Making the Final Strike
ダオスは、悟った。
もはや自分に残された時間は、そう長くない事を。
草原の真ん中に、ぽつねんと生えた一本の木。その幹に寄りかかった金色の魔王は、両の手を閉じ、開き、また閉じる。
肉体も、あちこちが痛い。否、これはもはや痛いなどというレベルではない。十分に激痛といっていいレベルだろう。
魔術「サイクロン」で刻まれた裂傷。「サンダーブレード」や「イラプション」で受けた火傷。「ロックマウンテン」で被った無数の打撲。
この世にある、ありとあらゆる怪我の博覧会といった様相。まさにダオスは、満身創痍だった。
両の手を開閉するたびに、痺れるような痛みが脳天まで駆け上ってくる。だが、その痛みさえも、まだ生きている証と考えれば、愛おしくさえある。
「…………」
ダオスの双眸には、西の空にかかる太陽が映っていた。あと数時間もすれば、この島にやって来てより、二度目の夕日を見ることになろう。
それでも、どれほど運命の女神に懇願しようと、次の朝日を拝むことは出来まい。ダオスは自らの肉体が訴える痛みから、その命の終焉を告げられていた。
シルヴァラントとテセアラ。二界が再び統合されてより、遥かなる未来。ダオスはその未来のデリス・カーラーンの大地にて、生を受けた。
かつてクルシスが生み出した無機生命体、天使。その血を引くダオスは、アセリアの大地に住まう人間に比べ、霊的な器官が発達している。
そしてその霊的器官は、すでに根幹をずたずたに寸断されている。体内に溢れるマナの「痛み」から、それを窺い知る事が出来る。
魔杖ケイオスハートから繰り出されたモリスンの魔術は、ダオスの肉体を物理的に傷付けるだけでは飽き足らず、ダオスの体内の霊的器官までも、破壊していたのだ。
今すぐ死ぬことはない。だが、この命はもって、あと半日強というところ。半日強の時が過ぎれば、ダオスは確実に死神の鎌にかかる。
それはすなわち、この事実を示している。
デミテルの張ったダオス撃破の布石、それは工程こそ違えど、結果的には完璧なものに仕上がっていたことを。
クレスという騎士(ナイト)は、モリスンという僧正(ビショップ)と共に、ダオスという王(キング)に王手(チェックメイト)をかけたのだ。
ここから西…午後の太陽に照らされる海。ただその海は、ひたすらに青い。ダオスは彼方の海を見つめながら、1つ溜め息をついた。
気合、根性、奇跡。
その手の精神論を信じてみるか? ダオスは一瞬限りそんな思いに駆られたが、すぐさま愚かしいと切り捨てる。
体内の霊的器官を、ここまで完膚なきまでに破壊されれば、もはや例外はない。
ダオスは断頭台(ギロチン)にかけられ、刑の執行を待つだけの死刑囚も同然。
例え人がどれほど肉体を鍛えようと、どれほどの知恵を身につけようと、どれほどの武勲を成そうと。
水を呼吸することは出来ない。パンと水を摂らずに生き続ける事は出来ない。睡眠を必要としない体にはなれない。
そこには、「なぜ」も「どうして」もない。不条理なまでの、摂理の押し付けがあるばかり。
ダオスの今の状況も、それと同じ。何をどうあがこうと、もはや下された天命からは、逃れることなど出来ないのだ。
もはや自分に残された時間は、そう長くない事を。
草原の真ん中に、ぽつねんと生えた一本の木。その幹に寄りかかった金色の魔王は、両の手を閉じ、開き、また閉じる。
肉体も、あちこちが痛い。否、これはもはや痛いなどというレベルではない。十分に激痛といっていいレベルだろう。
魔術「サイクロン」で刻まれた裂傷。「サンダーブレード」や「イラプション」で受けた火傷。「ロックマウンテン」で被った無数の打撲。
