1920年8月 セーブル条約 対オスマン帝国講和条約 ※オスマン帝国が締結
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1923年7月 ローザンヌ条約 対元オスマン帝国条約 セーブル条約の破棄 ※トルコ共和国が締結
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まず、講和条約にはこの2つがあることはみなさんご存知かと思います
ローザンヌ条約が現在のトルコの基礎となっているもので、セーブル条約は破棄されています
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ローザンヌ条約 第39条
非ムスリムのマイノリティに属するトルコ国民は、ムスリムと同等の市民的、政治的権利を享受する。
トルコのすべての住民は、宗教の区別なく、法の下に平等である。
宗教、信条または告白の違いは……例えば、公的な雇用、機能、名誉への参入、職業の権利行使など、
市民的または政治的権利の享受に関する問題において、トルコ国民を害してはならない。
いかなる言語も、トルコ国民が私的な会話、商業、宗教、報道、あらゆる種類の出版物、公の会合で自由に使用することを制限してはならない。
公用語の存在にかかわらず、非トルコ語話者のトルコ国民が法廷で自国語を口頭で使用するための十分な便宜が与えられるものとする
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それで、現在の基礎たる ローザンヌ条約のマイノリティ保護条項(37条~45条)の中で
もっとも重要な39条の規定を見てみましょう。ここでトルコ共和国におけるマイノリティとは
「非ムスリムのマイノリティに属するトルコ国民」と明記されています
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「非ムスリムのマイノリティに属するトルコ国民」とは何者かということですが
現在のトルコの解釈の通説は 「ギリシャ人、アルメニア人、ユダヤ人」のみとされています
すなわちこの3者以外のいかなる民族、宗派も民族的にも憲法的にもトルコ人であり、マイノリティではない
そのように解釈されています
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☆マイノリティの権利
第41条
・非ムスリムへの公的教育の権利
・トルコ語以外の教育現場での使用権利
・教育の財政はマイノリティ自ら実施すること
第 42 条
・家族法および個人的地位のみ マイノリティの慣習に従った措置を可能にする
・教会、シナゴーグなどの保護
・上記の措置を監視するために 国際連盟理事会が選出したヨーロッパの弁護士による監視
第 43 条
・非ムスリムの信仰の自由や儀礼の実践の保障
・宗教的休日を理由とした法廷出席の拒否や法律上の義務の履行の一部許容
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このマイノリティができることとは何かは色々ありますが、端的に言えば
①教育の権利 ②言語の権利 ③教会などの保護 ④民法事項における慣習の尊重 ⑤宗教の自由の保障
この5つがマイノリティの権利とされています
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※あるトルコ人研究者による現在のトルコのマイノリティ
1、ローザンヌ条約39条によって認知されたマイノリティ
ユダヤ人、アルメニア人、ギリシャ人
2、ローザンヌ条約39条によって認知されない非ムスリム・マイノリティ
グルジア人、マロン派キリスト教徒、アッシリア人、プロテスタント、バハーイ
3、ローザンヌ条約39条によって認知されないマイノリティ(民族)
アラブ人(スンナ派、シーア派、キリスト教徒全て)、クルド人、ラズ人、チェルケス人、ロマ
4、ローザンヌ条約39条によって認知されないムスリム・マイノリティ(宗教)
アレヴィー
5、ローザンヌ条約39条によって認知されないムスリム・マイノリティ(言語)
ザザ人
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さて、話をもう少し進めてみましょう。あるトルコ人研究者がまとめた現在のマイノリティとはこうなります
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これを見ると、分かると思いますが
例え、キリスト教徒であっても ユダヤ人、アルメニア人、ギリシャ人以外はマイノリティではなく
例え、ムスリムであっても トルコ人かつムスリムかつスンナ派のいずれの条件を満たしてなくても マイノリティではありません
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つまり、現在のトルコ政府の公式解釈に厳格に乗っ取るならば
スンナ派的かつムスリムなトルコ人 非ムスリムマイノリティ(ユダヤ人、アルメニア人、ギリシャ人)しか
トルコには存在しないことになります
