【裏切り者】
「―――飛竜ッ!」
聞きなれた声に名を呼ばれ、飛竜は森の中を走る足を止めた。
「………楓………」
応えた声は、己でも意外なほどに憔悴していた。
息を荒げて走り寄ってきた幼馴染の娘は、彼が手にした剣を―――そこについた赤いものを見つめて、泣きだしそうに、顔をくしゃくしゃに歪める。
「―――間に、合わなかったんだ………やっぱり………」
「………悪ぃ………」
何に対する謝罪か、己でもわからぬままに、飛竜はそう呟いた。
「月が消えたから………わかってたけど………けど―――」
楓は何かをこらえるようにぐっと両の拳を握って、その拳で己の目元を拭う。
そうして、飛竜の顔を真っ直ぐに見上げ、告げた。
「―――飛竜、その剣、あたしに預けて」
「………なに?」
予想外の言葉に、飛竜は目を見開く。その彼に、楓は笹の書簡を懐から取り出して見せた。―――その宛名の筆跡は、確かに飛竜が笹から預かった書簡と同じ筆跡。
「笹ちゃんの手紙………遺書、かな。―――ここに、書いてあったの」
楓は飛竜に書簡を渡すことなく、懐にしまう。―――ここには、笹の飛竜への思いが綴られている。彼女が最期に語ったにせよ、そうでないにせよ、見せるべきものではない。
飛竜はそのことに異を唱えることなく、ただ一言。
「―――なんて?」
楓も、短く応える。
「“神殺し”の力を後世に残して欲しい、と」
“神殺し”―――“神子”の因果律を絶つために、笹が飛竜の剣に宿した力。
聞きなれた声に名を呼ばれ、飛竜は森の中を走る足を止めた。
「………楓………」
応えた声は、己でも意外なほどに憔悴していた。
息を荒げて走り寄ってきた幼馴染の娘は、彼が手にした剣を―――そこについた赤いものを見つめて、泣きだしそうに、顔をくしゃくしゃに歪める。
「―――間に、合わなかったんだ………やっぱり………」
「………悪ぃ………」
何に対する謝罪か、己でもわからぬままに、飛竜はそう呟いた。
「月が消えたから………わかってたけど………けど―――」
楓は何かをこらえるようにぐっと両の拳を握って、その拳で己の目元を拭う。
そうして、飛竜の顔を真っ直ぐに見上げ、告げた。
「―――飛竜、その剣、あたしに預けて」
「………なに?」
予想外の言葉に、飛竜は目を見開く。その彼に、楓は笹の書簡を懐から取り出して見せた。―――その宛名の筆跡は、確かに飛竜が笹から預かった書簡と同じ筆跡。
「笹ちゃんの手紙………遺書、かな。―――ここに、書いてあったの」
楓は飛竜に書簡を渡すことなく、懐にしまう。―――ここには、笹の飛竜への思いが綴られている。彼女が最期に語ったにせよ、そうでないにせよ、見せるべきものではない。
飛竜はそのことに異を唱えることなく、ただ一言。
「―――なんて?」
楓も、短く応える。
「“神殺し”の力を後世に残して欲しい、と」
“神殺し”―――“神子”の因果律を絶つために、笹が飛竜の剣に宿した力。
―――運命 打ち破る力。
笹は、楓への手紙にそう記していた。
「その力は、神だけでなく、かつて神であった侵魔に対しても強力な刃となる。
―――だからこそ、今ここで、万一にも“金色の魔王”の手に渡らぬように、と」
確かに、“金色の魔王”がこの剣の存在を知れば、奪取にかかるかもしれない。
彼の魔王にこの剣が渡れば、どのように悪用されるか―――そうならなくとも、人類にとっての希望が一つ刈り取られる。
「―――わかった。任せる」
言って、飛竜は楓に剣を手渡した。―――自身の身を守る術がなくなるが、それよりも笹の願いを叶える方がずっと大切だった。
楓は剣を受け取って、気づいたように飛竜に向き直る。
「そうだ―――時雨さん………時雨さんに遇わなかった?」
