700 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 04:53:23 ID:???
アルト(其の二)
屋根裏にて
今日になって一度に来客が増えたようだ。
昼頃にまた二人。夕方近くにまた一人と二階の客室に通されてくる。
夕方に来た人物はアルトがいた部屋の真裏の客室に入り、後から入ってきた誰かと相談しているようである。
そちらを覗いてみると、どうやら朝方に来た二人のうち男の方が来ているらしい。
生真面目そうに見えるが、さほど頭が切れそうには見えない。
部屋の主の方は、その男よりも若く見えたが逆に危険な感じがした。
自らの欲求の為に何を引き換えにしても良いと、どこか心の底で思っている。
そんな危うい誇り高さが匂うのだ。
二人は顔見知りなのか互いの近況を語り合ったりしていたが、その一方で紙に何かを書き付けて確認しあっている。
何が書いてあるのかは遠すぎてよく読めない。
そのうちにまたも来客を知らせるノックが響く。
同時にメイド姿の彼女が、食事の用意が出来たので食堂に来るように告げていった。
チャンスだ。とアルトは内心喜びの声を上げる。
客の全員が食堂に集まるのなら、その間にいろいろ調べを進めることが出来る。
下の部屋に注意を戻すと、部屋の主はメモを灰皿で燃やしている。
どうやらよほど用心深い性質らしい。
もう一人は隣の部屋の女性を呼びに出て行った。
共に行動していることから見て、この三人はチームなのだろう。
たった今来た二人の人物も、それぞれの部屋に荷物を置いた後で食堂に下りていった。
それを確認して、早速行動に移る。
しかし、やはりめぼしい成果は無い。
ただ、例のフード男の部屋だけは、やけに人のいる気配が無かった。
(でも手がかりが無いことに変わりないんだよな・・・ん?)
朝方に来た二人のうち、女のほうの部屋のテーブルに手帳が投げ出されていた。
開いて見ると、予定などを書くシステム手帳なのだが、どうやら日記代わりに使っているようだった。
ただその日の予定が書いてあったり、何かトラブルがあったときに愚痴を書き込んだりしてある。
701 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 04:56:13 ID:???
(ずいぶん迷ったが、やはり行くことにした。
高瀬さんは信用できそうな人だし、私も兄さんに会いたいから。
家族と呼べる人はもう兄さんだけしかいないから・・・)
昨日の日付の欄にそれだけが書いてあった。
やがて、二階に人が上がってくる気配がした。
どうやら食事が終了したらしい。
アルトは急いで天井裏に引き返すが、例の二人は今度は女性も含めて再び隣の部屋で相談を始めてしまった。
相談といっても先程と同じく、会話上は他の客の品定めのようなことを話しながら、男二人がメモに何か書きつけあっているので、女性は実質参加できていない。
しばらく経ってから、さすがに不審に思ったのか女性のほうが訊ねた。
「さっきから何をやっているんですか?」
「いや、まだゲーム開始まで時間があるわけだし、暇つぶしをね。そら王手だ」
「え? ああ。うわそこにくるかまいったなあ」
若い方は堂に入ったものだが、年上のほうは誤魔化しているのがばればれであった。
おそらく女性を目の届く場所におきたくて同室させたのだろうが、目の前で自分に内緒の会話をされれば不審に思うのは当然だろう。
その時、部屋のドアがノックされた。
若い方がドアを開けるが、そこには紙切れが落ちているだけだった。
彼はすぐに戻ると言い置いて、出て行ってしまう。
しばらくして戻ってきたとき、彼はもう一人女性を連れてきていた。
「彼らは信用できるの?」彼女は屋敷で最初に会った女性だった。
「君はそういわれて信用するのか?」
問い返されると彼女はきっぱりと言う。
「私は信用したくない。誰一人ね」
それを聞いて、若い方が促すと残り二人は出て行った。
やがて女性が切り出した。
「彼らと組むつもりなら、悪いことは言わないから止めたほうが賢明だわ」
「どちらが賢明かは結果が証明してくれる」
相当の自信家らしい。猫でもそうは居ないだろう。
「あなたがその態度と同じくらい強くても、彼らと組んでいてはゲームに勝てないのよ」
「勝利条件に矛盾するというのか?
ならば、ゲームそのものをひっくり返すまでだ」
702 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 05:04:51 ID:???
