卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

第10話

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【五百年後】


「―――あー、ったく………思いっきりこき使いやがって………」
 ぼやいて、歩きながらごきごきと首を鳴らすのは、年の頃十六、七の少年。
 ややきつい眼差しに、無造作ヘアというにも無造作すぎる茶の髪。夏物の制服の襟元も、第二ボタンまで開いている。
 どこからどう見ても、柄の悪い高校生にしか見えないが―――
「くれはのやつ、何がストーカーだよ。ぜってぇ部活手伝わせる口実じゃねぇか。帰りに毎日毎日………」
 ぼやく内容は、どこか情けない。
 彼の名は柊蓮司。制服からそうと知れる通り、この秋葉原にある輝明学園高等部の生徒である。
 彼には幼少の頃から付き合いのある、いわゆる幼馴染がいた。
 それが、赤羽くれは。近所にある神社の長女である。彼はどうにも彼女に頭が上がらない。―――ぶっちゃければ、一生に関る秘密を握られているので、逆らえない。
 小中だけでなく、高校も同じところに進み、去年はクラスも同じだった。さすがに高校からは彼女の部活動のことなどもあって一緒に登下校することはなくなったから、今年二年に上がってクラスが分かれた時、自然に縁が切れてもおかしくなかったのだが―――
 五月頃から、登下校時に妙な視線を感じる、といわれ、半ば脅されるようなかたちで、今まで二ヶ月近く学校と彼女の家の間を毎日送り迎えしている。
 それで、帰りは決まって、彼女の部活動の手伝いをさせられている。
「あー、もう………なんであいつ部活掛け持ってんだよ………雑用多いって………」
 とか言いつつ、なんだかんだでまじめに手伝って、きちんと彼女を家まで送っているのだから、相当のお人よしである。
 部活動の後、寄り道して帰っているのだから、夏とはいえ既に日は暮れている。
 空を見上げれば、もう真ん円の満月が―――
「―――ッ!?」
 見上げた先に見えた、その月に柊は絶句する。

 ―――あまりにも大きな、赤い紅い月―――

「―――なん、だ………ありゃ………?」
 呆然と、呟く。―――赤い月、というのは見たことがないでもないが、それにしても大きすぎる。見慣れた月の数倍はあるのだ。
「大気の屈折とか、そういうのか? それにしたって………」
 ぶつぶつと、首をかしげて呟いた時―――

