あらすじ
開花の刻。小さな花はトレセン学園という花園で開花の時を待っていた。しかし、勝ち上がることは出来なかった。そんな彼女を救ったのは、まさかの筋肉トレーニングであった。筋肉トレーニングによって得た新たな肉体が、波乱万丈のドラマを作り出していく!
主要な登場人物
フラワリングタイム
主人公。桃色の髪が特徴的な小柄なウマ娘。しっかり者で苦労人。筋肉トレーニングによって新たな肉体を手に入れ、新しいレース人生を歩んでいく。
主人公。桃色の髪が特徴的な小柄なウマ娘。しっかり者で苦労人。筋肉トレーニングによって新たな肉体を手に入れ、新しいレース人生を歩んでいく。
本編
第1話:足りないもの
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開花の刻ッ!夢見る蕾は、華々しい中央の園にひっそりと佇んでいた!
ポツポツと周りがその花弁を広げる最中、その蕾はじっと耐えて開花を待ち続けていたッッッ!その娘の名は、フラワリングタイム。桃色の髪が美しい、とても背丈の小さなウマ娘。本格化を迎え、デビューしたのだが。 「(……勝てない)」 担当トレーナーは悩んでいた。先日のレースも、前のスピードに着いていけずに7着。別の路線も目標にすることも視野に入れていたが、その決断を下すにはまだ早いと、思考にブレーキをかけていた。 「(リングにはなんて言うべきか…)」 久々の休日なので、街をぶらつきながら、担当の今後について考える。特にやる事は決まっていないが、家でゴロゴロしているよりはよほど良いと思い、歩き回る。暖かい陽射しを浴びながら、のんびりと過ぎていく休日の午後。しかし、それは突然終わりを迎える。 「きゃー!ひったくりよ!誰かー!」 「ひったくり!?」 声のする方を見ると、如何にもなサングラスにマスクを付けた男が、女性からカバンを奪って逃げていくのが見えた。しかもソイツは、こちらに向かってくるではありませんか。こんなもの、止めるしか無い。緊張でドキドキと高鳴る胸を抑え、犯人に向かっていく。 「待て!止まれっ!!」 「どけぇっ!」 大慌てで手を伸ばし、ひったくり犯を制止しようとするが、咄嗟の事だったので、力が入り切らずに振りほどかれてしまう。 「くそっ!待……!」 ────ヒュッ! と、風を切るような音と共に、誰かがひったくり犯の通った道を通り抜けた。なにかと思って目を瞬かせていると、それは凄まじいスピードでひったくり犯の眼前へと回り込んで行った。 「なっ!?……があっ!?」 前方で情けない声が聞こえたかと思うと、ひったくり犯がひっくり返っていた。そのまま、あっという間に身体を固めて制圧する姿に、トレーナーは見覚えがあった。 「既に警察には連絡済です。大人しくしていてください。動けば更に固く締め上げますよ」 「クソ……なんだてめぇ……」 「桐生院さん!」 疾風の如き動きで、あっという間にひったくり犯を捕まえたのは、同じく中央トレセン学園に所属しているトレーナー、桐生院葵。同僚であり友人でもある。 彼女の活躍もあってか、警察も到着し、ひったくり事件はあっという間に幕を降ろした。参考人として軽く警察と話をし、それぞれお礼を受けてから、二人は街に戻った。 「いやー、お見事でした。まさか、あんな軽やかに捕まえてしまうとは!」 「ありがとうございます。ミークの事を考えるなら、私が身軽に動けた方が何かと都合が良いですから」 それがたまたまひったくり犯逮捕に繋がるとは。その努力も、圧倒的な肉体も、見事なものである。 「流石ですね。俺なんて、手を伸ばすだけで、捕まえるには程遠い結果に終わりましたから」 「まさか!塚田トレーナーが足止めして下さったから、私も追い付けたんですよ。それに、捕まえようとしただけでも立派な事です」 「ありがとうございます。……しかし、俺もリングの事を思うなら、鍛えた方が良いのかなぁ」 「そうかもしれませんね。いざと言う時に役に立つかもしれません。……そうだ。良ければ、オススメのジムを紹介しましょうか?」 「ジムですか…桐生院さんがオススメするなら行ってみようかな!」 思えば、これがすべての元凶……いや、これから起こる、すべての始まりであったのかもしれない。彼女オススメのジム。そこで俺は、信じられない程の変貌を遂げるのだった…
「おはよう!リング!」
「おはようございま……うわああああああ!!?」 「よう!今日もいい天気だな!」 「はい……じゃなくて!どうしたんですかその身体!?」 「ああ、筋肉を付けようと思ってな。ジムに通い始めたんだが、どうも身体に合ってたらしい」 それでもそんなに変貌するわけ無いだろ!とツッコまれそうな程に、彼は変わっていた。棒の様に細い腕はバキバキの筋肉の塊に変わり、ややぽっこりとしていたお腹は、見事なまでのシックスパックに。服もミチミチのギチギチになっており、もはや別の生き物のようである。 「そうでしたか…まあ、トレーナーさんが健康なら良いですよね!うん!」 と、無理やり自分を納得させる。それでも困惑が勝りそうな感じだが、現実だから仕方ないと受け入れる。 「ははは。さて、リング。……あれから色々考えてみたんだ。君の勝てない原因について」 「……!私の勝てない原因…」 レースにおける敗因。フラワリングタイムは、何かが足りない。二人とも、常にこれに悩まされていた。その足りない何かを補う為に、様々な努力を行ってきたのだから。 「そしてある結論に辿り着いた。今の君に足りないもの。それは……」 「それは……!?」 「筋肉だ!!!!!」 「…………はい???」 筋肉。確かに、あらゆるスポーツを行う上で、必須となる代物だ。大きく膨れた筋肉はそのままパワーとなり、あらゆる競技で活躍する。成長期の真っ最中であり、飛び級で学園に上がってきた彼女にそれが足りないのは、確かに的を射ている。 「確かに、私に筋肉が足りないのは分かっていますけど……それって解決できるものなんですか?」 「ああ、解決可能だ。成長期の君であれば尚更な。どうだリング。俺と一緒に正しい筋肉を作らないか?」 「それは構いませんが……本当に大丈夫なんですか……?私もその、バキバキになったりしません……?」 恥ずかしそうに言う彼女に、トレーナーはポンと合点を合わせた。思えば、彼女はアスリートである以前に女の子。ムキムキのバキバキになるのは、流石に抵抗感があるだろう。 「…その辺は大丈夫だ。ボディビルのような筋肉は、相当絞らなければ作れない。そうならないようにトレーニングする事も出来る。今の綺麗な君まま、レースに勝つための筋肉が付くぞ」 「……分かりました。トレーナーさんを信じてみます。私も、勝つ為に筋肉を付けてみます!」 「その意気だ!それじゃあ早速、次の模擬レースに向けて、筋トレをしていくぞ!」 「はいっ!」 急な変貌を遂げた彼に半信半疑ながらも、彼女はトレーナーの言う筋肉論に乗ることにした。それが後に、とんでもない変化を起こすとは、まさかフラワリングタイムも思ってはいなかっただろう。
日本ウマ娘トレーニングセンター学園、理事長室。愛猫が静かに欠伸を上げるのとは対照的に、室内はドタバタと騒がしくなっていた。
「憂慮ッ!まさか今日、あの方が来られるとは!」 「いつも突然ですね。あの方らしいと言えばらしいのですが」 「混乱ッ!せめて一言くだされば手厚く歓迎出来るというのにッ!」 バサバサと書類の山をかき分けて整えているのは、学園理事長、秋川やよい。学園で一番偉い人だ。隣で書類を受け取り、的確に処理しているのは、秘書の駿川たづな。 「終了ッ!たづな!今年度分の生徒のピックアップはこれで全部か!」 「ひい、ふう、みい……はい!完璧です理事長!無事、全員分揃える事が出来ましたね!」 「安堵!後はあの方が到着するのを待つのみ!……と、書類の再確認はしなくてはな」 「そうですね。すべての生徒に等しく活躍の場を。我々の不手際で、才能を咲かせられない生徒がいては困りますから」 「うむ。その通りだ!」 にゃー、と愛猫が軽く鳴いた。彼女達が集めていたのは、今年度にジュニア級になった生徒達のデータ。特に短距離路線で才覚を表している生徒が主に纏められていた。
「おはようございまーす!」
「おはよう。元気なお嬢さん」 帽子を軽く摘んで挨拶をする、ダンディーなおじ様。暗い小麦色の肌に、サングラスがダーディーな彼こそが、理事長達があの方と呼んでいた、トレセン学園の関係者。 「さて。今年は誰か、来てくれるだろうか」 マイケル・ハイドパーク。彼の出身は、日本の遥か南の国、オーストラリア。彼はそこに存在するヴィクトリア校の校長なのである。彼は毎年世界のトレセンに赴き、留学生を募集する事になっている。 「歓迎ッ!ハイドパーク氏、ようこそ日本トレセン学園へ!」 「秋川さん、歓迎感謝するよ。貴方とティータイムと洒落込みたいが、スケジュールが押していてね。早速書類を受け取っても宜しいかな?」 「当然!今年度も優秀な生徒が揃っているぞ!しかし、短距離路線の生徒だけで良いのか?」 「ああ。オーストラリアのレースは若きスプリンター達の祭典。我が校に留学するのであれば、短距離路線が理想的なのですよ」 そう言って、彼は受け取った書類をペラペラと流して読む。彼の眼鏡に適う生徒はいるのだろうか。彼は書類を眺めながら、理事長と共に生徒の練習風景を眺めに行く。 「はあああああっ!!!」 掛け声と共に、生徒達が駆け抜けていく。短距離路線を走る生徒達の脚力は見事と言うべきか。一歩踏みしめる事に芝が天高く蹴りあげられていく。その力強さと美しさは、まだ幼い、ジュニア級の彼女達でさえ美麗である。 「ふーむ。今年も良い子が多い」 「同感!さすがは中央の試験を通過しただけの事はある!」 楽しそうに微笑む理事長とは対照的にハイドパークは難しそうに眉根を寄せていた。書類に何かを書き込む彼の視線を再び動かしたのは、おおっと湧き上がる生徒達の声。 「……おや。あれはなんでしょう?」 「驚愕ッ!どうやら、一人の生徒が注目を集めている様子!しかし彼女は一体何者?」 そこに居たのは、身長180cmは優に超えていそうな、ジュニア級とは思えない巨大なウマ娘。その恵体の四肢は筋肉がみっちり詰まっており、まさに筋肉の塊とも言うべき風貌を表していた。普通の日本のウマ娘の体躯のそれとは大きく離れており、注目を集めるのも無理は無かった。 「ほう……」 ハイドパークは彼女に興味を示した。あれだけ膨張した筋肉。間違いなくスプリンターのそれだろう。もし、そんな彼女が素晴らしい走りをするのなら?そんな期待に胸を踊らせる顔をしていた。 「第4レース!いきまーす!」 ────ガコン! と、同時に、彼女を含めたウマ娘達が模擬レースを開始する。やはりというかなんと言うか、その圧力に押されて、周りの誰もが彼女に近付けない。と言うより、近寄らせない。 「ふむ……」 彼女の深紅の瞳の威圧感が、より一層強くなっていく。どすんと力強く蹴り込む脚は、他のウマ娘と音が違う。まさに筋肉こそパワー。最終直線に入る頃には、彼女の走りに誰もが目を奪われていた。 「はああああああああっ!!!」 なんと力強く。 なんと荒々しく。 なんとパワー任せの走りだと。
力任せに内側を強引に切り抜け、一気に先頭を捕らえにかかる。前半で溜めた脚が、僅か6ハロンという短い距離の中で爆発する。信じられない加速で前を取り、彼女はそのまま先頭でゴールした。
「ご、ゴールっ!」 その巨体から繰り出されるパワーをすべてスピードに振り切った、まさに怪物のようなウマ娘。その信じられない所業に、理事長も、ハイドパークも魅入られていた。 「すごーい!」 「筋トレしてから変わったね!」 「えへへ、そうですね!やっぱり、筋肉はすべてを解決します!」 ムキッムキッとマッスルポーズをとる彼女に、周りのウマ娘もすごいすごいと褒めそやしていく。ハイドパークも、彼女の走りに無意識に拍手を贈っていた。こんな凄い走りをする選手は何者なのだろうか。彼女を是非オーストラリアに。そう思いながら、ゼッケンを確認する。 豊満な胸に引っ張られるように伸びたゼッケンには「フラワリングタイム」と名前が刻まれていた。そう。彼女があの、フラワリングタイム。トレーナーと共同で行った筋トレによる、驚愕的な肉体の変化。彼女もまた、ハードな筋トレに適応して一皮剥けた選手なのであった。 「フラワリングタイム…!まさに開花の時!ブラボー!秋川さん!彼女とそのトレーナーにぜひお話を!」 「り、了解ッ!後で話の場を設けよう!だから今は落ち着いてくれハイドパーク氏!」 ぶんぶんと揺さぶられる理事長。を危ないので止めるたづなさん。こうして彼の目に止まったフラワリングタイム。彼女は果たして、オーストラリアに向かうのだろうか。あるいは国内の短距離路線を突き進むのだろうか。 すべては、彼女の筋肉のみぞ知る。 |
