卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

第02話

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<awaking>


 すさまじい轟音と地響き。村を揺らすそれに、シュトラウスの精鋭たちが気づかないはずもない。
 ミリカはオペレータールームに駆け込みながらオペレーターに鋭く声を放つ。

「何が起きたのっ!?」
「こ、これは……っ! 『gula』、結界を突破しましたっ!」

 信じられない言葉に、一瞬部屋が騒然とする。それを黙らせたのは、鈍く太い男の声だった。

「うるっせぇ静かにしやがれっ!!」

 このベースの最高指揮官たるラルフの声に、水を打ったように静まりかえる室内。
 それを見やり、彼は小動物なら一睨みで心臓を止めてしまいそうな凶悪な目線を投げてオペレーターに問う。

「―――それで? 結界弾は明後日まで持つはずだったんだろ、なんで2日も早まってんだ」
「報告しますっ。結界の有効期限についての試算ですが、これは結界を張った後の経過を観察した結果、今朝に試算を出したものです。
 そして、結界を張った後目標、『gula』は一切の身動きをとっていませんでした」
「つまり、暴れてなかったから長く保つと試算が出てただけで、実際はいつでも破られる可能性があったってわけか。
 情報部の連中、終わったら雪中行軍やらせてやる」
「賛成。ついでに雪中迷彩服のポケットというポケットに5kgの錘をいれてやりましょう。
 それで部隊長、指示をお願いします」

 ミリカが意識を切り替えさせるようにそうラルフに声をかける。
 ラルフはわかっている、と呟き30人ほどの部隊員に向けて、告げる。

「野郎共っ! ちょっとばかし気の早ぇ馬鹿のお出ましだ!
 サンタクロースみたいに真っ赤にデコレーションしてやろうぜ! 各員装備確認と同時にチームごとに集合! 1分以内に済ませろ!
 アルファ、ベータは村の東方向へ! 狙撃隊はあらかじめ言っておいた狙撃ポイントで俺の命を待て! 衛生術士隊はここで待機!
 残りの連中は正面突破に備えて陣形を組んでベース前に立ちやがれ!」

 了解っ! と異口同音に傭兵達は言い、オペレーションルームから出て行く。
 ラルフは、オペレーター以外に部屋に残ったミリカに向けて声をかける。

「さて行くか補佐官どの。フォローよろしく頼むぜ」
「わかってますよ。……あ、その前にちょっと心配なことがあるんでいいですか?」

 何かに気づいた様子のミリカがそう声をかける。ラルフが何のことかわからないというように目を見開く。
 それに苦笑を返しながら、彼女は言った。

「いえ、ちょっと目を離したくない子がいまして。その子を捕まえたらすぐ行きますから」



<crimsonair-darknight>


 激しく揺れる村。それに動揺したのは、さきほどから睨みあっていた柊もだった。
 一瞬の思考の空白。それは、目の前の相手から注意が逸れることでもあった。侵魔はいっそいさぎよいほどきびすを返し、その場から思い切り駆け出す。
 一歩遅れて柊もその後を追う。この村に起こっている異変が何かわからないことに悪態をつこうとして―――すぐにその原因に行き当たる。
 村の奥にドーム状に展開されていた白い光の帯が、解け散るように一本、また一本と虚空に解け消えていく。
 それと負位置の比例をするように、だんだんと村の奥から巨大なプラーナの反応と猛烈な悪意が吹きつける。
 ち、と舌打ちして彼は憤りをそのままに叫ぶ。

「もっろい結界張りやがって、後で文句言ってやるっ!」

 おそらくはこれだけ大きな反応なのだ、シュトラウスもこれに気づいているだろうと彼は判断。そのまま『リアラ』の追撃を続行する。
 今この場で逃がすのは本物のリアラに対して申し訳がたたない。
 幸い、『リアラ』はそこまで身体能力に優れているわけではないらしく、じわじわと距離が縮まっていく。
 『リアラ』を自身の攻撃範囲内に納め、月衣から相棒を引き抜こうとしたその時だった。
 『リアラ』は膝に力をこめ、大きく跳躍し、そのまま叫ぶ。

「天の息吹よ、我に空舞う翼を与えん―――<フライト>っ!」

 光が集い、その体を宙へと持ち上げる。
 柊は空を飛ぶ魔法を覚えていない。よって、空に逃げられると対処が困難になるのだ。
 それで一応は安堵する『リアラ』。彼女は一旦落ち着くため深呼吸をして―――眼下に、ほしかったものが開放されているのを視認した。