「これ以上の忠告は無駄のようね。
仲間と思われたく無いから、もう行くわ」
呆れ返ったのか、女性は出て行ってしまう。
若い方の男はしばらく黙っていたが、出て行った二人に合流するためそのまま部屋を空けた。
誰もいなくなった部屋に、アルトは降り立った。
そして部屋の主である自信家の若者が残していった荷物の中から、一枚の紙を探し出した。
隣の部屋では、もうすぐ日付も変わろうかというのに論戦が続いている。
「結局、お主はどうしたいのだ。
このまま彼女を守りきる自信はあるのか」
「俺は・・・守ってみせる。
だけど、朔夜さんが危険な目に遭うのが嫌だと言うなら、今からでも遅くない。この館から出よう」
会話についていけず、朔夜と呼ばれた女性は問い返した。
「あの、守るとか危険とかって、一体どういうことなんでしょう?」
若い方に視線で促されて、年上のほうは意を決したように語る。
「朔夜さん。あなたは狙われています。
下手をすると命を落とすかもしれない」
「あくまで推測にしか過ぎないがな。
このゲームの参加者全員が襲い掛かってくる可能性もある」
雰囲気から、何か危険がある事は予想していたようだが、さすがにここまでの事態とは思わなかったらしい。
彼女は息をのむ。
「・・・! ゲームってそういうことだったんですか?」
「もしかしたらバトルロイヤル形式の殺し合いで、まずは一番弱そうな貴女から狙われただけかもしれないが、殺されかかっている事に変わりは無いな」
物騒なことをあっさり言いながら、若い方の男はまるでその展開を望んでいるように笑う。
「・・・でも、兄さんに会う為にここまで来たんです。
いまさら帰ることなんて出来ません!」
「わかった。なら俺は、何があっても君を護りぬいてみせる」
二人の決断を見届けて、若い方の男が恍惚にも似た表情を浮かべた。
「誇り高きその誓い、確かに聞いた。
この芝村刀夜が汝らの剣となりて敵を屠ろう」
その宣言に応えるかのように、時計の日付が変わった。
703 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 05:06:14 ID:???
全く同時に部屋のドアが吹き飛んだ。
「危ない!」朔夜を庇って男がドアの破片をその身に浴びる。
ドアの向こうに立っているのは子供と老人。
しかし、子供の方が放つ気配は、明らかに人のものではない。
その不遜な表情からは、どこか気品めいたものすら感じさせる。
「言っておいた筈だよ。
その子は僕が手に入れるってね」
「ふん。前菜を待たずにメインディッシュからとは、お子様らしい好き嫌いだな」
子供が放つ気配に当てられたのか、朔夜は気絶してしまっている。
それを確認し、刀夜と名乗った若者も気配を変える。
背中に二本の刀が鞘と共に現れ、両手に抜き放つ。
直後、一瞬にして間合いを詰めると二刀流で斬りつけた。
「ぐうっ、ゲームは勝った者が偉いんだ。
なら当然勝つのは僕に決まってる!」
少年の放つ魔気が、剣士に収束してゆく。
とたんに彼の目から普段の冷静さが失われた。
その一方で、男は気絶した朔夜を連れてトイレに入り込んだ。
閉まったドアが開いたとき、男の姿は変化していた。
その姿は、アルトの知識ではどうにも形容しづらいものであった。
あえて例えるなら、特撮番組の改造人間に中世風の甲冑を組み合わせた様なものか。
「刀夜、手を貸す・・おわっ」
突然斬りかかってきた刀夜の攻撃を、慌てながらも何とか受け止めることに成功する。
「まさか裏切ったのか?」無言の剣士を男は部屋の中に蹴り戻す。
甲冑男の表情は変化が無いが、声からは信じられないといった様子が伺える。
「ははは、味方同士で傷付け合うがいい!
・・・む? 何だ?」
いまだ入り口に立つ少年が何かに気付く。
振り向いたその鼻先を掠めて、狼男が踊り込んで来た。
信じられない速度で部屋の中央で組み合う二人に襲い掛かるが、熟達の剣士は即座に反応し、カウンターの要領で怪物の攻撃より早く斬り付ける。
「ぐわあああっ」
704 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 05:09:00 ID:???