この世にある、ありとあらゆる怪我の博覧会といった様相。まさにダオスは、満身創痍だった。
両の手を開閉するたびに、痺れるような痛みが脳天まで駆け上ってくる。だが、その痛みさえも、まだ生きている証と考えれば、愛おしくさえある。
「…………」
ダオスの双眸には、西の空にかかる太陽が映っていた。あと数時間もすれば、この島にやって来てより、二度目の夕日を見ることになろう。
それでも、どれほど運命の女神に懇願しようと、次の朝日を拝むことは出来まい。ダオスは自らの肉体が訴える痛みから、その命の終焉を告げられていた。
シルヴァラントとテセアラ。二界が再び統合されてより、遥かなる未来。ダオスはその未来のデリス・カーラーンの大地にて、生を受けた。
かつてクルシスが生み出した無機生命体、天使。その血を引くダオスは、アセリアの大地に住まう人間に比べ、霊的な器官が発達している。
そしてその霊的器官は、すでに根幹をずたずたに寸断されている。体内に溢れるマナの「痛み」から、それを窺い知る事が出来る。
魔杖ケイオスハートから繰り出されたモリスンの魔術は、ダオスの肉体を物理的に傷付けるだけでは飽き足らず、ダオスの体内の霊的器官までも、破壊していたのだ。
今すぐ死ぬことはない。だが、この命はもって、あと半日強というところ。半日強の時が過ぎれば、ダオスは確実に死神の鎌にかかる。
それはすなわち、この事実を示している。
デミテルの張ったダオス撃破の布石、それは工程こそ違えど、結果的には完璧なものに仕上がっていたことを。
クレスという騎士(ナイト)は、モリスンという僧正(ビショップ)と共に、ダオスという王(キング)に王手(チェックメイト)をかけたのだ。
ここから西…午後の太陽に照らされる海。ただその海は、ひたすらに青い。ダオスは彼方の海を見つめながら、1つ溜め息をついた。
気合、根性、奇跡。
その手の精神論を信じてみるか? ダオスは一瞬限りそんな思いに駆られたが、すぐさま愚かしいと切り捨てる。
体内の霊的器官を、ここまで完膚なきまでに破壊されれば、もはや例外はない。
ダオスは断頭台(ギロチン)にかけられ、刑の執行を待つだけの死刑囚も同然。
例え人がどれほど肉体を鍛えようと、どれほどの知恵を身につけようと、どれほどの武勲を成そうと。
水を呼吸することは出来ない。パンと水を摂らずに生き続ける事は出来ない。睡眠を必要としない体にはなれない。
そこには、「なぜ」も「どうして」もない。不条理なまでの、摂理の押し付けがあるばかり。
ダオスの今の状況も、それと同じ。何をどうあがこうと、もはや下された天命からは、逃れることなど出来ないのだ。
守ることの出来なかった聖女、マーテル。彼女の癒しの力がここにあったならば、肉体の傷は消えるだろう。多少の延命は出来るだろう。
だが、そればかりは覆すことは出来ない。ここまで体内のマナをかき乱され、傷付けられては。待ち構える「死」を覆す事など。
ダオスは、覆せない死刑宣告をただ、静かに受け止めていた。まるで今、彼が眺める海のように。心静かにダオスは瞳を閉じる。
思えば、ここまで駆け抜けてきたのは、長い道のりだった。
デリス・カーラーンの住人として生を受け。デリス・カーラーンの王の座に就き。デリス・カーラーンの大戦争を阻めず。
デリス・カーラーン全土を巻き込む戦いの後、かの星からはマナが枯渇した。
マナそのものの大地たるデリス・カーラーンからマナが枯渇するなど、その戦争の凄まじさは推して知るべし。
