王様と黒い兎
作者:あびす
最初はただの馬鹿だと思っていた。
事実、しょうもないことを言っては周囲に呆れられるばかりの男だった。
だが、いつからだろう。あの馬鹿のことが気になりだしたのは。
しばらくはしょうもないことでちょっかいをかけてくる馬鹿に自分が突っ込む、その程度の関係だった。
だがあの日、キーを彼に渡したのが間違いだったのかもしれない。
すぐに音をあげると思っていたあの馬鹿は、以外や以外、随分と我慢しているではないか。それも、自分のことを気遣いつつ。
ふざけたことばかりを言う、しょうもない馬鹿だ。
なのに何故。
何故、居ないとこんなに寂しいのだ。
『愛してるぜ』
そう囁かれた一言が、どうしてこんなに耳に残るのだ。
違う、違う。
あの馬鹿のことは、ただの口さがないお節介としか思っていない。
思っていないはずなのに――。
事実、しょうもないことを言っては周囲に呆れられるばかりの男だった。
だが、いつからだろう。あの馬鹿のことが気になりだしたのは。
しばらくはしょうもないことでちょっかいをかけてくる馬鹿に自分が突っ込む、その程度の関係だった。
だがあの日、キーを彼に渡したのが間違いだったのかもしれない。
すぐに音をあげると思っていたあの馬鹿は、以外や以外、随分と我慢しているではないか。それも、自分のことを気遣いつつ。
ふざけたことばかりを言う、しょうもない馬鹿だ。
なのに何故。
何故、居ないとこんなに寂しいのだ。
『愛してるぜ』
そう囁かれた一言が、どうしてこんなに耳に残るのだ。
違う、違う。
あの馬鹿のことは、ただの口さがないお節介としか思っていない。
思っていないはずなのに――。
その少女、シューノは夜の病院のベッドの上で、寝巻きにくるまれた膝を抱えるように座っていた。短いエメラルドグリーンの髪と、艶やかに光る勝気そうな黒い瞳。その小さな手のひらの中には、一対のイヤリング。装飾品に疎い彼女はその価値を今ひとつ理解できていないが、有名ブランドの過去モデルである。看護師の中には目ざとくその価値を見抜く者もいた。そして、プレゼントしてくれた相手との関係を邪推した。
別にそんな、特別な関係なんかじゃない。ならばなぜそんな品を貰えるのか。いつもその堂々巡り。
事実、彼女はまだ9歳。だが決して貧乏という訳ではない。むしろ、何でも屋として売れていたせいか、蓄えはあるものだ。
ただ、装飾品の類なんかはキー以外は身につけたことも無いし、興味もないだけだ。贈られても困るものなのだが、仕方なく身につけている。
ふとカーテンの隙間から夜空を眺めてみる。雲ひとつない綺麗な夜空だ。あいつも、今頃同じ空を眺めているのだろうか。
……まずいな。どうして、何故ここでアイツの顔が浮かぶ。
シューノはため息をつきつつ、ベッドから降りて窓元へと歩く。イヤリングを寝巻きのポケットに入れて、頬杖をつく。
ため息。
拙い。らしくないな……。
ちらり、と夜空を見る。星がいくつも散らばった、綺麗な夜空。
視線を戻す。そこには男の顔があった。そう、ずっと連想していた男の顔。
しばらく無言でガラス越しに見つめあう。
「さて、寝るか……」
何も見えていない。面倒事に巻き込まれない前に、寝てしまおう。後ろでガラスを叩いてる音がするが、気にしない。
『そっか、やっぱ入院中は寂しいか。じゃ、毎日電話してやろーか?』
布団を被った瞬間に、あいつの声が脳裏に浮かぶ。まさか、此処まで馬鹿だったとは。
ちらり、と窓を見てみれば、まだあいつは立っていた。……しょうがない。暇人の相手でもしてやるか。