その叫びにか、それとも血を見たことに反応したのか、刀夜の目に理性の光が戻る。
「ラピッドクロウ・・・か?」
「く・・・やはり手強いな」
忌々しげに舌打ちを残すと、人狼は来たときと同様に目にも留まらぬ速さで部屋から離脱してゆく。
いつの間にか少年と執事まで居なくなっていた。
刀夜はとりあえず廊下まで追ったが、諦めたのか部屋に戻ってきた。
しかし甲冑男のほうは、いまだに刀夜への警戒を解いていない。
そんな甲冑男に刀夜が告げた。
「・・・。ダメダメ?」
「ぐはあ」
呻いた男が床に蹲ると、とたんに変身が解けて元の姿に戻る。
「不覚にも術中に落ちたが、もう大丈夫だ。
それより今ほどの狼だが、覚えているか」
「確かラピッドクロウだ。
といっても人の姿の方は知らないけどな。
まさか参加者の一人だったのか」
二人が何やら確認しあっていると、またも廊下から何者かの気配が近づいてくる。
ドアの無くなった入り口に現れたのは、先程忠告に来た女性であった。
「やっぱりこういう先走った輩が現れたわね」
「今度は貴女という訳か」刀夜が再び身構える。
「勘違いしないで。私は争い事は嫌いなの。
気付いていると思うけど、もうこの屋敷から外へは出られないわよ。
ゲームが終了するまでは」
それを聞いて、刀夜が廊下に歩み出た。
得物で月の光が差し込む窓を斬り付ける。
しかし、通常ならば真っ二つになるはずのガラスには傷一つ付かなかった。
「結界か。ドミニオンの一種、アレナだな」
「これでもう逃げ場は無くなった。
これでも彼女を守りきれるというの?」
「最初から逃げる気など無いし、そのような気遣いは無用だ」
705 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 05:48:40 ID:???
(こいつダメだ)
ここまで事態を探るため、アルトは観察に徹していたが、それももう限界だった。
このままでは絶対に悲劇が起きる。それだけは避けられない。
この剣士が居る限りそれは確実だった。
部屋の中には元甲冑男一人しか残っていない。
しかも廊下の会話に気を取られて、肝心の朔夜は気絶したままトイレにほうりっ放しだ。
(僕は一体どうしたんだ?
何でこんな厄介ごとを・・・)
それは自分でも分からなかったが、これがおそらく猫の性分というものだろう。
アルトはトイレの天井から朔夜の体の上に飛び降りた。
「あら?」いち早く女性が気付き、他の二人も振り返る。
しかし、次の瞬間アルトはとびっきりの笑みを浮かべて見せた。
わずかな浮遊感と共に視界が暗転する。
そしてアルトと朔夜はその部屋から消失した。
アルト(其の二) 了
アルト(其の二)
屋根裏にて
今日になって一度に来客が増えたようだ。
昼頃にまた二人。夕方近くにまた一人と二階の客室に通されてくる。
夕方に来た人物はアルトがいた部屋の真裏の客室に入り、後から入ってきた誰かと相談しているようである。
そちらを覗いてみると、どうやら朝方に来た二人のうち男の方が来ているらしい。
生真面目そうに見えるが、さほど頭が切れそうには見えない。
部屋の主の方は、その男よりも若く見えたが逆に危険な感じがした。
自らの欲求の為に何を引き換えにしても良いと、どこか心の底で思っている。
そんな危うい誇り高さが匂うのだ。
二人は顔見知りなのか互いの近況を語り合ったりしていたが、その一方で紙に何かを書き付けて確認しあっている。
何が書いてあるのかは遠すぎてよく読めない。
そのうちにまたも来客を知らせるノックが響く。
同時にメイド姿の彼女が、食事の用意が出来たので食堂に来るように告げていった。
チャンスだ。とアルトは内心喜びの声を上げる。
客の全員が食堂に集まるのなら、その間にいろいろ調べを進めることが出来る。
下の部屋に注意を戻すと、部屋の主はメモを灰皿で燃やしている。
どうやらよほど用心深い性質らしい。
もう一人は隣の部屋の女性を呼びに出て行った。
共に行動していることから見て、この三人はチームなのだろう。
たった今来た二人の人物も、それぞれの部屋に荷物を置いた後で食堂に下りていった。
それを確認して、早速行動に移る。
しかし、やはりめぼしい成果は無い。
ただ、例のフード男の部屋だけは、やけに人のいる気配が無かった。
(でも手がかりが無いことに変わりないんだよな・・・ん?)
朝方に来た二人のうち、女のほうの部屋のテーブルに手帳が投げ出されていた。
開いて見ると、予定などを書くシステム手帳なのだが、どうやら日記代わりに使っているようだった。
ただその日の予定が書いてあったり、何かトラブルがあったときに愚痴を書き込んだりしてある。
701 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 04:56:13 ID:???
