【希望は、金色の絶望に(後)】
昏い赤の空に浮かぶは、真円の紅。
―――常の世が脅かされる時、天は紅い月を抱く。
月門―――それは、世界を侵す魔が現れる徴 。
―――常の世が脅かされる時、天は紅い月を抱く。
月門―――それは、世界を侵す魔が現れる
赤い宝玉が、煌めく刃の尾を引いて、流星の如く地上を奔る。
男は、地を飛ぶように速く、無慈悲なほど猛々しく、敵を屠る。
―――その様、まさに逆鱗に触れられた竜の如く。
手にした一振りの刃を己が牙として、怒れる竜は戦場を駆ける。
赤い流星が奔る度、異形の者がまたひとつ、またひとつと倒れゆく。
「―――ありえんな、あいつは」
その男―――飛竜の背を見つめ、浅黄の衣装を纏う男が言った。その手には、飛竜と同じ拵えの剣。
“七星の剣士”の一人である、壮年の男は呟く。
「里に来た当初は、我らの誰にも勝てなかったというのに………」
感嘆の声―――その内に宿る微かな畏怖。
―――三年―――たった、三年だ。
年若い飛竜と同年代の瑠璃を除き、“七星の剣士”は皆、“七星の剣”に選ばれて十年近く、あるいはそれ以上の時を重ねている。三年前、仕え守るべき巫女が見つかる前から、それだけの年月を神子の里の戦士として戦ってきた、歴戦の猛者達。
その彼らを、飛竜は里に来て半年で越えた。彼より一年早く里に来た瑠璃が、いまだ男から一本も取れないというのに。
そして、三年過ぎた今、もはや里で飛竜に敵う者はなく、彼は世界でも指折りの戦士となった。
「―――化け物か………」
低く呟く声を、穏やかな声が諌める。
「仲間に対してのその言い様、いかな刀牙 殿といえ聞き逃せませんよ」
言ったのは、同じ作りの衣装を纏いつつも、全く違う拵えの大剣を手にした男。
“七星の剣士”の他にただ一人、“星の巫女”と共にある運命 を負う戦士―――“星の勇者”。
“七星”が剣に選ばれし者なら、“勇者”は世界そのものの意志によって選ばれし者。
彼も刀牙と同じく、里の戦士として十年近くの時を戦歴を誇る一人。“星の巫女”が里に来た折、世界よりその役目を授かった。
「―――正仁 」
正仁と呼ばれた男は、寄ってきた異形を一刀の元に切り伏せ、続ける。
「彼は、誰よりも努力しているだけです。あなたもそれはご存知のはずでしょう?」
「―――知っているとも。だが………」
同じように異形を切り倒し、男は飛竜を見遣る。
異形達の群の直中で、まるで嵐のように剣を振るう青年の姿に眼を眇め、
「………あいつの戦い方は、まるで何も恐れていないように見える」
―――敵も、それが齎すかもしれない死も。
「………そうでしょうか」
同じように青年を見遣り、正仁は言う。
「―――私には、何かが恐ろしくて堪らないから、剣を振るっているようにしか見えません」
―――敵も、それが齎す死も、霞むほど―――恐れる何かから、逃げるように。
男は、地を飛ぶように速く、無慈悲なほど猛々しく、敵を屠る。
―――その様、まさに逆鱗に触れられた竜の如く。
手にした一振りの刃を己が牙として、怒れる竜は戦場を駆ける。
赤い流星が奔る度、異形の者がまたひとつ、またひとつと倒れゆく。
「―――ありえんな、あいつは」
その男―――飛竜の背を見つめ、浅黄の衣装を纏う男が言った。その手には、飛竜と同じ拵えの剣。
“七星の剣士”の一人である、壮年の男は呟く。
「里に来た当初は、我らの誰にも勝てなかったというのに………」
感嘆の声―――その内に宿る微かな畏怖。
―――三年―――たった、三年だ。
年若い飛竜と同年代の瑠璃を除き、“七星の剣士”は皆、“七星の剣”に選ばれて十年近く、あるいはそれ以上の時を重ねている。三年前、仕え守るべき巫女が見つかる前から、それだけの年月を神子の里の戦士として戦ってきた、歴戦の猛者達。
その彼らを、飛竜は里に来て半年で越えた。彼より一年早く里に来た瑠璃が、いまだ男から一本も取れないというのに。