「あれ……結界が解けるのって明後日なんじゃなかったっけ」

 そう疑問に思うものの、結界が破れている理由など、命が助かったという極限状態から生還したばかりの彼女からすればどうでもいい。
 もともとまともに戦う力があまりない彼女にとっては、高いスペックを持つ僕が手に入るのならばなんでもいい。
 それに、『リアラ』はエミュレイターだ。人間ごときにコケにされたとあっては裏界におめおめ戻ることもできない。
 だからこそ彼女は最悪の選択を選ぶ。

「まぁいいか。ちょうどいいオモチャも手に入るし―――ついでに、ここにいる連中のプラーナ全部奪っちゃおうか」

 特にあのおにいちゃんは丁寧に殺してあげないとね、と酷薄な笑みを浮かべ、彼女は彼女を象徴する能力を解放する。

 ―――夜闇に紅い月が昇る。

 エミュレイターである彼女が本領を発揮すれば、世界を切り取る匣が完成する。
 紅い月の発生に、遠くの方から人間達の怒号が木霊する。それを聞いて、彼女は満足そうに笑みを深めた。

「さぁ、はじめましょうか。
 ニンゲンに生み出された哀れな哀れなできそこない、このわたしがあなたに場所をあげるわ。
 わたしの僕という、存在意義(レゾンデートル)を」

 そう言って、彼女は手を紅い月ゆらめく天へと掲げる。
 手のひらから伸びたのは、紅色の光。それは白銀の棘を全身から生やした狼のような『gula』の首をぐるりと一周した。
 獣の咆哮が、村中に響く。びくりびくりと2度3度痙攣し、おとなしくなる『gula』。
 その姿に満足そうに笑顔を浮かべながら、『リアラ』はリードのように紅色の光を掴み、銀の狼に語りかける。

「いい子。ご主人様が誰か、理解したわね?」

 彼女の能力は『支配』と呼ばれるものだ。
 一つの対象の行動を思うがままに操る能力であり、夢使いの傀儡糸を強化したものだと思えばわかりやすいだろうか。
 それ以外の力は低位エミュレイターにも劣りかねない弱い侵魔だが、こと精神の支配においては彼女は爵位とはいかずとも、その直接の配下に比肩しうる力を持つ。
 もちろん欠点もある。
 人間にも適用することができるが、精神力が彼女を勝る存在である場合はその効果を及ぼさない場合もある。
 上位侵魔と肩を並べるほどの力に抗える人間がいるかと言われれば、それは確かに考えづらいのだが、彼女が失敗を恐れているため試したことはない。
 そして―――今回はこれが一番大きな理由となるのだが、対象が『一つの精神』に対する支配でなければ力を存分に振るえない、ということが彼女の致命的な欠点だった。
 びしぃっ、と何か硬質なものにヒビが入る音がした。
 え? と彼女がその音の意味を理解するよりも早く。
 彼女の華奢な体の腹部を、白銀の銛が貫き通した。
 絶叫が、響く。


※   ※   ※


 ミリカは、ベースのそばをうろついていた。
 結界の破壊を確認したため、コスモガードから派遣されたあの少年が何かまたやらかすのではないかと考えて先に手綱を握ろうと探しているはいいのだが、見当たらない。
しばらく探し回ってみたのだが、その姿は救護室にもなく、最後にその姿を見ただろう相手に連絡を取ってみても、 仮眠室に案内した後は知らないと言われた。
 やはり監視の一つもつけておくべきだったか、とため息をつく。

「……まさかと思うけど、最前線にいたりしないでしょうね」

 そう口にすると、あの少年ならありえる、と思えてしまう。
 となれば、場所を知るためには狙撃手たちのいるベース近くのやぐらに行ったほうが見つかる確率もあがるかと考えなおしたその時だった。
 夜の闇に覆われたはずの空間が、一気に紅い異界へと塗り替えられた。ミリカは驚愕と共に叫ぶ。

