卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

■SEQUENCE 02

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takugess

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だれでも歓迎! 編集
455 名前:NPCさん 投稿日:2006/05/15(月) 17:34:27 ID:???
■SEQUENCE 02
 外は雨だった。
 柔らかい針のような五月の雨が街を包んでいる。まるで遠いホワ
イトノイズのような響きは繭のように『部室』を包み込んで、なん
だか巣篭もりをしている小さな熊のような気分にさせた。
 山手線の中ではマイナーな名前の駅前の薄汚れた雑居ビル。
 キャバクラとかカラオケボックスとかが入ったいかがわしいこの
ビルの屋上にある管理小屋を、『部長』達がどうやって手に入れた
かはわからないが、この場所を知る有志はこのスペースを『部室』
と呼んでいた。

 がらんと広いコンクリートの打ちっぱなしのスペースは30畳は
あるだろうか。安っぽい事務用のオフィスデスクと、会議用テーブ
ルにパイプ椅子をおいてもまだまだ空間がある。誰が持ち込んだか
合皮のソファに、一角には、四畳ほどの畳のスペースもある。
 居心地はいいのだが、調度品はちぐはぐで殺風景なスペース。
 それが『部室』だった。

 GW。世間では黄金週間と呼ばれているが、今年は例年に比べて
非常に気温が低かった。夜でもちょっとうっかりするとコートが必
要なほど。また天候が優れないせいもあって、人出も多くないとの
ニュースが流れている。
 観光や景気のことを考えるとあまり有難くない話でもあるのだが、
こんな雨にしっとりと閉じ込められていると、部屋にいるのもそん
なに悪くない。そう思える。


456 名前:NPCさん 投稿日:2006/05/15(月) 17:39:03 ID:???
「んぅ。うん~ぅ~」
 この部屋に三つある事務机にはそれぞれ共用のPCが備え付けられてい
る。今となってはどこのオフィスでも眉をひそめられてしまうような旧
式のものだが、ネットを見るくらいなら何の問題もないものだ。
 そのひとつの前で、ヤヌスは大きく伸びをする。白いブラウスに紺の
スカート。女学生風の対という地味な装いが、シニヨンにまとめた髪と、
細いリムに支えられた眼鏡が飾る聡明そうな表情によく似合っていた。
 彼女が腕を大きく上に伸ばしたまま、首をかしげるように振ると、こ
ぼれた後ろ髪が肩をくすぐるとともに、こきゅり、と可愛らしい音がす
る。
 思ったよりまじめに文章を書いてしまっていたのかもしれない。それ
とも、眼鏡の度がずれてきているのかな。
 ヤヌスはそう思うと、細いメタルのリムを指先でちょんちょんと押し
上げた。
 彼女のその仕草は清潔感と聡明さの同居した綺麗な横顔にたまらない
愛嬌を添える。彼女は否定するが、その様子はずいぶんと可愛らしかっ
た。
「お疲れ~」
「ひと段落?」
 畳を述べた場所に持ち込んだちゃぶ台に向かっていた二人の男が声を
かける。タバコを灰皿に押し付けて高い天井を仰ぎ見たのはダガー。
『部室』では古参に入る部類だった。とはいえ年齢はまだ二十台半ば。
 とぼけた性格だが博識で、いつでも韜晦するような受け答えだがけし
て興奮したりしない適当さで、なんとはなしに、『部室』の事実上の管
理人を押し付けられた格好になっている。

 ちゃぶ台の上のゲームを真剣に見つめながら声をかけたのは聖騎士。
それほど頻繁に出入りしているわけではないが、最近はここでボードゲ
ームをすることも多い。がっしりした体格だが、ずいぶん優しい顔をし
ている。



