前方にはヴェルスタンドを象徴する巨大なタワー。
それに取り憑くかのように蒼白い発光体が不気味に揺れている。
『我トヒトツニナレ。精神体ダケノ世界ヲ創ルノダ』
大精神体のものと思われる声が頭の中に響いてくる。
意思を持たないはずの精神体がなぜ人々を襲うのか、話しかけてくるのか。その疑問が今明らかになった。
「あれは大統領の残留思念だ」
先の戦争でガイストたちに敵対した前ヴェルスタンド大統領。彼は死んだはずだった。
だがその強い意思が残留思念として遺された。それを取り込んだ精神体は、その思念に支配されるがままに暴走を始めたのだった。人々を襲いその精神を取り込んで大きくなった大精神体は他の精神体や精神兵器を操るようになった。前大統領の思念が他の精神体にも影響を及ぼすようになってしまったのだ。
まるでこれはHive Mind(集合精神)という現象に似ているとヘルツは言った。大精神体をハイヴと仮に名付け、ガイストたちは最後の戦いに挑む。
今度こそ終わらせるのだ。精神体との……大統領との因縁を。
それに取り憑くかのように蒼白い発光体が不気味に揺れている。
『我トヒトツニナレ。精神体ダケノ世界ヲ創ルノダ』
大精神体のものと思われる声が頭の中に響いてくる。
意思を持たないはずの精神体がなぜ人々を襲うのか、話しかけてくるのか。その疑問が今明らかになった。
「あれは大統領の残留思念だ」
先の戦争でガイストたちに敵対した前ヴェルスタンド大統領。彼は死んだはずだった。
だがその強い意思が残留思念として遺された。それを取り込んだ精神体は、その思念に支配されるがままに暴走を始めたのだった。人々を襲いその精神を取り込んで大きくなった大精神体は他の精神体や精神兵器を操るようになった。前大統領の思念が他の精神体にも影響を及ぼすようになってしまったのだ。
まるでこれはHive Mind(集合精神)という現象に似ているとヘルツは言った。大精神体をハイヴと仮に名付け、ガイストたちは最後の戦いに挑む。
今度こそ終わらせるのだ。精神体との……大統領との因縁を。
第九章「機械の苦悩」
「あれはもう前大統領ではない。その思念を取り込んだだけのただの化け物だ!」
大精神体ハイヴを倒すために、飛行艇『鮫』ことサメイヴに乗り込んだガイストは目の前の敵に向かって狙いを定める。
射影機の構造を利用し、ガイストやヘルツの知識を集結させ完成させた精神波動砲ならば奴を消滅させることができる。
しかし、敵意を感じた大精神体が精神体や精神兵器を呼び寄せる。どうやら簡単には終わらせてくれないらしい。
「前方に敵勢力確認! こちらに向かってきます!」
地上。フィーティンの兵士が叫ぶ。
「またか、懲りない奴め。我々の力を見せつけてやれ!」
「イエッサー」
赤い光レティスと青い光ブロウティスが迫り来る。
歩兵隊はブロウティスを撃ち落としつつ、音響手榴弾を投げて精神兵器たちの動きを止める。
そこに戦車隊の砲撃。動きの止まった精神兵器をまとめて灰に変える。
続いてグメーシスの大群が攻め寄る。やつらに触れられればどんなものでも一瞬にして塩と化してしまう。
だが、もうそれに苦戦するようなフィーティン軍ではない。先ほどの戦いですでに対処法は心得ている。
軍の観測部隊が天のグメーシスをいち早く見つけ出し、そこに音響弾を一斉に撃ち込んでやると、グメーシスたちは蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出して行った。
「発光体接近!」
「くっ、やつらは我々では対処できんな。ヘルツ殿、上に連絡してくれ」
「了解だ。おい、ガイスト!」
ヘルツが上空のサメイヴ及びガイストに応援要請。すると激しい高音と閃光、衝撃波。鮫のインパルス砲だ。
インパルス砲は精神体たちを麻痺させ、精神兵器を一掃する。
『所詮は雑魚ですね。もはやものの数ではありません』
「しかし次から次へと湧いてくる。こちらに時間を与えさせないつもりなのか。これではキリがないぞ」
大精神体は絶えることなく精神体、精神兵器を送り込んでくる。いくら雑魚を倒してもこちらが消耗してしまうだけだ。
この状況を打開するためには敵の本体を叩く必要があるだろう。大精神体に有効打を与えられるのは精神波動砲のみだ。