そして、三年過ぎた今、もはや里で飛竜に敵う者はなく、彼は世界でも指折りの戦士となった。
「―――化け物か………」
低く呟く声を、穏やかな声が諌める。
「仲間に対してのその言い様、いかな
言ったのは、同じ作りの衣装を纏いつつも、全く違う拵えの大剣を手にした男。
“七星の剣士”の他にただ一人、“星の巫女”と共にある
“七星”が剣に選ばれし者なら、“勇者”は世界そのものの意志によって選ばれし者。
彼も刀牙と同じく、里の戦士として十年近くの時を戦歴を誇る一人。“星の巫女”が里に来た折、世界よりその役目を授かった。
「―――
正仁と呼ばれた男は、寄ってきた異形を一刀の元に切り伏せ、続ける。
「彼は、誰よりも努力しているだけです。あなたもそれはご存知のはずでしょう?」
「―――知っているとも。だが………」
同じように異形を切り倒し、男は飛竜を見遣る。
異形達の群の直中で、まるで嵐のように剣を振るう青年の姿に眼を眇め、
「………あいつの戦い方は、まるで何も恐れていないように見える」
―――敵も、それが齎すかもしれない死も。
「………そうでしょうか」
同じように青年を見遣り、正仁は言う。
「―――私には、何かが恐ろしくて堪らないから、剣を振るっているようにしか見えません」
―――敵も、それが齎す死も、霞むほど―――恐れる何かから、逃げるように。
「彼はきっと―――皆が思うほど、強くない」
刀牙は訝しむような視線を正仁に投げ―――しかし、問いを口にするより早く、向かってくる異形の群に気づく。
「―――無駄口を叩いている場合ではないな」
「ええ。先輩として、飛竜一人に見せ場をもっていかせるわけには行きませんしね」
軽口のように言い、正仁も剣を構え直した。
―――そして、華麗にして無慈悲なる剣舞が始まる。
「―――無駄口を叩いている場合ではないな」
「ええ。先輩として、飛竜一人に見せ場をもっていかせるわけには行きませんしね」
軽口のように言い、正仁も剣を構え直した。
―――そして、華麗にして無慈悲なる剣舞が始まる。
―――三年ぶりの故郷に、もはやかつての面影はなかった。
夏には青々と、秋には黄金の輝きを見せていた水田は、ただ汚泥の溜まり場と成り果て、働く大人達の忙しいそうな声も、賑やかにはしゃぐ子供達の声もなく、響き渡るは異形の奇声。
生まれ育った小さな生家も、我が家同然に入り浸った幼馴染の家も、見慣れた家並みも、ただの瓦礫の山と化していた。
生まれ育った小さな生家も、我が家同然に入り浸った幼馴染の家も、見慣れた家並みも、ただの瓦礫の山と化していた。
―――ここを守るために、あの里へいったはずなのに。
里の一員として戦うことが、ここでの暖かな日々を、それをくれた人々を守ることになる。―――そう、思ってここを離れたのに。
―――楓は、ただそのために耐えていたのに。
目の前の風景は、彼の思いも選択も、彼女の決意も努力も、全て無残に踏み砕く。
胸に渦巻く、怒り、悲しみ、喪失感、後悔―――それをぶつけるように、飛竜は異形を屠る。
ただ一つ、救いがあるとすれば―――
胸に渦巻く、怒り、悲しみ、喪失感、後悔―――それをぶつけるように、飛竜は異形を屠る。
ただ一つ、救いがあるとすれば―――
「―――ちぇ、やっぱり“御子”達は出てきてくれなかったか」
物思いを遮ったのは、場違いな若い―――幼いともいえる女の声。
己を取り囲む異形を牽制しながら振り返った先にいたのは、声の通り、年の頃なら十四、五の少女。
紅い月を背に、少女は虚空から飛竜を見下ろしていた。
「―――てめぇ………」
低く唸り、飛竜は剣を構え直す。
村でも里でも見覚えのない少女、その気配は明らかに人のものではない。
―――侵魔(てき)だ。
それも―――人の姿を取れるほどの力を持つ者。この異形たちを率いているのは、十中八九この少女。
