act4 <be saved the world -after->
金色に輝く髪を揺らしながら、憂い顔で遠くを見つめる女がいた。
彼女がいる部屋の襖が静かに開かれる。
「お呼びですか、暁の巫女様」
入ってきたのは翡翠だ。
その表情はどこか張りつめたものであり、彼女が緊張していることがありありとわかったのだろう。
日の出すぐの空のように金色に輝く長い髪をゆらし、暁の巫女と呼ばれた女は柔らかに微笑んだ。
「そんなに緊張せずともよい、翡翠。
私は別に、そなたを罰しようとしているわけではないのだから」
「ありがたき、お言葉にございます」
翡翠は辛うじてそれだけ告げると、再び押し黙ってしまった。
そんな彼女から目を背け、再び虚空を見る暁の巫女。静まりかえった場で、憂うように巫女は呟いた。
「……二人の巫女の葬儀が終わって、はや一月か。早いものだな」
大きな戦いがあった。
侵魔の群れとの最初で最後になるだろう大きな衝突が。
その中で多くの命が失われ―――そしてその最中、宿命によって縛られた巫女が、それぞれの命を散らしていった。
決戦以後、嘘のように侵魔はこの地から消え―――世界は救われたのだった。
人類陣営に最後に残った巫女である暁の巫女は、
戦う力を持ち合わせてはいなかったが、その神がかった戦略指揮で常勝の女神として崇められていた。
その巫女の力をもってしてさえ、戦場で失われる命はある。
彼女は全てが終わった後も、その償いと称してその地に留まり、事後処理をしていたのだった。
世界が救われて一月。その間目まぐるしい時間をすごした彼女の仕事は、あと一つを残すのみとなった。
巫女は、翡翠を憂いの表情で見た。
「のう、翡翠。そなたは成そうとしていることの重さを、本当に理解しておるのか?」
「私の成すことは裏切り者を狩り、家名に泥を塗った恥さらしを斬ることのみ。
成すべきを成す、そのことになんの重みを感じましょうか」
彼女の青い双眸に高熱の火が宿る。それは、紛れもなく彼女の本気の怒りのあらわれだった。
それを鏡のような銀色の瞳が見返す。
「だが翡翠よ、そなたが斬ろうというのはそなたの兄であろう」
「あのような者は、もはや兄でも血縁でもありませぬ。剣術の名家の名を地に落とし、すでに父もあれとは縁を切っております。
そも私は養子。血のつながらぬ兄など、他人も同然でございます」
憎しみさえこもった声で、翡翠はそう答えた。
先に言った決戦の前日。翡翠の兄は信じられない行動をとった。
人類陣営の旗印であった「蒼き月の巫女」を、星の巫女を守るための剣で殺め、逃走したのだ。
当然、人類陣営は大混乱に陥った。その隙をつき、侵魔の軍勢は一気に侵攻を開始。
それでもなんとか持ちこたえ侵魔を倒しきったのには、常に後方で的確な指示を下し続けた暁の巫女の存在があってこそだ。
しかし。
旗印を失い、神子に仕えていた使徒はいずこかへ消え、また有能な剣士が一人逃亡したことで
戦力が大幅に減っていた人類陣営は、大きな犠牲を払うことになったのだった。
この一月、その裏切り者を処断しようと守護剣士も含め何人もが幾度となく派遣されたものの、
いずれも敗北してこの地へ帰ることとなっている。
翡翠も何度も立候補したものの、兄弟殺しをさせるわけにはいかないと思われたのか、肉親として手心を加えると思われたのか。
一度たりとて許可が下りることはなかった。
けれど、いく度もの派遣の末心を折られたか志願する者がいなくなり、ついに翡翠のみとなった。
彼女の覚悟を問うため、暁の巫女は翡翠を呼んだのだった。
暁の巫女は憂いの混じったため息をつき、翡翠に言った。
「そうか……ならば、何も言うまい。
翡翠よ、無事に帰ってきておくれ。そなたまでいなくなってはさみしい」
「私ごときに、ありがたきお言葉でございます……必ずや、裏切り者を仕留め。巫女様の前に戻ってごらんにいれます」
では、失礼いたします。と翡翠はその部屋を出て行った。
その部屋に残された暁の巫女は、気配の去っていくのを感じながら一つため息をついて、