問われて、飛竜は目を伏せて、答える。
「―――笹の最期を、見せ付けることになっちまった」
楓が息を呑んだ。痛々しげに顔を伏せて、ややあって、きっと顔を上げる。
「あたし、笹ちゃんが遺した時雨さんへの手紙、預かってるの。剣を封じたら、渡しに行ってくる。
―――飛竜は、社に戻ってて。今、時雨さんに会うのは………」
お互い、辛いでしょう―――そう言う楓に、飛竜は素直に頷いて、踵を返す。
「―――頼む」
その一言に、言い表しきれぬ思いを全て込めて。
「―――うん、また後でね」
楓もまた、短く返し―――二人は別れる。
「その力は、神だけでなく、かつて神であった侵魔に対しても強力な刃となる。
―――だからこそ、今ここで、万一にも“金色の魔王”の手に渡らぬように、と」
確かに、“金色の魔王”がこの剣の存在を知れば、奪取にかかるかもしれない。
彼の魔王にこの剣が渡れば、どのように悪用されるか―――そうならなくとも、人類にとっての希望が一つ刈り取られる。
「―――わかった。任せる」
言って、飛竜は楓に剣を手渡した。―――自身の身を守る術がなくなるが、それよりも笹の願いを叶える方がずっと大切だった。
楓は剣を受け取って、気づいたように飛竜に向き直る。
「そうだ―――時雨さん………時雨さんに遇わなかった?」
問われて、飛竜は目を伏せて、答える。
「―――笹の最期を、見せ付けることになっちまった」
楓が息を呑んだ。痛々しげに顔を伏せて、ややあって、きっと顔を上げる。
「あたし、笹ちゃんが遺した時雨さんへの手紙、預かってるの。剣を封じたら、渡しに行ってくる。
―――飛竜は、社に戻ってて。今、時雨さんに会うのは………」
お互い、辛いでしょう―――そう言う楓に、飛竜は素直に頷いて、踵を返す。
「―――頼む」
その一言に、言い表しきれぬ思いを全て込めて。
「―――うん、また後でね」
楓もまた、短く返し―――二人は別れる。
―――“また”が、もうないことを、知らぬままに。
“星の巫女”の社へと一人戻り、飛竜はそれに気づいた。
―――何の騒ぎだ?───
社が妙に騒がしい。もしや、自分のしたことが伝わったのか―――そう思って、庭からやや遠巻きに、中の声へ聞き耳を立てる。
「―――“星の巫女”はどこにいる!」
「わかりません、一人飛び出されて―――それきり―――」
―――正仁に、瑠璃か?―――
楓が一人飛び出したのが騒ぎになってるのか、そう思いかけて、違和感に気づく。
―――“星の巫女”?
正仁は、いつも楓のことを“楓様”と呼んでいた。もし二つ名で呼ぶにしろ、呼び捨てというのはあの男の性格にそぐわない。
眉をしかめた飛竜に、とんでもない言葉が届いた。
―――何の騒ぎだ?───
社が妙に騒がしい。もしや、自分のしたことが伝わったのか―――そう思って、庭からやや遠巻きに、中の声へ聞き耳を立てる。
「―――“星の巫女”はどこにいる!」
「わかりません、一人飛び出されて―――それきり―――」
―――正仁に、瑠璃か?―――
楓が一人飛び出したのが騒ぎになってるのか、そう思いかけて、違和感に気づく。
―――“星の巫女”?
正仁は、いつも楓のことを“楓様”と呼んでいた。もし二つ名で呼ぶにしろ、呼び捨てというのはあの男の性格にそぐわない。
眉をしかめた飛竜に、とんでもない言葉が届いた。
「―――己が危機を感じて逃げたか………災いを齎す巫女よ!」
―――何だって?―――
意味がわからない。―――災いを齎す? 誰が?
「何をおっしゃっているのです、正仁様!」
飛竜の思いを代弁するように、瑠璃が問う。
正仁は、いつもの温厚さからは想像も出来ない猛々しい口調で告げる。
意味がわからない。―――災いを齎す? 誰が?
