灰色に交わる道の先で ◆ZnsDLFmGsk
地図にC-4と表された地域を、一人の少女が東へと歩いていた。
長い白髪を風に靡かせながら、ゆったりと歩くその少女の名前は“藤原妹紅”。
阿求達を殺し、恐らくこれからも皆を襲い続けるだろう危険人物、
博麗霊夢を止めるべく、妹紅は人里へ向け緩やかに歩を進める。
現在の妹紅の足取りは状況にそぐわず余りに遅い。
見る人によっては霊夢の危険性を全く理解してはいないのでは、と憤る程の遅さ。
しかしその怒りは的外れである。
歩みの遅さは単純に、妹紅が自身に与えられた支給品の確認を歩きながらに行っている為に他ならない。
“人殺し”博麗霊夢との戦いが控えている事を考えれば、自身の戦力確認は必須。
けれどその為だけに時間取ることすら勿体ないと、ながら作業に確認を行っているという事だ。
霊夢を軽視しているだなんてとんでもない。
それは、少しでも早く博麗霊夢を止めなければと焦り、急いだ結果であった。
妹紅に与えられた支給品は2つ。
ひとつは“手錠の鍵”とだけ書かれた長さ5センチ程の金属の鍵。
自身の支給品の中に“手錠本体”が見あたらなかった事から、恐らく他者に支給されたのだろうと推測する。
もうひとつはナイフやドライバー、ワイヤーカッターなどが1つに纏められた、
ツールナイフだとかアーミナイフだとかと呼ばれる道具であった。
付属していた小さな紙には、
“人を殺す以外には何にでも使える”という宣伝文句と共に、搭載された33の道具の機能説明が書かれていた。
確かに便利な道具ではある様だが、書かれた文句の通り、武器として見た場合あまり頼りになるモノとは言い難かった。
それでも素手より幾分かマシだろうと、武器代わりとしてポケットに突っ込む。
だが阿求にルナサ……聞いただけでも既に二人を殺しており、
恐らく強力な武器を持っているだろう霊夢を相手にコレでは余りに心許ない。
妹紅の脳内に“最悪の”予想図が浮かび、少々不安になる。
しかし、その予想とは裏腹に妹紅の顔は綻んでいた。
“何、武器だけじゃ勝てないって言うんなら、こっちは身体を張ってやるよ”
身の危険を顧みず、そう、鉄砲玉のように“差し違えてでも”霊夢を止めて見せると。
妹紅は自分の考えに浮かれる様に、笑みを零しながらそう決意した。
霊夢を倒し、皆の安全を守るのと引き替えに死を頂く。
それは妹紅にとって、この上なく魅力的な終わり方に思えたのだ。
「まぁ、無事で済めばそれが一番なんだけどね」
慧音も探さなきゃいけないし……と、妹紅は心の中で呟いた。
所詮は建前、それは妹紅の“迷い”の表れであった。
そう、幻想郷に連なる幾多の未練が、心の中で燻ぶり続ける死への渇望を必死に抑えていたのだ。
まるで憧れるように、自身を急かす様にして妹紅は東へ東へと太陽目掛けて走る。
1秒でも早く霊夢を止めるんだ。
その為に自分は走るんだと、そう自分に“言い訳”をしながら、ただ速く。
※※※※
妹紅が人里目指し、東へ東へと走っていた頃。
博麗霊夢は人里にある民家、その家内にて、
自身の“運の悪さ”に対し、小さく溜め息を付いた。
霊夢は強力な武器が欲しかった、更に言うならば“銃”を求めていたのだ。
しかし今までに3人、先程自爆した秋穣子や自分の分も含めれば5人分の支給品があって、
それでも霊夢は求めた銃を手にすることは出来なかった。
負傷箇所の応急処置の最中。
服も何もかもを脱ぎ捨てた、半裸と言うか、最早全裸でないという“だけ”の実にあられもない格好で……
手当と平行して、整理の為に床に並べた支給品を睨む。
救急箱、解毒剤、痛み止めに始まり、賽に帽子に桶にトランペット、壊れたカメラに拡声器と……
持っていた道具はどれも戦いの役に立たない物ばかりであった。
特に賽や拡声器なんて一体どう使えと言うのだろう。
運試しでもしろと? 周りの皆に何か訴えろとでも?