 彼の歩いていた場所のすぐ脇―――何かの建設予定地らしい空き地に、凄まじい勢いで何かが落下してきた。





「―――あははは! ほら、さっさと“神殺し”を渡しなさいよ!」
 哄笑が、真空の世界に響き渡る。
 声の主は、まだあどけない容貌の黒髪の娘。愛らしいはずのその面に醜悪な笑みを貼り付けて、嗤う。
「―――くっ! 絶対にあれを手渡すな!」
 少女の言葉に抗って叫んだのは、一人の男。
 何かの制服のような衣服を纏った長身痩躯、声からしてまだ若い。しかし、それ以上のことを測り知るのは難しかった。なぜなら、その男の面には顔の上半分を覆う白い仮面が張り付いているから。
 その男の言葉に頷いて答えたのは、数人の男女。中には男と同じような格好―――何かの制服に仮面、という姿のものもいる。
 それは、異様な光景だった。
 一人の少女に、大の男を含めた数人が圧巻されている。
 否―――そんなことより、最も異常なのは―――
「―――コイズミ、目標は回収した! これより宇宙空間から離脱する! 早く“箒”へ!」
 一人が叫んで、仮面の男―――コイズミは頷く。
 そう、彼らがいるのは、星々瞬く真空の世界―――宇宙。
 彼は地表にいるときと同じような姿で、そこにいた。
 普通ではありえない。地表にいるのと同じ服装で真空空間などにいれば、窒息するか凍りつくか、いずれにせよ、即死亡。小学生にもわかる“常識”。
 だが―――その“常識”は、彼らにとって何の意味も持たない。
 ―――夜闇の魔法使い(ナイトウィザード)
 彼らは、常の世の法則を無視し、超常の力を持って、人知れず世界の裏側から現れる魔性を狩る者達。
 そして、今彼らの前に立ち塞がっている少女こそ、その魔性―――侵魔(エミュレイター)と彼らが呼ぶ存在。
 それも、人の姿を取っているということは、相当に力あるもの―――エミュレイターの中でも、“魔王”と呼ばれる存在だった。
 しかし今回、彼らの目的はこの魔王の討伐ではない。
 この座標に存在する小惑星に、五百年間封じられていた“あるもの”の回収。
 ―――“神殺しの剣”。
 世界に存在するありとあらゆる因果律を断ち切る力を宿すという、とんでもない魔剣。
 五百年前に、“裏切りの飛竜”と呼ばれるとあるウィザードが、とある“大いなるもの”を殺害するのに用いた剣。
 長らくの間、その魔剣の存在は時の中に埋もれていたが、つい先日、ある古墳から発見された資料から、その存在が確認された。
 元は手紙らしいその文書は、しかし破損が激しく、読み取れたのはごく一部。
 ―――“飛竜”、“神殺し”、“運命(さだめ)打ち破る力”、“剣”、“星の巫女”、“封印”―――
 しかし、それらの語群と伝わっている史実と照らし合わせて、その剣の存在を推察するのは難しいことではなかった。
 ウィザード達を導く亜神、“守護者”アンゼロットは、その剣の力がウィザードにとって貴重な戦力になると判断。また、エミュレイターにその剣が渡った際のリスクも鑑みて、早急な剣の回収を自身の抱える精鋭部隊“ロンギヌス”に命じた。
 しかし、大変だったのはここから。資料には全く封印場所を示すようなことは読み取れなかった。唯一のヒントが、“星の巫女”。
 もしや、宇宙空間に封じられているのでは、と推察し、宇宙にまつわる超常事象を専門とする組織、“コスモガード”に協力を要請。
 “コスモガード”の調査の結果、この小惑星に結界らしい魔力反応を感知。
 そして今日、“ロンギヌス”と“コスモガード”の精鋭達が共同で、未だ開発途中の宇宙航行用“箒”―――“魔法使い(ウィザード)”の乗り物は総じてこう称される―――“シルバースター”の試運転も兼ね、彼の剣の回収に来たのである。
 しかし―――そこに、どこから嗅ぎ付けたのか、一人の魔王が剣を奪おうと彼らの前に立ち塞がったのだ。
「―――逃がすと思って!?」
 仲間の言葉に“箒”へ向かうコイズミに向けて、魔王が魔力光を放つ。
「―――くッ!」
 コイズミは咄嗟に躱して―――己の失態に気づく。
 己の脇―――魔力光の向かう先には、仲間と魔剣を回収したシルバースターの姿。
「しまった!」
 叫んだ先で、防御結界の輝きが展開、魔力光と衝突する。
 光はその場で爆散、直撃を免れたシルバースターはしかし、その爆発に大きく煽られる。
「私に構うな! 離脱しろ!」
 叫ぶと同時、魔王に向かって突っ込んでゆく。
「―――っち、邪魔よ!」
 魔王はコイズミに向けて魔力光を放ち―――コイズミは、今度は避けず、防御魔法を展開して受け止めた。
 爆散―――閃光が辺りに満ちる。
 その隙に、シルバースターは、そこから離脱した。


「―――くっ! “剣”だけでも、アンゼロット宮殿に転送できないのか!?」
「だめです! さっきの衝撃で、搭載していた転移装置がやられて―――」
「くそっ! 試運転機はこれだから―――」
 何とか戦線から離脱したシルバースターの中はしかし、かなりの混乱状態だった。
 所詮、試運転機というべきか。先ほどの衝撃がかなりのダメージをシルバースターに与えていたのだ。
 それでも何とか、地球の大気圏突入までこぎつけた、その時。
「―――魔王級魔力反応、接近!」
「………コイズミ………!」
 コイズミが一人引き付けていたあの魔王が、シルバースターに追いつく。
 そして―――