(ずいぶん迷ったが、やはり行くことにした。
高瀬さんは信用できそうな人だし、私も兄さんに会いたいから。
家族と呼べる人はもう兄さんだけしかいないから・・・)
昨日の日付の欄にそれだけが書いてあった。
やがて、二階に人が上がってくる気配がした。
どうやら食事が終了したらしい。
アルトは急いで天井裏に引き返すが、例の二人は今度は女性も含めて再び隣の部屋で相談を始めてしまった。
相談といっても先程と同じく、会話上は他の客の品定めのようなことを話しながら、男二人がメモに何か書きつけあっているので、女性は実質参加できていない。
しばらく経ってから、さすがに不審に思ったのか女性のほうが訊ねた。
「さっきから何をやっているんですか?」
「いや、まだゲーム開始まで時間があるわけだし、暇つぶしをね。そら王手だ」
「え? ああ。うわそこにくるかまいったなあ」
若い方は堂に入ったものだが、年上のほうは誤魔化しているのがばればれであった。
おそらく女性を目の届く場所におきたくて同室させたのだろうが、目の前で自分に内緒の会話をされれば不審に思うのは当然だろう。
その時、部屋のドアがノックされた。
若い方がドアを開けるが、そこには紙切れが落ちているだけだった。
彼はすぐに戻ると言い置いて、出て行ってしまう。
しばらくして戻ってきたとき、彼はもう一人女性を連れてきていた。
「彼らは信用できるの?」彼女は屋敷で最初に会った女性だった。
「君はそういわれて信用するのか?」
問い返されると彼女はきっぱりと言う。
「私は信用したくない。誰一人ね」
それを聞いて、若い方が促すと残り二人は出て行った。
やがて女性が切り出した。
「彼らと組むつもりなら、悪いことは言わないから止めたほうが賢明だわ」
「どちらが賢明かは結果が証明してくれる」
相当の自信家らしい。猫でもそうは居ないだろう。
「あなたがその態度と同じくらい強くても、彼らと組んでいてはゲームに勝てないのよ」
「勝利条件に矛盾するというのか?
ならば、ゲームそのものをひっくり返すまでだ」
702 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 05:04:51 ID:???
「これ以上の忠告は無駄のようね。
仲間と思われたく無いから、もう行くわ」
呆れ返ったのか、女性は出て行ってしまう。
若い方の男はしばらく黙っていたが、出て行った二人に合流するためそのまま部屋を空けた。
誰もいなくなった部屋に、アルトは降り立った。
そして部屋の主である自信家の若者が残していった荷物の中から、一枚の紙を探し出した。
隣の部屋では、もうすぐ日付も変わろうかというのに論戦が続いている。
「結局、お主はどうしたいのだ。
このまま彼女を守りきる自信はあるのか」
「俺は・・・守ってみせる。
だけど、朔夜さんが危険な目に遭うのが嫌だと言うなら、今からでも遅くない。この館から出よう」
会話についていけず、朔夜と呼ばれた女性は問い返した。
「あの、守るとか危険とかって、一体どういうことなんでしょう?」
若い方に視線で促されて、年上のほうは意を決したように語る。
「朔夜さん。あなたは狙われています。
下手をすると命を落とすかもしれない」
「あくまで推測にしか過ぎないがな。
このゲームの参加者全員が襲い掛かってくる可能性もある」
雰囲気から、何か危険がある事は予想していたようだが、さすがにここまでの事態とは思わなかったらしい。
彼女は息をのむ。
「・・・! ゲームってそういうことだったんですか?」
「もしかしたらバトルロイヤル形式の殺し合いで、まずは一番弱そうな貴女から狙われただけかもしれないが、殺されかかっている事に変わりは無いな」
物騒なことをあっさり言いながら、若い方の男はまるでその展開を望んでいるように笑う。
「・・・でも、兄さんに会う為にここまで来たんです。
いまさら帰ることなんて出来ません!」
「わかった。なら俺は、何があっても君を護りぬいてみせる」
二人の決断を見届けて、若い方の男が恍惚にも似た表情を浮かべた。
「誇り高きその誓い、確かに聞いた。
この芝村刀夜が汝らの剣となりて敵を屠ろう」
その宣言に応えるかのように、時計の日付が変わった。
703 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 05:06:14 ID:???
