『それでも、美汐を救いたい――そうなんでしょ?』
『隠しても、お姉さんには全部お見通しなんだから』
“声”が、いつも寄り添ってくれていた人の“声”が少女の胸に響く。
友を傷付けてしまったことへの悔い。
そして、その涙を止めたい、後悔を飛び越えたいと願う思いを確かめ、ジュンは内なる声に語りかける。
「あたしのやり方じゃ、駆け抜けた先にあるものだけしか見えないのかもしれない。
逸る気持ちに囚われて、何の為に走るのか、それすらいつか見失ってしまう本末転倒なのかもしれない……
でも、走る。走った先が正解なのかどうかは判らない……けど!
今走りださなきゃ、きっとだれも救えないから!」
その言葉に、“声”も優しく微笑むように・・・
『うん、よく言った。それでこそジュンだよ』
あの日の夕暮れのグラウンドで並んで語りあった時のように、背中を押していった。
そして、同調した“二人”はついに影装を発現させる――
「影装・超光翔翼!」
『影装・超光翔翼!』
砕けた躯と、破れた心を引き摺りながら。
全ては、慟哭と共に墜ちてくる、今の自分以上に傷だらけの天使を受け止めるために。
「青砥さん……うぅん!」
「――美汐ォォッ!!」
「――万里也ァァッ!!」
そして、始まったのは戦闘というには、足りない要素が多すぎる、
目の前の相手に、最短距離で攻撃を叩き込む、ただそれだけの闘い。
紅の翼を纏った少女は語りかける――哭くように、叫ぶように、愛を告げるように、滾る熱情を。
「あたしッ――ずっとあなたに憧れてたの!
才色兼備のお嬢様、
何をやっても余裕の一等賞……敵わないなぁって、心の底から見上げてた!
あたしなんかよりずっと、沢山のものを持ってる……凄い人だと思ってたの!」
心の痛みをこらえながらも、先とは隔絶した速度、いや瞬間移動により、凄まじい連撃が見舞われる。
「見下しているつもりかアァァッッ!!」
けれど、狂える蒼の少女は止まらない、
耳を打つ外界からのどんな言葉も、無理やり引き出された憎悪と憤怒の無意識が遮り、
自身を傷付ける悪意の罵倒へと自動的に変換していってしまう。
「それがこうしてこのざまだと……!悦に浸って蔑みやがるのかアァァーーッッ!」
「違うッ! 違うよ美汐ッ!!」
砕けぬ美汐の纏った刻鋼。しかし予断は許されない。
心装永久機関は、人の精神を燃料として稼働するゆえに。
このまま続ければ、間違いなく美汐は永久機関に魂ごと喰われ、散ってしまうから。
どうかこれで止まって……そう拳に願いを篭めて……
「どんなに凄い人だって、負けるときもあるんだってあたし知ってる!
あたしだって、何度も負けて泣いてきたもん!
だからいいんだよ、泣いたって!いいんだよ、壊れるほどに無理なんかしなくたって!」
そんな拳を弾き返し、歪な化粧の下から吼える鬼姫。
「しゃしゃるなアァッッ!!傷ひとつない未通女面でェェッ!!」
叫びに、ジュンの表情が悲痛に歪んで・・・己の抱えた罪を哭きながら吐き出してゆく……
「あるよッ! あたしにだって――取り返しのない傷ぐらいッッ!
あたしは死なせたッ! あたしと凌駕の大事な人を……このあたしの身勝手さでッ!
大好きだった人を、死なせちゃったんだぁッ!!」
「だから、みっともなくても生き足掻く! 貰った命に報いてないからッ!