「“星の巫女”の実家を襲えば、どっちか片方くらいは出てきてくれるんじゃないかと思ったのに………あら?」
少女は肩ほどまでの銀の髪を片手で弄びながら呟き、ふと気づいたように金の双眸を飛竜の剣に向ける。
「その剣………そうか、“流星の飛竜”。―――あなたにとっても、ここは生まれ故郷だものね」
少女の言葉に、飛竜は目を眇める。
それは―――彼の素性を知っているということ。
そして、その上で狙いは彼ではなく―――彼の幼馴染や、神子の役目にある友だということ。
「―――一方的に知られてるってのは、気分いいもんじゃねぇな」
剣呑に言えば、少女は一瞬目を見開き、次いで面白そうに笑う。
「あら、失礼。―――でも、たぶんそっちもあたしのこと知ってると思うわよ?」
「………何?」
言われて飛竜は少女を改めて見遣る。しかし、やはり見覚えはない。
そもそも銀髪はともかく、あの金の眼は、一度見ればそう忘れられるものでは―――
「―――金の、眼………!?」
気づいて、愕然と呟く。
己を取り囲む異形を牽制しながら振り返った先にいたのは、声の通り、年の頃なら十四、五の少女。
紅い月を背に、少女は虚空から飛竜を見下ろしていた。
「―――てめぇ………」
低く唸り、飛竜は剣を構え直す。
村でも里でも見覚えのない少女、その気配は明らかに人のものではない。
―――侵魔(てき)だ。
それも―――人の姿を取れるほどの力を持つ者。この異形たちを率いているのは、十中八九この少女。
「“星の巫女”の実家を襲えば、どっちか片方くらいは出てきてくれるんじゃないかと思ったのに………あら?」
少女は肩ほどまでの銀の髪を片手で弄びながら呟き、ふと気づいたように金の双眸を飛竜の剣に向ける。
「その剣………そうか、“流星の飛竜”。―――あなたにとっても、ここは生まれ故郷だものね」
少女の言葉に、飛竜は目を眇める。
それは―――彼の素性を知っているということ。
そして、その上で狙いは彼ではなく―――彼の幼馴染や、神子の役目にある友だということ。
「―――一方的に知られてるってのは、気分いいもんじゃねぇな」
剣呑に言えば、少女は一瞬目を見開き、次いで面白そうに笑う。
「あら、失礼。―――でも、たぶんそっちもあたしのこと知ってると思うわよ?」
「………何?」
言われて飛竜は少女を改めて見遣る。しかし、やはり見覚えはない。
そもそも銀髪はともかく、あの金の眼は、一度見ればそう忘れられるものでは―――
「―――金の、眼………!?」
気づいて、愕然と呟く。
―――銀の髪に、金の瞳。少女の姿をした、力ある魔性。
確かに、飛竜はその特徴に当てはまる存在を知っていた。―――否、侵魔と戦う運命を負った者達で、その名を知らぬ者などそういない。
「―――気づいたみたいね」
楽しげに、少女は嗤う。
「―――気づいたみたいね」
楽しげに、少女は嗤う。
「そう―――あたしの名はベール=ゼファー。空をゆく者達の主、“蝿の女王”よ」
そう、少女の姿をした魔性の王は嗤った。
―――よかった。
まず、飛竜が思ったことは、それだった。
―――楓達が、来なくて、よかった。
今、この村に来ているのは“星の巫女”の陣営から飛竜と刀牙、正仁の三人、そして“神子”に仕える里の戦士が十人ほど。
“星の巫女”の故郷を襲撃されれば、誰もが陽動を疑う。故に、これ以上の人員はこちらに割けなかった。
―――楓が、笹が、どれほど心を痛めようとも。
だが、それでよかったのだ。
この“蝿の女王”の狙いが里なのか、それとも二人の“御子”のいずれか、あるいは両方なのか、それはわからない。
いずれにせよ、二人の“御子”は守りを固めた里の中、“御子”二人の元に団結した里は、いかな“蝿の女王”とてそうそう打ち破れるものではない。
この村はもう、報せを受けたときには手遅れだった。ならば、これ以上の被害が出ない、相手の策にうかうかと乗せられずに済んだ里の選択は間違っていなかった。
―――楓達が、来なくて、よかった。
