卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

第01話

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<Predawn>


 夜の帳が落ち、高層ビルの明かりが照らすだけの、ほとんど光源のないその部屋には、一人の男がいた。
 彼は高級そうな机につき、ただ人を待つ。
 ほどなくして、部屋のドアが2、3度ノックされて開かれる。その戸を開けたのは、140センチ半ばくらいのやや小柄な少年だった。
 薄めの茶色の髪、悪い目つき。輝明学園の秋葉原校中等部制服。親子と言っても頷けるほどの年齢差のあるその少年は、男の待ち人でビジネスの相手でもある。
 こんな子どもを相手にこれからさせることを考えると、やはり気が重い。
 彼がさせようというのは命のやりとりだ。けして、本来ならばこんな子どもを巻き込んでいいところではない。
 しかし仕方がない。彼がもっとも適任だと、すでに結論は出てしまっている。
 そんな気持ちを知った様子もなく、少年は呆れたように呟く。

「目ぇ悪くなるぜ、明かりくらいつけたらどうなんだよ」
「……毎回、君には同じことを言われている気がするな。
 すまないね、少しだけ感傷にひたっていただけだ。すぐにつけよう」

 明かりが点されると、その部屋が趣味のよい調度に包まれていることがわかる。
 もっとも、少年には上流階級的な知識がないためそんなことはわからないのだが。

「その台詞も毎回同じだから飽きてきたんだけど」
「そういじめないでくれ、これでも繊細なんだ」

 そう苦笑しながら言う男に、ため息をつきながら少年は言う。

「ともかく、依頼ってことは仕事なんだろ? 場所と内容、さっさと言ってくれよ」
「いいだろう。今回は―――」



<boy meets woman>


 補佐官ー、という声が響く。それが自身を呼ぶ声なのだと気づき、彼女―――ミリカ=シュトラウスは藍色の髪のポニーテールをゆらしながらそちらを向いた。

「どこかへ行かれるんすか、補佐官」
「うん。迎えに行けって隊長から言われたの」

 声をかけてきたのは、今回の作戦の部下だ。ミリカによく懐いている魔術師で、ダンガルドを卒業後すぐにシュトラウスに登録した娘である。
 『シュトラウス』というのは北欧を拠点としているウィザード専門の傭兵組織だ。
 絶滅社が傭兵斡旋会社の中にウィザード部門を持つのに対し、『シュトラウス』はウィザード専門の傭兵組織。
 規模は小さいものの、欧州では知らぬ者なきウィザーズ・ユニオンである。
 彼らはウィザードとして侵魔を狩り、夜を駆け、世界を守るのを大本とする。その総指揮をとるのはシュトラウス家の後継者だ。
 ミリカはシュトラウスの娘であるため、指揮官に近い位置に送られることが多い。
 しかし、それで彼女が努力をしていないわけではない。彼女が卓越したウィザードであることは部隊の全員が知っている。
 三つ編みに銀縁メガネの娘は、たずねた。

「迎えにって……誰を? 本国から増援でも来るんすか?」
「んー、なんだっけ。確か、コスモガードのとある支部から遊撃部隊のウィザードが来るらしいよ」
「コスモガード、すか? あそこは確か宇宙関係の侵魔に対応するのがメインで、今回は普通に魔法災害(マジカルハザード)じゃないすか。
 それがなんでこんなところに派遣が決まるんすか?」
「ほら、あそこって科学的に宇宙に関わる一方で星詠みなんかも未だにいるじゃない。
 その支部にいる星詠みが予見でもしてたんじゃない?」

 昔から星の運行は天脈とも呼ばれ、洋の東西を問わず標を示すものとして見られてきた。
 宇宙に行った者のその後の異常生活の話なども聞いたことのあった娘はそんなものすか、と納得する。
 合流地点へと歩むミリカに話しかけながら彼女も同じ方へと歩き出す。ミリカについてくるようだ。彼女としても特に止める意味がないと思ったのか、止めはしない。

