春を知らない者に桜を見せても綺麗だと言うようにそこには知らずとも当然に感じることがある。
どう感じるかを問う物が人でも物でもそれは変わらない。
だが、その『当然』を感じながらその『当然』の中身を見ようとするものは余り多くない。
何故ならそれは『当然』であり、誰もがそう感じるべき当たり前であり、普通だから。理解しきったものとして存在しているからだ。
そして当たり前に誰かが語った『当然』を語る。誰かが語った中身を、知っていると言わんばかりに。
『当然』が既に異臭を放ち腐り切っていたとしても。中身が無かったとしても。全く間違ったものであったとしても。それが『当然』である限り。
だが、『私』はその『当然』という箱の中身を覗かずにはいられないのだ。
たとえ、その中の『現実』によって全てを失うとしても。
どう感じるかを問う物が人でも物でもそれは変わらない。
だが、その『当然』を感じながらその『当然』の中身を見ようとするものは余り多くない。
何故ならそれは『当然』であり、誰もがそう感じるべき当たり前であり、普通だから。理解しきったものとして存在しているからだ。
そして当たり前に誰かが語った『当然』を語る。誰かが語った中身を、知っていると言わんばかりに。
『当然』が既に異臭を放ち腐り切っていたとしても。中身が無かったとしても。全く間違ったものであったとしても。それが『当然』である限り。
だが、『私』はその『当然』という箱の中身を覗かずにはいられないのだ。
たとえ、その中の『現実』によって全てを失うとしても。
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日が落ちて世界がまるで終わるかのように輝き始める時間。
フォーノワールとトレーナーは少し外れにあるカフェの狭い店内に疎らに座る客とは別に2人がけの席で向かい合わせに座っていた。二杯の氷が少し解けた紅茶がそこにいた時間を語っていた。
フォーノワールとトレーナーは少し外れにあるカフェの狭い店内に疎らに座る客とは別に2人がけの席で向かい合わせに座っていた。二杯の氷が少し解けた紅茶がそこにいた時間を語っていた。
◆
「それでそろそろ本当のことを言ってくれないかな」
トレーナーが口を優しく口を開く、だがまるで追い込みをかけるようにその口調は鋭かった。だがフォーノワールの方はと言うとまるでそこのことに気がついていないかのように
「さて、なんのことでしょうか」
ととぼけていた。その口調はあのレース前の口調とは大分違っていて、あの時は乱暴さを感じられたけれど今はまるで赤子をあやすような雰囲気だった。
「あのレースの違和感の正体だよ。どうして、あの最終直線だけ速度が上がったの?」
「当然のことだと思いますが。私の脚質は追込ですし何もおかしくないのでは?」
普通はフォーノワールの言う通り。
『最終直線で速度が上がった』というのは追込であれば確実に起こる事で何もおかしくない。と言うことは理解していた。だけど、そこに、ある三つの問題で一気に違和感に変わっているのだ。
『最終直線で速度が上がった』というのは追込であれば確実に起こる事で何もおかしくない。と言うことは理解していた。だけど、そこに、ある三つの問題で一気に違和感に変わっているのだ。
「いや、おかしかったんだよ」
模擬レースが始まってすぐ、多分模擬レースを視察していたトレーナーは全員気づいていた。
「だってキミは……芝が苦手でしょ?」
「まぁ、そうですね?」
恐る恐る聞くとフォーノワールはあっさりと認めた。さも当然。誰もが知る事実、当たり前のように。
「それにあのレース、キミは常にその時点での最高の速度で走っていた。慣れない足場での限界の速度だった……よね?」
「まぁ、間違いはないですね」
風でなびく葉っぱのようにフォーノワールは答える。暖簾に腕押しのように感じていたその時。
「ですが、それだけでは多少なり工夫をすれば速度は上がります。それに私は走っていて慣れてきていました。それだけでは何もおかしくはないでしょう?