「何をおっしゃっているのです、正仁様!」
飛竜の思いを代弁するように、瑠璃が問う。
正仁は、いつもの温厚さからは想像も出来ない猛々しい口調で告げる。
「“星の巫女”は人々を束ね、星を読んで時を見る、侵魔に抗う我らの柱。
―――しかし、稀に災いを呼ぶ“星の巫女”もいる! 楓はその災いを招く巫女だ!」
―――しかし、稀に災いを呼ぶ“星の巫女”もいる! 楓はその災いを招く巫女だ!」
―――ありえない!―――
思わず、飛竜がそう叫ぶより早く、叫ぶ声があった。
「何を言うのです、正仁様! 楓様は今まで我々を正しく導いてくださったではありませんか! それが、何故突然、災いを齎すなどと!」
抗弁する瑠璃の声。しかし、正仁は一言の元に断言する。
「天に赤い星が昇ったのだ! あれは“星の巫女”目掛け、大いなる災いとなって地上に降り注ぐ!」
思わず、飛竜がそう叫ぶより早く、叫ぶ声があった。
「何を言うのです、正仁様! 楓様は今まで我々を正しく導いてくださったではありませんか! それが、何故突然、災いを齎すなどと!」
抗弁する瑠璃の声。しかし、正仁は一言の元に断言する。
「天に赤い星が昇ったのだ! あれは“星の巫女”目掛け、大いなる災いとなって地上に降り注ぐ!」
―――赤い星―――
その言葉に、飛竜は天を仰ぐ。双月の消えた空に、金の月はなく―――
―――赤々と妖しく輝く、星の姿があった。
「―――災い齎す“星の巫女”は、あの星を地上へと誘う道標なのだ!
巫女自身の意志も、感情も関係ない! 巫女の存在そのものが世界を滅ぼすのだ!」
「………そんな………!」
狂ったように叫ぶ正仁の言葉に、瑠璃が悲鳴のような声を上げる。
「―――災いを回避するには、もはや巫女を殺すほかにない!」
巫女自身の意志も、感情も関係ない! 巫女の存在そのものが世界を滅ぼすのだ!」
「………そんな………!」
狂ったように叫ぶ正仁の言葉に、瑠璃が悲鳴のような声を上げる。
「―――災いを回避するには、もはや巫女を殺すほかにない!」
―――なんだよ、それ―――
正仁の言葉に、飛竜は呆然と立ち尽くす。
―――楓の意思も感情も関係ない? それなら、楓は何も悪くないじゃないか―――
それで、何故―――
―――楓が死ななきゃいけない!?―――
そう、思った刹那、
―――笹だって、何も悪くなかったのに―――
胸の中で、誰かが、そう言った。
それは確かに自分の声で、その声は容赦なく、飛竜の罪を暴き立てる。
それは確かに自分の声で、その声は容赦なく、飛竜の罪を暴き立てる。
―――彼女もただ、うちに宿る力を利用されただけなのに―――
―――彼女は必死に皆を救おうとしていたのに―――
―――自分 は、彼女をすくう手立ても考えようともせず―――
―――ただ、文字通り彼女を切り捨てただけじゃないか―――
とめどなく湧き出続ける、糾弾の言葉。
―――だって、それは、笹がそう望んだから!―――
必死で抗弁した言葉は、
―――じゃあ、自分 は、楓が世界を救うために死を望んだら、受け入れるのかよ―――
その一言で、打ち崩された。
そうして、気づく。気づいてしまう。
笹のためとか、里のためとか、世界のためとか、そんな言葉に全てを転嫁して―――
笹のためとか、里のためとか、世界のためとか、そんな言葉に全てを転嫁して―――
―――自分 は、楓を守るのに一番楽な道に逃げただけだろうが―――
「―――は、ははっ………」
乾いた笑いが、喉から漏れる。
「は………はははははははははっ!」
壊れたような、哄笑。喉から溢れて止まらない。
その声に気づいてか、瑠璃と正仁が庭に下りてきた。
「―――飛竜………!?」
「何事だ、飛竜!?」
口々に問う二人にも答えず、飛竜はただ嗤う。
二人は飛竜の様子を案じるように―――また気味悪げに見つめ―――
瑠璃が、気づいた。
「―――飛竜………服の裾………?」
もともと、赤を基調とした色彩のために目立たないが、その服の裾に見える染みは―――
「―――血………?」
「―――そうだよ」
ぴたりと哄笑を止め、飛竜は答える。
何の感情も窺えぬ―――不気味な、能面じみた表情で。
「笹の―――“碧き月の神子”様の、血だ」
息を呑んで凍りつく二人に、飛竜は一転して、笑って―――嗤って、告げる。