苛立ち、放り投げた3つの賽は、どれも当たり前みたいに1の面が上になって止まった。
120分の1の確率。
全く苛々する。
何故この運が支給品に対して全く働かないのか、そう霊夢は納得のいかないものを感じていた。
だが博麗霊夢、彼女は勿論決して不運ではない。
そも手榴弾を間近に受けておいて、比較的軽傷で済んでいる彼女が不運な筈がないのだ。
ならば原因があるとすれば、それは今回のその幸運のメカニズムにこそあった。
そう、霊夢は“幸運”なのだ。 それは紛れもない事実。
けれども、しかしそれは確率論上に胡座を掻く様な怠惰なものでは決してない。
“手榴弾に対する前知識も無く、それでも至近距離での爆撃を生き延びた”
こう書くと本当にまるで奇跡の様に思えるかもしれないが、実際は少し違う。
霊夢が攻撃を受ける少し前、直ぐ近くでお燐による爆撃が既に一度行われていた。
故にその被害の跡や残骸等からそういった武器の存在を察することが出来たのだ。
だから霊夢は初めて目にする武器、手榴弾に対応出来た。
勿論、それでも“夢想封印”を放つタイミングは実にシビアなものだった。
コンマ以下の、速くても遅くても駄目というそれは刹那の見切り。
本当に爆発する武器なのかも賭であれば、回避行動を実行するタイミングも賭だった。
そう、結果だけ見れば正に幸運、奇跡の業だと評されるのだろう……
しかしそれは才能や技術、常々の気配り、一瞬における判断力、観察眼など、
積もり積もった幾多の努力の賜物であった。
然らば、翻って考えてみるに霊夢の“不運”についても同様である。
4名もの屍を積み上げて置きながら、強力な武器が得られなかったという事実は、
言い換えれば、強力な武器を持たず比較的狩り易い獲物ばかりを選らんでいたという事であり、
延いては逆に霊夢の幸運を、その卓越した危険察知能力と目利きの良さを表しているのだ。
“巫女とは奇跡を起こすもの”そう言ったのは誰だっただろう……
その意味では、博麗霊夢は正に巫女の中の巫女であった。
しかし、これだけの奇跡の上に在って未だ霊夢は、
『納得がいかない』『私ならもっと上手く出来た筈よ』と不満を漏らしていた。
更に上が在るというのか、まだ上を求めるというのか……
何という向上心、妬むことすら馬鹿馬鹿しくなる程の才能。
そんな、無自覚の化け物とでも称するべき霊夢を……
けれど必ず倒さんとして藤原妹紅が走っていた。
※※※※
ただひたすらに東へ。
駆け抜ける様に、ただ太陽に向かって走りながら。
眼中に滑り込むその目映さに幻惑されつつも妹紅は、
自身の行動や姿を“なんだか生きることに似ているね”と、そう思った。
生きるという呪い。
絡み付く様な命の呪縛。
永遠という枷を填められた少女から見て、
それは太陽を目指して進み続ける様なものであった。
輝くその場所に憧れ、求め続ける様に……
或いは自身より伸びる醜い影から逃げる続ける様に……
途中で誰かを追い越して笑ったり、また追い越されて泣いたりしながら、
何度も転び、歩みを遅め、それでも決して立ち止まることなく。
生涯とはひたすらに走り抜けるものの様に思えていた。
走り続ける人達にとって、本当に辿り着けるかどうかなんてきっと二の次なんだろう。
ただ止まらないことが、望む限り向かい続けることが大切なんだろう。
“短い生涯”そう区切って見てしまえば、命はとても素晴らしいモノの様に思えた。
けれど、妹紅に与えられた時間は“永遠”だった。
永遠はがりがりと心を削り取ってゆく。
一期一会。
延々と歩き続ける私にとって、全ては別れを前提としたモノだった。
ずっと先を走っていた筈の誰かも……
一緒に隣を歩んでくれていた誰かも……
私はただ普通に歩いているだけで追い越してしまうんだ。
それは私がどんなに頑張って、ゆっくりゆっくり歩いたとしても同じなんだ。