「というか、そんなウィザードを派遣されても困りますよね。
 こちらより数が多いわけでもないっしょうし、連携を乱すようなことがあれば支障をきたします」
「けど、ウチも軍隊っていうより寄せ集めだしねぇ。そんなに気にすることもないんじゃない?」
「それはそうかもしれませんが……あぁ、そうだ補佐官。その『とある支部』ってぇのはどこの支部なんすか?」
「えー? たしか、日本だったかな?」

 ミリカの言葉を聞いて、娘の動きが止まる。にほん、すか。と呟いて彼女は表情を堅くする。
 ミリカは不思議に思いたずねる。

「どうかした?」
「日本、って言ったらあれすよね。極東の島国の」
「そこ以外に日本っていう地域を私は知らないけど。それがどうかした?」
「だって、日本って言ったら世界でもぶっちぎりの人外魔境じゃないすか。
 年に一度は世界滅亡の危機の発信地になる国なんてあそこ以外にどこにあります? ちょっと怖いなぁ、どんなバケモノが来るんすかね」

 本当に怖がっている様子の娘を見てミリカがくすりと笑い、日本に対するその(酷く失礼な)先入観を解消してやろうと声をかける、その一瞬前。

「……バケモノで悪かったな」

 少し低めの男の声がした。
 二人があわててそちらを見ると、そこにあるのはぴこんと風に揺れる、茶色く染まった一房の毛。
 目線を下にずらすと、なにやら微妙そうな表情をしている目つきの悪い無愛想な東洋人の男の子供が一人。
 酷く嫌な予感がするものの、ミリカは問うた。

「え、えーと……君は、なに?」
「……なにって聞き方もすげーな、ねーちゃん。
 会話ができるみたいだから聞くけどよ、しゅとらうすってゆーのはねーちゃん達か?
 コスモガードの日本支部からよこされた、柊蓮司だ。よろしく」

 少年―――柊蓮司はどこか困ったような表情でミリカを見た。



<Concert>


 悪態をついて、通話状態でなくなった0-Phoneの向こうへ呪いの言葉を吐く大男。
 頬には傷があり、いかにも歴戦の勇士と言わんばかりの風貌の男は、この村に派遣されてきたシュトラウスの指揮官兼責任者・ラルフ=ヘーゲンだ。
 ラルフの激昂ぶりは周りの人間が近寄ろうと思えないほどだった。
 彼は直情的であるものの、部下にはフランクに付き合うことで知られている。少し頭に血が上りやすいところはあるが、そんなところも部下としてはわかっているはずだ。
 そんな彼が、周囲の人間を近づかせないほどの怒りを顕にしたせいで近づけない、というのは珍しいことだった。
 彼は、怒りのもと―――と言っても、その直接の原因ではないのだが―――に近づく。
 怒りのもととなった少年は、しかしその怒りをわかっているのかいないのか無愛想な表情を崩すこともなく真っ向からラルフを見る。
 ラルフは言う。

「おい、ガキ。お前とんだ上司に付き合わされてんな、任務終了までお前は返すなだとよ」
「だろーな。だから言っただろ、ムダだって」
「あぁ。一度派遣を決めた以上は他勢力の圧力に屈して派遣を取り止めてたら組織としての面子が保てねえっていうのはわかるさ。
 だがな、お前みてぇなガキを戦場に立たせるほど俺らは腐ってねぇんだよっ!」

 ばんっ、と破裂するような音を立てて、ラルフが壁に拳をたたきつけた。
 音に驚いた様子もなく、少年は男を見返す。その諦めきったようにも見える表情を見て、ラルフは何も言わずにのしのしと部屋を出て行った。
 少年―――柊は、ため息をついた。
 それを見て、その部屋にいた最後の一人であるところのミリカが彼に声をかける。

「隊長のこと、悪く思わないであげてね。怖いところもあると思うけど、悪い人じゃないから」
「わかってる。あのおっさん、俺みたいなガキが戦場に立って死んでくのなんか許せないだけだろ」

 そう言って、柊は少しだけ嬉しそうに微笑いながら部屋の外へ向かう。
 子どもだと侮られるのは心外だが、子どもだからと心配してくれる大人は嫌いではないのだ。
 侮るのと心配するのは違う。彼にだって守りたいものがあるから、その気持ちはくすぐったくもありがたい。
 ミリカはあわててたずねた。

