するように背を向けて。
 思い出すのは、かつて奇妙な異界で出合った異形の狼。ことあるごとに喰ってやると狙われて、でも弱いものいじめが嫌いな彼の言葉は、裏返せばこちらを一つの“命”と認めていて。
 ただ物みたいに、『欲しい』『手に入れたい』と駄々を捏ねる、相手の意思も命も認めない。こんな相手に屈したら、自分を認めてくれた“彼”に、申し訳が立たないから。
 例え──ここで殺されたって、
「あなたなんかに後生大事に飾って置かれるくらいなら、例え姿がどんなにぐちゃぐちゃになったって、“彼(オオカミ)”に食べられて死んじゃう方がずっといいッ!」
 真っ直ぐな真弓の答えに、すっと異形の面から表情が消えた。
「そう……それが、君の答えか。――さよなら、真弓」
 その言葉を合図に、真横にいた太一が真弓に手の平を向け――

 瞬間、生まれた漆黒が、獲物を呑み込んで跡形もなく消し去った。

「――え……?」
 人形が黒い球体に消し去られたのを、目の前で見届けた真弓は、呆然と、不自由な身で、現れた気配の方を振り返る。
「……ゆう、た……?」
 通りから差し込む逆光に、シルエットだけを浮かび上がらせた少年が、そこに立っていた。

  ◇ ◆ ◇

 やっと見つけた探し人は、ぼろぼろに傷つき、地に拘束され、今まさに命を刈り取られようとしていた。
 まず一つ、勇太の中で音を立てて何かがキレた。
 かつての好敵手の姿を模した人形(でくのぼう)を、怒りのまま、一撃で消し去って――
「……ゆう、た……?」
 弱々しい声で己の名を呼ばれた瞬間、完全に、ブレーキが壊れたのを自覚した。
「――……くも……」
「なんだ、お前――!」
 漏れた呟きを遮って、異形の男がヒステリックに叫ぶ。
 その声に応えて、黒子が動いた。その手から、赤黒い矢が放たれて、貫く。
 しかし、撃たれた少年は、腹を穿たれたことに気付いた風もなく、自身の力を行使した。
 生み出された闇が、大きく顎(あぎと)を開いて人形へと突貫する。
 人形は咄嗟に後退るが、遅い。漆黒の狼と化した“重力”は、美味くもない獲物を一飲みに下し、消えた。
「……な……」
 呆然と呻いた人形遣い。そこへ、改めて“狼”の主の声がかかる。
「――よくも、真弓を……!」
 低い低い、極限まで憤怒を煮詰めたような、声。
 無造作に、一歩。何重にも己の大事なものを踏みにじってくれた、憎き相手に歩み寄る。
 表情を影に隠したまま、声にだけ憤怒を宿して歩み寄ってくる少年に、“傀儡師”は思わず後退る。しかし、そこで我に返ったように踏みとどまると、
「……た、たかだか二体潰したくらいでいい気になるなッ!」
 腰の引けた姿勢のまま、アスファルトの大地に自身の血を振り掛けた。血に触れた部分から、地がむくむくと隆起し――
「――遅い」
 一言。少年の呟きと共に生まれた漆黒が、形を成しかけた人形を無造作に呑み込んで屠った。
 絶句して立ちつくす“傀儡師”に、少年は吐き捨てるように告げる。

「この程度で、あの山住の姿を人形に使うか」

 声と共に放たれた漆黒が、人形遣いの片腕を食らう。
「……ぁぁあああああッ!」
 悲鳴のような声と共に放たれた血矢を、無造作に闇で相殺、更に一歩。
 煮えたぎるように、凍えるように、灼熱の怒りを冷徹な殺意に転化した声音で、告げた。