乾いた笑いが、喉から漏れる。
「は………はははははははははっ!」
壊れたような、哄笑。喉から溢れて止まらない。
その声に気づいてか、瑠璃と正仁が庭に下りてきた。
「―――飛竜………!?」
「何事だ、飛竜!?」
口々に問う二人にも答えず、飛竜はただ嗤う。
二人は飛竜の様子を案じるように―――また気味悪げに見つめ―――
瑠璃が、気づいた。
「―――飛竜………服の裾………?」
もともと、赤を基調とした色彩のために目立たないが、その服の裾に見える染みは―――
「―――血………?」
「―――そうだよ」
ぴたりと哄笑を止め、飛竜は答える。
何の感情も窺えぬ―――不気味な、能面じみた表情で。
「笹の―――“碧き月の神子”様の、血だ」
息を呑んで凍りつく二人に、飛竜は一転して、笑って―――嗤って、告げる。
「―――神子は、俺が、殺した」
二人は、目をこれ以上なく見開き―――瑠璃が叫ぶ。
「―――飛竜、言っていい冗談と悪い冗談が―――!」
「………冗談?」
くくっ、と喉の奥で飛竜は笑う。
その様に―――瑠璃は絶句し、後退る。
「―――あなた………誰………?」
気味が悪いものを見るような目で問われ、飛竜は笑う。
得体の知れぬ嗤いではなく―――いつもの彼の笑みで。
「―――飛竜、言っていい冗談と悪い冗談が―――!」
「………冗談?」
くくっ、と喉の奥で飛竜は笑う。
その様に―――瑠璃は絶句し、後退る。
「―――あなた………誰………?」
気味が悪いものを見るような目で問われ、飛竜は笑う。
得体の知れぬ嗤いではなく―――いつもの彼の笑みで。
「―――飛竜だよ。ただ、楓を守るためだけにこの里に来た、未熟な小童だ」
その言葉に、正仁がはっとなったように叫ぶ。
「まさか、貴様―――“星の巫女”を逃がすために、神子様を手にかけたのか!?」
飛竜はただ肩を竦める。―――その仕草をどう取るかは相手の勝手だ。
「―――貴様っ!」
走り寄りざまに振り行かれた刃を後ろに飛んで躱し、着地と同時に今一度地を蹴る。
大きく飛び上がって、背後の塀に着地。そこから、社全体に―――里全体に響くように、叫ぶ。
「まさか、貴様―――“星の巫女”を逃がすために、神子様を手にかけたのか!?」
飛竜はただ肩を竦める。―――その仕草をどう取るかは相手の勝手だ。
「―――貴様っ!」
走り寄りざまに振り行かれた刃を後ろに飛んで躱し、着地と同時に今一度地を蹴る。
大きく飛び上がって、背後の塀に着地。そこから、社全体に―――里全体に響くように、叫ぶ。
「―――我が名は飛竜! 私情にて神子を殺めし大罪人! 赦されざる裏切り者!
仇討ちたくば―――追って来るがいい!」
仇討ちたくば―――追って来るがいい!」
そうして、ざわめく社に背を向けて塀の外に飛んで―――
森とは逆に―――楓のいる場所から離れるように、駆け出した。
森とは逆に―――楓のいる場所から離れるように、駆け出した。
走り、奔り、飛んで、跳んで、回り、捻り、躱す。
迫り来る者、迫り来る物、全て躱して、走り続ける。
己の名の如く、飛ぶ竜のように、迅く。
迫り来る者、迫り来る物、全て躱して、走り続ける。
己の名の如く、飛ぶ竜のように、迅く。
―――少しでも、少しでも遠くへ。
何を賭しても守りたい娘から、この脅威を遠ざける。
己の身を守る刃はない。あったとしても、そもそれを振るう資格ももはやない。
己の身を守る刃はない。あったとしても、そもそれを振るう資格ももはやない。
―――俺は、楓を守るために、笹を犠牲にした―――
その時からもう、己に、正仁 らを責める資格も、留める言葉もありはしない。
―――彼らは、世界のために楓を殺す―――
それは、飛竜が楓のために笹を切り捨てたのと同じで。
だから、もう飛竜は彼らに向ける刃も、留める言葉も持たない。
だから、もう飛竜は彼らに向ける刃も、留める言葉も持たない。
―――だったら、せめて、この身一つで。
言葉も、刃もなく、ただこの身一つで、いけるところまで。
―――彼らから、楓を守り抜く。
例え、それで世界がどうなっても―――
―――楓が死んだら、俺の世界はどの道終わりだから―――
幼い頃から共に在った。共にあるのが当たり前で、それ以外の状態など認識の外だった。