「ちょ、ちょっと待って。どこに行く気?」
「外に行こうかと思ってるけど、どうかしたか?」
「待ってってば。君、今ここがどういう状況かわかってるのっ!?」
「一応頭じゃわかってるつもりだ。
 ……っつか、アンタがヒマなら付き合ってほしいんだけど。俺はこの辺よく知らないし」

 そう言われて放っておくわけにもいかず、ミリカは少年の後を追った。


※   ※   ※


「結局、作戦の開始はあさっての昼間ってことなんだな?」

 閑散とした村を歩きながら、柊がたずねる。それに応じて頷きながら、ミリカは内心この少年が何者なのかに対して自問自答を繰り返していた。
 柊が外に出てしたことは、ベースとなっている村の地形を把握することだった。今はそれも終わり、周辺の森を歩いている。
 今回の事件の発端は、とある魔術師の知的好奇心の暴走だった。
 彼は合成獣の研究の権威だった。生物同士を融合させ、より高みに在る存在を作ろうとしていた。
 その結果生まれたのは、食らったもの全てを融合し、己の力と化す暴食の王。シュトラウスはそれを『gula』と命名。七つの大罪の一つ、暴食の意である。
 その合成獣に戯れに犬の死骸を食わせてみたところ、創造主である魔術師を食い、暴走。
 近くにあったこの村の生あるものを全て食らっているところを、近くにいたシュトラウスの一団に見つかり結界弾により動きを封じられることになった。
 結界弾により村から出ることはなくなったが、可及的速やかにこれを処分する必要がある。そこで現場の一団は本部に連絡を取り、ラルフ率いる小隊が動くこととなった。
 結界による封印の効果が切れるのと同時に殲滅を開始する、それが作戦の全てだった。
 ミリカは困りつつ頷く。

「う、うん。けど、君はなんでこんなことしてるの?」
「戦場で地形の把握は当然だろ、ねーちゃん達もキャンプ張ったのが今日の朝なら村の探索の一つや二つやっといた方がいいんじゃねぇの?」
「確かにそうだけど……君、どっちかっていうとそれが目的じゃないんじゃない?」

 彼女がそれを聞いたのは、少年が燃え尽きた家々の一軒一軒を、目に焼き付けるように見ていたからだった。
 その顔には何も浮かんでいないように見えた。その表情は、この年の子供にしては酷く不似合いで。
 そして彼は、大量の血痕の傍にあったおもちゃのペンダントを、宝物を拾うようにひろってポケットにいれたりしていた。
 一連の行動は、地形の把握と言い切るにはあまりに感情に満ちたものだったような気がしたのだ。そしてそれは当たっていたのか、驚いたように目を見開く柊。
 ふてくされたように目を細めつつ、彼はぼやく。

「……たんにガキだな、と思っただけだよ」
「どういうこと?」
「わかってるんだ。
 俺の力なんかちっぽけなもんで、守れるもんなんか限られてて、背負えるもんなんかほんとに少ししかないんだって。
 それでも。もしこの手が届いたなら―――いや、手が届くなら助けてみせるのにって」

 それは、どこか寂しそうな、なにか大切なものをなくした目だった。
 彼女もシュトラウスの娘。それこそ、物心ついた時からたくさんの傭兵を見てきた。
 傭兵課業というのは、それぞれすねに傷を持つものが多い。そして、その内でも多いのが、この目をする人間だったように思う。
 人外との戦闘を続けていく人間達は、いつ命を失ってもおかしくはない。
 そんなことは日常茶飯事だし、戦いを続けるもの達のほとんどは自分の命がいつ失われてもおかしくないという覚悟がある。
 けれど、それはあくまで自身の覚悟だ。他人が消えてしまっても、何の感情も抱かずにいられる人間は少ないだろう。
 と、不意に柊が何かに気づいたようにまったく異なる方を見た。
 ミリカはたずねる。

