卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

第09話

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【裏切り者】


「―――飛竜ッ!」
 聞きなれた声に名を呼ばれ、飛竜は森の中を走る足を止めた。
「………楓………」
 応えた声は、己でも意外なほどに憔悴していた。
 息を荒げて走り寄ってきた幼馴染の娘は、彼が手にした剣を―――そこについた赤いものを見つめて、泣きだしそうに、顔をくしゃくしゃに歪める。
「―――間に、合わなかったんだ………やっぱり………」
「………悪ぃ………」
 何に対する謝罪か、己でもわからぬままに、飛竜はそう呟いた。
「月が消えたから………わかってたけど………けど―――」
 楓は何かをこらえるようにぐっと両の拳を握って、その拳で己の目元を拭う。
 そうして、飛竜の顔を真っ直ぐに見上げ、告げた。
「―――飛竜、その剣、あたしに預けて」
「………なに?」
 予想外の言葉に、飛竜は目を見開く。その彼に、楓は笹の書簡を懐から取り出して見せた。―――その宛名の筆跡は、確かに飛竜が笹から預かった書簡と同じ筆跡。
「笹ちゃんの手紙………遺書、かな。―――ここに、書いてあったの」
 楓は飛竜に書簡を渡すことなく、懐にしまう。―――ここには、笹の飛竜への思いが綴られている。彼女が最期に語ったにせよ、そうでないにせよ、見せるべきものではない。
 飛竜はそのことに異を唱えることなく、ただ一言。
「―――なんて?」
 楓も、短く応える。
「“神殺し”の力を後世に残して欲しい、と」
 “神殺し”―――“神子”の因果律を絶つために、笹が飛竜の剣に宿した力。

 ―――運命(さだめ)打ち破る力。

 笹は、楓への手紙にそう記していた。
「その力は、神だけでなく、かつて神であった侵魔に対しても強力な刃となる。
 ―――だからこそ、今ここで、万一にも“金色の魔王”の手に渡らぬように、と」
 確かに、“金色の魔王”がこの剣の存在を知れば、奪取にかかるかもしれない。
 彼の魔王にこの剣が渡れば、どのように悪用されるか―――そうならなくとも、人類にとっての希望が一つ刈り取られる。
「―――わかった。任せる」
 言って、飛竜は楓に剣を手渡した。―――自身の身を守る術がなくなるが、それよりも笹の願いを叶える方がずっと大切だった。
 楓は剣を受け取って、気づいたように飛竜に向き直る。
「そうだ―――時雨さん………時雨さんに遇わなかった?」
 問われて、飛竜は目を伏せて、答える。
「―――笹の最期を、見せ付けることになっちまった」
 楓が息を呑んだ。痛々しげに顔を伏せて、ややあって、きっと顔を上げる。
「あたし、笹ちゃんが遺した時雨さんへの手紙、預かってるの。剣を封じたら、渡しに行ってくる。
 ―――飛竜は、社に戻ってて。今、時雨さんに会うのは………」
 お互い、辛いでしょう―――そう言う楓に、飛竜は素直に頷いて、踵を返す。
「―――頼む」
 その一言に、言い表しきれぬ思いを全て込めて。
「―――うん、また後でね」
 楓もまた、短く返し―――二人は別れる。

 ―――“また”が、もうないことを、知らぬままに。





 “星の巫女”の社へと一人戻り、飛竜はそれに気づいた。
 ―――何の騒ぎだ?───
 社が妙に騒がしい。もしや、自分のしたことが伝わったのか―――そう思って、庭からやや遠巻きに、中の声へ聞き耳を立てる。
「―――“星の巫女”はどこにいる!」
「わかりません、一人飛び出されて―――それきり―――」
 ―――正仁に、瑠璃か?―――
 楓が一人飛び出したのが騒ぎになってるのか、そう思いかけて、違和感に気づく。
 ―――“星の巫女”?
 正仁は、いつも楓のことを“楓様”と呼んでいた。もし二つ名で呼ぶにしろ、呼び捨てというのはあの男の性格にそぐわない。
 眉をしかめた飛竜に、とんでもない言葉が届いた。

