卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

第04話

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匿名ユーザー

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<旅路の果て>


 目が覚めた。
 覚めた、というよりも夢の中で目を開いている感覚に近いのだろうか。
 何故だろう。
 あの決戦の間こそ凄まじい力のバックアップがあったからこそ意識を保てたわけで、それがなくなった以上私に目が覚める機会などあろうはずもないのだが。

「それは、わたしが呼んだから」

 おやクマ娘。

「TISだよ。ちゃんとTISって呼んで」

 思ったことが伝わってしまったらしい。便利なようで不便というか、神というのは総じて趣味が悪くできているらしい。
 おや、クマむ……もといTISがむくれている。

「これは失礼をした」
「……別に、怒ってないもん」
「あぁ、そうだな。そういうことにしておこう。
 ところで神の欠片よ、この役目を終えたガラクタになんの用だ?」
「名前で呼んでって言ったよ?」
「それも謝っておくが、私が名で呼ぶ価値があると決めているのは私の認めた主のみだ。そこだけは譲れない」

 私の言葉に呆れたようにため息をつく神の欠片。

「……じゃあもういいよ、神の欠片で。
 とにかく、わたしはあなたたちにお礼を言いにきたの。お兄ちゃんにはお礼を言ったけど、あなたには言ってなかったから」
「主への賞賛は剣への賞賛も同義だ。柊に礼を済ませたなら余計なことをする必要はあるまい」
「あなたとお兄ちゃんの魂のつながり、切れてるでしょ? 言わなきゃ気持ちは伝わらないもん」

 ……神というのは本当に趣味が悪い。

「それで? 結局本気でなんの用なんだ。私にはもう何も残されていない。失われたものを元に戻してくれるほど、お前たちは優しくはないだろう?」
「うん、まずは状況を報告するね。
 ―――ありがとう。あなたたちのおかげで、人はまた未来に歩んでいける。この世界は消えずにすんだよ」
「神を斬ったのは柊だ。未来を選択したのも主。たかが剣が誉められるいわれはない」
「……素直じゃないのか屈折してるのか。まぁいいか、どっちも同じようなものなんだし。
 破壊された世界は、ゲイザーの大暴れの分、わたしが修正をきかせていいってことになったみたい。それでね? あなたに一つ聞きたいことがあるの」
「なんだ、クマ娘もとい神の欠片」

 その娘は、透明な瞳で聞いてくる。楽園の蛇のような瞳だ、と思った。

「あなたは、もとに戻りたくない?」
「―――もとに、とは?」
「おにいちゃんに振るわれてるあの剣の姿に、戻りたくないのかなって」

 その甘美な言葉に心動かされなかったかと言われると、嘘になる。
 けれど、言葉は心が動かされるよりも早く形になって出てしまっていた。

「必要ない」
「―――なんで?」

 口に出してから心動かされてしまったわけだが、悩んでもきっと答えは変わらなかっただろう。
 私は一番はじめに頭の中をよぎった思いを口にすることにした。

「……柊蓮司という奴は、とにかく前しか見てない男でな」
「うん。それは知ってる」
「けれど、それでいてこれまで来た道を忘れる人間でもない。柊はあれで、これまで共に戦ってきた仲間を忘れたことはないし、失ったものでさえ忘れようとはしない」

 私は、知っている。
 これまで一緒に戦いながらも、途中で脱落してしまった仲間の名を忘れぬように心に刻もうとする主の姿を。
 きっと、私だけが知っている主の姿だろう。弱音は吐かないし、甘えるようなこともしないが―――その魂は、失ったものを忘れることはない。
 人一倍守ろうと思う気持ちが強い人間だからこそ、そこには歪みがある。その歪みも含めて抱え込んで、それでもまっすぐであるからこそ―――私は柊を業物と表すのだ。

「私は、柊の中ですでに失われたものなのだ。
 主が失ったと一度でも感じたものが、そこに舞い戻ることはあってはならないだろう。
 でなければ、あの慟哭は無為になる。あの喪失感は無為になる。やはりお前にはわからぬかもしれんがな、神よ―――失われることで残されるものもまた、あるのだ」

 それ以上に、柊に与えたものを、奴から与えられたものを。何一つ奪われたくなどない。
 この痛みも、どの思いも、その未来も。与えられたものは全て私のものだ、それをなかったことにすることなど、私は絶対に許せない。
 その言葉を目を閉じて粛々と聞いていたTISは、半眼になって呟いた。

