卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

第01話

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【碧き月、星に添いし竜に遇う】


 そこは山中に人目を避けて作られた、名も無き隠れ里だった。
 黒髪、栗毛、銀糸、黒瞳、赤目、緑眼、象牙、褐色、白皙―――様々な色彩と容貌を持つ、人種すら異なる老若男女。一見何の共通点も見出せぬ人々の集い。
 それでも、この里に住まう者達は皆紛れもなく同類であり、同志であった。
 常の人には扱えぬ、異能の才を秘めたる者達の里。
 ―――人の世にある、仙郷だった。





「―――っとぉー……あー……いい天気だなぁ」
 拳を突き上げるように上背のある体躯をぐっと伸ばし、男は間延びした声を漏らした。
 まだ見る側によっては少年と呼ばれるかも知れない、若い青年。
 東洋人の特徴そのままの色彩と容貌。ただ、その上背だけがその平均を大きく上回っている。
 身の丈からすれば細身な体躯、しかしそこに脆さや虚弱さは感じられない。寧ろ、余分をそぎ落とし、ぎりぎりまで引き絞ったような鋭さがあった。
 面立ちもそれなりに整っており、ややきつい眼差しも精悍といっていい。落ち着いた、しかし、素材も仕立ても質の良さが窺える装い、腰に携えた見慣れぬ意匠の長剣も相俟って、なかなかに見栄えのする容姿といえるのだが―――
「……っぁふぁ……」
 大口を開け、間抜けな顔で欠伸などされた日には、精悍な武人、という印象は蒼穹の彼方に消えるしかない。
「―――っんー……」
 風薫る初夏の森。木々の緑の間から覗く蒼穹を見上げ、青年は降り注ぐ木漏れ日ごと、澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。そうして、手近な木の根元に寄りかかると、瞼を閉じた。
 そのまま、穏やかな午睡に青年が落ちるより早く、

「―――飛竜」

 若く澄んだ女の声が、彼の名を呼んだ。
 刹那、青年―――飛竜はぎくりと身を起こし、声の方を振り返る。
 そこにいた数名の男女。
 その中でも他の者達に守られるように立つ、自身と同じ年頃の小柄な娘に眼を留め、飛竜は搾り出すように呻く。
「……か……楓、……様」
 楓、と呼ばれた娘は応えず、自身を囲む男女に向けて口を開く。
「―――皆、先に戻っていてください」
「楓様、しかし」
 手近にいた女―――楓とそう年の変わらぬ娘が戸惑った声を上げた。
 彼女の腰には、その愛らしく明朗な印象の容貌には不似合いな長剣。それは飛竜の腰に携えられたものと同じ拵え。
 また身を包む装いも、男女の差異こそあれ似通っている。
 違うのは、剣の柄に嵌められた玉の色と、衣装の基調となっている色。飛竜は赤、娘は青。
 しかしそれは彼女だけに限ったことではない。
 その場にいる者の殆どは、各々色こそ違えど同じ装いに身を包み、同じ剣を携えている。
 飛竜と娘を合わせ、全部で七色。
 ただ楓と呼ばれた娘と、一同の後ろに控えて立つ一人の男だけが、例外だった。
 男は飛竜よりも五つほど年を重ねているように見える。おとなしげな容貌に、中肉中背の体躯。
 飛竜達と同じような衣装を纏いながらも、一人だけ違う拵えの大剣を背に負っていた。
 楓はというと、そも剣を持たず、身を包む衣も他と意匠を隔している。
 飛竜達の装いが、格式こそ失わないものの、まず動きを阻害せぬような仕立てであるのに対し、楓の纏うものは幾重にも布を重ね、品と重厚さを大事とした仕立て。
 一目で貴人のものとわかる、世辞にも動きやすいとは言えない衣装。
 この装いからしても、守り守られるような立ち位置からしても、楓が彼らの上に立つ者なのは明らかだった。
 楓は、戸惑う娘に言い含めるように繰り返した。
「戻ってください。―――大丈夫ですよ、瑠璃。飛竜がいる限り、よほどのことがあっても私の身に大事あることはないでしょう」
 瑠璃、と呼ばれた娘は、悠然と微笑む楓と、その楓に眼を留めたまま固まった飛竜を交互に見遣った。
 瑠璃の視線に気づいた飛竜が向き直り、目が合う。刹那、彼は縋るような表情を見せた。しかし―――
「わかりました、楓様」
 瑠璃は、楓の言葉に頷いて答えた。
 瞬間、目に見えてがっくりと項垂れた飛竜に向けて、瑠璃は微かに申し訳なさそうな視線を向けるが、前言を違えるようなことはなく、周りの者達を促してその場から去っていった。
 その後姿を見えなくなるまで見送った、刹那。自然、威徳を纏っていた貴人の娘は態度を豹変させた。悠然とした笑みを消し、楓は飛竜に向き直り―――
「―――逃がすかぁっ!」
 叫んで、こそこそと中腰で森の茂みに逃げ込もうとしていた飛竜の背に―――あろうことか、跳び蹴りをかました。
 膝裏ほどまである豊かな黒髪が踊り、重厚な衣の裾が翻る。動きにくいはずの装いをものともせずに放たれた楓の蹴りは、狙い違わず赤い衣の背に命中した。
 痛そうな鈍い音と、苦しそうなくぐもった悲鳴を伴って、飛竜はその場に潰れる。その背に片足を載せたまま、楓は低い声で言った。
「―――な・ん・で、あんたはこんな処に居たのかなぁ……?」
 その愛らしい面立ちに壮絶な笑みを浮かべ、黒目がちの瞳に剣呑な光を宿らせる。
「さ、里の見回りっ―――ぐぇっ!」
 言いさして、飛竜は潰れた蛙のような声を上げる。楓が、背に載せた足に体重をかけたのだ。
「おっかしいなぁ、あたし、言ったよねぇ? 今日は神子様のところで集まりがあるから、全員参加するようにってぇ……!」
「ぐ、ちょ、楓、悪かったから! それ以上はやめっ、肋骨折れるっ!?」
 必死に懇願する飛竜。しかしその呼びかけは、先程よりも砕けた形になっていた。
 呼ばれた方はその点を気にする風もなく、しかし別の部分で引っかかったらしい。更に怒りの形相を濃くした。
「あたしはあんたの肋骨折るほど重いってのかー!」
「―――ぐぉおおおっ!? 本気で勘弁ーっ!?」
 爽やかな初夏の森に、聞き苦しい男の悲鳴が響いた。





