フーダニットは誰の手に
『カイル、お前は周辺の警戒に当たってくれ。絶対にこの戦いには手を出すな。
周囲にも出来れば近付かないで欲しい』
『え? でもオレは……』
『早く、行ってくれ。……頼む』
『……わかりました、ヴェイグさん』
『すまない』
『無茶は禁物ですよ。ロイドさんも、くれぐれも油断はしないで下さい。……では後ほど』
周囲にも出来れば近付かないで欲しい』
『え? でもオレは……』
『早く、行ってくれ。……頼む』
『……わかりました、ヴェイグさん』
『すまない』
『無茶は禁物ですよ。ロイドさんも、くれぐれも油断はしないで下さい。……では後ほど』
降りしきる過剰殲滅の雨。絶対にして殺意のそれは誰も彼も消えろという意思が乗せられていた。あわよくば死ね。
そんな悪意の雨から身を守るように、カイル・デュナミスはある民家の下にいた。一種の雨宿りである。
ロイドやヴェイグさんは無事か。怪我も何もなければいいのだけど。
口にせずとも、むしろその沈黙がカイルの気持ちを空間に行き渡らせていた。
現状を考えれば声は居場所が知られるから出せないし、そもそも億劫だった。
彼の肩はどこか重荷を背負ったように下りていて、項垂れているように見えた。
遠くの戦いの音、雨のように鳴り止まない音が、自分は少なくとも危害を与えられる側ではないのだと教えてくれる。
だがそれは安心ではない。むしろ除け者にでもされたような疎外感が渣滓として心の底に蟠っていた。
そんな悪意の雨から身を守るように、カイル・デュナミスはある民家の下にいた。一種の雨宿りである。
ロイドやヴェイグさんは無事か。怪我も何もなければいいのだけど。
口にせずとも、むしろその沈黙がカイルの気持ちを空間に行き渡らせていた。
現状を考えれば声は居場所が知られるから出せないし、そもそも億劫だった。
彼の肩はどこか重荷を背負ったように下りていて、項垂れているように見えた。
遠くの戦いの音、雨のように鳴り止まない音が、自分は少なくとも危害を与えられる側ではないのだと教えてくれる。
だがそれは安心ではない。むしろ除け者にでもされたような疎外感が渣滓として心の底に蟠っていた。
思惑は分かる。術はクレスにとってジャンケンでいう紙と鋏の関係で、小回りの利かない箒は隙が大きすぎる。
剣鬼を倒すには剣で、という理不尽さを考えれば、近接戦を得意としない今のカイルにはとてつもなく分が悪い。
リザーブに回るのも最早必然の域だ。
だからこそ、裏に隠された暗澹たる思いを邪推してしまう。理屈で誤魔化した、あの人の悔悟の思いを。
剣鬼を倒すには剣で、という理不尽さを考えれば、近接戦を得意としない今のカイルにはとてつもなく分が悪い。
リザーブに回るのも最早必然の域だ。
だからこそ、裏に隠された暗澹たる思いを邪推してしまう。理屈で誤魔化した、あの人の悔悟の思いを。
「……ディムロス、やっぱり俺って足手まといなのかな?」
しばらくの重苦しい沈黙でカイルの感情を理解していただろうディムロスは、胸に溜まった重い二酸化炭素を吐くように、深く息をついた。
『自分でもそう思っていたんじゃなかったのか?』
「分かってるよ、痛いくらい」
下方に向けられた視線は、手持ち無沙汰に土を弄るときのように、明確な焦点を持っていなかった。
本来なら戦場から離してくれたことを感謝すべきなのだろう。しかし今のカイルはそれで納得はしない。
箒の柄が強く握られ、少し軋んだ音を立てた。
「……こうやって生きても、駄目なんだ。俺はずっと誰かに支えられて生きてきたから、だからあの洞窟で、皆のために生きるって決めた。
でもそれは、また誰かに甘え続けることじゃない。俺は、守られる存在でいちゃ駄目なんだ」
些末だというように遠い戦場音楽は軋みを上書きしていた。
眉を寄せて言う彼の言葉に、ディムロスは彼はまだ英雄の幻想を見ていることを知る。
前線で戦い、力なき人々の代わりに傷を負いそれを誇りとし、そして敵を討ち取り賞賛される名誉の幻だ。
『では、仮にこれからお前がロイド達の所に戻ったとして、ミトスに一撃を加えられ一網打尽にされたとしよう。その時お前は何を考える?』
カイルは眉間の皺を緩める代わりに不服そうな顔をした。
「……意地悪だ」
『人には人の役割があると言っている』
「じっとしていることが俺の役割?」
『自分の力を過信するな。そういう奴に限って真っ先に死ぬ。ましてや変に勘違いしている奴はな』
まだカイルの表情は変わっておらず、それどころか怒気さえ帯び始めていた。
窮したままでいる辺り、少しだけ大人への要素を見せていたかもしれない。
『衛生兵がいるから歩兵は安心して戦える。工兵隊がいなければ戦端も開けないだろう。
諜報部の人間がいなければ相手の情報すら分からない……』
少しだけ、カイルははっとしたような目で剣を見た。霧の細かい水滴で萎れていた髪が振動で僅かにぴんと立った。
『これでは不満か?』
ディムロスのわざとらしい、惚けたような口調に、カイルの怒気はすうっと抜かれていき、忙しなく目を動かした。
やがて放出する場のない感情が顔面に溜まり、得も言われぬ表情を作った。名を気恥ずかしさという。
『何も、前線に出ている者だけが戦っている訳ではない。カイル、お前もまた戦っているのだ』
かあっと頬がひんやりとした空気の中で紅潮し、緋色は白い霧の中ではっきりと目立った。
出たくても出れない言葉を封じた口は三角形を作っている。への字にひん曲がった鈍角の三角形である。
彼は自分の落ち度を自覚した。焦りや自己嫌悪で視野が狭くなっていた、と思った。
行き場を失くした手が濡れた髪を掻き、分かつ合図として息を吐いた。
しばらくの重苦しい沈黙でカイルの感情を理解していただろうディムロスは、胸に溜まった重い二酸化炭素を吐くように、深く息をついた。
『自分でもそう思っていたんじゃなかったのか?』
「分かってるよ、痛いくらい」
下方に向けられた視線は、手持ち無沙汰に土を弄るときのように、明確な焦点を持っていなかった。
本来なら戦場から離してくれたことを感謝すべきなのだろう。しかし今のカイルはそれで納得はしない。
箒の柄が強く握られ、少し軋んだ音を立てた。
「……こうやって生きても、駄目なんだ。俺はずっと誰かに支えられて生きてきたから、だからあの洞窟で、皆のために生きるって決めた。
でもそれは、また誰かに甘え続けることじゃない。俺は、守られる存在でいちゃ駄目なんだ」
些末だというように遠い戦場音楽は軋みを上書きしていた。
眉を寄せて言う彼の言葉に、ディムロスは彼はまだ英雄の幻想を見ていることを知る。
前線で戦い、力なき人々の代わりに傷を負いそれを誇りとし、そして敵を討ち取り賞賛される名誉の幻だ。
『では、仮にこれからお前がロイド達の所に戻ったとして、ミトスに一撃を加えられ一網打尽にされたとしよう。その時お前は何を考える?』
カイルは眉間の皺を緩める代わりに不服そうな顔をした。
「……意地悪だ」
『人には人の役割があると言っている』
「じっとしていることが俺の役割?」
『自分の力を過信するな。そういう奴に限って真っ先に死ぬ。ましてや変に勘違いしている奴はな』
まだカイルの表情は変わっておらず、それどころか怒気さえ帯び始めていた。
窮したままでいる辺り、少しだけ大人への要素を見せていたかもしれない。
『衛生兵がいるから歩兵は安心して戦える。工兵隊がいなければ戦端も開けないだろう。
諜報部の人間がいなければ相手の情報すら分からない……』
少しだけ、カイルははっとしたような目で剣を見た。霧の細かい水滴で萎れていた髪が振動で僅かにぴんと立った。
『これでは不満か?』
ディムロスのわざとらしい、惚けたような口調に、カイルの怒気はすうっと抜かれていき、忙しなく目を動かした。
やがて放出する場のない感情が顔面に溜まり、得も言われぬ表情を作った。名を気恥ずかしさという。
『何も、前線に出ている者だけが戦っている訳ではない。カイル、お前もまた戦っているのだ』
かあっと頬がひんやりとした空気の中で紅潮し、緋色は白い霧の中ではっきりと目立った。
出たくても出れない言葉を封じた口は三角形を作っている。への字にひん曲がった鈍角の三角形である。
彼は自分の落ち度を自覚した。焦りや自己嫌悪で視野が狭くなっていた、と思った。
行き場を失くした手が濡れた髪を掻き、分かつ合図として息を吐いた。
「俺は何が出来るの?」