第2話:いざ豪州
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茹でたササミ、ブロッコリーのサラダ、目玉焼きに、ソイプロテインが添えられている。なんともご機嫌な昼食だ。
「いただきます!」 筋トレ用のメニューを上品に頂くのは、筋トレによって身長180cmにまで成長したフラワリングタイム。本来は140cmにも満たない身長だった彼女が、如何にしてこの巨体に変化を遂げたのだろうか。 『今日から俺と一緒にジムで筋肉トレーニングをしよう!』 『はい!よろしくお願いします!』 すべての元凶は、彼女の担当トレーナー。彼は桐生院トレーナーの勧めで入会したジムで、全身ムキムキのバキバキ、筋肉マッチョマンへと変身していた。 『まずは簡単なベンチプレスから入ってみよう。体幹を維持する為の大胸筋、三角筋、上腕三頭筋が鍛えられるからな!』 『はいっ!…トレーナーさん、そこを鍛えると具体的にはどのような変化が起こるのでしょう?』 『上半身の筋肉量が増えて、バストアップの効果も狙えるな!』 『バストアップ……!私、筋トレめちゃくちゃ頑張ります!』 『よし!その意気だ!筋トレしまくるぞ〜!!』 『おー!です!!』 バストアップという甘言に釣られるような形でこそあったが、フラワリングタイムの負けず嫌いな性格が筋肉を鍛えるジムとベストマッチ。彼女はもりもりと成長し、いつしか身長180cmを超える巨体の筋肉娘へと成長を遂げたのである。 「ご馳走様でした!」 「あ、フラりーん」 「ライジョウドウさん。どうしたんですか?」 「りじちょーがお呼び出しだって」 「理事長が?……わかりました。すぐ向かいますね!」 ご機嫌な食事を済ませて、理事長室へと向かう。呼び出しの多いチームカオスだが、それでも理事長から呼び出される事は少ない。何かと思って訪問してみると、担当トレーナーと理事長と、ハイドパークがソファに座っていた。 「感謝ッ!来てくれたか。そこに座ってくれたまえ!」 「はい。失礼します」 すとん、と可愛らしく座った彼女を見ながら、ハイドパークはニヤリと笑った。 「それで、私に何か用でしょうか?」 「うむ。実は君にある打診が来ていてな。ハイドパーク氏、説明を!」 「分かりました。……初めまして、フラワリングタイムさん。私はオーストラリア・トレーニングセンター学園・ヴィクトリア校の校長、マイケル・ハイドパークと申します」 「初めまして。ご丁寧にどうも……って、海外トレセンの校長さん!?」 驚く彼女を落ち着かせつつ、ハイドパークは自分の目的を話した。オーストラリアに挑戦してくれる生徒を募りに来た事。そして、フラワリングタイムの走りを見て、君なら間違いなく向こうでもやっていけると確信を得たこと。 「私が……オーストラリアに…!」 「君の許諾を得る為に、今日はここに呼び出させて貰いました。とはいえ、これは重大な選択です」 「うむ。オーストラリアは海を越えた遠い国。生活スタイルも、レーススタイルも、日本とはまるで違う」 はっきり言って、不安要素はかなり多い。生活習慣が合わずに体調を崩してしまったら?芝の違いに適応出来ずに、敗北ばかり喫してしまったら?脚を壊してしまったら?遠征にはかなりの危険が付き纏う。簡単に頷く訳にはいかない。 「……リング。君に打診が来た事は俺としても、とても嬉しい。でも無理に受ける必要は無いからな」 「トレーナーさん…ありがとうございます。確かに、私も不安です。いきなりオーストラリアに行って上手くやって行けるのか……それに」 ちら、と彼女は外に目をやった。学園で一緒にやってきた仲間達。チームカオスの皆とも、お別れする事になる。特に、仲良くなった同室のライジョウドウをほっておくのは個人的に不安が付きまとう。 「友達のこともあります。お誘いは本当に嬉しいのですが、いきなり移籍というのは難しいと思います」 「そうですか…ありがとう。確かに君の言う通りですね。君にとってはあまりに重たい決断になる」 「うむ。……残念だが、ハイドパーク氏、フラワリングタイムの事は諦めて貰えるか」 「ええ。彼女の直接の移住は諦めましょう。ただ……」 「ただ……?」 「日本のトレセンに在籍したまま、オーストラリアに挑戦して貰うのでしたら、どうでしょう?」 それを聞いて、トレーナー達も驚いたような反応をする。日本に在籍しながら、オーストラリアのレースに出走する。確かに遠征という点では可能だが、それはルール的に大丈夫なのだろうか。 「オーストラリアでは8月がシーズンの開催日になる。ジュニア級の君であれば、向こうでのデビューも問題なく行えます。日本に在住しながらヴィクトリア校にも在籍し、向こうでのレースにも並行して挑戦して貰うという形になります」 「なるほど…つまり、日本でトレーニングを行いつつ、オーストラリアのレースを幾つか掻い摘んで挑戦していくという形ですか」 「そういう事になります。これなら学園を離れる事無く夢に挑戦できる……フラワリングタイムさん。貴女は栄光を掴めるウマ娘だ。良い返答を期待しておりますよ」 ハイドパークはそう伝えると、期待を込めた瞳で彼女を見つめた。本当に彼女に惚れ込んでしまったのだろう。素人目にも、期待の程が見て伺える。
呼び出しも終わり、フラワリングタイム達は普段のトレーニングに戻っていた。と言っても、コースを走るよりも、筋トレをしている時間の方が多くなり、トレーナー共々、学園併設のジムでガッチャガッチャとマシンを動かしていた。
「トレーナーさん、私どうしたら良いでしょうか……」 「そうだな…ハイドパークさんの言う通り、短距離路線で大きな栄光を掴むなら、オーストラリアへの遠征は効果的だ」 「そうですよね。でも、日本のレースには出にくくなるんじゃないかって心配で……」 「そこは大丈夫だ。理事長が上手いこと辻褄を合わせてくれるさ。日本のGIと世界のGI、両方を花束に加えられるチャンスと思おう」 「……!……そうですね!世界のGIも日本のGIも花束に!なんだかやる気が出てきました!」 「よし!その意気だ!そのままスクワット100回だ!」 「押ー忍!!」 彼女は単純だった。
それから数週間後。彼女はトランクを持ち、空港に居た。まずは適性を測るため、ヴィクトリア校に数週間滞在する。適性があれば、今後も定期的に遠征を行い、現地のレース制覇を狙っていく形になる。彼女の今後が決まる、大事な期間と言っても良い。
「荷物よし。パスポートよし。忘れ物は無いか?」 「大丈夫です!今朝、何回か確認を行いました!」 「よーし!偉いぞリング!ご褒美にプロテインバー1本!」 「ありがとうございます!」 はっはっは、と筋肉バカの二人が楽しそうに語らっていると、空港に見送りにきたチームメンバー達と出会う。フラワリングタイムはその中でも、一際寂しそうなメンバーが目に止まった。 「……フラりん…」 「ライジョウドウさん。……大丈夫ですよ。少し、レースしに行ってくるだけです。また戻って来ますよ」 「……ほんと?約束だよ」 「もちろん。約束です。このハムストリングスに誓って!」 優しく彼女を抱擁する。必ず戻ってくるよ、と誓いを立てて。肉体こそ大きく変化したが、根っこの優しい部分は変わってはいない。それに安心したのか、ライジョウドウは安堵の表情で彼女を抱き返した。フラワリングタイムは安堵し、優しく彼女から離れた。 「では、行ってきます!」 彼女の栄光への旅が、始まった。 |
第3話:短距離王国
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「とうちゃーく!です!」
「ここがオーストラリアかー!」 ジリジリと照りつけるような陽射しを浴びながら、二人はオーストラリアに上陸。めちゃくちゃ暑いイメージでいたが、むしろ寒い。それもそのはず、日本が夏ならオーストラリアは冬。季節は真逆である。 「フラワリングタイムさん。塚田さん。お待ちしておりました」 「ハイドパークさん。わざわざお出迎えありがとうございます」 「いいえ、これくらいは当たり前の事ですよ。それに、空港は危険がいっぱいですからね」 「危険ですか?」 不思議そうに尋ねるトレーナーに、ハイドパークはサングラスを軽くかけ直しながら答えた。 「空港は犯罪者にとって都合が良いのですよ。…例えば、観光客を狙った誘拐などが多いですね」 「誘拐!?」 「右も左も分からない観光客に親切風を装って近付き、拉致するんです。その後は金を奪うなり、殺して臓器を売るなり……酷いものです」 誘拐されて、何もかもを奪われるか、あるいは殺される。ゾッと顔を青ざめさせる二人を見て、彼はくすくすと笑った。 「ですから、そうならぬように私が案内するという訳ですね。なあに、おふたりはガタイもよろしいですし、私も着いていますから。犯罪には巻き込まれんでしょう」 そう言いつつ、ハイドパークは二人をマイカーへと乗せた。すっかり震え上がってしまった平和ボケ組二人は、大人しく着いていくより他に無いのであった。 「まあそう緊張しないで。…レースの話でもしましょうか。先ずは快いご返事ありがとうございます」 「あ…は、はい…!やっぱりまだ、不安はありますけど……世界に挑戦出来る機会を無下には出来なかったので」 「俺もですね。彼女にとって未知のコースですが、彼女の才能が開花した今、それが世界に通用するのでしたら送り出してやるべきかな……と」 「……トレーナーさん…!」 信頼という絆で結ばれ、それ故にイチャイチャとしまくる二人に軽く笑いを浮かべる。 「では通用するかどうか。私も楽しみにしておきましょう。一応、お伝えしておきますと、ヴィクトリアの生徒は強いですよ」 「どんとこいです!私達も強いですからね!トレーナーさん」 「ああ!俺達の筋肉を見せ付けてやろう!」 「はい!まっすーる!」 ふたりは脳筋だった。彼等を乗せた車は、だんだんと速度を上げてヴィクトリア校へと向かっていくのだった。
『はーい、皆さん!着席してください!今日は皆さんに、新しいお友達を紹介しますよー!』