「……ノロケを聞かされた気がする」
「刃としてアレに惚れぬものなどいまいよ。
 まぁ、そういうわけだ神の欠片。私は神に強制的に消されたわけではなく、戦いの中で力及ばず砕けたものなのだ。
 消されたものを戻せても、戦って傷ついたという因果の存在することにまでは介入できまい。
 世界が刷新されたという自覚を残すためにも、私が元の姿に戻って柊と共に戦うわけにはいかん」

 むむむむむ、と難しい顔をしている神の欠片。
 その姿を見ていると、本当にただの子供のようにも見える。

「でも、いいの? ディングレイが消えた以上、あなたと星の巫女、その剣士との因縁はすでに途切れてる。もう二度と会えないかもしれないんだよ?」
「それこそ今更だ。最後の突貫の時に、すでに覚悟は決まっていた」

 頑固者ー、と呟く声がする。ため息をついて、もう一言言うことにした。

「それにな、正直疲れた。少しくらいは休みもほしい。
 体がああなってしまっては、人の力では復元も無理だろう。お前の手を借りないと言っている以上、もう放っておいてもいいだろうに」
「そうはいかないよ、だって世界はあなた達にすごく助けられたんだもの」
「世界を救うなど日常茶飯事だろう。それに、私達のしたことで再び世界は危機にさらされる。だったら結局はこれからも同じことだ」
「けど、けど……今回は、わたし達の都合であなた達を巻き込んでしまったわけだし、少しくらい何かさせてくれても―――」

 いらない、と答えようとして。神の欠片の瞳に、妙な色が宿るのを感じ取った。
 ……嫌な予感がする。次の瞬間、神の欠片は満面の笑みを浮かべて言った。

「そっかそっか。そうだね、わたしの力はいらないんだよね。つまり、過去をなかったことにすることをあなたは嫌がってるわけだよね」
「そ、そうだが……お前、何か企んではいないか?」
「企むなんて人聞きの悪い。人をどこかの守護者(おねえちゃん)みたいに言わないでよ」
「その守護者そっくりの笑みを浮かべているから企んでいないかと聞いてるんだ!」
「大丈夫だよ、過去をなかったことにはしない。あなたの望むとおりにね。だから、これでわたしも帰るね。あなたにお礼も言ったし」
「待て! その満面の笑みはなんだ! 何をする気なんだお前は!」

 神の欠片はそれに答えることはなく。
 ふふふー、とエキセントリック少女守護者のように笑った後―――とても無邪気でありながら、神秘的な笑顔に変わって、呟いた。声が少し違うようにも思える。

「虚は実に、実は虚に。夢見る命であるあなたに与える奇跡はしばしの休息。
 お眠りなさい、人と共に夜を駆け続けた誇り高い剣よ。暗闇の中で星を待つのでなく、木陰のまどろみの様に暖かな眠りをあなたに与えましょう。
 そして―――」

 意識が強制的に落とされていくのがわかる。しかし、強制的であるもののそれは今までの凍結とは違い、ひどく暖かくて抗いがたい誘惑だった。
 疲れていたのも事実だ。生まれてから少々、ハードに生きすぎた。抗うのをやめる。柔らかで暖かな波に包まれる。

「―――次に目を覚まして見る夢の世界が、あなたの望むものであることを。夢と幻を司り、現実との境を見守る者として確約しましょう」

 そんな声を、まどろみの中に聞いた。



幕間・薄紅色の季節


 小さな公園に咲き誇る、桜の木。ごく淡い薄紅を帯びた白い花弁が、風もないのにはらり、はらりと舞っては落ちる。
 そんな光景を見て、彼はぽん、と黒々とした幹を軽く叩く。

「……そーいや、まともに桜見るのって一昨年以来だっけか」

 柊蓮司。卒業式も終わり、今現在は休業中のウィザードである。
 この一年、彼は他のウィザードなら謹んで辞退したくなるような強敵との連戦をしてきた。具体的に言うと出席日数がヤバいくらい。
 桜の季節も登校できたのはたった2日。その前は半年ほど任務にかかりづけだったために、流石に風景に気を割く余裕はなかった。
 彼は手を放すと、今度は背を預けてその場に座り込んだ。
 公園は本当に小さなものだ。 彼が子どもの頃、幼馴染や友だちと日が暮れるまで遊んだ場所。思い出の風景。
 後ろ手に腕を組み、息をつく。
 そんな彼には関係なく、桜の花弁はちらりひらり。雲とは違う白薄紅が青い空に小さく彩りを添える。
 この世のものとは思えぬ光景から、桜は夢見草、という異称を持つ。
 ただ己を誇るように舞って、散る。それを満足そうに眺め。彼は、花弁が空中でぴたり、と動きを止めるのを見た。