だが精神波動砲は一発限りの最後の切り札。波動砲の例にもれず、これを使うためには十分なエネルギーを充填しなくてはならず、そのためには多くの時間が必要だ。
鮫からも機銃やインパルス砲で応戦するが、こうも立て続けに精神兵器たちに攻撃されては精神波動砲の準備ができない。
いくら精神兵器を撃墜し精神体を麻痺させても、敵は次から次へと湧いて来ていた。
「な、なんだ? コントロールが効かない!」
一方その頃、地上からは悲鳴が。歩兵たちが突然の爆発に巻き込まれて次々と倒れた。
なんとフィーティン軍の戦車が暴走し、味方の兵や隣の戦車を砲撃しているのだ。蒼黒い光が戦車を包み込んでいる。どうやら地下トンネルでレールが暴走してガイストを襲ったときのように、精神体が戦車を操り暴走させているらしい。
その被害は後続の装甲車や指揮戦車へも及んだ。
「こ、これはいかん。戦車を捨てて退却しろ!」
指揮官は退却を選んだ。戦いに勝利することは大切だが、それよりも兵士たちの命のほうが大切なのだ。
退き下がるフィーティン軍を横目にゲンダーは前線で一人奮闘する。
「くそっ、手強い相手ダ。ここはオレが他のやつら分までも頑張らないと」
言って右腕を正面に迫る敵の群れへと向ける。そして腕の先へと力を溜めていく。
「オレだって精神体に対抗できるようにスヴェン博士にカスタマイズしてもらったんダ。くらえ、極限一本!」
ゲンダーの得意技、汁一本の要領で腕からは強力なエネルギー波が発射される。
ドンッという音と共に凄まじい衝撃波。しかし以前のように自身までも吹き飛ばされてしまうゲンダーではなかった。カスタマイズの結果、射影機の機構を応用し精神体には有効な一撃を。汁一本の威力は損なわずに、ゲンダーへの負担は最小限へと抑えられている。
前方の敵はその一撃を受けて塵となった。
「よし。援護するぞ、メイヴ!」
続けて上空に向けてもう一撃。それは鮫前方の敵を蹴散らした。
『なんという威力。さすがです、ゲンダー』
「雑魚はオレに任せて、そっちは親玉を狙うんダ!」
『お任せします。極限一本だなんて、なんだかこれ一本で元気が出そうで心強いじゃありませんか。会議、接待、精神体。なんでも来やがれです!』
ゲンダーの活躍あって、鮫への攻撃の勢いが弱まった。大精神体を叩くなら今がチャンスだ。
「よし、精神波動砲準備だ」
『了解です。エネルギー充填開始』
だが準備が整っても今のままでは精神波動砲を使うことはできない。
精神波動砲は精神体を葬り去る最後の一撃。その強力すぎる一撃は生きた人間の精神をも破壊してしまうのだ。このままではフィーティン軍たちを巻き添えにしてしまう。それだけは避けなくてはならない。
ガイストは地上に後退するようにと連絡を送る。
「こちらヘルツ。戦車隊がやられた。地上はすでに退却を開始しているぞ」
「わかった。それは都合がいい。できるだけ鮫から離れてくれ」
「まさかあれを使うのか! だがガイスト、おまえはどうするんだ!?」
「僕は大丈夫だ。鮫の内部にいる限りは精神波動砲に精神をやられることはない」
エネルギーを蓄えながら、インパルス砲で大精神体の注意を逸らそうと狙う。だが通常のインパルス砲ではあの大きな精神体には効果がない。
そこでこちらも力を蓄えて威力3倍のインパルス砲を放つ。ブラックボックスの出力があるからこそ、波動砲の力を蓄えながらインパルス砲を溜めることが可能なのだ。
3倍インパルス砲が大精神体に命中。しかし効果はないようだ。
「だめか。メイヴ、もっと出力を上げることはできるか?」
『サメイヴです。それぐらい余裕ですよ。では試しに30倍いっときますか』
30倍インパルス砲発射。まるですぐ近くに雷が落ちたかのような激しい光と音が暴れ狂う。そして思わず立ち竦んでしまう程の衝撃波。それは後方にいたフィーティン軍にも影響を与え、しばらく身動きが取れなくなるほどのものだった。
命中。大精神体が取り憑いているゲーヒルンのタワーが砕けて崩れ落ちた。
雷が如く大電流が襲い、龍がとぐろを巻くかのように白い稲光が大精神体を取り囲む。
その光景を目の当たりにしたフィーティン兵は誰もが驚きの声を上げた。
「なんて科学力だ…! マキナは雷さえも自在に生み出してしまうというのか」
