いたずらに命をかけて

いたずらに命をかけて ◆Ok1sMSayUQ



 夜が来た。

 吸血鬼の夜は、人間にとっての昼である。
 臓腑の隅々にまで力が行き渡り、調子が戻ってゆくのを感じる。
 レミリア・スカーレットは紅魔館の吹き抜けテラスに陣取り、月光の照らし出す世界を眺めていた。
 霧の湖は冷たく光り、周辺に位置する森林は緑の色を無くし、青を基調としたものに塗り変わっている。
 上を見上げてみれば、散在する雲の白がある。完全に月の光を遮るとまではいかないまでも、
 薄いカーテンのような役割を果たし、世界をより暗くするのに一役買っている。
 レミリアは虚空へと手を差し出した。病的なまでに白い肌が、夜空のコントラストとなってその存在を浮き立たせる。
 自分の存在証明。夜の王の君臨。これが、これこそが、自分の生きる世界。支配する世界だ。
 掌を握り締める。我が物とするように、この風景の一切が自分のものであると主張するように。

 そして、征服者は笑った。
 もう誰にも邪魔はさせない。誰にも文句は言わせない。
 分からせてやる。理解させてやる。そして、絶望を噛み締めさせるのだ。
 王に逆らったものはどうなるかということを。王に逆らうことの罪を。反逆者どもに与えてやる。
 吸血鬼という存在は、屈服させ、支配するためにある。
 語らう必要はない。出会った瞬間から、闘争は始まっている。
 支配するか、されるか。どちらが服従し、恐怖に慄いて跪くか。
 妖怪の、いや、生き物の本質は、共食いでしかない。

 恐怖を克服するには、自らが恐怖になるしかない。

 再三確認してきた真理を反芻して、レミリアを腕を振り下ろした。
 その背後には、十六夜咲夜が影のように屹立している。
 従順な人間。支配されるということを、分かっている人間。
 無表情の裏に隠した畏れの存在を、レミリアは知っている。
 歯向かう事も意味を為さない絶対者であるということを理解している。
 理解して、尚、言葉に出して媚びへつらわない。
 従うだけだ。ただの一度も触れようとせず、むしろ遠ざけるように、遠巻きから見ているだけだ。
 それでいい。触れられる程度の畏れなど必要がない。何者にも不可侵の存在であることこそが、恐怖の根源なのだから。
 誰とも触れなくていい。孤独に、支配者であればいい。
 誰かの手を取るということは、誰かを頼らなければならない弱さだ。
 そんな弱さがあるから、キスメという妖怪は……

「行くぞ」

 これ以上の沈思の時間は不要だった。
 テラスから飛び降りたレミリアに続き、咲夜もふわりと紙のような軽やかな仕草で飛び降りていた。
 キスメの遺体は、この先には不要だった。
 だが処理するのも面倒に思ったレミリアはスキマ袋の中に遺体を入れ、そのまま持ってゆくことにしていた。
 いや、見せてやろうという気持ちがあったのかもしれない。
 王があらゆるものを征服してゆく様を。強者の有様を。
 目の前には、もはや守る者もいない紅魔館の開け放しの門があるだけだ。
 いってらっしゃいませ。そんな門番の声も、もうない。なくていい。
 支配者は蹂躙する。吸血鬼の歩いた後には、荒涼たる野があるだけである。
 帰る場所も必要ない。自分には、果て無き闘争さえあればいいのだ。
 戦いを求め。
 自らに支配されるべきものを求め。
 恐怖で全てを屈服させるために、レミリアという夜の王が進軍を開始した。

     *     *     *

「そういやさあ」
「はい?」
「アンタって、笑わないよねえ」
「はあ?」

 不意に発したサニーミルクの言葉に、射命丸文は怪訝な顔で見返していた。
 放送が終わって少し。告げられた名前は11人。参加者は半分を切り、『全滅』の文字が存在感を表し始めていた。
 幸いにして河城にとりの捜索者である伊吹萃香の名前はなく、一同そのことで胸を撫で下ろしたものの、慰めになるわけがなかった。
 それほどまでに死という事実は重い。一人、また一人と知り合いが消えてゆく。
 ついこの間まで杯を交わし、宴会を開きあっていた仲間の姿を見ることはもうないのだ。
 だから笑えるはずがない。こんな状況で笑っているだのという話題を出すサニーミルクの神経が分からず、文は「不謹慎でしょう」と咎める声で返していた。