 見れば、他にも空中でぴたりと動きを止めている白い欠片がある。
 彼はこの現象を知っている。これは二次的なもので、『彼女』が現れる前兆だったはずだ。
 その彼女は、すぐに現れた。
 大きなクマのぬいぐるみを抱いた、長い黒髪と赤いリボンの女の子。柊は軽く声をかけた。

「よう、TIS。何か用か?」
「うん。久しぶりお兄ちゃん、今日はね、お兄ちゃんにちょっとお願いがあって来たんだ」

 そういう彼女の笑顔は、とても楽しそうだった。
 まるでお気に入りの絵本を見る子どもように、無邪気で楽しそうな笑顔をしていた。
 彼女のそんな顔をはじめて見た柊は正直に思ったことを告げた。

「―――なんだ、そんな顔もできるんじゃねぇか」
「え?」
「あの時は、ずっと思いつめたような顔してたからな。最後に笑ったけどよ。
 そりゃ、思いつめた顔見てるよりは笑顔の方が気分いいだろ。そっちの方が似合うしな」
「……お兄ちゃんは、もうちょっと考えてものを言った方がいいと思うよ?」
「は? なんでだよ」

 なんででも。と呟いて、彼女は一つため息。
 しかし彼女はすぐに笑顔に戻って話を切り出す。

「それで、お願いのほうだけど」
「おう、なんだ? つっても、俺にできることなんか限られてるけどな」

 そう言って苦笑する柊に、TISは物語をつむぐように言った。

「わたしも夢見る命の一つだってこと、忘れてたんだよね」

 その言葉には? と間の抜けた声を出すしかない柊。TISはおかまいなしに続ける。

「前に言ったよね。この世界に生きるみんなの願いをかなえるって。そのくらいの力はあるって」
「あぁ、言ってたな。夢は叶え終えたんじゃねぇのか?」
「うん。ただ、わたしにはわたしの夢を叶える力はなかったの。
 それもそうだよね、誰かに叶えてもらうほんの小さな願いなのに、わたしは自分が叶えることになるんだもん」
「……話がよく見えないんだが」
「つまり、お兄ちゃんにわたしの願いを叶えてもらえないかな、と思って。無理かな?」
「俺にできることなら別に構わねぇが……さっきも言ったような気がするが、俺にできることなんてたかが知れてるぜ?」

 即答はするものの、困ったようにそう続ける柊に、TISはううん、と言いながらふるふると首を横に振った。

「むしろ、お兄ちゃんにしかできないことなの」

 そういうもんかね、と柊は納得していないように言って、本題をたずねた。

「それで。俺は何をすりゃいいんだ?」
「ちょっと行ってもらいたいところがあって、ちょっと会ってほしい子がいるだけだよ。後は、お兄ちゃんならなんとかなると思う。
 お兄ちゃん、ちょっと目を閉じて?」

 言われ、柊は目を閉じて―――次の瞬間、青い空の下に立っていた。
 強めの風の吹き抜ける、ただひたすらに青い空の下。目の前には、なんだか呆然としている様子の、真っ赤な髪のTISくらいの年頃の子どもがいた。



<さいかい Reunion/Restart>


 ……まいった。
 正直、あのクマ娘に言ってやりたいことは山ほどある。文句とかグチとかすごく言ってやりたい。できるだけ面と向かって。
 眠りを妨げられて目を開けてみればこの状況っていうのはさすがにないと思うんだがどうなんだ。
 この状況は、困る。すごく困る。何が困るって、とにかく困る。
 そんな言葉で頭が真っ白のこちらを見て、相手はやはりどこか戸惑ったように言った。

「……お前が、TISの言ってた『会ってほしい子』ってやつか?」

 ほほうあのクマ娘そんなことを言っていたのか。もういい。娘とか抜いてやる。ただのクマだけで十分だあんな小娘。
 なにも答えず相手を見ていたこちらを不審に思ったのか彼はどこか心配そうな視線になって言った。