立ち止まることの許されない私はいつか必ずみんなを置き去りにしてしまう。
だから私は、否応なく何百、何千もの人々の終わりを見続けることになった。
辿り着いたと満足そうに立ち止まり、終わってゆく人が居た。
膝を着いて蹲り、嘆き悲しみながら終わりを迎える人も居た。
“かつて居た”、そう、私にとっては全部が過去形なんだ。
無尽蔵で膨大で暴力的までの時間の流れは、全てをただの中間地点に変えてしまう。
その誰かはいつだったか一緒に歩いた大切な人だったかも知れない。
もしかしたら、笑い合い、時に憎み合った悪友だったかも知れない。
きっと私にとってかけがいの無いものであった筈のその日々を……
けれど私は頭の中に留めておくことが出来ないんだ。
永劫に積み重ねられる記憶は、下らなかったモノも大切だったモノも……
みんな関係なく押し流してしまう、消し去ってしまう。
そして記憶から零れ落ちてしまったその人々を、私は哀しむことすら出来ないんだ。
拷問の様な日々だった。
私はずっと止まれない。 歩いて、そしてまた歩き続ける。
光の方を見なければ楽でいられると思ったこともあった。
みんなの影だけを見て、決して触れ合わないでいようと思ったこともあった。
けれど全然上手くいかない。
人から離れて過ごせば過ごすほど、何でか人のぬくもりが恋しくなるんだ。
触れ合いの感触が思い出せなくなって気が狂いそうになるんだ。
こんなデタラメな身体で、けれど私の心はこんなに脆くって人間なんだ。
触れては離れ、憧れては呪って。
ざりざりと自分を磨り減らし、心を摩耗させながら。
それでも立ち止まれないから、ずるずると惰性の様に、自分を振り切るみたいに走り続けた。
そうして、太陽を目指す為の道程はいつの間にか自身を呪い、輝きに立ち向かう様なモノになっていた。
確かに、慧音たちに出会って、気狂いの様だった私の生活は幾らか落ち着いた。
もう一生取り戻すことは出来ないと思っていた笑顔も再び取り戻すことが出来た。
でもやっぱり、どんなに充実した日々を送っても恐怖を完全に拭い去ることは出来ない。
寧ろ、日常が素晴らしければ素晴らしい程、その揺り返し、別れの日が怖くなるのだ。
私はきっと弱い人間なんだと思う。
こんな幸せな日々の中でも、やっぱり孤独を感じてしまうんだ。
――互いに殺しあっていただき、
その結果残った一人が生きたまま解放される……ということになります
そして私はこの訳の分からない殺し合いに巻き込まれた。
殺し合いそれ自体は輝夜で慣れている、いや、輝夜の相手だけで十分だ。
あんなのにみんなを巻き込むなんてイカレてるよ。
私はこれはきっと悪趣味な永琳の“冗談”みたいなものだと思っていた。
それより“死にたくなければ殺し合え”って永琳の言葉が可笑しかった。
私にとって、その言葉がどの程度の意味を持つと言うのだろうか。
死ねるのなら寧ろ死にたいさ。
命を糧にして奮い立たせる感情なんて、磨り減った心と一緒に忘れてしまったよ。
それなのに今更また、私に走り出せって言うの?
本当に質の悪い冗談。
――能力はこちらで制限させていただくことに致しました
けど、この殺し合いにはとんでもない参加特典が隠されていた。
自分の身体から零れ落ちた、あの赤い雫を思い出す。
どうやら私は死ねる身体になった様だ。
あははっ、ねえ、これは本当にホントなの? まるで冗談みたい。
死ねるだなんて、まだ全然その実感が沸かない。
でも、けど、ホントに今なら死ねるんだ。
死は取り返しの付かないものだと“普通の”人達は言う。
けれど、なら私にとっては“生きること”もまた取り返しの付かないものだった。
だってこの忌々しい命を捨てるには、もう、今しかないんだ。
だったらいいでしょ? もう私は十分過ぎるほどに生きていたじゃないの……
私は疲れ切っている、きっと心も同じだ。
だからさ……もういいでしょ?
