卓上ゲーム板作品スレ 保管庫

第03話

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<Small tactician>


 司令室で、ラルフは難しい顔をして腕を組んでうなっていた。
 彼の前にいるのは、まだあどけない顔をした子供と子供の頃から面倒を見ていた娘。
 ラルフは、ミリカに引きずられてきた柊の思いつきについて彼の口から聞いていたのだ。
 しばらくうなった後、彼は少年にたずねる。

「おいガキ。今の作戦、お前どれくらいで考えたんだ?」
「どれくらいも何も。そこのねーちゃんが文句も言わせず人を引きずっていきやがるから、最低限の決め手以外は引きずられてる間になんとか辻褄合わせただけだ」

 明らかに不機嫌そうな表情で柊が答える。ミリカは特に悪びれもせず、ふふん、と楽しげに笑っている。
 ほう、と感嘆の声をあげ、ラルフは言葉を次いだ。

「お前作戦立案の才能があるかもしれねぇな。どうだ、コスモガードなんぞやめてウチにこねぇか?」
「部隊長っ!?」
「いや、俺日本離れる気はまだねぇし」
「そうか、惜しいなぁ。ウチに来れば退屈しねぇぞ? 人種なんぞ気にする奴もいねぇし。
 なぁミリカ、この小僧のために日本支部立てるような余力は本家にはないのか?」
「ありませんっ! なにを非常識なこと言ってるんですかっ!?」

 食ってかかるミリカに、ラルフが両手を挙げて勘弁、というポーズをとってみせる。
 そんなやり取りを眺めながら、呆れたように柊に言う。

「んで、おっさん。言ったモンは用意できんのかよ」
「あぁ、もちろんだ。
 ミリカ、お前はハンガーに行ってリッドじいさんから例のアレを受け取って狙撃班に届けろ。今すぐだ。
 で、ガキ。お前は俺と一緒に来い。俺も戦線近くまで移動する。ここの状況は逐一伝えろ、いいな?」
「それはいいですけど『アレ』、一体誰に撃たせるんです?」
「決まってる。この部隊に随行してる最高の狙撃手っつったら『銀弾』のロベルトしかいねーだろ」
「ロベルトさんをそこに使っちゃったらこの子のフォローどうするんです?」
「心配いらねぇ、あいつは『銀弾』だぜ? その程度できなくてんなあだ名つかねぇよ」

 それもそうですね、とミリカが気安く頷く。
 ラルフがだろう? と男らしいふてぶてしい笑みを浮かべ―――オペレータールームを通じて、全軍に指揮を飛ばす。

「さぁ野郎ども、勝ちにいくぞっ!!」

 村中に、鬨の声が広がった。


※   ※   ※


 断続的に続けられていた魔法が止む。
 それを確認し、銀の狼は移動を開始―――しようとして、箒に跨って横合いから一直線に飛び来るものを視認した。

 獣は笑う。あれだけの数を使ってなお、自分に有効な一撃を与えることもできなかった生き物共がたった一匹で何ができるのか。
 全方向に向けて大量に放っていた魔法を、その一匹に向けて幾つも放つ。
 闇色の弾丸が、風の刃が、炎の龍がまっすぐ前を見据える少年に向かって放たれる。
 柊は自分の属性である風の魔力反応を感知、自身の跨るテンペストを慣性の法則を無視して横にドリフトしながら避けた。
 しかしそれでは後に迫り来る闇の弾丸と炎の龍をしのぐことは不可能。そのはずだった。

 ―――もしも、彼が一人で戦っているのであれば。

 柊の飛び立った辺りには、十数人の魔法使いが己の杖を構えて立っている。
 その内の2人が魔法を発動させた。

「<マジック・シェル>っ!」
「……<ノー・リーズン>」

 白い光の膜が柊を包み、放たれた闇の弾丸をその薄い光が逸らし弾く。
 襲いくる炎の龍は、もともと存在しなかったかのように火の粉となって散り、消え去った。
 怪物は目を見開く。


※   ※   ※


「ひゅう♪ 本当にアレ子供かい? 俺も作戦会議は聞いてたけどサ、あの年の状況判断じゃないよネ、絶対」

 そう言ったのは、『銀弾』のロベルトと呼ばれる狙撃手。
 ラテン系のなまりのある彼は、目の前で繰り広げられる光景を楽しげに眺めている。
 その目線の先にあるのは、まるで花火のようにいくつもいくつも一人の少年に向かって飛ぶ攻撃魔法の数々。
 炎が爆ぜ、水が逆巻き、光が奔り、闇が塊となって打ち出され―――その全てが、柊の曲芸じみた箒操作と後方より放たれる支援魔法により意味を成さないものとなる。

