卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

第03話

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【神子に生まれつきし娘、巫女となりし娘(後)】


 神子の娘が飛竜に出会い、楓の生来の性を知ってからも、里は何も変わることなく、十日が過ぎた。
 思い切り泣きじゃくっていた楓は、予定されていた里の重役との集いにきちんと顔を出し、今までと変わらず“巫女”として振舞った。飛竜も、やはりいつもの“流星”ぶりを発揮し、結局顔を出さなかった。
 変わったことといえば、楓が神子やその供と目が合った時、懇願するような表情をむけてきたことくらい。
 ―――何も言わないで。
 声にはせずとも、そう告げていると知れるその表情から、彼女がこれからも耐える道を選んだのだと、容易に知れた。
 それは、里にとっては良いことなのだろう。いきなり彼女が態度を豹変させれば、皆が戸惑い、混乱するのは目に見えている。
 だが、楓の涙を見てしまった娘には、それが酷く痛々しいものに思えた。





 どこか重い気分で会合を終え、社に戻る途中、娘はふと思いたち、供を説き伏せて寄り道を許してもらう。供と共に森の中を歩んでゆくと、ややあって聞き覚えのある声が聞こえてきた。先日飛竜が楓に追いかけられていたその場所に、並んで腰を下ろす二人の姿が遠目に見える。
「………今日くらい、来てくれたって良かったんじゃない?」
「ぜってぇごめんだ。堅苦しいのは嫌なんだよ、かしこまらなきゃいけねぇだろが」
 拗ねたように言う楓に、飛竜は溜息をつくような声で答えた。しかし、楓は納得しかねる様子で、
「かしこまれないわけじゃないでしょ。“七星”のみんなの前では、あたしに対して敬語使えてるんだから」
「………それとこれとは話がちげぇよ」
「どう違うってのさ?」
「―――なんだって良いだろ。それより、挨拶した方が良いんじゃねぇか?」
 楓の追求に飛竜は話を逸らすように言った。立ち上がって神子達の方を振り返る。
 先日は楓の暴走から逃げ回るのに必死だったせいで気づかなかったようだが、元々彼は世界でも屈指の戦士だ。森の中で姿が見えるほどに近づけば、気配に気づかぬはずがない。
 彼の視線を追った楓が、歩んでくる神子達の姿に気づいて、慌てて飛竜に倣って立ち上がる。
「―――すみません、お話の邪魔をしてしまったようですね」
 近くまで歩み寄ってからそう詫びた娘に、楓は慌てて首を横に振った。
「とんでもない! ―――で、ですけど、どうしてこちらに?」
 問われて、娘はしばし言葉を探すように沈黙した。―――どうして、自分はここに来たのか。
「………あなたと、話がしたかったのです。人の目がないところで」
 言われて、楓は目を見開く。その視線に、戸惑いと不安の色が浮かんだ。
 娘は緩く首を振って、楓の危惧しているだろうことを否定する。
「私に、楓さんが本来の自分とは違う言動を皆の前で取っていたことを咎める気も、その権利もありません。
 寧ろ、知らぬうちにとはいえ、この里があなたにそんなことを強いてしまっていたこと―――今も、強いてしまっていることを、私は里の代表として詫びなければなりません」
 そんな、と声を上げる楓。その表情は、驚きと困惑に染まっている。
 その楓に、ひたと視線を向けて、娘は問う。

「―――あなたは、今のままで………良いのですか?」

 ―――あれほどに―――赤子のように外聞もなく泣きじゃくるほど、苦しかったのに。
 それでも、その道をまだ歩み続ける―――それで、大丈夫なのか。
 言葉に出来なかった娘の真意を、楓はどこまで悟ったのか、目を見開いた後に真摯な表情で答える。
「確かに、里のみんなはあたしに“巫女”としてのあたしを期待しました。けど、それはきっかけではありましたけど、理由ではないんです。
 ―――あたしがその期待通り振舞うのは、“あたし”がその期待を裏切りたくなかった、それだけなんですから」
 ―――期待されることと、その期待にこたえようとすること。
 その二つは、娘の中ではそう違うことには思えない。思わず、言った。
「………それは………やはり、期待されたことが原因、というのではありませんか?」
 娘の言葉に、楓は苦笑したように言う。
「みんなが期待することと、あたしがその期待を裏切りたくないって思うことは、全然別のことじゃないですか。
 なんていうのかな………人から“そうあるべきだ”っていわれることと、自分で“そうしたい”って思うことは、全然関係がないじゃないですか。
 “やれ”っていわれたって、嫌なものは嫌だし、“やるな”といわれたって、やりたいと思うこともありますよね?
 あたしの場合は、たまたまみんながあたしに望むことがあって、あたし自身がそれをみんなに対して叶えたいと思った、ってだけで………」
 ああもう、うまくいえない、ともどかしそうに呟いてから―――楓は真っ直ぐに娘の目を見返して、言った。