終戦後、ダオスはデリス・カーラーンの古文書をひも解き、母なる星の命を救う手段を求めた。狂おしいほどに、来る日も来る日も。
そして見つけ出した手段はただ一つ。
かつてデリス・カーラーンの伴星であった、シルヴァラントとテセアラ。そこに残されたマナを生む樹より、「大いなる実り」を得ること。
遥かなる星辰の海へ旅立ち、ダオスはその星に降り立った。シルヴァラントとテセアラを統合し再誕した、アセリアの大地へ。
乾きつつある自身の血で彩られた手。ダオスはそれを見やり、今までの所業を思い返す。
この手で振るった指揮で、あるいはこの手で放った魔術で。私は、どれほどの人間を殺して来たのだろう、と。
大いなる実りを得るために邪魔になる存在は、全て薙ぎ払って来た。
魔科学。魔科学を学ぶ者。ミッドガルズ王国。アセリアの大地に降り立ってよりこの方、幾千幾万という単位の命を滅ぼして来た。
最初は、アセリアの大地の民に、協力を求めようと呼びかけた。世界樹ユグドラシルの大いなる実りを収穫するために、力を貸してくれと。
だが、ダオスの真摯な懇願は、一蹴された。
この世界の実相を、遥かなる星デリス・カーラーンを、ダオスの知り得た全ての真実を、アセリアの民に語った。
果たしてその真実は、アセリアの民に理解されることはなかった。
たわ言を口にする愚か者となじられ、狂人とそしられ。そこでダオスは、大いなる実りを独力で手にする断を下したのだ。
いかなダオスとは言え、最初はアセリアの民を虐殺することはためらった。ためらいがなかったといえば嘘だった。
だが、真実を語っても、なお理解しない愚か者どものために、デリス・カーラーンの十億の民を見殺しにするなど。
デリス・カーラーンの王としての重責を担うダオスには、出来ない相談であったのだ。
だが、そればかりは覆すことは出来ない。ここまで体内のマナをかき乱され、傷付けられては。待ち構える「死」を覆す事など。
ダオスは、覆せない死刑宣告をただ、静かに受け止めていた。まるで今、彼が眺める海のように。心静かにダオスは瞳を閉じる。
思えば、ここまで駆け抜けてきたのは、長い道のりだった。
デリス・カーラーンの住人として生を受け。デリス・カーラーンの王の座に就き。デリス・カーラーンの大戦争を阻めず。
デリス・カーラーン全土を巻き込む戦いの後、かの星からはマナが枯渇した。
マナそのものの大地たるデリス・カーラーンからマナが枯渇するなど、その戦争の凄まじさは推して知るべし。
終戦後、ダオスはデリス・カーラーンの古文書をひも解き、母なる星の命を救う手段を求めた。狂おしいほどに、来る日も来る日も。
そして見つけ出した手段はただ一つ。
かつてデリス・カーラーンの伴星であった、シルヴァラントとテセアラ。そこに残されたマナを生む樹より、「大いなる実り」を得ること。
遥かなる星辰の海へ旅立ち、ダオスはその星に降り立った。シルヴァラントとテセアラを統合し再誕した、アセリアの大地へ。
乾きつつある自身の血で彩られた手。ダオスはそれを見やり、今までの所業を思い返す。
この手で振るった指揮で、あるいはこの手で放った魔術で。私は、どれほどの人間を殺して来たのだろう、と。
大いなる実りを得るために邪魔になる存在は、全て薙ぎ払って来た。
魔科学。魔科学を学ぶ者。ミッドガルズ王国。アセリアの大地に降り立ってよりこの方、幾千幾万という単位の命を滅ぼして来た。
最初は、アセリアの大地の民に、協力を求めようと呼びかけた。世界樹ユグドラシルの大いなる実りを収穫するために、力を貸してくれと。
だが、ダオスの真摯な懇願は、一蹴された。
