卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

第06話

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【間際の決意】


 飛竜の窮地を救った一同は、里に招かれると、神子への面会を求めた。
 笹は快く応じ、“紅き月の巫女”の一行を神子の社へと招く。
「―――お初にお目にかかります、“碧き月の神子”様」
 金の髪の娘は、笹をそう呼んで微笑んだ。

 まずは互いの紹介、そして飛竜の一件についての礼、と話は進んで、客人側が本題を切り出した。
「―――世界結界の強化?」
「はい。我らはそのために、神子様のお力をお借りしようとこの地をお訪ねしたのです」
 そう語るのは、金の髪の娘。
 彼女の横には、緋の色の髪と瞳を持つ、静謐な気配の娘。
 ―――“紅き月の巫女”、灯華(とうか)
 灯華は、金髪の娘―――“金色の巫女”と呼ばれるその娘に話を任せているらしく、名乗ったきり、ただ静かに場を見守っていた。
「裏界からこの世界を侵さんとする魔性達を、完全にこの世界から遮断するために」
「―――そんなことが、できるのですか?」
 笹は、思わず身を乗り出す。
 ―――侵魔を完全にこの世界から遮断、それができるなら。
 もう、楓の村のようなことが繰り返されることはない。
 楓のように、望みもしない地位に祀り上げられるような者も生まれないで済む。
「できます。―――“碧き月の神子”様と、“紅き月の巫女”様、お二人の力があれば」
 そう言って、“金色の巫女”は微笑う。
「先程も私のことをそう呼ばれましたが、その“碧き月”、というのは一体?」
 笹は首を傾げる。今まで自分をそんな風に呼ぶ者はいなかった。
「その名の通りです。神子様の力を持って(いづ)る“碧き月”、これこそが世界から侵魔を追いやる鍵なのですよ」
 言って、“金色の巫女”は説明する。
 二人の“御子”がその身に宿す強い“存在の力(プラーナ)”。それをもって、世界結界を強化する二つの月を生み出すのだ、と。
「ただ、完全にこの術が完成するまで時間がかかりますし、神子様の身にかかる負担もおそらく軽いとはいえません。術を完成させまいとして、侵魔達の襲撃も激しくなるでしょう」
 ですから、といいかけた彼女の言葉を遮り、笹は言う。
「それでも―――世界から完全に侵魔の脅威がなくなるなら、やってみる価値は十分にあります。―――いえ、やらない理由がありません」
 ―――もう、楓のような辛い思いを、誰にもさせないですむ。
 己に降りかかるだろう負担も危険性ももはや関係ない。その一念だけが、笹の胸を占めていた。
 笹の答えに、灯華も、“金色の巫女”も安堵したように頷く。
「―――ありがとうございます、神子様。その尊いお心に答えられるよう、この術の成功に全身全霊を持って取り掛からせていただきます」
 そう、“金色の巫女”は笹に微笑んだ。


 ―――そうして、数日の後、天空に紅と碧の双月が浮かんだ。





「―――で、あの二つの月が重なったら、術は完全に完成するってことか」
「ええ、そうです」
「そーそー」
 いつものように公の席をふけた飛竜に、笹と楓はいつもの森で天に浮かんだ月を示して術の詳細を説明した。
 話を聞いて感心したように頷いていた飛竜は、ふと気づいたように笹の顔を覗き込む。
「………笹、やっぱ、あの“月”を維持するのに、結構消耗激しいんじゃねぇの?」
「いえ、負担というほどのものでもありませんから」
 そう微笑んで返すも、しかし飛竜は険しい表情のまま、
「本当か? 顔色悪いぞ」
 言って、自然な動作で笹の額に手を当てる。
 突然の出来事に、笹は硬直した。―――今まで、こんな風に他人(ひと)に―――ましてや異性に触れられたことなど、皆無に等しい。
 熱はないな、と飛竜が呟いて彼が手を離すのと同時に、彼との間に割り込むように時雨が笹の正面に回りこんだ。
「そうです、神子様。こんなところでこんな莫迦者相手に懇切丁寧な説明などしてやることなどありません、社に戻ってお休みください」
「おう、その通り―――って、おい」
 時雨の言葉に同調しかけ、飛竜は半眼になって彼を睨む。
「莫迦は余計だろ、おっさん」
「本当のことだろうが、魔王に喧嘩売って危うく消し炭になるところだったのは誰だ」
「しょーがねぇだろ! 逃げりゃ良かったってのか!?」
「何も正面から突っ込むことはないだろうこの莫迦が!」
 いつもの遣り合いに突入した二人に、楓がころころと笑う。
「ったく、時雨さんも素直じゃないよね~。心配したって、素直に言えばいいのに」
「え―――ええ、本当に」
 笹も硬直から脱し、横にいる楓を振り返って笑う―――刹那、
 ほんの一瞬―――(まばた)くよりも、短い微かな瞬間、