全部を、そう、ぜんぶ何もかもを放棄してさ。
積み上げてきたすべてをこの手でぶち壊して。
真っ白に、そう、キレイさっぱり終わらせたいって思ったっていいじゃない。
コレって普通のことでしょ?
きっとみんなは当たり前に死ねるからワカラナイだけなのよ。
あはは、は……ははっ……ッッ!!
私は自分の頬を殴り飛ばした。
そして更に頬をバシバシと2回強く叩いて、しっかりと目を覚ます。
「逃げるな自分っ!!」
叱咤する様に、そしてまたこれからの自分を激励する様に大きく叫ぶ。
そうして、その後私は付きまとう自分の影を振り切る為に、走る速度を更に上げた。
強く叩きすぎて、頬がひりひりと痛かった。
※※※※
妹紅が人里まで後少しという所まで迫った時。
霊夢は手当も着替えも終えて、のんびりとお茶の準備をしていた。
ぱちぱちと燃える炎に薪を焼べながら、お湯が沸くのを待つ。
単調な時間の中、橙色に揺らめく炎をぼんやりと見つめて、
“自分はこの炎みたいな存在なのかしら”と、意味もなく私はそう思った。
そして、なら私はお湯を沸かす為に、お茶を飲む為に生きているのかしら?
私に薪を焼べているのはいったい誰なのかしらね?
冗談のような設問を繰り返す。
問い掛けに意味はない、それはお湯が沸くのを待つ間の単なる暇つぶし。
そして自問に自答。
なら私はまるで“主人公”みたいだとそう思う。
“空を飛ぶ程度の能力”
地にも何にも縛られない筈の私が、誰よりも一番“物語”に縛られている気がした。
それは、自分を中心に誂えられた一種のゲームの様な……
ルール化された異変解決、テンプレート化された妖怪退治。
例えばそれは博麗という名前であったり。
博麗結界、幻想郷という巨大なシステムであったり。
思えば、そんな外からの意識に私は動かされていた気がする。
与えられ、設定され尽くした役割。
幻想郷という名のうねりとも言える極大な奔流の中で……
ただぷかぷかと“まるで空を飛ぶ様に”私は浮かんでいるだけなんじゃないかしら。
――どうあがいても『巫女は彼女の言いなりになる』しかないだろうね
それは前に霖之助さんに言われた言葉。
この時の相手は紫だったけれど、きっと同じことなんだろう。
――このままでは、死んでも地獄にすら行けない
それは確か閻魔に告げられた言葉。
怖いなんて思っていない。 ずっと後悔も躊躇いも感じてこなかった。
ならきっとこれからだって、そう……
ああ、私は何処までも博麗の巫女なんだ。
駒なんだ。 それは絶対的なルールなのよ。
“博麗が妖怪達を退治してゆく”っていう、いつもと変わらない物語。
行く先の定められた、立ち止まることの許されない、これは予定調和。
――お前は……霊夢じゃ……ない
それは魔理沙の言葉。
――お前は私の知ってる霊夢じゃない
萃香の言葉。
ねぇ、いつもの私ってつまり何?
魔理沙達は何にもわかっていないのよ。
あの“永琳みたいな人物”の説明を受けた時に何も感じなかったのかしら。
けど私の様に“ソレ”を感じなかったにしても、少し考えれば解る筈なのよ。
――以上、14人になります。残りは40名。まだまだ遊戯はこれから
ああ、魔理沙達はいつまで『殺すな』って言い続けるんだろう。
誰も彼も、みんなが同じ想いを抱いていると思っているのかしら。
ちゃんと言葉を交わせばわかり合えるって、そう思っているの?
だったら武器なんか捨ててみんなでここに“平和”っていうのを創ればいい。
私はそれに構わず全員を狩り取ってあげるから。
無理だって判っているのよ。
だって私はずっと妖怪相手の異変解決を生業にしてきたんだから。
妖怪は自己中心的で気紛れな奴らなのよ。
ねえ、魔理沙はどこまで信頼していられる?
魔理沙達が殺さなかった誰かが、どこかで別の誰かを殺すかも知れないのよ?
それはきっと妖怪達が外の人間を喰らうみたいに、多分に躊躇いも無く。
他人に向いていた意志がただ身内にも広がっただけのこと。
いつまで関係を壊さないでいられるかしら?