「幸いにして萃香さんの名前を見ることはありませんでしたが、数々の有力者も殺されてるんですよ? 暢気になんて……」
「そうじゃなくってさあ……うーん、まあ、確かに、アンタの言うように『ふきんしん』なんだけどー」

 妖精は話を聞かない。所詮そんなものかと嘆息しかけたが、続く言葉は思いも拠らぬものだった。

「ムッツリしてるっていうかー……顔、全然変えないんだもん。アンタ新聞記者なんでしょ? 友達多いのに、なーんにも思ってないみたい」

 いきなり核心を突いてきた妖精に、文は色をなくした。自らの無感動を指摘され、その内に潜む心を見抜かれたような気がしたからだった。
 殺し合いに乗るという選択肢を残し、冷静に分析していた、もう一つの射命丸文の存在を、この妖精は感付いている。
 正確には、殺し合いには既に乗っている。時期尚早だと判断したゆえに戦いの輪に加わっていないだけで、
 外から眺めて愉しむ傍観者の立場を取ってきたことには変わりがなかった。
 いや、さっきまでだって、たまたま同じ山の仲間であるにとりと遭遇したからたまたま見捨てられなかっただけで、こうしているのは偶然でしかない。
 もしも一人であるなら。或いは、そろそろ動くべきときだと打算を働かせて、笑っていたのかもしれない。
 そう、一人なら笑っていた。自分のためだけの、手前勝手な笑みを浮かばせていた。
 なぜ? そんな発想をしていた自分に対して、文は問いかけていた。
 文が殺し合いに乗ると決めたのは幻想郷がそうしろと命じたからであり、幻想郷という組織の一員であり、
 歯車でしかない自分は逆らう権利を持ち得ることすらなかったからなのではないか。
 これは強制された運命であり、仕方のないこと、どうしようもないことでしかなかったはずなのではないか。
 結論を出していたはずなのに、それさえ間違っているように思わせられ、文は自分というものが分からなくなってしまっていた。
 さっきだってそうだ。歯車でしかないと分かり切っていながら、にとりに手を貸してしまったことしかり。
 犬走椛の死に憤り、少なからぬ復讐心を抱いていることしかり……
 突如自分の中に現れ、理屈のつかぬ行動を起こさせているなにか。射命丸文を組織人という輪から外させようとしているなにか。
 不可知の力とも言うべき何かが文の中に存在していて、こうも迷わせている。
 サニーミルクはそれを鋭く見抜き、指摘してきたのだった。

「……文?」

 黙りこんだまま答えようとしないことに、不安の色を見せたにとりが話しかけてきたことで、文はようやく正気に戻る。
 素人目にも分かる、揺れる瞳。感情を露にする彼女に比べて、自分はどうなのだろう。そんな疑問が湧き上がってくる。

「仕事と、プライベートは別です」
「なによそれ」

 頭の悪い妖精は、裏など全く読み取ってくれない。
 苛立つ一方で、何がこんなに苛立たせているのか文は分からなかった。

「仕事上の付き合いって奴ですよ。知り合いではありますが、サニーさんの思うような関係じゃないです」
「悲しくないの?」
「……少しは」

 嘘、だった。
 何とも思っていない。所詮は他人。その程度の感覚だった。
 けれど、そんな感想を結んでいる自分に、靄がかかっている感覚もあった。

「ふーん……」

 一応、納得はしたようだった。妖精は頭が悪い反面、単純でもある。
 疑うことを知らない種族の特性が、このときは好都合だった。

「にとりやレティはどうなのよ。さっきからずっと黙ってるけど」
「私は……そもそも冬にしか活動しないからあんまり知り合いが……」
「うーん、私もお山からあんまり出たことがないし……あ、でも……」

 にとりが言いよどみ、やがて二つの名前を口にした。

「守矢の神様と、秋の神様が……厄神様もいなくなっちゃったし、妖怪の山、寂しくなっちゃったな」

 悲しいではなく、寂しい。
 その単語は言葉以上の重たさを伴って文の胸に落ちた。
 皆いなくなってゆく。現状、生き残っている中で妖怪の山に所属しているのはにとりと文、そして東風谷早苗だけとなってしまった。