 二度目の爆撃を受けた“箒”は、半ば落下するように地上に向かう。
 引き寄せられるように――― 一直線に目指すように、そこへ。
 ―――日本は東京、秋葉原の地へ。





「―――な、なんだあ………!?」
 突如、空から落下してきた巨大な物体に、柊は愕然と呟く。
「………ス、スペースシャトル………?」
 そう、落下の衝撃でひしゃげてはいるが、そのフォルムはどうみても、テレビなどで見知ったスペースシャトルそのもの。
「―――な、何でこんなもんが振って来んだ!?」
 常識的に至極最もなツッコミを叫んで―――気づく。
 ―――なんで、誰も出てこねぇんだ?―――
 相当の落下音が響いたのに―――周りの建物からは、誰も出てくる様子がない。それどころか、外を窺う様子も―――
 ―――そもそも、人の気配が、ない………?―――
 見慣れたはずの街並み、それが姿だけ同じの異境になった気がして、柊はうろたえる。
 ―――なんなんだよ、これ!?―――
 巨大な紅い月、落ちてきたシャトル、異様な雰囲気の街―――全てが柊の混乱を助長する。
 と、その時―――
「―――ッぐぅ………ッ!」
 苦しげな呻きと共に、シャトル―――らしきもの―――の残骸から、幾人かの人影が這い出てくる。
「だ―――大丈夫か!?」
 柊は我に返ってそちらに駆け寄る。―――目の前に怪我人がいるのに、呆けている場合ではない。
「すまないな………君は、ウィザードか?」
 駆け寄ってまず助け起こした男は、意外にしっかりした声でそう言った。
「………ウィザード?」
 言葉の意味が判らず、柊は眉を寄せる。その仕草で男は勝手に納得したようで、柊に聞かせる風でもなく、呟く。
「違うか………だが、この異常事態に気がふれるでもなく、紅い月の元で動けるということは、その素質があるんだろうな………」
「―――おい、何の話してんだよ?」
 柊が思わず訊いた、その時。

「―――あらら、ちょっとやりすぎちゃった?」

 軽やかな、若い―――幼いともいえる女の声が響いた。
 その声に、男の身体が強張るのを、支えていた柊は感じ取った。
「………来たか………!」
 低く呻く声も、堅い緊張の色。剣のある眼差しを空へ向ける。
 柊も、意図せずその視線を追って―――目を見開く。

 ―――虚空に、少女がいた。

 長い黒髪を緩やかに揺らす、柊よりも三つ四つ幼く見える少女。彼女は何の足場もない宙に、確かに浮かんでいた。
「まさか肝心の“神殺し”までオシャカになってないでしょうね? まあ、それならそれでいいけど」
 少女は地に突き刺さるようにひしゃげたシャトルを一瞥し、面白くもなさそうに言う。
「―――マ、マジック………か?」
 浮かぶ少女の姿に、柊は思わず呟く。だが、そんなものでは―――種や仕掛けによるものではないと、胸の奥の何かが叫んでいる。
 その声は、こうも叫ぶ。

 ―――“あれ”は、危険だ―――

 相容れないもの、人とは根本的に違うもの―――人に仇為すものだと、叫ぶ。

 本能の警鐘―――それに従い、柊は後退りかけ―――自身が、怪我人を支えていることに気づく。
 怪我人を放り出して逃げるわけにはいかない―――その思いで何とか踏みとどまった、刹那。
「―――君は、逃げてくれ」
 言って、その支えていた相手の方が、柊から身を離した。
「な、何言ってんだ! あんたふらふらじゃねぇか! 他に怪我人もいるのに………あいつ見るからにやばそうだしっ………!」
「―――“あれ”が危険だとわかるなら、なおのこと逃げろ!」
 柊の抗議に、男は怒鳴りつける。
 柊は一瞬怯み、しかし、即座に怒鳴り返す。
「怪我人放って、ただ逃げられるか!」
 その言葉に―――真っ直ぐに見返すその眼に、男は何かを感じたのかのように言葉を呑み―――
「………では、これを持っていってくれ」
 言うと、虚空に手を伸ばす。拳を握って引き寄せた時、その手には、一振りの長剣が現れていた。
 ―――柄に輝く真紅の宝玉、その先に伸びる白銀の刃。
「………これは………?」
「―――あいつの狙いはこの魔剣だ。これは決してあいつに―――あいつらに渡すわけにはいかない」
 言いながら、男は柊に剣を手渡す。と―――
「あら、あんたが持ってたんだ」
 少女が柊に手渡された剣を見て嗤う。
「ねぇ、お兄ちゃん。それ、あたしにくれたらあんただけは生かしてあげても―――」
「―――《ヴォーテックス》!!」
 言いかけたその言葉を遮って、男が掲げた手から漆黒の闇を放つ。
 同時に、柊を背後に―――少女から引き離すように突き飛ばし、叫ぶ。
「その剣を輝明学園の校長の元へ! 彼なら事情を察してくれる!」
 柊は、突き飛ばされて転びかけたのを何とか立て直し、頷きかけ―――

 ―――だめだ―――

 それを、留める声が、あった。

「何をしている! 早く行け!」
 立ち尽くす柊に、男が焦れて叫ぶ。
 男の様子からして、彼らではあの少女には敵わない。このまま自分がここに留まれば、この剣はあの少女に奪われる。
 そう、思って、柊はその場から駆け出そうとして―――

