718 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/11(日) 01:22:09 ID:???
アルト(其の三)
彼女の部屋で起きた事
「猫には居場所なんて関係ないわ、自分の思うままに今居る場所を変えることが出来るものよ。
勿論、人間たちにとびっきりの笑顔で挨拶をするのを忘れてはいけないわね。
それが礼儀というものよ」
皮肉交じりに母親が言っていた事をアルトはぼんやり思い出した。
ここはどこだろうか。
明かりが点いていないが部屋の中らしい。
屋敷からは逃げられないとあの女性が言っていた。
ならば、ここはまだ屋敷の中だということになる。
緊張しながら辺りの様子を探ると、懐かしい気配がした。
猫の目を凝らしてみると、ベッドにメイドが眠っている。
アルトは無意識のうちに転移先を彼女の部屋にしてしまったようだ。
(ど、どうしよう、やっぱりこの姿のままじゃまずいし)
うろたえつつ、昨日と同じ少年の姿に変化する。
と、気配に気付いたのか彼女が目を覚まし始めた。
(こういうときは、えっと、えーと、そうだ!)
例によって母親の言葉を思い出し、アルトは意識を集中した。
「猫の魔力は相手の舌の動きを止めることが出来るわ。
うるさいお説教から逃げるときには便利なんだけど、結構疲れるから気をつけないとね」
緊張で集中が乱れそうになるが、何とか堪えて成功させる。
間一髪間に合ったようで、起き上がった彼女は声が出せなくなっていた。
「あの、落ち着いてください。
危害を加えるつもりはありません」
一瞬うろたえる彼女を宥めるべく声を掛ける。
「彼女を匿って欲しいんです。
えーと、出来れば僕も」
示された先に朔夜を認め、彼女はもの問いたげに少年の姿のアルトを見つめた。
719 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/11(日) 01:24:24 ID:???
「その、二階でごたごたがあって、彼女が一番危ないみたいだったから逃げてきたんです。
何でかって言うと、僕もよく分からないけど。
でも、彼女は何も知らなかった。
仲間もぎりぎりまで誰も教えようとしなかった。
戦うことばかり考えて彼女がやりたいことは考えていないみたいだった。
そんなのって理不尽だと思いませんか?
戦いが好きなら勝手に殺しあってればいい。
でも、それに彼女が巻き込まれる筋合いは無いんです」
(何を言っているんだ僕は?)
見ず知らずの子供が感情をぶちまけた所でどうなるというのだろうか。
「・・・」
しかし、彼女は肯いてくれた。
無言のまま朔夜を自分が使っていたベッドに移す。
そして何かを告げようと口を動かすが、まだ舌が動かずに声が出せない。
「あ、何か書くもの要るかな。
えーと」
辺りを探る拍子に懐から紙切れが一つ落ちた。
刀夜の部屋から拝借した招待状。
それを認めて彼女の表情が変わる。
「あれ、どうしたの?」
そこで待て、という仕草を残して、彼女は部屋を出てゆく。
数分と経たずに彼女は布団一式を持ってきた。
もう舌が動くようになっていた。
「赤獅様も参加者だったのですね」
「あ、うん、えーと、昨日はてっきり違う屋敷に来たのかと思ってたんだ。
ほら、一度迷っちゃったもんだから」
苦しい言訳だと思ったが、彼女は疑いもしないらしい。
「仰るとおりにいたします。
・・・朔夜様も、ここに居たほうが安全でしょうし」
何かの想いを秘めた視線を、彼女は気絶したままの朔夜に投げかけた。
720 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/11(日) 01:28:18 ID:???
