500 名前:NPCさん 投稿日:2006/05/17(水) 23:19:17 ID:???
■SEQUENCE 04
幽鬼のごときその動きは、いつものヤヌスからかけ離れた尋常ならざる気
配を漂わせている。
「いや、ちょっと! たんまっ! ヤヌスさん、たんまっ!」
ゆらりゆらりと揺れながら、壁際の棚に向かうヤヌスの様子は完全に行き
着くところまで行き着いてしまっている。
「少しも待てません」
「待って、凶器はやめようっ」
「凶器ではなくガイギャックスの最高傑作です」
分厚い書籍を鉈のように素振りしながら梨銘に近づくヤヌスは、普段の理
知的な印象からかけ離れていて狂猛な雰囲気を漂わせている。
猛獣と一つの檻に入るとはこのことか、と梨銘は怖気ずく。
(ううぅ。さすがにこんなやぬたんは見たくないよっ)
梨銘は、そんなつもりはなかったのだ。
ヤヌスに嫌われそうなことをするつもりはなかった。
ただそのときのヤヌスは少々気が動転していたし、梨銘だってヤヌスに重
さが1kgを超えるような書籍で殴打をされるのはいやだった。
だから、つい、ノリにまかせて云ってしまったのだ。
「あ、あ、あぅっ。ヤヌス! あの、画像。画像っ!」
「それがなんだっていうんですか、僕らが望んだ戦争だ! なのです」
ゆらゆらと不気味にゆれながら近づいてくるヤヌスに梨銘は必死に手をふ
る。
「着替えた後の画像もあるよっ」
「――っ!?」
「マジで。自宅パソにも保存済みっ」
両手で大振りなルールブックを抱えたヤヌスは、突然エネルギーが切れた
ように肩を落とす。腰を抜かしたようにソファーで必死になる梨銘の前で、
本当に精も根も尽き果てたように、立ち尽くす。
501 名前:NPCさん 投稿日:2006/05/17(水) 23:19:50 ID:???
「……やぬす?」
「……」
俯いたその表情はわからない。怒っているのか、呆れているのか、それと
も本当に嫌われてしまったのか、梨銘には判らない。
その気持ちは心の底から後悔と共にわき上がってくる。
ヤヌスの表情が判らない。判らないことが梨銘は怖い。その恐怖感は脅迫
的に喉につかえる。沈黙が怖いのだ。
何でこんなに怖いのか梨銘には判らない。これならいっそ、あのまま殴ら
れたほうが良かったと思う。しかし、後悔しても遅いのだ。
一度放たれてしまった矢は決して弓には戻らない。
「……あの」
「……ぅぅ」
「あのぅ」
気詰まりな内容のないやり取りの後。ヤヌスはきっぱりと顔を上げる。そ
こに浮かんでいたのは、憮然としたような決意。そして、怒り。
その表情に梨銘は胸が冷たく硬くなるのを感じる。こんな顔が見たかった
わけじゃないのに。何故こうなってしまったのだろう。
「判りました。梨銘君は、いったい何が要求なのですか。……非常に不本意
ながら、脅迫に屈しようではないですか」
「えっ、えぇー!?」
うろたえる梨銘にヤヌスは指先をメトロノームのように振りながら続ける。
怒りの表情は羞恥を押し隠す紅潮したものに変わり、自然と説明口調も、ど
こか早口になってゆく。
502 名前:NPCさん 投稿日:2006/05/17(水) 23:20:52 ID:???
「交換条件です。その情報を秘匿していただくに当たっての条件を伺いまし
ょう。夕ご飯などで如何でしょうか。いえ、けして賄賂とかそういうつもり
はないのですが、わたしにも私の事情というものがあるのですっ」
ヤヌスは腰に手を果ててことさらに胸を張って、眼鏡を押し上げる。
自分にはやましい所は一切無いというアピールなのだろう。
しかし、自信たっぷりに胸を張っているくせに、視線はちょっぴり逃げる
ように逸らされている。
「ううぅ」
(そんな、脅迫なんてするつもりはなかったんだけどなぁ。ぶたないでくれ
ればそれで、俺は別に)
――梨銘がそう考えているのをよそに、ヤヌスの脳内はさらに加速してしま
っていた。まずいことにそれもピンク方向に加速していたのだ。
ヤヌスは尚も交換条件として、紅茶を一週間ご馳走するとか、レポートの
清書をするなどを並べていたのだが、おろおろする梨銘の態度をどう誤解し
たのか、急激にうろたえる。
頬に桜色を一瞬で刷くと、何かに思い当たったように背を向けて、叫ぶよ
うに続けた。
「まっ、まさかっ! いや、そんな……」
「へ? え?」
その思考の速度についていけない梨銘はぽかんと事態を静観することしか
出来ない。
「いえ、そんな訳はないのです。それはドラマや漫画の見すぎというもので
す。梨銘君とて多少黒いものの常識をわきまえた『部室』の仲間のはずです」
興奮したように梨銘に詰め寄るヤヌス。その肩をつかんでがくがくと揺さ
ぶる。
503 名前:NPCさん 投稿日:2006/05/17(水) 23:23:09 ID:???