 ―――逃げるな!―――

 胸のうちから響いた叫びに、足を止めた。

 ―――男達の願いだからとか、このままでは剣が奪われるとか、そんな言葉に逃げるな!―――

 柊は目を見開く。―――そうだ、自分は今、ただ逃げようとした。

 ―――あの少女が狙う剣を持っているのは自分。このままここに留まれば、自分が狙われる―――

 ―――ここで男達を犠牲にして逃げても、男の頼みで剣を守ったと思えば、罪悪感は薄れるから―――

 色んなものに言い訳して、ただ逃げようとしたのだ。

「―――冗談じゃねぇ………」

 呻いて、手渡された剣の柄を強く握る。
 睨むように、闇の残骸から再び現れた少女を見据える。
 決意と共に―――男に告げた言葉を、繰り返す。

「怪我人放って、ただ―――逃げられるかぁ――――――ッ!」

 叫んで、魔剣を振りかぶり―――駆け出した。





 真っ直ぐにこちらを見返す瞳に、圧された。
 この少年は、きっとただ逃げろといっても決して逃げない。そう、悟って。
「………では、これを持っていってくれ」
 言って、己の月衣から、そこに納めた魔剣を引き抜いた。
 ―――“神殺しの魔剣”。
「………これは………?」
「―――あいつの狙いはこの魔剣だ。これは決してあいつに―――あいつらに渡すわけにはいかない」
 言って、少年に剣を手渡す。
 ただ逃げろといっても、正義感、もしくは義侠心の強そうなこの少年は、きっとできない。
 なればこそ、これを守って、届けて欲しいと―――そう言い換えればきっと、断らない。
 そう、思った時―――
「あら、あんたが持ってたんだ」
 魔王が、少年に手渡した剣を見て嗤う。
 ―――この魔王は、自分達には倒せない。
 この“闇夜の魔女”は力はそれほどでもないが、満月の夜でしか倒されないという、妙な因果律を持っている。今日はあいにく、新月だ。
 ―――因果律を破る剣を手にしながら―――
 男は歯噛みする。だが、この魔剣は自分達には扱えなかった。
 ―――魔剣は、自ら主を選ぶ。
 そうして、その主にしか、己の真の力を示さない。
 男の葛藤など知らぬげに、魔王は少年を惑わす言葉を紡ぐ。
「ねぇ、お兄ちゃん。それ、あたしにくれたらあんただけは生かしてあげても―――」
「―――《ヴォーテックス》!!」
 言いかけたその言葉を遮って、掲げた手から漆黒の闇を放つ。
 同時に、少年を背後に―――魔王から引き離すように突き飛ばす。
「その剣を輝明学園の校長の元へ! 彼なら事情を察してくれる!」
 少年は二、三歩たたらを踏んで、何とか踏みとどまると、男の言葉に頷きかけ―――硬直する。
「何をしている! 早く行け!」
 焦れて、促すように叫ぶ。少年は我に返ったように駆け出そうとして―――再び、踏み止まった。
 その瞳が、何かに気づいたように、見開かれる。
「―――冗談じゃねぇ………」
 呻くように、少年が言う。
 ぎりっ、という音と共に、手渡した剣の柄を握り締めた。
 真っ直ぐに、射抜くように、闇から再び現れた少女を睨み据える。
 そうして、先ほど男を気圧した言葉を、叫んだ。

「怪我人放って、ただ―――逃げられるかぁ――――――ッ!」

 絶叫と共に、少年は今度こそ駆け出す。

 ―――倒せるはずもない、魔性へと向かって。

「―――止せ、無茶だ―――――ッ!?」
 叫びかけた、男の声は、

 少年の手元から放たれた赤い紅い閃光に、遮られた。





 手にした剣の柄から―――そこに埋まった宝玉が閃光を放った。
 途端、どこか冷たく拒むようだった柄の感触が、手に吸い付くように馴染むものへと変わる。

「―――なに!?」
 目指す少女が驚愕の声を漏らした。
 ついで、慌てたように掲げた手に光を集わせる。

 ―――しかし、そのどちらも構わず、柊は走る。

 少女の―――少女の姿をした魔性の手から、己目掛けて光が放たれる。しかし、不思議と恐怖も焦りも心に生まれない。
 凪いだ心に湧き上がるのは、一つの言葉。
 ―――右に―――
 湧き上がった言葉に従い、僅かに進路を右にずらす。光は彼が先ほどまでいた空間を空しく灼いただけ。
「―――このっ!」
 むきになったような声と共に、魔性が次々光を放つ。
 その度に柊の胸に言葉が湧き上がり、それに従えば、光はどれも空しく虚空を灼くだけ。
 その胸の言葉は、もしかしたら柊自身のものではなく、手にした魔剣のものかもしれなかったけれど―――手にしっくりとなじんだその刃は、既に彼の一部で。
 だから―――どちらにせよ、同じこと。
 “彼”のうちから来る言葉に、変わりはない。