ただ生きる為に戦う、これってホントいけないことなのかしら?
ねえ、ほら、逃げているだけなのよね?
わかっているんでしょ? この世界から目を背けてるだけだって。
私は魔理沙達とは違う。
作為的に顔見知りばかりを、いえ、顔見知りだけを集めたあの場所で……
私はこれから自分の行く先、そのすべてを決意した。
そこに集っていたみんなにちゃんとサヨナラを告げて決別したのよ。
魔理沙、幽香、
ルーミア、
チルノ、美鈴、パチュリー、咲夜、レミリア、フランドール、
レティ、橙、アリス、リリー、ルナサ、メルラン、リリカ、妖夢、幽々子、藍、紫、
萃香、リグル、ミスティア、慧音、てゐ、鈴仙、永琳、輝夜、妹紅、
文、メディスン、小町、映姫、静葉、穣子、雛、にとり、椛、早苗、神奈子、諏訪子、
衣玖、天子、キスメ、ヤマメ、パルスィ、勇儀、さとり、お燐、お空、こいし、阿求、
そして霖之助さん……
ひとり、ひとり……みんなの顔を見て、些細なことも思い出しながら。
そう、記憶に刻み込むみたいに別れを告げたわ。
けどぜんぜん悲しくなんてなかった。
だって私は博麗の巫女だから! 空飛ぶ巫女なんだからっ!
カタカタとヤカンの蓋が鳴る音で、私は現実に帰ってきた。
はぁ……ゆっくりとお茶を飲みたかったんだけどね。
そしたらきっと気分が晴れて、もっと落ち着けたはずなのに。
「……ほんと、残念ね」
呟いて、私は家内から外に出る。
そして“お湯が冷めるまでに終わるかしら”なんて、暢気なことを考えながら……
段々とこちらに近づいてくるその人影を見つめた。
※※※※
道の先、目測約30メートル。
そこに太陽を背にして博麗霊夢が立っていた。
逆光の中、霊夢の表情は影に黒く塗り潰されていてよくわからない。
私はその影の中に自分の暗部を見ていた。
ポケットからアーミーナイフを取り出し、その影に一歩一歩近づく。
踏み出した足は小さく震えていた。
肌寒い所為だ、これは武者震いなんだと誤魔化して、真っ直ぐに霊夢を見る。
ああ、そういえば“ほんとの”殺し合いはこれが初めだからね、と私は思う。
……思いながら、それもまた誤魔化しなんだと解っていた。
なんでだろう、こんな時だと言うのに私は慧音のことを考えていた。
輝夜との殺し合いでボロボロになって帰る度、心配そうに声を掛けてくれた慧音。
日々の何でもないことを楽しそうに話してくれた慧音。
ふふっ……“どうせ私はずっと死なないのに”なんてあの頃は思っていたっけ。
ああ、そうだよ、私が一番わかっていた筈じゃないか。
死なないってことは、生きてるってだけじゃ、全く幸せでも何でも無いんだって。
そう、私はこの殺し合いを止めなくちゃいけないんだ。
なんでか、一時的なモノかも知れないけれど迷いが晴れていた。
脳裏に巣くっていた“死にたがり”の文字がするするとほどけてゆく様な気持ちだった。
ひょっとすれば、死にたいと思ってたのは理想の裏返しだったのかも知れない。
ホントはずっと望める限り永遠に、慧音や“みんな”と一緒に生きていたかったのかも……
ああ、本人達の前では絶対に言えないけれど、
もしかしたら私は、輝夜と永琳の関係に少し憧れていたのかも知れない。
止まらぬ足は、けれどまだ少し震えていた。
ああ、これはなんて皮肉な構図なんだろうね。
どす黒く焦げ付く様な生への渇望こそ、ここを支配するルールなのだとして、
それに立ち向かう私はずっと死にたがりだったんだから……
今までの自分の言動を少し恥じた。
差し違えてでも霊夢を止めるだって? それが自己犠牲の精神?