嬉しい気持ちをそうやって押さえつつ、シューノは窓ガラスの鍵を開けた。刹那、男が窓から病室に乗り込んでくる。
金色の短い髪と、義眼のような灰色の瞳。にやにやとした笑みを貼り付けた男。
「ったく、今日は寒いんだぞ!? いくら寒さの神に嫉妬されるハーゼさんでも、放置プレイは寂しいww」
「……何を言ってる」
ハーゼ。馬鹿で口さがないお節介。ポケットの中のイヤリングをくれた奴。
「……それにしても、よくこんな時間に来れたな……」
「何、昔取った杵柄さね」
ハーゼがけらけらと笑いながら、近くの椅子に腰を下ろす。コイツの能力はよく理解できていないが、妨害なんかが出来る、と聞いてはいる。
「シューノちゃんが寂しいって言うからよ。ちょいと来ちまったわwww」
「ちょいと来ちまったわwww、じゃないだろ、全く……」
本当に、お節介な奴だ。寂しい訳がない。それなのに。自分は大丈夫だ、そう言うべきなのか。
それなのに、普通にちょっと嬉しかった自分もいる。拙い。らしくない。
シューノが小さな手をぎゅっ、と握り締める。
「で、傷の具合はどーよ?」
「……悪くはない。お節介な奴でも此処までは来ないから。……貴様以外はな」
良くなったからといって、ミュークトに行くとなると話は別になる。怪我をしてる自分を見かねて、お節介を焼きたがる連中が必ずといっていいほど出るのだから。
……まぁ、その時はいつも此処に居るお節介―ハーゼが間に入ってくれるのだが。
どうして自分にここまでちょっかいを出すのだろうか。よく理解できない。ハーゼのほうこそ、今大変だというのに。
『愛してるぜ』
……どうしてここでこの言葉が脳裏に浮かぶのだ。顔が紅潮するのが自分でも解る。
「どうした? 顔赤いぜ?」
やはり。
「な、なんでもないっ!!」
慌ててかぶりを振るが、恐らく奴は変なふうに把握しているのだろう。
「わ、私はもう寝る……。居てもしょうがないだろう……」
「あ、そうだな。もうこんな時間か」
まぁ、これで素直に帰るような奴とは思えない。ヘタしたら―
「よっしゃ、俺が添い寝してやるわww」
心臓の鼓動が一気に高鳴る。
「ば、ば、莫迦っ!! 何を考えている、この変態っ!!!」
「いや、そうすりゃ安らかに寝れると思ってよ」
「莫迦っ!! 寝れるわけがないだろうっ!! それに、何かお前間違えてないかっ!?」
落ち着け。あまり慌ててはハーゼの思う壺だ。恐らく彼はこの状況を楽しんでいるのだろうから。
「……嫌か?」
嫌だ。そう言ってしまえばコイツも諦める。そういうところはしつこくない奴だと思うから―。
でも、こんな機会は無い。それに、嫌というわけでもない。むしろ――
「……好きにしろッ……」
気がついたら、布団を頭から被りながらそう答えていた。
「じゃあ、そうさせてもらうかね」
ベッドが軋む音が聞こえる。心臓の鼓動が、再び高鳴る。今、自分の隣に男が居る。それも年頃の。
落ち着け。どうにかして寝る。寝て、やりすごせばいいだけだ。
「なぁ、シューノちゃん」
「な、何だ……」
「礼、言っとかないといけないな。……ありがとう」
「……どうした、急に」
少し寝返り、ハーゼのほうを向く。
「いや、俺みたいな奴でも、運命を変えられる。そう再認識させてくれたからな」
ハーゼが微笑んだ。彼の顔立ちは悪くない。不快な笑顔ではない。
「……そういうことは、全部終わってから言え」
「そうだな。いや、早とちりの神にでも嫉妬されたか」
ハーゼはくすり、と笑い、シューノの頭を軽く叩いた。
「さ、触るな……っ」
いつものように、ハーゼの手をゆっくりと払いのける。
「全く、これは夢か……」