「この程度で――このオレ(ワシ)の女(エモノ)に手を出したか」

 声と共に、彼の眼前に、巨大な漆黒が生まれる。
 それは見る間に形を変えて――雄雄しく、勇ましい、威厳ある姿を成した。

 ───大神(オオカミ)。

 先程、人形を飲み込んだものとは比べ物にならない荘厳たる霊威の化身が、夜の闇より深い漆黒の姿で顕現する。

「消えろ、身の程知らずが!――地獄の底で悔いやがれッ!」

 大喝と共に放たれた漆黒の獣が、許しがたい仇敵の姿を覆い隠し、呑み込んで――夜に還るようにして溶ける。
 一拍置いて聞こえ出した街の喧騒が、終わりを告げるように少年の耳を打った。

  ◇ ◆ ◇

「――勇太、大丈夫!?」
 掛けられた声に我に返って振り返ると、束縛から解かれた従姉が、身を起こして駆け寄ってくるところだった。
 目の前でよろけた彼女を慌てて支え、怒鳴るように返す。
「そりゃこっちの台詞だ! ンな時に一人で出歩きやがって! オレがどんだけ駆けずり回ったと思ってンだ!?」
「……ごめん」
 真弓は萎れて告げる。泣きそうに、声を震わせて。
「危ないことして、ごめん。気付けなくて、ごめん。――逃げて、ごめん」
 震える肩に寄りかかるようにして抱きしめて、勇太は頭を振った。
「……もういい。全部いい。真弓が無事ならそれでいい」
 抱きしめるその感触が、その熱が、彼女の存在が失わずに済んだことを、確かに伝えてくる。
 あの異形の狼の姿で、ただ胸に宿った面影だけをよりどころに彷徨っていたような日々は、もうごめんだ。
 この熱を失わせはしない。側にいる。絶対に守り抜く。
「……ごめんっ……!」
 ごめんね、と繰り返す彼女の頭を、勇太は腕に抱きこんで、それ以上の言葉を遮った。
 しばしして、彼女の嗚咽が治まった頃、勇太が腕を緩めると、彼女は顔を上げる。
 真っ直ぐに、こちらを見返したまま、いつもの明るい笑みを浮かべて、口を開く。
「あのね。まだ正直、勇太を“男の人”とは見れないけど。それでも、それでもね、勇太はやっぱりあたしにとって特別だから」
 その言葉に、勇太は僅か、苦笑する。

 ───そんなことは、遠の昔に知ってるよ。

 あの奇妙な戦乱の中で、真弓がどれだけ自分のために奔走してくれたか、知っている。
 だから――とりあえず、今は、それでいい。

 この熱を抱き込んでも拒まれない。この熱を守れる距離にいられる。それだけで――

「……あぁ、いーよいーよ、十分だよ」
 勇太が内心の思いを隠してわざとふてたような声で返せば、真弓はむっとしたような表情で、
「あ、信じてない! ホントなんだからね! さっきだって、あの人形遣いに殺されそうになった時、『こんなやつの好きにされるくらいなら、イクフサ(ゆうた)に食べられちゃう方がいい』って思ったんだから!」
「――っげホッ!?」
 怒鳴るように告げられた言葉に、勇太は思いっきり呼吸を乱して咽こんだ。
「……だ、大丈夫!?いきなりどーしたの!?」
「――どーしたの、じゃねぇッ! いきなり何言うかこのボケ女ッ!」
 慌てて背を擦ってくる従姉に、勇太は思い切り怒鳴りつける。
「ぼ、ぼけ女ぁ!?」
「ああ、ボケもボケ、大ボケだッ! もしくは男の純情理解してねぇよお前ッ!」
 目を剥いて怒鳴り返す真弓に、勇太は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「全然意味わかんない! 何それ!? どういうこと!?」
「だからボケだっつーのッ! もうちょっと言葉を裏返してみてから、口にしろッ!」
 ムキになって問う真弓に、真っ赤になって怒鳴る勇太。
 二人の言い合いは、勇太が先に呼んでおいたUGNの捜索隊が二人を発見するまで、延々続いたという。


 こんな不器用な二人が、どのような形で決着するかは――まだ、しばらく先のお話。

(Fin.)


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