先生はそう言って、はしゃぐ生徒達を座らせていく。ヴィクトリア校に合格しただけの事はあり、生徒達の顔付きは自信に満ち溢れている。 『友達ぃー?誰だそりゃ?』 『校長が言ってたフラワリングタイムじゃない?』 『なぁんだ、あのチビか』 なんと、生徒達は既に、フラワリングタイムについて知っていた。それもそのはず、基本的に校長の勧誘でヴィクトリア校に来てくれる生徒は0人。1人来てくれただけでも奇跡のようなものなのだ。もちろん、ハイドパークはそれを我慢しきれず、学校中に言いふらしてある。 『しかし、いくら背丈が小さくても脚は早いかもしれませんよ?』 『いやぁ………あのレースを見る感じなぁ…とてもこっちでやれる生徒には見えねえよ』 『なんにしても。強くなければこの学園では生き残れない。ライバルとして対等に接しましょう』 『わあってるよ。せんせー、早く紹介してくださーい』 『はーい。では、皆さんご存知かもしれませんが、日本からはるばるいらしてくださいました。フラワリングタイムさんです。どうぞー!』 「失礼いたします!」 『『『デケェ!!?!?』』』 どんな小さくて可愛い子が入ってくるかと思ったら、タッパは180cmを優に超えるような巨大なウマ娘。ヌッと現れた巨人に、ヴィクトリア校の生徒達も思わずビックリする。 「今日から体験入学をさせて頂くフラワリングタイムです。よろしくお願いします!」 彼女の陽気な挨拶に、教室内はザワザワとざわめく。それもそのはず。だってあんなウマ娘知らないもん。参考に見せてもらったレースの彼女はちんまりしていて可愛かった。それがなんだ、この巨人は!これはこれで可愛いけど! 『……俺は認めねぇぞ!お前、替え玉受験とかしただろ!』 「いえ、正真正銘の私ですが……」 『いくらなんでも、半年でそんなにデカくなる訳ないだろ!』 「デカくなりますよ!筋肉は裏切りませんから!」 『そういう話じゃねぇって!……まあいい。タッパが大きいだけでノロマだったら話になんねぇからな』 「そうですね。私がどこまで通用するのか。ヴィクトリア校の皆さんに挑戦させて貰います。良ければ、皆さんのお名前をお伺いしても?」 『俺はキャヴィン。目標はゴールデンスリッパーSを勝つ事だ!』 『私はエミリーディーヴァ。エミリーで良いわ。よろしくね』 『フライトラップと申します。どうぞよろしくお願いします』 「キャヴィンさんに、エミリーさんに、フライトさんですね。よろしくお願いします!」 お互いに自己紹介を済ませると、フラワリングタイムは用意されていた席に案内される。どっしりとした体格はオーストラリア生徒と比較してもかなり大きく、注目の的になっていた。 『はーい、皆さん。フラワリングタイムさんが気になるのは分かりますが、ちゃんと授業を受けてもらいますよ〜』 先生はそう言うと、そのまま授業を始めた。フラワリングタイムは慣れない英語でありながら、それらを理解してメモを取り始めた。 まずオーストラリアに所属している選手全員が目指すのが、3月に開催される、ゴールデンスリッパーSと呼ばれるレース。このレースには7つのトライアルレースが用意されており、そこで賞金を加算してゴールデンスリッパーSの出走を目指す。このレースはジュニア三冠とも呼ばれているが、ここに出たメンバーの大半は三冠は狙わず、休養を取る。それだけ、このレースに出るのは過酷な出走になるからだ。ここを取れなければサイアーズプロデュースSとシャンペンSと呼ばれる、残りのジュニア2冠に挑戦する。どれかひとつでも優勝すれば、栄誉あるGIウマ娘の栄光を掴む事が出来る。 「(あれ?)」 「(どうした、フラワリングタイム)」 「(キャヴィンさん、オーストラリアのGIって、めちゃくちゃ多くないですか?)」 「(まあな。名ばかりのGIも多い。だから俺は、特別に価値のあるゴールデンスリッパーSを勝ちてぇんだ)」 ほかの皆もそんな調子だと彼女は言う。言われてみれば、確かにゴールデンスリッパーSの話の時だけ、雰囲気がガラリと変わる。本当に、それだけ特別なレースなのだろう。 「(よし、それじゃあ私もゴールデンスリッパーSを目指そう!)」 世界と日本のGI。全てをかき集めて最高の花束を。目標の為にまずはオーストラリアのジュニアGI制覇を目指すのであった。
それから数日後。移籍による環境の変化にもそこそこ慣れてきたということもあり、いよいよデビュー戦が行われる事になった。フラワリングタイムは早速近めのデビュー戦を選択し、そこに向けて最終調整が行われていた。
「ラスト1セットー!」 「おーす!」 やってる事は、相も変わらず筋トレばかり。筋肉を鍛えればパワーの差で勝てると思っている様子。トレーナーもアホなので、筋肉さえあれば勝てると信じ込んでいる。 「よーし終了だ!プロテイン飲みながら出走表を見るぞー!」 「おーす!」 距離はもちろん1000mの短距離戦。強靭なスピードがものを言う世界であり、より強烈な蹴りを繰り出せるウマ娘が有利である。その点、フラワリングタイムの蹴りは申し分なかった。 「このレース、相手にはキャヴィンも出てくるが、君の筋肉なら問題なく勝利出来るはずだ!」 「はい!頑張ります!……そういえば作戦とかはありますか?」 「とにかく後ろに着かない事。普段のように溜めて差すなら良いが、短距離戦は相手のバネも段違いだ。簡単に後方から差し切れると思わないのが大事だ」 「分かりました!とにかく後ろにだけはつかない。頑張ってみます!」 「よし!その意気だ!本番までに更に筋肉を仕上げるぞー!」 「おーす!師匠!」 二人は単純であった。
そして迎えた、メイクデビュー。芝1000m。右回り。天候は晴れ。カラッカラの良バ場。仕上がった筋肉をムキムキと膨らませながら、フラワリングタイムはデビュー戦を行うアスコットレース場に舞い降りた。
「よし!君に教える事はすべて、筋肉に教えてきた。後は君の走りで打ち勝って来い!」 「はい!行ってきます!」 「行ってらっしゃい!」 ムチムチとした身体にピッタリ張り付いた体操着の上に、はち切れそうなゼッケンを被せて歩き出す。ターフに出ると、今回のライバルになるであろうキャヴィンが待ち構えていた。 「よう。せっかくのデビュー戦、俺と走るなんてツいてねぇな」 「キャヴィンさん。どうしてです?」 「そりゃあもちろん、俺にコテンパンにやられちまうからよ」 その挑発に、フラワリングタイムはニヤリと笑った。 「ふふふ、そうはいきませんよ。この日の為にハムストリングスをギッチリがっちり鍛えて来ましたからね」 「へっ、威勢だけは立派だな。認めてやるよ。…もう御託はたくさんか。レースでケリをつけようぜ」 「はい!」 ゲートに収まり、出走の時を待つ。そして、ゲートが開いた。
────ガコンッ!
「ふっ!」
どすん!と力強く脚を踏み込み、フラワリングタイムは前進する。先行から中団に近い位置に陣取ると、周囲の様子を筋肉で探る。 「(さぁ、俺と競おうぜェ!)」 前方集団と、真横にはキャヴィン。後ろにはほとんどウマ娘はいない。やはり逃げや先行が強いのか、多くのウマ娘が前へ前へと突き進んでいっている。 「(なるほど……確かに皆は前に進んでいますね……でも!)」 「(っ……こいつ……なんて圧力だ…!)」 ────ドンッ!!
たった一蹴りで。フラワリングタイムはその差を一気に詰めてきた。信じられない加速と速度に、周りのウマ娘は驚愕と賞賛を思わず彼女に送った。その筋肉の力強さに。その筋肉のスピードに。鍛えられたピンクの花束に。横を走っていた、キャヴィンさえ思わず息を飲むような。
「(っ……クソっ!逃がすかよ!)」 「はああああああああっ!!」 そして、ラスト200m。筋肉のパワーによって内側から一気に抜け出したフラワリングタイムと、それを追いかけるキャヴィンの一騎打ち。キャヴィンも一瞬追い付いたかと思ったが、フラワリングタイムは恐るべき末脚で、先頭を維持したままゴール板を駆け抜けた。 『1着はフラワリングタイム!見事な末脚でデビュー戦を軽々勝ち上がりました!これは見事です!』 「やりました〜!トレーナーさん!」 「やったなー!流石だぞ!ナイスマッスル!」 「まっそー!」 二人でマッチョマッチョポーズ。やはり筋肉はすべてを解決するのだ。 「おい!フラワリングタイム!」 「……キャヴィンさん?」 「…今回はたまたま調子が悪かっただけだ。次は負けねーからな!」 「私こそ、次も負けませんよ!」 ライバルにマッチョな握手。新たな友情の芽生え。それを遠目に見ていたハイドパークは彼女のデビュー戦に大きな拍手を送った。 「おめでとう、フラワリングタイム。やはり君であれば…いや。それは妄想に過ぎないか」 そう言って、彼は静かに次のレースの準備へと向かった。 |
第4話:GS
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フラワリングタイムがデビューをしてから、しばらくの時が流れた。彼女は定期的に日本に帰ってはお土産をカオスの皆に配ったりと、忙しい日々を過ごしていた。
「うおおぉぉっ!!」
それから、ヴィクトリア校のメンバー達は、それぞれ順調に駒を進めていた。 キャヴィンは、目標レースのトライアルであるスカイラインSを勝利。 「勝つのは私だぁぁっ!」 エミリーディーヴァは、2月のトライアルレース、シバースリッパーSを勝利。 「勝利をこの手にッ!」 フライトラップは、パゴパゴSを制覇し、ギリギリのタイミングでゴールデンスリッパーSに滑り込んだ。
そして、フラワリングタイムは、スウィートエンブレスSを制覇し、しっかりとゴールデンスリッパーSの枠に入っていた。
「よし!これで全員、ゴールデンスリッパーSに進めますね」 「だな。……ただ、そう簡単に優勝させては貰えなさそうだぜ」 「どうしてです?」 「私達が勝ったトライアルとは別に、有力な選手が出場するトライアルレースがあるのよ」 「そこで優勝したのが、サウスウェルズ校のエース二人なんですね」 「サウスウェルズ?」 オーストラリアにはヴィクトリア校の他に、ウマ娘用のレーシング学園が州別に設立されている。サウスウェルズ校は首都圏の学園であり、国内でもヴィクトリア校に次いで才能のある生徒が集まって来るらしい。 「そこのエースの二人、エレガンスラインとテイクオーバーがそれぞれトライアルを制覇したんですね」 「なるほど……おふたり共強いレースを行っていますね」 もくもくとささみを齧りながら、フラワリングタイムは二人が制覇したトライアルレースの映像を眺める。 「…さっきから気になってたけど、なんでそんなに食べてるの?」 「筋トレには十分なタンパク質が必要ですからね。こうして常に補給をしておく必要があるんです」 「なるほどね……」 筋肉バカなんだなと理解しつつ、それを上手いこと飲み込めないエミリーディーヴァであった。 「この二人に勝てるかどうかで、俺達のレース結果も変わりそうだな」 「そうですね……このレースっぷり…手強い相手になりそうです」 画面に映し出されたレースは、どちらもGI級の走りを見せた猛者達。これからぶつかるというだけで、思わず固唾を飲んでしまいそうだ。 「くぅー!負けてられねぇな!トレーニング、気合い入れてくか!」 「ですね!」 四人ともレースの熱に当てられたようで、張り切ってトレーニングに励むことが出来たようだ。それぞれが目指すは、GIレース、ゴールデンスリッパーS。果たしてフラワリングタイムは、目標レースに勝つことは出来るのだろうか。
広く晴れ渡る空と、青々と茂るターフ。絶好のレース日和となったゴールデンスリッパーS。芝1200m。右回り。フラワリングタイム達はそれぞれトレーナーの元で、最後の作戦タイムに移っていた。
「いよいよ本番ですね」 「ああ。どのライバルも全力で勝ちに来るはずだ。負けないようにしないとな」 「ですね!具体的には、どんな作戦で戦いましょうか?」 「まずマークすべきライバルが多い点に注目だな」 「キャヴィンさん、エミリーさん、フライトさんですね。それに、エレガンスラインさんとテイクオーバーさん」 「ああ。ヴィクトリア校の三人は一緒に走ってきて、ある程度は知っているよな」 「そうですね。皆さんの作戦は一応頭に入っています」 「ならその三人は大丈夫だな。問題はエレガンスラインとテイクオーバーか」 「はい。まだテレビ越しでしか走りを見た事ありませんね。どんな作戦で来るのか気になるところです」 エレガンスラインは先行策で、テイクオーバーは差しで、それぞれトライアルレースを勝利している。それらに気を配りながら、レースに臨む必要がある。 「二人をマークしながら、君のペースでレースに臨んで欲しい」 「分かりました。先行の位置で挑戦してみます」 短距離戦は後ろを取りすぎない。基本に忠実な戦法で挑む事にする。トレーナーは頷くと、ポンと肩を叩いて伝えた。 「それで良い。……君の力を存分に見せつけて来い!」 「はい!」 それから準備を済ませ、地下バ道からターフに向かう直前に、フラワリングタイムはライバルと遭遇した。 「貴方は……」 「エレガンスラインさん。初めまして。フラワリングタイムです」 「初めまして。礼儀正しいのね。もっと荒々しい子かと思ってた」 「そうですか?ありがとうございます。…今日はよろしくお願いします」 「ええ、よろしくね。先に言っておくけれど、ここは勝たせて貰うわ」 「それはこちらの台詞です。勝つのは私ですから」 「ふふっ、そう。なら、走りで見せて頂戴ね。貴方の強さを」 「もちろん、見せてあげますよ!」 勝利宣言。自慢のハムストリングスに誓って。宣戦布告を受けたエレガンスラインは嬉しそうに微笑んだ。
いよいよ本番。ウマ娘達がゲートの前に集まり、それぞれ準備を進めている。フラワリングタイムも軽く準備運動を済ませ、ゲート入りの瞬間が訪れた。
「(ライバルは多い。……でも、私の筋肉があれば乗り越えられるはず)」 すべてのウマ娘がゲートに収まり、体勢が完了した。ファン達も固唾を飲んで見守り、一瞬の静寂が訪れる。
────ガコン!
