【希望は、金色の絶望に(前)】
晩夏の季節になっても、里は変わらない日々を紡いでゆく。
けれども、ほんの少し変わったものも、あった。
けれども、ほんの少し変わったものも、あった。
「―――また、こちらにいらしたのですね」
蝉の声降り注ぐ森の中、例の如く公の席をすっぽかした青年と、その彼に文句を言いに来た娘は、聞こえた声に笑顔で振り返る。
「神子様こそ。時雨さんの眉間のしわ、すごいことになってますよ~」
楓が娘の後ろに控えた供を見て茶化すように言い、それに飛竜が吹き出した。
「貴様、何がおかしいっ!」
「鏡を見たらわかるんじゃねぇの? おっさん」
時雨が噛み付き、飛竜がくつくつと笑いながら返す。
「ほんっと、時雨さんは飛竜と相性悪いなぁ」
そんな二人を見て、言葉とは裏腹に笑って言う楓。
娘は、その光景に眩しいものでも見るように目を細め、頷く。
「―――ええ、本当に」
穏やかな、笑みがこぼれる。
蝉の声降り注ぐ森の中、例の如く公の席をすっぽかした青年と、その彼に文句を言いに来た娘は、聞こえた声に笑顔で振り返る。
「神子様こそ。時雨さんの眉間のしわ、すごいことになってますよ~」
楓が娘の後ろに控えた供を見て茶化すように言い、それに飛竜が吹き出した。
「貴様、何がおかしいっ!」
「鏡を見たらわかるんじゃねぇの? おっさん」
時雨が噛み付き、飛竜がくつくつと笑いながら返す。
「ほんっと、時雨さんは飛竜と相性悪いなぁ」
そんな二人を見て、言葉とは裏腹に笑って言う楓。
娘は、その光景に眩しいものでも見るように目を細め、頷く。
「―――ええ、本当に」
穏やかな、笑みがこぼれる。
楓がいて、飛竜がいて、時雨がいて。
他愛ない、戯れ合いのような―――かけがえのない時間。
それは、娘の大切な日常の一部になっていた。
他愛ない、戯れ合いのような―――かけがえのない時間。
それは、娘の大切な日常の一部になっていた。
互いに互いの涙を見た二人の娘は、ごく自然に打ち解けるようになった。
里の皆の前では神子と巫女の関係を崩さぬものの、人の目のない場所では同じ年頃の娘達と何も変わらない、友人同士の語らいを交わすようになった。
その人目を避ける場所は、自然、いつも飛竜が公の席から逃げて隠れている場所となり、神子たる娘が行くとなれば、当然のように時雨も同行し。
娘達が涙を流してから一月近く経った今、四人は気安い間柄となっていた。
「からかう飛竜も飛竜だけど、真に受ける時雨さんも問題だよねぇ。ねぇ、神子様」
ぎゃいぎゃいと喧しく遣り合う二人を見ながら言う楓に、呼ばわれた娘は首を傾げる。
「………少し前から気になっていたのですが、どうして、“神子様”のままなのですか?」
「―――へ?」
きょとん、と楓は目を見開く。話の内容が気になったのか、男二人も言い合いをやめて娘を見た。
「ですから、楓さんは普通に私と話してくださるようになったのに、どうして呼び名だけそのままなのかと思いまして」
心底不思議そうに言われて、楓は目を瞬く。
「た、確かにそうかも……… で、でも神子様だって敬語のままだし」
「私はこの話し方が一番楽なだけですよ」
ずっとこうでしたから、といわれて楓は困惑したように、うーん、と呻いた。
「そ、そういわれると、あたしもずっと“神子様”って呼んでたから、としか返せないんだけど………
っていうか、そもそもこの呼び方やめたらなんて呼べばいいのっ?」
問われて、今度は娘が首を捻る。
「―――伊耶冠命 では、長いですしね」
「っていうか、伊耶冠命って神様としての号じゃないの? あたしの“星の巫女”みたいに」
言外に、人としての名が他にあるのでは、と問われ、娘は困ったように笑む。
「私の場合は生まれた時から才を見出され、この名を与えられましたから」
普通の人として扱われた期間が―――人としての名すらも、ない。
その事実に―――その事実を本人の口から言わせてしまったことに、楓はうろたえる。
「―――あ、その………」
意味のない言葉が口の中で淀む。―――謝ったところで言わせてしまった事実が消えるわけでもなく、そもそも謝るのも何か違うような気がする。寧ろ、失礼なような。
娘の方も、気にしないで、といったところで楓が気にしないわけもないとわかっているから、何もいえない。
微妙な沈黙が、二人の間に落ちかけた時、
里の皆の前では神子と巫女の関係を崩さぬものの、人の目のない場所では同じ年頃の娘達と何も変わらない、友人同士の語らいを交わすようになった。
その人目を避ける場所は、自然、いつも飛竜が公の席から逃げて隠れている場所となり、神子たる娘が行くとなれば、当然のように時雨も同行し。
娘達が涙を流してから一月近く経った今、四人は気安い間柄となっていた。