 その言葉は命じる―――()の魔性を斬れ、と。
 その言葉は告げる―――自分ならできる、と。

 だから、柊はその言葉に従って、地を跳んで、地に突き刺さった残骸を蹴り上がり―――虚空に留まる魔性へと飛ぶ。

「―――ば、ばかな―――――ッ!?」

 驚愕に満ちた、その声ごと―――

 振るった刃は、その魔性を断ち斬った。





 眼下に青い星を臨む、どことも知れぬ亜空間。そこに浮かぶ、一つの巨城。
「―――()の魔剣が、主を選びましたか………」
 部下の報告を受け、城の主───アンゼロットは小さく呟いた。
 穢れを知らぬかのような銀の髪、清楚な面立ち。あどけなさを残した容貌ながら、そこはかとない威厳を纏う少女は、一つため息を吐く。
 “神殺し”の力―――それが、ウィザードの側の手に入ったのは喜ばしいこと。
 しかし―――
「―――その少年、あなたはどう見ましたか?」
 アンゼロットの言葉に、その少年と直接話したコスモガードのウィザードは、一言。
「愚直―――ですね」
 笑って言う。
「退けといわれて退けない、転じろといわれても前しか向けない。後ろに、守るものがある限り―――そんな印象でした」
「―――そう………」
 アンゼロットは頷いて、苦笑する。
「その性格では、ロンギヌスには向きませんね」
 ロンギヌスはアンゼロット直下の精鋭部隊、アンゼロットの命のまま、アンゼロットの意のままに動く手足。
 その言葉に、男は笑う。
「では、うちで引き取っても構いませんか?」
「ええ―――その代わり、こちらの協力要請には応じてくださいよ?」
「勿論です、白鳥氏にも異はないでしょう」
 日本支部代表の名を上げて、男は笑って快諾する。
 あまりにもにこやかな男に、アンゼロットは少し意地悪げに言う。
「そんなに喜んでいていいのですか? ()の“裏切り者”が残した剣、いかにその少年が真っ直ぐでも、いつ主を惑わすかも知れませんよ?」
「彼は、何かに惑わされるようなタマじゃないですよ」
 あっさり返されて、アンゼロットはため息を吐く。
「随分、買ってますのね」
「命の恩人ですから」
 笑って、男はふと思いついたように言う。
「そうだ―――彼に、二つ名を考えてあげようと思っているんですが………何か、いい名はありませんか?」
 問われて、アンゼロットは軽く目を見開き―――どこか悪戯げに笑って、答えた。

「では―――“裏切りのワイヴァーン”、と」

「―――それは………」
 男は一瞬目を見開いて、笑う。
「では、そうしましょう。―――しかし、アンゼロット様も存外皮肉屋ですね」
「あら、失礼な。同じ轍を踏まぬよう、訓戒のつもりですのに」
 さも心外、といえば、男は苦笑して、
「そうですか―――では、私はそろそろ、失礼いたします」
「ええ、また」
 アンゼロットの言葉に送られて、男は退室する。
 残された幼くも麗しい姿の女神は、一人、目を伏せる。
「―――“強くなって、戻ってくる”………ですか」
 “裏切りの飛竜”が遺したという言葉。
 五百年前のその事件に、アンゼロットは関ることがなかった。だから、その男がどんな人間だったのか知らない。
 だから、他の者が言うように、その言葉は怨嗟の声だと思っていた。
 けれど―――

「あなたが求めた強さは、他者に打ち勝つためのものではなかったのかもしれませんね………」
 呟いて、銀の女神は謳うように告げる。

「―――“裏切りのワイヴァーン”よ、裏切りなさい」

 ―――()の言葉を、怨嗟と聞いた者達を―――





 魂は、再び巡る。時は繰り返そうとする。
 それでも―――

 一人の男が定めた決意が―――
 二人の娘が遺した剣が―――

 ―――未来を拓いて、変えてゆく。





Fin.

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