「そ、そんな理不尽かつふしだらな欲求はダメですよっ!? それは電波、
電波の仕業です。えちぃ毒電波を受信してはいけませんっ。人倫の道に従っ
た清廉で穏当な要求なら応える用意があるというだけで、そのような言語道
断な要求には断固従うつもりはありませんっ」
「ナニを云ってるですか、ヤヌスさんはっ!?」
「何って、そ、そ、そ、そんなことを私の口から言わせるのですかぁ!?
そういうプレイがお好みだとは、梨銘君のことを見損ないましたっ」
「プレイとは何事ですかっ」
「プ、プレイ。あああ、そ、そんな。私のような平凡なコテにそんな残酷な
要求が訪れるとは」
おろおろと視線をさまよわせるヤヌス。もう完全に混乱状態にある。
「へ、変態です。梨銘君は公序良俗を中央突破して私に対してふしだらな扱
いをしたいということですね? 言語道断許すまじきことですっ」
ヤヌスが幾分混乱気味なのも判る。
自分のひそかな少女趣味を知られたのだ、それは慌てもするだろう。
しかし、変態とはなにごとか。そんな風にいわれるのは、さすがにカチン
と来るものがあった。
さっきもこの流れで胸がふさがるような寂しさと怖さを味わったのに。
そう、静止する内心の声も堰とはならず、言葉が自律したように出てしまう。
「そんな要求、してませんっ。違いますっ!」
「変態なのにプレイじゃないとは。では、どんな要求があるというのですか」
梨銘は言葉に詰まる。このやり取りが売り言葉に買い言葉だとは判ってい
る。だがしかし、意地を張ってつめよるヤヌスに対して引くことなど所詮出
来はしないのだった。
「そんなに取引したいならいいですよっ。次の飲み会は、ネコミミだからね」
――こうして、『部員』の間に長く語り継がれることになる、いわゆる「乱
心やぬたんの飲み会」が開催される運びとなったのだった。
■SEQUENCE 04
幽鬼のごときその動きは、いつものヤヌスからかけ離れた尋常ならざる気
配を漂わせている。
「いや、ちょっと! たんまっ! ヤヌスさん、たんまっ!」
ゆらりゆらりと揺れながら、壁際の棚に向かうヤヌスの様子は完全に行き
着くところまで行き着いてしまっている。
「少しも待てません」
「待って、凶器はやめようっ」
「凶器ではなくガイギャックスの最高傑作です」
分厚い書籍を鉈のように素振りしながら梨銘に近づくヤヌスは、普段の理
知的な印象からかけ離れていて狂猛な雰囲気を漂わせている。
猛獣と一つの檻に入るとはこのことか、と梨銘は怖気ずく。
(ううぅ。さすがにこんなやぬたんは見たくないよっ)
梨銘は、そんなつもりはなかったのだ。
ヤヌスに嫌われそうなことをするつもりはなかった。
ただそのときのヤヌスは少々気が動転していたし、梨銘だってヤヌスに重
さが1kgを超えるような書籍で殴打をされるのはいやだった。
だから、つい、ノリにまかせて云ってしまったのだ。
「あ、あ、あぅっ。ヤヌス! あの、画像。画像っ!」
「それがなんだっていうんですか、僕らが望んだ戦争だ! なのです」
ゆらゆらと不気味にゆれながら近づいてくるヤヌスに梨銘は必死に手をふ
る。
「着替えた後の画像もあるよっ」
「――っ!?」
「マジで。自宅パソにも保存済みっ」
両手で大振りなルールブックを抱えたヤヌスは、突然エネルギーが切れた
ように肩を落とす。腰を抜かしたようにソファーで必死になる梨銘の前で、
本当に精も根も尽き果てたように、立ち尽くす。
501 名前:NPCさん 投稿日:2006/05/17(水) 23:19:50 ID:???