「―――己が危機を感じて逃げたか………災いを齎す巫女よ!」

 ―――何だって?―――
 意味がわからない。―――災いを齎す? 誰が?
「何をおっしゃっているのです、正仁様!」
 飛竜の思いを代弁するように、瑠璃が問う。
 正仁は、いつもの温厚さからは想像も出来ない猛々しい口調で告げる。

「“星の巫女”は人々を束ね、星を読んで時を見る、侵魔に抗う我らの柱。
 ―――しかし、稀に災いを呼ぶ“星の巫女”もいる! 楓はその災いを招く巫女だ!」

 ―――ありえない!―――
 思わず、飛竜がそう叫ぶより早く、叫ぶ声があった。
「何を言うのです、正仁様! 楓様は今まで我々を正しく導いてくださったではありませんか! それが、何故突然、災いを齎すなどと!」
 抗弁する瑠璃の声。しかし、正仁は一言の元に断言する。
「天に赤い星が昇ったのだ! あれは“星の巫女”目掛け、大いなる災いとなって地上に降り注ぐ!」

 ―――赤い星―――

 その言葉に、飛竜は天を仰ぐ。双月の消えた空に、金の月はなく―――

 ―――赤々と妖しく輝く、星の姿があった。

「―――災い齎す“星の巫女”は、あの星を地上へと誘う道標なのだ!
 巫女自身の意志も、感情も関係ない! 巫女の存在そのものが世界を滅ぼすのだ!」
「………そんな………!」
 狂ったように叫ぶ正仁の言葉に、瑠璃が悲鳴のような声を上げる。
「―――災いを回避するには、もはや巫女を殺すほかにない!」

 ―――なんだよ、それ―――

 正仁の言葉に、飛竜は呆然と立ち尽くす。

 ―――楓の意思も感情も関係ない? それなら、楓は何も悪くないじゃないか―――

 それで、何故―――

 ―――楓が死ななきゃいけない!?―――

 そう、思った刹那、

 ―――笹だって、何も悪くなかったのに―――

 胸の中で、誰かが、そう言った。
 それは確かに自分の声で、その声は容赦なく、飛竜の罪を暴き立てる。

 ―――彼女もただ、うちに宿る力を利用されただけなのに―――

 ―――彼女は必死に皆を救おうとしていたのに―――

 ―――自分(おまえ)は、彼女をすくう手立ても考えようともせず―――

 ―――ただ、文字通り彼女を切り捨てただけじゃないか―――

 とめどなく湧き出続ける、糾弾の言葉。

 ―――だって、それは、笹がそう望んだから!―――

 必死で抗弁した言葉は、

 ―――じゃあ、自分(おまえ)は、楓が世界を救うために死を望んだら、受け入れるのかよ―――

 その一言で、打ち崩された。

 そうして、気づく。気づいてしまう。
 笹のためとか、里のためとか、世界のためとか、そんな言葉に全てを転嫁して―――

 ―――自分(おまえ)は、楓を守るのに一番楽な道に逃げただけだろうが―――

「―――は、ははっ………」
 乾いた笑いが、喉から漏れる。
「は………はははははははははっ!」
 壊れたような、哄笑。喉から溢れて止まらない。
 その声に気づいてか、瑠璃と正仁が庭に下りてきた。
「―――飛竜………!?」
「何事だ、飛竜!?」
 口々に問う二人にも答えず、飛竜はただ嗤う。
 二人は飛竜の様子を案じるように―――また気味悪げに見つめ―――
 瑠璃が、気づいた。
「―――飛竜………服の裾………?」
 もともと、赤を基調とした色彩のために目立たないが、その服の裾に見える染みは―――
「―――血………?」
「―――そうだよ」
 ぴたりと哄笑を止め、飛竜は答える。
 何の感情も窺えぬ―――不気味な、能面じみた表情で。
「笹の―――“碧き月の神子”様の、血だ」
 息を呑んで凍りつく二人に、飛竜は一転して、笑って―――嗤って、告げる。

「―――神子は、俺が、殺した」

 二人は、目をこれ以上なく見開き―――瑠璃が叫ぶ。
「―――飛竜、言っていい冗談と悪い冗談が―――!」
「………冗談?」
 くくっ、と喉の奥で飛竜は笑う。
 その様に―――瑠璃は絶句し、後退る。
「―――あなた………誰………?」
 気味が悪いものを見るような目で問われ、飛竜は笑う。
 得体の知れぬ嗤いではなく―――いつもの彼の笑みで。