シューノが苦笑する。
「そうだな。夢っつーことにしといてくれや」
「……だとしたら、本当に迷惑な夢だ……」
少し体を動かす。その先には、ハーゼの胸。
「そうだ。夢だから、な……」
シューノは自分に言い聞かせるように、呟いた。
別にそんな、特別な関係なんかじゃない。ならばなぜそんな品を貰えるのか。いつもその堂々巡り。
事実、彼女はまだ9歳。だが決して貧乏という訳ではない。むしろ、何でも屋として売れていたせいか、蓄えはあるものだ。
ただ、装飾品の類なんかはキー以外は身につけたことも無いし、興味もないだけだ。贈られても困るものなのだが、仕方なく身につけている。
ふとカーテンの隙間から夜空を眺めてみる。雲ひとつない綺麗な夜空だ。あいつも、今頃同じ空を眺めているのだろうか。
……まずいな。どうして、何故ここでアイツの顔が浮かぶ。
シューノはため息をつきつつ、ベッドから降りて窓元へと歩く。イヤリングを寝巻きのポケットに入れて、頬杖をつく。
ため息。
拙い。らしくないな……。
ちらり、と夜空を見る。星がいくつも散らばった、綺麗な夜空。
視線を戻す。そこには男の顔があった。そう、ずっと連想していた男の顔。
しばらく無言でガラス越しに見つめあう。
「さて、寝るか……」
何も見えていない。面倒事に巻き込まれない前に、寝てしまおう。後ろでガラスを叩いてる音がするが、気にしない。
『そっか、やっぱ入院中は寂しいか。じゃ、毎日電話してやろーか?』
布団を被った瞬間に、あいつの声が脳裏に浮かぶ。まさか、此処まで馬鹿だったとは。
ちらり、と窓を見てみれば、まだあいつは立っていた。……しょうがない。暇人の相手でもしてやるか。
嬉しい気持ちをそうやって押さえつつ、シューノは窓ガラスの鍵を開けた。刹那、男が窓から病室に乗り込んでくる。
金色の短い髪と、義眼のような灰色の瞳。にやにやとした笑みを貼り付けた男。
「ったく、今日は寒いんだぞ!? いくら寒さの神に嫉妬されるハーゼさんでも、放置プレイは寂しいww」
「……何を言ってる」
ハーゼ。馬鹿で口さがないお節介。ポケットの中のイヤリングをくれた奴。
「……それにしても、よくこんな時間に来れたな……」
「何、昔取った杵柄さね」
ハーゼがけらけらと笑いながら、近くの椅子に腰を下ろす。コイツの能力はよく理解できていないが、妨害なんかが出来る、と聞いてはいる。
「シューノちゃんが寂しいって言うからよ。ちょいと来ちまったわwww」
「ちょいと来ちまったわwww、じゃないだろ、全く……」
本当に、お節介な奴だ。寂しい訳がない。それなのに。自分は大丈夫だ、そう言うべきなのか。
それなのに、普通にちょっと嬉しかった自分もいる。拙い。らしくない。
シューノが小さな手をぎゅっ、と握り締める。
「で、傷の具合はどーよ?」
「……悪くはない。お節介な奴でも此処までは来ないから。……貴様以外はな」
良くなったからといって、ミュークトに行くとなると話は別になる。怪我をしてる自分を見かねて、お節介を焼きたがる連中が必ずといっていいほど出るのだから。
……まぁ、その時はいつも此処に居るお節介―ハーゼが間に入ってくれるのだが。
どうして自分にここまでちょっかいを出すのだろうか。よく理解できない。ハーゼのほうこそ、今大変だというのに。
『愛してるぜ』
……どうしてここでこの言葉が脳裏に浮かぶのだ。顔が紅潮するのが自分でも解る。
「どうした? 顔赤いぜ?」
やはり。
「な、なんでもないっ!!」
慌ててかぶりを振るが、恐らく奴は変なふうに把握しているのだろう。
