巧詐不如拙誠

巧詐不如拙誠 ◆Sftv3gSRvM




「……以上、14人になります。残りは40名。まだまだ遊戯はこれから。是非楽しんでくださいませ。

 禁止エリアですが、9時にD-1、12時にC-6が対象となります。
 改めて説明させてもらいますとこの時刻を過ぎた後にエリア……つまり、今言った場所に入ると貴方は死ぬのです。
 嘘だと思いますか? でしたら、存分に禁止エリアに侵入してください。すぐにお分かりになると思いますので。
 ――それでは、御機嫌よう」


 底冷えするほどの冷淡な口調だったはずなのに、それを聞いていた鈴仙・優曇華院・イナバには、まるで歌を奏でているかのように感じられた。
 軽快なリズムで、幼子が今夜の食事の献立を訊ねるかの如く、無邪気に、楽しそうに。
 自分にとって誰よりも日常を象徴する声であるはずなのに、何よりも日常から掛け離れた内容である放送。
 そのギャップに耐え切れない鈴仙は、ガクガクと小刻みに震える身体を抱きしめながら、今も血溜まりの上で倒れる秋穣子の目の前で蹲った。
 破片手榴弾の爆発に巻き込まれた穣子は、痛覚と共にすでにその五感も失われようとしている。
 茫漠とした意識では、今の鈴仙の状態に気付けるはずもなく、穣子は先の放送で気になったことを彼女に訊ねた。

「……ね、ぇ」
「……」
「さっき……主催者から……放送があ、ったで……しょ? 死んでしまった人の……なまえ」
「え……」
「もう、……よく聞こえ……なくて。……さっきの放送に……おねえ……ちゃ…の」

 蒼白を通り越した土気色の顔で、息も絶え絶えに姉の、家族の身を案じる穣子。
 四肢、背中、脇腹など身体中の至るところに突き刺さった金属片は、彼女の命を外へと吐き出し、血の池を一層広げていく。
 焦点の定まらない赤茶色の瞳にはすでに何も映らず、力なく掲げられた両腕は、まるで守れなかった大切な人たちを掻き抱くかのように、ブラブラと虚空を彷徨っていた。
 もう助からない。薬学医学を学んだ鈴仙でなくても、それは誰の目にも明らかだった。
 見ていられなかった。あまりに凄惨すぎるその光景を。あまりに悲惨すぎる彼女の末期を。
 なのに、だというのに彼女は―――

「し、静葉、だっけ。その名前ならなかったと思うけど」
「そう……よかった……」

 ―――笑ったのだ。
 助からない事は自分が一番よくわかっているはずなのに。
 こんな理不尽な異変に巻き込まれ、ワケもわからないまま命尽きようとしているのに、恨み言一つ言わず、今際の際まで他人の無事を心から喜んでいる。
 穣子の笑顔を見た瞬間、鈴仙の理性は弾けた。もう我慢できそうになかった。
 相手が瀕死の状態であることも忘れて、自身を押し潰さんとする不安、恐怖を堰切ったようにぶち撒けた。
 それが死に逝く者にすべき行為でないことはわかっている。だがそれでも止められなかった。
 誰かに聞いてもらいたい。他ならぬ誰よりも温かい、人よりも人らしい心を持つ豊穣の女神に。

「こんなことになったのも、みんな……みんな師匠のせいなのよっ! こ、この殺し合いの主催者は……私の身内なの!」
「……ぇ」
「それなのに師匠は私を捨てた。私だけじゃなくて、てゐや姫様までっ!
 家族なのに……ホントだったら貴方たちみたいにお互いを想い合える関係のはずなのに……っ」
「……」
「ねぇ、私はこれからどうしたらいいの? 私じゃ師匠に逆らえないし勝てない。
 こんなコトになって……もし無事に帰れたとしても、もう誰を信じたらいいのかわかんないよ。
 月から逃げて、戦場から逃げて、逃げて逃げてやっと見つけた居場所なのに。
 私はどこにいけばいいの? 何をしたらいいの? 誰を信じればいいの? ―――ねぇ教えて! お願いっ!!」