「大丈夫か? どこか悪いのか?」
「あっ……ち、ちがっ、違うっ! あまりの展開についていけてないだけだっ!」

 ばたばた、と手をばたつかせて一歩退る。
 あまりの混乱ゆえにか、足をもつれさせて後ろにぐらりと体を傾がせた。草むらが近づいてくる。倒れこむ―――前に、手を掴まれた。
 その熱は、あの最後の突貫の瞬間となんら代わりがなくて、涙が出そうに熱くて暖かかった。

「あっぶねーなぁ……とにかく落ち着け、あわててるのはわかったから」

 わかってない。絶対わかってない。
 この展開の意味も私が慌てている理由も今この瞬間手を振りほどきたい衝動とずっとこの熱を感じていたい気持ちがせめぎあっているこの心の内もっ!
 ぶんぶん、と涙目で首を横に振るのが精一杯の私に、相手は一つため息をつくと、私を座らせると自分も座り込んだ。

「なにをあわててんのかは知らねぇが、落ち着けって。とって食うってわけじゃねぇんだから」

 こちらを落ち着かせようとするように真正面から心配そうにじっと見てくる。
 私はごく、と生唾を飲み込み真っ白になった頭を整理していく。
 この状況。なったものは仕方ない。手を放してくれたから落ち着いてきた衝動。大きく息を吸って、吐く。手で視線を遮って、目を閉じると告げた。

「―――見苦しいところを見せた。もう大丈夫だ、落ち着いた」

 そうか、と彼は満足そうに言う。
 彼はおそらく私のことを私とわかっていない。
 それが少しだけ悲しいが、見ず知らずの子どものために、なんの損得勘定もなしにそう言える彼が主だったことを誇りに思う。
 今度は、最後に会えたというその嬉しさで涙が出そうになってくるが、それをとどめる。彼が、相手に泣かれるのが苦手であることを知っているから。困らせたくはない。

 彼は安心したら周囲が気になったのか、私に不思議そうにたずねた。

「つーか、ここどこなんだ? あとなんでお前はこんなところにいるんだよ」
「ここは……そうだな、私のいるべき場所だというべきか。だからこそ私はここにいる」

 魂のつながりはすでにとぎれはしたものの、一番新しい主の心の形がいまだに私の中には残っている。
 この形は、その名残というべきか。
 私たちは担い手と魂のつながりを持ち、その一部を共有する。ゆえに、心象風景の一部も共有してしまいその情報が消えゆくはずの私の中に残ってしまったんだろう。
 ともあれ、もう消えることを選んだ私の中にいては相手も危険だ。
 たとえ彼が私を私と気づけなかったとしても、私は彼の剣であったものだ。主の命を危険にさらすわけにはいかない。早くそれを教えなければ。

「帰れ」
「いきなりかっ!? つーかなんでだよっ、そもそも俺は帰り方なんか知らねぇっつーの!」
「帰り方か……そら」

 途切れた道ながらも、まだなんとか意識体一つ通すくらいなら問題ない程度の道なら開けられる。
 私が思うだけで、目の前に天に続く階段が現れる。ここは私の世界だ、この程度なら問題ない。

「この階段を渡っていけば、元に戻れるはずだ。帰れ」

 彼はそのきざはしをじっと見て、私に視線を下ろした。

「お前は?」
「わたしのいるべき場所はここだと言っただろう。ほら帰れ、お前には帰りを待つ者がいるはずだろう。早くしないとここは長くはもたないぞ」

 たとえ彼が私に気づけなかったとしても、これで十分だ。最後に実際に会えたことが、なによりも嬉しい。そこだけは感謝しないでもないぞ、クマ。
 そう満足げに告げたはずなのに。

「待て。もたないってどういうことだ」


 ―――なんで。この男はそんなところだけ聡いのだろうか。


「……気にするな。ここはもう崩壊する、というだけの話だ」
「馬鹿なこと言うなっ。一緒に出るぞ」
「いらぬ気遣いだ」

 なんでだよ、と彼はその燃えるような瞳で私を見た。
 やれやれ、と肩をすくめて私は答える。

「さっきも言っただろう。ここが私のいるべき場所だ、ここが崩壊すれば私も消える。それは運命などではなく、そういう仕組みになっている」
「なんで助かろうとしないんだよっ、消えるっていうのになんで―――」
「何もしないのか、か? 簡単だ。私はもうすべきを終えた。満足だ。こんなにも満ち足りた気分でゆけるとは、正直思っていなかった。
 ―――未練が、ないんだ」