『自分の任務を全うしろ。そして最後は待て。待つこともまた、戦う以上に苦しく辛い』
「……最初はともかく、クレス相手に無茶苦茶なこと言うなあ」
『待つ者がいる人間は、強い。信じていないのか?』
そして熱血中将の言葉にカイルは少しだけ笑った。それはあまりにクサ過ぎやしないか。
けれど、何故この人が「突撃兵」であり、一師団の上官に値する人物か理解出来た気がした。
ディムロスの言葉は不思議と士気を鼓舞させる力がある。いい年にそぐわない言動だからだろうか。
戦場を離れたからといって戦いが終わり離れた訳ではない。俺の戦いは続いている。
そして、信じること、信じ続けること。それが本当の強さだ。
「違うよ」
カイルは明瞭な音量で言った。
「ちょっと、弱気になってたみたいだ。俺、まだヴェイグさんやロイドの無事を信じられる。
あと……俺は待つ側じゃない。きっと、約束を守る方法は、守ってくれると信じることだけじゃないから」
ディムロスはふふ、と短く笑う。
『上出来だ。……どこからミトスが手を出すか分からん。警戒は怠るな』
分かった、と力強く彼は答えた。
『自分の任務を全うしろ。そして最後は待て。待つこともまた、戦う以上に苦しく辛い』
「……最初はともかく、クレス相手に無茶苦茶なこと言うなあ」
『待つ者がいる人間は、強い。信じていないのか?』
そして熱血中将の言葉にカイルは少しだけ笑った。それはあまりにクサ過ぎやしないか。
けれど、何故この人が「突撃兵」であり、一師団の上官に値する人物か理解出来た気がした。
ディムロスの言葉は不思議と士気を鼓舞させる力がある。いい年にそぐわない言動だからだろうか。
戦場を離れたからといって戦いが終わり離れた訳ではない。俺の戦いは続いている。
そして、信じること、信じ続けること。それが本当の強さだ。
「違うよ」
カイルは明瞭な音量で言った。
「ちょっと、弱気になってたみたいだ。俺、まだヴェイグさんやロイドの無事を信じられる。
あと……俺は待つ側じゃない。きっと、約束を守る方法は、守ってくれると信じることだけじゃないから」
ディムロスはふふ、と短く笑う。
『上出来だ。……どこからミトスが手を出すか分からん。警戒は怠るな』
分かった、と力強く彼は答えた。
「……とはいえ、何事もないのが1番なんだけどな」
まあな、とディムロスは答える。
この場合の“何事もない”は自分の身にではなく、ロイドとヴェイグの2人にである。
『しかし、あの圧倒的な威力といい、何度も何度も立ち上がる様といい……奴を思い出すな』
奴? と言わんばかりにカイルはとぼけた顔を向ける。
『マイティ・コングマン。闘技場で1度だけ戦っただけだが、どこか似たものを感じる』
「まさか。あの人はノイシュタットの英雄とまで言われた人だよ。一緒にしたら駄目だ」
思いがけない反駁にディムロスは一旦は窮した。
しかし言葉の源にあるものが“イコール殺人鬼”だということに気付き、僅かな齟齬による軋みが消えていった。
『人格や嗜好といった意味ではない。こう……純粋に闘いを楽しみ、そこに至上の喜びを見出す。そういう類のものだ』
むすっとしたままカイルは目線を落としていたが、ふっとそれを消して、
「父さんはその時勝ったの?」
と純な疑問として尋ねた。無論ディムロスは『勝ったさ』と笑って答える。
「じゃあ大丈夫。父さんがコングマンに勝ったならロイド達だってクレスに勝てる。それにこっちは2人もいる」
カイルの、ともすればはつらつとした演繹に意思持つ剣は頭を抱えそうになったが、
これが彼らしくもあり、彼の信じる方法の1つだとも思った。
先程の落ち込み具合も併せて考えればかなりの進歩だ。とりあえず、剣は小さく笑っておくことにした。
まあな、とディムロスは答える。
この場合の“何事もない”は自分の身にではなく、ロイドとヴェイグの2人にである。
『しかし、あの圧倒的な威力といい、何度も何度も立ち上がる様といい……奴を思い出すな』
奴? と言わんばかりにカイルはとぼけた顔を向ける。
『マイティ・コングマン。闘技場で1度だけ戦っただけだが、どこか似たものを感じる』
「まさか。あの人はノイシュタットの英雄とまで言われた人だよ。一緒にしたら駄目だ」
思いがけない反駁にディムロスは一旦は窮した。
しかし言葉の源にあるものが“イコール殺人鬼”だということに気付き、僅かな齟齬による軋みが消えていった。
『人格や嗜好といった意味ではない。こう……純粋に闘いを楽しみ、そこに至上の喜びを見出す。そういう類のものだ』
むすっとしたままカイルは目線を落としていたが、ふっとそれを消して、
「父さんはその時勝ったの?」
と純な疑問として尋ねた。無論ディムロスは『勝ったさ』と笑って答える。
「じゃあ大丈夫。父さんがコングマンに勝ったならロイド達だってクレスに勝てる。それにこっちは2人もいる」
カイルの、ともすればはつらつとした演繹に意思持つ剣は頭を抱えそうになったが、
これが彼らしくもあり、彼の信じる方法の1つだとも思った。
先程の落ち込み具合も併せて考えればかなりの進歩だ。とりあえず、剣は小さく笑っておくことにした。
白い霧の中にいるのは不思議な浮遊感を与えた。
実際飛んでいるので物理的な問題ではなく精神的なことで、何か心奪われるものがあった。
ひりひりと肌の表面が痺れるような、針が何本も突き刺されるような。
深閑。静寂。違う、共鳴反応。
目の前を紫色の風が吹く。
コアの中に刻まれた意識は息を呑んでしばらく呆然とした後、刮目してその風を見た。
雪も降りていないのにひどく冷たく、剣の周りだけを流れ、はっきりと姿を映し出していた。
上下左右、前からも後ろからも笑い声を立てていた。
腹を押さえてするような大笑いではない。くすくすと小さく笑っていた。
それは――恋人を前にした愛情表現としての可愛らしい笑い方ではなくて、屈辱感を与えるような嗤い方だった。
ディムロスは耳を覆いたくなる衝動を必死に隠し、代わりに目を閉じて嘲笑を受け入れていた。
闇の向こうに、冷たい微笑を浮かべた彼女がいる。
『カイル』
音の響きは一瞬にして抑圧に変わっていた。
突然のソーディアンの呼び掛けに身体をびくりとさせた後、声の方へ向く。
しかし、当のディムロスは名を呼ぶだけ呼んで、その後沈黙を守ったままだった。二の句を継ぐかどうか迷っている風に思えた。
怪訝そうな表情を剣に向け、ディムロスは意を決したように鋭く息を吸う。
『声を出しての反応はしなくていい。アトワイトが近くにいる』
「え」
静謐を破り言われたからだろうか。思わず声を出して無駄にも関わらず口を塞ぐ。
鬱積を全て消し去ってしまいたいかのように重く溜息を零すディムロス。
『もういい。ともかく、ミトスが近くにいるかもしれないということだ』
「思ってたより近くにいたのかな」
『認識範囲に入ったのはつい先程だ。場所は広場からやや東』
「じゃああっちも」
ディムロスは唸る。
『……いや、気付いていない、違うな。気付いてはいるが進まざるを得ない状況か』
「……実力行使」
『かもしれん』
プロファイリングと違うな。ディムロスは零す。
むしろあの物静かな少年が仮面だとすれば、案外本性は凶暴なのかもしれない、と結論付けた。
一度だけ、僅かな間だけでも冷静な思考に沈むことは、少なからずディムロスの心を落ち着かせていた。
アトワイトという存在からミトスという存在に意識をシフトさせることは彼女の姿を朧にする。
『予想通りミトスが横槍を入れに来たということだ。我々の任務はその警戒、つまり急場では対応を意味する。
……この上ないチャンスだと思わないか?』
「あっちがその気ならこっちも、ってことか。えーっと……目には目を?」
『急襲には急襲を』
分かりやすいシステムだ、と思う。
尚もアトワイトはこちらに近付いてきている。わざわざ爆心地に来るということは一掃が目的か。
未だ晴れない空を見上げてからカイルは箒を発進させた。
彼は天使の異常発達した聴力を警戒しながら進む。
視力に関しては上空を飛んでいるから大丈夫だろう、霧にも紛れている。隠れ蓑には充分だ。
反応強大。カイルの眼にもどこかぼんやりと映る。但し上空から見ているのでその影は限りなく近い距離である。
金髪。白装束。接敵。
実際飛んでいるので物理的な問題ではなく精神的なことで、何か心奪われるものがあった。