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つまり、ローザンヌ条約に基づけば、ユダヤ人、アルメニア人、ギリシャ人以外に
こうしたマイノリティの権利を与えることは基本的にありません
トルコ語を話し、スンナ派の信仰をもったムスリムしかいないから与える必要がないのですね。
例えば、グルジア人スンナ派ムスリムがいるとして、彼らはトルコ人なので
トルコ語で教育をし、トルコ的な信仰儀礼をしなければないとされます。
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1926年 定住法
・トルコ文化に属さないものは、トルコに定住できない(トルコ語を話す+ムスリム以外のものは移民として定住できない)
1934年 定住法
・トルコ起源と文化をもった移民・難民のみ受け入れる
・トルコ起源と文化をもった移民・難民の流入は阻止する
※トルコ文化とはトルコ語を母語とするもののみを指す
→トルコ文化を基準として、住民と国土を三分割し、非ムスリムおよびクルド人を国内の別地域に定住(追放)し
トルコ系ムスリムを追放された人々の地域に定住させる
※クルド人に関しては少なくとも25000人が追放 追放された地域にトルコ系ムスリムが20万人程度が移住
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さて、こうしたローザンヌ条約に基づいて、歴史がすすんだ場合どうなるか
まず、1920年代から1930年代にかけて定住法が制定されます。
これにより、トルコ語を話せないものは 移民・難民として定住が困難になります
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この定住法の規定には続きがあり、1934年 定住法では
非ムスリムやクルド人が故郷から別の地域に定住(追放)される政策も行われていました
どこかのソ連で見たことがあるのではないでしょうか
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1927年 独立解放戦争における旧オスマン帝国臣民で、以後帰国しないものに関する法律
・独立戦争時において、トルコ国外に逃亡した人々の国籍無効
※主にギリシャ人、アルメニア人が対象
1928年 トルコ国籍法
結婚によらない 非ムスリムのトルコ国籍獲得条件 ①イスラームへの改宗、②トルコ語名の受容
外国に協力するなどトルコへの利敵行為にはたらいた人々への国籍剥奪
→ギリシャ人、アルメニア人などの国籍が剥奪
1933年 移動規制法
トルコ共和国のパスポートを持たないキリスト教の入国規制
→オスマン帝政期にオスマン国民が国籍を取得するためにトルコに訪れることが不可能に
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では、ローザンヌ条約で権利が保障されたユダヤ人、アルメニア人、ギリシャ人なら人生楽勝かというと
そうではないのが様々な法律からわかります
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1926年 国家公務員にトルコ人のみが就業可能
1928年 医療関係者にトルコ人のみが就業可能
1931年 報道関係者にトルコ人のみが就業可能
1932年 トルコ人就業優先法
1935年までに非トルコ人は、職を辞してトルコ人に譲らなければならないという強制規定
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これは住む場所だけでなく、職業という点からも同じです 1920年代以降条約によって保障された
マイノリティであっても、職業を自由に選ぶことはできなくなりました
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このようにして、ケマル時代にトルコ共和国は 単一的なトルコ人という概念をベースに
トルコを作り上げたということになります。
こうした基準からは、ナンヤイネの住民はトルコ人かローザンヌ条約で保障されたマイノリティしかいないことになりますね
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セーブル条約
第141条
トルコは、出生、国籍、言語、人種、宗教の区別なく、トルコのすべての住民の生命と自由の完全かつ完全な保護を保証することを約束します。
トルコのすべての住民は、公私を問わず、あらゆる信条、宗教、または信条を自由に行使する権利を有する
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さて、ローザンヌ条約はこのような感じですが
その前提となるセーブル条約(140~151条)のマイノリティ規定をを見てみます
これはその骨子たる141条の規定ですね
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セーブル条約
第147条
人種的、宗教的、または言語的少数派に属するトルコ国民は、法律上、実際には他のトルコ国民と同様の扱いと安全を享受する
第 148 条