しばらくして、部屋の扉が叩かれた。
「多分、刀夜様ですね。朔夜様を探してます。
赤獅様はあちらに隠れてください、ここは私が何とかいたしますので」
言われるまま、シャワールームに布団一式を持って隠れる。
「鍵を返しに来た」例の剣士の声が響く。
「朔夜様は見つかりましたか?」
「一階で探していないのはもうここだけだ」
「この部屋には私以外おりませんが」
刀夜の視線が一瞬、盛り上がったベッドに向いたが、気付かなかったようだ。
「邪魔をしたな、また借りに来るかも知れん」
立ち去った後、彼女も何やら支度を始めた。
「あちこち壊れてしまったので修理をしなくては。
何しろ私一人しか居ないのです」
あの惨状ではかなりの時間がかかるだろうが、手伝うわけにもいかない。
朔夜のこともあるし部屋で待つことにした。
「・・・ここは?」
明け方近くに朔夜が意識を取り戻した。
「ええと、ここは安全な部屋です。
一緒にいた二人の方も無事です。
でも、朔夜さんは狙われてるので隠れた方が良いだろうという事で、僕がこの部屋に連れて来たんです」
警戒の視線を向ける彼女を宥めるように説明する。
とりあえず嘘は言っていない。
朔夜は緊張を解いて、部屋を見回した。
「あなたしか居ないの? お名前は?」
「この部屋の持ち主が居ますけど、今は外に出ています。
えと、僕は赤獅 三果です」
「歳は幾つ?
家族は、いるの?」
「生まれてから今年でよん・・・じゃなくて、十二才です。
あと、家族は一人いたんですけど、その、生き別れちゃって・・・」
721 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/11(日) 01:32:06 ID:???
「! そうだったの・・・ごめんなさい」
何故か朔夜はとても慌てていた。
どうやら、こちらを傷付けてしまったと感じているようだ。
よくは分からなかったが、何か自分と同じものを見付けて共感しているようだった。
「いやあの、僕の方は彼女の姿をいつでも見れるんです。
でも、彼女は僕が死んだと思っているから、直接会っている訳じゃなくて」
「・・・でも、それじゃ不公平だわ。
その人、お姉さんかしら?
彼女だって、あなたが生きていると知ったら会いたいと思うはずよ」
それはそうだろう。
だが、自分の死を見届けたのも彼女なのだ。
今、生きていることをどう説明できるというのだろうか。
「僕だって直接会いたいけど、そうするのが怖い・・・。
あの人はもう、一人で生きているから、その生活を壊したくない」
それは本心だった。
だからこそ土の下から一年近く彼女を見守ってきたのだ。
「もしかしたら兄さんも、今まではそうだったのかも・・・」
不意に朔夜が呟く。
それを耳にして、ようやくアルトは朔夜の部屋で目にした手帳の一文を思い出した。
同時に、何故この人を助けようと思ったのか、やっと納得できたのだった。
朝晩の七時から八時の一時間。
その時間帯だけゲームが中断され、食堂に食事が用意されるのだという。
その時間、メイド部屋の中で彼女が用意してくれた軽食を食べつつ、アルトはベッドで休む朔夜を見守っていた。
不意に何者かの気配が、閉ざされたドアの向こう側に現れた。
ノブがガチャリと音を立てるが、鍵が掛かっているため開かない。
しかしそれを確認すると、ドアの隙間から何か細長い刃物の様な物が差し込まれ、掛け金を難なく外してしまった。
アルトはといえば、いまさら寝ている朔夜を起こす事も出来ず、ただ成り行きを見守る事しか出来ない。
ドアの向こうから現れたのは、狼の頭を持った毛むくじゃらの男。
放つ気配は明らかに人間のものではなく、その格好がただの扮装でない事を示している。
刃物に見えたのは、そいつの爪だったのだ。
722 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/11(日) 01:35:25 ID:???
(人狼だ・・・!
しかも、昨日の?)
胸にはいまだ治りきらない刀傷が残っている。
魔物ならば肉体的な傷はあっという間に治るはずだから、よほどの深手だったという事だろう。
と、狼男がいきなり掴みかかってきた。
とっさに避けようとしたが、あっさり襟首を捕らえられてしまった。
所詮、肉体能力が違うのだ。
「何が目的だ・・・?
何故彼女をさらった!」
「何って・・・朔夜さんは狙われているんだろ?
だったら匿った方が安全じゃないか!」
それを聞いて狼の声に訝しげなものが混じる。
「貴様、ゲームの参加者ではないのか?」
「違う!
あんたこそ、彼女を殺しに来たんじゃないのか?