大精神体は火花を散らしながら身を震わせている。小さな精神体同様、麻痺して動けなくなったに違いない。
「やったか!?」
これは好機だとガイストが叫ぶ。精神波動砲を撃ち込むなら今がチャンスだ。
だがそこにメイヴとゲンダーが同時に返した。
「ガイスト、それは」『やってないフラグですよ!』
するとそのとき大精神体の蒼白い光が小さくなり始めた。
消滅し始めたか。いや違う、あれは……
「地中に逃げ込んでいる!?」
実体を持たない精神に壁や地面などは関係ない。見る見るうちに大精神体は地中へと消えていった。
『やつめ、私に恐れてなして逃げるつもりですね』
すると崩れたタワーが仄かに蒼く光り始めた。
付近のビル群が、操られていた戦車が、同様に光る。そしてそれらは宙に浮かびあがると一点をへと集結し合体していく。
目の前には蒼黒い不気味なオーラを放つ大きな塊ができていた。
「なんだ、これは!?」
「これは……鯰のときと同じダ……!」
『精神体が瓦礫で身を守っているようです。こ、これは……なんという塊魂ですか!?』
そのままこちらへと転がってきて、鮫をも取り込んでその一部にしてしまうのかもしれない。
制限時間終了はまだか。まさかエターナルモードなのか。王様助けて。
しかし瓦礫の塊はその場に浮かんだまま鮫と対峙して動かない。
ゲンダーは嫌な予感を感じていた。機械なので寒暖を感じることはないが、例えるならばまさに背筋に悪寒を感じたと言えるものだった。
敵は鎧を纏った巨大な精神体。対するは波動砲を備えた飛行艇サメイヴ。『鯰』と戦ったかつての悪夢が再び蘇る。
(いや、あのときと同じ結末にはオレがさせない。今のオレはあのときのように無力じゃないんダ。もうメイヴを犠牲になんてさせない!)
自身の両手を見つめて何かを決意するゲンダー。静かに前方の敵へと視線を移す。
すると、先に動き出したのは精神体のほうだった。
目の前の瓦礫塊はビルや瓦礫をまるで弾丸のように発射して攻撃してくる。
その弾丸は戦車のものとはまるで桁が違う。建物がほとんど丸ごと飛んでくるようなものなのだ。
それは飛行艇『鮫』なんかよりもずっと大きい。あんなものが直撃すれば新型飛行艇といえどひとたまりもないだろう。
『くっ、これは困りましたね』
瓦礫の鎧を纏った精神体。瓦礫を飛ばしての攻防一体の戦法。撃ち出された瓦礫の弾丸は引き寄せられるように宙を舞い、大精神体のもとへと戻り再び鎧の役目を果たし、再度弾丸として発射される。弾は無尽蔵、火力は絶大、守りは文字通りの鉄壁。
まるで鯰のときと同じだ。いや、むしろ規模はそれ以上。対抗し得る戦力が飛行艇と波動砲だけなのもあのときと同様だった。
(ならば同様の戦法を取るほかありませんね…。先の戦争での戦勝実績があるのですから、きっと大丈夫のはず。メイヴ、自分を信じてください。……信じてやるしかありませんね。それがもっとも成功の確率が高い手段なのですから)
激しい敵の攻撃に舌を巻くガイストたちにメイヴが告げた。
『私がなんとかします』
――!!
そのとき直感した。やはりメイヴはまた無茶をしようとしているのだと。
ゲンダーは恐れた。再びメイヴが自身を犠牲にして、いなくなってしまうのではないかと。
たしかに今のメイヴは、ブラックボックスに遺されたかつてのメイヴのバックアップだ。本物のメイヴとは違うのかもしれない。ただのデータのコピーかもしれない。だが、たとえコピーであってもあれはメイヴなのだ。
機械である彼らには肉体も精神もないが、意思はあった。それがデータ上の意思であったとしても、それこそがメイヴそのもの。身体のない機械にとって、その意思こそが存在の本質。それ自体がメイヴなのだ。それは遠隔モニタに表示されるただの文字の羅列に過ぎない。が、そこには確かにメイヴの”意思”があった。
そういう意味では確かにメイヴは生きている。コピーであるとかデータであるとか、そんなのは関係ない。あれはメイヴだ。大切な仲間だ。
仲間を犠牲にした上での勝利なんてなんの意味があるだろう。
誰かを犠牲にしなければ本当に勝利は得られないのだろうか。
(オレはもう仲間を……メイヴを失いたくないんダ。オレが結末を変えてやるんダ…!)