 最愛の者に裏切られた月兎は縋りつく。今にも消えようとする細く小さな灯に。
 血に汚れるのも厭わず、子供のように泣きじゃくりながら、つもりに積もった鬱積を身勝手に吐き散らす。
 それを黙って聞いていた穣子の口が小さく開いた。コポリ、と音を立てて、口内に溜まった血が穣子の細い顎に赤い線を引いた。

「……止めて、あげて」
「え?」
「貴方が……この殺…し合いを止める…の。他の……誰でもない……あなたが」
「わ、たし……が?」
「身内の……不始末…なんでしょ? なら…貴方が止めなきゃ……。これ以上…犠牲者が出る……前に」
「そっ、そんなの無理だよ! 師匠はもう私の知ってる師匠じゃないし、それに……」
「それに……?」
「……きっと師匠に会う前に殺されちゃう。私っ……死ぬのが怖い! 死にたくないよぉ……」

 ……もう、あまり時間がない。穣子は薄れ行く意識の中でそう思った。
 でも、その前にこれだけは言わないと。目の前で泣き伏す誰よりも臆病で、きっと誰よりも可哀想な兎に伝えなくちゃいけない。
 自分の遺志を。自分のバトンを受け継いでくれるよう、ほんのひとかけらの勇気を与える為に。

「……思い出して……おねえ……ちゃんと…こいしを…助ける……って……さっき言って…くれた…じゃない」
「―――ぁ、あれは……」
「貴方の家族も……助けて……あげてよ。助け…られる…のは、きっと……貴方だ…ゴフッ!」
「も、もう喋らないで! ごめんね、私……ごめんなさい! ごめんなさいっ!!」
「いい……からっ! 聞いて。……これで…最後……だから……ね?」
「やだよぉ……もうヤだっ! 何で……どうしてっ!!」

 少女の死期を間近に悟り、鈴仙はイヤイヤするように頭を振る。
 それは自身の罪悪の具現。嘗ての同胞を見殺しにし、自分だけおめおめと生き永らえた彼女のトラウマを嫌でも想起させるものだった。

「私の……死を…少しでも……悼んでくれる……のなら……お願い。……逃げないで。自分を……信じて……あげて」
「しん、じる?」
「信仰に……よって……力を得るのは……神だけじゃ…ない。きっと……それは…貴方の…力に」
「―――ッ! わ、私の何を信じればいいっていうのっ!?
 私ほど卑怯で浅ましい女なんて、幻想郷を見渡してもそうはいないわ! あ、貴方の……貴方の友達を殺したのだって本当は」

 狂いたくなるような激情に任せ、鈴仙が己の最大の罪まで懺悔しようとしたその時だった。
 早朝の肌寒さとは明らかに異なる悪寒が、鈴仙の背筋を震わせた。
 それと同時に、発達した聴覚が第三者の足音を明確に察知する。
 顔を上げると、鈴仙たちからおよそ一町先の公道を淀みない歩調で歩く紅白の巫女の姿があった。

「霊夢……?」

 幻想郷の博麗の巫女。この世界の『是』を体現した存在であり、およそ何者にも縛られない天衣無縫な異変の解決役。
 彼女が味方についてくれさえすれば、さしもの永琳も話し合いに応じてくれるかもしれない。
 だが、鈴仙には出来なかった。彼女に助けを乞うことも、ここから逃げ出すことも。

 兎という生き物は食物連鎖の中でも弱い部類に当たる。歴史から鑑みても兎は常々、食料または娯楽の為に狩猟され続けてきた。
 弱者であるが故に、危険に反応する為の鋭敏な本能はすでに遺伝子レベルにまで刷り込まれている。
 その本能が全力で警鐘を鳴らしているのだ。脱兎の如く、と。
 そして、それを裏付けするかのように、一歩一歩近づいてくる霊夢から漂う匂いが強くなってくる。
 もはや振り払っても落としきれないほど染み付いている、咽せ返るように濃厚な血の匂いが。