 箒などほとんど乗ったことのない柊が回避に成功しているのは、襲いくる魔法を感じているからだ。
 世界に満ちる力―――プラーナを術者のもとに集め、自らの思い描く現象へと魔力を用いて束ね上げ、発動という手順をとって魔法はこの世界に一時的に顕現する。
 世界に満ちるプラーナにも属性がある。水分のない砂漠で水の魔法を扱うのは不可能と言っていい。
 個人の資質と対応するプラーナが多く存在するほど魔法使いには有利になる。
 今柊がやっているのは、その逆説的な証明だ。近接専業の魔剣使いとはいえウィザードのはしくれ、魔法を扱うための手ほどきはある程度受けている。
 風を第一属性とする魔法使い(ウィザード)は、大気を己が味方に変える。
 自らの感覚を大気の流れを『読む』ことだけに集中させ、通常のウィザードが回避するのよりもさらに一瞬早く箒を操作、正確に回避しているのだ。

 ロベルトが褒めているのは、風読みに裏付けられた箒操作と支援魔法のタイミングを読むことだけではない。
 もともとこの作戦を提案したのは柊だ。
 曰く、「魔法を受ける対象を一人に絞ってしまえばそいつだけに防御だの打消しだのを使える人数分集中させることができる」
 そして、もう一つ。

「全力の援護を受けながら真正面から向かってくる敵を見れば、他への注意が薄くなる、か」

 その通りだ、と呟きながら彼は照星を目標に合わせる。
 彼の隣にたたずむミリカが、絶対の信頼を込めて問う。

「―――いけそうですか、ロベルトさん」
「ミリカちゃんも意地が悪いネ」

 そう言って、彼は口元に笑みを浮かべながら―――やぐらに突貫工事で取り付けられた箒。その超巨大砲口は、銀色の狼に向けられている。
 その箒のトリガーにかかった指を引く直前、彼は女好きの顔から、男らしい不敵な笑みへと移行させながら言葉を続けた。

「―――誰に向かって言ってるのサ」

 トリガーは果たして引かれ、極太の光の渦が砲口より放たれる。
 ストロングホールドに搭載された超ロングレンジライフルは、今その猛威をここに発揮した。


※   ※   ※


 光の嵐が狼の背中に直撃し、爆風と破壊を撒き散らす。一瞬ゆるむ集中砲火に、ここが勝負どころと確信した柊は叫ぶ。

「<エア・ダンス>っ!」

 爆風によって乱れた風、己の魔法によってそれすら味方につけ、彼は加速、突入する。
 さまざまな光に取り巻かれ駆け抜ける彗星。それは、狼により放たれる破壊の暴虐を、ドリフトし急降下し急上昇し木の葉落とししバレルロールし避けかわして前へ。
 痛みに苦悶の声を上げながらも、獣は近づくうざったい生き物に対し攻撃を仕掛ける。

 狼にとって、一切の魔法攻撃が無効化されることがわかった今、頼れるものは数少ない。加速した生き物に対し、己の堅い毛を槍と化して放つ。
 そんなものをものともせず、彼はただ前へと進む。
 何発かは柊の体をかすめ血をあふれさせるが、直撃するものだけを回避、他を無視。ただただ狼に向けて高速で突っ込む。
 止まらない相手に対し、本能的な恐れが獣を襲う。狼は、先ほど虚空をなぎ払った巨大な光を吐き出すことで、恐怖のもとを絶たんと口内に光を集中させて大口を開く。

 その光を放とうという直前、何かが光を貫いた。爆発寸前の光に衝撃が加えられ、口内で破壊のエネルギーが荒れ狂う。
 悶絶する狼。光を貫いたのは、未だやぐらの上にいたロベルトが放った、備え付け式のアンチマテリアルライフルの放つ弾丸だ。

 狼のすぐ傍まで来ていた柊は、それまで乗っていた箒を蹴り、自由落下に身を任せる。
 獣の上に着地するため態勢を整え、その動作も含めて捻りを加えながら月衣から己が相棒たる、紅い宝玉の魔剣を引き抜き振りかぶる。
 プラーナを注ぎ込み、先ほど銀色の槍にえぐられた箇所から流れ出る血を媒介に己の生命力を食らわせ―――

 ―――落下と着地の衝撃も含め、ロングレンジライフルで陥没した箇所に、思い切り刃を叩き込む。

 鉄壁と思われていた白い毛皮が、光の渦に焼きちぎられ、皮膚が焼き固められた背中は、二重の強化を受けた魔剣によって、こんどこそその鉄壁を崩される。
 深々と切り裂かれ、獣が絶叫をあげる。
 しかし、この程度では銀色の狼は死にはしない。むしろ、これだけの攻撃を叩き込んでようやく鉄壁を一部分だけ崩せた、というのは普通絶望的な状況でしかない。
 けれど、彼の策はここで終わりではない。暴れる狼の背から振りほどかれまいと、必死に剣を突き刺してその暴虐に耐えながら、貸与されたピンマイクに向かって叫ぶ。