457 名前:NPCさん 投稿日:2006/05/15(月) 17:41:54 ID:???
 二人はどうやらちゃぶ台の上のゲームで遊んでいたらしい。
 『部室』には誰が持ち込んだか、大量の卓上ゲームがあった。まぁ、そ
ういう同好の士が立ち上げたのがこの『部室』だ。当たり前といえば、当
たり前だった。
「ダガーさん」
「ん?」
 だがーはタバコに火をつけると、余裕をもった口調で答える。
「やっぱり、この“メンヘルストーカー女”どうにかならんすかね」
「ならんね」
 聖騎士が指し示した盤上の駒の一つにたいして、ダガーは首を振る。
「ぐっ」
「だって、そっちの“おねだり家出娘”だってどうにもならないじゃん」
 ダガーはダガーで、中央部にかかった橋のような場所近くに設置された
一つの駒を指し示す。どうやらその駒で、ダガーの攻撃のいくつかが封じ
られているらしい。
「な、なんですかっ。その不穏当な発言の数々はっ」
 頭を抱えていたヤヌスは、耐えかねたかのように勢いよくそちらを振り
返る。将棋に似た盤上には、なにやら女の子の形をした駒が所狭しと並ん
でいる。
 別に少女フィギュアを使ったからといってすぐさま激昂するわけでもな
いが、そのネーミングセンスは何なのか。
 “おねだり家出娘”だって、それは、あの……。やっぱり彼氏の家に無
理やり住み着いちゃったりして、彼氏がどこへ行くにも泣き言ばかりを言
って、仕事に行くのも寂しくて邪魔をしたり、朝からしくしく泣いたり…
…。も、求めちゃったりするのだろうか。
「――っ。ふ、不穏当ですっ。ふしだらですっ」
 大体のところ、そんな用語が発生するというのは、いったいどんなゲー
ムなのか?
「この健全なる『部室』でそんなゲームをするなんてっ、大体どこのメー
カーがそんな子供の教育に有害なる効果を波及させるような商品を世に出
したのですかっ。説明を求めますっ」


458 名前:NPCさん 投稿日:2006/05/15(月) 17:43:15 ID:???
「どこでもないよー?」
 ダガーは相変わらず茫洋とした声で答える。
「ええ、これ。オリジナルらしいですよ。軍人将棋の。――軍人将棋2006
『俺の萌えを越えていけ』です」
 聖騎士は生真面目に答える。
「ひっさしぶりにやると、軍人将棋もいいね」
「うーん、たしかに。熱いですね。それにこの感じだと、性能は同じでも
フィギュアの出来次第じゃマイデッキ作りたくなりますね」
 顎に手を当てた聖騎士はのほほんとそんなことを言う。
「オリジナルって……」
 ヤヌスはしばらく絶句する。うー。スレの人といい、この人達といい、
四六時中こんなことを考えているのだろうか。頬が熱くなるのを感じる。
自分だっていい年だ。別に男女の中をそこまで目くじら立てるつもりはな
いが、こういうのは、なんだかとても見過ごしてはいけない気がする。

「まぁ、やぬたん落ち着いて」
「そうですよ、やぬやぬ」
 ダガーと聖騎士は、それぞれの態度のままやぬすに茶々を入れる。
「だから何度言えばわかるのです? この私は、断じてやぬたんでも、や
ぬやぬでもないのですっ」
 彼女は、腰に手を当てたポーズで何度目になるか判らないお説教を二人
にする。頬が染まる。この人たちが自分をからかって遊んでいるのは判る。
これも女性が少ないジャンルの趣味を持ったせいからなのだろうか。まっ
たく理不尽だ。
 私だけが何でこんな目に。困惑しながらも、恥ずかしさと、いたたまれ
ないような所在の無さを感じる。これはいじめだ。みんなで私が恥ずかし
がるのを楽しんでいるのだ。
 だからといって抗議の声をあげないわけにはいかない。ヤヌスはそう思
う。



459 名前:NPCさん 投稿日:2006/05/15(月) 17:45:34 ID:???
 はっきりと文句を言わないと、いつの間にか流されて、なんだか都合よ
く扱われるマスコット同然の存在になってしまう。自分だってゲームが好
きな一人のゲーマーだ。色眼鏡だけで見て欲しくはない。