軽快な音と共に、ゲートが開いた。世代最速を決める戦いが、幕を上げた。先頭に出てレースを引っ張るのは、逃げの作戦が得意のフライトラップ。そこから少し離れた先行集団に、エレガンスラインとフラワリングタイムが並んでいる。間にテイクオーバーが走っており、その後ろの後方集団にキャヴィンとエミリーディーヴァが追走している。
『スタートしました!先頭はやはりフライトラップ!16人のウマ娘を連れてコーナーに差し掛かります!』 コーナーを曲がりながら、フラワリングタイムは周囲の状況を確認する。仕掛ける者はいないか、ペースは今のままで大丈夫か。瞬時に判断する必要があり、決断は容易では無い。 「(エレガンスラインさんはまだ脚を溜めている……私も準備しないと)」 コーナーを抜けると、最後の直線へと差し掛かる。フライトラップが先頭でレースを引っ張りながら、ゴールに向かって突き進んでいく。 「(このまま抜かせない……誰も!)」 後方に控えていたキャヴィンやエミリーディーヴァも、ラストスパートをかけ始める。ぐんぐんとバ群を抜けて、先頭集団に絡んでくる。 「(ここから勝負を仕掛けます!)」 ダンッ!と力強いひと踏み。フラワリングタイムもスパートをかけ、後ろとの差を広めていく。 「ふっ!」 ほぼ同時に、エレガンスラインがスパートをかけ始めた。二人は競り合いながら、先頭集団へと加わっていく。 「(凄いスピード……でも、私の筋肉なら負けない!)」 「(流石ね……けれど、ここで負ける私じゃない!)」 二人の末脚は見事なもので、先頭をキープしていたフライトラップを追い抜いて先頭に立った。最終直線、残るはラスト200m。気合いと根性で粘りを見せるフラワリングタイムだが、隣を走る彼女は不敵な笑みを浮かべた。 「はあっ!」 「っ……」 ラスト100m。エレガンスラインは更に加速し、僅かにフラワリングタイムを振り切った。強烈な蹴りと加速に、観客達は思わず息を飲んで見守るほどに。彼女は強かった。 『先頭はエレガンスライン!強い!強いぞ!そのまま振り切ってゴール!見事、ゴールデンスリッパーSを制しました!』 「はぁ……はぁ……」 「はぁっ……はぁっ……やった……私の勝ちよ!」 「はぁ……はぁ……ふう……おめでとうございます。私の完敗です」 「ありがとう、フラワリングタイムさん。貴方の走りも見事だったわ」 「ありがとうございます。……皆さんが待ってますよ」 「ええ、そうね。行ってくるわ」 そう言うと、彼女はウイニングランを披露しに観客席の方へと向かった。ファンへのアピールも欠かさない律儀なウマ娘だと、フラワリングタイムは思った。 「負けちゃいましたね……」 ギリ、と拳を固く握る。先行策で仕掛けたのも、スパートのタイミングも、すべて完璧に思えた。その上で負けてしまったのだ。何が足りなかったのだろうか。 「(悩んでも仕方ないですね。トレーナーさんの所に戻りましょう)」 こうして、ゴールデンスリッパーSは幕を下ろした。フラワリングタイムは2着という結果を持って、ターフを後にした。 |
第5話:盛り上げる者
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ゴールデンスリッパーSが終わり、生徒達はキツく張っていた肩の荷がおりた様なやわらかい雰囲気に包まれていた。なにしろ、殆どの生徒が目指す一大目標。ここを目標に仕上げてきた生徒達は、脚を休ませる為にクラシック級まで休憩を取るウマ娘も多い。
「フラりん、お前はどうするんだ?」 「私も休養を頂いて、しばらく日本に帰ろうと思ってます」 「そうか……サイアーズプロデュースステークスでお前と当たりたかったな…」 もちろん、全員が全員休む訳では無い。ジュニア三冠のレースはまだ残っているのだから。キャヴィンはその道を選んだようだ。 「まあまあ。またそのうち、ぶつかることになるって」 「エミリー……そうだな!そん時までお預けだ!」 「はい。またぶつかる時は負けませんからね!」 「俺こそ負けねぇぞ!覚悟しとけ!」 ガツン、と拳をぶつけ合う。お互いにライバルとして、認め合う瞬間であった。 それから数週間後。フラワリングタイムは休養と帰省を兼ねて日本に戻ってきていた。チームカオスにお土産を渡して、思いっきり羽を伸ばして生活する事になった。 「うーん、やっぱり日本の空気が一番ですね。さて、これからどうしましょうか…」 5月に差し掛かり、気温はなかなかのポカポカ陽気。筋トレ日和ということもあり、フラワリングタイムは筋トレしながら学園を歩いていた。すると、前を歩いていた生徒達の会話が耳に挟まってきた。 「ねえねえ、ダービーの人気投票、誰にする?」 「誰にしよー!みんな強くて迷っちゃうよね」 「わかるー!みんな強いから誰が勝つか分からないしね〜!」 そんな会話をキャイキャイしながら続けていく。思えば、日本はもうそんなシーズンなのだ。自分達のひとつ上の先輩が挑む日本ダービー。それを見学して、今後のレースに向けての礎にするのもアリな気がしてきた。 「(よし、日本ダービーを見てみよう!)」
日本ダービー当日。レース場は満員のすし詰め状態になり、押して押されての大混雑となった。フラワリングタイムは自慢の筋肉で押されても押し返す形になっていたが、それでも混雑ぶりは見事なものだった。
「ここからなら見えるでしょうか」 身長180cmを超える巨体だからこそ、遠くからでもハッキリとレースが見える。フラワリングタイムは決して良いとは言えない位置で、レース観戦に臨んでいた。 『スタートしました!おっと16番ダッシュが着きませんでした!』 フラワリングタイムが見たレースはまさに圧巻そのものだった。皆からの期待を背負った選手が力強く前に抜け出し、それを阻止せんとばかりにライバル達がしのぎを削る。まさにGIレベルのレースであると悟らされるものであった。 『勝ったのはウイニングチケット!見事に勝利の切符を掴みました!』 見事な勝利に、湧く観客達。温かい拍手が勝者に贈られ、日本ダービーは幕を下ろした。フラワリングタイムはと言うと、感動して拍手を贈り続けていた。こんな熱いレースをありがとう、とウイニングチケットに向かって送り続けていた。 「(凄かった……私もこんなレースが出来るようになりたい!)」 日本ダービーと言えば、国を挙げての大盛り上がりっぷり。まさにお祭りレースと言った感じだ。それだけの観客を熱狂させる程の走りを、彼女らは成し遂げたのだ。この想いをどうにか形に出来ないかと思い、トレーナーの元へと急いだ。
「という事があったんです。私も、ダービーみたいな大きいレースで皆を湧かせられるウマ娘になりたいです!」
「なるほど。リングはそう思ったのか……オーストラリアで大きいレースと言えばやっぱり、メルボルンカップになるだろうな」 「メルボルンカップですか。確か、開催日は州の祝日になるとされる一大レースですよね」 「ああ。その通りだ。これほどのビッグレースはオーストラリアにおいて他に無い。そこで勝つ事が出来るなら、君も観客を湧かせられる選手になれるんじゃないかな」 「なるほど!……でも、メルボルンカップって確か、長距離ですよね?」 「そうだな。距離にして3200m。今の君では走れないかもしれない。だから、挑むつもりなら、段階を踏んで挑戦するんだ」 「段階?」 「少しずつ、走る距離を伸ばしていくんだ。1600m、2000m……って具合にだな。これが出来るなら、君もメルボルンカップを勝つのも夢じゃないかもしれない」 「なるほどです!トレーナーさん!私、メルボルンカップを勝ちに行きたいです!」 「わかった。それじゃあ君の目標に合わせてレースセッティングをしていくよ」 こうして、彼女の目標はメルボルンカップに決定した。果たして、彼女はメルボルンカップに立つことは出来るのだろうか。彼女の険しく激しい道程は始まったばかりである。 |
第6話:阪神JF
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「阪神ジュベナイルフィリーズですか?」
「ああ。今の君が目指すにはピッタリのレースだと思ったんだ」 筋トレをしながら、次のレース目標について語る二人。阪神ジュベナイルフィリーズと言えば、日本のジュニア級のマイル王者を決める重要なレースだ。 「確か、ジュニア級のレースですよね。私って8月にクラシック級に上がっちゃうから参加出来ないんじゃないですか?」 「いや。君は日本所属で、オーストラリアには遠征って形になっているから、クラシック級に上がるのはもう少し先だ」 「なるほど……分かりました。阪神ジュベナイルフィリーズはマイル距離のレースですよね」 「ああ。距離延長の登竜門としてはベストだと思ってな。ここの結果次第で今後のレースも変わるぞ」 短距離から距離を伸ばした、マイル距離のレース。ここを勝つ事が出来なければ、距離延長のメルボルンカップを制する事は出来ないだろう。 「分かりました。阪神ジュベナイルフィリーズ制覇を目指して頑張ります!」 「おう!その意気だ!」 そんな訳で、筋トレをしながら次のレース目標を取り決めた。オーストラリアの芝に慣れてしまったフラワリングタイムだが、果たして日本のレースに適応する事は出来るのだろうか。
それから、時間はあっという間に過ぎていった。夏、秋と季節は巡り、いよいよ阪神ジュベナイルフィリーズが開催される日になった。
「いよいよですね。トレーナーさん」 「だな。これまでの筋トレの成果を見せる時だ」 二人は相変わらず筋肉があればレースに勝てると考え、筋肉トレーニングばかりしていた。鍛え上げられた肉体は、レースを今か今かと待ち望んでいた。 阪神ジュベナイルフィリーズ。阪神レース場、右回り、芝1600m。乙女達が集うGIレースであり、ここを勝った者は将来も有望視される。フラワリングタイムは猛者がひしめくこのレースを制する事が出来るのだろうか。 「はぁー、ふぅー……よし。準備万端です!」 控え室。フラワリングタイムは勝負服に着替え、レース出走の準備を進めていた。 「よし。それじゃあ最後に作戦会議をしよう」 「分かりました。今回はどんなレースをしましょうか?」 「基本的には、距離延長の対策を考えたい。オーストラリアで短距離を走っていた君にとって、マイルのペースはやや掴みにくいだろう」 「そうですね……練習はしましたが、本番は初めてですからね」 「その通りだ。先行策で挑んでみても良いが、ペース配分が分からないかもしれない。後方に待機して差してみても良いかもしれないな」 「なるほど……後方待機で、後半にスパートをかけて一位を目指す感じですね」 フラワリングタイムは、後方からのレースを行った事は無い。これも練習はしたが、本番で上手くいくのか心配になる要素だ。 「ああ。もし、この作戦が全て上手く行っても、まだ問題がある。それがライバルの存在だ」 「ライバル……」 当然だが、ここに出走する全員がライバルであり、強敵である。その中でも特に強いとされているのが、ここまで無敗のウマ娘、走ったレースが全てレコードという、パラダイスガール。間違いなく壁として立ちはだかって来るだろう。 「ライバルの動きに惑わされず、自分のレースを行う必要がある。場合によっては、パラダイスガールをマークするのも手だな」 「わかりました。パラダイスガールさんに注意しつつ、自分のレースをやろうと思います」 「その調子だ。とりあえず、作戦としては以上だ。何か困ってる事はあるか?」 「大丈夫です!作戦もバッチリ頭に入りました!」 「それを聞いて安心したよ。……よし、行ってこい!リング!」 「はい!」
大歓声に包まれる阪神レース場。新たなヒロインの誕生に心躍らせる観客達が今か今かとレースを待ち望んでいる。
『二番人気を紹介しましょう!鍛え上げられた筋肉娘!満開の華が咲き誇る!フラワリングタイム!』 二番人気に選ばれるだけあり、観客の歓声も大きい。期待されているという重圧を背負いながら、フラワリングタイムはパドックを歩いた。 『さあ来ました一番人気!レコード記録は彼女のもの!このレースでも記録を叩き出すのか!パラダイスガール!』 一番人気のパラダイスガールが姿を現した。やはりと言うべきか、猛者の纏うオーラのようなものを感じ取れる。大歓声に手を振って応え、パドックを駆けていく。 「みんな応援ありがとー!今日も勝っちゃうからね!」 軽快なステップで今日も絶好調であることをアピールする。この気軽な態度からは想像もつかない程、レースでは強い走りを見せるのだ。 「(凄い人気…私も負けてられない!)」 『さあ役者は揃いました!いよいよゲートインの時間です!』 ウマ娘達がゲートに収まっていく。観客達も固唾を飲んで見守るゲート入りの瞬間。僅かな静寂がレース場を包み、空気がヒリついていく。 「(絶対に勝つ!)」
────ガコン!