「あ、アンタ……まさか!?」

 その姿を直視しただけで足の震えが、冷や汗が止まらない。
 背中を向けたその瞬間、殺されてしまうかのような錯覚に捉われる。
 博麗霊夢はすでに変貌を遂げていた。絶対的恐怖と死の予感を撒き散らす、楽園の死神という名の矛盾に。

「……」

 両者の距離がおよそ二十歩分まで差し迫ろうとした時、―――霊夢の歩みが突然速まった。
 その右手には、いつの間に手にしたのか、身の丈に迫る長刀。
 昇り始めた日の光に照らされ白銀に輝くそれは、見るものに不吉な予感を抱かせる程の妖力が秘められていた。
 標的は虫の息の穣子ではなく、恐怖に顔を引き攣らせ、その足を止めている鈴仙!

「ぁ……ぁ……」

 しかし彼女は動けない。動けるはずもない。狂った我が師と相対したかのような恐怖に身が竦んでいるのだ。
 楼観剣の刃先はもう手を伸ばせば届く距離にある。
 尋常ならざる速度のはずなのに、鈴仙の目には何故かスローモーションのように緩慢に見えた。

 ああ、私死ぬんだ……。
 結局、私なんかには何も出来なかった。
 師匠を止めることも、誰かを守ることも、逃げ延びることさえ。
 何の罪もない人を殺してまで、助かろうとしたのに……。
 私はやっぱりもう、生きる資格なんかないのでしょうか……師匠。

「……行きなさいっ!!」

 だが、誰かの声が聞こえた。「生きろ」という声が。
 声に気圧される形で、鈴仙は反射的に一歩後ずさる。刹那、その鼻先を高速で横凪ぐ刃が掠めた。
 正気を取り戻した鈴仙は、形振り構わず転身。落としていたスキマ袋をひったくり、その場から全速力で駆け出した。
 勿論、その跡を追おうと即座に身を乗り出す霊夢。しかし、袴の裾を誰かに掴まれる形で歩みを止めることになった。

「……そんなにトドメが欲しいのなら、今すぐに楽にしてあげるわ」
「どうせ…ほっといても……死ぬからさ……。冥土の……土産に……あんたのこと…聞かせて……よ」






 駆ける駆ける無我夢中に駆け抜ける。
 どうして霊夢が? どうやったらあんなに人が変われるの? そもそもあれは本当に霊夢なの?
 走る走る動悸の治まらない胸に手をやり、息を切らせながらひた走る。
 やっぱりこの場所は、簡単に人が狂える世界なんだ。師匠みたいに、霊夢みたいに、私みたいに―――
 狂気の月兎は怯える。狂気の世界に、狂気の沙汰に、正気と狂気の境界に。
 そして煩悶する。また見捨ててしまったことに。命惜しさに逃げ出したことに。何よりも自分の無力さに。
 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 助けてくれたのに、あんな身体で身を挺して私を守ってくれたのにっ!
 何も返せなかった。命だけでなく、心まで救ってくれたあの少女に対して、自分は何一つの救いも差し伸べることが出来なかった。
 だからせめて忘れない。彼女の残した言葉を。そして、彼女の最後の願いを。

 ―――探さなきゃ。こいしって娘と、彼女のお姉さんを。

 それに、未遂に終わったとはいえ騙し討ちしようとした燐のこともある。
 先の放送にあの妖怪の名前はなかった。生きているのならさぞ自分を恨んでいることだろう。
 彼女と再び対面した時、自分はどうすればいいのだろうか。
 疲労と恐怖に苛まれた顔。けれど、その紅い瞳には決然とした意思を宿し、月の兎は走り続ける。
 そうして、彼女にとっての長い長い夜は―――明けた。