もうメイヴを犠牲になんかさせない。
「オレがなんとかする!」
そう言って単身飛び出した。
飛び交う瓦礫の弾丸を掻い潜り、一人特攻をかけるゲンダー。
「ま、待て! どうするつもりだ!」
『ゲンダー!? 一体何を…』
仲間の心配する声が背後へと消えていく。飛び交う瓦礫が身体の脇を通り過ぎていく。
飛行艇よりも大きな、高層ビルを真ん中から二つに割ったような巨大な瓦礫が右前方に、左後方にと突き刺さった。
だがゲンダーは怯まない。臆することなく前方の礫塊に向かって突き走る。
正面に敵を捉えた。右腕で狙いを定め力を集中させる。
対精神体用の汁一本、極限一本の構えだ。左腕は添えるだけ。
だがゲンダーはそこにもう一方の腕を添えない。右腕に倣って左腕も構えて意識を集中。
両手で放つ対精神体攻撃汁一極、その名も――
「極限一極!!」
なんということでしょう、極限が極限で意味が被って何が何だからよくわからないネーミングとなっているが、メイヴ曰く禿げるので細かいことを気にしてはいけない。
両手から凝縮されたエネルギー波が閃光とともに撃ち出される。
その一撃は前方にそびえる瓦塊を貫いた。
蒼いオーラが消え、瓦礫が崩れ落ちて大地に山を成す。土砂の粉塵が舞い上がり視界を遮る。果たして大精神体の行方は。
その様子は土煙に遮られて上空の飛行艇からも知ることができない。ガイストは身を乗り出して地上を映すモニタ画面を凝視する。
「やったのか…?」
『大事なことなのでもう一度言いますが、それはやってないフラグだと相場は決まっていますねぇ。ゲンダー、無事ですか?』
しばらくしてようやく煙が晴れて視界が開けてきた。
まだ少し残る土煙の向こうには薄らと見覚えのある姿が映る。あれは――ゲンダーだ。
『よかった、無事でしたか。あなたは今は亡きヘイヴ博士の技術の結晶、破損されてしまっては世の中にとって大きな損失ですからね。なーんて…………ゲンダー?』
だがゲンダーはその場に立ったまま動かなかった。
誰の呼びかけにもまるで反応しない。どうも様子がおかしい。
すると不意にゲンダーから蒼黒いオーラが立ち昇った。背後には崩れ落ちたはずの瓦礫が再び浮かび上がり塊を形成する。
「我と……ひとつに……なれ……」
ゲンダーの声。しかし、口をついて出てきたのはゲンダーの言葉ではなかった。
「あの光は戦車の暴走と同じ……まさか!」
『やられました! こいつぁ手強いですね』
蒼黒いオーラがゲンダーと礫塊を包み込む。それはまさしく大精神体が発する光。
ゲンダーは精神体に操られてしまったのだ。
「なんてこった、どうすれば…」
瓦礫の弾丸だけでも厄介だというのに、ゲンダーの強力な汁一本や汁一極までもが敵の手に渡ってしまった。それは容易に広範囲を吹き飛ばしてしまえるほどの威力を持つ。味方にいると心強いが、敵にまわるとこれほど厄介なものはない。
「致し方あるまい。我々は既に退避を完了している。こうなってはゲンダー諸とも、精神波動砲で吹き飛ばすしかないだろう。ゲンダー君も仲間である君たちを傷つけたいとは願わないはずだ」
ヘルツを通してフィーティン軍から連絡が来た。指揮官の選んだ答えはゲンダーに構わず攻撃するということだった。
このまま攻撃を躊躇していては、味方に無駄な被害を出してしまいかねない。被害を最小に抑えるためには時として指揮官は辛い決断をせねばならないときもある。全員生存は理想だが、理想は結局理想でしかない。現実の戦いでは、誰かが死んだらリセットだなんてできないのだ。
「そんな…! だからと言ってゲンダーを吹き飛ばすだなんて…」
『こいつは面倒なことになりましたね。なんとかゲンダーが正気に戻ってくれればいいのですが…』
(ゲンダー、余計なことを…。犠牲になるのは私だけでよかったのに)
『仕方ありませんね。作戦を変える他ありません。とりあえず、みんなでゲンダーが解放されるようにでも祈ってみますか?』
「祈るって……メイヴにしては非科学的なことを言うもんだな。気休めはいらない、この状況を打開する手段が欲しいんだ」
『そんな…! 「いのる」は普段はあまり役に立たないけどラスボス戦では必須な重要コマンドなのに! それに気付かなくて当時どれだけ苦戦したことか』