「からかう飛竜も飛竜だけど、真に受ける時雨さんも問題だよねぇ。ねぇ、神子様」
ぎゃいぎゃいと喧しく遣り合う二人を見ながら言う楓に、呼ばわれた娘は首を傾げる。
「………少し前から気になっていたのですが、どうして、“神子様”のままなのですか?」
「―――へ?」
きょとん、と楓は目を見開く。話の内容が気になったのか、男二人も言い合いをやめて娘を見た。
「ですから、楓さんは普通に私と話してくださるようになったのに、どうして呼び名だけそのままなのかと思いまして」
心底不思議そうに言われて、楓は目を瞬く。
「た、確かにそうかも……… で、でも神子様だって敬語のままだし」
「私はこの話し方が一番楽なだけですよ」
ずっとこうでしたから、といわれて楓は困惑したように、うーん、と呻いた。
「そ、そういわれると、あたしもずっと“神子様”って呼んでたから、としか返せないんだけど………
っていうか、そもそもこの呼び方やめたらなんて呼べばいいのっ?」
問われて、今度は娘が首を捻る。
「―――
「っていうか、伊耶冠命って神様としての号じゃないの? あたしの“星の巫女”みたいに」
言外に、人としての名が他にあるのでは、と問われ、娘は困ったように笑む。
「私の場合は生まれた時から才を見出され、この名を与えられましたから」
普通の人として扱われた期間が―――人としての名すらも、ない。
その事実に―――その事実を本人の口から言わせてしまったことに、楓はうろたえる。
「―――あ、その………」
意味のない言葉が口の中で淀む。―――謝ったところで言わせてしまった事実が消えるわけでもなく、そもそも謝るのも何か違うような気がする。寧ろ、失礼なような。
娘の方も、気にしないで、といったところで楓が気にしないわけもないとわかっているから、何もいえない。
微妙な沈黙が、二人の間に落ちかけた時、
「―――ささ、はどうだ?」
よく通る声が、響いた。
「………さ、ささ?」
唐突に告げられた言葉に、楓は面食らって幼馴染に問い返す。
飛竜は、だから呼び名、と笑った。
「いささかのみこと、から二文字取って、ささ。―――呼びやすいだろ」
あまりといえばあまりな命名に、娘二人は絶句し、時雨は怒りに声を震わせる。
「―――貴っ様は………御名を何だと―――」
「それに、もうすぐ七夕だろ」
怒鳴りかけた時雨を遮って、飛竜は言う。
「………さ、ささ?」
唐突に告げられた言葉に、楓は面食らって幼馴染に問い返す。
飛竜は、だから呼び名、と笑った。
「いささかのみこと、から二文字取って、ささ。―――呼びやすいだろ」
あまりといえばあまりな命名に、娘二人は絶句し、時雨は怒りに声を震わせる。
「―――貴っ様は………御名を何だと―――」
「それに、もうすぐ七夕だろ」
怒鳴りかけた時雨を遮って、飛竜は言う。
「―――笹 に願いを託す、星祭」
虚を衝かれたように、時雨が言葉を詰まらせた。
娘達は互いに顔を見合わせ、交互に呟く。
娘達は互いに顔を見合わせ、交互に呟く。
「―――ささ、に………願いを託す………」
「―――星、まつり………」
「―――星、まつり………」
「………どうだ?」
悪戯な笑みで問われ、娘達はもう一度目を合わせると―――揃って頷いた。
「―――よい名を、ありがとうございます」
「うんうん、とても飛竜が考えたとは思えないくらいだよ」
二人の言葉に、飛竜は笑みを穏やかなものにして―――ん? と呻いて顔をしかめる。
「………おいこら、楓。お前、褒めてねぇだろ、それ」
「あ、わかる?」
「わからいでかっ!?」
怒鳴られても平気で楓はころころと笑う。言っても無駄、という風に飛竜は一つため息をつくと、娘に向き直って言った。
悪戯な笑みで問われ、娘達はもう一度目を合わせると―――揃って頷いた。
「―――よい名を、ありがとうございます」
「うんうん、とても飛竜が考えたとは思えないくらいだよ」
二人の言葉に、飛竜は笑みを穏やかなものにして―――ん? と呻いて顔をしかめる。
「………おいこら、楓。お前、褒めてねぇだろ、それ」
「あ、わかる?」
「わからいでかっ!?」
怒鳴られても平気で楓はころころと笑う。言っても無駄、という風に飛竜は一つため息をつくと、娘に向き直って言った。
「んじゃ、ま、改めてよろしくな―――笹 」
呼ばわれた娘は、この上もなく嬉しそうに笑って―――頷く。
「―――はい」
―――この穏やか日々がずっと続けばいい。
―――この穏やかな日々を守りたい。
笹の名を得た娘の、そんな願いは―――あまりにもあっけなく、崩れさる。
その翌日、とある山間の村が侵魔に襲撃されたとの報が里に届く。
そこは―――楓と飛竜の、生家がある村だった。
そこは―――楓と飛竜の、生家がある村だった。