全く同時に部屋のドアが吹き飛んだ。
「危ない!」朔夜を庇って男がドアの破片をその身に浴びる。
ドアの向こうに立っているのは子供と老人。
しかし、子供の方が放つ気配は、明らかに人のものではない。
その不遜な表情からは、どこか気品めいたものすら感じさせる。
「言っておいた筈だよ。
その子は僕が手に入れるってね」
「ふん。前菜を待たずにメインディッシュからとは、お子様らしい好き嫌いだな」
子供が放つ気配に当てられたのか、朔夜は気絶してしまっている。
それを確認し、刀夜と名乗った若者も気配を変える。
背中に二本の刀が鞘と共に現れ、両手に抜き放つ。
直後、一瞬にして間合いを詰めると二刀流で斬りつけた。
「ぐうっ、ゲームは勝った者が偉いんだ。
なら当然勝つのは僕に決まってる!」
少年の放つ魔気が、剣士に収束してゆく。
とたんに彼の目から普段の冷静さが失われた。
その一方で、男は気絶した朔夜を連れてトイレに入り込んだ。
閉まったドアが開いたとき、男の姿は変化していた。
その姿は、アルトの知識ではどうにも形容しづらいものであった。
あえて例えるなら、特撮番組の改造人間に中世風の甲冑を組み合わせた様なものか。
「刀夜、手を貸す・・おわっ」
突然斬りかかってきた刀夜の攻撃を、慌てながらも何とか受け止めることに成功する。
「まさか裏切ったのか?」無言の剣士を男は部屋の中に蹴り戻す。
甲冑男の表情は変化が無いが、声からは信じられないといった様子が伺える。
「ははは、味方同士で傷付け合うがいい!
・・・む? 何だ?」
いまだ入り口に立つ少年が何かに気付く。
振り向いたその鼻先を掠めて、狼男が踊り込んで来た。
信じられない速度で部屋の中央で組み合う二人に襲い掛かるが、熟達の剣士は即座に反応し、カウンターの要領で怪物の攻撃より早く斬り付ける。
「ぐわあああっ」
704 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 05:09:00 ID:???
その叫びにか、それとも血を見たことに反応したのか、刀夜の目に理性の光が戻る。
「ラピッドクロウ・・・か?」
「く・・・やはり手強いな」
忌々しげに舌打ちを残すと、人狼は来たときと同様に目にも留まらぬ速さで部屋から離脱してゆく。
いつの間にか少年と執事まで居なくなっていた。
刀夜はとりあえず廊下まで追ったが、諦めたのか部屋に戻ってきた。
しかし甲冑男のほうは、いまだに刀夜への警戒を解いていない。
そんな甲冑男に刀夜が告げた。
「・・・。ダメダメ?」
「ぐはあ」
呻いた男が床に蹲ると、とたんに変身が解けて元の姿に戻る。
「不覚にも術中に落ちたが、もう大丈夫だ。
それより今ほどの狼だが、覚えているか」
「確かラピッドクロウだ。
といっても人の姿の方は知らないけどな。
まさか参加者の一人だったのか」
二人が何やら確認しあっていると、またも廊下から何者かの気配が近づいてくる。
ドアの無くなった入り口に現れたのは、先程忠告に来た女性であった。
「やっぱりこういう先走った輩が現れたわね」
「今度は貴女という訳か」刀夜が再び身構える。
「勘違いしないで。私は争い事は嫌いなの。
気付いていると思うけど、もうこの屋敷から外へは出られないわよ。
ゲームが終了するまでは」
それを聞いて、刀夜が廊下に歩み出た。
得物で月の光が差し込む窓を斬り付ける。
しかし、通常ならば真っ二つになるはずのガラスには傷一つ付かなかった。
「結界か。ドミニオンの一種、アレナだな」
「これでもう逃げ場は無くなった。
これでも彼女を守りきれるというの?」
「最初から逃げる気など無いし、そのような気遣いは無用だ」
705 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/10(土) 05:48:40 ID:???
(こいつダメだ)
ここまで事態を探るため、アルトは観察に徹していたが、それももう限界だった。
このままでは絶対に悲劇が起きる。それだけは避けられない。
この剣士が居る限りそれは確実だった。
部屋の中には元甲冑男一人しか残っていない。
しかも廊下の会話に気を取られて、肝心の朔夜は気絶したままトイレにほうりっ放しだ。
(僕は一体どうしたんだ?
何でこんな厄介ごとを・・・)
それは自分でも分からなかったが、これがおそらく猫の性分というものだろう。
アルトはトイレの天井から朔夜の体の上に飛び降りた。
「あら?」いち早く女性が気付き、他の二人も振り返る。
しかし、次の瞬間アルトはとびっきりの笑みを浮かべて見せた。
わずかな浮遊感と共に視界が暗転する。
そしてアルトと朔夜はその部屋から消失した。
アルト(其の二) 了