「ど、どうしたの?」
「……声が、聞こえる気がする」

 え? とミリカが聞き返すよりも早く、柊はその場から全力で駆け出す。
 切実な、いっそ悲痛なまでの声。『たすけて』と、今にも泣き出しそうな声がした気がしたのだ。助けを求められている、とわかった瞬間、駆け出さずにはいられなかった。
 森の中にも関わらず、その動きが阻害された様子はない。まるで動物のような動きに、ミリカは目を見張る。
 人狼か何かなのかとも思ったが、その特徴たるしっぽも耳も見当たらないため、これはもともとの彼の身体能力なのだと知る。野山を駆け回っていた経験でもあるのだろう。
 その背中を追いかけていたミリカが追いついた時、柊は切り立った崖の下に立っていた。

「待ってよもう、君足速いんだから」
「ここからだったと思うんだけど、声」
「声? 私には聞こえなかったんだけど……」
「……そっか。それはともかくとして、ここの奥に人がいるのはホントみたいだぞ」

 言われ、ミリカもプラーナを感じようと目を細める。
 すると、確かにこの崖の奥から微弱ながらプラーナを感じる。

「ほんとだ。けど、こんな崖の奥にどうやって……」
「これだろ?」

 そうやって柊が指すのは小さな穴だ。
 ミリカでも通り抜けるのが難しそうなその穴に、柊はすたすたと近づいていく。

「ちょ、ちょっと待ってってば! 君どうするつもりなのっ!?」
「言ったろ? 手が届くなら助けてみせるってよ」

 そう言って不敵に笑い、ミリカが止める間もなく彼はするりと穴の中に滑り込んだ。

 泣いてる顔は見たくない。誰かが悲しむことなんかあってほしくない。
 だから―――彼は手を伸ばす。自分がそれを見たくないから、とうそぶいて。



<Invasion>


 ベースに帰ってきたミリカは、柊の左手に白い包帯をぐるぐると巻いていた。
 救護室にいるのは柊とミリカだけではない。柊よりさらに小さな、10歳に届くか否かというところの少女と少年がいた。
 彼らは柊が潜った穴にいたのだという。
 彼らを連れて出てきた柊は左手が血に染まっていた。何があったのかと聞いても、柊はそこで転んだとしか答えなかった。

(どう見ても刃物を握って止めたようなケガなんだけどね)

 そんな嘘でだませるとは彼自身思っていないだろうけど、とミリカは内心で付け加える。
 しかしその対応はミリカとしては好みではないため、ほんの少し嫌がらせの意味も込め、包帯を巻き終えた手を(彼女視点で)軽く叩く。
 柊はみぎゃっ、と猫のような悲鳴を上げ、目の端に涙すら浮かべ抗議した。

「いってーな怪我人だぞこっちはっ! 何すんだねーちゃんっ」
「男の子でしょー? これくらい我慢しなさいって」

 そう言いつつ、彼女は包帯の上から手を掲げて力ある言葉を解放する。

「高きより人の子を見守りし女神よ、我が友の傷を癒したもう……<アイ・オブ・ゴッデス>」

 包帯を柔らかな金色の光が包み込む。
 やがてその光は消えたが、ミリカはその目を厳しいものから変えることはなかった。

「一応癒しの魔法はかけたけど、あんまり無茶はさせないようにね。
 明日になったら包帯とってもいいけど、今日中は絶対取らないこと」
「わ、わかった。約束する」
「素直でよろしい。
 とりあえず、話を聞かせてくれる? 君が話し終わったらここにある君の分のご飯をあげるから」

 言いながら、ミリカは連れてこられた少年少女に白パンと野菜スープを渡す。
 むー、と子供らしくふてくされる柊はとても年相応に見え、思わず笑ってしまう。

「なんで俺に聞くんだよ、本人達に聞けばいいだろ」
「君に聞いた方が早いと思ってね。ある程度聞いて推測が終わったら本人にも話を聞くよ」

 ほらほらご飯食べたくないのー? とからかうように言うミリカ。
 柊は、しばらくふくれっつらをしていたがやがて観念したかため息をついた。
 言葉はわからないながらも、大体の身振りや片言の英語っぽい会話とで把握した状況を話す。