「……文は、寂しくない?」

 にとりが問いかける。文は黙って頷いた。……『寂しくない』という意味で。
 神様がいなくなったとはいえ、山の支配権を握っているのは天狗たちであり、政に関しては特に問題がなかった。
 これでいい。これでいいと分かっている。こうなることは想定の範囲内。当初の予定通りであるはずだ。
 なのに、にとりの言葉が突き刺さる。内奥で熱を発するもう一人の射命丸文が、これでいいのかと訴えている。
 これでいいんだ。生じかけた迷いを、組織の一部としての意識で打ち消す。
 今は、たまたまこうしているだけ。技術に優れているにとりのサポートがあれば生存率は高くなるし、サニーミルクの能力も使える。
 レティも盾くらいの役割にはなってくれる。何より、ここの連中は自分を必要としている。
 ならば散々使い倒してやればいい。土壇場で裏切り、殺し合いに加担し、殺してやればいい。
 それがやるべきことなのだ。

「早く行きましょう。放送でこれだけ呼ばれたんです。あの萃香さんのことです、頭に血が上ってるかもしれませんよ」
「……そうだね」

 多少なりとも萃香の性格を知悉しているにとりは、漠然とした不安よりも目的の方を優先させてくれたようだった。
 特に反対する理由のないレティやサニーミルクも頷き、一同歩調を速めようとした、そのときだった。

「あら、あら。一同お揃いで、夜のお散歩かしら」

 暗闇の中から、それは聞こえてきた。
 明らかに遠方からの声でありながら、息のかかるくらいの耳元で囁くような声。
 闇を住処とし、闇を渡って生きる住人の音色だった。
 頼りない月明かりしかない夜のフィールドで、先に発見された。
 即座に危機感を抱いた文は「固まって!」と叫んでいた。
 存在を感知されていてはサニーミルクの能力も役には立たない。
 肝心なときに。そう思う一方で先手を取られた不覚の方が大きかった。
 普段は白狼天狗が侵入者の存在を感知してくれるがために、索敵の能力が落ちていたのか。
 きょろきょろと周りを見回しながら、文は敵の存在を探した。

「へえ、見えていないのね。まったく、たかがこれだけの距離で――」

 ゾクリ、とした怖気を感じた。
 心臓が凍りつくような威圧感を覚えたその一瞬のうちに。
 白い腕と、赤い口腔が目の前に現れ。
 文の首に、ギラリと輝く刃物を突きつけていた。

「山の支配者が、聞いて呆れる」

 レミリア・スカーレットだった。
 全身を覆う暗色系のコートに身を包みながらも、存在を誇示するような肌の白さと紅い瞳が夜の暗さに色鮮やかだった。
 にとりたちもレミリアの接近に全く気付けなかったらしく、剣を突きつけられている文の姿を見てぎょっと息を呑んでいた。
 一体どこから。周囲は見渡しの良い平原であるにも関わらず。
 突如として現れたレミリアの不思議は、皮相な笑みを浮かべた本人が自ら説明してくれる。

「見下ろすばかりで、上を見ようとしない。気に入らないのよ、天狗のその気質」
「まさか、空から……」
「その通りですわ」

 呆然と呟いたレティに応えるように、メイド服に身を包み、しかし不釣合いな武装を携えた十六夜咲夜が降り立っていた。
 飛翔が制限されているこの状況で、空を飛んできた。
 あり得ない発想だと考えたが、だからこその想像の外を突いた襲撃であると言えた。

「どれだけの距離を飛んできたんですか? さぞかし疲れたことでしょうに」
「貴様らと同じにするな。私を、誰だと思っている」

 軽口さえ許さない、絶対的な強者の声がそこにあった。
 そうだ。夜間における吸血鬼の身体能力は幻想郷の妖怪でも最強クラスのものだ。
 加えて、スペルカードルールが無用の長物と化したこの状況で手加減する理由が見当たらない。
 明らかに増した敵対心を受け止めながら、文はこの状況をどうするか考えた。
 喉元には剣を突きつけられ、一歩離れたところには咲夜がいる。
 無表情の咲夜の体力はどうか分からないが、レミリアは明らかに余力を残している。
 加えてにとりたちの存在もいる。まずは距離を取ることが最優先だろう。
 問題はその隙があるかどうかだったが、吸血鬼は余裕を見せたがる。なんとかして言葉巧みに煽れればやりようはある。
 さてどのようにレミリアの自尊心に火をつけてやろうかと考えた矢先、スッと剣が引かれていた。
 突然の行動の意味が分からず、目をしばたかせていると、レミリアは「逃げたければ逃げるがいい」と言っていた。
 それは余裕ではなく、見下す行為だった。対等の立場から、支配する立場に。
 自らが優位であることを信じて疑わない強者の傲慢だった。