『スタートしました!全員綺麗に飛び出しました!さあハナを奪うのはどのウマ娘か!?』
混戦状態の中、パラダイスガールは全体の前から2、3番手の位置に辿り着く。フラワリングタイムは、後方から4、5番手の位置を駆け抜けていく。 「(これがマイルのペース……普段より少し遅めでしょうか……)」 1600mを走る為には、スピードの他にスタミナも要求される。生粋のスプリンターにとっては、僅か400mの延長であっても過酷な道となる。 「(今回も私のペースで行っちゃおう!)」 パラダイスガールはその点、問題は無かった。自分のベストな得意距離。他の追随を許さない走りで、レコード記録をかっさらって行く。今回も記録狙いで、自分のペースでレースを駆け抜けていく。 『さあ、ウマ娘達がコーナーに差し掛かりました!先頭は変わらずエイシンバリス!その後ろをパラダイスガールが追走する形!』 コーナーを曲がりながら、ウマ娘達は互いに牽制し合う。フラワリングタイムも大きな身体が仇となり、執拗なマーキングを受けてしまう。 「(前が開かない…どうすれば……)」 立派に鍛え上げられた筋肉も、流石にブロックされていては真価を発揮出来ない。加えて、ブロックしてくる相手もGI級の選手。そう簡単に包囲網からは抜け出せない。 「(ここはいっそ後ろに下がって…)」 しかし、後方にもウマ娘が陣取っており、そう易々とは動けない状態に陥ってしまっていた。 「(くっ……こうなったら……)」 となると、狙い目は最後のスパートをかけるタイミングのみだ。大きくレースが動くタイミングなら、包囲網も崩れて動きやすくなるはずだ。 『さあ!コーナーを抜けて残り400m!ラストスパート!ウマ娘達の動きが激しくなってきた!』 「ふっ!」 周りのスパートに合わせて、フラワリングタイムも加速する。スピードの変化によって現れた、僅かな隙間を縫うようにして前へと躍り出ていく。 『ここで先頭はパラダイスガールに変わった!後から追い詰めて来るのはフラワリングタイム!』 最終直線。3番手を進むフラワリングタイムと、1番前を突き進むパラダイスガール。全員が最後の力を振り絞ってゴールに向かっていく。 「はああああああっ!」 筋肉による強烈な加速。一気に2番手になり、そのまま先頭を走るパラダイスガールに迫っていく。残された距離は、200m。前と少しずつ距離が縮まっていくが、追い抜くには速度差があまり無い。 「やあああっ!」 パラダイスガールも、全身全霊を込めて駆け抜けていた。後ろのウマ娘のほとんどは着いてこられず、既に勝負は決したようなもの。だが、一人だけは違った。 「(私に着いてきてる…!けど、負けないっ!)」 「(必ず追い抜いてみせるっ!)」 ラスト100m。どちらも一歩も引かず、ゴール板を目指して駆け抜けていく。パラダイスガールか、フラワリングタイムか。二人がもつれて絡んだところで、一気にゴール板を通り抜けた。 『二人並んでゴール!これは写真判定か!?』 掲示板には、写真判定の文字が。二人は息を整えながら、判定による結果を静かに待っていた。五分ほど経過したところで、掲示板に結果が表示された。
1着 フラワリングタイム
2着 パラダイスガール
「「っ………!」」
結果の表示と同時に、盛り上がる観客席。二番人気の勝利に、会場も大盛り上がりだ。更に驚いた事に、このレースもレコード記録を制覇したらしい。 「やった……勝ちました……!」 「くぅー!負けちゃったかぁ!残念!……おめでとう!フラリン!」 「ありがとうございます!……パラダイスガールさんも強かったです」 「えへへ、でしょー。でも驚いたな。私に着いてこれるなんて」 「それはきっと、筋肉を鍛えてたからですね」 「筋肉?」 「はい。筋肉トレーニングのおかげで、今日のレースにも着いていけたと思っています」 「そっかー!それじゃあ私も筋トレしてみようかな!」 「はい!是非!」 こうして、パラダイスガールとの友情を育みながら、フラワリングタイムはGIレースを制覇した。まずは1600mの制覇。果たして、目的であるメルボルンカップへの挑戦は出来るのだろうか。 |
第7話:クラシック級
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12月も終わり、フラワリングタイムは晴れてクラシック級に成長した。阪神JFのみで日本のレースは終了し、再びオーストラリアに向かう事になった。
「ヴィクトリア校も久々ですね」 「そうだな。もう半年ぶりか。皆元気にしてると良いな」 「ですね!皆さんと会ったら何しましょうか〜」 友人達との再会にワクワクしているフラワリングタイム。GIレース勝利というお土産を持ち、第二の故郷とも言うべきヴィクトリア校に帰る。気分が高揚するのも無理はない。 「そうだ。これからの君のレースプランについて話しておきたい」 「レースプランですね。しっかり決めておきましょう!」 今後のレースプラン。少しずつ距離延長を行う形だが、その上で目標となるのが、オーストラリア三冠のレースだ。ランドウィックギニー、ローズヒルギニー、オーストラリアンダービー。どれも距離は違っており、だんだんと距離が長くなるのが特徴だ。メルボルンカップを目標とするなら、挑戦するにはもってこいのレース達だ。 「オーストラリア三冠……ちょっと緊張してきました」 「そうだな。君にとっても大きな挑戦になる。とはいえ、気を張りつめ過ぎないようにな」 「はい……でも私、緊張と同じくらい、ドキドキしてるんです」 「…もしかして、楽しみか?」 「はい!私の脚がどこまで通用するのか、考えるだけで楽しみです!」 1600mは問題無く走れた。これから挑戦するレースはより長く、過酷になる。メルボルンカップに向けて少しでも長い距離を走れるようになるのは、フラワリングタイムにとっても楽しい事だろう。どこまで順調に行けるのか。そんな事を話し合いながら、二人は空港を降りた。 「塚田さん!フラワリングタイムさん!」 聞き覚えのある声に、二人は思わず振り返る。そこに居たのは、二人を出迎えに来たハイドパークだった。 「ハイドパークさん!」 「お久しぶりです。先ずは阪神JF、おめでとうございます。生配信で見ましたよ」 「ありがとうございます!」 「見事な走りでした。ヴィクトリア校でも話題になっていましたよ」 「本当ですか?えへへ、照れますねぇ」 デレデレと照れるフラワリングタイム。 「本当に見事なものです。…さて、ヴィクトリア校へ向かうのでしたら、是非とも私の車に乗ってください」 「ありがたいですが……そこまでして貰うのは申し分ないですね」 「なぁーに、良いんですよ。フラワリングタイムさんは、ヴィクトリア校を盛り上げてくれる大事な生徒なのですから」 そう言ってくれるハイドパークの顔は、とても穏やかだった。ヴィクトリア校の校長として、心から彼女を歓迎してくれているのが伝わってきた。
「ただいまー!です!」
フラワリングタイムの登場に、ワイワイと盛り上がる教室。日本のとはいえ、GIレースを勝利したウマ娘が入ってきたのだから当然の反応か。 「おかえりなさい。待ってたわよ!」 たまたま近くにいたエミリーディーヴァを筆頭に、仲良しの三人が駆け寄ってくる。エミリーディーヴァはもちろん、キャヴィンもフライトラップも、半年の間に一回り成長したらしい。 「お前日本でやったな!GI制覇なんてすげぇじゃん!」 「お見事です。名実共に、GIウマ娘ですね」 「ありがとうございます!」 仲良し三人組はもちろんのこと、他にも多くの生徒がフラワリングタイムの元へ話を聞きに来た。海外のGIというのは、それだけ価値の高いものなのだろう。やがてほとぼりが冷めた頃、フラワリングタイムはひと息ついた。 「大歓迎ムードでしたね」 「だな。フラりんがそんだけ凄いことしたって事だ」 「照れますね。これからも勝ち続けられるように頑張らないと!」 「頑張れよ。と言っても、多分これからも俺達はレースでぶつかるんじゃねぇかな」 「そうかもしれませんね。私はオーストラリア三冠を目指しますけど、キャヴィンさんはどうしますか?」 「俺もオーストラリア三冠が目標だ。ってぇと、やっぱりライバルになるな。負けねぇからな!」 「はい!私こそ負けませんよ!」 次なる目標は、オーストラリア三冠。フラワリングタイムと仲良しの三人組も同じ目標だったらしく、再びライバルとしてバチバチと競い合う事になりそうだ。
フラワリングタイムがヴィクトリア校に戻ってから数ヶ月。オーストラリア三冠の一冠目、ランドウィックギニーが迫っていた。生徒達もこの大一番に向けて、各々身体を限界まで仕上げてきていた。
「勝つのは私よ……!」 エミリーディーヴァは直前のステップレース、サラウンドSを制覇。キャヴィンやフライトラップも、それぞれ別のレースを制覇している。オーストラリア三冠を奪い合う相手として、相手にとって不足は無い面子に仕上がっていた。 「皆も頑張ってる……私も!」 フラワリングタイムはと言うと、やはり筋トレに勤しんでいた。ランドウィックギニーを目前に、パワーを鍛えようと頑張っていた。今日はトレーナーも一緒になって、筋トレを行っていた。 「いい調子だ。もう1セット終わったら上がりにしようか」 「はい!分かりました……!」 ぐぐっと持ち上がるバーベル。信じられない程の重量だが、フラワリングタイムにとっては簡単に持ち上げられるほどだ。 「ふぅ……終わりました!トレーナーさん!」 「ああ、お疲れ様。明日はいよいよ本番だ。今日はゆっくり休んで明日に備えてくれ」 「はい!……あ、帰る前に、明日のレースについて話し合いませんか?」 「もちろん良いぞ。じゃあ基本的な所から振り返ろうか」 ランドウィックギニー。天候の予報は晴れ。良バ場。距離は1600m。マイル路線のレースであり、得意なマイラー達が集まって来ている。ヴィクトリア校からは、フラワリングタイム、エミリーディーヴァ、キャヴィン、フライトラップが出場する。また、サウズウェルズ校から、エレガンスラインとテイクオーバーも参戦する。他にも強力な選手が他の学校からも集まってきており、面子には困らない事が伺える。 「私は二番人気なんですよね?」 「ああ。人気な分、皆からマークされると思った方が良い」 「分かりました。マークを振り切りつつ、皆を出し抜ける作戦を考えないといけませんね」 「その通りだ。先行策で行くか…或いは後ろから差すか…君の実力が問われることになる」 「はい……臨機応変に対応して行きたいと思います!」 「ああ、その意気だ。話す事としてはこんなもんだろうか。他に何か聞きたい事とかあるか?」 「そうですね……ひとつお聞きしたい事があるんです」 「わかった。なんでも言ってくれ」 「はい!今回のレースで注意したい相手は誰か教えて貰えますか?」 「注意したいライバルか。一番人気のエレガンスラインに注目するのは当たり前だな」 「ですね!他にはいますか?」 「そうだな……個人的には、エミリーディーヴァが気になるかな。前走の勝ち方がかなり強かった」 「エミリーさんですか……気が抜けない相手ですね。気を付けます」 クラスメイトと言えど、レースになれば誰もが強力なライバル。強烈な勝ち方をしたのであれば、本番でも強い走りをしてくるだろう。 「他には何か聞きたいことはあるか?」 「他には……あっ!そうだ。トレーナーさん。今回のレースに関係ない事なんですが、良いですか?」 「ん?もちろん良いぞ。なんでも聞いてくれ」 「ありがとうございます。その、私ってどのくらいの距離まで走れそうですかね?」 「距離か……君の練習の記録を数値化するなら、2000mまでは問題なく走れそうだな」 「2000m……やっぱり、それ以上になると鬼門になりますかね」 「そうかもしれない。とはいえ、あくまで数値。君の適性次第で大きく変わるだろう。こればっかりは実際に走ってみないと分からないな」 「分かりました。2000でも3000でもどんとこいです!」 「頼もしいな。俺も君のレース結果を楽しみにしてるよ。リング」 「はい!ありがとうございます!」 果たして、彼女は2000m以上の距離を走ることはできるのだろうか。その日に備えて、入念に身体を鍛えるフラワリングタイムなのだった。 |
第8話:ランドウィックギニー
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いよいよレース当日。パドックに有力候補が次々と顔を表していく。歓声は徐々に大きくなり、二番人気のフラワリングタイムを迎える頃には最高潮に達していた。
『二番人気はこの子です!筋肉一筋の花娘!フラワリングタイム!』 「「「ワァァァァァァァッ!」」」 「頑張れー!フラリーン!」 「最高の走りを見せてー!」 大歓声に応えながら、フラワリングタイムはパドックで準備運動を進める。 「フラりん!久しぶりね!」 「エレガンスラインさん!お久しぶりです!」 一番人気の登場に、会場はワッと湧き上がる。エレガンスライン。ゴールデンスリッパーSを制してからも安定した成績を残し、今回のレースも一番人気で迎える事になった。 「よろしくね。今日も負けないわ!」 「私こそ負けませんよ!よろしくお願いします!」 固く握手を交わし、再びそれぞれのウォーミングアップに戻る。距離が違うと言えど、一度負けた相手。果たして勝つ事は出来るのだろうか。 『さあ始まります!オーストラリア三冠、ランドウィックギニー!走るウマ娘達も準備万端です!』 ゲートインが進む。フラワリングタイムもゲートに収まり、出走のタイミングを待つ。やがて全員のゲート入りが終了し、係員がゲートを離れる。
────ガコン!
