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「いらっしゃい。丁度コーヒーが入ったところよ。飲んでいく?」

 “その部屋”へと入るなり、部屋の主たる老婆はテーブルの上のカップにコーヒーを注ぎながらそう言った。
 テーブルに置かれたカップは二人分あり、自分がこの部屋に訪れることを彼女が予知していたことがわかる。
 老婆の素性を考えれば、それはおかしなことではない。
 何しろ彼女――オラクルは、マトリックスの世界において“預言者”と呼ばれた存在なのだから。

「気づかいはありがたいが、遠慮しておくよ。
 ここへ寄ったのは単に、約束を果たすためでしかないからね」
 だが来訪者――トワイスは席に座ることなくそう答え、インベントリから取り出したアイテムをテーブルへと置く。
「第四相の欠片(ロストウェポン)。……そう。オーヴァンから彼への贈り物ね。
 この“世界”で彼と『第四相の碑文(フィドヘル)』との繋がりを知るのは、オーヴァンだけだから」
 そう言ってオラクルは、視線を部屋の隅へと向ける。
 そこには安楽椅子に力なくもたれ掛かる、壮年の男性(ワイズマン)――のアバターをした少年(火野拓海)の姿があった。

 ワイズマンがこの部屋にいるのは、彼の身柄をオーヴァンから引き取った榊が運んできたからだ。
 一先ずの安置所として、同じ預言者のいる部屋を選んだのか。それとも別の目的があって、わざわざこの部屋に運んできたのか。
 いずれにせよ、AIDAに侵食され意識を封じられた彼は、こうして自身の事が話題に上がっても目覚める様子を見せない。
 おそらく今の彼は、その体に剣を突き立てられたところで、指示がない限りは身動き一つ取らないだろう。

「ついさっき、スケィスが倒されたわ。
 マハも、ちょっと変わった形ではあるけれど、すでに覚醒している。
 これで覚醒した『碑文』は六つ。残る二つが目覚めるのも、そう遅くはないでしょうね」
 世間話のように紡がれたその言葉は、“預言者”であるオラクルの言葉であるからこそ、重い意味を持っていた。
「そうか。モルガナの目的は、恙なく果たされているという訳だ。安心したよ」
 だがトワイスは、むしろ気が楽になったとでもいうかのようにそう言葉を返した。
 そのあまりのそっけなさに、さすがのオラクルも僅かばかり表情を変える。

「………………。
 あなたは本当に、それでいいの?」
「いい、とは?」
 僅かな間を置いて掛けられたオラクルの問いに、トワイスは静かに訊き返す。
 質問の意図が読み取れなかったのか、それとも解った上で、そう訊き返したのか。

「私達ゲームマスターには、その“役割”と一緒に『碑文』が与えられている。
 それは戦う力としてではなく、それぞれの“役割”を果たすため。
 私の『運命の預言者(フィドヘル)』がそうであるように、あなたの『再誕(コルベニク)』もそう。
 けど“モルガナの望み”が叶えられた時、『再誕』を司るあなたは――――」

 オラクルの役割は、“預言”の力を使い、モルガナの目的に沿うようバトルロワイアルの流れに布石を打つこと。
 以前にファンタジーエリアの小屋で、茅場明彦/ヒースクリフとオーヴァンに接触したのもそのためだ。
 あそこで二人と接触していなければ、このバトルロワイアルの状況は現在とは大きく違ったものとなっていただろう。
 それが“選択”を司るという事。
 あの小屋での“選択”によって二人は決別したが、場合によっては、二人が手を組む未来もあり得たかもしれなかった。
 仮にそうなってしまえば、GM側にとって大きな不利となっていたことは想像に難くない。