 それは心からの言葉。
 主を守りきり砕けた私の本音。あれを最期と受け取めた、私の気持ち。
 これまで誰一人として主を守りきれず死なせた私の、誇れる終わりだ。

 なのに。
 目の前の相手は、私を私と知らない主は。それでもまっすぐな目で、私を射抜く。

「もう一度言うぞ。馬鹿なこと言うな」
「……分からん奴だな。私自身がもういいと言ってるんだ、本人が納得しているのに口を挟んでどうするんだお前は」
「俺が納得いかないってんだよ。こんなところで、たった一人で、諦めてるだけの子どもなんか放っておけるかよ」
「む。それは違うぞ、私は少し前に諦めるのをやめたんだ」

 諦めながら生きていた私は、どうしようもなく諦めない担い手に出会って、少し中てられた。

 がむしゃらに、懸命に、駆け抜け続ける。
 諦めながら生きないで、いくら血を流そうと、一途な思いを振りかざす。
 そんな生き方を美しいと思い、共に在れたことを誇りにすら思っているのだ。

 唇を尖らせてそう言った私に、それでも。
 彼は諦めてるだろうが、と苛立たしげに言った。
 その苛立ちは私にでなく、私がここで終わりだということについて向けられていた。

「お前さっきから聞いてりゃ未練がないだの満足だの……自分が死ぬことに問題がないって言ってるだけで、生きるのが無理とは一言も言ってないだろうが。
 それが生きること諦めてんのとどう違うんだよ」
「む……けれど、私はこれまでできなかったことができて、これ以上なく満ち足りているんだ。未練は残ってない」
「一回できたんなら二回でも三回でもできるはずだろうがっ!」

 そんな無茶な。
 だから、と彼は告げる。

「諦めんなよ。まだ終わってないんだ、お前に先に降りられると俺が困る」
「―――え?」



 まて。今なんて言った?



「そもそも先に誘ったのはお前だろうが。一蓮托生、最後まで付き合ってもらおうじゃねぇか」
「ま、待った! 待ってくれ! お前は一体何を言って―――」
「だから。お前に先に消えられると困るって言ってんだよ、相棒」

 息をのんだ。
 なんで。柊は意識体と外身に違いがないからわからないはずもないが、私は外見と中身は別物だ。なんでわかるんだ。
 そもそも鈍感のくせに。情報収集ファンブルとか普通のくせに。半分呆けたまま、聞いた。

「なんで―――わかったんだ?」
「あ? ……いや、そりゃわかるだろ。魔剣(おまえ)触った時に感じるプラーナの感じと、さっき掴んだ時の感じが同じなんだもんよ」

 ひどく感覚的な答え。しかし、それはとても彼らしい答えでもあった。
 泣きそうになる。わかってもらえるなんて思っていなかった。期待もしていなかった。ただ、彼に生きていてほしかった。
 それでよかったんだ。それだけで十分だったんだ。
 あの<ほしのひかり>が守れたという事実だけを胸にできれば、それで十分胸を張れた。
 もう自分が失われたと先に諦めていた私に、それでもお前はまだ自分に振るわれろというのか。

 なんて―――傲慢な希望(やさしいひかり)

 相手はただ、手をさし出す。

「お前を折っちまうような未熟者だけどよ、俺はまだお前が必要なんだ。またついてきてくれねぇか?」

 うつむく。
 答えは怖い。けれど、言わなければならないことを言わなければならない。
 なぜなら私は、彼を守ることを放棄したのだから。

「私は神殺しと呼ばれたものだ。闇を払うものと呼ばれたものだ。それが、たかが神の一柱を相手取って手も足も出ずに折られたのだ。
 ……情けない。お前の盾となることすらできずに、その使命ごと折られたのだ。そんなものと共にいてはお前は―――」

 怖くてしかたがない。一度降りることを自分で決めた私に与えられる救いなどあってはならない。
 なのにその馬鹿は叩き壊すようにため息をつく。

「馬ぁ鹿」
「むあっ!? な、何をするっ!」

 額を押し、斜め上である自分の顔のほうを向かせる。
 涙で潤み、十分でない私の視界が彼を映す。
 彼は、聞き分けのない子どもにさとすように答える。

「いいか? 俺はお前が神殺しだから契約したわけじゃねぇよ。
 俺がお前を手に取ったのはお前が俺を必要としたからで、それ以上にお前が俺の誓いの証で俺がウィザードであるための証明だからだ。
 神殺しとか運命だとかはどうでもいい。俺は、お前じゃなきゃイヤなんだ」