他の連中みたいに」
「・・・ふん!」
唐突に床に投げ出される。
起き上がると、目の前に人狼の爪が突き付けられた。
「朔夜を護る気はある様だな。
ならば、命に代えて護れ!
護れなかった時は、お前を殺す」
「・・・わかったよ。
だったら教えてくれ、一体このゲームは何なんだ?」
しばし迷っていたようだが、どうせ巻き込むならば、と決意したのか語り始める。
「どうやら、本当に参加者ではないらしいな。
・・・俺も何が目的かは知らん、知りたくもないしな。
ただ、分かっている事は勝利条件についてのみだ。
朔夜を殺した者が勝利者となり、その時点でゲームは終了。
あるいは、自分と朔夜以外の参加者を全て殺した者が勝利者となる。
この場合は、最後に生き残った者でも可だ」
723 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/11(日) 01:38:25 ID:???
知らぬ事とはいえ、アルトはこのゲームの重要な鍵となる人物をかっさらってしまったらしい。
「だが、もう一つだけゲームを終わらせる条件がある。
それは、このゲームの主催者の代理人を殺す事だ」
脳裏に一瞬、メイド姿の彼女が思い浮かぶ。
だが、どうやらそれは杞憂だったようだ。。
「そいつは参加者に成りすまして、ゲームの進行を監視している。
しかし、それが誰かは分からない。
だからこそ、俺は朔夜以外の全員を殺す気だったが・・・お前が朔夜を護っているならば、俺は代理人探しの方に集中できる」
アルトにしても第三の条件の方が目的に合っている。
しかし、この人は何故こうまでして朔夜を護る事にこだわるのか。
思い浮かぶ答えはあまり多くない。つまり・・・
「あなたは、もしかして朔夜さんの・・・」
「・・・いいな、必ず護れよ。
誰も信用するな」
みなまで聞かず、人狼は来た時と同様に姿を消した。
やがて、食堂も片付いたのか彼女が戻ってきた。
「あら、鍵が・・・?
誰かがこの部屋に来たのですか?」
「ええと、特に問題はないよ。
何とか誤魔化して帰ってもらったから」
これ以上、彼女の心配事を増やしたくなかったので、脅された事などは黙っていることにした。
「ならば良いのですが・・・」
その時、時計が八時を告げた。
直後に二階から轟音が響き渡る。
そして、再び静寂が屋敷を満たした。
「どうやらまた修理に出なくてはいけない様ですね。
では失礼致します」
そう言って彼女は部屋を後にした。
その日の夜の食事時間、食事を届けに来た彼女の顔は心なしか蒼ざめていた。
この数日間、働き詰めだったせいだろうかと心配していると、どこか本意ではない様子で切り出した。
724 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/11(日) 01:39:32 ID:???
「赤獅様は、この部屋を出て行かれた方が良いと思われます。
無人の筈の部屋に人の気配があれば、他の参加者に気付かれ易くなるでしょうし・・・」
「え?
・・・うん、そうですね」
朔夜は気疲れからか、一日のほとんどを眠って過ごしていたが、アルトは立場上そうもいかない。
それに、メイド部屋に運んでくれる食事も、いつも二人分ではあまりにも不自然だろう。
いつか気付かれて、追及され、潜伏がばれる可能性もある。
「じゃあ、これを食べ終わったら一階の別の部屋に隠れます。
明日からの食事は、厨房の方に置いてくれれば勝手に食べますから」
「そう、ですか。
では、これを渡しておきます」
何故か残念そうな声で、彼女は鍵束を渡してくれた。
これで好きな部屋に隠れろということらしい。
「心配しなくても、時々朔夜さんの様子を見に戻ってきますから。
安心していいですよ」
それを聞いたとたん、彼女の体がびくりと震えた。
何かに怯えているのか、こちらに視線を合わせようとしない。
「彼女は言われた通りに匿っておきますので・・・」
「じゃあ、頼みます」
どうしてこの時、彼女の言うがままに部屋を出て行ったのだろうか。
人狼が言っていた事を何故忘れてしまったのだろう。
必然だったのか、運命の成せる業なのか。
今のアルトに、その時の彼女の真意が分かる筈も無かった。
アルト(其の三) 了
アルト(其の三)
彼女の部屋で起きた事
「猫には居場所なんて関係ないわ、自分の思うままに今居る場所を変えることが出来るものよ。
勿論、人間たちにとびっきりの笑顔で挨拶をするのを忘れてはいけないわね。
それが礼儀というものよ」
皮肉交じりに母親が言っていた事をアルトはぼんやり思い出した。
ここはどこだろうか。
明かりが点いていないが部屋の中らしい。
屋敷からは逃げられないとあの女性が言っていた。
ならば、ここはまだ屋敷の中だということになる。
緊張しながら辺りの様子を探ると、懐かしい気配がした。
猫の目を凝らしてみると、ベッドにメイドが眠っている。
アルトは無意識のうちに転移先を彼女の部屋にしてしまったようだ。
(ど、どうしよう、やっぱりこの姿のままじゃまずいし)
うろたえつつ、昨日と同じ少年の姿に変化する。
と、気配に気付いたのか彼女が目を覚まし始めた。
(こういうときは、えっと、えーと、そうだ!)
