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はじめてのメイドさん

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はじめてのメイドさん



作者:把握魔人





 玄関のチャイムが鳴った。
 リビングでのんびりと過ごしていたレミングは、読んでいた本をテーブルに伏せる。
「あ、はいはーい。今出ますー」
 レミングはぱたぱたと玄関に向かう。覗き穴から外を見ると、そこには見慣れた顔の女性がいた。安心したレミングは鍵を開ける。
「いよーっす」
 アキラだった。いつもの服装で、少し大きめの鞄を提げている。
「アキラか……。どーしてオレん家知ってるのさ?」
 アキラとは特別に親しい仲である。が、家の住所を教えたことは無かった。
「いやー、大体わかるだろ?」
 アキラが笑う。レミングの頭の中には一人の男の姿が映っていた。彼ならばやりかねない。
「……うん、大体把握した。アイツから聞いたんだろ?」
「おー、多分それだわ。……で、上がっていいか?」
「うん、いいけど……」
「お邪魔しまーす」
 自分の部屋はそこそこ散らかっているが、まぁ部屋まで通さなければいいだろう。それよりも、部屋着のジャージのままだ。もっといい服を着ておけばよかった。少し後悔するレミングであった。
「……その荷物、何?」
 レミングはアキラをリビングへと案内しながら、彼女が手に提げている鞄の中身が気になったようだ。普段は鞄など持っていないのに。
「あー、気にすんなってー」
 アキラがにんまりと笑った。彼女がリビングのソファーに腰掛けたのを見届けたレミングは、コップを用意して冷蔵庫を開ける。
「飲み物、何がいい?」
「あー、別に何でもいいぜー? それよりもさ、着替えたいから、どっか部屋貸してくんね?」
「うん、別にいいけど? えっとね、玄関の横にお風呂があるから、そこの脱衣場使ってよ」
「あ、何ならレミングの前で着替えよっか?」
「ふぇ!?」
 アキラのいきなりの言葉で、顔を真っ赤にするレミング。
「なな、何言ってんだよっ!! ほら、着替えるんならさっさと行ってっ!!」
「はーい」
 アキラはちょっと楽しそうな様子で脱衣場へと向かっていった。鞄も一緒に持って行っている。
「ほんとにもう……」
 アキラはからかっているのか本気で言っているのかの区別がつきにくいから困る。レミングは顔を赤くしつつも、サーバーから冷えた茶をコップに注いだ。
 コップを二つリビングのテーブルに置いて、レミングはソファーにぽつんと座る。先ほどまで読んでいた本を閉じて、部屋の隅にやった。
「着替えるったって……。別に服とか汚れてなかったもんなぁ……」
 しばらく時間が経ったが、アキラは出てこない。
「おっそいなぁー……」
 着替えに要する時間ではない。何か特殊な服にでも着替えているのだろうか。
「ひょっとして、キモノとか……?」
 着物姿のアキラを想像してみる。可愛いと思った。
 もっとも、今のレミングはアキラがどんな服装をしていても可愛いと思えるのだろうが。
「……ないな」
 アキラが着そうな服装ではない。その案は却下した。
「わりーわりー、待たせたなー」
 申し訳なさそうに手を振りながら、アキラがレミングの横に来る。その衣装は、黒いワンピースにフリル付きのエプロン。頭にはフリル。
 所謂「メイド服」である。
「……え?」
 レミングはしばらくぽかーんと口を開けたまま固まっていた。予想の斜め上である。
「普段こんな服着ねーからなー、ちょっと手間取っちまったよ」
 照れくさそうに頭をかくアキラだったが、レミングは固まったままである。
「どうしたー?」
「い、いや、その服……」
「何だよー、前に約束したじゃねーか」
「約束?」
 そんな約束なんかあったっけ。レミングは必死で記憶をほじくり返す。
「メイド服が手に入ったら着てやる、って言っただろ?」
「……あぁ、そういえば……」
 以前、アキラからさんざんからかわれてちょっとムッとしたレミングが、仲直りの条件として挙げたことだった。言った本人が忘れていたようなことをよく覚えていたものだ。
 改めてレミングはアキラの服装を凝視する。
「ん? どっかヘンな所でもあんの?」
「い、いや、その……」
 再び赤面するレミング。そんな彼を意に介さぬ様子で、アキラは恥ずかしそうに頭をかく。
「んー、やっぱ似合わねーだろ? こーゆー服は苦手だか……」
「い、いや、そんなことないよっ!!」
 レミングが慌ててアキラの言葉を打ち消した。
「その……凄く可愛いと思う……っ」
 言ってみたものはいいが、恥ずかしさのあまり小声になっている。アキラはそれが聞こえなかったようで、耳に手を当てて聞き返してきた。
「ん? 今なんて?」
 悪気はないようだ。レミングも先ほどの自分の声は小さかったと自覚していたのか、怒るよりも自棄になる。
「うー、可愛いよ、凄くッ!!!」
 自棄気味に大声を出す。アキラはちょっとの間ぽかんとしていたものの、すぐに笑顔を浮かべた。
「そっか? こーゆー長いスカートは苦手なんだけどなー……。ま、ありがとな」
 アキラがにっこりと笑い、レミングの頭を撫でる。レミングの髪は驚くほどに柔らかく、さらさらとしていた。嬉しそうで、なおかつ恥ずかしそうな表情を浮かべているレミング。救いといえば、ここが自宅で誰からも見られていないということだろうか。
「そんで、今日一日だけレミングのメイドになってやるよ」
「ふぇえ!?」
 レミングにとってはまさに青天の霹靂である。
「何だよー、あたしはこう見えても家事得意なんだぜ?」
「それは知ってるよっ!」
「大丈夫、メイドが何をするかとか、ミナからちゃーんと聞いてっから」
 アキラが誇らしげに胸を張る。
「掃除だろ、洗濯だろ、あと料理と……」
 指を一つ一つ折っていく。四本目を折ろうとしたときに、少し動きが止まった。
「あと?」
「……」
 少し恥ずかしそうな表情を浮かべるアキラ。
「あー、また後で言うわ。とーにーかーくー」
 アキラがとても楽しそうな笑みを浮かべる。
「まずはレミングの部屋の掃除からだな!」
「ふぇ!? い、いーってばっ!! オレ、別に気にしてないから!!」
 慌てて手と頭を振るレミング。今は女性を通せるような状態ではない。散らかっているし、掃除と名を変えた家捜しに遭うことも十分に考えられる。
「いーじゃん、これもメイドの仕事なんだからさ。な、レミング……じゃない、『ご主人様』?」
「う……」
 好意を寄せている相手がメイド服姿で「ご主人様」と言ってくる。この攻撃に耐えられる男はいない。
「で、部屋どこさ?」
「わかったよ……。こっち」
 結局、渋々とアキラを部屋へ案内するレミングであった。