ひりひりと肌の表面が痺れるような、針が何本も突き刺されるような。
深閑。静寂。違う、共鳴反応。
目の前を紫色の風が吹く。
コアの中に刻まれた意識は息を呑んでしばらく呆然とした後、刮目してその風を見た。
雪も降りていないのにひどく冷たく、剣の周りだけを流れ、はっきりと姿を映し出していた。
上下左右、前からも後ろからも笑い声を立てていた。
腹を押さえてするような大笑いではない。くすくすと小さく笑っていた。
それは――恋人を前にした愛情表現としての可愛らしい笑い方ではなくて、屈辱感を与えるような嗤い方だった。
ディムロスは耳を覆いたくなる衝動を必死に隠し、代わりに目を閉じて嘲笑を受け入れていた。
闇の向こうに、冷たい微笑を浮かべた彼女がいる。
『カイル』
音の響きは一瞬にして抑圧に変わっていた。
突然のソーディアンの呼び掛けに身体をびくりとさせた後、声の方へ向く。
しかし、当のディムロスは名を呼ぶだけ呼んで、その後沈黙を守ったままだった。二の句を継ぐかどうか迷っている風に思えた。
怪訝そうな表情を剣に向け、ディムロスは意を決したように鋭く息を吸う。
『声を出しての反応はしなくていい。アトワイトが近くにいる』
「え」
静謐を破り言われたからだろうか。思わず声を出して無駄にも関わらず口を塞ぐ。
鬱積を全て消し去ってしまいたいかのように重く溜息を零すディムロス。
『もういい。ともかく、ミトスが近くにいるかもしれないということだ』
「思ってたより近くにいたのかな」
『認識範囲に入ったのはつい先程だ。場所は広場からやや東』
「じゃああっちも」
ディムロスは唸る。
『……いや、気付いていない、違うな。気付いてはいるが進まざるを得ない状況か』
「……実力行使」
『かもしれん』
プロファイリングと違うな。ディムロスは零す。
むしろあの物静かな少年が仮面だとすれば、案外本性は凶暴なのかもしれない、と結論付けた。
一度だけ、僅かな間だけでも冷静な思考に沈むことは、少なからずディムロスの心を落ち着かせていた。
アトワイトという存在からミトスという存在に意識をシフトさせることは彼女の姿を朧にする。
『予想通りミトスが横槍を入れに来たということだ。我々の任務はその警戒、つまり急場では対応を意味する。
……この上ないチャンスだと思わないか?』
「あっちがその気ならこっちも、ってことか。えーっと……目には目を?」
『急襲には急襲を』
分かりやすいシステムだ、と思う。
尚もアトワイトはこちらに近付いてきている。わざわざ爆心地に来るということは一掃が目的か。
未だ晴れない空を見上げてからカイルは箒を発進させた。
彼は天使の異常発達した聴力を警戒しながら進む。
視力に関しては上空を飛んでいるから大丈夫だろう、霧にも紛れている。隠れ蓑には充分だ。
反応強大。カイルの眼にもどこかぼんやりと映る。但し上空から見ているのでその影は限りなく近い距離である。
金髪。白装束。接敵。
「ミトス、――――――――」
進むこと自体はいとも容易い。なのに、何故この足はこんなにもおぼつかないのか。
簡単だ。足元が、土台が揺らいでいるからだ。
簡単だ。足元が、土台が揺らいでいるからだ。
濃霧の中、金髪は光量が乏しくて精彩を欠いている。
それでも長髪は流れるようにして弾み、金色の波を打っていた。
表情はないが、唯一、大きな青い瞳だけが哀を帯びていて目を奪われる。
憂いに満ちた双眸はあまり周囲の風景を見てはいなかった。
ただそこに何かが、例えば木で作られガラスが装着された大きいオブジェのような何かや、
緑色のひらひらとしたものが多く付いた細長い何かが在ることだけをぼんやりと把握していた。
輪郭は不確か。平面的で、色を付けたものが連続しているようだった。
呼吸もなく走るその人の手には剣が握られていて、本当ならこの剣と会話を交わしていても別段おかしくはない。
ただ、剣が人間を支配するという、まるで伝承の話が実在しているだけだ。
『自分の代わりに姉を復活させろ……』
ぽつり、重要な点だけを簡潔に抜き出して大人の女性の声をした人は呟く。
もう2度、復唱してみる。そうすると実に言葉が頭に染み渡る。脳が洗われる感覚とはこういうものだと思う。
しかし水気を払うように彼女は首を振った。
『上に立つ者は傲慢でなくてはならないのよ。弱気な一面など、見せてはいけない』
言葉を咀嚼するかのように沈黙が流れる。彼女はもう1度首を振った。
『……いいえ。私は私として、彼の言葉を受け入れられていないのね』
意外と自分は執着心の強い女なのかもしれなかった。何かにしがみ付いていなければ自己も保てないか弱い女。
盲目的な服従は一点のみを見るという視野の狭め方であり、自分の中の煩わしいものを見つめなくて済む。
だからこそ分析や納得を経ていない無視してきたものは純度が高いまま残され、
ぺろりと皮が1枚剥けただけで、その姿はありありと存在を主張し肥大化していく。
腑抜けてしまった彼女が背負う罪の名状は、無力の絶望という。
例え天地戦争の戦況を引っ繰り返した兵器であろうと、所詮は道具であり、関わった人間を殺してきたのが彼女だ。
だからこそ力を渇望し、ミトスに縋り、何も見ないことにした。
それなのに。
足場が揺らぎ、深淵に繋がる裂け目から絶望がぬるりと手を伸ばす。
負の感情を喰らう石が絶え間なく絶望を喰らっても、尚現れるそれはぐさりぐさりと彼女の胸を突き刺した。
それでも長髪は流れるようにして弾み、金色の波を打っていた。
表情はないが、唯一、大きな青い瞳だけが哀を帯びていて目を奪われる。
憂いに満ちた双眸はあまり周囲の風景を見てはいなかった。
ただそこに何かが、例えば木で作られガラスが装着された大きいオブジェのような何かや、
緑色のひらひらとしたものが多く付いた細長い何かが在ることだけをぼんやりと把握していた。
輪郭は不確か。平面的で、色を付けたものが連続しているようだった。
呼吸もなく走るその人の手には剣が握られていて、本当ならこの剣と会話を交わしていても別段おかしくはない。
ただ、剣が人間を支配するという、まるで伝承の話が実在しているだけだ。
『自分の代わりに姉を復活させろ……』
ぽつり、重要な点だけを簡潔に抜き出して大人の女性の声をした人は呟く。
もう2度、復唱してみる。そうすると実に言葉が頭に染み渡る。脳が洗われる感覚とはこういうものだと思う。
しかし水気を払うように彼女は首を振った。
『上に立つ者は傲慢でなくてはならないのよ。弱気な一面など、見せてはいけない』
言葉を咀嚼するかのように沈黙が流れる。彼女はもう1度首を振った。
『……いいえ。私は私として、彼の言葉を受け入れられていないのね』
意外と自分は執着心の強い女なのかもしれなかった。何かにしがみ付いていなければ自己も保てないか弱い女。
盲目的な服従は一点のみを見るという視野の狭め方であり、自分の中の煩わしいものを見つめなくて済む。
だからこそ分析や納得を経ていない無視してきたものは純度が高いまま残され、
ぺろりと皮が1枚剥けただけで、その姿はありありと存在を主張し肥大化していく。
腑抜けてしまった彼女が背負う罪の名状は、無力の絶望という。
例え天地戦争の戦況を引っ繰り返した兵器であろうと、所詮は道具であり、関わった人間を殺してきたのが彼女だ。
だからこそ力を渇望し、ミトスに縋り、何も見ないことにした。
それなのに。
足場が揺らぎ、深淵に繋がる裂け目から絶望がぬるりと手を伸ばす。
負の感情を喰らう石が絶え間なく絶望を喰らっても、尚現れるそれはぐさりぐさりと彼女の胸を突き刺した。
それが怖くて、だから彼女は自分の気持ちを覆い隠すことにした。
ひたすらに任務のことだけを考え、奔走すればよいと。
そうしなければ自己は保てなかった。湧き上がる暗い感情を抑え込まなければ、自分が何処かに呑まれてしまう気がした。
自己を保つためにミトスに身を捧げた。そのミトスが揺らぎ連動して自分も揺らぐというなら、ミトスに身を捧げ自己を保つ。
螺旋のようなパラドックスは、要するにただのどうしようもない自己弁護でしかなかった。
鍵を掛けたように見えて、錠前を取り付けてみただけの宙ぶらりんな建前だった。
ひたすらに任務のことだけを考え、奔走すればよいと。
そうしなければ自己は保てなかった。湧き上がる暗い感情を抑え込まなければ、自分が何処かに呑まれてしまう気がした。