「月匣……っ!? こんな時にエミュレイターまで!」

 あの少年のことも心配だが、ウィザードとしてまず対処すべきは紅い月だ。
 彼女は口元にあるインカムに向けて叫ぶ。

「ちょっと何事っ!? あんまり杜撰なことしてると最前線にすっ飛ばすわよっ!?」
『いい加減な仕事をしてるわけじゃないのでごめんこうむりますっ!
 この村一帯に月匣が張られました! エミュレイターの仕業と思われます!』
「そんなのは見ればわかるわよっ! それで、コアかルーラーはっ!?」
『今解析してるんです待ってくださいっ!』
『目標のやや高い位置にエミュレイター反応! おそらくはそれがルーラーかと思われ……』

 違うオペレーターが解析結果を口にしようとした時だった。
 ガラスが砕け散るような澄んだ音をたて、紅い世界は終わりを告げる。甲高い、細かなガラス同士が砕けてこすれあう音と共に、赤い世界の粒子が夜の闇に解けていく。
 次から次に起こる異常事態に、オペレーターは半分混乱しながら叫ぶ。

『エミュレイター反応、いきなりロストしましたっ!? 月匣、解除されますっ!』
「今度は何っ!?」
『わかりませんっ! とりあえずエミュレイターが消えたってことしか……っ!』

 そうオペレーターが言いかけ、何かに気づいたらしく全回線へと向けて叫ぶ。

『伏せてくださいっ!』

 声にほとんど時をおかず。夜闇に突如として生まれた目を灼くまばゆい白い光の柱が、周囲の木々を消し飛ばしながら虚空を打ち抜き。
 それを追うように、もはや衝撃波に近い爆風が吹き荒れた。


※   ※   ※


 目の前で、信じられない光景が広がっていた。
 少女の体が銀色の槍で串刺しにされ、空へ高々と持ち上げられている。
 彼女は恐怖に涙すら浮かべながら、引き裂かれたように叫ぶ。

「な、によぅ……っ、なにが、ぁっ!」

 いやいやと首を振りながら、彼女は必死に手を伸ばしながら叫ぶ。

「やっ……食べないでたべないでたべないで食べられるのは嫌、いやイヤぁぁぁぁーっ!」

 銀の狼は外部にあるものを『食べる』ことにより己のものとする生き物だ。
 これまで食ったものは、魔術師に与えられたものと魔術師、そして村一つ分の人間。
 それだけの生物の精神野とプラーナを食らった怪物を制御することなど、彼女にはできなかった。
 逃れようと必死に手を伸ばす。しかし、死にかけの侵魔を助けようとするものなどあろうはずがない。
 ただただ、食われて死ぬ。

 そのはずだった。

「お―――おぉおおおぉぉぉぉっ!」

 彼女の目線よりも下、村の中に生えている一本の木。
 その大きくしげる茂みの中から、青いプラーナを吹き上げながら柊が飛び出した。
 木に登り、その上からプラーナを使って彼女に向けて跳躍する。懸命に手を伸ばし、届かないことなど考えず、ただ一心に彼女に向けて手を伸ばす。

 ―――まるで、この手が届きさえすれば彼女さえ助けられると信じているように。

 ありえない。手が届いたところで、助けられるのとは別だ。そもそも、先ほどまで剣を向けていた相手を助ける意味など欠片もない。けれど―――
 その手は、確かに彼女にとっては助けだった。藁にもすがる思いで、彼女は自身の手を伸ばす。

 指先が触れる、その寸前。
 『リアラ』がひょい、と銀の狼により持ち上げられた。
 空を切る手。
 希望から絶望に変わる表情。

 そして、銀の狼はがぱりと大きく口を開け、虚空に向けて巨大な光の柱を吐き出す。
 効果範囲内にいた柊は、反射的に自分の相棒を引き抜き、襲いくる光の柱に向けて振りぬく。
 別に斬ろうとしたわけではない。巨大なエネルギーの塊に硬質なものをぶつけることで反発力により効果範囲外へと逃れるためだ。
 振りぬいた刃は巨大な光の柱のエネルギーにおされ、上空に向けて体ごと横回りの独楽のように回転しながら弾かれる。
 柱から何とか離れた柊は、正体不明の怪物に食われる少女を目に焼きつける。エミュレイターである彼女は、足元から虚空に溶けて消えていく。
 最後に、拳を強く握り締める。
 それと同時に吹き荒れた余波の暴風で、成す術もなく彼は吹き飛ばされた。



<Pray>


 オペレータールームは、今まさに戦場と化していた。
 次々に上げられる現場からの被害報告。担ぎ込まれる重傷を負った傭兵達は後を絶たない。
 ラルフは苦々しげに呟いた。