「得意技だろう? 天狗の逃走は」
「……」

 咲夜も、既に身を引いていた。にとりたちも真意が分からないらしく、尋ねる視線を文の方に向けていた。
 レミリアたちのことを知らない彼女らにとって、文だけが頼りだった。
 しかし別に逃げられるのならそれでいい。どのような考えがあれ、見逃してくれるというのなら喜んでそうするまでだ。
 恐らく、やる気のない者に対しては手を下さない主義なのだろう。
 リリカ・プリズムリバーがそうなったように、逆鱗にさえ触れなければ危害を加えられることもない。
 ならば勝手に潰しあってくれればいい。戦いたい者同士、戦えばいい。
 では、お言葉に甘えて。そう口にしようとした文の先手を取るように、「ただし」とレミリアが付け加えていた。

「あの三匹のうち一匹を生贄に寄越しなさい。傅く者の、礼儀でしょう?」
「い、いけにえって!」

 サニーミルクが顔を青褪めさせた。つまり、それは。

「……私を見逃す代わりに、こいつらのうちの誰かを殺させろ、ということですね」
「何度も言わせるな。私に従うか、従わないか。答えはそれだけだ」

 服従を強いる声だった。
 文は自分が間違っていたことを思い知らされる。
 この吸血鬼は、強者弱者に関わらず、全てを支配したいと思っているのだ。
 ただ殺し合いに乗るだけでは飽き足らず、誰が一番かを思い知らせてから殺す。
 いかにも吸血鬼らしい発想だと思ったものの、そのやり口はあまりにも残忍なものだった。
 普段のレミリアからはとても考えられない。高圧的でこそあれ、他者を貶めることを潔しとしない淑女であったはずなのに。

 これが殺し合いの力か、と文は感想を結んだ。互いにいがみあい、憎しみあい、
 争うことを強要させ、本来備えていたはずの道徳さえ即座に失わせる。
 そしてそれは文でさえも例外ではなかった。自らもこの殺し合いを良しとし、傍観者の立場を取ってきた。
 直接やっていたかやっていないかの違いだけで、やっていることはレミリアと変わっていない。
 その事実は納得済みである一方、これでいいのかと口出ししてきた自分がいるのも確かだった。
 だから。即座に答えを出すことが、できなかった。
 誰か一人を見殺しにするだけでいい。それで事は足りるはずなのに。

「どうした。早く言いなさい」
「……どうして」

 決められず、時間稼ぎの声を出していた。
 なぜこんなにも胸が痛む。なぜこんなにも苦しむ。
 自分は既に幻想郷という組織の支配下にある、ただの妖怪でしかないのに。
 好都合ではないか。見捨てればいいではないか。
 それが、正しいことなのに。

「答えは、従うか従わないかの二つだと言ったはずだけど……まあいいわ。簡単よ。私はね、もう誰にも屈服しないと決めたの。
 誰にも支配されない。私が支配する。殺し合いなんてどうでもいい。私が一番の支配者であるってことを、教えてやるだけ。
 その手段が力と恐怖ということ。力と恐怖でしか、他者は支配できない」
「力と、恐怖……」
「妖怪はそういうものだろう」

 確かにそうだ。妖怪という存在は他者に畏れられることで成り立っている。
 だから妖怪は人を襲うし、襲われる恐怖から逃れるために文明を発達させてきたという歴史がある。
 だが、しかし。レミリアの言っていることは、妖怪の成り立ちとは関係なく、ただ支配したいだけであるようにも思えた。

「……では、そこにいる咲夜さんはどうなんです。彼女も服従する者だと?」
「当たり前じゃない。私には、支配される奴か、敵しかいない」
「以前の貴女なら、そんなこと言わなかったはずです。一体何が――」
「口が過ぎるぞ、黙れ、烏天狗風情が」