「村がでっかい何かに襲われて、火に包まれる家から親が逃がしてくれたんだと。
 しばらく家の周りで親を助けようとしたんだけど、怖くなってばらばらに逃げちまって、森に逃げ込んだらしばらくして合流できた。
 んで、村の近くで遊んでて見つけた穴に逃げ込んだのが昨日の夜。姉貴の方が持ってたチョコレートで食いつないでたらしい」
「……そう。それじゃあの子達は、この村のたった二人の生き残りってわけか。
 それも、君がいなかったらあの子達は結局飢えで死んでたかもしれなかったんだね。ありがとう」

 自分達の部隊の非を認めるようにミリカが礼を言うと、照れたのかぷいとそっぽを向く柊。
 どうやらこの少年、真っ向から純粋な感情を向けられるのが苦手のようだ。そんな様子を見て苦笑するミリカに、じろりと苦虫を噛み潰したような視線を送る。

「……なんだよ、何かおかしいことでもあったか?」
「ううん。君って優しいんだなって思って」
「うるっせぇなっ。ほら、夕飯よこせ夕飯っ!」

 電光のようなスピードでミリカがキープしていたトレイを奪い取る柊。
 あっという間の出来事に目を丸くするミリカを尻目に、彼は食事を始める。
 もう、とミリカはため息をついて、少年少女の方へと向かう。

「いきなりこんなところに連れてきてごめんね?
 わたしはミリカ、君たちの名前もおしえてくれる?」

 そう笑顔で聞いたミリカをじっと見て、少女が答える。

「……わたし、リアラ。こっちは弟の、リィン」
「リアラちゃんとリィン君、ね。リアラちゃんたちは、この村の人以外に知り合いはいる?」
「わかんない。村から出たことなかったから。ね、リィン」
「うん。ぼくたちむらからでたことなかったよ」

 こくこく頷いてそう言うリィン。ミリカが再びリアラに話を聞こうとするが、リィンはそんなことを気にもせずにぱたぱたっ、と駆け出した。
 ミリカの視線がリィンを追うと、彼は柊の服―――輝明学園の中等部制服だ―――のすそをひっぱり、懸命に何か訴えていた。
 しかし、柊は当然純正な日本人で。トルコの公用語など理解できるはずもない。翻訳機の類を持っていないのか、彼はミリカに助けを求めた。

「ねーちゃん、ちょっと助けてくれー。俺こいつが何言ってんのかさっぱりわかんねぇ」
「はいはい。それで、リィン君この目つきの悪いお兄ちゃんに何か用なの?」

 月衣があるためウィザードが何を言っているかはわかるわけで、ミリカのあまりの言いように内心愚痴をもらす柊。
 しかし彼女はそんなことは構わない。リィンはなおも柊の制服のすそを引っ張りながらミリカに言う。

「このおにーちゃんのポケット。これ、おねえちゃんのペンダントなの」

 ミリカがそのまま伝えると、柊はポケットからチェーンがはみ出していたペンダントを取り出す。
 これか? と問うと、リィンは目をきらきらと輝かせて首を上下に振る。
 リィンに手渡せば、彼はそれをリアラの前へと走って持っていく。リアラは一瞬驚いたような表情をして、すぐに笑顔に戻った。
 それを微笑ましく見ているミリカに、柊は真剣な表情で言った。

「おい、ねーちゃん。そいつらの検査とか一応した方がいいんじゃねぇの?」
「検査? ……あぁ、結構ハードだっただろうしね。そうだね、必要かもしれないね」
「んじゃ、ちょっとたのむな。俺は外に出てくる」
「ちょっと。もう日も落ちてるし、子供の一人歩きは認められないわよ」
「大丈夫だよ、10分くらい村の中うろついてくるだけだし。心配なんだったら昼間一緒にいたちっこいメガネのねーちゃんつけりゃいいだろ。
 ―――それに、いくら年下だからって女の着替え見るのはまずいだろうし」

 頬を赤く染めてそっぽを向く柊。
 確かにそれもそうかもしれない、と納得して、ミリカは責めるようなまなざしから一転、面白いおもちゃを見るように目を緩ませて言った。

「それじゃあ仕方ないか。わかったけど、あの子からも逃げたりはしないようにね?」
「わかってるよっ」

 そう語気荒く言い、柊はばたんっと勢いよく3人のいる扉を閉める。
 それと同時に爆笑するミリカの声を聞きながら、なんなんだあのねーちゃん、と毒づいて―――視線を力強いものへとシフトさせる。

