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月夜の気まぐれ

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takugess

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月夜の気まぐれ



 それは、取り戻せない過去への感傷か。
 月に惑わされるように首をもたげた、彼女には珍しい悪戯心。

  ◇ ◆ ◇

「こんの、スケベ男ぉぉぉぉおおっ!」
「のぅぁおおおおおっ!」
 少女の絶叫と共に、一つの人影が、奇声を上げて夜空に放り出された。
 その影はまだ若い少年。黒髪に黄色(おうしょく)の肌。東洋人の特徴そのままの容貌に、この平和な島国ではごくありふれた学ラン姿。
 自身の住まう古アパートの窓からコードレスバンジーさせられている彼の姓名を、国見以蔵という。
 少し前、『特異点』という未知数の力を偶然その身に宿すこととなり、それ故に世界規模のトラブルに巻き込まれて、宇宙まで行く羽目になった少年である。
 現在、彼自身に『特異点』の力はなく、それは今、このアパートの新たな住人となった少年と、シャンカラと名乗る謎の男のものとなっている。
 故に、彼が人類にあるまじき体勢で虚空を泳いでいるのは未知数の力のせいなどではなく、ひとえに、彼自身の業に対しての因果だった。──具体的にいうと、幼馴染である大家の娘に、セクハラの制裁として窓からぶん投げられただけである。
 と、重力に従い、放物線を描き始めた以蔵の視界に、一つの人影が映る。
 アパートの庭に佇む後姿。長い金の髪を束ねてまとめ、すらりとした長身を男装に包む、凛とした麗人。
 彼女の名をシャル。生家と共に姓を捨てた女。『特異点』を研究する少女博士に仕え、それが縁でこのアパートにやってきた傭兵である。
 軌道から推測される落下地点に彼女の姿を見出した以蔵は、虚空で器用に身を捻って、両手を彼女へと突き出すと、
「――シャルりぃぃぃぃぃいいいんっ! 俺の熱い思いを身体ごと、その豊かな胸で受け止めてぇぇえええっ!」
 感情を露にすることを是としないはずの傭兵が、虚空の人影の絶叫に振り返って、思い切り眉をしかめた。そして、無造作に一歩右へ。落下ルートからズレた位置に移動。
「そりゃないぜよベイベェーッ!」
 阿呆な叫びを上げて、以蔵はシャルが退いた後の冷たい大地へと、顔面から突っ込むのだった。

  ◇ ◆ ◇

 闇は遠く、星明りも遠いこの土地にしては、珍しく月の良い澄んだ夜。
 誘われるように庭に出て、一人月夜を楽しんでいたというのに。
「……で、今度は一体何をやったんだ、君は?」
 足元に転がる無粋な闖入者に、女傭兵は冷たく不機嫌な問いを投げた。
 首がヤバイ角度に曲がってしまった、常人なら死んでいてもおかしくない――というか、寧ろ死んでなければおかしいような体勢の少年。だが、この少年は――否、自分達はこんな程度のことでは死にはしない。嫌というほど、その事実を体感してきている。
 常人を越える能力(ちから)を得てしまった自分達(オーヴァード)は、この程度では死なないのだ。
 案の定、痙攣していた少年は、予備動作なしに、がばっ、と身を起こして、シャルの腰の辺りにしがみついてきた。
「聞いてよシャルり~ん! もみじってば酷いんだよ! 俺はただ、俺とあの野郎のどちらが本当にもみじを愛してるか、伝えたかっただけなのに!」
「……つまり男二人でもみじ嬢をはさんで馬鹿騒ぎして、君の方が先に地雷を踏んだわけか……」
 げしっ、と以蔵の腿を踏み抜くように蹴り、緩んだ拘束から抜け出すと、シャルは呆れた声で呟く。
 以蔵の言う『あの野郎』とは、新たに現れた『特異点』を有する二人のうちの一人、このアパートに身を置くことになった記憶のない少年のことだ。
 彼は表面こそスマートな好青年だが、一皮剥くと目の前のこの男と全くの同類である。この二人は同類であるが故の近親憎悪というやつか、放っておくと、ひたすらに低レベルな諍いを飽きもせず繰り返す。今回もそのクチだろう。
 その諍いに巻き込まれた少女へ、シャルは同情の吐息を漏らす。まあ、ある意味二人の諍いの元凶は彼女にあると言えるから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれないが。
「……全く君は……本気でもみじ嬢を想うなら、もう少し節操とか慎みとか、遠慮とか言うものを身につけたらどうなんだ? というか、こんな目に遭っていい加減懲りないのか!」
 しつこく腰に抱きつこうとする少年へ、スラックスに包んだ長い足で踵落としを決めつつシャルが言えば、彼は即座にダメージから復活して叫ぶ。