今、この村に来ているのは“星の巫女”の陣営から飛竜と刀牙、正仁の三人、そして“神子”に仕える里の戦士が十人ほど。
“星の巫女”の故郷を襲撃されれば、誰もが陽動を疑う。故に、これ以上の人員はこちらに割けなかった。
―――楓が、笹が、どれほど心を痛めようとも。
だが、それでよかったのだ。
この“蝿の女王”の狙いが里なのか、それとも二人の“御子”のいずれか、あるいは両方なのか、それはわからない。
いずれにせよ、二人の“御子”は守りを固めた里の中、“御子”二人の元に団結した里は、いかな“蝿の女王”とてそうそう打ち破れるものではない。
この村はもう、報せを受けたときには手遅れだった。ならば、これ以上の被害が出ない、相手の策にうかうかと乗せられずに済んだ里の選択は間違っていなかった。
―――楓達は、大丈夫だ。
その思いが、飛竜の口許に笑みを刻む。
「―――あら、ずいぶん余裕ね?」
心外そうに―――不快さをも滲ませて、“蝿の女王”が笑みを収める。
「“御子”達が無事に済んでよかった、とか思ってる? でもねぇ、あなたが出てきた時点で、結末は変わらないのよ?」
言って、再び魔性の王は嗤う。
「―――あら、ずいぶん余裕ね?」
心外そうに―――不快さをも滲ませて、“蝿の女王”が笑みを収める。
「“御子”達が無事に済んでよかった、とか思ってる? でもねぇ、あなたが出てきた時点で、結末は変わらないのよ?」
言って、再び魔性の王は嗤う。
「―――大事な大事な幼馴染が死んだと聞けば、“星の巫女”は必ず出てくるでしょう?」
その言葉に、飛竜は目を見開く。
―――確かに、自分がここでこの少女に殺されたと聞けば、楓はここに来たがるだろう。
だが―――
―――確かに、自分がここでこの少女に殺されたと聞けば、楓はここに来たがるだろう。
だが―――
―――“飛竜の死”を里に報せる為には、誰かこの場にいる人間を生き残らせる必要がある。
今、この場の戦力―――既に侵魔の群と戦って消耗しているこの人員では、“蝿の女王”と残った侵魔達に全滅させられるのが関の山。
だが、確実に一人は生き残れる―――飛竜の死を、代償に。
そして、何より、
だが、確実に一人は生き残れる―――飛竜の死を、代償に。
そして、何より、
―――俺を殺しても、楓は里から出てこない―――
楓は、確かに来たがるだろう。それでも、
―――時雨に、頼んだからな―――
楓を頼むと、里を出る時に、言ったのだ。
彼は、お前に言われるまでもない、そう、応えた。
彼は、お前に言われるまでもない、そう、応えた。
―――里のために、笹のために、あいつは、決して楓をここに来させるような愚は犯さない―――
だから、飛竜は笑う。いっそ、穏やかに。
相棒たる剣を構え、真っ直ぐに目の前の魔王を睨んで、挑発の言葉を投げる。
相棒たる剣を構え、真っ直ぐに目の前の魔王を睨んで、挑発の言葉を投げる。
「―――じゃあ、殺してみろよ、“蝿の女王”」
今、自分が出来ること、すべきことは、己の命を持ってこの魔性の力を削ぐ、それだけなのだから。
「―――さて、一段落か」
向かってきた群を全滅させ、刀牙は呟く。
「では、飛竜の方に―――」
応援へ―――そう、正仁が言いかけた時、
突如、膨れ上がるように現れた強大な魔力に、二人は弾かれた様にそちらを見遣る。
そちらには、遠目に見える飛竜の背と―――その前方の虚空に佇む小柄な人影。
「―――魔王!?」
刀牙が思わず叫ぶ。―――この魔力の強さ、侵魔の中でも“王”と呼ばれる階級のものでしかありえない。
向かってきた群を全滅させ、刀牙は呟く。
「では、飛竜の方に―――」
応援へ―――そう、正仁が言いかけた時、
突如、膨れ上がるように現れた強大な魔力に、二人は弾かれた様にそちらを見遣る。
そちらには、遠目に見える飛竜の背と―――その前方の虚空に佇む小柄な人影。
「―――魔王!?」