自己を保つためにミトスに身を捧げた。そのミトスが揺らぎ連動して自分も揺らぐというなら、ミトスに身を捧げ自己を保つ。
螺旋のようなパラドックスは、要するにただのどうしようもない自己弁護でしかなかった。
鍵を掛けたように見えて、錠前を取り付けてみただけの宙ぶらりんな建前だった。
「――――――覚悟ッ……!?」
――――青い瞳。
その青が緑とは違い、サファイアのように本当に真っ青なのを知るまで、時が止まったように見えた。
スローモーションに進む剣筋。あまりに遅すぎて鈍色の軌跡すら見える。
咄嗟にカイルが剣先を逸らすのと同時に相手は手の曲剣で受け止めようとしていた。
風を切る轟音。結果として急襲は失敗していた。
不意打ちとはその名の通り、相手に手を見られるようになってからでは疾うに遅い。
目の前の少年は、少女だった。
長い金髪に白基調の青いラインが走った服を着た少女だった。
手にアトワイトこそ握っていたが、どこからどう見てもやっぱり少女だった。
つまり、彼女の名はコレット・ブルーネルという。
カイルは一旦彼女から離れ攻撃態勢を緩める。
自分が一撃を与えようとしていた非も忘れて喜んだ。居たのはミトスではなく、人質のコレットだったのだ。
「コレット! よかった、ミトスから逃げて……」
『離れろ、カイル!!』
そんな甘いカイルにすぐさまディムロスは叫んだ。輝くはコアクリスタル。
『アイスニードル、扇状放射』
ただそれだけ、無色の凛とした声音だけがカイルの頭にも伝わった。
コレットの前に扇形、広範囲に展開したアイスニードルが連続して飛び交い、カイルは驚いたままの表情で彼女を見つめる。
どうして、とカイルは言った。
氷の棘は危険物であることに思い立った彼は急いで箒を起動させる。
だが遅い、1本が左足の甲を貫き彼は呻き声を発した。
動きの鈍った彼を更なる針が襲う。痛みを堪え空を駆り、右へ左へ上へ下へと回避し切る。
血がぽたぽたと滴り落ちているのも気にせず、カイルは少女を見つめる。
先の彼の言葉に反し、さしてディムロスは驚いてはいなかった。
救出作戦の中にコレットを含めなかった理由がここにある。聖女の芯に刺し込まれた榴弾砲の持ち主を疑わない理由がどこにある。
何よりも彼女がアトワイトを持っているのならこの霧も納得できる。
術と思われる霧に、ミトスの意思が感じられなかったからだ。
だが、昨夜見たコレットの様子とは少し違う。ある意味で機械的だった彼女とは違う人間的な動作。
まさか、とディムロスは思った。
ベルセリオスと同じ運用方法を使っているのなら、まさか洞窟でリアラを殺したのも彼女なのか。
そう考えた瞬間、再び胸が締め付けられ、あの嘲笑は本物だったのだと確信した。
その青が緑とは違い、サファイアのように本当に真っ青なのを知るまで、時が止まったように見えた。
スローモーションに進む剣筋。あまりに遅すぎて鈍色の軌跡すら見える。
咄嗟にカイルが剣先を逸らすのと同時に相手は手の曲剣で受け止めようとしていた。
風を切る轟音。結果として急襲は失敗していた。
不意打ちとはその名の通り、相手に手を見られるようになってからでは疾うに遅い。
目の前の少年は、少女だった。
長い金髪に白基調の青いラインが走った服を着た少女だった。
手にアトワイトこそ握っていたが、どこからどう見てもやっぱり少女だった。
つまり、彼女の名はコレット・ブルーネルという。
カイルは一旦彼女から離れ攻撃態勢を緩める。
自分が一撃を与えようとしていた非も忘れて喜んだ。居たのはミトスではなく、人質のコレットだったのだ。
「コレット! よかった、ミトスから逃げて……」
『離れろ、カイル!!』
そんな甘いカイルにすぐさまディムロスは叫んだ。輝くはコアクリスタル。
『アイスニードル、扇状放射』
ただそれだけ、無色の凛とした声音だけがカイルの頭にも伝わった。
コレットの前に扇形、広範囲に展開したアイスニードルが連続して飛び交い、カイルは驚いたままの表情で彼女を見つめる。
どうして、とカイルは言った。
氷の棘は危険物であることに思い立った彼は急いで箒を起動させる。
だが遅い、1本が左足の甲を貫き彼は呻き声を発した。
動きの鈍った彼を更なる針が襲う。痛みを堪え空を駆り、右へ左へ上へ下へと回避し切る。
血がぽたぽたと滴り落ちているのも気にせず、カイルは少女を見つめる。
先の彼の言葉に反し、さしてディムロスは驚いてはいなかった。
救出作戦の中にコレットを含めなかった理由がここにある。聖女の芯に刺し込まれた榴弾砲の持ち主を疑わない理由がどこにある。
何よりも彼女がアトワイトを持っているのならこの霧も納得できる。
術と思われる霧に、ミトスの意思が感じられなかったからだ。
だが、昨夜見たコレットの様子とは少し違う。ある意味で機械的だった彼女とは違う人間的な動作。
まさか、とディムロスは思った。
ベルセリオスと同じ運用方法を使っているのなら、まさか洞窟でリアラを殺したのも彼女なのか。
そう考えた瞬間、再び胸が締め付けられ、あの嘲笑は本物だったのだと確信した。
『……この霧も、ミトスではなくお前が行ったものか』
『そうね、と言えばどうする?』
素っ気ない反応に心を締め付けられる。ディムロスは締め付けられ過ぎて裂けて出た熱いものを必死に抑える。
『傀儡に成り下がったか、アトワイト』
『戦争とはそういうものだと思うのだけど。上官が命じれば兵は従う。立派に死ねと言われれば必死に動く。
ましてや私達は兵器よ? 戦場に駆り出されることが何よりの存在意義。
今私達がここにある意味を考えることね、中将』
それが衛生兵をベースにした人格の言葉とはにわかに信じ難がったが、ディムロスの心を更に切り裂くには充分過ぎた。
兵士は駒だ、傀儡だという定義よりも階級で呼ばれたことが心苦しかった。
戦争未経験者、そして未だにアトワイトがコレットを支配していることを知らぬカイルは、よく分からないような顔をしてコレットを見つめた。
青い瞳。澄んだそれは彼が知っている紅眼とは違っていた。
黙りこくってリアラを必死に守っていた彼女とは違うのだ。
「コレットに……コレットに何をしたんだ!」
カイルの吼えに、アトワイトは表面に思わず出てきそうなものを抑え、素っ気ない風貌を気取った。
『何もしてないわ。彼女がしたのよ。コレットはリアラに手をかけたの』
一瞬コレットの身体が強張ったように見えた。
「嘘だっ! コレットがそんなことする訳ない!」
『そうね。殺す訳がないわ……殺したのはそこの剣よ』
一瞬、カイルの面に戸惑いと狼狽が浮かんだ瞬間にコアクリスタルが光り始める。それは敵意の証拠であり無視の証。
『アイシクル、尖状突出!』
カイルの下に氷の柱が1本、鋭く高く生まれてくる。
速さはゆっくりなんてものではなく急速。瞬時と言い換えてもいい。
咄嗟に回避した彼はミスティブルームの箒草に氷が触る振動を感じた。ちらと振り替えれば少し凍っている。
飛ぶ最中にも追うようにして地から氷は生え、民家の屋根上に逃げ切った時には大地に何本もの樹氷があるように見えた。
氷の木に囲まれたコレットは尚もソーディアンから光を放つ。
「訳分からないことを言うな!」
『いいえ、真実よ』
「……俺は貴方に聞いてるんじゃない! コレットに聞いてるんだ!!」
頭に響く声は確かにアトワイトのものなのに、コレットの姿が混ざり合って分からないような錯誤を生む。
『――分からず屋!』
荒げたくない声を荒げさせ、コアクリスタルが光り始める。
戦争とは相手の正義を尋ねぬこと、否、知っていても勘定に入れぬこと。
自分の方が揺らいでしまうなら、それは既に負けだ。――声を荒げている彼女は既に敗者かもしれない。
『貴方に構っている暇なんてないの……アイストーネード、』
『カイル、この場から離れろ!』
ディムロスに従い離れるカイル、
『――――環状集束!!』
しかし目の前にきらつく何か、それは氷の輪であり、こちらに迫ってくるのを見てカイルは何とか身を逸らした。
研ぎ澄まされた輪はカイルの右腕を裂く。痛みに体勢を崩しかけるも寸でのところで保たせる。
彼の紅蓮剣のように戻っていった氷の輪は、アトワイトを握っていない方の彼女の手に握られる。
剣と輪、傍から見れば不恰好だが、堂々と佇むその地には跡形も残らないだろう――――それが一生物、兵器としての“天使”であり、
アトワイトの二つ名と合わせれば、戦場に立つ地上軍の“天使”だろうか?