「今は跳ねつけられても、叫び続ければいつかは届くかもしれないだろ!? 遠慮して伝わらない想いをただ抱え続けるくらいなら、俺はうざがられてもいつか届くかもしれない愛を叫び続けるぅぅぅぅ!」
「少しは自制しろ! 叫べばいいってものじゃ――」
 怒鳴り返しかけて――シャルの声はそこで途切れた。
 以蔵に向き直った時、彼の肩越しにアパートの庭が――かつて生家と縁を切った時に、一緒に捨て来た兄の最期の場所が、月明かりに照らされて見えて。
 ふと、感傷にも似た思いが、過ぎったから。

 ──叫べば、届いたのだろうか。

 古い因習に囚われた家だった。それがどうにも耐えられなくなって、一人飛び出して逃げ出した。逃げた先で新しい居場所を見つけ、そこで自分を貫くことが、置いてきた者達への言葉になると信じて、生きてきた。
 けれど、あの狭い世界で、狭い視野しか持てずに生きてきた兄に、そんな声にしない言葉が届くことなど、果たして有り得たのだろうか。
 そもそも自分は、置いてきたもの、捨て来たものに、本気で何かを伝える気があったのだろうか。
 どうせ無駄だと、届かないと、声にする前から、どこかで諦めていなかったか。届かない声を張り上げる空しさと、無様さに、それを避けて生きてきたのではないか。
 もし――もしも。この目の前の少年のように。
 自分があの家に疑問を持った最初の時から、呆れるほど不恰好に、鬱陶しいほど喚き続ければ。
 あの兄も、彼に見えている狭い世界から、外(こちら)へと振り返るくらいのことはしたのではないだろうか。
 そこから引き摺り出すとまでは行かなくとも、世界の広さに、道の多さに、気づかせるくらいのことはできたのではないか。

 ───みすみす、狭い視野の目の前に歪んだ理想をぶら下げられて、それが全てと不帰路に踏み出すような、そんな結末を迎えさせなくても済んだのではないか。

「……シャルりん?」
 と、訝しむような声に、我に返る。見れば、以蔵が珍しく神妙そうな表情でこちらを見上げていた。――こちらが見ていたものに、気付いたのだろうか。
 こんな少年に気遣われるほど、幼くもなければ、老いてもいない。そんな思いを苦笑に湛えて、シャルは掛けられた声に応えた。

「別に斬ったことを悔いてるわけじゃない。他に道はなかったのだから」
 誰とは言わず、ただそう告げる。
 再会したあの時には、もう、兄は目の前にぶら下げられたものを唯一として、既に不帰路へ踏み込んでいたから。
 引き戻すことは不可能で、その時の自分にできることは、ただその歩みを止めることだけだった。その時にできる事をやったのだから、後悔はない。
 ただ、あの兄は、ある意味でもう一人の自分とも言える存在だったから。あの家に置いてきた、かつての自分だったから。それを救えなかったことに、少し未練があるだけ。
 逃げたことで始まった今の自分だけれど、それでも今は胸を張れるから、後悔はしない。自分を救ってくれた人に応えるために、後悔だけはしないと、決めた。
 そう思って、シャルは、その救い主の少女が仄かに想いを寄せる相手を見遣る。
 いつもはやかましいくらいに賑やかなのに、らしくもなくこちらに気を遣ってか、ただこちらを見つめる少年。
 舞い込むトラブルに耐えきれなくて逃げ回り、けれど、最後の最後で踏ん張って、自ら立ち向かった子供。調子ばかり良くて、鬱陶しくて不恰好で、けれど、どこか憎めない何かを持っている男。
 自分とは対極の生き方の、少年。
 彼のような生き方の人間こそが、きっと、本当の意味で、誰かを救うのだろう。
 不恰好であればこそ、下らないプライドなんて投げ打って、想いを叫べるから。賢くないからこそ、根拠や確立なんて気にもせず、信じた希望に向かって行けるから。
「……しゃ、シャルりん? そんなに俺のこと熱烈に見つめちゃって……さては、俺に惚れた?」
 と、視線を向けたままそんな思考に沈んでいたら、当の以蔵がそんなことをほざいて来た。
 珍しく好意的なことを考えていたら、すぐこれだ。呆れて溜息をついて――ふと、シャルの中で珍しく、気まぐれにも似た思いが過ぎった。