好きとか嫌いとか、そんな次元ではなく、もはや自身の一部だった。
両親や姉は口々に、楓が嫁に来るのが楽しみだ、大切にするんだぞと、冷やかすように、楽しげに笑っていて。
その言葉にいちいちそんなんじゃないと叫び返しながらも、彼女以外の相手と生涯を共にする姿は自分でも思い浮かばなくて、結局いつかはその通りになるのだろうと思っていた。
けれど―――その世界は三年前に、終わった。
楓が“星の巫女”になって、手の届かない遠い存在になると知った時―――彼の世界は一度、終わっていたのだ。
それをもう一度取り戻す機会をくれたのが、“七星の剣”だった。
―――これをもって戦えば、楓の傍にいることを許される。
ならば、何を厭うことがあるか―――
好きとか嫌いとか、そんな次元ではなく、もはや自身の一部だった。
両親や姉は口々に、楓が嫁に来るのが楽しみだ、大切にするんだぞと、冷やかすように、楽しげに笑っていて。
その言葉にいちいちそんなんじゃないと叫び返しながらも、彼女以外の相手と生涯を共にする姿は自分でも思い浮かばなくて、結局いつかはその通りになるのだろうと思っていた。
けれど―――その世界は三年前に、終わった。
楓が“星の巫女”になって、手の届かない遠い存在になると知った時―――彼の世界は一度、終わっていたのだ。
それをもう一度取り戻す機会をくれたのが、“七星の剣”だった。
―――これをもって戦えば、楓の傍にいることを許される。
ならば、何を厭うことがあるか―――
―――そう、最初から、自分は楓(じぶんのせかい)を守るためだけに、剣を振るっていたのだ。
それ以外は全部おまけ。楓が望むから、楓のためになるから、楓が悲しむから―――でもそのどれも、楓自身の安否の前には塵芥のように吹き飛んでゆく。
―――俺は、裏切り者だ―――
そう、裏切り者だ。世界に対して、“人”として死にたいといった友に対して、憎まれ口を叩き合った男に対して―――最も大切な彼女に対しても、赦されざる裏切りを犯した。
でも、今更取り返せない。ならば―――
でも、今更取り返せない。ならば―――
―――最期まで、このまま走り抜いてやるさ。
そう思った時―――楓がいるはずの森から、赤い閃光が天へと迸った。
地に剣を突き立て、楓は空を見上げる。
この“神殺し”の刃を封じるのに、星を読もうと天の輝きを見る。
「―――え?」
まず目に付いたのは、見覚えのない赤い星。
その気配はあまりに禍々しく―――恐ろしい、と思った。
けれど―――
「―――そんな場合じゃない」
強く、一度頭を振って、楓は改めて星を読む。
―――この剣をどこに封じるべきか。
―――いつまで封じるべきか。
読んで、合わせ、呪を紡ぐ。
この“神殺し”の刃を封じるのに、星を読もうと天の輝きを見る。
「―――え?」
まず目に付いたのは、見覚えのない赤い星。
その気配はあまりに禍々しく―――恐ろしい、と思った。
けれど―――
「―――そんな場合じゃない」
強く、一度頭を振って、楓は改めて星を読む。
―――この剣をどこに封じるべきか。
―――いつまで封じるべきか。
読んで、合わせ、呪を紡ぐ。
「―――“星の巫女”が命ずる。“七星の剣”よ、星の彼方にて汝が担い手を待て」
一度、宝玉が赤く輝く。
「―――“大いなるもの”が希む。“運命 打ち破る力”よ、時の果てにて未来を切り拓け」
今一度、赤い煌き。
「―――ゆけ、汝が宿命を果たすために!」
声と共に、赤い閃光が辺りを包み―――天へと奔る。
その光が収まるまで見送って、楓は前に向き直る。
「時雨さん―――今、行くよ」
「時雨さん―――今、行くよ」
―――あなたの大切な人が、あなたに遺した言葉を、届けるために。
「―――何だったんだ………? 今の………」
口々に呟く追っ手たちの声に、飛竜は内心歯噛みする。
今のはおそらく剣を封じた光で、楓に何かあったわけではないだろうけど―――
―――まずい。このままでは―――
楓の方に、追っ手が行ってしまう―――そう思って、
思考の乱れが、動きを乱した。
「―――がッ!」
振るわれた刃、それを躱しきれず、脇腹を貫かれる。
動きを縫いとめられて、そこへ更に刃が迫る。
「―――ぐッ………がぁッ!」