 対してトワイスの役割は、バトルロワイアルで起きたあらゆる事象を“記録”すること。
 トワイスが『再誕の碑文』を与えられているのも、その関係からだ。
 ……いやそもそも、八相という存在自体が、本来は“ある目的”のためのデータ収集プログラムに過ぎなかった。
 それがモンスターとして存在しているのは、アウラあるいは腕輪所持者への対抗手段として、モルガナがプログラムを変質させたからだ。
 その八相本来の役割を、トワイスは『再誕の碑文』によって代行しているのだ。
 そしてその“目的”――つまりモルガナの望みが果たされた時、トワイスの“役割”は終わり本来の『再誕』が発動する。

 だが『再誕』とは文字通り、再び誕生するという事。そして『再誕』を果たすためには一度死ななければならない。
 かつて女神アウラが、自らを犠牲にすることで“薄明の女神”として新生ように。
 モルガナの目的が果たされ『再誕』が発動すれば、『碑文』の宿主であるトワイスは、その反動で死に至る。
 しかしそうして発動した『再誕』で蘇るのは、当然トワイスではない。
 その事を、『再誕の碑文』を宿すトワイス自身が理解していないはずがない。
 だというのに、オラクルには、彼がその事に怖れを懐いているようにはとても見えなかったのだ。

「……驚いたな。そんな事を、まさか、他ならぬ君が口にするとは。
 預言者といえども、全てを知ることは出来ない、という事か」
 そんなオラクルへと、トワイスは本当に意外そうに口にした。

「君は以前こう言ったね。
 私には未来がない。そもそも選択をする余地が残っていない、と。
 その通りだ。サイバーゴーストである私は、トワイス・H・ピースマンという人間の残像に過ぎない。
 故に、終焉は約束されている。私には未来がなく、選択の余地がなく、結末は変えられない」

 それは、以前交わした会話の焼き直しだ。
 過去の亡霊と未来の預言者。
 コインの表と裏のような両者は、それ故に語ることなどすでにない。
 けれどトワイスは、しかし、と言葉を続ける。

「私の結末が変えられずとも、未来の全てが決まっているわけではない。
 今を生きる“彼ら”の結末は、いまだ空白のままだ。
 いやそもそも、未来が始めから決まっているのなら、“預言者”などという存在は不要だろう」

 “預言者(オラクル)”が必要とされているのは、モルガナの目的に沿うように布石を打つためだ。
 だが未来が決まっているというのなら、そんな必要はない。
 GMが、あるいはプレイヤーが何をしようと、未来は定められた形に収束する。
 だが現実にはこうして“預言者”が必要とされている。それはつまり、未来は不確かなままだという事の証明に他ならない。

「未来が決まっていない以上、私のする事は変わらない。
 より良き未来に繋がるよう、バトルロワイアルを進展させる。
 “選択”はすでに終えている。そのために私は、今もこうして欠片であり続けている。
 余白(わたし)を埋めるだろう“彼ら”の未来が、その喪失に見合う、美しい紋様(アートグラフ)を描くようにと――――」

 それは、以前には語られなかった“今を生きる者”の話。
 トワイスの口にする“彼ら”が誰を表しているのか。それはオラクルの“観る”未来からはわからない。
 オラクルが見るのは数多に分岐する未来であって、過去は勿論、現在ですらないからだ。
 だが一つ確かなことは、トワイスは常に“前進”する事――喪失に見合うだけの成果を望んでいる。
 そしてこのデスゲームで、何かを喪失しているのは一方だけ。
 だからきっと、トワイスの口にする“彼ら”とは――――

「さて。そろそろメンテナンスの時間だ。もうじき“彼女”も帰ってくる。
 その前に、私は私の“役割”を果たすとしよう」

 そうして、トワイス・H・ピースマンはこの部屋から退室した。
 彼の“役割”である、“記録”を行いに行ったのだ。
 残されたものは、テーブルの上の【其ハ声ヲ預カル者(ロストウェポン)】と、結局ただの一度も口のつけられなかったコーヒーだけだ。