………あと論点は少しズレますが結局あれだけ大見栄を張って負けてます。七着です。これを含めてトレーナーさんがわざわざ時間を設けて聞きにくるべきことではないのでは?」
………あと論点は少しズレますが結局あれだけ大見栄を張って負けてます。七着です。これを含めてトレーナーさんがわざわざ時間を設けて聞きにくるべきことではないのでは?」
この日一番長い時間、フォーノワールの声を聞いた。
確かにその考えは正しいかもしれない。実際にあのレースを見ていたトレーナーの殆どは一着や二着のウマ娘をスカウトしにいっていた。更にあの大見栄を聞いた後の結果を見てスカウトする人は減るかもしれない。
確かにその考えは正しいかもしれない。実際にあのレースを見ていたトレーナーの殆どは一着や二着のウマ娘をスカウトしにいっていた。更にあの大見栄を聞いた後の結果を見てスカウトする人は減るかもしれない。
「それは、正しいかもしれない。だけど、本当に気になった所はさっき言ったところじゃない。負けたことも間違いないけれど、でもそこは気になったことに関係ないんだ。さっき聞いたのも前提条件の確認に過ぎないんだ」
「では、気になったのはなんです?」
「それは……あのレースの最終直線、一番加速したのは……いや。
全員が加速するべき場所とタイミングで、加速して速度が上がったのはキミだけだった」
全員が加速するべき場所とタイミングで、加速して速度が上がったのはキミだけだった」
理由は、それだった。
あのレースの最終直線、全員が全力を出していた。無論、誰も気を抜いて走っていたウマ娘は居なかった。レース内容も全員が上位のウマ娘の様に上手かった。
なのに、上手く加速したように見えたのはフォーノワールだけだった。
あのレースの最終直線、全員が全力を出していた。無論、誰も気を抜いて走っていたウマ娘は居なかった。レース内容も全員が上位のウマ娘の様に上手かった。
なのに、上手く加速したように見えたのはフォーノワールだけだった。
「成程………成程」
「聞きに来た理由、分かってくれた?」
フォーノワールが目をつぶって大きく息を吸って、吐く。そんなことを聞きに来たのかとでも言わんばかりに、だが。
(でも何か変だ。何かある)
その代わりにその深呼吸は暗い暗い洞窟の奥にある何かを隠すように感じていた。
「理由は、分かりました。でももしトレーナーが言ったことが全て正しいのであれば、それを今のトレーナーさんに言うことはできません」
「……そっか」
でもその期待とは裏腹にフォーノワールは答えなかった。そこには断固とする意思があった。
(あれ?でも)
「今の?」 
「はい、今の。だって、もし先程の話が全て本当であるならば、敵になる恐れのある今のトレーナーさんに言う訳には行きません。
ですが、それでももし、トレーナーさんが聞きたいのであれば。ーーー私のトレーナーになってくださいませんか?」
ですが、それでももし、トレーナーさんが聞きたいのであれば。ーーー私のトレーナーになってくださいませんか?」
「え?」
耳を疑った。まさか、この流れでトレーナー契約の流れになるとは思っていなかったのだ。
(でも……)
自分はまだ担当がいない。相手からトレーナー契約を提案されるとなると聞く他ない。
(それに……)
フォーノワールには”何か”がある。そういう確信があった。そしてそこに眠る強さがある事も確信していた。……理由は無いけれど。
「ただ、トレーナーになって頂くにも条件があります」
「条件?」
トレーナーになる時に条件を言うウマ娘は少なくない。そう言う時の条件は例えば『一人で練習する時間が欲しい』や『私のやり方で任せて欲しい』、ものによっては『トゥインクルシリーズに出る為の契約なので全く口を出さないで欲しい』なんて言うもののような練習やレース間隔に影響するものが多い。
だが、次に口にしたフォーノワールの条件は予想だに出来ないことだった。
だが、次に口にしたフォーノワールの条件は予想だに出来ないことだった。
「はい。私の質問に答えられたら、という条件です……如何ですか?」
(質問……?)
ウマ娘がトレーナーに質問をするというのは良くあることだ。だけど、フォーノワールの言う質問は恐らくそう言う類のものではないと思う。そういうウマ娘だと言うことは何となくわかってきた。
「………分かったよ。あの違和感の理由も聞きたいからね。それで質問っていうのは……何?」
「では、トレーナーさんは先程、3つ質問をしたので私も3つ。質問をします」
「わかった」
「1つ目……これは質問と言うより確認ですが。私のトレーナーになった時にトレーナーさんの質問に答えますが………その時にもし、トレーナーさんが納得出来なくても、トレーナー契約をして頂けますか?」
確認……多分、というか絶対、この質問に「No」と答えたら、この先の話はなくなるという強制力のある質問なのだろう。
(これにyesと言ったら……引き返せなくなる……)
そういう気迫があった。フォーノワールには。だけども……
(何を怖気付いているんだ!)
その覚悟は既に出来ていた。
「うん。大丈夫」
「分かりました。では、二つ目。人間がウマ娘を追い越せないのは……何故ですか?」
「え」
人間がウマ娘を追い越せないのは何故か。それが二つ目の質問。
(えっと……ウマ娘より足が遅いから……?でもなんでこんな)
当然の事を。
そう思った時、フォーノワールが口を開いた。
(えっと……ウマ娘より足が遅いから……?でもなんでこんな)
当然の事を。
そう思った時、フォーノワールが口を開いた。
「この質問は、そうですね……明後日……にしましょうか。答えるのは」
そう言ってフォーノワールは残った紅茶を飲み干し、立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと待って!」
すると、フォーノワールは立ち止まって
「フォーノワール、フォーノワール………その当然を見直せ」
僅かに怒りを含んだ声で言い放った。口調も変わっていた。
「では明後日、待ってます。このカフェでこの時間に」
そう言ってカフェを出て行ってしまった。
                                
