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にじのいろ

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にじのいろ



作者:あびす




『大丈夫……オレ……ずっと……お姉ちゃんと……いっ……しょ……』


「いやぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 ヴィクセンがベッドから跳ね起きる。息が荒い。少し深呼吸をして、周りを見る。まだ暗かった。
「ふぅぅ……」
 安心したかのようにため息を漏らす。もう随分と昔のことのように感じるが、どうしてあんなに鮮明に覚えていたのか。
 夢にまで出るなんて。
「……おねえちゃん……?」
 隣に寝ていたプルウィウスが、眠たそうにヴィクセンのほうを見る。恐らくはさっきの悲鳴のせいで起きたのだろう。自分でも解るほどだったから。
「……ごめん。起こしちゃったね。……お姉ちゃんは大丈夫だから、気にしないで」
 ゆっくりと、優しげに、プルウィウスの頭を撫でる。彼は少し気持ち良さそうな顔を浮かべたあと、再び眠りについた。
 微笑を浮かべながら、その寝顔を見つめる。本当に愛しい「弟」。そう、この子とは約束した。



 ……何を?



 ヴィクセンは一瞬のうちに顔が青ざめていくのを感じた。


 ……そうだ、思い出した。「ずっとあたしが、守るから。どこにも行かないから」って約束したんだ。


 一瞬とはいえ、どうして「絶対に守る」と誓ったほどの約束を忘れるのか。
 最近少しずつ記憶力が低下してきているとはいえ、日常生活に支障をきたすほどではなかったはず。


 そういえば、以前とっきーと会った時も、一瞬だけ名前を思い出せなかった。
 どうしてそんな楽しい記憶、もしくは嬉しかった記憶、そんな記憶ばかり失われていくんだろう。
 そして、どうして思い出したくもない記憶ばかり鮮明に残っているんだろう。


 怖い。震えが止まらない。
 ひょっとしたら、大切な人すらも忘れてしまうのかもしれない。
 友達のリンクスやヘッジホッグ、可愛い弟子のスノーラビット、そして、かけがえのない大切な「弟」のプルウィウス。
 嫌だ。そんなのは絶対嫌だ。


『お姉ちゃん、死にたく……ないよぉ……』


『おねえ……ちゃん…………だいす……き……』


 そして、どうしてこんな一刻も早く忘れたい記憶ばかりが残っているのか。
 蜂の巣となった廃ビル。目の前に横たわる銀髪の少女。ミュークトにかかった、大きく、そして消えない虹。消せない記憶、かつ消したい記憶。



 ……虹って、どんな色だったっけ……?



 そんな考えが頭をよぎった瞬間、ヴィクセンは隣で寝ていたプルウィウスにしがみついていた。再び目を覚ますプルウィウス。
「……おねえちゃん……? どうしたの……?」
「……何度もごめんね。でも、お願い。朝まで……朝まで、こうさせてて……」
 不思議と、震えは少し収まった。