 ───たまには、好意の類を表現してやってもいいのかもしれない。

 彼のように相手に鬱陶しがられるほどでは論外だが、確かに想いと言うものは、ある程度、言葉や態度で示すべきものなのかもしれない。
 そんな風に思ったのは、想いを示すことで救えたかもしれない兄への、感傷だったのかも知れないけれど。

 ふっと口許を緩め、柔らかい笑みを浮かべたシャルを見て、いつもは鬱陶しいくらいに騒ぐ立てる少年が、何故か狼狽したように後退りした。
「え、なんですかシャルさん、その笑みは? イエスってこと? って、そんなわけないですよねすみません調子ぶっこきました! ごめんなさい謝るからっていうか俺は何されるのどうされるの本日二回目のお仕置きタイムー!?」
 思いっきり怯えた風に後退る以蔵に、シャルは笑みを引き攣ったものに変える。
 本心の好意から笑みを見せたというのに、その反応はなんだ。というか、彼の中の自分の位置づけはどういうものなのだろう。
 流石に面白くない。しかし、それ以上に、笑みだけでこのリアクションなら、これ以上ならどう反応するのか、という好奇心が首をもたげた。
 シャルはじりじりと逃げる以蔵の襟首を引っ掴んで、自身の方に引き寄せる。
「きゃー! 痛くしな――ッ!?」
 叫びかけた以蔵の声が不自然なところで切れる。

 引き寄せられた額に、俄かに落された柔らかな感触のために、硬直して。

 しばしして、シャルは引っ掴んでいた襟首を離し、
「――良い月夜に話相手になってくれた礼だ。まあ、二度はないだろうから、ありがたく取って置くといい」
 告げられた方は、その声も聞こえていない様子で、ただ額を押さえて、金魚の如く口をぱくぱくさせている。
 その様子に先程のことに対する溜飲を下げると、女傭兵は悠然と笑んで見せ、
「では、おやすみ」
 そう言い残し、月光の差す庭から、アパートの中へと戻っていった。

  ◇ ◆ ◇

 ちなみに、その後。
 一人残された少年が、彼女の姿が完全に消えた後に硬直から脱し、
「……え、何これ、どゆこと? シャルりんが俺にデコチュー? デレ期? いや、あのツンツンツンツンツンツンなシャルりんがデレるなんて、そんな夢みたいなこと……はっ! そうか、これは夢か!? 夢なんだな!?」
 拳を握って、そんな結論へ一人勝手に辿りついて、
「もみじにぶっ飛ばされた後に気絶して夢見てんだ俺! そうに違いない! しかし、なんて都合のいい夢……! きっとこの夢の中なら何やっても大丈夫! ハーレムだってきっとできるよ、俺!」
 ガッツポーズを取って阿呆なことをほざき続ける最中に、背後から声がかかり、
「以蔵~……? あ、良かった、生きてた。……なかなか戻ってこないから、打ち所悪かったのかと……っていうか、流石に窓から投げるのはやりすぎだったかも。ごめ」
「ハーレム攻略対象キタ――――ッ!」
 降りてきた幼馴染の言葉を皆まで聞かず、彼女へと勢いよく抱きついて、
「きゃ―――ッ!? いきなりなに訳わかんないこと言って抱きついてくんのよバカ以蔵―――ッ!?」
 少女の悲鳴と平手打ちの音が、短い夢の終わりを告げるように、音高く月夜の空に響き渡ったことは――女傭兵のあずかり知らぬ事である。

(Fin.)

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