 拒絶する声。何者をも侵入させることを許さない、頑なさが文を阻んだ。
 ねめつけるレミリアの顔は、まさに鬼の様相を呈している。
 触れてはいけない部分に触れてしまったらしいと自覚したものの、これは以前のレミリアにはなかったものだった。
 何かが変えたのだ。根本から、彼女の意識を。
 力と恐怖で支配することこそが正義である、という思想へと変えた。
 それまでの立場をかなぐり捨て、歯車であることこそ自分の役割だと断じた自分のように。

「力を見せつけなければ蹂躙される。一度でも頭を下げてしまえば虐げられる。生き延びるためには、自らが恐怖にならなければならない。
 それが正しいと分かるだろう? 私は、勝って全てを支配し、生き残る。頂点だということを見せ付けてやる。勝ち残った私こそが王なのだと」
「それは……」

 文は、否定することができなかった。
 力が支配する妖怪の社会では、勝利することこそが全て。
 弱い種族は駆逐されるか、或いは奴隷同然の生活を強要される。
 スペルカードルール制定以降、その風潮は弱まったように見えていたが、実際のところは昔と変わっていなかった。
 社会の隠微な部分。日常の些細な部分で、妖怪は人間を見下し、妖精を見下し、力を示してみせることで自尊心を保ってきた。
 仲良く『してやっている』のは自分の方だ。弱者に歩み寄っている自分達はなんて偉い存在なのだろう、と。
 だから、人間と妖怪は隔離されている。
 人間は人間の里に。妖怪は妖怪の山に。或いは地底、或いは竹林。或いは魔法の森に。
 全ては見せかけでしかなく、本当の意味での理解、平和など幻想郷には存在していない。
 皆目を背けてきただけだ。妖怪は人間と、いや全ての種族とわかり合うことなど出来ないのだと。
 都合のいい部分にだけ目を向け、甘い汁を啜って、愉しんでいるだけに過ぎなかった。
 レミリアの言っていることは正しかった。本来、この殺し合いこそが自分の生きるべき世界なのだ。
 駆逐し、支配し、畏れ慄きさせ、愉悦を餌にして生きてゆくのが我々の真実の姿。
 見せかけの幻想郷なんて最初からいらなかった。夢の時間は終わった。

 所詮。
 私は、私達は、ひとりだ。

「さっきから聞いてりゃ……支配だのなんだの、バッカじゃないの!?」

 仲間なんて必要なかった。そう結論しようとした文の思考を吹き散らしたのは、いつもと変わりない妖精の調子っ外れな声だった。
 思わず振り向いた文に、眉を尖らせ、頬を膨らませるサニーミルクの姿があった。

「結局のところ自分だけが生き残りたいだけじゃない! ただの自分勝手じゃない!」
「サ、サニー! よしなよ!」
「にとりはおかしいって思わないの!? レティも! 間違ったこと言ってるのに、なんで黙ってるのさ!
 強いからって何してもいいわけじゃないでしょ! そんなことしてたら、みんなひとりになっちゃうよ。
 嫌われて、ひとりぼっちで……」

 文の胸に、言葉が突き刺さった。感情に任せて喚き散らしているだけの妖精の言葉。弱者の負け惜しみ。そう思うことは簡単だった。
 だが、自分勝手と言われて、いいえ違いますと言い返せるだけの論理を持てなかった。
 自分勝手。この一言に尽きた。なんだかんだと筋を並べ立てたところで、それだけのことしか考えていなかったのだ。
 自分が良ければいい。自分さえ生き残れればいい。
 幻想郷のため。組織人だから。そんなものは建前でしかなく、都合よく言い訳するための材料にしか過ぎなかった。
 自分だけは。その意識が根底にあることから目を背け、甘美な言葉だけを選んで、酔っていただけのことだった。
 にとりも、レティもそうだったのかもしれない。
 本当の意味では他者のことなど考えてもいない。己を満足させられればそれでいい、手前勝手な妖怪の本性が潜んでいた。
 どこかで打算を働かせ、どこかで有利になるように立ち回って、小賢しく利益を掠め取る。
 だからこそレミリアの言葉は魅力的だった。そんな本能を隠しておく必要はない。自分勝手で何が悪い。
 妖怪はそういうものだ、仕方がない。所詮妖怪は力に拠ることしかできない存在なのだから。