『そうね、と言えばどうする?』
素っ気ない反応に心を締め付けられる。ディムロスは締め付けられ過ぎて裂けて出た熱いものを必死に抑える。
『傀儡に成り下がったか、アトワイト』
『戦争とはそういうものだと思うのだけど。上官が命じれば兵は従う。立派に死ねと言われれば必死に動く。
ましてや私達は兵器よ? 戦場に駆り出されることが何よりの存在意義。
今私達がここにある意味を考えることね、中将』
それが衛生兵をベースにした人格の言葉とはにわかに信じ難がったが、ディムロスの心を更に切り裂くには充分過ぎた。
兵士は駒だ、傀儡だという定義よりも階級で呼ばれたことが心苦しかった。
戦争未経験者、そして未だにアトワイトがコレットを支配していることを知らぬカイルは、よく分からないような顔をしてコレットを見つめた。
青い瞳。澄んだそれは彼が知っている紅眼とは違っていた。
黙りこくってリアラを必死に守っていた彼女とは違うのだ。
「コレットに……コレットに何をしたんだ!」
カイルの吼えに、アトワイトは表面に思わず出てきそうなものを抑え、素っ気ない風貌を気取った。
『何もしてないわ。彼女がしたのよ。コレットはリアラに手をかけたの』
一瞬コレットの身体が強張ったように見えた。
「嘘だっ! コレットがそんなことする訳ない!」
『そうね。殺す訳がないわ……殺したのはそこの剣よ』
一瞬、カイルの面に戸惑いと狼狽が浮かんだ瞬間にコアクリスタルが光り始める。それは敵意の証拠であり無視の証。
『アイシクル、尖状突出!』
カイルの下に氷の柱が1本、鋭く高く生まれてくる。
速さはゆっくりなんてものではなく急速。瞬時と言い換えてもいい。
咄嗟に回避した彼はミスティブルームの箒草に氷が触る振動を感じた。ちらと振り替えれば少し凍っている。
飛ぶ最中にも追うようにして地から氷は生え、民家の屋根上に逃げ切った時には大地に何本もの樹氷があるように見えた。
氷の木に囲まれたコレットは尚もソーディアンから光を放つ。
「訳分からないことを言うな!」
『いいえ、真実よ』
「……俺は貴方に聞いてるんじゃない! コレットに聞いてるんだ!!」
頭に響く声は確かにアトワイトのものなのに、コレットの姿が混ざり合って分からないような錯誤を生む。
『――分からず屋!』
荒げたくない声を荒げさせ、コアクリスタルが光り始める。
戦争とは相手の正義を尋ねぬこと、否、知っていても勘定に入れぬこと。
自分の方が揺らいでしまうなら、それは既に負けだ。――声を荒げている彼女は既に敗者かもしれない。
『貴方に構っている暇なんてないの……アイストーネード、』
『カイル、この場から離れろ!』
ディムロスに従い離れるカイル、
『――――環状集束!!』
しかし目の前にきらつく何か、それは氷の輪であり、こちらに迫ってくるのを見てカイルは何とか身を逸らした。
研ぎ澄まされた輪はカイルの右腕を裂く。痛みに体勢を崩しかけるも寸でのところで保たせる。
彼の紅蓮剣のように戻っていった氷の輪は、アトワイトを握っていない方の彼女の手に握られる。
剣と輪、傍から見れば不恰好だが、堂々と佇むその地には跡形も残らないだろう――――それが一生物、兵器としての“天使”であり、
アトワイトの二つ名と合わせれば、戦場に立つ地上軍の“天使”だろうか?
傷口を手で庇いそうになるも、突然の行動に対応するためにも傷をそのままにカイルは吼える。
「……どうしてミトスなんかに従ってるんだ!」
『マスターを侮蔑しないで』
「質問に答えろっ!!」
左でディムロスを抜き払いコレット、もといアトワイトへと駆る。氷の戦輪が投擲される。
先程のスピードも考慮し早々に回避し、大回りで接近する。無論、手ぶらになった手の方へ!
薙ぎ払いはもう片方の武器に受け止められる。高き剣戟音、ソーディアン・アトワイト。
『答える理由がないからよ』
空になっていた手を剣身に添えていたが、そっと離され中空へ掲げる。
意味を理解したカイルは相手の剣から逃れ横に回避。すぐにアトワイトの手に戻ってきたチャクラムが握られる。
「……ふざけるなっ!!」
言葉の意味を正直に受け取ったカイルが叫ぶ。
「ディムロスがリアラを殺したなんて……そんなの違う! 悪いのは、悪いのは」
同時にコアクリスタルが光り、数本の炎の矢が疾駆する。
下級晶術フレイムドライブを彼女は後方へ飛んで避けるも、1つが氷輪に接触し形容を崩した。
360度の円ではなく、今は300度くらいの氷の軌跡だろうか。
アトワイトは手で砕き落ちた残骸を更に足で潰した。
『ミトスだ、とでも言うの? 笑わせないで。
貴方も憎むべきなのよ。その人は、リアラを救うチャンスを自ら棒に振った人物よ』
「そうじゃない。そんなんじゃない!」
右腕と左足から血が抜けていく感覚がするが、それでもカイルは力一杯叫んだ。
だがそれもアトワイトは嗤笑で一蹴する。
『じゃあ何だと言うの? 昨夜だけではないわ。マリアンの時もディムロス、貴方は2度も傍にいた。
でも貴方は救えなかった。貴方は、この島の多くの少女達を殺してきたのよ。最低ね』
アトワイトの辛辣な言葉が空間に行き渡る。決して霧の中に紛れたりはしなかった。
否定も肯定もせず、ただ沈黙を守り続けるディムロスをカイルは見る。
どことなくコアの光は暗鬱としており、彼は結晶の奥で悲痛な顔をし、口を強く閉ざしている男の姿を見た気がした。
2人の間にある不可視の壁が音を遮断しているかのように、束の間の静寂が訪れる。
それは、カイルが言葉を発しなくなったからではなく、彼女が言葉を放つのを躊躇しているからのように思えた。
『平然と生きて、平然と顔突き合わせるなんて。貴方が死んでいればどれほど気が楽か』
青い眼が少し光ったように見えた。コアの光に反射してだろうか。翳されたソーディアンから力が迸る。
カイルは箒を握る片手に力を込め、回避の体勢を整える。
彼女の音韻はどことなく悲しく、今だけは一撃を加えていい権利など自分にはないと思った。
「……どうしてミトスなんかに従ってるんだ!」
『マスターを侮蔑しないで』
「質問に答えろっ!!」
左でディムロスを抜き払いコレット、もといアトワイトへと駆る。氷の戦輪が投擲される。
先程のスピードも考慮し早々に回避し、大回りで接近する。無論、手ぶらになった手の方へ!