「……バケモノが」

 活動を開始した怪物は、たった30人のウィザードの手に負えるような相手ではなかった。
 白銀の毛皮はすべての魔法攻撃を無効化してしまうらしく、どんな一撃もその身に傷一つ与えられない。
 物理攻撃ならば多少は意味があるらしいが、作った魔術師が多重発動を使えたらしく、大量の魔法を乱打してくるためそも近づくことが困難だ。
 かと言って、銃撃だけではまともなダメージが望めない。ライフル弾でも大量にぶち込んでやれば沈むかもしれないが、相手は大口径のビームを放ってくる。
 位置を気づかれてしまえばそれで多くの命が失われてしまうだろう。
 指揮官であるラルフは、大きな決断を迫られていた。
 この人数で戦える相手ではない。一部を撤退させ、広範囲殲滅に適した部隊を派遣してもらうのが部下を失わない意味では最善だ。
 しかしここで相手をしている人間がいなくなれば、この怪物はほぼ間違いなくこの廃墟の村から出て世界に破壊を撒き散らすだろう。
 ではどうするか。
 指揮官は答えの出ない問いを繰り返す。


※   ※   ※


 救護キャンプの近くまで来たミリカは、刻々と悪くなっていく戦況を見ていた。
 と、その時だ。すぐ近くの林の中に何かが落ちたらしく、ばきばきと小枝が折れる音が響く。
 警戒を怠らずそちらに目を向けると、そこには先ほどまで探していた少年がいた。彼はほこりを払いつつ呟く。

「いってぇ……くそ、結構飛ばされたな」
「ど、どこから現れるのよ君はっ!?」
「あれ、ねーちゃんじゃねぇか。なんでこんなとこにいるんだ?」

 あくまで本気で不思議そうに言う少年に、あらゆる力が抜けてその場に脱力したくなる。しかしそんなこともしてられない。

「まず質問に答えなさい。君、今までどこで何してたの?」
「エミュレイターを見かけたから追いかけてたんだよ。
 それでうっかりあの馬鹿でかい犬の近くまで行っちまって、さっきのビームの余波で吹っ飛ばれてここまで落ちてきたんだ」
「ま、また勝手なことを……まぁいいわ。今から君は私から離れないようにね」
「それはいいけど、リィンの奴はどこだ?」

 心ここにあらずと言った様子の柊に問われ、ミリカはきょとんとしつつ答える。

「リィン君? 救護室に泊まっててもらうつもりだったけど、この騒ぎだから。
 ここにいると邪魔になるから、ちょっと外に出ててもらってるけど、それがどうかした?」
「外の、どこにやったんだって聞いてんだけど」
「今はそこだよ」

 と、テントを指すミリカ。
 そのテントの横には、リィンが確かに立っていた。彼は呆然と銀色の狼を見つめている。
 彼の姿を視認すると、柊は駆け寄りリィンの視界をふさぐように抱きしめた。

「―――見るな」

 柊の拘束を振りほどこうとばたばたと暴れるリィン。
 串刺しにされ、消えゆく姉の姿など視認できる距離ではない。
 それでも彼は暴れ続ける。まるで、そうしなければ姉がいなくなってしまうと思い込んでいるように。
 同じ、姉を持つ身としてそれが失われることの喪失感は理解できる。自分でもそんなことに直面したら認めたくはない。何も出来ないとわかっていても抗おうとするだろう。
 なくしたくはない。しかもたった一人残った肉親を、たった一人の姉を、失うことなんか考えたくもない。その抵抗が無為でも、そうする気持ちは絶対に否定しない。
 リィンはしきりになにか叫んでいるが、柊に意味は理解できない。それでもその声を刻みつけようと思った。

 ひとしきりばたばたと暴れたリィンは、不意に電池が切れたように動きを止めた。
 閉じられた目の端には涙が溜まっていた。柊は意識を失ったリィンを担ぐ。
 まだ生きている彼を守るために、歩き出そうとしたその時だ。

 ふわりと。

 目の前に、なにか靄がかかったように薄れた存在ながらも『リアラ』にそっくりな少女が現れたのは。
 『リアラ』は食われた。消滅を彼が見届けた。だからこんなところに存在するはずはない。
 それ以上に彼女からはエミュレイターとしての悪意あるプラーナは感じられなかった。
 唐突な登場に柊が硬直するのを見て、少女は笑った。