ハッ、笑っちゃうね、私がやろうとしていたのは単なる命の投げ捨てじゃないの。
妹紅は知らないだろう。
今より少し前に、己の命を賭けて霊夢を止めようとした小さな神様がいたことを……
そして、自暴自棄なそれまでの考えは彼女の死、いや、生き様に対する侮辱だったことを……
やはり、妹紅は知らずにゆくのだろう。
※※※※
太陽を背にした私にとって……
向かい来る妹紅はまるで光の道を歩んでいる様に見えた。
不意に、その姿に別の何かが重なって見えた気がして、私は軽く頭を振る。
――あんたは……勝てない
そんな訳はない、私は勝つだろう。
死んだ神の言葉に一体どの程度の力があるだろう。
そう、私は勝つ。
私が全員を、みんなを殺して生き残るって決まっているのよ。
――人でなしの、クソ野郎だ
私が誰かなんてとっくにわかってる。 私は博麗霊夢だ。
走り続けたことによる罰は、きっといつか立ち止まった時に受けるんだろう。
けれどだからこそ、私はまだ止まる訳にはいかない。
強く剣を握り込む。
引き締められた表情。
道の真ん中で二人は対峙する。
手にした武器はそれぞれ楼観剣とアーミーナイフ。
「小さな刃物ね、そんなんじゃ簡単に殺せちゃうわよ?」
そう、霊夢は冷ややかな声で告げる。
珍しいことに、それは嘲笑や自信の籠められた言葉だった。
妹紅は軽く笑ってそれを受け流す。
「生憎、私はあんたを殺すつもりは無いんでね、これで十分なのよ」
それは強がり、所詮きれい事だと、言った本人でさえ解っていた。
けれど霊夢は笑わない。
「ねぇ妹紅、あんたは……」
誰も殺さないつもり? ずっと皆を信じていられるの?
そう続けようとして、しかし霊夢は口を噤む。
「……やっぱり死ぬのが怖いのかしら?」
そして紡がれた何気ない言葉は……
けれど、意図せず両者にとって大きな意味を含んだものであった。
心の揺らぎが生み出した、本人すら自覚し得ない深部からの問い掛け。
答えによっては霊夢を変えられる可能性すら秘めたその問いに対して、妹紅は……
自身の影を射貫く様なその質問に対し妹紅は……
何かを言おうとして、けれど何も答えられなかった。
その沈黙こそ答えなんだとして、霊夢はいつになく饒舌になっていた自身を窘めた。
“私が揺れていちゃしょうがないわね”
霊夢は、幕を引く様にするりと思考を戦闘用に切り替える。
そして対談の間合いから試合の間合いへ……
“決して立ち止まらない為に”と一歩、足を踏み出した。
妹紅も後には引けない、いや、元より引くつもりなどない。
自身の影を、死を切り払う様に強く鋭く一歩、
“絶対に止めてやるんだ”と……
試合の間合いを更に二歩、死合いの間合いへと縮める。
勝ってしまったら自分が“本当に”叶えたい願いは叶わないだろう。
そう、心の隅で分かっていながらも二人は……
決して振り返らない為に、負けない為に、それぞれの戦いを始める。
【D-4 人里 一日目・午前】
【
藤原 妹紅】
[状態]若干疲労気味
[装備]アーミーナイフ(VICTORINOXスイスチャンプ)、水鉄砲
[道具]基本支給品、手錠の鍵
[思考・状況]基本方針:ゲームの破壊及び主催者を懲らしめる。
1.人里で暴れている霊夢を止める。
2.慧音を探す。
3.首輪を外せる者を探す。
※黒幕の存在を少しだけ疑っています。
※再生能力は弱体化しています。
【博麗霊夢】
[状態]腕や足に火傷、及び擦り傷。 またそれらによる若干の疲労
[装備]楼観剣
[道具]支給品一式×4、メルランのトランペット、魔理沙の帽子、キスメの桶、
文のカメラ(故障)、救急箱、解毒剤、痛み止め(ロキソニン錠)×6錠、賽3個、拡声器
[思考・状況]基本方針:殺し合いに乗り、優勝する
1.力量の調節をしつつ、迅速に敵を排除する
2.お茶が飲みたい
※ZUNの存在に感づいています。
※解毒剤は別の支給品である毒薬(スズランの毒)用の物と思われる。
最終更新:2009年08月08日 17:13