『スタートしました!フライトラップ、これは素晴らしいスタート!そのままハナを奪うかー!?』
フライトラップは得意の逃げでペースを握りに行く。そこから少し離れた位置にエレガンスラインが並び、中団にテイクオーバー。後方集団にフラワリングタイムとキャヴィン、エミリーディーヴァが並んでいる。 「(やっぱりマークが厳しい…パワーで切り抜けられれば良いのですが…)」 フラワリングタイムは警戒されているからか、やはり強烈なマークがされていた。もちろん、エレガンスラインをそのままにしておく訳にもいかないので、それぞれマークするウマ娘は半々くらいとなっている。 「(ここは脚を溜めて……)」 フラワリングタイムは脚を溜め、最後の直線に向けて準備を進める。集団はコーナーに差し掛かり、ウマ娘達の動きが激しくなっていく。 「(脚は溜められている……このまま直線で追い抜くわ!)」 エレガンスラインも先行策で十分に脚を溜められた様子。誰にも負けないという闘志が、彼女の背中からも感じられた。 「(抜かさせない……この日の為にトレーニングしてきたんですから!)」 驚いた事に、最初に仕掛けたのは逃げの一手を打ったフライトラップ。直線に入ると同時に、残しておいた脚を使って先頭を突き進む。 「はああああああっ!」 「うおおおおおおっ!」 それに気付いたのか、後方集団もそれぞれラストスパートを開始する。最終直線で団子状態となって、ウマ娘達が突き進んでいく。 「(絶対に負けない!オーストラリア三冠を取るのは……私です!)」 フラワリングタイムの踏み込みが強くなり、力強く大地を蹴り飛ばして加速し始めた。団子状態の中からするりと抜け出して、先頭集団の争いの中に入って行く。 「行かせない…!はああああっ!」 外から先頭集団に混ざってきたのは、エミリーディーヴァ。信じられない程の加速を繰り出し、先頭を奪わんと力を振り絞っている。フライトラップも、先頭を奪われまいと必死に脚を動かしている。 誰が勝ってもおかしくない状況。それほどまでに、前の集団は実力が拮抗していた。フラワリングタイム、エレガンスライン、エミリーディーヴァ、フライトラップ、キャヴィンの熾烈なデッドヒート。大外に持ち出したテイクオーバーも加わって、最後の直線を競り合いながら駆け抜けていく。 「勝つのは………」 「「「「私だ!」」」」
『これは凄い!完璧に互角な戦い!誰が勝ってもおかしくない!さあ来るぞ!世紀の瞬間が今ここに!』
────
ゴール板を駆け抜け、全員が思わず掲示板の方を振り返った。果たして勝ったのは誰なのか。本人達も分からないほど、拮抗した勝負だった。
「はぁ……はぁ……」 フラワリングタイムも、最後の瞬間まで諦めずに猛追した。勝っても負けても、後悔は無い程に燃えていた。接戦であったからか、掲示板には写真判定を示す文字が。観客達も固唾を飲んで結果を見守る。
1着 フラワリングタイム
2着 エレガンスライン 3着 エミリーディーヴァ 4着 フライトラップ 5着 テイクオーバー
結果が映し出された。それと同時に、会場はワーッと大歓声を上げる。オーストラリア三冠最初のレース、勝ったのはフラワリングタイム。本人は驚きと喜びのあまり、やや放心状態になってしまっていた。
「私……勝ったんですね……!」 喜びを湧かせ、勝利の味を思いっきり噛み締める。誰が抜けてもおかしくなかった大接戦。最後の最後で大きな体格が味方したか、誰よりも早くゴールラインに触れていた。 「勝ちましたー!」 「おめでとう、フラりん」 「やられたぜ。優勝おめでとう!」 「おめでとうございます」 祝福の言葉に埋もれながら、フラワリングタイムは凱旋を行った。それから、皆への感謝を込めて、ウイニングライブも完遂した。 |
第8.5話:ローズヒルギニー
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大勢が駆け付け、ごった返したランドウィックギニーとは対称的に、出走するメンバーがごそっと入れ替わった二冠目、ローズヒルギニー。
それも仕方ない。ローズヒルギニーは2000mのレース。1600mの前走と比べれば、適性が無いウマ娘も多くいる。エレガンスラインが良い例で、彼女は自分の適性を考え、三冠では無く短距離路線へと目標を定めていた。 フラワリングタイムとて例外では無い。マイル路線での強烈な脚を見せつけてきた彼女だが、2000mは初めてのレース。適性があるかどうかが問われる一戦となる。 「確か、私が走れるギリギリの距離が2000mですよね」 「ああ。数値上はな。もしかしたらそれ以上かもしれないが、君の筋肉の付き方はマイラーに近しい」 今まで勝利できてきたのも、マイル適性が高い筋肉が付いていたからだ。距離が中距離に変わるこのレースで、フラワリングタイムはついていけるのか不安になっていた。 「うーん、悩んでいても仕方ないですね!トレーナーさん、作戦を教えてください!」 「わかった。…今までのレースを振り返ると、君は後方待機から差し込むレースがかなり得意なはずだ」 「そうですね……後ろから差すのは私の脚に合ってるかもしれません」 「ああ。だから今回も後ろから差すレースをして欲しい。もし周りを囲まれても、筋肉が全て解決してくれるはずだ」 「はいっ!筋肉は偉大ですね」 「筋肉は偉大だ。それと、今回も気を付けて欲しいライバルが居る」 「ライバルですか。どんな方です?」 「シルバークィーン。彼女はクィーンズランド校出身の選手で、中距離路線を得意としているらしい」 クィーンズランド校と言えば、オーストラリアの北側に設立している学校だ。設備こそ他に劣るが、選手は誰も彼もが優秀で、目が離せない学校のひとつと言って良いだろう。 「中距離が得意……これは手強い相手になりそうですね」 「ああ。だからこそ注意して欲しいんだ。ただでさえ距離が不安なのもある。ライバルのペースに飲まれて自滅しないようにな」 「はい。気を付けます!」 ビシッと敬礼。フラワリングタイムは賢いウマ娘だ。ペースを掴まれるような真似はしないだろう。トレーナーはそんな事を考えつつ、念の為にレース情報をパッと羅列した。 ローズヒルギニー。場所はローズヒルガーデンズレース場、芝2000m。天候は曇り。良バ場。右回り。 『曇り空の下、ウマ娘達が出場してきました!皆様拍手でお迎え下さい!』 パドックに移動する時間だ。フラワリングタイムは、前走の好走も加味されて、一番人気に推されていた。盛り上がる観客達に手を振りながら、パドックで準備運動を行う。 「ほっ……ほっ……」 二番人気を背負ったのが、ライバルのシルバークィーン。彼女はクィーンらしく気高く美しいタイプのウマ娘だが、レースになれば一変する。たとえ泥にまみれたとしても、貪欲に勝ちを狙いに行く執念深さがあった。 「おーっほっほっほ!今日は私が勝たせて貰いますわよ!」 彼女の高らかな宣言が、曇り空に吸い込まれていく。プライドの高いウマ娘であろう雰囲気から、周りのウマ娘達はどう接すれば良いか分からず困っていた。 「いいえ!今日勝つのは私ですよ!」 「あら、そんな事を言うなんて。貴方、見た事がありますわね。名前はなんて言うのかしら」 「フラワリングタイムです!」 「そう。フラワリングタイムさん。私の前で勝ち宣言をするなんて見事ですわ。是非とも正面から叩き潰したくなりますわね」 「ぜひ正面からかかってきてください!返り討ちにしてあげます!」 「言ったわね。もう言葉は不要、後はレースで語り合いましょう」 「はい!」 どんなに傲慢な相手でも、レースで下してしまえば敗者になる。果たして勝者に成り上がるのはどちらか。或いは、第三のウマ娘がすべてをかっさらっていくのか。これから始まるレースが全てを決める。 『お待たせしました!いよいよゲートインの時間です!一番人気のフラワリングタイムがスっとゲートに入りまして……』 全員がゲートに収まり、体制が完了する。係員が離れ、ついにゲートが開く時が来た。
────ガコン!
『スタートしました!さあ先頭は押して押してフェアレディ!人気のシルバークィーンは先行集団!フラワリングタイムは後方に控えた!』
「(中距離はレースが長い……マイルの時より遅く仕掛けなきゃですね……)」 初めての中距離レース。周りのペースに合わせながら、スタミナと脚を温存していく。 『さあコーナーに差し掛かりまして先頭は変わらずフェアレディ!レースは澱みなく進んでいます!』 第二コーナーをかけていく。一番人気のフラワリングタイムは、徹底的なマークを受けている。ただ、並大抵のマークはパワーの差で覆す事が可能だろう。それより不安なのは、脚が持つかということ。 「(今のところは大丈夫…2000mも走り抜いてみせる……!)」 前が思ったよりも早く、やや厳しいペースだが、脚をなんとか溜めながら後半に備えている。フラワリングタイムは距離との戦いに備える。 「(ここからは私のレースですわ!)」 ────ダンッ! コーナーの中盤、まだ中間地点だと言うのに、シルバークィーンが仕掛け始めた。先行集団から先頭集団に加わり、加速して進んでいく。 『おっと!シルバークィーンが仕掛けました!先頭に立って駆け抜けて行きます!』 二番人気の猛追に、湧き上がる観客達。果たしてこのままゴールまで突き進む事は出来るのだろうか。フラワリングタイムも異変に気付き、前の方へと視線をやる。 「(クィーンさんがもう仕掛けた……でも私は仕掛けられない……!)」 なんせ未知の距離。スタミナがどこまで持つか分からない以上、下手に仕掛けることは出来ない。だが、そうしている間にもシルバークィーンはゴールに突き進んでいく。 『さあコーナーをぬけて最終直線!先頭はシルバークィーン!このままゴールまで行ってしまうのか!?』 「私だって……!」 ────ダンッ! 最終直線に入り、フラワリングタイムも仕掛ける。溜めていた脚を解放し、先頭集団に入っていく。 『おっと!フラワリングタイムも上がってきた!追いつけるでしょうか!』 「はああああああっ!」 目指すはオーストラリア二冠目。残していた脚を全振りして、ラストスパートに入っていく。前を行くシルバークィーンとの一騎打ちになる。 「はああああああっ!」 「っ……ああああああっ!」 距離は大丈夫。残るは前のウマ娘を追い抜くだけ。フラワリングタイムは全身全霊をかけて、ゴールに突き進んでいく。 『並んだ並んだ!二人並んでゴールに向かう!そのままゴールイン!これは僅かにフラワリングタイムが優勢か!』 「はぁ……はぁ……」 「はぁはぁ……」
1着 フラワリングタイム
2着 シルバークィーン
「勝った……勝ちました…!」
「はぁ……ふぅ。まいりましたわ……」 「クィーンさん。ありがとうございました」 「こちらこそ感謝ですわ。お陰で熱いレースが出来ましたもの」 「そうですね…熱いレースでした」 握手を交わし、お互いの健闘を称え合う。 『勝ったのはフラワリングタイム!これでオーストラリア二冠達成です!』 観客は大盛り上がり。このまま三冠目も掴んでしまうのかと期待に胸を踊らせる。加えて、熱いレースを披露してくれたフラワリングタイムに、歓声と拍手が贈られてきた。 さあ、次の目標は三冠だ。 |
第9話:オーストラリアンダービー
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ランドウィックギニー以降、フラワリングタイムの快進撃は止まらなかった。初めての距離である2000mローズヒルギニーを制覇し、二冠ウマ娘へと登り詰めた。ここまで来れば世間は否が応でもフラワリングタイムに注目する事になる。残るは一冠、オーストラリアンダービー。ここを制覇すれば、フラワリングタイムは晴れて三冠ウマ娘になる。
「でも、簡単には勝てそうに無いですね」 「そうだな。距離は今までで最長の2400m。君の脚が持つか、いよいよ不安になってくる距離だ」 最終目標に比べれば短いが、それでも2400mは過酷な距離になる。マイラー気質の強いフラワリングタイムには、最後の登竜門となる。 「ただでさえ過酷なレースだが、ライバルも充実している。シルバークィーンはもちろん、他にも強力なライバルが名を連ねている状態だ」 「そう……ですか。やっぱり、一筋縄ではいかないレースですね」 「そうだな。……何か悩んでるのか?」 「あ……バレちゃいましたか。私、今まで全力で走ってきて、自分を振り返ることを忘れてたんですけど……」 とん、と数歩歩く。 「いざ振り返ってみたら、少し怖くなって。私って、三冠を背負えるウマ娘になれるのでしょうか」 もしここで勝つのなら、三冠ウマ娘になるのは確定だ。それが現実感の無い状態でふわふわとした形となって、フラワリングタイムの胸にモヤモヤとかかってしまっているのだ。 「……大丈夫だ。君ならなれる」 「本当ですか?」 「本当だとも。君には、三冠を背負えるだけの力がある。勇気がある。支えてくれる仲間もいる。誰もが夢見る最高の場所に、君は自分の脚で立てるはずだ」 「……ありがとうございます。自信が湧いてきました!」 「よし、その意気だ。三冠路線、最後のレースだ。気合い入れて行くぞ!」 「はい!頑張ります!」 オーストラリアンダービー。ロイヤルランドウィックレース場。芝2400m。右回り。天候は晴れ。足下は良バ場。 大勢の観客がレース場に押し寄せ、三冠ウマ娘の誕生を今か今かと待ちわびていた。フラワリングタイムは圧倒的票数で一番人気。パドックに姿を現しただけで、大歓声が会場を包み込んだ。 「凄い歓声……これは応えないと!」 パドックでそれっぽいポーズを披露し、観客を湧かせていく。準備運動を進めていくと、ライバル達が顔を表してきた。 「フラりん、三冠がかかったレースだけど、俺が勝たせて貰うからな!」 「キャヴィンさん。いいえ、勝つのは私です!」 「私も負ける気は無いからね。敗北の苦渋を飲む準備は良いかしら」 「エミリーさん。敗北する気はありませんよ!」 ライバル達とも顔を合わせ、パドックでの準備運動が進んでいく。フラワリングタイムは準備を済ませると、ゲートインを静かに待つ事になった。 「(皆を盛り上げるレースを…私が!)」
『さあお待たせ致しました!三冠か、或いは栄光か!?オーストラリアンダービー開催です!』
大歓声に贈られながら、ウマ娘達がゲートに収まっていく。クラシック級最後の一冠。果たして誰がその栄光を掴むのだろうか。ライバル達もゲートに収まり、体制が整う。
────ガコン!