「こんなときにふざけないでくれ! これはゲームじゃない、戦争なんだ!」
『冗談ですよ…。ですが、ゲンダーが正気を取り戻すことを信じるという手段もあるということです。ガイスト、ゲンダーを信じてあげてください』
「だが信じるだけでは何も変わらない。何か行動しなければ。他に方法を考えるんだ。きっと何か解決策があるはずなんだ…!!」
大精神体ハイヴを倒すために、飛行艇『鮫』ことサメイヴに乗り込んだガイストは目の前の敵に向かって狙いを定める。
射影機の構造を利用し、ガイストやヘルツの知識を集結させ完成させた精神波動砲ならば奴を消滅させることができる。
しかし、敵意を感じた大精神体が精神体や精神兵器を呼び寄せる。どうやら簡単には終わらせてくれないらしい。
「前方に敵勢力確認! こちらに向かってきます!」
地上。フィーティンの兵士が叫ぶ。
「またか、懲りない奴め。我々の力を見せつけてやれ!」
「イエッサー」
赤い光レティスと青い光ブロウティスが迫り来る。
歩兵隊はブロウティスを撃ち落としつつ、音響手榴弾を投げて精神兵器たちの動きを止める。
そこに戦車隊の砲撃。動きの止まった精神兵器をまとめて灰に変える。
続いてグメーシスの大群が攻め寄る。やつらに触れられればどんなものでも一瞬にして塩と化してしまう。
だが、もうそれに苦戦するようなフィーティン軍ではない。先ほどの戦いですでに対処法は心得ている。
軍の観測部隊が天のグメーシスをいち早く見つけ出し、そこに音響弾を一斉に撃ち込んでやると、グメーシスたちは蜘蛛の子を散らすかのように逃げ出して行った。
「発光体接近!」
「くっ、やつらは我々では対処できんな。ヘルツ殿、上に連絡してくれ」
「了解だ。おい、ガイスト!」
ヘルツが上空のサメイヴ及びガイストに応援要請。すると激しい高音と閃光、衝撃波。鮫のインパルス砲だ。
インパルス砲は精神体たちを麻痺させ、精神兵器を一掃する。
『所詮は雑魚ですね。もはやものの数ではありません』
「しかし次から次へと湧いてくる。こちらに時間を与えさせないつもりなのか。これではキリがないぞ」
大精神体は絶えることなく精神体、精神兵器を送り込んでくる。いくら雑魚を倒してもこちらが消耗してしまうだけだ。
この状況を打開するためには敵の本体を叩く必要があるだろう。大精神体に有効打を与えられるのは精神波動砲のみだ。
だが精神波動砲は一発限りの最後の切り札。波動砲の例にもれず、これを使うためには十分なエネルギーを充填しなくてはならず、そのためには多くの時間が必要だ。
鮫からも機銃やインパルス砲で応戦するが、こうも立て続けに精神兵器たちに攻撃されては精神波動砲の準備ができない。
いくら精神兵器を撃墜し精神体を麻痺させても、敵は次から次へと湧いて来ていた。
「な、なんだ? コントロールが効かない!」
一方その頃、地上からは悲鳴が。歩兵たちが突然の爆発に巻き込まれて次々と倒れた。
なんとフィーティン軍の戦車が暴走し、味方の兵や隣の戦車を砲撃しているのだ。蒼黒い光が戦車を包み込んでいる。どうやら地下トンネルでレールが暴走してガイストを襲ったときのように、精神体が戦車を操り暴走させているらしい。
その被害は後続の装甲車や指揮戦車へも及んだ。
「こ、これはいかん。戦車を捨てて退却しろ!」
指揮官は退却を選んだ。戦いに勝利することは大切だが、それよりも兵士たちの命のほうが大切なのだ。
退き下がるフィーティン軍を横目にゲンダーは前線で一人奮闘する。
「くそっ、手強い相手ダ。ここはオレが他のやつら分までも頑張らないと」
言って右腕を正面に迫る敵の群れへと向ける。そして腕の先へと力を溜めていく。
「オレだって精神体に対抗できるようにスヴェン博士にカスタマイズしてもらったんダ。くらえ、極限一本!」
ゲンダーの得意技、汁一本の要領で腕からは強力なエネルギー波が発射される。
ドンッという音と共に凄まじい衝撃波。しかし以前のように自身までも吹き飛ばされてしまうゲンダーではなかった。カスタマイズの結果、射影機の機構を応用し精神体には有効な一撃を。汁一本の威力は損なわずに、ゲンダーへの負担は最小限へと抑えられている。