この世界の実相を、遥かなる星デリス・カーラーンを、ダオスの知り得た全ての真実を、アセリアの民に語った。
果たしてその真実は、アセリアの民に理解されることはなかった。
たわ言を口にする愚か者となじられ、狂人とそしられ。そこでダオスは、大いなる実りを独力で手にする断を下したのだ。
いかなダオスとは言え、最初はアセリアの民を虐殺することはためらった。ためらいがなかったといえば嘘だった。
だが、真実を語っても、なお理解しない愚か者どものために、デリス・カーラーンの十億の民を見殺しにするなど。
デリス・カーラーンの王としての重責を担うダオスには、出来ない相談であったのだ。
「…私が、間違えたというのか…」
自らが滅ぼした命に思いを馳せたダオスは、ふとそんな言葉が口をついて出た。
ダオスが滅びれば、デリス・カーラーンで待つ十億の民の命運は決する。逃れようのない、滅亡への命運が彼らには下るのだ。
すなわち。
あと半日で、デリス・カーラーンの命脈は断たれる。マナそのものの豊穣の大地は、星の海に浮かぶ醜い岩塊へと変わるのだ。
絶望。この満身創痍の身で、このゲームに勝利するなど。
もはやダオスは、モリスンが奪いきれなかった、命のほんのひとかけらでここにいるに過ぎない。
ダオスは、両の手でその頭を抱えた。王としての責任を果たせぬ無力感、大切な人を守りきれなかった憤り…濁流のように駆け巡る。
だが、この気持ちを、無念を、汲み取る者はもはやいない。彼はただ、孤立無援…
否。
ダオスは突然、金の髪を振り乱して、その頭を持ち上げた。
まだ、希望は残されている。残されているはずだ。
ダオスはそこで、短いながらも行動を共にした、あの少年らを思い出していた。
例えば、ロイド・アーヴィング。不器用で未熟で浅慮な少年だが、誰かを犠牲にして得る「幸せ」への忌避感は、誰よりも強かった。
例えば、リッド・ハーシェル。一見は無気力で事なかれ主義の少年だが、その目には弱者への慈しみが満ち溢れていた。
おそらく彼らなら、このゲームを勝ち残った暁に、この願いをあのミクトランに告げるはずだ。
「このゲームの参加者全員を蘇生させた上で、各人を故郷に送り返してくれ」、と。
当初ダオスは、ミクトランのこの言葉を信じてはいなかった。ゲーム終了後に全員を蘇生させるなど、はなはだ馬鹿馬鹿しい話だ。
おそらくは、ゲームに消極的な人間を揺さぶるためにかけたブラフであろう。ダオスはくだんの言動を、そう解釈していた。
だが、今の満身創痍の自分には、あの言動がブラフではないことに賭けて、わずかな希望にすがる以外、状況を打破することは出来ない。
それでも、希望が残されているだけまだましというもの。わずかでも光があれば、人はそこを目指して歩くことが出来る。
自らが滅ぼした命に思いを馳せたダオスは、ふとそんな言葉が口をついて出た。
ダオスが滅びれば、デリス・カーラーンで待つ十億の民の命運は決する。逃れようのない、滅亡への命運が彼らには下るのだ。
すなわち。
あと半日で、デリス・カーラーンの命脈は断たれる。マナそのものの豊穣の大地は、星の海に浮かぶ醜い岩塊へと変わるのだ。
絶望。この満身創痍の身で、このゲームに勝利するなど。
もはやダオスは、モリスンが奪いきれなかった、命のほんのひとかけらでここにいるに過ぎない。
ダオスは、両の手でその頭を抱えた。王としての責任を果たせぬ無力感、大切な人を守りきれなかった憤り…濁流のように駆け巡る。
だが、この気持ちを、無念を、汲み取る者はもはやいない。彼はただ、孤立無援…
否。
ダオスは突然、金の髪を振り乱して、その頭を持ち上げた。