刀牙が思わず叫ぶ。―――この魔力の強さ、侵魔の中でも“王”と呼ばれる階級のものでしかありえない。
―――その魔王へと、飛竜は真っ直ぐに突っ込んでいく。
「―――莫迦な! 飛竜、止せ!」
正仁が叫ぶ。―――いかな“流星の飛竜”でも、背の筋が凍ると感じるほどの魔力の持ち主に単身で敵うわけがない。
魔王が掲げた片手に、眩いばかりの光が集う。―――空間が、強大な力に震え、軋んで、悲鳴を上げる。
正仁が叫ぶ。―――いかな“流星の飛竜”でも、背の筋が凍ると感じるほどの魔力の持ち主に単身で敵うわけがない。
魔王が掲げた片手に、眩いばかりの光が集う。―――空間が、強大な力に震え、軋んで、悲鳴を上げる。
「飛竜―――――――――ッ!」
二人の絶叫は、飛竜目掛けて放たれた光、それが齎した閃光と爆音に掻き消された―――
―――死んだな、こりゃ。
突っ込んで行く先、強大な魔力光を掲げた“蝿の女王”を見て、飛竜は声に出さず呟く。
挑発は失敗だった、と飛竜は内心後悔する。
侵魔の中には、陰険というかねちこいというか、そういう性格の者もいる。そういう類の奴は、挑発されるほど、相手を嬲り殺そうと一息に相手を仕留めるような攻撃をしてこなくなるのだが―――
―――“蝿の女王”は、そういう性格じゃなかったか。
目の前の魔王は全力で、一息に自分を殺そうとしている。読み違えた、と飛竜は猛省した。
―――でも、まあ、いいか。
これだけの魔力を感じれば、ここから見えない場所にいる仲間も危機を察するはず。それで退避してくれれば、御の字だ。
―――“蝿の女王”の目的は、俺だけだからな。
より正確には、自分を殺して、楓をおびき出すこと。
無論、こちらの戦力を削ぐのに越したことはないだろうから、向かっていけば殺されるだろうが、逃げていく相手をわざわざ追いかけて殺しはしないだろう。どのみち、“飛竜の死”を伝える伝令役が必要なのだから。
挑発は失敗だった、と飛竜は内心後悔する。
侵魔の中には、陰険というかねちこいというか、そういう性格の者もいる。そういう類の奴は、挑発されるほど、相手を嬲り殺そうと一息に相手を仕留めるような攻撃をしてこなくなるのだが―――
―――“蝿の女王”は、そういう性格じゃなかったか。
目の前の魔王は全力で、一息に自分を殺そうとしている。読み違えた、と飛竜は猛省した。
―――でも、まあ、いいか。
これだけの魔力を感じれば、ここから見えない場所にいる仲間も危機を察するはず。それで退避してくれれば、御の字だ。
―――“蝿の女王”の目的は、俺だけだからな。
より正確には、自分を殺して、楓をおびき出すこと。
無論、こちらの戦力を削ぐのに越したことはないだろうから、向かっていけば殺されるだろうが、逃げていく相手をわざわざ追いかけて殺しはしないだろう。どのみち、“飛竜の死”を伝える伝令役が必要なのだから。
―――時雨、みんな………楓と笹を頼むな―――
そう、胸のうちで呟いた刹那、向かい来た閃光が―――全てを白く、塗りつぶした。
―――そして、
―――そして、
「―――あ?」
白い世界が晴れて―――飛竜は呆然と呟いた。
消し飛んだ、と思った身体は何ともない。
何が起きたのかわからず、視線を彷徨わせれば、目の前にはやはり呆然とした様子の“蝿の女王”。
「………なん、で――――――ッ!?」
言いかけて、魔王は弾かれたように右手を振り返る。
飛竜もその視線を追い―――やや離れた場所に、見知らぬ女性を見つけた。
長く眩い金の髪、深い思慮を感じさせる銀の瞳。年の頃は、飛竜と同じくらいに見える。
「―――間に合いましたね」
彼女は怜朗な声でそう告げると、飛竜に向けて掲げていた手を下ろす。
その仕草で、飛竜はようやく事態を理解する。
―――あの女が、防御魔法をかけてくれたのか。
それにしても、一人で魔王の本気の一撃を防ぐなど、容易に出来ることではない―――というか、ほぼ不可能だ。