前方の敵はその一撃を受けて塵となった。
「よし。援護するぞ、メイヴ!」
続けて上空に向けてもう一撃。それは鮫前方の敵を蹴散らした。
『なんという威力。さすがです、ゲンダー』
「雑魚はオレに任せて、そっちは親玉を狙うんダ!」
『お任せします。極限一本だなんて、なんだかこれ一本で元気が出そうで心強いじゃありませんか。会議、接待、精神体。なんでも来やがれです!』
ゲンダーの活躍あって、鮫への攻撃の勢いが弱まった。大精神体を叩くなら今がチャンスだ。
「よし、精神波動砲準備だ」
『了解です。エネルギー充填開始』
だが準備が整っても今のままでは精神波動砲を使うことはできない。
精神波動砲は精神体を葬り去る最後の一撃。その強力すぎる一撃は生きた人間の精神をも破壊してしまうのだ。このままではフィーティン軍たちを巻き添えにしてしまう。それだけは避けなくてはならない。
ガイストは地上に後退するようにと連絡を送る。
「こちらヘルツ。戦車隊がやられた。地上はすでに退却を開始しているぞ」
「わかった。それは都合がいい。できるだけ鮫から離れてくれ」
「まさかあれを使うのか! だがガイスト、おまえはどうするんだ!?」
「僕は大丈夫だ。鮫の内部にいる限りは精神波動砲に精神をやられることはない」
エネルギーを蓄えながら、インパルス砲で大精神体の注意を逸らそうと狙う。だが通常のインパルス砲ではあの大きな精神体には効果がない。
そこでこちらも力を蓄えて威力3倍のインパルス砲を放つ。ブラックボックスの出力があるからこそ、波動砲の力を蓄えながらインパルス砲を溜めることが可能なのだ。
3倍インパルス砲が大精神体に命中。しかし効果はないようだ。
「だめか。メイヴ、もっと出力を上げることはできるか?」
『サメイヴです。それぐらい余裕ですよ。では試しに30倍いっときますか』
30倍インパルス砲発射。まるですぐ近くに雷が落ちたかのような激しい光と音が暴れ狂う。そして思わず立ち竦んでしまう程の衝撃波。それは後方にいたフィーティン軍にも影響を与え、しばらく身動きが取れなくなるほどのものだった。
命中。大精神体が取り憑いているゲーヒルンのタワーが砕けて崩れ落ちた。
雷が如く大電流が襲い、龍がとぐろを巻くかのように白い稲光が大精神体を取り囲む。
その光景を目の当たりにしたフィーティン兵は誰もが驚きの声を上げた。
「なんて科学力だ…! マキナは雷さえも自在に生み出してしまうというのか」
大精神体は火花を散らしながら身を震わせている。小さな精神体同様、麻痺して動けなくなったに違いない。
「やったか!?」
これは好機だとガイストが叫ぶ。精神波動砲を撃ち込むなら今がチャンスだ。
だがそこにメイヴとゲンダーが同時に返した。
「ガイスト、それは」『やってないフラグですよ!』
するとそのとき大精神体の蒼白い光が小さくなり始めた。
消滅し始めたか。いや違う、あれは……
「地中に逃げ込んでいる!?」
実体を持たない精神に壁や地面などは関係ない。見る見るうちに大精神体は地中へと消えていった。
『やつめ、私に恐れてなして逃げるつもりですね』
すると崩れたタワーが仄かに蒼く光り始めた。
付近のビル群が、操られていた戦車が、同様に光る。そしてそれらは宙に浮かびあがると一点をへと集結し合体していく。
目の前には蒼黒い不気味なオーラを放つ大きな塊ができていた。
「なんだ、これは!?」
「これは……鯰のときと同じダ……!」
『精神体が瓦礫で身を守っているようです。こ、これは……なんという塊魂ですか!?』
そのままこちらへと転がってきて、鮫をも取り込んでその一部にしてしまうのかもしれない。
制限時間終了はまだか。まさかエターナルモードなのか。王様助けて。
しかし瓦礫の塊はその場に浮かんだまま鮫と対峙して動かない。
ゲンダーは嫌な予感を感じていた。機械なので寒暖を感じることはないが、例えるならばまさに背筋に悪寒を感じたと言えるものだった。
敵は鎧を纏った巨大な精神体。対するは波動砲を備えた飛行艇サメイヴ。『鯰』と戦ったかつての悪夢が再び蘇る。
(いや、あのときと同じ結末にはオレがさせない。今のオレはあのときのように無力じゃないんダ。もうメイヴを犠牲になんてさせない!)