例によって母親の言葉を思い出し、アルトは意識を集中した。
「猫の魔力は相手の舌の動きを止めることが出来るわ。
うるさいお説教から逃げるときには便利なんだけど、結構疲れるから気をつけないとね」
緊張で集中が乱れそうになるが、何とか堪えて成功させる。
間一髪間に合ったようで、起き上がった彼女は声が出せなくなっていた。
「あの、落ち着いてください。
危害を加えるつもりはありません」
一瞬うろたえる彼女を宥めるべく声を掛ける。
「彼女を匿って欲しいんです。
えーと、出来れば僕も」
示された先に朔夜を認め、彼女はもの問いたげに少年の姿のアルトを見つめた。
719 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/11(日) 01:24:24 ID:???
「その、二階でごたごたがあって、彼女が一番危ないみたいだったから逃げてきたんです。
何でかって言うと、僕もよく分からないけど。
でも、彼女は何も知らなかった。
仲間もぎりぎりまで誰も教えようとしなかった。
戦うことばかり考えて彼女がやりたいことは考えていないみたいだった。
そんなのって理不尽だと思いませんか?
戦いが好きなら勝手に殺しあってればいい。
でも、それに彼女が巻き込まれる筋合いは無いんです」
(何を言っているんだ僕は?)
見ず知らずの子供が感情をぶちまけた所でどうなるというのだろうか。
「・・・」
しかし、彼女は肯いてくれた。
無言のまま朔夜を自分が使っていたベッドに移す。
そして何かを告げようと口を動かすが、まだ舌が動かずに声が出せない。
「あ、何か書くもの要るかな。
えーと」
辺りを探る拍子に懐から紙切れが一つ落ちた。
刀夜の部屋から拝借した招待状。
それを認めて彼女の表情が変わる。
「あれ、どうしたの?」
そこで待て、という仕草を残して、彼女は部屋を出てゆく。
数分と経たずに彼女は布団一式を持ってきた。
もう舌が動くようになっていた。
「赤獅様も参加者だったのですね」
「あ、うん、えーと、昨日はてっきり違う屋敷に来たのかと思ってたんだ。
ほら、一度迷っちゃったもんだから」
苦しい言訳だと思ったが、彼女は疑いもしないらしい。
「仰るとおりにいたします。
・・・朔夜様も、ここに居たほうが安全でしょうし」
何かの想いを秘めた視線を、彼女は気絶したままの朔夜に投げかけた。
720 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/11(日) 01:28:18 ID:???