 楓の姿が―――掻き消えたように、見えた。

「―――え?」
 笹は思わず己の目を擦って楓を見直す。勿論、楓の姿はいつもの通りそこにある。
「………笹ちゃん? どうかした?」
「い、いえ………確かに、少し疲れているようです」
 あなたの姿が掻き消えて見えました、などと答えられるはずもなく、誤魔化すようにそう答えれば、楓は途端心配そうな顔つきになり、男二人も言い合いをやめて笹の方を見遣る。
「笹ちゃん、大丈夫?」
「神子様、やはりお社にお戻りになってお休みになった方が」
「笹、そうしろ。顔色、さっきより悪くなってる」
 口々に言われて、頷く。笹自身にも、己の顔から血の気が引いているだろうことはわかった。
 ―――そう、疲れているから。
 疲れのせいだ、と自身に言い聞かせるように呟く。
 ―――あんなのは、疲れから来た目の錯覚。
 そう、言い聞かせ続ける。

 ―――楓さんが消えるなんて、ありえないんだから。

 そう、言い聞かせようとして、

 ―――本当に、ありえない?

 気づいてしまった可能性に、ぐらりと目の前が傾いだ。

「―――笹!?」
「笹ちゃんっ!」
「神子様!」
 己を案ずる皆の声を遠くに聞きながら、笹は意識を失った。





 ―――どうして、気づけなかったの。

 夢うつつの中、悔悟の念だけが胸のうちに渦巻く。

 世界結界の強化。―――裏界からの干渉を完全に遮断するほどの強化。
 確かに、侵魔の脅威はそれで消えるかもしれない。だが、肝心なことを失念していた。

 ―――“私達”も、世界結界から見れば、弾くべき異物だった。

 侵魔に抗う力―――それは、即ち常の世から外れた力。
 世界結界からすれば―――弾くべき異物に他ならない。

 ―――世界結界は、常の世からかけ離れたものほど弾こうとする。

 この里で、最も常の世からかけ離れた存在―――力ある存在は、笹自身だろう。
 だが、笹は世界結界を強化する要として、まだ世界結界に存在を許容されている。
 同じ理由で、“紅き月の巫女”も。
 ならば、今、この里で一番最初に世界結界からの干渉を受けるのは―――

 ―――“星の巫女”、楓さん―――

 彼女の姿が掻き消えて見えたのは、目の錯覚などではない。
 彼女の存在が、世界結界によって否定されつつあるのだ。

 ―――どうして―――

 なぜ、彼女が消えてしまわなければならない。
 彼女のような悲しい思いをする人が、もういなくて済むように―――そう願って。
 その、願いのためだけに、あの術に力を貸したのに。

 ―――どうして、楓さんなの!?―――

 悔悟と自責、喪失への恐怖。負の感情が胸のうちに渦巻く。
 そのまま、その思いに溺れそうになるけれど。

 ―――止めなくては。

 この術を、止めなくてはならない。
 このまま行けば、楓は本当に消えてしまう。
 このまま行けば、世界結界に存在を否定されるのは、楓だけでは済まない。
 時雨も、里の皆も―――