自身の両手を見つめて何かを決意するゲンダー。静かに前方の敵へと視線を移す。
すると、先に動き出したのは精神体のほうだった。
目の前の瓦礫塊はビルや瓦礫をまるで弾丸のように発射して攻撃してくる。
その弾丸は戦車のものとはまるで桁が違う。建物がほとんど丸ごと飛んでくるようなものなのだ。
それは飛行艇『鮫』なんかよりもずっと大きい。あんなものが直撃すれば新型飛行艇といえどひとたまりもないだろう。
『くっ、これは困りましたね』
瓦礫の鎧を纏った精神体。瓦礫を飛ばしての攻防一体の戦法。撃ち出された瓦礫の弾丸は引き寄せられるように宙を舞い、大精神体のもとへと戻り再び鎧の役目を果たし、再度弾丸として発射される。弾は無尽蔵、火力は絶大、守りは文字通りの鉄壁。
まるで鯰のときと同じだ。いや、むしろ規模はそれ以上。対抗し得る戦力が飛行艇と波動砲だけなのもあのときと同様だった。
(ならば同様の戦法を取るほかありませんね…。先の戦争での戦勝実績があるのですから、きっと大丈夫のはず。メイヴ、自分を信じてください。……信じてやるしかありませんね。それがもっとも成功の確率が高い手段なのですから)
激しい敵の攻撃に舌を巻くガイストたちにメイヴが告げた。
『私がなんとかします』
――!!
そのとき直感した。やはりメイヴはまた無茶をしようとしているのだと。
ゲンダーは恐れた。再びメイヴが自身を犠牲にして、いなくなってしまうのではないかと。
たしかに今のメイヴは、ブラックボックスに遺されたかつてのメイヴのバックアップだ。本物のメイヴとは違うのかもしれない。ただのデータのコピーかもしれない。だが、たとえコピーであってもあれはメイヴなのだ。
機械である彼らには肉体も精神もないが、意思はあった。それがデータ上の意思であったとしても、それこそがメイヴそのもの。身体のない機械にとって、その意思こそが存在の本質。それ自体がメイヴなのだ。それは遠隔モニタに表示されるただの文字の羅列に過ぎない。が、そこには確かにメイヴの”意思”があった。
そういう意味では確かにメイヴは生きている。コピーであるとかデータであるとか、そんなのは関係ない。あれはメイヴだ。大切な仲間だ。
仲間を犠牲にした上での勝利なんてなんの意味があるだろう。
誰かを犠牲にしなければ本当に勝利は得られないのだろうか。
(オレはもう仲間を……メイヴを失いたくないんダ。オレが結末を変えてやるんダ…!)
もうメイヴを犠牲になんかさせない。
「オレがなんとかする!」
そう言って単身飛び出した。
飛び交う瓦礫の弾丸を掻い潜り、一人特攻をかけるゲンダー。
「ま、待て! どうするつもりだ!」
『ゲンダー!? 一体何を…』
仲間の心配する声が背後へと消えていく。飛び交う瓦礫が身体の脇を通り過ぎていく。
飛行艇よりも大きな、高層ビルを真ん中から二つに割ったような巨大な瓦礫が右前方に、左後方にと突き刺さった。
だがゲンダーは怯まない。臆することなく前方の礫塊に向かって突き走る。
正面に敵を捉えた。右腕で狙いを定め力を集中させる。
対精神体用の汁一本、極限一本の構えだ。左腕は添えるだけ。
だがゲンダーはそこにもう一方の腕を添えない。右腕に倣って左腕も構えて意識を集中。
両手で放つ対精神体攻撃汁一極、その名も――
「極限一極!!」
なんということでしょう、極限が極限で意味が被って何が何だからよくわからないネーミングとなっているが、メイヴ曰く禿げるので細かいことを気にしてはいけない。
両手から凝縮されたエネルギー波が閃光とともに撃ち出される。
その一撃は前方にそびえる瓦塊を貫いた。
蒼いオーラが消え、瓦礫が崩れ落ちて大地に山を成す。土砂の粉塵が舞い上がり視界を遮る。果たして大精神体の行方は。
その様子は土煙に遮られて上空の飛行艇からも知ることができない。ガイストは身を乗り出して地上を映すモニタ画面を凝視する。
「やったのか…?」
『大事なことなのでもう一度言いますが、それはやってないフラグだと相場は決まっていますねぇ。ゲンダー、無事ですか?』
しばらくしてようやく煙が晴れて視界が開けてきた。