まだ、希望は残されている。残されているはずだ。
ダオスはそこで、短いながらも行動を共にした、あの少年らを思い出していた。
例えば、ロイド・アーヴィング。不器用で未熟で浅慮な少年だが、誰かを犠牲にして得る「幸せ」への忌避感は、誰よりも強かった。
例えば、リッド・ハーシェル。一見は無気力で事なかれ主義の少年だが、その目には弱者への慈しみが満ち溢れていた。
おそらく彼らなら、このゲームを勝ち残った暁に、この願いをあのミクトランに告げるはずだ。
「このゲームの参加者全員を蘇生させた上で、各人を故郷に送り返してくれ」、と。
当初ダオスは、ミクトランのこの言葉を信じてはいなかった。ゲーム終了後に全員を蘇生させるなど、はなはだ馬鹿馬鹿しい話だ。
おそらくは、ゲームに消極的な人間を揺さぶるためにかけたブラフであろう。ダオスはくだんの言動を、そう解釈していた。
だが、今の満身創痍の自分には、あの言動がブラフではないことに賭けて、わずかな希望にすがる以外、状況を打破することは出来ない。
それでも、希望が残されているだけまだましというもの。わずかでも光があれば、人はそこを目指して歩くことが出来る。
そのために、今ダオスが出来ること。その答えは、容易に浮かんだ。
残されたわずかな時間を使って、可能な限り多くのマーダーを道連れにすること。
ロイドやリッドのようなかすかな希望の灯を、私利私欲や狂気に駆られた、マーダー達に吹き消されるわけにはいかない。
あの異形の怪物と化した少女や、かつて自らの居城で剣を交え、また先ほどマーテルを冥界に送り去った少年…
可能な限り、彼らをこのゲームから脱落させる。特にかの少年…クレスからは、きな臭いものを感じる。
過去に一度剣を交えて分かったことだが、彼はあんな虐殺を、平然と行える性格ではない。
良くも悪くも、クレスの剣は純真な剣だった。汚い打算や欲望抜きに振るわれる、青臭い剣筋だった。
それが、ああまで人殺しに禁忌を抱かぬ、殺人鬼の剣に変わったとあれば、何者かがよほどの衝撃を彼に与え、手駒にでもしたとしか思えない。
そして、ダオスが思い当たる筋であり、かつこの島に呼び寄せられた者の中で、その「何者か」に該当する人間は、ただ1人。
「…もしや……デミテルの差し金か!」
ダオスの軍門に下った人間やハーフエルフの中でも、特に切れ者であったデミテル。
自分の手を汚すことなく、他者を意のままに踊らせ、自滅させる…
そんな漁夫の利をさらうような戦略を練ることにかけては、彼はダオスですら時に驚嘆するほどであった。
無論、犯人をデミテルと断定するには、材料が決定的に不足している。
だが、仮にもデリス・カーラーンの王である自身が、ただ状況に流される他ない…そんな状況がこうも続いていては、ダオスもそう勘繰りたくもなる。
この状況と、そしてかつてデミテルが、ダオス軍の参謀として立てた戦略…
そのとき見知ったデミテルの戦法の「癖」を照合すると、俄然この一件の立役者の筆頭候補に、彼が浮かんでくる。
この状況は、彼が参謀として立てた戦術論の特徴と、かなりの一致を見ているのだ。
ダオスがこうまで抵抗を許されない状況に追い込まれたのも、彼の差し金と考えれば、まだ納得いく。
ダオスの人となりをある程度理解している彼なら、ダオスを手の上で踊らせる事も可能であろう。
だが、デリス・カーラーンの王たる彼とて、いつまでも彼に踊らされるわけには行かない。
彼には担うことなど出来まい…デリス・カーラーンの十億の民の命など。下克上などという下らない理由のみで、あの男に勝利を与えるわけにはいかない!