『スタートしました!先頭はやはりフェアレディ!押して押して前を陣取ります!』
フラワリングタイムのスタートは好調。勢いよく飛び出して、後方集団に取り付いた。 「(来たなフラりん……お前の自由にはさせないぜ!)」 「(キャヴィンさんのマーク……!)」 後方集団に紛れていたキャヴィンの徹底的なマーク。フラワリングタイムより前を陣取って、左右に振らなければ抜けられない体制を作る。左右に振られれば、それだけ距離的なロスが生じる。 「(抜けられるもんなら抜いてみな!)」 「(くっ……)」 左右に避けることが出来ず、後ろを陣取ることを強いられる。これでは仕掛けたい時に仕掛ける事が出来ない。 「(流石のマークですね……でも!)」 ────トンッ… すると、フラワリングタイムはするすると後退し、最後尾に付く。差しの脚質ではなく、追込の脚質。最後尾から一気に全抜きを狙う形で走る。 「(この距離は脚が持つか分からない…だからこそ追込で……!)」 初めての作戦だが、フラワリングタイムは慣れた様子で脚を動かす。本番に向けて、何度も練習を行ったからだ。最後方を回りながら、コーナーを駆け抜けていく。 「(大丈夫……脚は持ってる。このまま行きます!)」 コーナーを曲がり終え、直線に差し掛かる。先頭は相変わらずのフェアレディ。シルバークィーンらが先頭集団に続き、エミリーディーヴァが中団、キャヴィンが後方集団に入っている。フラワリングタイムは最後方を駆け抜け、前に抜け出す隙を窺っている。 「(一番後ろでも前からのマークが厳しい……気を付けて進まなきゃ…)」 後方集団のマークが厳しく、フラワリングタイムは慎重にレースを運び始める。これが吉と出るか凶と出るか、ゆっくりとしたペースで走り始めた。 『フラワリングタイム、包まれて厳しいか!?さあ!集団は最後のコーナーに差し掛かります!』 最終コーナーを曲がりながら、集団は大きく動き始める。先頭は変わらずフェアレディ。しかし、後ろは逃げ切りを許さない形で徐々に加速し始める。 「(皆が仕掛け始めた!私も……!)」 前が壁となり、動きにくい最後方だが、一番後ろを取った事である程度の自由が生まれる。コーナーで膨らむ勢いを利用し、大外から一気に相手を抜き去る作戦で行く。 『フラワリングタイム、ここで仕掛けた!グングンとバ群を抜いて行きます!』 後方集団から、一気に先頭集団へと取り付く。そのあまりのスピードに観客達も思わず歓声を上げる。これなら三冠も狙えるのではないだろうか。そんな期待を込められた視線が一気にフラワリングタイムに集まってくる。 「はあああああああっ!」 コーナーを切り抜け、最終直線へと差し掛かる。ラスト400m。先頭を走るのは、シルバークィーン。大外から先頭を狙うフラワリングタイム。速度差があり、フラワリングタイムが僅かに有利に見えた。 「(くっ……脚が……重い!)」 だが、フラワリングタイムは距離延長に悩まされていた。既に走った距離は2000mを超えている。自分の限界が近い事を悟ったのか、脚がずんと重くなるのを感じていた。 「(このままじゃ……)」 このままでは、負ける。どうにかして脚を持たせたいが、どうすれば良いのか分からない。残り300m。前を行くウマ娘は、残り2人。追い抜かなければならない。 「はあっ……はあっ……!」 脚を動かしても、身体が前に進まない。ここが限界なのだろうか。フラワリングタイムは諦めようとした。だが。ふと、観客席のトレーナーが目に入った。 「行けー!リングー!」 「(トレーナーさん……!)っあああああああっ!!」 まだ、諦める訳にはいかない。最後の力を振り絞って、フラワリングタイムは更に加速する。ついに、先頭を走っていたシルバークィーンを追い抜いて一番前に躍り出た。 『伸びてきた伸びてきた!先頭はフラワリングタイム!これは決まったかー!?』 もはや彼女を止める者はいない。大外から末脚を繰り出し、一番前で堂々とゴール板を駆け抜けた。三冠ウマ娘、これにて達成。大歓声の中を駆け抜けながら、フラワリングタイムは喜びながら地面に倒れた。 「はぁ……はぁ……勝った……!」 距離の不安を振り払い、堂々と一番前でゴールして見せた。これが三冠ウマ娘だ。彼女は起き上がると、観客席に向かってウイニングランを披露してみせた。大勢のファンに祝福を受け、時代が変わった瞬間をこれでもかと噛み締めた。 「おめでとう、フラりん」 「ありがとうございます!」 ライバル達の祝福にも応え、三冠ウマ娘らしく堂々と振舞った。オーストラリア三冠となり、国を代表するウマ娘になったフラワリングタイム。時代を動かすウマ娘となった彼女のこれからは、より大変なものになるだろう。 |
第10話:三冠ウマ娘
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「フラワリングタイム、三冠を祝いまして〜!乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」 三冠ウマ娘の誕生に、クラスでお祝いの会が開かれた。皆の祝福を受けながら、フラワリングタイムは嬉しそうにしていた。 「改めておめでとう。フラりん」 「ありがとうございます。とっても嬉しいです!」 えへへと照れる。クラス全員の祝福を受けて、三冠達成したんだなぁという事をしっかり噛み締めていた。 「三冠になったけど、今後はどうするんだ?」 「そうですね……メルボルンカップが最終目標ですから、そこに向けてのレースをしていくと思います」 「へぇー!メルボルンカップを目指すのか!ってぇと、路線的には俺とは暫くお別れだな」 キャヴィンはフラワリングタイムとは違い、短距離路線に進んでいくつもりのようだ。ライバル達もそれぞれの道を歩んで行く中、フラワリングタイムは次の目標に悩んでいた。 「(トレーナーさんに相談してみようっと)」 楽しい祝勝会もぼちぼち終わりを迎え、フラワリングタイムはトレーナーの元へと向かうのだった。
「トレーナーさん!」
「おお、リング。おかえり。祝勝会は楽しんできたか?」 「はい!楽しんできました!」 「それは良かった。……そうだ。君と話しておきたい事があるんだ」 「はい!なんでしょうか?」 「次の目標レースについてだ。三冠ウマ娘になったとはいえ、目標にはまだ届いて無いからな」 「そうですね。私達の最終目標はメルボルンカップですから!……それで、次はどんなレースに出れば良いんでしょう?」 「それを決めようって話だな。当分は休養期間だし、そのうちに目標を決めよう」 ランドウィックギニーからしばらく連闘が続き、脚にも大きな負担がかかっていた。それらの疲れをとるために、当分はレースはお休みする事になっていた。 「ですね。メルボルンカップは3200mですし、更に距離延長して行けたら良いですね」 「ああ……その事なんだが、オーストラリアには2400mより長いレースが殆ど無いんだ」 「えっ!?そうなんですか?」 「ああ。残念だが距離延長を行って行く事は出来ない。だから、ステップレースを使っていくつもりだ」 「分かりました。無いなら仕方ないですね!ステップレースで挑戦して行きましょう!」 「そう言ってくれると助かるよ。日本のレースを使う事も想定したんだが、長距離GI、天皇賞・春は終わっちゃってるんだよな……」 残念そうに項垂れる。3200mという過酷すぎる距離を走らせる為に、距離延長を行えないのは辛い事が大きいだろう。 「大丈夫ですよ!2400mだって走れたんですから!3200mもトレーニングすれば行けるはずです!」 「そうだな……君の才能に期待してみるよ。一緒に頑張ろうか」 「はい!」 そんな訳で、長距離レースに備えてトレーニングを積んでいく。今まで通り筋肉を鍛えながら、長距離を走りきるだけの身体作りを行っていく。 フラワリングタイムの次の目標は、ターンブルS。メルボルンカップに向けてのステップレースとして用意されているレースだ。ここを勝ち上がらなければ、メルボルンカップなど夢のまた夢だろう。 「目指せメルボルン〜!」 グイグイと巨大タイヤを引っ張りながら頑張るフラワリングタイム。彼女について、担当の塚田トレーナーは悩んでいた。 「彼女の筋肉はマイラー寄りのはず…まさか……」 「トレーナーさーん、終わりましたー!」 「ああ、お疲れ様。片付けたらミーティングしようか」 「はーい!」 トレーニングも終わり、ミーティングの時間が始まった。いつものにんじんドリンクを開封して、フラワリングタイムは美味しそうに一口頂いた。 「ぷはー。トレーナーさん、今日もお疲れ様でした」 「ああ、お疲れ様。今日はちょっと話があるんだ」 「はい、なんでしょう?」 「君の適正距離についてだ」 適正距離。ウマ娘にはそれぞれ得意な距離が決まっており、スプリンター、マイラー、ステイヤー等と呼ばれるようになっている。 「私の適正距離ですか?」 「そうだ。今まで君はマイラー寄りの体格をしていたから考えつかなかったんだが……君は本来、ステイヤーの可能性がある」 「私が……ステイヤーですか!?」 ステイヤー。2400m以上の長距離を得意とするタイプのウマ娘だ。今まで短距離を走ってきたフラワリングタイムにとっては、不思議でならない発言だろう。 「ああ。レースを見てても、君は距離が伸びるほど強い勝ち方をしているからな」 「言われてみれば……」 無我夢中で走っていて気付かなかったが、勝った時の着差は距離が長い方が、開いて勝っていた。 「だから、君は本来ステイヤーのウマ娘なんじゃないかと思ったんだ」 「そうですね……でも私、2400mの最後の方はかなり辛くて……本当にステイヤーなんでしょうか?」 「その点に関しても、君に謝っておきたいと思ったんだ。君が2400を辛いと感じるのは、筋肉増加によるものだと考えている」 「えっ!?この筋肉がダメなんですか!?」 「ああ。君の本来の適正なら、2400は問題無く走れるはずだ。ところが、短距離を想定した筋トレを行ってしまったから、スタミナがその分ごっそり削られてしまったんだ」 「なるほど……」 「だから、この件に関しては俺の責任だ。謝らせてほしい。申し訳ない事をした」 「いえいえ!大丈夫ですよ!この筋肉が付いたから、私は今まで戦って来れたんですし!」 「そう言ってくれるのは嬉しいが…君の夢への道を過酷にしてしまったのは事実だ。本当にすまない」 「良いんですよ!元々、挑戦するのも難しい高い壁なんですから!……あっ、それに!本来の適性がステイヤーなら挑戦するにはピッタリじゃないですか!」 「そうだな……君の本来の適正なら、挑戦出来るかもしれない。今の君には厳しい道のりになるとは思うが…それでも一緒に行ってくれるか?」 「もちろんです!今の私でも3200m走ってみせますよ!頑張りましょう、トレーナーさん!」 「ああ。ありがとう。走りきれるよう、一緒に頑張ろう」 「はいっ!」 そんな訳で、ステイヤー気質の可能性があると理解したフラワリングタイム。果たして、メルボルンカップに勝つだけのウマ娘になれるのだろうか。 |
第11話:メルボルンカップ
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それから、フラワリングタイムは三冠ウマ娘らしく、ターンブルS、ステップレースであるコーフィールドCを制覇し、いよいよメルボルンカップを目前に控えた。
「ついに来ましたね……この日が」 「ああ。この日に向けて距離延長トレーニングも積んできたからな」 「成果を見せる時です!」 祝日という事もあり、メルボルンカップの観客席はこれでもかと観客が押し寄せ、ごった返していた。同級生のライバル達も、フラワリングタイムの応援に押しかけていた。 「いよいよだな。フラりんのやつ、緊張してないと良いけど」 「いよいよね。流石にフラりんも大舞台は慣れてると思うわ」 「だよなー。そういや、フラりんは一番人気。走りでこれだけのファンを注目させてるんだな……」 「そうね。かく言う私達も一番人気に貢献してる訳だけど」 「ははは、確かにな。フラりん来たらさ、大声で応援しようぜ」 「ええ。もちろん」 発走時間が近付くにつれて、徐々に盛り上がっていく会場。ワイワイと観客達が盛り上がり、お祭りムードが更に高まっていく。 フラワリングタイム達は、待合室で最後の準備を進めていた。 「今回の作戦は、追込作戦だ。とにかくスタミナを持たせるのが最優先で、スピードは二の次だ。練習と同じ感じだが、いけるか?」 「大丈夫です!練習通り、3200mも走ってみせます!」 「ああ。楽しみにしてるぞ。……それにしても、メルボルンカップか」 トレーナーは立ち上がり、フラワリングタイムの前に立つ。 「沢山の観客が君を待っている。目標としていた、誰もが盛り上がるレースがここにある」 「はい……そうですね!」 「ああ。ここが君の到達点だ。だから、思いっきりぶつかってこい!」 「はいっ!頑張ります!」
万雷の拍手が巻き起こる。一番人気の登場だ。パドックは歓声と拍手で湧き上がり、それは止むことを知らない。王者は堂々とした風格で大地に立ち、皆の歓声に応える。
『堂々の一番人気!誰もが認めるオーストラリア最強!三冠ウマ娘、フラワリングタイムです!』 距離延長の不安もありながらも、やはり観客は彼女の勝利を望んだ。ここで負けるはずが無い、唯一無二の存在。 「ほっ……ほっ……」 「あの、フラワリングタイムさん!」 聞こえてきたのは、ここでは珍しい日本語。 「……あっ、はい!」 「今日はよろしくお願いします!」 「はい。よろしくお願いします!貴方は?」 「ハルノナナクサって言います!日本から遠征で来ました。私、フラワリングタイムさんに憧れてて、今日一緒に走れるのが光栄です!」 「そうなんですか!ありがとうございます。一緒に走れるとは言いましたが、あくまでもライバルですよ」 「はいっ!それは承知の上です!全力でぶつかって、貴方に勝ちます!」 「ふふ、楽しみにしてますね。勝つのは私ですが!」 ライバル宣言。ここまで人気が加熱したフラワリングタイムに絡むだけの事はあり、彼女は今年の天皇賞・春を制覇していた。長距離に強いステイヤーであり、最大のライバルと言っても良いかもしれない。 『さあ、パドックも終わって、ウマ娘達が本バ場入場します!』 パドックでの運動も終わり、ゲートの前に続々と集まっていくウマ娘達。3200mという過酷な道のりに向かう戦士達の顔はキリッと引き締まっていた。 「(これがメルボルンカップ……夢に見た大舞台……よし!)」 フラワリングタイムは落ち着いてゲートに入り、出走を静かに待つ。続々とウマ娘達がゲートに入り、やがて全員の体制が完了する。 『さあ全員が揃いました!メルボルンカップ……今!スタートしました!』
────ガコン!