次々と身を貫かれ、灼熱の痛みが全身を襲う。
口々に呟く追っ手たちの声に、飛竜は内心歯噛みする。
今のはおそらく剣を封じた光で、楓に何かあったわけではないだろうけど―――
―――まずい。このままでは―――
楓の方に、追っ手が行ってしまう―――そう思って、
思考の乱れが、動きを乱した。
「―――がッ!」
振るわれた刃、それを躱しきれず、脇腹を貫かれる。
動きを縫いとめられて、そこへ更に刃が迫る。
「―――ぐッ………がぁッ!」
次々と身を貫かれ、灼熱の痛みが全身を襲う。
―――笹も………きっと、痛かったよな―――
そう思って、
―――楓は、こんな思いしなければ、いいな―――
この期に及んでそう思う自分に、呆れた。
「見つけたぞ、“星の巫女”」
聞き慣れた声が、聞き覚えがないほど冷たい声音で呼ばわるのに、楓は森を行く足を止めた。
「………正仁?」
どうしてこんなところに―――そう思った楓が問うより早く、彼が口を開く。
「―――全く、もう少しで引っかかるところだった。あの男は囮だったのだな」
「………囮?」
意味がわからない。一体、何の話をしているのか。
「忌まわしき災い招く“星の巫女”よ、世界のために―――その命、貰い受ける」
言葉と共に、振るわれた刃は、無慈悲に―――否、いっそ慈悲深いほど正確に―――
聞き慣れた声が、聞き覚えがないほど冷たい声音で呼ばわるのに、楓は森を行く足を止めた。
「………正仁?」
どうしてこんなところに―――そう思った楓が問うより早く、彼が口を開く。
「―――全く、もう少しで引っかかるところだった。あの男は囮だったのだな」
「………囮?」
意味がわからない。一体、何の話をしているのか。
「忌まわしき災い招く“星の巫女”よ、世界のために―――その命、貰い受ける」
言葉と共に、振るわれた刃は、無慈悲に―――否、いっそ慈悲深いほど正確に―――
“星の巫女”の名を負わされた娘の、命を一瞬で刈り取った。
全身から熱が逃げていく。痛みが、痛みとして認識されなくなってゆく。
自分はここで死ぬのだと、嫌でも、悟る。
けれど―――
自分はここで死ぬのだと、嫌でも、悟る。
けれど―――
―――今度は………
「―――強く、なって…………戻、……てっ、くる……」
荒い息の下、宣言する。追っ手に対してではない。誰が聞いていようといまいと関係ない。
己自身に、宣言する。
荒い息の下、宣言する。追っ手に対してではない。誰が聞いていようといまいと関係ない。
己自身に、宣言する。
「―――…………っ、にっ」
―――自身の弱さに―――
―――自身の弱さに―――
そう言ったつもりの声は、喉から溢れたものに遮られたけれど、構わず、続ける。
「……負け、ない……二度、と……」
―――今度、生まれ変われたら、守り抜いてみせる。
―――今度、生まれ変われたら、守り抜いてみせる。
何も犠牲にしない。自分の守りたいものを犠牲にしないために、どんな犠牲も許容しない。
―――楽な選択肢に逃げる、弱い人間になったりしない。
「―――裏切り者が……!」
誰かが低く呻いて、身体に異物が突きこまれる感触があった―――もはや、痛みは麻痺してそうと感じられない。
誰かが低く呻いて、身体に異物が突きこまれる感触があった―――もはや、痛みは麻痺してそうと感じられない。
―――ああ、もう死ぬのか―――
そう思って、笑みが零れた。
―――楓と、笹と、時雨と、一緒に生まれ変わってやり直せるなら―――
彼らと一緒に生まれ変わるために、この裏切りという大罪を洗い流す必要があるというなら―――
―――地獄に行くのも、悪くはないさ―――
そう思って―――
―――後世に、“裏切りの飛竜”と名を残す男は、息絶えた。
神子の娘は、己の思いのまま、笑んで逝き―――
巫女の娘は、己が何故殺されぬかも知らぬまま、そうと悟る間もなく逝き―――
剣士の青年は、己の所業を悔いて、決意と共に逝き―――
唯一生き残った男は、無知ゆえに、怨嗟を膨らませて、記憶を捨てた。
巫女の娘は、己が何故殺されぬかも知らぬまま、そうと悟る間もなく逝き―――
剣士の青年は、己の所業を悔いて、決意と共に逝き―――
唯一生き残った男は、無知ゆえに、怨嗟を膨らませて、記憶を捨てた。
そうして―――五百年の時が、流れる。