「わ、私はもう寝る……。居てもしょうがないだろう……」
「あ、そうだな。もうこんな時間か」
まぁ、これで素直に帰るような奴とは思えない。ヘタしたら―
「よっしゃ、俺が添い寝してやるわww」
心臓の鼓動が一気に高鳴る。
「ば、ば、莫迦っ!! 何を考えている、この変態っ!!!」
「いや、そうすりゃ安らかに寝れると思ってよ」
「莫迦っ!! 寝れるわけがないだろうっ!! それに、何かお前間違えてないかっ!?」
落ち着け。あまり慌ててはハーゼの思う壺だ。恐らく彼はこの状況を楽しんでいるのだろうから。
「……嫌か?」
嫌だ。そう言ってしまえばコイツも諦める。そういうところはしつこくない奴だと思うから―。
でも、こんな機会は無い。それに、嫌というわけでもない。むしろ――
「……好きにしろッ……」
気がついたら、布団を頭から被りながらそう答えていた。
「じゃあ、そうさせてもらうかね」
ベッドが軋む音が聞こえる。心臓の鼓動が、再び高鳴る。今、自分の隣に男が居る。それも年頃の。
落ち着け。どうにかして寝る。寝て、やりすごせばいいだけだ。
「なぁ、シューノちゃん」
「な、何だ……」
「礼、言っとかないといけないな。……ありがとう」
「……どうした、急に」
少し寝返り、ハーゼのほうを向く。
「いや、俺みたいな奴でも、運命を変えられる。そう再認識させてくれたからな」
ハーゼが微笑んだ。彼の顔立ちは悪くない。不快な笑顔ではない。
「……そういうことは、全部終わってから言え」
「そうだな。いや、早とちりの神にでも嫉妬されたか」
ハーゼはくすり、と笑い、シューノの頭を軽く叩いた。
「さ、触るな……っ」
いつものように、ハーゼの手をゆっくりと払いのける。
「全く、これは夢か……」
シューノが苦笑する。
「そうだな。夢っつーことにしといてくれや」
「……だとしたら、本当に迷惑な夢だ……」
少し体を動かす。その先には、ハーゼの胸。
「そうだ。夢だから、な……」
シューノは自分に言い聞かせるように、呟いた。
目が開いた。
ベッドの上には自分一人。やはり夢だったのか。
上半身を起こし、軽く背伸びをする。少し声が漏れる。
窓からは徐々に明るくなっていく外の姿が見えた。
なんであんな夢を見たのか。全く、らしくない。
ふとテーブルに目をやる。其処にはライターが一つ。
妙だな。病院で煙草を吸う奴なんか居ないのに。
ライターを手に取る。その側面には、ウサギとネクタイのシルエット。(後に聞いた話では、プレイボーイ・バニーと呼ばれる図柄とのことだ)
まさか。
「……似合わないことをして」
思わず苦笑する。そう、奴が煙草を吸っているところなど、見たことがない。
だとするとあれは夢じゃないのか?
「……まぁ、いいか……」
シューノはライターの横にイヤリングを置いて、もう一度苦笑した。
ベッドの上には自分一人。やはり夢だったのか。
上半身を起こし、軽く背伸びをする。少し声が漏れる。
窓からは徐々に明るくなっていく外の姿が見えた。
なんであんな夢を見たのか。全く、らしくない。
ふとテーブルに目をやる。其処にはライターが一つ。
妙だな。病院で煙草を吸う奴なんか居ないのに。
ライターを手に取る。その側面には、ウサギとネクタイのシルエット。(後に聞いた話では、プレイボーイ・バニーと呼ばれる図柄とのことだ)
まさか。
「……似合わないことをして」
思わず苦笑する。そう、奴が煙草を吸っているところなど、見たことがない。
だとするとあれは夢じゃないのか?
「……まぁ、いいか……」
シューノはライターの横にイヤリングを置いて、もう一度苦笑した。