―――何者だ?―――
睨むように自身を見つめる飛竜の視線を意に介して様子もなく、女は言う。
「さて―――“蝿の女王”よ、我らとやりあうつもりか」
我ら、という言葉に、飛竜はそのことに気づく。
女の後ろ、瓦礫の影にある複数の気配に。おそらく、十に近い数はいる。
―――なるほど………あの人数で一斉に防御魔法をかけりゃ、あの威力も削げるか。
一つの謎は解けた、しかし、肝心の謎は解けない。
何者だ、と飛竜が女に問いかけるより早く、
「―――覚えてなさいよ!」
まるで子供のような捨て台詞を残し、“蝿の女王”が虚空に消えた。
気がつけば侵魔達の姿もなく―――空に浮かんでいた紅い真円ももはやない。
「―――ひ、いた………のか?」
信じられない心持ちで呟いて、飛竜は女に視線を向ける。
「ええ、そのようですね」
女は頷いて、後ろを振り返る。
「皆、戦闘状況は終了。これより負傷者の治療と撤収作業に移行せよ」
応える声がして、瓦礫の影から現れた人々が散っていく。
「―――あんた………あんた達は、一体………?」
呆然と問う飛竜に、女は柔らかく笑いかけ、答えた。
白い世界が晴れて―――飛竜は呆然と呟いた。
消し飛んだ、と思った身体は何ともない。
何が起きたのかわからず、視線を彷徨わせれば、目の前にはやはり呆然とした様子の“蝿の女王”。
「………なん、で――――――ッ!?」
言いかけて、魔王は弾かれたように右手を振り返る。
飛竜もその視線を追い―――やや離れた場所に、見知らぬ女性を見つけた。
長く眩い金の髪、深い思慮を感じさせる銀の瞳。年の頃は、飛竜と同じくらいに見える。
「―――間に合いましたね」
彼女は怜朗な声でそう告げると、飛竜に向けて掲げていた手を下ろす。
その仕草で、飛竜はようやく事態を理解する。
―――あの女が、防御魔法をかけてくれたのか。
それにしても、一人で魔王の本気の一撃を防ぐなど、容易に出来ることではない―――というか、ほぼ不可能だ。
―――何者だ?―――
睨むように自身を見つめる飛竜の視線を意に介して様子もなく、女は言う。
「さて―――“蝿の女王”よ、我らとやりあうつもりか」
我ら、という言葉に、飛竜はそのことに気づく。
女の後ろ、瓦礫の影にある複数の気配に。おそらく、十に近い数はいる。
―――なるほど………あの人数で一斉に防御魔法をかけりゃ、あの威力も削げるか。
一つの謎は解けた、しかし、肝心の謎は解けない。
何者だ、と飛竜が女に問いかけるより早く、
「―――覚えてなさいよ!」
まるで子供のような捨て台詞を残し、“蝿の女王”が虚空に消えた。
気がつけば侵魔達の姿もなく―――空に浮かんでいた紅い真円ももはやない。
「―――ひ、いた………のか?」
信じられない心持ちで呟いて、飛竜は女に視線を向ける。
「ええ、そのようですね」
女は頷いて、後ろを振り返る。
「皆、戦闘状況は終了。これより負傷者の治療と撤収作業に移行せよ」
応える声がして、瓦礫の影から現れた人々が散っていく。
「―――あんた………あんた達は、一体………?」
呆然と問う飛竜に、女は柔らかく笑いかけ、答えた。
「我らは“紅き月の巫女”にお仕えする者。―――この地の隠れ里に居られるという“神子”様を訪ねる途中、侵魔の気配に駆けつけたまで」
―――“紅き月の巫女”―――
その名は、飛竜にも聞き覚えがあった。遠方の地にて力ある者達を束ね、侵魔に対抗しているという巫女。
同じく侵魔と戦う者達の思わぬ救援。“蝿の女王”は退き、危機は去った―――
その、はずなのに―――
同じく侵魔と戦う者達の思わぬ救援。“蝿の女王”は退き、危機は去った―――
その、はずなのに―――
―――背が透くような、この感覚は、何なのか。
死ぬと思って死ななかったことに、拍子抜けでもしたのか―――そう、思いたいけれど。
この感覚は、そんな甘いものではないと、胸のうちの何かがいっているような気がした。