薙ぎ払いはもう片方の武器に受け止められる。高き剣戟音、ソーディアン・アトワイト。
『答える理由がないからよ』
空になっていた手を剣身に添えていたが、そっと離され中空へ掲げる。
意味を理解したカイルは相手の剣から逃れ横に回避。すぐにアトワイトの手に戻ってきたチャクラムが握られる。
「……ふざけるなっ!!」
言葉の意味を正直に受け取ったカイルが叫ぶ。
「ディムロスがリアラを殺したなんて……そんなの違う! 悪いのは、悪いのは」
同時にコアクリスタルが光り、数本の炎の矢が疾駆する。
下級晶術フレイムドライブを彼女は後方へ飛んで避けるも、1つが氷輪に接触し形容を崩した。
360度の円ではなく、今は300度くらいの氷の軌跡だろうか。
アトワイトは手で砕き落ちた残骸を更に足で潰した。
『ミトスだ、とでも言うの? 笑わせないで。
貴方も憎むべきなのよ。その人は、リアラを救うチャンスを自ら棒に振った人物よ』
「そうじゃない。そんなんじゃない!」
右腕と左足から血が抜けていく感覚がするが、それでもカイルは力一杯叫んだ。
だがそれもアトワイトは嗤笑で一蹴する。
『じゃあ何だと言うの? 昨夜だけではないわ。マリアンの時もディムロス、貴方は2度も傍にいた。
でも貴方は救えなかった。貴方は、この島の多くの少女達を殺してきたのよ。最低ね』
アトワイトの辛辣な言葉が空間に行き渡る。決して霧の中に紛れたりはしなかった。
否定も肯定もせず、ただ沈黙を守り続けるディムロスをカイルは見る。
どことなくコアの光は暗鬱としており、彼は結晶の奥で悲痛な顔をし、口を強く閉ざしている男の姿を見た気がした。
2人の間にある不可視の壁が音を遮断しているかのように、束の間の静寂が訪れる。
それは、カイルが言葉を発しなくなったからではなく、彼女が言葉を放つのを躊躇しているからのように思えた。
『平然と生きて、平然と顔突き合わせるなんて。貴方が死んでいればどれほど気が楽か』
青い眼が少し光ったように見えた。コアの光に反射してだろうか。翳されたソーディアンから力が迸る。
カイルは箒を握る片手に力を込め、回避の体勢を整える。
彼女の音韻はどことなく悲しく、今だけは一撃を加えていい権利など自分にはないと思った。
『……アトワイト、あの信号は』
『厚顔。鉄面皮。口に出すならば分かっているでしょう?』
言葉を遮り彼女は早口で捲くし立てる。
ディムロスから声の残骸が零れる。口の両側に錘が吊るされているようだった。それほど、言葉を発しようという行為が重い。
自分の中に降り積もった澱みは軍人としては不純物でしかないのに、今のディムロスには処理し切れなかった。
『私が洞窟に行っていれば、何か変わったか』
その澱みをどこかアトワイトは感じ取っていたのだろうか。
これでも非をミトスに求めるというのなら、まだ責めて責めて責め続ければ何も見ないで済んだ。
しかしかつての恋人には似合わぬセンチメンタルな言葉に、彼女は再び足元が揺らぐのを感じた。
ぶら下がっていただけの錠が落ちて取り留めのない心が溢れ出すのを感じた。
別に罪を認識させようとしている訳ではない。一体、私は彼に罪を強要し、何を求めているというの?
『可能性は幾つもの未来だわ。そして光と影。
ええ、確かに重傷者に文民、貴方が来たところで何も変わらなかったかもしれない。むしろ被害は拡大していたかもしれない。でも』
彼女の言葉、軍人ではなくアトワイト・エックスとしての言葉である。
現を抜かした兵としてあるまじき言葉である。
しかし、どう足掻いてもエラーを起こす人間は光に溢れた仮定を、イフの未来を想像してしまう。
それは悪の手先を蹴散らし、殺されそうな仲間を助け出すヒーローかもしれないし、捕らわれの姫を救いに来る白馬の王子かもしれない。
どんなに細い光でも、やがて無限に広がる光になると。
『厚顔。鉄面皮。口に出すならば分かっているでしょう?』
言葉を遮り彼女は早口で捲くし立てる。
ディムロスから声の残骸が零れる。口の両側に錘が吊るされているようだった。それほど、言葉を発しようという行為が重い。
自分の中に降り積もった澱みは軍人としては不純物でしかないのに、今のディムロスには処理し切れなかった。
『私が洞窟に行っていれば、何か変わったか』
その澱みをどこかアトワイトは感じ取っていたのだろうか。
これでも非をミトスに求めるというのなら、まだ責めて責めて責め続ければ何も見ないで済んだ。
しかしかつての恋人には似合わぬセンチメンタルな言葉に、彼女は再び足元が揺らぐのを感じた。
ぶら下がっていただけの錠が落ちて取り留めのない心が溢れ出すのを感じた。
別に罪を認識させようとしている訳ではない。一体、私は彼に罪を強要し、何を求めているというの?
『可能性は幾つもの未来だわ。そして光と影。
ええ、確かに重傷者に文民、貴方が来たところで何も変わらなかったかもしれない。むしろ被害は拡大していたかもしれない。でも』
彼女の言葉、軍人ではなくアトワイト・エックスとしての言葉である。
現を抜かした兵としてあるまじき言葉である。
しかし、どう足掻いてもエラーを起こす人間は光に溢れた仮定を、イフの未来を想像してしまう。
それは悪の手先を蹴散らし、殺されそうな仲間を助け出すヒーローかもしれないし、捕らわれの姫を救いに来る白馬の王子かもしれない。
どんなに細い光でも、やがて無限に広がる光になると。
細い光なんて、掻き消されて当然だった。
『悔やみなさい、これが未来の私よ』
全ての憂いを断つように、コアクリスタルから一層強い光が放たれた。
全ての憂いを断つように、コアクリスタルから一層強い光が放たれた。
『ブリザード、永久氷結』
気が変わった。
「そんなの、あってたまるか……」
白の中に更に白で塗り固めようとする吹雪の中で、唯一、1箇所だけが明るくなっている。
アトワイトは天使の視力で何とかそれを見た。
炎だ。
空中に炎が浮かんでいる。
大剣を左手に、刀身に炎を纏い、炎の壁が彼を包んでいる。しかし、勢いが強まり彼を飲み込む気配はまるでない。
『……ファイアウォール!?』
彼女は素直に驚嘆した。感情が稀薄した自分を使うミトスはともかく、こうも短時間で真の晶術を行使できるものなのか。
そして、局地的とはいえ自分のブリザードを相殺するほどの炎を生み出せるものなのか。
彼の炎はこうこうと燃え、周囲の雪や霧を蒸発させている。
「確かに後悔することだって沢山ある……でも、過去は変えられないし変えちゃいけない。
だから、人は生きてる限り、自分を見つめ直せる資格があるんだ」
周りを包んでいた炎壁が更に刀身に纏われ、強大な火炎を作り上げる。
炎の壁の向こうにいる少年は髪が開け、陽炎に揺らめいて視線は覆われ見えない。
「それを、他人に罪を着させたり自分の殻に引き篭もったり……いい加減にしろっ!!」
きっと上げられた顔に浮かぶ強い眼差し。彼の剣幕にアトワイトは身体を震わせた。
そして少年の輪郭に沿うように包む炎を見て、彼女は理解する。この炎は彼の怒りであり、闘気であり、想いであるのだと。
ソーディアン・ディムロスを構え彼は突撃する。間違いなく彼女に向けられている剣先。
炎が翼のように広がり、雪を掻き消し白の中の赤として存在を肥大させる。
天駆ける炎、まさしくそれは鳳凰の如く。
ぼう、としていたアトワイトは我に直り慌てて詠唱を開始する。
その間にも迫りつつある焔。あと3メートル、2メートル、1、
「いつまでも……うだうだ、言ってるなぁぁぁぁぁっ!!」
――カイルの鳳凰天駆が、間一髪で地上からせり上がったアイスウォールと交錯した。
交わる炎と氷、破裂する氷の壁。ばらばらに砕け散った氷の欠片がカイルもコレットも傷付ける。
それでも烈風はコレットの身体を吹き飛ばし、氷と衝突したカイルは箒から転落した。
白の中に更に白で塗り固めようとする吹雪の中で、唯一、1箇所だけが明るくなっている。
アトワイトは天使の視力で何とかそれを見た。
炎だ。
空中に炎が浮かんでいる。
大剣を左手に、刀身に炎を纏い、炎の壁が彼を包んでいる。しかし、勢いが強まり彼を飲み込む気配はまるでない。
『……ファイアウォール!?』
彼女は素直に驚嘆した。感情が稀薄した自分を使うミトスはともかく、こうも短時間で真の晶術を行使できるものなのか。
そして、局地的とはいえ自分のブリザードを相殺するほどの炎を生み出せるものなのか。
彼の炎はこうこうと燃え、周囲の雪や霧を蒸発させている。