デミテルを葬り去るために、今のダオスに出来ること。
残されたわずかな時間を使って、可能な限り多くのマーダーを道連れにすること。
ロイドやリッドのようなかすかな希望の灯を、私利私欲や狂気に駆られた、マーダー達に吹き消されるわけにはいかない。
あの異形の怪物と化した少女や、かつて自らの居城で剣を交え、また先ほどマーテルを冥界に送り去った少年…
可能な限り、彼らをこのゲームから脱落させる。特にかの少年…クレスからは、きな臭いものを感じる。
過去に一度剣を交えて分かったことだが、彼はあんな虐殺を、平然と行える性格ではない。
良くも悪くも、クレスの剣は純真な剣だった。汚い打算や欲望抜きに振るわれる、青臭い剣筋だった。
それが、ああまで人殺しに禁忌を抱かぬ、殺人鬼の剣に変わったとあれば、何者かがよほどの衝撃を彼に与え、手駒にでもしたとしか思えない。
そして、ダオスが思い当たる筋であり、かつこの島に呼び寄せられた者の中で、その「何者か」に該当する人間は、ただ1人。
「…もしや……デミテルの差し金か!」
ダオスの軍門に下った人間やハーフエルフの中でも、特に切れ者であったデミテル。
自分の手を汚すことなく、他者を意のままに踊らせ、自滅させる…
そんな漁夫の利をさらうような戦略を練ることにかけては、彼はダオスですら時に驚嘆するほどであった。
無論、犯人をデミテルと断定するには、材料が決定的に不足している。
だが、仮にもデリス・カーラーンの王である自身が、ただ状況に流される他ない…そんな状況がこうも続いていては、ダオスもそう勘繰りたくもなる。
この状況と、そしてかつてデミテルが、ダオス軍の参謀として立てた戦略…
そのとき見知ったデミテルの戦法の「癖」を照合すると、俄然この一件の立役者の筆頭候補に、彼が浮かんでくる。
この状況は、彼が参謀として立てた戦術論の特徴と、かなりの一致を見ているのだ。
ダオスがこうまで抵抗を許されない状況に追い込まれたのも、彼の差し金と考えれば、まだ納得いく。
ダオスの人となりをある程度理解している彼なら、ダオスを手の上で踊らせる事も可能であろう。
だが、デリス・カーラーンの王たる彼とて、いつまでも彼に踊らされるわけには行かない。
彼には担うことなど出来まい…デリス・カーラーンの十億の民の命など。下克上などという下らない理由のみで、あの男に勝利を与えるわけにはいかない!
デミテルを葬り去るために、今のダオスに出来ること。
ダオスは震える手で、皮袋に手を差し入れた。中から取り出されたのは、羽ペンと、そして羊皮紙。
羽ペンにインクを浸し、一息ついてから筆を振るう。軽妙洒脱に、一文字一文字を書き込んでゆく。
『この手紙を見る者へ…願わくば貴公が、ロイド・アーヴィングやリッド・ハーシェルのような、他者の幸せを願える優しき者であることを…』
その一句から始まった羊皮紙。それは、まさしくダオスの遺書であった。
そこには、今のダオスの心境を、推測を、持ちうる全ての情報が記され、そしてダオスの思いの丈が綴られていた。
C3の村の悲劇の真相。
その悲劇の裏から、恐らくは糸を引いていたであろう、デミテルという危険な男の存在への警告。
ダオスが今までマーテルを守り続けた理由。
デリス・カーラーンを襲った悲劇と、その救済策。
ダオスが、アセリアの地に降り立ち、戦った経緯。
アセリアの地で犯した、償いきれない大罪。
それらを書き上げながら、ダオスは締めの一文に、こう書き加えた。
『このバトル・ロワイアルというゲームは、狂気という名の猛毒に満ち溢れている』
それは、ダオスがこの島に降り立ってからこの方、常々思ってきたこと。
『たとえ心優しき者でも、その優しさゆえに毒を受け、怒りに、憎悪に、その身を焼かれることもある。
私もこの目で、その末路を辿った者を見た。いかに聖人君子たれど、彼や彼女もまた人である以上、この猛毒に蝕まれる危険は常にある』
ダオスの脳裏に、あの少女の姿がよぎる。
最初マーテルの介抱を受けながらも、兄の死ゆえに、狂気という名の猛毒を受け、果ては異形の怪物と化した、あの少女の姿が。