「―――あたしは周りから、嫌々選ばされたんじゃなくて、あたし自身の意志でこの道を選んだんです。だから、途中で投げ出したくない」

 ちょっとばかり苦しくても―――そう言って、楓は笑う。
 苦心の影も、寂しい翳りもない、透明な笑み。
 それを見て、娘は思う。思い知る。

 ―――ああ、なんて―――――彼女は、強いのだろう。

 全て、自分の意志で決めてきた娘。意に沿わぬ役目を負わされても、その中で自身の意志を貫いて。

 ―――ああ、なんて―――――自分は、弱いのだろう。

 何一つ、自分で決めてこなかった娘。周りの意にただただ応え、他の道を知らず、知ろうともせず、自身の意志すらあやふやで。

 そうして、娘は思う。

 ―――“私”は―――――何、なのだろう。

 “人を導き束ね、魔を退ける大いなるもの”、それが自分。だが―――

 ―――皆を導く者。必要なのは、それだけで―――

 明確な、“自分”すら持たない、こんな存在など、

 ―――“私”は、必要ない?―――

 行き着いた思考に、足元が揺らいだ、その時、
「………なーんて格好つけて、こないだ思いっきりべそかいたのは誰だよ」
 娘の思いなど知る由もなく、剣士が幼馴染に軽口を投げる。言われた方は真っ赤になって叫んだ。
「うるさいなぁ! ―――泣いたらちょっと楽になったの! 神子様にばれちゃったのも、かえってすっきりしたし」
「―――え?」
 呼ばわれて、娘は我に返る。
 楓は悪戯がばれた子供のような表情で笑い、言う。
「………神子様は驚いただけで、あたしの地を、“そんな風ではだめだ”とか“そんなだったなんて”、みたいなこと何も言わなかったでしょう?」
 呆気に取られて何もいえなかっただけかもしれませんけど、と楓は笑う。そうして、言った。
「―――なんか、許された気がしたんです、いろんなこと」
「―――許された………?」
 許すも何も、責められるべきはそんな重責を彼女に負わせた里の方だというのに。
 呟く娘に向けて、楓は言葉を続ける。
「自分で選んだ道だけど、結果的に里のみんなを騙してるようなものだし。自分もちょっと苦しいし。かといって、いまさらやめるのも全部投げ出すみたいで無責任だし。
 これでいいのかな、どうすればいいのかな、とか色々ぐちゃぐちゃになりかけてたんですけど………神子様は、何も言わないでくれたから。
 今も、あたしを案じることはしても、あたしの道を否定したりはしなかった………」
 そうして、楓は嬉しそうに笑う。
「―――ああ、あたしは、あたしの選んだ道で、この里にいてもいいのかな―――って、思って」
 そんなのじゃない、と、娘は思う。
 ―――自分はただ、彼女の負うものも量れず、言うべき言葉を持たず、絶句していただけだ。
 黙って受け入れた、なんて、そんないいものじゃない。

 でも―――それでも。ただの結果論でも、

 ―――未熟な“私”が、未熟だからこそ、何も持たないが故にこそ、彼女の意志を、心を守ることとなったなら―――

「―――よかった………」
 呟いて、娘は俯く。何か暖かいものが胸に灯った気がして、両手を当てる。
 胸にこみ上げた暖かさが、瞳から溢れた。
「―――神子様!?」
 時雨の慌てたような声に振り向いて、涙を流したまま笑んでみせる。
「違うの、時雨―――私は、嬉しい」
 言って、楓に向き直る。驚いたようにこちらを見返す瞳に笑いかけて、告げる。
「―――私があなたを許したなら、それで、あなたを許したそのことで、私は許された………」
 神子としてではなく、未熟な“私”として取った行動が、彼女の許しになったなら。

 ―――“私”にも、意味があった。

 その思いが、自身の確かな輪郭を描く。まだ中身は追いついていないけれど、もう、ぼやけはしない。
 “私”らしさは、これから見つけていかなければならないけど。“私”の思いも、これから色づけていくのだけれど。
 今はただ、神子ではない“私”の部分を認めてもらえただけで。

 ―――“私”は、“私”。

 他の何者でもないと、そう、思えたから。

「―――ありがとう………」
 暖かなものが言葉となって零れ落ちた。
「え―――ええ!? あれ!? 神子様がなんで………あたしがお礼いうとこですよね、ここ!?
 ―――飛竜! あ、あたし、何かした!?」
 娘の涙の、言葉の意味を図れず、楓が、あたふたとした様子で幼馴染に助け舟を求める。
 剣士は軽く肩をすくめて、微笑った。

「何もしてねぇよ。神子様が、お前に何もしなかったのと、同じにな」

 その言葉から、彼が正しく己の心中を察していると知れて、神子は驚いて彼を見る。
 目が合って―――彼が何か言うより早く、
「―――“しなかった”ではなく、“なさらなかった”だろう! 言葉遣いに気をつけろ、小僧!」
 時雨がすさまじい剣幕で、飛竜に詰め寄った。
 その言葉に、飛竜の顔が引きつる。
「………っこっ………!?
 ―――いっちいち、細かいのは年の証拠だぞ、おっさん!」
「っだっ………誰がおっさんだ誰が!?」
「あんたのほかに誰がいるよ!」
「―――貴様ぁッ!?」
 激昂した時雨が武器を出すより一瞬早く、
 ―――っふ………っ………
 吹き出す声が、二つ。
「―――おい、楓………」
「―――み、神子様………?」
 男達の声に、娘達は笑い声で返す。
「………す、すみません、つい………」
「………ふ、ふたりとも、まるで子供………っ」
 男二人は顔を見合わせ、どちらともなく不機嫌な表情で顔を逸らす。
 その様子が、更に娘達の笑いを誘い―――二人は憮然と黙り込んだ。

 ―――軽やかな二つの声が、森に響いた。

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