 某月某日 レストラン・ミュークト


 プルウィウスは身の丈に合わぬ椅子に一人で腰かけ、床につかない足をぶらぶらと遊ばせていた。
 その小さな手のひらの中にあるオレンジジュースをちびちびと飲みながら、退屈そうな顔を浮かべる。
「あー、プル君だー。久しぶりー」
 渚がとことことプルウィウスの近くに歩み寄る。その後ろには、先程まで話していたのか、ウェイトレス服姿の諏訪も一緒だ。
「今日は一人なの?」
「おねーさん、だれ?」
 プルウィウスの言葉に思わずずっこけそうになる渚。確かにこの状態の彼とはほとんど会っていないとはいえ、少々凹む。
「あ、あははー、私はね、渚っていうの。な・ぎ・さ」
「諏訪よ。諏訪加奈」
「なぎささんにー、すわさん?」
 目の前の二人の女性を交互に指差しながら、納得するような感じでうなずくプルウィウス。
「おぼえたー」
 にんまりと笑顔を浮かべる。
「よしよし、偉い子だねぇー」
 プルウィウスの笑顔に何か来るものがあったのか、彼の頭を撫でる渚。
「今日は一人なの?」
「ううん、おねえちゃんといっしょー」
 向こうのほうでソフィーナと話し込んでいるヴィクセンを指差す。会話内容は……少々書くのがはばかられる。ご容赦願いたい。
「いいこにしててっていわれてるから、いいこにしてるの」
「ふぇ? ……あ、そっか。えへへ、プル君はいい子だねー」
 再び渚がプルウィウスの頭を撫でる。笑顔を返すプルウィウス。そしてその光景を「また始まったー」って顔で眺めている諏訪。
「……そーだ」
 プルウィウスが渚のコートの裾を引っ張る。
「にゃ? どうしたの?」
「おねえちゃん、さいきんヘンなの」
「お姉ちゃん?」
 きょとん、とした表情を浮かべる諏訪。思い当たる人がいない。
「ヴィクセンさんのことだよ?」
「……えぇー」
 今一つどんな関係なのかピンと来ない。だがまぁ、深くは考えないようにしよう。ミュークトだし。
 こういうことに慣れてしまっている自分がなんかちょっと嫌になった諏訪だった。
「でも、あの人がヘンなのって、いつものような気がするんだけどさ」
「……あはー、なるほどー。そうだねー」
「おねえちゃんはヘンじゃないもんっ!」
 ほっぺたをぷくー、と膨らませて怒るプルウィウス。だが、その仕草のせいか、本当に怒っているようには見えない。むしろかなり可愛らしく見える。
「あははー、ごめんごめん。それで、どうかしたの?」
「……おねえちゃん、なんだかね、えっと……」
 どう表現すればいいのかわからないのか、しばらく口ごもるプルウィウス。
「……すごく、こわがってるの。ねるときとか、いつも……」
 数日前ぐらいからだろうか。ヴィクセンは夜中にいつもうなされている。そして、いつも自分にしがみついてくる。
 別に嫌な訳ではない。でも、よくわからないけど、心配だった。
「……どうして?」
「わかんない。……どうすれば、いいのかな……?」
「……」
 渚が少し真剣な顔をする。
「……ぎゅーって、抱きしめてあげるといいと思うよ?」
「ぎゅー?」
「うん。怖かったり、寂しかったりするときに、好きな人からぎゅーってされると、すっごーく安心できるのだっ!」
 えっへん、と胸を張る渚。先程のちょっと真剣な顔ではなく、いつもの笑顔で。
「どうするの?」
「えっとねー……こーするのっ!」
 渚が突然、隣にいた諏訪に抱きつく。
「わ、わ、わ、何すんのよっ!?」
「いいじゃん、お手本お手本ー♪」
 慌てる諏訪と、楽しそうな渚。その二人をプルウィウスはしばらく見つめていた。
「……ぎゅー」




「たっだいまー」
「ただいまー」
 ヴィクセンとプルウィウスが帰宅する。
「あぁ、今日は早かったな」
「うん、静かだったからね」
 テレビを見ながら裂きイカ片手に一人で晩酌するリンクスが二人を出迎えた。
「……ねぇ、リンクス。一つ質問があるんだ」
「質問?」
「あ、ちょっと待ってて。プル、寝かせてくるから」
 眠そうに目をこするプルウィウスの手を引っ張り、ヴィクセンは自室に入る。
「眠いよね? じゃ、早く着替えて、寝ちゃおっか」
 プルウィウスの着替えを手伝うべく、しゃがんで上着のボタンに手をかけるヴィクセン。
 その時だった。
「……ぎゅー」
 プルウィウスがヴィクセンに抱きつく。突然の出来事に、ヴィクセンはしばし言葉を失った。
「……プル?」
「おねえちゃん、こわがらないで……。プル、ずっとおねえちゃんといっしょだから」


 虹の色って、何色だったのかな?


「…………え?」


 やっぱり、思い出せない。


「おねえちゃんと、やくそくしたもん。ずっと、いっしょだって」


 でも、思い出せなくてもいい。


「だから、こわがらないでね」


 だって、あたしの虹は、ずっと、あたしの傍にいるんだから。


 忘れない、絶対に。
 あたしの頭の中で、虹の色がどんどん霞んでいっても、この大切な、大切な…………


「……うん。…………ありがと…………っ!!」



 ヴィクセンは優しく、かつ力強く抱き返した。





「……結局、質問って何だったんだ?」
 リンクスは眠りに着く前に、寂しげ、かつ呆れた感じで独り言を呟いた。




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