「頼むっ!」

 その声は、オペレーターを通してラルフに伝わり、ラルフは目の前の杖を構えた部下達に叫ぶ。

「今だ、思いっきりやりやがれ!」

 その号令に、いくつもの声が重なった。

「<トンネル>!」

 発動したのは、地面に穴を掘る魔法だ。
 掘削用に開発された魔法だが、シュトラウスのように任務で野営を組むような組織の構成員としては覚えておくと便利な魔法である。
 そのため、地属性のウィザードの中でもルーンマスター系でないものは習得していることが多い魔法だった。
 声の分だけ発動された魔法が、獣の四肢の下にあった地面に大穴を開ける。
 突然なくなった足場ではふんばりも効かず、獣は成す術もなく動きを封じられる。
 柊はすぐさま魔剣を引き抜き、ミリカから預かった水晶の塊を2本、獣の傷口に埋め込む。水晶の尖っていない方は少しだけ傷口から出しておく。
 その痛みにまだ柊が自分の上にいることを気づいたのか、獣は銀の体毛を槍のようにねじり、柊の左足を貫く。

 激しい痛み。
 それ以上に、その毛槍はこれまでの飛ばしてきたものとはまったく別種のものだった。
 狼は、一匹の侵魔を食らっている。
 そしてこの狼は食らったものの力を操ることができる。これまでは魔術師の技である魔法と、イノセントの多量のプラーナ程度しか使えるものがなかった。
 だが、侵魔を食らった以上は侵魔の力すらも『それ』は扱うことができるようになっていた。
 狼の食った侵魔の能力は―――『支配』。
 個体の精神を奪い操る能力。
 それが、銀色の槍を通して柊の精神を蝕んでいく。

『奪い取れ。飲むように喰らうように侵すように貪るように踊るように殺すように齧るように冒すように狩るように辱めるように。
 奪え。名もなき頃のように楽しんで愉しんで喜んで悦んで歓ぶように奪えうばえ略奪えウバエ奪え―――!』

 泥のようなものが自身の周囲を覆う感覚。
 周囲の全方位から放たれる圧倒的な悪意。
 おぞましいものに精神にもぐりこまれる。
 拒否反応なのか、体がびくりと痙攣した。

「っぁ―――」


『くう。食らう。クウ。飲み干す。くウ。啜る。クう。齧る。食う食う食う食う食う食わせろっ!』

 食への大合唱。
 巨大で虚ろでほんの少しの停滞もなく澱んでいる矛盾。
 泥のようにおぞましいソレが、柊の中に侵食する。
 恐ろしさよりもおぞましさ。冷たい汚泥がどろり、どろりとしみこんでいく感覚。
 息をのむ。
 巨大すぎる敵。精神世界において数十人の精神そのものを繋ぎ合わせた闇にたった一人で抗うのは、大時化の海に小船で立ち向かうようなものだ。

「あ」

 けれど。

 ―――だから、なんだ。
 その程度の闇が、絶望がなんだっていうんだ。

「あぁ」

 それで、それを前にした程度で、自分が自分を諦める理由になるのか。
 幼馴染の笑顔。それをもう見られなくなることを認める理由になるのか。
 死に向かう泣き顔の少女の慟哭。それを忘れることを許す理由になるのか。
 同じ顔の少女が最後に託した願いごと。それを手放していい理由になるのか。

 ―――いいわけねぇだろうが。

「じゃ……」

 諦めない。
 認めない。
 許さない。
 放さない。
 絶望が襲ってくるのと、自分が諦めないのとはまったく別の問題だ。
 幾千の夜が、幾億の闇が襲おうと、心にある意地を失うのとはまったく別の問題。諦めるのは己の意思を捨てること。けして他に負けることではない。
 手を伸ばす。何一つ、諦めたくはない。諦めていいものなんか、なくしていいものなんか何一つ彼は持っていない。 だから手を伸ばし続ける。
 伸ばした先にあるものを、自分に背負える限り背負い、どれだけ傷つこうが、自分の守りたい何かを守り抜くための、その意地だけを張り通す―――っ!
 だから。

「……ますんな、どけぇぇぇぇぇっ!」

 一喝。
 魂からの咆哮に、闇が柊の中から怯えて飛び出る。
 その隙を彼は見逃さない。
 唇に犬歯を穿ち、意識を保つ。再び同じことをされて耐えられるとは限らない。機はここにしかない。だからこそこの機は逃さない。
 相棒を再び高く振り上げ、自身の生命力を吸わせ―――

「―――<魔器、解放>ぉぉぉっ!」

 吼えた。

 ごう、と魔剣より巻き起こるは凶悪なまでの暴風。やがてそれは炎とプラーナをまとい、青き爆炎の大嵐と化す。
 これまでの戦いの間ずっと共にあった最高の相棒を。彼は絶対の信頼を持って、炸薬の仕込まれた魔力水晶弾に、ひいてはその先の獣の体に向けて振り下ろす―――!
 直後。

 その日一番ド派手な。
 爆発するように膨らみ、それでいて収束された青白い光の柱が現出。
 それは夜天を灼き、狼の体内を荒れ狂って穴という穴から飛び出し、それでも足らず体内から狼を引き裂き―――そして、それを放った少年をも、巻き込んだ。







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