「ひとりでもいいだなんて、絶対嘘に決まってる。アンタは嘘つきだ! それでもひとりがいいって言うなら、アンタは臆病者だ!
 仲間と一緒にいることだって信じられないだけの、ただの臆病者だよ! 自分勝手な頭でっかちだ!」
「ああ」

 レミリアが、呻いた。
 近くにいた文は、その表情の変わりようを目撃していた。
 色をなくしている。全ての感情を拭い去った、空虚な無表情がそこにあった。
 同時に膨大な魔力の収束を感じた。弾幕ごっこなどでは見れようはずもない、徹底的な殺意を込めた魔力だった。

「――五月蝿い」

 それが『ハートブレイク』の形状だと分かった瞬間、文は最速の動作で小銭を取り出し、レミリアへと投げつけていた。
 顔面へと目掛けて無数に殺到する小銭の群れ。天狗の力で投げられただけに、その速さは尋常ではない。
 レミリアの身体能力を持ってしても即座に反応することができず、目頭に小銭がぶつかる。それで、軌道が少し逸れていた。

「わぁっ!」

 ハートブレイクの投擲こそ避けられなかったものの、サニーミルクの心臓を狙っていた槍の舳先は僅かに逸れ、ちょうど彼女の頬を掠る形で突き抜けていた。
 咄嗟の行動だった。間に合うかどうか分からなかったが、そのときばかりは打算も損得も関係なく、自らの良心に突き動かされて文は行動していた。
 狙いを外したレミリアの目が、文を向く。感情をなくした瞳は相変わらず。殺意の対象が切り替わっただけである。
 幻想郷でも最強の種族が、文を支配しようと、屈服させようとしている。身の危険は感じたものの、寧ろ心は高揚する気持ちだった。

 あの威張り腐った吸血鬼を、この私がおちょくっている。
 もう引き返せない。後戻りはできない。それでも、これは、私が選んだ道だ。私の望んだ選択だ。
 だから、これでいいんでしょう、椛?

 こくりと白狼天狗の頭が頷いたように感じられ、文は口元を笑みの形にした。

「何のつもりだ」
「ようやく、目が覚めただけのことですよ」

 自分だけ得をすればいい。自分だけは助かろう。これが妖怪の本性なのだとしたら、そうなのだろう。
 だからといってそれをあっさりと認めてしまっては妖精にも劣ってしまう。サニーミルクの言うように、一人ぼっちになってしまう。
 孤独に、誰と関わることもなく、一人寂しく。
 そんなのは嫌だ。どうせなら、賑やかに楽しく騒いで酒を呷って酔っ払うほうがいいに決まっている。
 だから私は逆らう。妖怪がどうあるべきか。そんなことは私が考えなくてもいい。考えるのは学者の役割で、新聞記者の役割じゃない。
 私は、射命丸文という一妖怪として、私が『良い』と思った方向に行くだけだ。
 皆で楽しく騒いで、たまに起こる事件を面白おかしく記事にできる幻想郷。それが私の幻想郷だ。
 いがみあって、見下しあって、差別を繰り返すだけの幻想郷なんてみっともなさすぎるから……

「さてさて、今回の記事はどうしましょうかね。『狂乱!? レミリアお嬢様、妖精に大激怒!』なんてどうでしょうかね。
 そこそこ見ものだと思いますよ~。なんたって、妖精にマジになりましたからねぇ」
「その三面記事、こう書き直したほうがいいと思うわ。『烏天狗、支配者の前に散る』」
「あやややや。私ここで死ぬつもりないんですけど」
「ええ、私は殺すつもりよ。――吸血鬼に逆らったら、どうなるかを教えてやる」

 聞いちゃくれなかった。
 レミリアが剣を構える。こちらに本格的な武器はない。
 自慢の素早さと身体能力、そして弾幕と短刀だけが頼りの状況だった。
 加えてにとりたちもいる。彼女らを守りつつ、逃げなくてもならない。
 やれやれ、保護者も楽じゃないですねぇ。