「―――俺のかんちがいなら、いいんだけどな」

 そう呟いて……彼は拳を強く握り締めた。



<Fugal>


 まったく、楽なものだと『それ』は闇の中で笑った。
 得るものを得るべくその現場に行ってみれば、忌々しい人間共が『それ』のほしいものを封印しようとしているところだった。
 ほしいものはやや大きく、『それ』が手に入れるには少々の時間を要する。
 しかも結界というものが何よりも苦手だった『それ』は、仕方なく近くにあった死に体の精神を食らい、傷を治して活動できるように調整し、隠れることにしたのだ。
 誰もが寝静まった後、『それ』は行動を開始する。結界を破壊するために必要な準備をするためだ。
 いかに破壊する力が弱かろうと、『それ』はこの世にあらざるもの。準備さえすればあの程度の結界を崩すことは造作もない。
 白い白い月の輝く夜の瀬に、『それ』は結界に向けて歩を進め―――

「そこまでだ」

 強い意志を込めた声に、その足を止められた。

「夜中にガキの一人歩きは薦めねぇぞ。戻れ」

 その言葉に言い返そうかと思ったが、この相手には殻の言葉が通じないことはわかっている。
 かと言って、『こちら側』の言葉で話せば相手にこちらの素性がバレてしまう。そのため、どうすべきか考えながら曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。
 しかし相手は無愛想な表情のまま、話しかけてくる。

「どうせ俺のしゃべってることわかってんだろ? いい加減猫かぶんのやめたらどうだよ」

 その言葉に、背筋を凍らされたような気がした。
 この相手は気づいている。何故だかわからないが、自分の正体に気づいている、と『それ』は思う。
 『それ』が死体に入っていることを、訓練された傭兵の群れの誰一人として気づくことはなかったというのに。
 どうしてこんな所にいるのかもわからない、『それ』の今の体とそう変わらない様子の東洋人の子供。
 ウィザードの素質を持っていたがために、殺そうとナイフを取り出した、その一瞬でナイフの刃をつかんで止めて見せた、異様ながらもただの子供のはずの子供。
 じり、と後ずさる『それ』に、特に表情を変えることもなく右手を横にかざす。おそらくは月衣から何かを取り出そうとしているのだろう。
 敵とはいえ子供、対処できなくもないと思った『それ』は、会話によって意識をそらそうとする。

「なんで気づいたの? お兄ちゃん」
「ペンダント。あのペンダントな、血だまりの近くに落ちてたんだ。ペンダントにも、血が飛び散ってた。
 ……どう考えても、子供の体から出たなら致死量だった。それが決定打だな。
 一応、初めてあった時にも殺意がちらっと漏れてたぜ。弟守るためならそんなこともあるかと思ってたんだけどな」
「そう。それで、私を殺すの?
 お兄ちゃんに殺せる? それに、『私』が殺されればリィンはどうなるかわかってるでしょ?」

 小賢しいが子供は子供。結局そこまでの覚悟はないだろうと罪の意識を逆なでする。
 しかし。―――少年は。苦い表情を飲み込むように歯を食いしばり、その悪魔の問いに答える。

「殺す。
 その姿の主は死んでるんだ、これ以上死んだ奴を振り回すことは俺が許さねぇ。
 それに、弟が自分の姿をした誰かにだまされてるなんて、死んだそいつが悲しすぎるだろ」

 その決意に、『それ』はぞくりと背筋を逆なでられた。
 今のは失敗だ。この少年の覚悟を決めさせてしまったらしい。ならば、殺しあうしか道はなくなる。
 けれど、頭の中で警告音が鳴り止まない。相手は子供で、どう見てもこのベースにいる傭兵ほどの力はないだろうと理性は訴えるのに。

 ―――彼女は、少年に勝てるイメージを抱けなかった。

 じわり、と止まらない悪寒に頭を支配されそうになったその時。
 全てをぶち壊す轟音が響いた。







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