【D-3 里(辺境にあたる) 朝・一日目】

鈴仙・優曇華院・イナバ
[状態]疲労(中) 持ち直したとはいえ精神疲労もあり
[装備]毒薬(少量)
[道具]支給品一式×2 破片手榴弾×3
[思考・状況]基本方針;自分の保身が最優先の上で人探し(殺意は今の所なし)
1.静葉とこいしを見つけて保護
2.永琳や霊夢には会いたくない だけど穣子の言葉が頭から離れない
3.穣子と雛に対する大きな罪悪感
4.燐に謝らないと ……でも怖い






「……どうして……あんたは……殺す…の?」

 持ち得る水分をほとんど流しきり、掠れきった声色はか細く弱々しく頼りないものだった。

「……」

 しかし、胡乱気に揺れていた瞳には、強い意思とそれに追随する力が宿り、虚偽は決して許さない、と言外に語っている。
 鋭利な刃物と、尽きかけのロウソクの視殺戦は、しかしロウソクの方が勝った。
 霊夢はふぅ……、と誰にも聞こえない程の小さな溜め息をこぼし、いつもの―――まるで異変前の霊夢に戻ったかのような―――やる気の感じられない口ぶりで問いに答えた。

「答えは簡単。私が博麗の巫女だからよ」
「そ、……そんなのっ……答えに…なってな」

 霊夢の答えに噛み付こうとした穣子の眼前に、切っ先が突きつけられる。巫女の顔はもうすでに殺人者のそれに戻っていた。

「土産は渡したわ。あとは六文銭……際の覚悟、といった所だけど、何か言い残すことでもある?」
「……そ、それ……じゃ、最後の……最後に……一言だ…け」

 その時だった。霊夢の特異能力とも言うべき直感が、彼女の一言に反応した。
 油断していたわけではない。自分が手を下すまでもなくこれから死する少女に対して、ほんの僅かの情けが芽生えただけ。
 何故、あんなやつを、血だるまになって一歩も動けない半死人を私は危険だと断ずる?
 本能ではわかっても霊夢の理性はその根拠までがわからない。
 それも当然だ。穣子の懐には幻想郷に存在しない近代兵器。すでにピンを抜いてあるM67破片手榴弾がその鎌首を擡げていたのだから。
 霊夢と邂逅した際、その場の空気に気付いた穣子は、最後の力を振り絞って地面に落ちていた鈴仙のスキマから手榴弾をくすねた。
 どういう仕組みになっているのかは、その身で味わったのだから当然覚えている。
 霊夢も逃げ足のない穣子より、鈴仙の方に目がいっていた為、どうやら気付かなかったようだ。

「―――!」
「……八百万神の……名において断言するよ。……あんたは……勝てない!」

 ドカン! という爆音と共に、無数の金属片が周囲に飛び散った。
 それと共に、少量の血しぶきが辺りの建物や草木に降りかかる。
 その血が霊夢のものか、穣子のものなのかは、まだわからない。
 爆心地にはほとんど原型も留めていない、ただ顔だけは不思議なくらい傷が少なく、満足そうに微笑む少女の亡骸が残っていた。



【D-3一日目・朝】
【博麗霊夢】
[状態]不明
[装備]楼観剣
[道具]支給品一式×4、ランダムアイテム1~3個(使える武器はないようです)、阿求のランダムアイテム0~2個
    メルランのトランペット、魔理沙の帽子、キスメの桶、救急箱、賽3個
[思考・状況]基本方針;殺し合いに乗り、優勝する
 1.力量の調節をしつつ、迅速に敵を排除する
 2.休憩が必要と感じれば休憩する
 ※ZUNの存在に感づいています。


【秋穣子 死亡】
【残り39人】

51:十年物の光マグロ 時系列順 58:光り輝く探知機のトラウマ
56:第一回放送 投下順 58:光り輝く探知機のトラウマ
45:運命のダークサイド 鈴仙・優曇華院・イナバ 79:殉教者の理由/Martyr's Cause
44:Luna Shooter 博麗霊夢 61:血の色は/地の色は/赤色/黄色
45:運命のダークサイド 秋穣子 死亡


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最終更新:2009年09月05日 02:23
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