ゲートが開き、ウマ娘達がスタートする。フラワリングタイムも好スタートで飛び出し、いつもの後方ポジションに控える。
「(3200mは長距離……少しでも体力を温存しないと……)」 すると、フラワリングタイムを警戒してか、多くのウマ娘が彼女にピッタリとマークを仕掛ける。 「(すごいマーク……でも、大丈夫)」 フラワリングタイムは落ち着いていた。3200mと言えば、参加している殆どのメンバーが初めての距離。マークばかりに徹していては、自分のレースが出来なくなる。未知の距離でそんな事をすれば、自分も自滅するのが必至だ。 「(ここは勝負を焦らず、隙ができるのを待つ!)」 後方で待機しつつ、前のウマ娘達が退くのを静かに窺う。3200mの距離ともなれば、流石に動きが変わる瞬間が出てくる。その隙をじっくりと窺う事にしたのだ。 「頑張れ……リング!」 応援席は大盛り上がり。トレーナーも声を上げて彼女を応援する。果たして、彼等の願いをフラワリングタイムは叶える事が出来るのだろうか。 「(まだ1600m程しか走ってない…これだけ走って半分だなんて……)」 先頭を行くウマ娘、ファーラは距離の長さに悩んでいた。なんせ、ここまで走ってこれた距離は長くても2400m。これだけの距離を走りきるには、スタミナを温存しなくてはならない。しかし、下手にペースを作ってしまえば、後ろからフラワリングタイムが攻めてくる。 「(あーもう!どうすれば良いのよ!)」 それでも、距離の壁は着実に迫ってくる。ここから先は、本当の意味でステイヤーとならなければ走りきる事は出来ない。 『さあ間もなく集団は2600mを通過します!人気のフラワリングタイムはまだ後方です!』 「(まだ仕掛けるには早すぎる…もう少し様子を見ましょう!)」 集団に疲れが見え始め、徐々に抜け出すためのルートが開いて来る。それでも仕掛けにはいかず、後方でじっと期を窺っている。 「(脚はまだ持っている……やっぱり私はステイヤーなのかも……)」 2700、2800と距離が進んでいく。徐々に隊列は崩れ始め、仕掛け始めるウマ娘達が現れる。後方集団も全体の動きに合わせて、仕掛けるウマ娘が出始める。 「(前が空いた……私も!)」 フラワリングタイムも、まくるような形で仕掛け始める。後方集団からするりと抜け出し、中団グループに合わせながら加速していく。 『ここでフラワリングタイムが動いたぁ!前をどんどん抜いていきます!』 湧き上がる歓声。フラワリングタイムが勝利のパターンに入ったからか、既に観客席は大興奮の盛り上がりを見せ始めていた。 「(脚が重い……でも、まだ耐えられる!)」 そのまま、ウマ娘達は残り200mの位置まで加速する。フラワリングタイムは先頭を走っていたウマ娘をひらりと交わすと、そのまま先頭を駆け抜け始める。 「はああああああああっ!」 大歓声に送られながら、最後の直線をひたすらに駆け抜ける。もう誰も彼女には届かない。誰もがそう考えていた瞬間。 「やああああああああっ!」 横から、もうひとつの桃色。大外を回ってきたハルノナナクサが飛び込んで来たではないか。その速度はフラワリングタイムの末脚より早く、物凄いペースでゴール板目掛けて駆け抜けていく。 「(来ましたね…でも、負けません!)」 「(このレース、私が勝つ!)」 ラスト100m。これまでの距離を走ってきた重みが、重圧が、脚にずしりと重くのしかかる。フラワリングタイムの脚は既に限界を迎えており、今以上に加速する事が出来ない。それに対して、ハルノナナクサは末脚十分と言った具合で攻め込んでくる。二人の距離は徐々に縮まり、ついに真横に並ぶ事になる。 「はああああああああっ!」 「やああああああああっ!」 残り50m。もはや横一線に並んだ二人だが、ハルノナナクサの方が僅かに早い。これがステイヤーとしての力の差か。フラワリングタイムは、最後の力を振り絞って前へ進む。 「(負けない……!)」 ────ダンッ! 最後の最後で、フラワリングタイムは再び加速を決めた。迫り来るハルノナナクサを振り払い、僅かに前に出た状態でゴール板を駆け抜けた。それは観客達から見ても勝利は明らかであり、ワッと大歓声が上がった。掲示板を見ると、僅かにハナ差で、フラワリングタイムは1位入線を果たしていた。 「はぁ……はぁ……私が…一着!」 息を整えるのもなんとかと言った感じだが、フラワリングタイムは確かに1着でゴールしていた。その事実に本人が喜ぶのも束の間、観客席の大盛り上がりが響き渡る。 「私、勝ちました……!勝ちましたー!」 大喜びで観客席に手を振る。大歓声はさらに大きくなり、最高潮を迎える。これにて夢の達成。誰もが盛り上がるレースを、フラワリングタイムは紡いでみせた。距離の不安もなんのその、強い勝ち方を見せたフラワリングタイムは、誰もが認める国のスーパースターになったのだった。 |
最終話:これからも
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メルボルンカップを制覇した翌日。フラワリングタイムはクラスメイト達から祝福の言葉を受け取っていた。オーストラリア三冠に、メルボルンカップの制覇。もはや誰もが彼女を知っている状態になったが、フラワリングタイムは驕らずいつも通りに過ごしていた。
「フラりん!今度は俺と競走しようぜ!」 「はい!良いですよ!負けませんからね〜」 「俺こそ負けねぇぞ〜!」 立場も気にせず、友達とも仲良くしており、誰からも好かれるタイプであった。そんな立派に成長した彼女を、トレーナーは嬉しそうに見守っていた。 「リングも立派になったもんだ。距離延長の壁も乗り切ったし、向かうところ敵無しだな……」 3200という距離も、なんとか走りきってしまった。どこまで行けるのかもはや謎だが、彼女はステイヤーとして無事にレースを済ませた。その事に安堵しつつ、驚きも混ざっていた。 「さて、これからのローテについて考えないとな」 とはいえ、彼女の道はまだ終わっていない。これからも三冠ウマ娘として、オーストラリアのレースを戦って行かなければならない。誰もが盛り上がるレースは、まだ終わっていない。むしろ、これから始まるのだ。 「塚田さん!」 「ハイドパークさん!どうしたんです?」 「フラワリングタイムさんについてお話がありまして……お時間よろしいですかな?」 「リングについて?分かりました」 校長のハイドパークに連れられてやってきたのは校長室。トレーナーは招集の途中でフラワリングタイムを拾い、一緒に校長室へやってきた。 「それで、お話というのは?」 「はい。実はフラワリングタイムさんにある打診が来てまして。今年度の年度代表ウマ娘に表彰される可能性が高いのですよ」 「「年度代表ウマ娘!?」」 年度代表ウマ娘。その一年を代表するウマ娘であり、誰もが認めるビッグスターということになる。それの打診がフラワリングタイムに来ていたということだ。 「はい。年度代表ウマ娘になるのはほぼ当確で、それに向けてのインタビューの練習等を行っておいて欲しいのです」 「いんたびゅー……分かりました。準備しておきます!」 「はっはっは、良い返事です。まさかスカウトした貴方が年度代表ウマ娘になるとは…私も鼻が高いですよ」 「私も誇らしいです!ハイドパークさん、私をオーストラリアに誘って下さって、本当にありがとうございました!」 「こちらこそ、ありがとうございます。これからも期待していますよ」 「はい!これからも頑張ります!」 ハイドパークとの話も済ませ、トレーナーと共に帰路に着くフラワリングタイム。ホクホクとした顔つきのまま、トレーナーと話をする。 「年度代表ウマ娘、おめでとう。リング」 「ありがとうございます。当確ってだけで、まだ決まったわけじゃないですけど」 「そうだな。とはいえ、君で決まりだろうな。三冠に加えてメルボルンカップ制覇。間違いなくオーストラリアで一番のウマ娘だよ」 「えへへ……ありがとうございます。私が一番になったんですね……」 「ああ……一番って実感は無いか?」 「そうですね…まだふわふわとしていて、一番って実感は湧かないです」 「そうだよな……俺も、君とがむしゃらに駆け抜けてきたから、一番になったって実感が無いよ」 「ですよね……ふふ、お揃いですね」 「ああ……お揃いだな」 クスクスと二人で笑い合う。これから確実に一番になったという実感を湧かせられるだろうが、まだ二人ともふんわりしていて分からない様子。 「トレーナーさん。これからも私の事、よろしくお願いしますね」 「ああ!任せてくれ!これからもよろしく!」 「はい!」 これからもフラワリングタイム達は進んでいくだろう。これから先、どんな道が彼等を待っているのだろうか。たとえ過酷な道になっても、彼女達は乗り越えるだろう。持ち前の筋肉を活かして。 フラワリングタイムのレースは続く。皆を盛り上げるウマ娘として、これからも走り続けるだろう。彼女の旅はまだまだ続く。未知のレースに向かって、駆け抜けていく。最強の三冠ウマ娘として、皆を盛り上げていく。これからも、彼女はオーストラリアの中心にいるだろう。最高の勝利の花束を作って、彼女は歩み続けていく。その道は、遥かに気高く美しかった。 その道に花を咲かせる娘に、彼女は成ったのだ。遥かなる旅路。君の行く末に、幸多からんことを。 |