「……“彼女”、ね」
 残されたコーヒーを見詰めながら、オラクルはぽつりと呟く。
 トワイスの口にした“彼女”とは、モルガナのことではない。

「“彼女”――VRGMユニット、ナンバー001。ラベリング“■■■”……いえ、今は“■■”だったかしら。
 最初のゲームマスターである“彼女”は、いったいどんな“選択”を選んだのかしらね」

 ある意味において、このデスゲームの発端となった少女。
 彼女がいなければ、このバトルロワイアルはあり得なかった。
 だが彼女ほどモルガナを意に介していないGMもいない。
 それならば、“彼女”はいったい何を想い、ゲームマスターとなったのか。

「いずれにせよ、私のすることに変わりはないわ」

 その行動こそ制限されているが、『第四相の碑文』によって、オラクルの予知能力は強化されている。
 その力は最早“予測”を超えて“測定”の域に届こうかというほど。
 その気になれば、バトルロワイアルの行く末を全て視通し、望むままに定めることも不可能ではないだろう。
 それこそGMの思うようにデスゲームを展開させることも、逆に破綻させプレイヤーを勝利させることも。

 だが、オラクルはそれを行わない。
 トワイスのような過去の亡霊でも、自分のような未来に縛られた者でもなく。
 過去を踏み越え、未来を夢見ながらも、“今”を生きる者たち。“彼ら”に“この世界”の“未来”を託す。
 それが、預言者たる彼女の選んだ“選択”だったからだ。


 スケィスが倒され、バトルロワイアルは折り返しに入ろうとしている。
 おそらく一日目の終了とともに、デスゲームの様相は大きく変わるだろう。
 その時プレイヤーが、あるいはGMが、どんな“選択”をするのか。
 “運命の預言者”は、“その時”が来るまで、ただ未来を見詰めるだけだ――――。


【?-?/オラクルの部屋/一日目・夕方】

【トワイス・H・ピースマン@Fate/EXTRA】
[ステータス]:健康
[装備]:閲覧不可
[アイテム]:閲覧不可
[ポイント]:-/-
[思考]
基本:ゲームの情勢を“記録”する。
1:より良き未来に繋がるよう、ゲームを次なる展開へと勧める。
[備考]
※ゲームを“記録”することが彼の役割です。それ以上の権限はありません。
※第八相『再誕』の碑文@.hack//を所有しています。
※モルガナの目的が果たされた時、本当の『再誕』が発動し、トワイスは死に至ります。

【オラクル@マトリクスシリーズ】
[ステータス]:健康
[装備]:閲覧不可
[アイテム]:閲覧不可
[ポイント]:-/-
[思考]
基本: ゲームの進行がモルガナの目的に沿うように布石を打つ。
1:“その時”が来るまで、ゲームの未来を予測する。
2:“今”を生きる者に未来を託す。
[備考]
※“布石を打つ”事が彼女の役割です。それ以上の権限はありません。
※予知能力によって未来を知ることができますが、全てを知ることができる訳ではありません。
※第四相『運命の預言者』@.hack//の碑文を所有しています。
※『碑文』の影響により予知能力が強化されていますが、自らそれを活用する気はありません。

【ワイズマン@.hack//】
[ステータス]:HP??% 、SP??%、AIDA感染(<Grunwald>)
[装備]:其ハ声ヲ預カル者@.hack//G.U.
[アイテム]:なし
[ポイント]:???ポイント/?kill
[思考]
基本:<Glunwald>に支配されているため不明。
[備考]
※<Grunwald>の能力により同時感染しており、またその意識も封じられています。

[全体の備考]
※一部の例外を除き、GMにはそれぞれ【モルガナの碑文】が与えられています。


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そこは世界の欲望を
詰め込んだ館。
しかし、そこに住む三姉妹が
自らの欲望に従うことはない。





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121:ワタクシドモノタタカヒ トワイス・H・ピースマン 129:驕れるあぎと/backyard of eden
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最終更新:2019年03月22日 20:21