『おにいちゃん、ありがとう。わたしの声に気づいてくれて。弟を、守ってくれて』

 リィンたちが隠れていた穴へ誘導するように助けを求める声がしたから、柊はリィンを助けることができた。
 その声は、すでに死んでいたこの少女が本当に弟を助けたかったゆえの、必死の呼びかけだったのだろう。
 そして少女は―――魂だけの存在になったリアラは、柊に言う。

『おにいちゃんに、もう一つお願いがあるの。
 私は食べられずにすんだけど、あのオオカミさんのお腹の中に、パパやママが食べられちゃってるの。
 このままじゃ、パパもママも村の皆もみんなお星様のところへ行けない。だから、お願い。あのオオカミさんの中から、みんなを助けてあげてほしいの』
「―――おいおい、俺は猟師じゃねぇんだぞ?」
『うん。けど、おにいちゃんはリィンを助けてくれたもの。オオカミさんに連れて行かれそうなあかずきんを助けてくれたもの。
 だからおにいちゃんにはできるよ。おにいちゃんは諦めないから、おにいちゃんは手を伸ばし続けられる人だから』

 その舌っ足らずな言葉にく、と笑いをこらえて、彼は不敵な笑みを浮かべて答える。

「わかった。約束だ、お前のパパもママも村の連中も……ついでにお前とリィンも。全部助けてやるよ」
『絶対だよ。約束破らないでね?』
「当たり前だろ。
 ……ついでだ。弟に、何か言いたいこととかあるか?」

 兄が妹を見るように、暖かな目でそう告げられた少女は目を見開く。
 次の瞬間、嬉しそうに微笑みながら胸を押さえて歌うように答える。

『うん……いつでも、わたしはリィンと一緒にいるから。だから、忘れないで、って』
「わかった、伝えとく。……じゃあな」
『うん。またね』

 それだけ言って、靄のような姿だったリアラは消えた。
 また会えるはずもないとわかっているはずなのに、それでも彼女は笑ってまたと告げた。その野に咲く花のような温かい笑みは、とても綺麗だった。
 柊は、開いた手のひらを握り締める。何かを掴み取るように。
 それを端から見ていたミリカに、彼はリィンを手渡しながら言う。

「ねーちゃん、こいつ夢使いのとこに連れていってやってほしいんだけど」
「待って。君はどうするの?」

 ミリカは真剣な表情で問う。柊は困ったような表情になりながらも、ミリカから視線を外して言った。

「約束しちまったからな、あのバケモノぶっ倒すって。だから、行ってこようかと思ってさ」
「馬鹿言わないで。ウチも撤退しようかって敵相手に君一人で対処させるわけにいかないでしょ」
「あぁ。……でも、約束しちまったからな」

 瞳は前に。ただ魔法を乱発する銀の狼をただ睨む。
 止めてもムダだと、その姿が全身から語っている。だから、とミリカはなおも食い下がろうとするが、柊はひらひらと手を振りながら答える。

「大丈夫だ。それなりに考えはあるし、死ぬつもりなんざカケラもねぇよ」

 その言葉に、文句が言えなくなる。
 何度も何度も、そんな顔をした相手を見てきた。帰ってきた者もいたし、もう会えなくなった相手もいる。
 けれど彼女はここで引かない。それが。それこそが、ミリカ=シュトラウスの矜持だ。

「……君、何か考えがあるのね?」
「まぁな。ともかく、なんて言われようと俺はあいつと戦ってくる。止めるだけ無駄だぜ?」
「わかってるわよ。だから、君はちょっとこっちに来なさい。その考えについて話してもらうわ」

 そう言って、柊をずるずると引きずっていくミリカ。
 予想外の行動に柊があわてる。

「ま、待てねーちゃんっ! 俺これから戦いに行くっつってんだろうが!? 人の話聞いてたのかアンタ!?」
「聞いてたわよ、だから連れて行こうとしてるの。
 君がどんなウィザードか知らないけど、一人でできることなんて限られてるの! そしてウチはまだ戦える連中が残ってる!
 いい!? 一人でなんでもなんとかなると思ってんじゃないわよこのマセガキっ!
 人を頼りなさい! ここにいるのは君一人じゃない! まだ何かができる連中がそろってるのよ!」

 ミリカの剣幕に、思わず黙る柊。
 おとなしくなった柊を、ミリカは容赦なく司令室へと連れて行くのだった。







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