「―――飛竜だよ。ただ、楓を守るためだけにこの里に来た、未熟な小童だ」

 その言葉に、正仁がはっとなったように叫ぶ。
「まさか、貴様―――“星の巫女”を逃がすために、神子様を手にかけたのか!?」
 飛竜はただ肩を竦める。―――その仕草をどう取るかは相手の勝手だ。
「―――貴様っ!」
 走り寄りざまに振り行かれた刃を後ろに飛んで躱し、着地と同時に今一度地を蹴る。
 大きく飛び上がって、背後の塀に着地。そこから、社全体に―――里全体に響くように、叫ぶ。

「―――我が名は飛竜! 私情にて神子を殺めし大罪人! 赦されざる裏切り者!
 仇討ちたくば―――追って来るがいい!」

 そうして、ざわめく社に背を向けて塀の外に飛んで―――
 森とは逆に―――楓のいる場所から離れるように、駆け出した。





 走り、奔り、飛んで、跳んで、回り、捻り、躱す。
 迫り来る者、迫り来る物、全て躱して、走り続ける。
 己の名の如く、飛ぶ竜のように、迅く。

 ―――少しでも、少しでも遠くへ。

 何を賭しても守りたい娘から、この脅威を遠ざける。
 己の身を守る刃はない。あったとしても、そもそれを振るう資格ももはやない。

 ―――俺は、楓を守るために、笹を犠牲にした―――

 その時からもう、己に、正仁(かれ)らを責める資格も、留める言葉もありはしない。

 ―――彼らは、世界のために楓を殺す―――

 それは、飛竜が楓のために笹を切り捨てたのと同じで。
 だから、もう飛竜は彼らに向ける刃も、留める言葉も持たない。

 ―――だったら、せめて、この身一つで。

 言葉も、刃もなく、ただこの身一つで、いけるところまで。

 ―――彼らから、楓を守り抜く。

 例え、それで世界がどうなっても―――

 ―――楓が死んだら、俺の世界はどの道終わりだから―――

 幼い頃から共に在った。共にあるのが当たり前で、それ以外の状態など認識の外だった。
 好きとか嫌いとか、そんな次元ではなく、もはや自身の一部だった。
 両親や姉は口々に、楓が嫁に来るのが楽しみだ、大切にするんだぞと、冷やかすように、楽しげに笑っていて。
 その言葉にいちいちそんなんじゃないと叫び返しながらも、彼女以外の相手と生涯を共にする姿は自分でも思い浮かばなくて、結局いつかはその通りになるのだろうと思っていた。
 けれど―――その世界は三年前に、終わった。
 楓が“星の巫女”になって、手の届かない遠い存在になると知った時―――彼の世界は一度、終わっていたのだ。
 それをもう一度取り戻す機会をくれたのが、“七星の剣”だった。
 ―――これをもって戦えば、楓の傍にいることを許される。
 ならば、何を厭うことがあるか―――

 ―――そう、最初から、自分は楓(じぶんのせかい)を守るためだけに、剣を振るっていたのだ。

 それ以外は全部おまけ。楓が望むから、楓のためになるから、楓が悲しむから―――でもそのどれも、楓自身の安否の前には塵芥のように吹き飛んでゆく。

 ―――俺は、裏切り者だ―――

 そう、裏切り者だ。世界に対して、“人”として死にたいといった友に対して、憎まれ口を叩き合った男に対して―――最も大切な彼女に対しても、赦されざる裏切りを犯した。
 でも、今更取り返せない。ならば―――

 ―――最期まで、このまま走り抜いてやるさ。

 そう思った時―――楓がいるはずの森から、赤い閃光が天へと迸った。





 地に剣を突き立て、楓は空を見上げる。
 この“神殺し”の刃を封じるのに、星を読もうと天の輝きを見る。
「―――え?」
 まず目に付いたのは、見覚えのない赤い星。
 その気配はあまりに禍々しく―――恐ろしい、と思った。
 けれど―――
「―――そんな場合じゃない」
 強く、一度頭を振って、楓は改めて星を読む。
 ―――この剣をどこに封じるべきか。
 ―――いつまで封じるべきか。
 読んで、合わせ、呪を紡ぐ。