しばらくして、部屋の扉が叩かれた。
「多分、刀夜様ですね。朔夜様を探してます。
赤獅様はあちらに隠れてください、ここは私が何とかいたしますので」
言われるまま、シャワールームに布団一式を持って隠れる。
「鍵を返しに来た」例の剣士の声が響く。
「朔夜様は見つかりましたか?」
「一階で探していないのはもうここだけだ」
「この部屋には私以外おりませんが」
刀夜の視線が一瞬、盛り上がったベッドに向いたが、気付かなかったようだ。
「邪魔をしたな、また借りに来るかも知れん」
立ち去った後、彼女も何やら支度を始めた。
「あちこち壊れてしまったので修理をしなくては。
何しろ私一人しか居ないのです」
あの惨状ではかなりの時間がかかるだろうが、手伝うわけにもいかない。
朔夜のこともあるし部屋で待つことにした。
「・・・ここは?」
明け方近くに朔夜が意識を取り戻した。
「ええと、ここは安全な部屋です。
一緒にいた二人の方も無事です。
でも、朔夜さんは狙われてるので隠れた方が良いだろうという事で、僕がこの部屋に連れて来たんです」
警戒の視線を向ける彼女を宥めるように説明する。
とりあえず嘘は言っていない。
朔夜は緊張を解いて、部屋を見回した。
「あなたしか居ないの? お名前は?」
「この部屋の持ち主が居ますけど、今は外に出ています。
えと、僕は赤獅 三果です」
「歳は幾つ?
家族は、いるの?」
「生まれてから今年でよん・・・じゃなくて、十二才です。
あと、家族は一人いたんですけど、その、生き別れちゃって・・・」
721 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/11(日) 01:32:06 ID:???
「! そうだったの・・・ごめんなさい」
何故か朔夜はとても慌てていた。
どうやら、こちらを傷付けてしまったと感じているようだ。
よくは分からなかったが、何か自分と同じものを見付けて共感しているようだった。
「いやあの、僕の方は彼女の姿をいつでも見れるんです。
でも、彼女は僕が死んだと思っているから、直接会っている訳じゃなくて」
「・・・でも、それじゃ不公平だわ。
その人、お姉さんかしら?
彼女だって、あなたが生きていると知ったら会いたいと思うはずよ」
それはそうだろう。
だが、自分の死を見届けたのも彼女なのだ。
今、生きていることをどう説明できるというのだろうか。
「僕だって直接会いたいけど、そうするのが怖い・・・。
あの人はもう、一人で生きているから、その生活を壊したくない」
それは本心だった。
だからこそ土の下から一年近く彼女を見守ってきたのだ。
「もしかしたら兄さんも、今まではそうだったのかも・・・」
不意に朔夜が呟く。
それを耳にして、ようやくアルトは朔夜の部屋で目にした手帳の一文を思い出した。
同時に、何故この人を助けようと思ったのか、やっと納得できたのだった。
朝晩の七時から八時の一時間。
その時間帯だけゲームが中断され、食堂に食事が用意されるのだという。
その時間、メイド部屋の中で彼女が用意してくれた軽食を食べつつ、アルトはベッドで休む朔夜を見守っていた。
不意に何者かの気配が、閉ざされたドアの向こう側に現れた。
ノブがガチャリと音を立てるが、鍵が掛かっているため開かない。
しかしそれを確認すると、ドアの隙間から何か細長い刃物の様な物が差し込まれ、掛け金を難なく外してしまった。
アルトはといえば、いまさら寝ている朔夜を起こす事も出来ず、ただ成り行きを見守る事しか出来ない。
ドアの向こうから現れたのは、狼の頭を持った毛むくじゃらの男。
放つ気配は明らかに人間のものではなく、その格好がただの扮装でない事を示している。
刃物に見えたのは、そいつの爪だったのだ。
722 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/11(日) 01:35:25 ID:???
(人狼だ・・・!
しかも、昨日の?)
胸にはいまだ治りきらない刀傷が残っている。
魔物ならば肉体的な傷はあっという間に治るはずだから、よほどの深手だったという事だろう。
と、狼男がいきなり掴みかかってきた。
とっさに避けようとしたが、あっさり襟首を捕らえられてしまった。
所詮、肉体能力が違うのだ。
「何が目的だ・・・?
何故彼女をさらった!」
「何って・・・朔夜さんは狙われているんだろ?
だったら匿った方が安全じゃないか!」
それを聞いて狼の声に訝しげなものが混じる。
「貴様、ゲームの参加者ではないのか?」
「違う!
あんたこそ、彼女を殺しに来たんじゃないのか?
他の連中みたいに」
「・・・ふん!」
唐突に床に投げ出される。
起き上がると、目の前に人狼の爪が突き付けられた。
「朔夜を護る気はある様だな。
ならば、命に代えて護れ!
