卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

第04話

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【希望は、金色の絶望に(前)】


 晩夏の季節になっても、里は変わらない日々を紡いでゆく。
 けれども、ほんの少し変わったものも、あった。

「―――また、こちらにいらしたのですね」
 蝉の声降り注ぐ森の中、例の如く公の席をすっぽかした青年と、その彼に文句を言いに来た娘は、聞こえた声に笑顔で振り返る。
「神子様こそ。時雨さんの眉間のしわ、すごいことになってますよ~」
 楓が娘の後ろに控えた供を見て茶化すように言い、それに飛竜が吹き出した。
「貴様、何がおかしいっ!」
「鏡を見たらわかるんじゃねぇの? おっさん」
 時雨が噛み付き、飛竜がくつくつと笑いながら返す。
「ほんっと、時雨さんは飛竜と相性悪いなぁ」
 そんな二人を見て、言葉とは裏腹に笑って言う楓。
 娘は、その光景に眩しいものでも見るように目を細め、頷く。
「―――ええ、本当に」
 穏やかな、笑みがこぼれる。

 楓がいて、飛竜がいて、時雨がいて。
 他愛ない、戯れ合いのような―――かけがえのない時間。
 それは、娘の大切な日常の一部になっていた。





 互いに互いの涙を見た二人の娘は、ごく自然に打ち解けるようになった。
 里の皆の前では神子と巫女の関係を崩さぬものの、人の目のない場所では同じ年頃の娘達と何も変わらない、友人同士の語らいを交わすようになった。
 その人目を避ける場所は、自然、いつも飛竜が公の席から逃げて隠れている場所となり、神子たる娘が行くとなれば、当然のように時雨も同行し。
 娘達が涙を流してから一月近く経った今、四人は気安い間柄となっていた。
「からかう飛竜も飛竜だけど、真に受ける時雨さんも問題だよねぇ。ねぇ、神子様」
 ぎゃいぎゃいと喧しく遣り合う二人を見ながら言う楓に、呼ばわれた娘は首を傾げる。
「………少し前から気になっていたのですが、どうして、“神子様”のままなのですか?」
「―――へ?」
 きょとん、と楓は目を見開く。話の内容が気になったのか、男二人も言い合いをやめて娘を見た。
「ですから、楓さんは普通に私と話してくださるようになったのに、どうして呼び名だけそのままなのかと思いまして」
 心底不思議そうに言われて、楓は目を瞬く。
「た、確かにそうかも……… で、でも神子様だって敬語のままだし」
「私はこの話し方が一番楽なだけですよ」
 ずっとこうでしたから、といわれて楓は困惑したように、うーん、と呻いた。
「そ、そういわれると、あたしもずっと“神子様”って呼んでたから、としか返せないんだけど………
 っていうか、そもそもこの呼び方やめたらなんて呼べばいいのっ?」
 問われて、今度は娘が首を捻る。
「―――伊耶冠命(いささかのみこと)では、長いですしね」
「っていうか、伊耶冠命って神様としての号じゃないの? あたしの“星の巫女”みたいに」
 言外に、人としての名が他にあるのでは、と問われ、娘は困ったように笑む。
「私の場合は生まれた時から才を見出され、この名を与えられましたから」
 普通の人として扱われた期間が―――人としての名すらも、ない。
 その事実に―――その事実を本人の口から言わせてしまったことに、楓はうろたえる。
「―――あ、その………」
 意味のない言葉が口の中で淀む。―――謝ったところで言わせてしまった事実が消えるわけでもなく、そもそも謝るのも何か違うような気がする。寧ろ、失礼なような。
 娘の方も、気にしないで、といったところで楓が気にしないわけもないとわかっているから、何もいえない。
 微妙な沈黙が、二人の間に落ちかけた時、

「―――ささ、はどうだ?」

 よく通る声が、響いた。
「………さ、ささ?」
 唐突に告げられた言葉に、楓は面食らって幼馴染に問い返す。
 飛竜は、だから呼び名、と笑った。
「いささかのみこと、から二文字取って、ささ。―――呼びやすいだろ」
 あまりといえばあまりな命名に、娘二人は絶句し、時雨は怒りに声を震わせる。
「―――貴っ様は………御名を何だと―――」
「それに、もうすぐ七夕だろ」
 怒鳴りかけた時雨を遮って、飛竜は言う。

「―――(ささ)に願いを託す、星祭」

 虚を衝かれたように、時雨が言葉を詰まらせた。
 娘達は互いに顔を見合わせ、交互に呟く。

「―――ささ、に………願いを託す………」
「―――星、まつり………」

「………どうだ?」
 悪戯な笑みで問われ、娘達はもう一度目を合わせると―――揃って頷いた。
「―――よい名を、ありがとうございます」
「うんうん、とても飛竜が考えたとは思えないくらいだよ」
 二人の言葉に、飛竜は笑みを穏やかなものにして―――ん? と呻いて顔をしかめる。
「………おいこら、楓。お前、褒めてねぇだろ、それ」
「あ、わかる?」
「わからいでかっ!?」
 怒鳴られても平気で楓はころころと笑う。言っても無駄、という風に飛竜は一つため息をつくと、娘に向き直って言った。

「んじゃ、ま、改めてよろしくな―――(ささ)

 呼ばわれた娘は、この上もなく嬉しそうに笑って―――頷く。

「―――はい」

 ―――この穏やか日々がずっと続けばいい。

 ―――この穏やかな日々を守りたい。

 笹の名を得た娘の、そんな願いは―――あまりにもあっけなく、崩れさる。

 その翌日、とある山間の村が侵魔に襲撃されたとの報が里に届く。
 そこは―――楓と飛竜の、生家がある村だった。

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