―――その唇を、酷薄な形に持ち上げた。
金色に輝く髪を揺らしながら、憂い顔で遠くを見つめる女がいた。
彼女がいる部屋の襖が静かに開かれる。
「お呼びですか、暁の巫女様」
入ってきたのは翡翠だ。
その表情はどこか張りつめたものであり、彼女が緊張していることがありありとわかったのだろう。
日の出すぐの空のように金色に輝く長い髪をゆらし、暁の巫女と呼ばれた女は柔らかに微笑んだ。
「そんなに緊張せずともよい、翡翠。
私は別に、そなたを罰しようとしているわけではないのだから」
「ありがたき、お言葉にございます」
翡翠は辛うじてそれだけ告げると、再び押し黙ってしまった。
そんな彼女から目を背け、再び虚空を見る暁の巫女。静まりかえった場で、憂うように巫女は呟いた。
「……二人の巫女の葬儀が終わって、はや一月か。早いものだな」
大きな戦いがあった。
侵魔の群れとの最初で最後になるだろう大きな衝突が。
その中で多くの命が失われ―――そしてその最中、宿命によって縛られた巫女が、それぞれの命を散らしていった。
決戦以後、嘘のように侵魔はこの地から消え―――世界は救われたのだった。
人類陣営に最後に残った巫女である暁の巫女は、
戦う力を持ち合わせてはいなかったが、その神がかった戦略指揮で常勝の女神として崇められていた。
その巫女の力をもってしてさえ、戦場で失われる命はある。
彼女は全てが終わった後も、その償いと称してその地に留まり、事後処理をしていたのだった。
世界が救われて一月。その間目まぐるしい時間をすごした彼女の仕事は、あと一つを残すのみとなった。
巫女は、翡翠を憂いの表情で見た。
「のう、翡翠。そなたは成そうとしていることの重さを、本当に理解しておるのか?」
「私の成すことは裏切り者を狩り、家名に泥を塗った恥さらしを斬ることのみ。
成すべきを成す、そのことになんの重みを感じましょうか」
彼女の青い双眸に高熱の火が宿る。それは、紛れもなく彼女の本気の怒りのあらわれだった。
それを鏡のような銀色の瞳が見返す。
「だが翡翠よ、そなたが斬ろうというのはそなたの兄であろう」
「あのような者は、もはや兄でも血縁でもありませぬ。剣術の名家の名を地に落とし、すでに父もあれとは縁を切っております。
そも私は養子。血のつながらぬ兄など、他人も同然でございます」
憎しみさえこもった声で、翡翠はそう答えた。
先に言った決戦の前日。翡翠の兄は信じられない行動をとった。
人類陣営の旗印であった「蒼き月の巫女」を、星の巫女を守るための剣で殺め、逃走したのだ。
当然、人類陣営は大混乱に陥った。その隙をつき、侵魔の軍勢は一気に侵攻を開始。
それでもなんとか持ちこたえ侵魔を倒しきったのには、常に後方で的確な指示を下し続けた暁の巫女の存在があってこそだ。
しかし。
旗印を失い、神子に仕えていた使徒はいずこかへ消え、また有能な剣士が一人逃亡したことで
戦力が大幅に減っていた人類陣営は、大きな犠牲を払うことになったのだった。
この一月、その裏切り者を処断しようと守護剣士も含め何人もが幾度となく派遣されたものの、
いずれも敗北してこの地へ帰ることとなっている。
翡翠も何度も立候補したものの、兄弟殺しをさせるわけにはいかないと思われたのか、肉親として手心を加えると思われたのか。
一度たりとて許可が下りることはなかった。
けれど、いく度もの派遣の末心を折られたか志願する者がいなくなり、ついに翡翠のみとなった。
彼女の覚悟を問うため、暁の巫女は翡翠を呼んだのだった。
暁の巫女は憂いの混じったため息をつき、翡翠に言った。
「そうか……ならば、何も言うまい。
翡翠よ、無事に帰ってきておくれ。そなたまでいなくなってはさみしい」
「私ごときに、ありがたきお言葉でございます……必ずや、裏切り者を仕留め。巫女様の前に戻ってごらんにいれます」
では、失礼いたします。と翡翠はその部屋を出て行った。
その部屋に残された暁の巫女は、気配の去っていくのを感じながら一つため息をついて、
―――その唇を、酷薄な形に持ち上げた。