「……やぬす?」
「……」
俯いたその表情はわからない。怒っているのか、呆れているのか、それと
も本当に嫌われてしまったのか、梨銘には判らない。
その気持ちは心の底から後悔と共にわき上がってくる。
ヤヌスの表情が判らない。判らないことが梨銘は怖い。その恐怖感は脅迫
的に喉につかえる。沈黙が怖いのだ。
何でこんなに怖いのか梨銘には判らない。これならいっそ、あのまま殴ら
れたほうが良かったと思う。しかし、後悔しても遅いのだ。
一度放たれてしまった矢は決して弓には戻らない。
「……あの」
「……ぅぅ」
「あのぅ」
気詰まりな内容のないやり取りの後。ヤヌスはきっぱりと顔を上げる。そ
こに浮かんでいたのは、憮然としたような決意。そして、怒り。
その表情に梨銘は胸が冷たく硬くなるのを感じる。こんな顔が見たかった
わけじゃないのに。何故こうなってしまったのだろう。
「判りました。梨銘君は、いったい何が要求なのですか。……非常に不本意
ながら、脅迫に屈しようではないですか」
「えっ、えぇー!?」
うろたえる梨銘にヤヌスは指先をメトロノームのように振りながら続ける。
怒りの表情は羞恥を押し隠す紅潮したものに変わり、自然と説明口調も、ど
こか早口になってゆく。
502 名前:NPCさん 投稿日:2006/05/17(水) 23:20:52 ID:???
「交換条件です。その情報を秘匿していただくに当たっての条件を伺いまし
ょう。夕ご飯などで如何でしょうか。いえ、けして賄賂とかそういうつもり
はないのですが、わたしにも私の事情というものがあるのですっ」
ヤヌスは腰に手を果ててことさらに胸を張って、眼鏡を押し上げる。
自分にはやましい所は一切無いというアピールなのだろう。
しかし、自信たっぷりに胸を張っているくせに、視線はちょっぴり逃げる
ように逸らされている。
「ううぅ」
(そんな、脅迫なんてするつもりはなかったんだけどなぁ。ぶたないでくれ
ればそれで、俺は別に)
――梨銘がそう考えているのをよそに、ヤヌスの脳内はさらに加速してしま
っていた。まずいことにそれもピンク方向に加速していたのだ。
ヤヌスは尚も交換条件として、紅茶を一週間ご馳走するとか、レポートの
清書をするなどを並べていたのだが、おろおろする梨銘の態度をどう誤解し
たのか、急激にうろたえる。
頬に桜色を一瞬で刷くと、何かに思い当たったように背を向けて、叫ぶよ
うに続けた。
「まっ、まさかっ! いや、そんな……」
「へ? え?」
その思考の速度についていけない梨銘はぽかんと事態を静観することしか
出来ない。
「いえ、そんな訳はないのです。それはドラマや漫画の見すぎというもので
す。梨銘君とて多少黒いものの常識をわきまえた『部室』の仲間のはずです」
興奮したように梨銘に詰め寄るヤヌス。その肩をつかんでがくがくと揺さ
ぶる。
503 名前:NPCさん 投稿日:2006/05/17(水) 23:23:09 ID:???
「そ、そんな理不尽かつふしだらな欲求はダメですよっ!? それは電波、
電波の仕業です。えちぃ毒電波を受信してはいけませんっ。人倫の道に従っ
た清廉で穏当な要求なら応える用意があるというだけで、そのような言語道
断な要求には断固従うつもりはありませんっ」
「ナニを云ってるですか、ヤヌスさんはっ!?」
「何って、そ、そ、そ、そんなことを私の口から言わせるのですかぁ!?
そういうプレイがお好みだとは、梨銘君のことを見損ないましたっ」
「プレイとは何事ですかっ」
「プ、プレイ。あああ、そ、そんな。私のような平凡なコテにそんな残酷な
要求が訪れるとは」
おろおろと視線をさまよわせるヤヌス。もう完全に混乱状態にある。
「へ、変態です。梨銘君は公序良俗を中央突破して私に対してふしだらな扱
いをしたいということですね? 言語道断許すまじきことですっ」
ヤヌスが幾分混乱気味なのも判る。
自分のひそかな少女趣味を知られたのだ、それは慌てもするだろう。
しかし、変態とはなにごとか。そんな風にいわれるのは、さすがにカチン
と来るものがあった。
さっきもこの流れで胸がふさがるような寂しさと怖さを味わったのに。
そう、静止する内心の声も堰とはならず、言葉が自律したように出てしまう。
「そんな要求、してませんっ。違いますっ!」
「変態なのにプレイじゃないとは。では、どんな要求があるというのですか」
梨銘は言葉に詰まる。このやり取りが売り言葉に買い言葉だとは判ってい
る。だがしかし、意地を張ってつめよるヤヌスに対して引くことなど所詮出
来はしないのだった。
「そんなに取引したいならいいですよっ。次の飲み会は、ネコミミだからね」
――こうして、『部員』の間に長く語り継がれることになる、いわゆる「乱
心やぬたんの飲み会」が開催される運びとなったのだった。