「―――“星の巫女”が命ずる。“七星の剣”よ、星の彼方にて汝が担い手を待て」

 一度、宝玉が赤く輝く。

「―――“大いなるもの”が希む。“運命(さだめ)打ち破る力”よ、時の果てにて未来を切り拓け」

 今一度、赤い煌き。

「―――ゆけ、汝が宿命を果たすために!」

 声と共に、赤い閃光が辺りを包み―――天へと奔る。

 その光が収まるまで見送って、楓は前に向き直る。
「時雨さん―――今、行くよ」

 ―――あなたの大切な人が、あなたに遺した言葉を、届けるために。





「―――何だったんだ………? 今の………」
 口々に呟く追っ手たちの声に、飛竜は内心歯噛みする。
 今のはおそらく剣を封じた光で、楓に何かあったわけではないだろうけど―――
 ―――まずい。このままでは―――
 楓の方に、追っ手が行ってしまう―――そう思って、
 思考の乱れが、動きを乱した。
「―――がッ!」
 振るわれた刃、それを躱しきれず、脇腹を貫かれる。
 動きを縫いとめられて、そこへ更に刃が迫る。
「―――ぐッ………がぁッ!」
 次々と身を貫かれ、灼熱の痛みが全身を襲う。

 ―――笹も………きっと、痛かったよな―――

 そう思って、

 ―――楓は、こんな思いしなければ、いいな―――

 この期に及んでそう思う自分に、呆れた。





「見つけたぞ、“星の巫女”」
 聞き慣れた声が、聞き覚えがないほど冷たい声音で呼ばわるのに、楓は森を行く足を止めた。
「………正仁?」
 どうしてこんなところに―――そう思った楓が問うより早く、彼が口を開く。
「―――全く、もう少しで引っかかるところだった。あの男は囮だったのだな」
「………囮?」
 意味がわからない。一体、何の話をしているのか。
「忌まわしき災い招く“星の巫女”よ、世界のために―――その命、貰い受ける」
 言葉と共に、振るわれた刃は、無慈悲に―――否、いっそ慈悲深いほど正確に―――

 “星の巫女”の名を負わされた娘の、命を一瞬で刈り取った。





 全身から熱が逃げていく。痛みが、痛みとして認識されなくなってゆく。
 自分はここで死ぬのだと、嫌でも、悟る。
 けれど―――

 ―――今度は………

「―――強く、なって…………戻、……てっ、くる……」
 荒い息の下、宣言する。追っ手に対してではない。誰が聞いていようといまいと関係ない。
 己自身に、宣言する。

「―――…………っ、にっ」
 ―――自身の弱さに―――

 そう言ったつもりの声は、喉から溢れたものに遮られたけれど、構わず、続ける。

「……負け、ない……二度、と……」
 ―――今度、生まれ変われたら、守り抜いてみせる。

 何も犠牲にしない。自分の守りたいものを犠牲にしないために、どんな犠牲も許容しない。

 ―――楽な選択肢に逃げる、弱い人間になったりしない。

「―――裏切り者が……!」
 誰かが低く呻いて、身体に異物が突きこまれる感触があった―――もはや、痛みは麻痺してそうと感じられない。

 ―――ああ、もう死ぬのか―――

 そう思って、笑みが零れた。

 ―――楓と、笹と、時雨と、一緒に生まれ変わってやり直せるなら―――

 彼らと一緒に生まれ変わるために、この裏切りという大罪を洗い流す必要があるというなら―――

 ―――地獄に行くのも、悪くはないさ―――

 そう思って―――

 ―――後世に、“裏切りの飛竜”と名を残す男は、息絶えた。




 神子の娘は、己の思いのまま、笑んで逝き―――
 巫女の娘は、己が何故殺されぬかも知らぬまま、そうと悟る間もなく逝き―――
 剣士の青年は、己の所業を悔いて、決意と共に逝き―――
 唯一生き残った男は、無知ゆえに、怨嗟を膨らませて、記憶を捨てた。


 そうして―――五百年の時が、流れる。

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