「確かに後悔することだって沢山ある……でも、過去は変えられないし変えちゃいけない。
だから、人は生きてる限り、自分を見つめ直せる資格があるんだ」
周りを包んでいた炎壁が更に刀身に纏われ、強大な火炎を作り上げる。
炎の壁の向こうにいる少年は髪が開け、陽炎に揺らめいて視線は覆われ見えない。
「それを、他人に罪を着させたり自分の殻に引き篭もったり……いい加減にしろっ!!」
きっと上げられた顔に浮かぶ強い眼差し。彼の剣幕にアトワイトは身体を震わせた。
そして少年の輪郭に沿うように包む炎を見て、彼女は理解する。この炎は彼の怒りであり、闘気であり、想いであるのだと。
ソーディアン・ディムロスを構え彼は突撃する。間違いなく彼女に向けられている剣先。
炎が翼のように広がり、雪を掻き消し白の中の赤として存在を肥大させる。
天駆ける炎、まさしくそれは鳳凰の如く。
ぼう、としていたアトワイトは我に直り慌てて詠唱を開始する。
その間にも迫りつつある焔。あと3メートル、2メートル、1、
「いつまでも……うだうだ、言ってるなぁぁぁぁぁっ!!」
――カイルの鳳凰天駆が、間一髪で地上からせり上がったアイスウォールと交錯した。
交わる炎と氷、破裂する氷の壁。ばらばらに砕け散った氷の欠片がカイルもコレットも傷付ける。
それでも烈風はコレットの身体を吹き飛ばし、氷と衝突したカイルは箒から転落した。
一部分だけ霧が薄まり、はらはらとダイアモンドダストが舞う中、2人は動かない。
先に起き上がったのはカイルだが、両足の骨折と左足甲の傷が災いして身動きは取れなかった。
後れてアトワイトが起き上がり、痛みを堪える素振りすら見せず、カイルに近付いていく。
彼はディムロスを構えるだけして、少女を見つめていた。
歩幅3歩分くらいまで来て、アトワイトは曲刀を突き付けた。
『生きている限り、自分を見つめ直せる資格があると言ったわね』
少女の面持ちは無表情で、カイルは喉を鳴らした。
しかし、アトワイトの反応は、殺されると思っていた彼が考えていたものとは違っていた。
『もう何もかも終わっているのよ。終わってしまったものを見つめ直しても、終わりしかないわ』
物静かな、諦観とも取れる淡々とした音で彼女は言う。
開けた髪で彼女の顔には影が落ちており、碧眼に光は消えていた。
カイルはゆっくりと頭を振る。
「いいえ。終わりなんてありません。まだ、終わってなんかいません」
ぴくり、とアトワイトの刀身がぶれる。
剣を突きつけられこそすれ、カイルには不思議と恐怖心はなかった。
相手に先程のような戦意がないのは彼にだって分かっていた。
「アトワイトさん、リアラを殺したのはディムロスじゃありません。俺なんです」
そう言って、彼の脳裏にミトスとリアラが一緒に城を離れようとするのを、喚いてでも止めようとした自分の姿が過ぎる。
胸に手を押し当て服を握り、例え隙を見せるようなことであっても目を伏せる。
「リアラを殺した罪は俺にもあります。けど……この痛みは俺だけのもの。
忘れてもいけないし、他人に押し付けていいものでもない」
瞼の奥の薄闇に広がる、ぼんやりとした燐光。未来への道筋。
過去は変えてはいけない。だからこそ人は未来に目を向けなければいけない。
自分の中に積み重ねられてきたものを糧に、忌まわしき過去の泥沼に足を捕らわれず歩まねばならないのだ。
例え傷塗れの中でも、僅かばかりでも光は誰にだってあるものだから。
両目を開け、彼は笑みかけた。
「こんな俺だって生きてるんです。終わりなんて、どこにもないでしょう?」
それが、両親を失くし想い人を失くし親友や仲間を失くしてきた、彼なりの答えだった。
終わりなんて軽々しく口に出していいものではないのだ。支えてきてくれた多くの人々のことを思いさえすれば。
故に彼の笑顔は非常に重みを帯びており、経験に裏打ちされた、少なくともアトワイトが知る
恋人を亡くしたという事実を経ても浮かべる笑顔に、彼女は恐怖すら覚えた。
その心持を必死に隠し、アトワイトは剣を下ろし彼に近付いた。
目の前まで来ても彼は大剣を動かす気配はなく、座り込んだまま彼女を見上げていた。
先に起き上がったのはカイルだが、両足の骨折と左足甲の傷が災いして身動きは取れなかった。
後れてアトワイトが起き上がり、痛みを堪える素振りすら見せず、カイルに近付いていく。
彼はディムロスを構えるだけして、少女を見つめていた。
歩幅3歩分くらいまで来て、アトワイトは曲刀を突き付けた。
『生きている限り、自分を見つめ直せる資格があると言ったわね』
少女の面持ちは無表情で、カイルは喉を鳴らした。
しかし、アトワイトの反応は、殺されると思っていた彼が考えていたものとは違っていた。
『もう何もかも終わっているのよ。終わってしまったものを見つめ直しても、終わりしかないわ』
物静かな、諦観とも取れる淡々とした音で彼女は言う。
開けた髪で彼女の顔には影が落ちており、碧眼に光は消えていた。
カイルはゆっくりと頭を振る。
「いいえ。終わりなんてありません。まだ、終わってなんかいません」
ぴくり、とアトワイトの刀身がぶれる。
剣を突きつけられこそすれ、カイルには不思議と恐怖心はなかった。
相手に先程のような戦意がないのは彼にだって分かっていた。
「アトワイトさん、リアラを殺したのはディムロスじゃありません。俺なんです」
そう言って、彼の脳裏にミトスとリアラが一緒に城を離れようとするのを、喚いてでも止めようとした自分の姿が過ぎる。
胸に手を押し当て服を握り、例え隙を見せるようなことであっても目を伏せる。
「リアラを殺した罪は俺にもあります。けど……この痛みは俺だけのもの。
忘れてもいけないし、他人に押し付けていいものでもない」
瞼の奥の薄闇に広がる、ぼんやりとした燐光。未来への道筋。
過去は変えてはいけない。だからこそ人は未来に目を向けなければいけない。
自分の中に積み重ねられてきたものを糧に、忌まわしき過去の泥沼に足を捕らわれず歩まねばならないのだ。
例え傷塗れの中でも、僅かばかりでも光は誰にだってあるものだから。
両目を開け、彼は笑みかけた。
「こんな俺だって生きてるんです。終わりなんて、どこにもないでしょう?」
それが、両親を失くし想い人を失くし親友や仲間を失くしてきた、彼なりの答えだった。
終わりなんて軽々しく口に出していいものではないのだ。支えてきてくれた多くの人々のことを思いさえすれば。
故に彼の笑顔は非常に重みを帯びており、経験に裏打ちされた、少なくともアトワイトが知る
恋人を亡くしたという事実を経ても浮かべる笑顔に、彼女は恐怖すら覚えた。
その心持を必死に隠し、アトワイトは剣を下ろし彼に近付いた。
目の前まで来ても彼は大剣を動かす気配はなく、座り込んだまま彼女を見上げていた。
『殺さないのね』
「俺には貴女を殺す理由がありません」
『これから西に向かうとしても?』
「それでも」
『ミトスに加担し、私もリアラを殺し、手を穢しているとしても?』
少しの沈黙が場を支配する。
「……それでも」
目を細め、ふぅと小さくアトワイトは意味のない息を零した。
『甘いわ』
彼女はアトワイトを翻し、勢い良くカイルの首筋へと突き出した。
彼は大きく目を開け、剣先の点が加速度的に肥大していくのを見ていた。
ひゅん、と空を切る音がして、刀身は彼の首の真横に添えられていた。朱には染まらず。視界の中で銀の金属光沢が目を刺激する。
『今の貴方だけじゃない。見逃された私がこれから誰か殺したらどうするつもりなの?』
剣を差し出したままアトワイトは問う。
下手すればそのまま首を刈られるかもしれないという本能的な恐怖を抑え、カイルは真剣な双眸を向けた。
「殺さないと信じるのは、いけないことですか」
声は震えていなかった。
身勝手や傲慢の類ではない。本当に、これはカイルの強さなのだ。
『……本当に、甘いわ』
そうとしか言いようがなかった。だが、その突き抜けた甘さは、何よりも重みを持っていた。
剣を戻し、彼女は踵を返して歩を進める。
これ以上の声は掛けなかった。答えは分かりきっていた上、彼と話していたらもっと足場が崩壊しそうな気がした。
障害物の“行動”は不能にした。後はミトスの命令通り、早急に西に一撃を加えるのみ。
そう理由付けなければ、何故自分がカイルを殺さなかったのか、理解したくもなかった。
「俺には貴女を殺す理由がありません」
『これから西に向かうとしても?』
「それでも」
『ミトスに加担し、私もリアラを殺し、手を穢しているとしても?』