「―――え?」
 木漏れ日の下、緩やかに歩を進めていた娘は何かに気づいたように足を止めた。
「……悲鳴?」
 その傍ら―――娘から一歩控えた位置を歩んでいた青年も同じように足を止める。警戒も露わに辺りを見回した。
「神子様、お社へ戻りましょう。何やら只ならぬ気配がいたします」
 神子様、と呼びかけられた娘は、年の頃なら十代の半ばから末。背に流れる青みがかった緑髪。
 小柄な体躯を包む重厚な装いには、最高位の貴人であることを表す文様が縫い取られている。楚々たる面立ちからは、いかにも深窓に育ったことが窺い知れた。しかし、その深い眼差しには、意外にも芯の強い輝きがある。
「いいえ、時雨。里の者に何かあったかもしれないというのに、私だけ逃げるなんて出来ません」
 自ら様子を見に行く、と宣言する娘に、時雨と呼ばれた男は複雑な表情を見せた。
 時雨は二十の半ば。鋭さを湛えた端整な面に、細身の長剣を思わせるような長身痩躯。
 首の後ろで束ねた、ゆるく波がかった黒髪。地味ではあるが質の良い装いは、護衛の武人というよりお付の文官という印象だった。
「そのお心は尊く思いますが、もしも神子様に万一のことがあれば、それこそこの里は―――」
「あら、時雨が護ってくれるでしょう?」
 諌める言葉を遮って告げられた絶対の信を込めた言葉に、時雨は言葉を詰まらせる。
「―――わかりました……」
 ややあって、時雨が溜息と共に返した言葉に、彼女は花開くような笑みを見せた。
「では、行きましょう、時雨」
 不意打ちの輝くような笑みに硬直した時雨の手を引いて、娘は軽やかな足取りで声の元へと向かっていった。


 供の手を引きながら、娘は密かに胸躍らせていた。
 この生真面目な供は少々過保護の気があり、滅多に社の外に出してくれない。稀に出してくれても、せいぜい社の周りの森を少し歩くだけ。
 無論、自身の負うものの重大さは理解しているし、その代わりに恵まれたものもあると理解している。
 それでも、好奇心の強い年の頃。自身の知る場所の“外”を見てみたいという思いは、日々強くなっていた。
 ―――里の外を見たい、とまでは言わない。けれどせめて、里の中くらい自由に歩きたい。
 言ったところで、諌められ、宥められ、結局は叶わぬだろうと諦めていた矢先の出来事。
 ―――初めて、いつもの決められた散歩道より外に出れる!
 そう思えば、胸弾む心持ちを抑えられようはずもなかった。
 そのきっかけが悲鳴であるというのが手放しで喜べないが、それでも、時雨が予想しているだろう大事や凶事ではないという予感―――否、確信があった。
 何の確証も理屈も存在しない、ただ絶対の確信。
 この第六感とも言うべき感覚こそ、彼女がこの供に―――里の者達に敬われる大きな所以。
 だからこそ、娘は何の恐れも抱かず、ただ先を急ぐ。新たな出逢いへの期待に胸躍らせて。
 そうして、向かった先で出逢ったのは―――
「楓、待てっ! 思いとどまれ! それはさすがに死ぬって!」
「うるさい莫迦飛竜! いっそいっぺん死んで思い知れぇ!」
 里で自身に次ぐ地位にあるはずの巫女に追い回される、身なりのよい武人の青年だった。

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