 ―――飛竜さん、も―――

 思った途端、胸が潰れるような痛みが襲った。
 楓が消える、そう思ったときより、ずっとずっと重く苦しい。

 ―――私の不安に、思いに気づいてくれた人。

 自分自身が見つからなくて揺れていたこと、楓を許したことで許された胸のうちを。

 ―――私に、“人”としての名前をくれた人。

 笹―――星祭に、皆が願いを託すものにかけて、里の希望としての名を。

 ―――私を、“人”にしてくれた人。

 笹、と笑って呼びかけてくれた。平気で触れてきてくれた。

 その、彼が―――

 ―――消えてしまう―――

 否、消えるのではない。

 ―――私が、消してしまう―――

 このまま、術が完成すれば、笹自身の力で、彼を消してしまうようなもの。

 ―――そんなの嫌!―――

 はっきり、そう思った。
 楓のことに気づいた時よりも、ずっとずっと強く。
 そうして、笹は初めて気づいた。

 ―――ああ、そうか―――

 彼は、特別だった。笹の中で、最も特別な人だった。

 ―――特別、大切で、愛しい人だった。

 父のように、兄のように―――恋する男性(ひと)のように。
 傍にいたい、傍にいて欲しい。支えたい、支えて欲しい。そう、願う相手。
 けれど―――

 ―――飛竜さんにとっての“特別”は、楓さんだから。

 ずっとずっと、彼女の傍に寄り添って支えてきた。
 彼女を見る時、その眼は、何より優しくなって。
 かける言葉はそっけないのに、思いに溢れていた。

 ―――だから、私に気づいてくれた。

 楓と笹。正反対のようで、実は胸の奥の奥で、同じように苦しんでいた二人。
 楓によく似ていたから―――彼は、笹に気がついた。
 笹に―――優しくしてくれた。

 ―――返さなくちゃ。

 彼に、楓を。彼の一番大切なものを、彼から奪ってはいけない。
 楓を、消させてはいけない。

 ―――術を、止める。

 どんなことをしても―――そう決意して、笹は目覚めた。





「―――術の中断?」
「はい」
 “紅き月の巫女”の一行に与えた社、その一室で、笹は“金色の巫女”と向き合っていた。
 部屋には、彼女と笹、二人だけ。供としてきた時雨も、部屋の外に下がらせてある。
「それはまた………どうして」
「危険なのです、この術は。このままでは、この里の皆が消えてしまう」
 笹は“金色の巫女”へ術の危険性を説く。だが、
「―――それがどうだというのです?」
 当たり前のように、彼女はそう言った。
「常の世から外れたものが一掃される、良いことではありませんか。それこそ、世界結界が望む世界の真の姿でしょう」
 “金色の巫女”は淡々とそう告げる。
 それは、里の人間が―――全ての異能を持つ人間がどうなっても構わない、という言葉。
「―――あなた―――」
 何を言っているか、わかっているの―――そう、言いかけて、笹は気づく。

 ―――この、気配―――

 今まで気づかなかった、巧妙に“人”のものに似せて殺したその気配。
 しかし、彼女に疑念を抱いて初めて、気づいた。

 ―――“人”じゃない―――

 それも、ここまで巧妙に“人”になりおせるなど、生半な力の魔性ではない。

 ―――金の髪、銀の瞳―――

 そして、何より平気で世界結界を強化する―――強化した世界結界にも耐えうる力を持つ存在。
「―――あなたは―――!」
 叫んで思わず席を立った笹に、“彼女”は嗤う。
「―――今更、気づいたとて遅い」
 笹の不明を嘲るように、告げる。

「もはや術は動き出した。あの月はお前と今一人の巫女の頭上にたゆたい続ける。
 ―――止める術などありはしない」

 絶望を齎すように、告げる。

「―――そう」

 笹は、短く返して、踵を返す。
 戸を出る直前、振り返らぬまま、告げる。

「―――最後の助言、ありがたく戴きました」

「………何?」
 訝しむように呟く魔性の声を背に受けて、笹は部屋を後にした。






 思いつめた表情で“金色の巫女”の部屋から出てきた主に、時雨は思わず聞かずに入られなかった。
「―――神子様、一体何のお話を………」
「今はまだ、あなたに語るべき時ではありません」
 冷たいほどにきっぱりと返され、時雨は面食らう。
 ―――一体、どうしたというのか。
 そもそも、森で倒れたのが今日の昼。夕暮れ近くに目覚めるなり、身体に障ると止めるのも聞かずにここに押しかけた。―――訊ねるとの、先触れも出さずにだ。
 ―――礼節を重んじる、神子様が。
 己の身体も、礼節すらも構わぬほどの緊急事態。なのに、自分には何も話してくれない。
 そう思って落ち込んだ時、主が口を開いた。
「―――時雨、お願いがあります」
「なんなりと」
 思わず、背が伸びる。主の願いなら、どんなことでも―――そう、思って。
「楓さんの社によります。その後、飛竜さんと二人で外に出ることを許してください」
 その言葉に、頭を横殴りにされた気がした。

 ―――私は、それほどまでに頼りにならなのか?

 思って、脳裏に浮かぶのは、飛竜と共にある時の主の姿。
 安堵しきった笑みをあの青年に向ける己の主を見るたびに、どうしてその笑みを自分に向けてくれないのかと思った。
 理由は、わかりきっているけれど。

 ―――私は、彼女を“神子”として扱っているから。

 彼女を“人”として扱う飛竜より、彼女に対して自ら距離を置いてしまっているから。
 だから、ずっと、平然と彼女を名で呼び、彼女に触れる飛竜に、苛立ちと―――憧憬を覚えていた。

 ―――どうして、自分はああなれないのか。
 ―――どうやったら、自分もああなれるのか。

 彼女が幼い頃から、彼女に仕える者として振舞ってきた。そのことに不満はなかった。寧ろ、彼女に一番近いのは自分だという自負と誇りがあった。
 例え、二人の間に主従という壁があっても、その壁を越えるものは誰もいないのだから、と。

 ―――なのに、あの男は、それを易々と越えていった。

 最初は、憎悪に近い念すら抱いた。―――ぽっと出の男が、大事な大事な己の主を軽んじているようにしか思えなかったから。
 だが、違った。あの男は彼女を軽んじているのではなく、もっと近い場所から思い遣っているのだと気づいて―――憧れた。
 自分も、そんな風に近いところで、彼女を支えたいと、そう思った。
 けれど、十年以上続けてきた生き方を、関係を、今更どうやって変えればいいのか、わからない。
 悔しくて、苛立って、思わずあの男に当り散らして―――当たり前のように、それすら受け止められて。
 ―――敵わない、と思った。
 どうせ、自分はあんな風にはなれないと、諦めかけていた。
 けれど―――

 ―――楓を、頼む―――

 里を出る、あの男の言葉に、火をつけられた。
 あの男は、己の最も大切なものを―――他ならぬ自分に託したのだ。

 ―――その信頼に、応えられるだけの存在になりたい。

 そう、強く思った。
 それでも、まだ届かない、敵わない。

 ―――それでも、

「―――かしこまりまして、神子様」
 一つの決意は、もう胸に定まっていた。

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