それだけではない。この島に呼ばれた人間のうちの、幾人が倒れたのだろう。
自らを守りたいと。愛する者を守りたいと。自らや他者を愛するという尊い気持ちゆえに、殺人という罪を犯し、そして死んでいった者達。
『自分だけは大丈夫と、狂気などには屈しないなどと油断するなど、ゆめゆめあってはならない。
人が自らを、他者を愛する限り、いつでも人は猛毒を注がれる余地を持つ。
されど、人を愛する気持ちを忘れるべからず。愛なくして、人は刃を握るべからず』
マーテルがいてこそ、デリス・カーラーンの民がいてこそ、ダオスはここまで戦い続ける事が出来た。
人を想わずして力を振るう…それこそ、ただの殺人鬼に過ぎないのだ。
『もし貴公が狂気という名の猛毒に屈しようとしたならば、この手紙が…手紙にこもった想いが、猛毒をはねのけるささやかな一助となることを願う。
狂気に屈する事なかれ。その時は思い出せ。この手紙を記した者のことを。使命を果たしうることなく死んだ、この非業の男を』
羽ペンにインクを浸し、一息ついてから筆を振るう。軽妙洒脱に、一文字一文字を書き込んでゆく。
『この手紙を見る者へ…願わくば貴公が、ロイド・アーヴィングやリッド・ハーシェルのような、他者の幸せを願える優しき者であることを…』
その一句から始まった羊皮紙。それは、まさしくダオスの遺書であった。
そこには、今のダオスの心境を、推測を、持ちうる全ての情報が記され、そしてダオスの思いの丈が綴られていた。
C3の村の悲劇の真相。
その悲劇の裏から、恐らくは糸を引いていたであろう、デミテルという危険な男の存在への警告。
ダオスが今までマーテルを守り続けた理由。
デリス・カーラーンを襲った悲劇と、その救済策。
ダオスが、アセリアの地に降り立ち、戦った経緯。
アセリアの地で犯した、償いきれない大罪。
それらを書き上げながら、ダオスは締めの一文に、こう書き加えた。
『このバトル・ロワイアルというゲームは、狂気という名の猛毒に満ち溢れている』
それは、ダオスがこの島に降り立ってからこの方、常々思ってきたこと。
『たとえ心優しき者でも、その優しさゆえに毒を受け、怒りに、憎悪に、その身を焼かれることもある。
私もこの目で、その末路を辿った者を見た。いかに聖人君子たれど、彼や彼女もまた人である以上、この猛毒に蝕まれる危険は常にある』
ダオスの脳裏に、あの少女の姿がよぎる。
最初マーテルの介抱を受けながらも、兄の死ゆえに、狂気という名の猛毒を受け、果ては異形の怪物と化した、あの少女の姿が。
それだけではない。この島に呼ばれた人間のうちの、幾人が倒れたのだろう。
自らを守りたいと。愛する者を守りたいと。自らや他者を愛するという尊い気持ちゆえに、殺人という罪を犯し、そして死んでいった者達。
『自分だけは大丈夫と、狂気などには屈しないなどと油断するなど、ゆめゆめあってはならない。
人が自らを、他者を愛する限り、いつでも人は猛毒を注がれる余地を持つ。
されど、人を愛する気持ちを忘れるべからず。愛なくして、人は刃を握るべからず』
マーテルがいてこそ、デリス・カーラーンの民がいてこそ、ダオスはここまで戦い続ける事が出来た。
人を想わずして力を振るう…それこそ、ただの殺人鬼に過ぎないのだ。
『もし貴公が狂気という名の猛毒に屈しようとしたならば、この手紙が…手紙にこもった想いが、猛毒をはねのけるささやかな一助となることを願う。
狂気に屈する事なかれ。その時は思い出せ。この手紙を記した者のことを。使命を果たしうることなく死んだ、この非業の男を』
最後の文章は、ダオス自身見ていてたまらなくなり、思わず目を背けた。
ダオスは羊皮紙を小ぎれいにたたみ、封蝋代わりにそれを紐で封じた。
ダオスに与えられた時はあと半日。泣いても笑っても、半日ばかりなのだ。こうしている間にも、死神は徐々に背後に迫ってくる。
その後は、鳶色の髪の少年や、赤髪の少年…彼らのような者に遺志を託せることに、一縷の望みを賭けるしかない。
そのために、恥を忍んでしたためた遺書だ。彼らに仇なす存在は、全て打ち払う!