護れなかった時は、お前を殺す」
「・・・わかったよ。
だったら教えてくれ、一体このゲームは何なんだ?」
しばし迷っていたようだが、どうせ巻き込むならば、と決意したのか語り始める。
「どうやら、本当に参加者ではないらしいな。
・・・俺も何が目的かは知らん、知りたくもないしな。
ただ、分かっている事は勝利条件についてのみだ。
朔夜を殺した者が勝利者となり、その時点でゲームは終了。
あるいは、自分と朔夜以外の参加者を全て殺した者が勝利者となる。
この場合は、最後に生き残った者でも可だ」
723 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/11(日) 01:38:25 ID:???
知らぬ事とはいえ、アルトはこのゲームの重要な鍵となる人物をかっさらってしまったらしい。
「だが、もう一つだけゲームを終わらせる条件がある。
それは、このゲームの主催者の代理人を殺す事だ」
脳裏に一瞬、メイド姿の彼女が思い浮かぶ。
だが、どうやらそれは杞憂だったようだ。。
「そいつは参加者に成りすまして、ゲームの進行を監視している。
しかし、それが誰かは分からない。
だからこそ、俺は朔夜以外の全員を殺す気だったが・・・お前が朔夜を護っているならば、俺は代理人探しの方に集中できる」
アルトにしても第三の条件の方が目的に合っている。
しかし、この人は何故こうまでして朔夜を護る事にこだわるのか。
思い浮かぶ答えはあまり多くない。つまり・・・
「あなたは、もしかして朔夜さんの・・・」
「・・・いいな、必ず護れよ。
誰も信用するな」
みなまで聞かず、人狼は来た時と同様に姿を消した。
やがて、食堂も片付いたのか彼女が戻ってきた。
「あら、鍵が・・・?
誰かがこの部屋に来たのですか?」
「ええと、特に問題はないよ。
何とか誤魔化して帰ってもらったから」
これ以上、彼女の心配事を増やしたくなかったので、脅された事などは黙っていることにした。
「ならば良いのですが・・・」
その時、時計が八時を告げた。
直後に二階から轟音が響き渡る。
そして、再び静寂が屋敷を満たした。
「どうやらまた修理に出なくてはいけない様ですね。
では失礼致します」
そう言って彼女は部屋を後にした。
その日の夜の食事時間、食事を届けに来た彼女の顔は心なしか蒼ざめていた。
この数日間、働き詰めだったせいだろうかと心配していると、どこか本意ではない様子で切り出した。
724 名前:罵蔑痴坊 投稿日:2006/06/11(日) 01:39:32 ID:???
「赤獅様は、この部屋を出て行かれた方が良いと思われます。
無人の筈の部屋に人の気配があれば、他の参加者に気付かれ易くなるでしょうし・・・」
「え?
・・・うん、そうですね」
朔夜は気疲れからか、一日のほとんどを眠って過ごしていたが、アルトは立場上そうもいかない。
それに、メイド部屋に運んでくれる食事も、いつも二人分ではあまりにも不自然だろう。
いつか気付かれて、追及され、潜伏がばれる可能性もある。
「じゃあ、これを食べ終わったら一階の別の部屋に隠れます。
明日からの食事は、厨房の方に置いてくれれば勝手に食べますから」
「そう、ですか。
では、これを渡しておきます」
何故か残念そうな声で、彼女は鍵束を渡してくれた。
これで好きな部屋に隠れろということらしい。
「心配しなくても、時々朔夜さんの様子を見に戻ってきますから。
安心していいですよ」
それを聞いたとたん、彼女の体がびくりと震えた。
何かに怯えているのか、こちらに視線を合わせようとしない。
「彼女は言われた通りに匿っておきますので・・・」
「じゃあ、頼みます」
どうしてこの時、彼女の言うがままに部屋を出て行ったのだろうか。
人狼が言っていた事を何故忘れてしまったのだろう。
必然だったのか、運命の成せる業なのか。
今のアルトに、その時の彼女の真意が分かる筈も無かった。
アルト(其の三) 了