この上美汐まで死なせたら……あたしは、馬鹿の上に大馬鹿だアァーーッ!」
互いに影装特有の消耗の速さに振り回され、精神力を削り出しながらぶつかり合う。
しかし精神のリミッターが外れている美汐には、
外側の鋼ではなく、内側の肉体に限界がより速く迫っていた。
一瞬ごとに墜落へのカウントダウンを刻む蒼の少女。
それに対しジュンは一刻も早く、両者の均衡を崩さねばならぬがゆえに、焦りに囚われる。
加速を加速を、走り続けないと。
あたしは他に能がないから、前に前に走ってのめって足掻かなきゃ――
「……それだけじゃ、駄目だッ」
しかし、美汐の命を救いたい、その願いが彼女自身を曲げさせた。
空間を翔ぶ背理の瞬転を打ち切り、真実その場に硬直したジュン。
肉体的な意味だけでなく、精神的な意味においても。
己の意志で初めて、
万里也ジュンは己の存在意義とも言える疾走への希求を断ち切ったのである。
動きを止めた無防備な獲物に対し、蒼の殺意が躍りかかる。
「消えてよ……万里也ァァァァァーーッッ!!」
けれど、ジュンは真っ直ぐに己に突き進む美汐を見つめて……
「速度じゃ……美汐を止められない」
「なら、あたしは……」
「進む為に、立ち止まる!」
そう、全ては蒼の戦姫が持つ最大戦速を引き出してみせるがために。
必要なものは、美汐を呼び込む標的の固定。
そして外せない勝負の一瞬、二人の呼吸を合わせる時間。
「美汐ォォォォォーーーーッ!!」
『美汐ォォォォォーーーーッ!!』
狙いは一つ。相討ち所望の正面衝突。
追い付けぬ防御力と攻撃力の壁、
その距離を最短で突破する為、ジュンが選んだ不動の疾走が生みだした一撃であった。
………――――
やがて、諸共に装甲を砕け散らせた二人は、地上に同体で絡み合いながら落下して……
「ちょっとは加減しなさいよ……ほんっと、馬鹿力とは良く言ったものね……」
「あー……ごめん……
でも、我慢我慢……こうしてお互い、生きてるじゃない……」
いつもの、いやいつもより柔らかくなった雰囲気で、痛みに文句を言う美汐と、
同じく傷つきながらも、成功に満足を感じているジュンの姿がそこにはあった……。
――相討ち、という結果に終わった二人の対決であったが、
美汐の心は不思議と穏やかさを湛えており、潔く敗北を受け入れていた。
……襲ってくる疲労感に正直に限界を告げるジュン。
そんな彼女に文句を言いながらも、その声色には不器用な優しさが混じっており、
「前からずっと思ってたんだけど……一々やかましいのよ。耳が痛くてしょうがないわ」
「あはは……でも、そこがチャームポイントでありまして……」
ジュンのそんな返しに、静かに細い指を絡ませながら……
探していたものは、こんなにも近くにあったんだということを噛み締めながら……
「いい……? 私に話があるときは、これぐらい傍に来てから言いなさい……
あんたと違って……私は、はしたなく何処かへ駆け出して行ったりはしないんだから」
華奢なジュンの繊手と、同じような細い自分の手とを繋いで。
「うん……これからはそうするよ……美汐……」
「美汐、かぁ……ふん。
不思議ね。あんたに名前で呼ばれるの、そんなに嫌でもないわ……ジュン」
友との繋がりを確かめた美汐は、もう一人にも思いを伝えようとし、
その不器用極まりない姿にジュンは笑みをこぼす……
そうして、思いを通じ合わせられた少女たちは押し寄せる疲労感に身を委ね、共に安らぐ眠りに落ちようとしたが……
『では、友情の続きは硝子瓶越しにしてくれたまえ。
些細な慈悲に、隣同士で並べてあげよう』
同属以外は欲しない、どこまでも無粋な男の横槍が彼女らに迫っていた。
苦難の果てに掴みとれた宝を失うまいと、二人は傷ついた互いの身体を寄せ合い……
「ああ、こんな所にいやがったかァ――随分探したぜぇ?」
「俺の愛しき、クソッたれな闘争相手様よぅ。
さあ――続きをやろうぜ、最期まで」
そして――足音と共に、野放図な声を響かせる戦の鬼が、そこに現れたのだった。
さあ、これにて女の友情は閉幕、ここから先は血で血を洗う死の逢瀬。
- 白馬の王子様(包帯蜘蛛戦車)登場。 -- 名無しさん (2017-07-13 01:46:18)
- 進む為に立ち止まる……光の奴隷に致命的に欠けてるのはコレだよな。 -- 名無しさん (2017-07-13 05:24:46)
- 光の奴隷共が立ち止まる事覚えたらどうなるんだか……? -- 名無しさん (2017-07-13 07:17:11)
- ↑ヘリオスさんになる。 -- 名無しさん (2017-07-13 08:09:40)
- ↑応援団風の学ランを着込んだヘリオスさんを幻視した…… -- 名無しさん (2017-07-13 08:14:46)
- 総統閣下「なるほど、理解した。だが、俺は泊まるわけには行かない!」 -- 名無しさん (2017-07-13 20:08:36)
- お、おう…… -- 名無しさん (2017-07-13 20:09:00)
- 誰か、アッシュとおっちゃん呼んできてー。界奏のプライベート空間で二人がかりの無限説得しか無いって -- 名無しさん (2017-07-13 20:12:20)
- ↑3 仕事場で泊まることを良しとせず、ちゃんと自宅に帰って休息を取るとは……流石です総統閣下 -- 名無しさん (2017-07-13 20:29:49)
- このイヴァンさんの登場はかっこよすぎて惚れるわ。 -- 名無しさん (2017-07-14 13:40:45)
- ここの戦闘があったから真理到達できたのかな…なんだかんだ凌駕さん級の成長速度なのだが -- 名無しさん (2018-06-17 22:48:59)
- 悪役になったらこういう事言ってみたい >友情の続きは硝子瓶越しにしてくれたまえ -- 名無しさん (2018-06-18 01:13:43)
- その罵り合いの続きは牢屋の格子越しにすると良い -- 名無しさん (2018-06-18 03:27:26)
- 百合百合しくてよいバトルだった -- 名無しさん (2018-06-18 10:28:57)