トルコ国民のかなりの割合が人種的、言語的または宗教的少数派に属する町および地区では……以下略
第149条
トルコ政府は、トルコのすべての人種的マイノリティーの教会的および学問的自治を認識し、尊重することを約束する
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ここにはマイノリティとは何かが規定されていないため、もう少し他の条文を見てみると
「人種的、宗教的、または言語的少数派に属するトルコ国民」「人種的マイノリティー」
この2つがマイノリティの表現として残されています
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セーブル条約=「人種的、宗教的、または言語的マイノリティに属するトルコ国民」
ローザンヌ条約=「非ムスリムのマイノリティに属するトルコ国民」
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ローザンヌ条約とセーブル条約で規定されたこの部分を見比べると
セーブルがあらゆるマイノリティをマイノリティとしているの大して
ローザンヌが極めて限定的な定義を行っていることがわかると思います
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※メフメト・アーキフ(1908年以降 イスラーム主義者として名前を挙げたトルコの詩人)
オスマン帝国の中にも、アルバニア、クルド、チェルケス、ボスニア、アラブ、トルコなどのミレットがある
それを結びつける宗教という絆があり、その絆がオスマン人としての兄弟を生かしている……
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セーブル条約がユダヤ人、アルメニア人、キリスト教徒以外にも幅を広げていることはわかりますが
では、オスマン国民とは誰だったのかを ある詩人が示しています
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メフメト・アーキフから見るに、オスマン国民とは言語・民族に関係のないムスリムということがわかります
すなわち、オスマン帝国末期においては、非ムスリム系国民は
国民ではあるが好ましくないマイノリティとして考えられていたということになります
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セーブル条約
149条
トルコ政府は、スルタンが善意で非イスラム民族に与えた教会的、学問的または司法的性質の特権と免除を確認し、完全に支持する
150条
キリスト教徒またはユダヤ教徒のトルコ国民が多数居住する町および地区では、トルコ政府は、
そのようなトルコ国民が、信仰または宗教的慣習に違反する行為を行うことを強制されないことを約束する
※95条(非マイノリティ条項)
パレスチナの既存の非ユダヤ人コミュニティの市民的および宗教的権利
または他の国でユダヤ人が享受している権利と政治的地位を損なう可能性のあるいかなる行為も行ってはならないことを明確に確認した
※99条
すべての国のイスラム教徒がマッカとマディーナの都市と聖地に帰する神聖な性質を考慮して、ヒジャーズの王は、
巡礼でそこに行きたいすべての国のイスラム教徒に、自由で簡単にアクセスできるよう保証することを約束する
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ただし、セーブル条約のマイノリティ保護の具体的規定は明らかにキリスト・ユダヤ教徒に向けられています
ムスリムマイノリティの権利は、トルコ国外のパレスチナ住民の保護と聖地巡礼の保障程度です
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セーブル条約=「人種的、宗教的、または言語的マイノリティに属するトルコ国民」
→国民として多くの民族が存在するという認識
ただし、具体的な保障規定は存在しない。 ムスリム>非ムスリムの世界観
ローザンヌ条約=「非ムスリムのマイノリティに属するトルコ国民」
→トルコ人と一部のマイノリティしか存在しない トルコ人ムスリム>セーブル条約で保障された民族>その他
具体的な追放や迫害規定が存在するかもしれない
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長々と話しましたが、まとめるとこうなります
セーブル条約であればナンヤイネの住民は全てトルコの多様な国民
ローザンヌ条約であればナンヤイネの住民は全てトルコの単一な国民となるということです
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もちろん、セーブル条約であればクルド、アルメニアがそうであったように
自治や独立が認められ、マイノリティどうこうを気にする必要が亡くなる可能性もあります
ただし、その場合であっても、現地の(国籍上の)トルコ人をどうするかという問題に
突き当たる可能性がありますが
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