「咲夜。そいつらの処分は任せた」
「はっ」

 げっ、とにとりたちが身を引いた。
 あちらは三人いるとはいえ、ロクでもない武器ばかりに戦闘は不得手だ。
 紅魔館のメイド長を相手にどこまで踏ん張れるか。
 だが言い換えれば……既に敵を分断できたといえる。
 後はどのようにして策を弄し、欺くかということだけだ。
 そう、ずる賢く振る舞うのは、天狗の領分だ。
 文は体を浮かせ、素早く空へと離脱した。地上戦よりも空中戦のほうが向いている。
 もっとも、飛翔がどこまで持続するかまでは分からなかったが、やるだけやってみるしかない。

「ほらほら、ついてきなさいよ吸血鬼!」
「舐めるな!」

 天狗と吸血鬼の空中戦が、始まった。




【C-3 人里付近 一日目 夜】

【河城にとり】
[状態]疲労
[装備]なし
[道具]支給品一式 ランダムアイテム0~1(武器はないようです)
[思考・状況]基本方針:不明
1.萃香達と合流する。ある程度人が集まったら主催者の本拠地を探す
2.皆で生きて帰る。盟友は絶対に見捨てない
3.首輪を調べる
4.霊夢、永琳には会いたくない

※ 首輪に生体感知機能が付いてることに気づいています


レティ・ホワイトロック
[状態]疲労(足に軽いケガ:支障なし) 、精神疲労
[装備]なし
[道具]支給品一式×2、セロテープ(7cm程)、小銭(光沢のあるもの)、サニーミルク(S15缶のサクマ式ドロップス所有)
[思考・状況]基本方針:殺し合いに乗る気は無い。可能なら止めたい
1.萃香達と合流する
2.この殺し合いに関する情報を集め、それを活用できる仲間を探す(信頼できることを重視)
3.仲間を守れる力がほしい。チルノがいるといいかも…
4.自分の罪を、皆に知ってもらいたい
5.ルナチャイルドはどうなったのかしら

※永琳が死ねば全員死ぬと思っています


【射命丸文】
[状態]健康
[装備]短刀、胸ポケットに小銭をいくつか、はたてのカメラ
[道具]支給品一式、小銭たくさん、さまざまな本
[思考・状況]基本方針:自分勝手なだけの妖怪にはならない
1.今は萃香さん達と合流する事が優先
2.皆が楽しくいられる幻想郷に帰る


【レミリア・スカーレット】
[状態]腕に深い切り傷(治療済)、背中に銃創あり(治療済)
[装備]霧雨の剣、戦闘雨具
[道具]支給品一式、キスメの遺体
[思考・状況]基本方針:威厳を回復するために支配者となる。もう誰とも組むつもりはない。最終的に城を落とす
1.文を殺す。
2.キスメの桶を探す。
3.映姫・リリカの両名を最終的に、踏み躙って殺害する
4.咲夜は、道具だ

 ※名簿を確認していません
 ※霧雨の剣による天下統一は封印されています。


【十六夜咲夜】
[状態]健康
[装備]NRS ナイフ型消音拳銃(1/1)個人用暗視装置JGVS-V8 
[道具]支給品一式*5、出店で蒐集した物、フラッシュバン(残り2個)、死神の鎌
    NRSナイフ型消音拳銃予備弾薬17 食事用ナイフ・フォーク(各*5)
    ペンチ 白い携帯電話 5.56mm NATO弾(100発)
[思考・状況]お嬢様に従っていればいい
[行動方針]
1.にとり、レティ、サニーを始末する
2.このケイタイはどうやって使うの?


※出店で蒐集した物の中に、刃物や特殊な効果がある道具などはない。
※食事用ナイフ・フォークは愛用銀ナイフの様な切断用には使えません、思い切り投げれば刺さる可能性は有




149:Moonlight Ray 時系列順 151:これからの正義の話をしよう
149:Moonlight Ray 投下順 151:これからの正義の話をしよう
145:星、無音、C-3にて 射命丸文 155:それは決して、無様ではなく。
145:星、無音、C-3にて 河城にとり 155:それは決して、無様ではなく。
145:星、無音、C-3にて レティ・ホワイトロック 155:それは決して、無様ではなく。
135:吸血鬼の朝が来た、絶望の夜だ /紅魔の夜の元、輝く緑  レミリア・スカーレット 155:それは決して、無様ではなく。
135:吸血鬼の朝が来た、絶望の夜だ /紅魔の夜の元、輝く緑  十六夜咲夜 155:それは決して、無様ではなく。


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最終更新:2011年01月17日 22:26
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