「私はただの真面目で平凡な地味コテなのですよ? やぬたんとかやぬや
ぬなどという面妖な呼称には断固抗議しますっ」
 震えないように気をつけた声で一気に言い切る。
 ぴんと立てた人差し指をメトロノームのように振って言葉を強調する。
 これでこの二人にも少しは伝わったに違いない。ふぅと、呼気を吐き出
す。

「ところでやぬやぬ」
「あなたには聞く耳というものが装備されてないのですかっ!?」
「あ。常備化するのは忘れてた」
 まくし立てるやぬすの声を聞き流しながらダガーはとぼける。
「天が裂けても地が砕けても、人の時代が終わったとしても、私が
そんな呼び方を承服するなどありえないのですっ。いい加減悟って
くださいっ」

「まぁ、それはともかく、今朝さ」
 ――ごぅん。
 ダガーの声を遮るように入り口のスチールドアが重い音を立てる。
「ちゃっす、ダガーさん、聖騎士さん、やぬりん」
 現れたのは笑みを浮かべた青年だった。年のころは聖騎士やダガーより
若く、ヤヌスと同じくらいだろうか。大学生くらいのように見える。
 春らしいジャケットが雨でしっとりとぬれていた。駅から走ってきたら
しい。



460 名前:NPCさん 投稿日:2006/05/15(月) 17:46:53 ID:???
「もうっ。やぬりんでもないのですっ!!」
 ぱたぱたと駆け寄ったヤヌスは、タオルもない部屋だということに気が
つく。ちょっと迷った彼女は、ハンカチを取り出すと腕を上げて青年の額
の露を拭おうとして、ぴたり! と動きを止める。
「なぜ私が貴方の世話をしなければならないんですかっ!」
「いや、そんなこと言われても……」
 梨銘は困惑する。日は浅いが、彼もこの『部室』に通う『部員』だった。
彼女の性格を知らないではないので、こんな急な反応にも苦笑がもれてし
まう。
「自分で拭いなさいっ。あと、ジャケットは脱いで衣文掛けに吊るしてお
くこと。皺になりますからねっ。まったく貴方達ときたら……」
 彼女はさっときびすを返すと、備え付けのキッチンのほうに歩いていく。
 ちょっと怒っているのかその足音は勇ましい。しかし、そんな時でも凛
々しいほどに背筋を伸ばして歩く彼女の姿は清廉な深山の花を想像させて
綺麗だった。
 キッチンの入り口に着くと、彼女はくるりともう一度振り返る。
「これから紅茶を入れます」
 はっきりした声で宣言する。
「……」
「……」
 その声を聞いて、“抱きつき癖のお姉さん”がなぁ、と唸っていた聖騎
士も、手渡されたヤヌスのハンカチを丁寧にデスクに戻して自前のスポー
ツタオルを取り出していた梨銘も顔を上げる。
「これから紅茶を入れます」
 そんな三人にヤヌスは再び宣言する。
 一番最初に応えたのはダガーだった。あるいはそれはほかの二人に対す
る助け舟だったのかもしれない。



461 名前:NPCさん 投稿日:2006/05/15(月) 17:47:42 ID:???
「いいね。ご馳走になりたいな。梨銘も身体冷えてるかもしれないしね」
「あ、自分もです。ヨロシクおねがいするっす」
「自分もありがたいね。感謝!」
 聖騎士と梨銘も、やっとどういう申し出なのかわかって頭を下げる。
「ええ、ご馳走します」
 にこりと笑うヤヌス。いつもは理知的涼しげな眉が、微笑むと崩れて陽
だまりの子猫のようになる。でもそれは一瞬で消えて、委員長のようなポ
ーズで、もう一度念を押す。
「これは高級なダージリン・ファースト・フラッシュなんです。とっても
美味しいです。ですから、やぬたんも、やぬやぬも、やぬりんも禁止です
よっ。絶対ですからねっ」
 彼女の厳しい念を押す口調に、三人がなんと応えたか。
 数分後、お説教に疲れた彼女は力尽きたような憮然とした表情でキッチ
ンへと消えていくしかなかったのだが。

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