少しの沈黙が場を支配する。
「……それでも」
目を細め、ふぅと小さくアトワイトは意味のない息を零した。
『甘いわ』
彼女はアトワイトを翻し、勢い良くカイルの首筋へと突き出した。
彼は大きく目を開け、剣先の点が加速度的に肥大していくのを見ていた。
ひゅん、と空を切る音がして、刀身は彼の首の真横に添えられていた。朱には染まらず。視界の中で銀の金属光沢が目を刺激する。
『今の貴方だけじゃない。見逃された私がこれから誰か殺したらどうするつもりなの?』
剣を差し出したままアトワイトは問う。
下手すればそのまま首を刈られるかもしれないという本能的な恐怖を抑え、カイルは真剣な双眸を向けた。
「殺さないと信じるのは、いけないことですか」
声は震えていなかった。
身勝手や傲慢の類ではない。本当に、これはカイルの強さなのだ。
『……本当に、甘いわ』
そうとしか言いようがなかった。だが、その突き抜けた甘さは、何よりも重みを持っていた。
剣を戻し、彼女は踵を返して歩を進める。
これ以上の声は掛けなかった。答えは分かりきっていた上、彼と話していたらもっと足場が崩壊しそうな気がした。
障害物の“行動”は不能にした。後はミトスの命令通り、早急に西に一撃を加えるのみ。
そう理由付けなければ、何故自分がカイルを殺さなかったのか、理解したくもなかった。
――――見つめ直す資格。
私は、自分にもあの剣にも、また何かに期待してしまっているというのか。
私は、自分にもあの剣にも、また何かに期待してしまっているというのか。
コレットの姿をしたアトワイトが去り、再び霧は広場の外れを覆い始める。
カイルはどさりと倒れ込み空を仰いだ。とは言え、広がるのは白とも灰とも取れる圧迫感のある空だけだった。
足と手から、特に足から抜ける血で少しふらふらする。
少し先にある箒を見て、どこかで傷の処置をしないとと思った。
『……何故殺さなかった?』
溜息とも取れる呼吸音の後、ディムロスは静かながらも不思議そうに聞いた。
警戒していた敵は何のことなく西へ。任務を任されていた側から見れば、これは敗北だ。
「確かにミトスに協力しているかもしれない。障害は倒すとも言った。
でも、資格があるなら機会もあったっていいっても思ったんだ……それに」
彼は首だけ動かし、手に握られたソーディアンを一瞥する。
「今殺したら、ディムロスはずっと苦しいままだ」
あるかもしれない目を見開きディムロスはカイルを見つめる。
一体何が苦しい、と反論しそうになって口を噤み、苦しいと思う心は真実だと認めた。
彼女に手を穢させたのは事実であり、許されるべきだとは思っていない。
だが、カイルはカイルなりの思いで、アトワイトを殺さなかったのである。
そこにきっとディムロスの思惑は、ある意味では考慮されていないのだろう。
『私情に囚われるとは、重罪だな』
軍人として苦言を呈し、ごめん、とだけカイルは言う。
しかし、彼の優しさには感謝すべきなのかもしれなかった。ディムロスにもまた資格と機会は与えられたのだ。
胸の澱みは不思議な熱を帯びていた。
『カイル、私は……彼女を救えるのだろうか』
罪の泥沼に捕らわれ、言いたくとも言えなかった本心が滲み出る。
カイルは小さく頷いた。
「だから、あの人も生きるべきなんだ。きっと」
カイルはどさりと倒れ込み空を仰いだ。とは言え、広がるのは白とも灰とも取れる圧迫感のある空だけだった。
足と手から、特に足から抜ける血で少しふらふらする。
少し先にある箒を見て、どこかで傷の処置をしないとと思った。
『……何故殺さなかった?』
溜息とも取れる呼吸音の後、ディムロスは静かながらも不思議そうに聞いた。
警戒していた敵は何のことなく西へ。任務を任されていた側から見れば、これは敗北だ。
「確かにミトスに協力しているかもしれない。障害は倒すとも言った。
でも、資格があるなら機会もあったっていいっても思ったんだ……それに」
彼は首だけ動かし、手に握られたソーディアンを一瞥する。
「今殺したら、ディムロスはずっと苦しいままだ」
あるかもしれない目を見開きディムロスはカイルを見つめる。
一体何が苦しい、と反論しそうになって口を噤み、苦しいと思う心は真実だと認めた。
彼女に手を穢させたのは事実であり、許されるべきだとは思っていない。
だが、カイルはカイルなりの思いで、アトワイトを殺さなかったのである。
そこにきっとディムロスの思惑は、ある意味では考慮されていないのだろう。
『私情に囚われるとは、重罪だな』
軍人として苦言を呈し、ごめん、とだけカイルは言う。
しかし、彼の優しさには感謝すべきなのかもしれなかった。ディムロスにもまた資格と機会は与えられたのだ。
胸の澱みは不思議な熱を帯びていた。
『カイル、私は……彼女を救えるのだろうか』
罪の泥沼に捕らわれ、言いたくとも言えなかった本心が滲み出る。
カイルは小さく頷いた。
「だから、あの人も生きるべきなんだ。きっと」
【カイル=デュナミス 生存確認】
状態:HP30% TP20% 両足粉砕骨折(処置済み) 両睾丸破裂(男性機能喪失)右腕裂傷 左足甲刺傷
所持品:鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全
蝙蝠の首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ ミントの帽子
S・D 魔玩ビシャスコア アビシオン人形 漆黒の翼のバッジ ペルシャブーツ
基本行動方針:生きる
第一行動方針:傷を処置する
第二行動方針:守られる側から守る側に成長する
第三行動方針:ヴェイグの行動を見続ける
SD基本行動方針:一同を指揮
現在位置:C3村中央地区・広場東側付近
状態:HP30% TP20% 両足粉砕骨折(処置済み) 両睾丸破裂(男性機能喪失)右腕裂傷 左足甲刺傷
所持品:鍋の蓋 フォースリング ウィス 忍刀血桜 クラトスの輝石 料理大全
蝙蝠の首輪 レアガントレット(左手甲に穴)セレスティマント ロリポップ ミントの帽子
S・D 魔玩ビシャスコア アビシオン人形 漆黒の翼のバッジ ペルシャブーツ
基本行動方針:生きる
第一行動方針:傷を処置する
第二行動方針:守られる側から守る側に成長する
第三行動方針:ヴェイグの行動を見続ける
SD基本行動方針:一同を指揮
現在位置:C3村中央地区・広場東側付近
【アトワイト=エックス@コレット 生存確認】
状態:HP90% TP25% コレットの精神への介入 ミトスへの隷属衝動 思考放棄?
所持品(サック未所持):苦無×1 ピヨチェック エクスフィア強化S・A
基本行動方針:積極的にミトスに従う
第一行動方針:ジャッジメントに合わせて戦闘中の参加者に奇襲を仕掛ける
第二行動方針:成否に関わらずその後鐘楼まで撤退、以後ミントと実りの守備
第三行動方針:コレットの魂を消化し、自らの力とする
第四行動方針:ミトスが死亡した場合、命令を遂行する?
現在位置:C3村中央地区・広場→西地区
状態:HP90% TP25% コレットの精神への介入 ミトスへの隷属衝動 思考放棄?
所持品(サック未所持):苦無×1 ピヨチェック エクスフィア強化S・A
基本行動方針:積極的にミトスに従う
第一行動方針:ジャッジメントに合わせて戦闘中の参加者に奇襲を仕掛ける
第二行動方針:成否に関わらずその後鐘楼まで撤退、以後ミントと実りの守備
第三行動方針:コレットの魂を消化し、自らの力とする
第四行動方針:ミトスが死亡した場合、命令を遂行する?
現在位置:C3村中央地区・広場→西地区
【コレット=ブルーネル 生存確認?】
状態:魂をアトワイトにほぼ占領されつつある 無機生命体化 外界との拒絶
所持品:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ
基本行動方針:待つ
現在位置:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ
状態:魂をアトワイトにほぼ占領されつつある 無機生命体化 外界との拒絶
所持品:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ
基本行動方針:待つ
現在位置:アトワイト・エックス@コレット・ブルーネルと同じ
※ミスティブルームはカイルから少し離れた所に落ちています。