「覚悟しろ…」
呟きながら、立ち上がるダオス。
「デミテル…クレス…シャーリィ…この島に残る、多くの忌まわしき殺人鬼ども…!!」
ダオスが今度見やったのは、南の空。マーテルを殺した殺人剣士クレスは、確か南に向かっていたはず。
ならば、今後の針路の決定は、拍子抜けするほどに容易だ。
「貴様ら全員…デリス・カーラーンの名の下、この私が葬り去ってくれる! 我が母なる星の命の灯は、貴様らには吹き消させん!!」
そう叫ぶダオスの脳裏では、クレスを豹変させた黒幕を確実に葬り去るための策が、急速に組み上げられていく。
豊饒の大地を統べる男は、壮烈な覚悟を背負って、この島の土を再び踏みしめ始めた。
ダオスは羊皮紙を小ぎれいにたたみ、封蝋代わりにそれを紐で封じた。
ダオスに与えられた時はあと半日。泣いても笑っても、半日ばかりなのだ。こうしている間にも、死神は徐々に背後に迫ってくる。
その後は、鳶色の髪の少年や、赤髪の少年…彼らのような者に遺志を託せることに、一縷の望みを賭けるしかない。
そのために、恥を忍んでしたためた遺書だ。彼らに仇なす存在は、全て打ち払う!
「覚悟しろ…」
呟きながら、立ち上がるダオス。
「デミテル…クレス…シャーリィ…この島に残る、多くの忌まわしき殺人鬼ども…!!」
ダオスが今度見やったのは、南の空。マーテルを殺した殺人剣士クレスは、確か南に向かっていたはず。
ならば、今後の針路の決定は、拍子抜けするほどに容易だ。
「貴様ら全員…デリス・カーラーンの名の下、この私が葬り去ってくれる! 我が母なる星の命の灯は、貴様らには吹き消させん!!」
そう叫ぶダオスの脳裏では、クレスを豹変させた黒幕を確実に葬り去るための策が、急速に組み上げられていく。
豊饒の大地を統べる男は、壮烈な覚悟を背負って、この島の土を再び踏みしめ始めた。
【ダオス 生存確認】
状態:TP残り70% HP1/8 死への秒読み(およそ半日後に死亡) 壮烈な覚悟
所持品:エメラルドリング ダオスの遺書
基本行動方針:死ぬまでになるべく多くのマーダーを殺害する
第一行動方針:C3の件の黒幕を、クレスもろともに断罪する
第二行動方針:遺志を継いでもらえそうな人間は、決して傷付けない
現在位置:C3南部 村の郊外の草原
状態:TP残り70% HP1/8 死への秒読み(およそ半日後に死亡) 壮烈な覚悟
所持品:エメラルドリング ダオスの遺書
基本行動方針:死ぬまでになるべく多くのマーダーを殺害する
第一行動方針:C3の件の黒幕を、クレスもろともに断罪する
第二行動方針:遺志を継いでもらえそうな人間は、決して傷付けない
現在位置:C3南部 村の郊外の草原