 ……本当に、馬鹿。
 そんなことを言われたら、期待してしまうだろうに。
 お前のことだから、きっと本当に必要としているだけの話なのだろうが。

 まぁいい。そこまで言われて応えないなんて、刃の名が泣く。
 ぐいっと腕で涙を拭い、勝気な瞳で睨み返してその手に触れた。
 古い契約を思い出す。
 それを区切りとし、再び彼と私の間に魂のつながりをつけるために。

「―――我を望む者よ。汝、何のために我を欲す?」
「俺が守りたいものを守るための力として」
「―――我を望む者よ。汝、なにがために戦う?」
「俺がしたいことを貫ききるために」
「―――我を望む者よ。汝、名はなんという?」
「柊蓮司」

 一つ息をつく。
 欠け落ち行く空の端の崩壊が止まる。後はただ、私の口から誓いの言葉を吐き―――彼の了承を得るだけ。

「柊蓮司、私はこれよりお前の刃となる。お前のためだけの刃となる。
 お前の前に立ちふさがる全てのものに終焉を、お前の後ろに在る全てのものに光輝を与える境界となろう。
 お前の敵を斬り、お前の前後を分け、お前の憂いを断ち、お前の道を開こう。

 ただお前のために、お前のためだけに―――これからの私は、在ろう。

 お前の刃であり続ける。それをここに誓う」
「あぁ。これからも―――よろしく頼む」

 手は繋がれ―――そして、青空が砕けた。
 白い階段は光の柱となって、私たちを覆い―――光が、私を飲み込んだ。

 またな、という言葉だけが暖かい灯火となって私の中に残り―――嬉しくて、涙があふれた。



幕間・夢見草の下


 ぱち、と目を覚ます。花びらはまだ止まったまま。目の前にはクマを抱いた少女がいた。
 彼女は楽しそうに柊に向けて微笑んでいる。
 柊は、まず言うべきことを口にした。

「……ありがとうな。あいつに消えられると俺が困る」
「ううん。お兄ちゃんたちの力はこれからの『私』にも必要だし―――」

 くすくす、と笑って彼女は続ける。

「なにより、とてもいい物語を見せてもらったから」
「物語……?」
「うん。わたしにしか見えない、とっても面白くて綺麗な物語(おはなし)

 この世界は夢でできている、と言った存在がいた。
 夢、というのは自分の手には入らないものの総称。思うままにならぬものの名にしてその概念。
 それは、神というこの世界を手にするものにとっては―――可能性の力を持ち、操る存在そのもの。もしくは、可能性を示せるものそのもの。
 思うままにならぬからこそ、この可能性(ゆめ)を抱き続けたいと思う気持ちが、『彼女』には今残っている、ということだろう。
 そしてTISはその化身だ。
 可能性をもった存在が強い意志によって引き起こす物語。それを胸に今日も眠る。
 永遠に続く千夜一夜。その中にいるものはその眠りを守りながら、自分の物語のために戦い続ける。

 彼女は、言った。

「ありがとう、お兄ちゃん。私の願いも叶えられたことだし、そろそろ行くよ。
 あの子の魂はお兄ちゃんにつながれてるから、後は体をなんとかしてあげてね」

 ばいばい、と笑顔で告げて。彼女は消えて、花びらの動きが戻り、地に落ちる。
 ひらひらと舞う桜。そのこの世のものとは思えぬ光景から、桜は夢見草、という異称を持つ。
 あるいはTISが現れたのも、その力を借りてのことなのかもしれない。
 また、その姿も彼が見た夢すらも、ただの夢であるかもしれない。

 けれど、その手に残った手を握った感触も熱も、いまだにいくらでも思い出せた。
 だから柊は、一言だけ虚空に向けて告げた。

「―――またな」

 その言葉に答えるように、夢見草の花弁がゆらりひらりと舞って、その手のひらに落ちた。



最後のページ・「日記の終わり、物語のはじまり」

 誓いは為された。
 許しはここにある。
 私は新しい体を得て。

 ―――新しい本に、新しい物語が記される。





fin.

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