まだ少し残る土煙の向こうには薄らと見覚えのある姿が映る。あれは――ゲンダーだ。
『よかった、無事でしたか。あなたは今は亡きヘイヴ博士の技術の結晶、破損されてしまっては世の中にとって大きな損失ですからね。なーんて…………ゲンダー?』
だがゲンダーはその場に立ったまま動かなかった。
誰の呼びかけにもまるで反応しない。どうも様子がおかしい。
すると不意にゲンダーから蒼黒いオーラが立ち昇った。背後には崩れ落ちたはずの瓦礫が再び浮かび上がり塊を形成する。
「我と……ひとつに……なれ……」
ゲンダーの声。しかし、口をついて出てきたのはゲンダーの言葉ではなかった。
「あの光は戦車の暴走と同じ……まさか!」
『やられました! こいつぁ手強いですね』
蒼黒いオーラがゲンダーと礫塊を包み込む。それはまさしく大精神体が発する光。
ゲンダーは精神体に操られてしまったのだ。
「なんてこった、どうすれば…」
瓦礫の弾丸だけでも厄介だというのに、ゲンダーの強力な汁一本や汁一極までもが敵の手に渡ってしまった。それは容易に広範囲を吹き飛ばしてしまえるほどの威力を持つ。味方にいると心強いが、敵にまわるとこれほど厄介なものはない。
「致し方あるまい。我々は既に退避を完了している。こうなってはゲンダー諸とも、精神波動砲で吹き飛ばすしかないだろう。ゲンダー君も仲間である君たちを傷つけたいとは願わないはずだ」
ヘルツを通してフィーティン軍から連絡が来た。指揮官の選んだ答えはゲンダーに構わず攻撃するということだった。
このまま攻撃を躊躇していては、味方に無駄な被害を出してしまいかねない。被害を最小に抑えるためには時として指揮官は辛い決断をせねばならないときもある。全員生存は理想だが、理想は結局理想でしかない。現実の戦いでは、誰かが死んだらリセットだなんてできないのだ。
「そんな…! だからと言ってゲンダーを吹き飛ばすだなんて…」
『こいつは面倒なことになりましたね。なんとかゲンダーが正気に戻ってくれればいいのですが…』
(ゲンダー、余計なことを…。犠牲になるのは私だけでよかったのに)
『仕方ありませんね。作戦を変える他ありません。とりあえず、みんなでゲンダーが解放されるようにでも祈ってみますか?』
「祈るって……メイヴにしては非科学的なことを言うもんだな。気休めはいらない、この状況を打開する手段が欲しいんだ」
『そんな…! 「いのる」は普段はあまり役に立たないけどラスボス戦では必須な重要コマンドなのに! それに気付かなくて当時どれだけ苦戦したことか』
「こんなときにふざけないでくれ! これはゲームじゃない、戦争なんだ!」
『冗談ですよ…。ですが、ゲンダーが正気を取り戻すことを信じるという手段もあるということです。ガイスト、ゲンダーを信じてあげてください』
「だが信じるだけでは何も変わらない。何か行動しなければ。他に方法を考えるんだ。きっと何か解決策があるはずなんだ…!!」
敵の手に堕ちたゲンダー。彼を救い出すことはできないのだろうか。
先の戦いではメイヴが犠牲となって勝利を得た。犠牲なしに勝ちを得ることはできないのだろうか。
ここが運命の分かれ目。運命を握るのはゲンダーだ。
ここでの選択が結末を、未来を変える。
戦いに勝利することは大切だが、それよりも仲間たちの命のほうが大切なのだ。
たとえ機械であっても、その意思がデータに基づくものであったとしても、それでもゲンダーは仲間だ。
さあ、心して――慎重に選んでほしい。
命運を賭す、運命の選択を。
最後の決断を。
先の戦いではメイヴが犠牲となって勝利を得た。犠牲なしに勝ちを得ることはできないのだろうか。
ここが運命の分かれ目。運命を握るのはゲンダーだ。
ここでの選択が結末を、未来を変える。
戦いに勝利することは大切だが、それよりも仲間たちの命のほうが大切なのだ。
たとえ機械であっても、その意思がデータに基づくものであったとしても、それでもゲンダーは仲間だ。
さあ、心して――慎重に選んでほしい。
命運を賭す、運命の選択を。
最後の決断を。