「おー、見事に散らかってんなー」
 アキラはレミングの部屋を見渡しながら喋る。ゲーム機や聞いた後のCD、読み終わった本などが散乱している。いかにも男の子、といった感じの部屋だ。
「だから入れたくなかったんだよ……」
「ま、男の部屋なんかこんなもんだろー?」
 アキラがおもむろにベッドの下に手を伸ばした。
「ちょ、どこに手入れてるのさっ!?」
 慌てふためくレミングを無視して、アキラはベッドの下を探る。アキラが手を戻した時、彼女の手にはA4中綴じの雑誌があった。表紙には可愛らしい女性の絵。
 そして輝くR18マーク。
 ベッドの下を探って、隠されてる本を見つけるべし。これはメイド服を貸してくれたミナからの指示である。
「みーっけ♪」
「い、いや、そ、そ、それは違うよっ!? あれ、えっと、その、アイツアイツ! ほら、ハーゼがオレに押しつけてきて!!」
 ぱらぱらと中に目を通すアキラ。女の子があられもない姿をさらしている漫画がたくさん載っていた。
「って、読むな読むなーっ!?」
「いやいや、まーお前も男だもんなー。でも、こーゆーのばっか読んでちゃダメだぜ?」
 アキラが本を閉じて、レミングの頭を軽く叩く。真っ赤になっていたレミングが、不満そうな視線を向けた。
「なんつーか、言ってくれりゃ、な?」
 アキラが恥ずかしそうに頬をかく。
 どういう意味かは……謎である。

 アキラは手際よく散らかっているものを片付けていった。その様子をレミングは興味深げに見守る。
「なんだかんだ言って、手際はいいんだなー……」
「まーなー。お袋が学校の先生やってっから、あたしがいっつもこーゆーことしてるんだ」
 手際よく物を片付けていくアキラだったが、ふと足元のコントローラーが目に入った。
「ん、これゲームか?」
「あ、そうだけど?」
 ゲームのコントローラーかどうかを聞いてくるということは、アキラにはこのゲームの経験は無いはず。
 さっき恥ずかしい目に遭わされた仕返しをしてやろう。レミングはもう一個のコントローラーを握って、本体の電源を入れた。
「よかったら、対戦してみる?」
 一般的な格闘ゲームが起動される。先ほどまで部屋を片付けていたアキラもすぐにコントローラーを握った。
「お、いーねぇ。どれがどのボタンだ?」
「これがこれで……」
 レミングが基本的な操作方法をアキラに教える。二人の距離はとても近いが、二人ともそれを気にしている様子は無かった。
「わかった?」
「オーケー、早くやろーぜっ!」
 アキラがあぐらをかく。スカートをはいているという自覚がないのだろうか、はたまた気にしていないのだろうか。

 結果は当然、レミングの勝利であった。無理も無い。アキラはこのゲームは初プレイなのだから。
「おー、なるほどなるほど……」
「へへー、もっかいやる?」
 レミングが得意げな表情を浮かべる。勝って当然な話なのだが。
「おー、今ので大体わかったからなー」
「ふぇ?」

 二戦目の結果は、アキラがギリギリで負けた。
「あーおっしい、あと少しだったんだけどなー!」
「あっぶな……」
 まさか一回でコツを飲み込むとは思えなかった。まぐれだと思いたい。自分の今までの努力は一体なんだったのだ。
「もう一回、もう一回!」
「う、うんっ……!」

 三戦目。アキラが見事に勝利した。しょぼくれるレミングと、テンションの上がるアキラ。
「おっしゃ、こんなもんだなー。面白いなーこれ。持って帰りたいぐらいだぜ」
「ウソだろ、オレ、結構このゲームやってんのに……」
「あたしは昔からこーゆーゲームやってるからなー。基本は全部一緒だぜ?」
 にんまりと笑うアキラ。レミングはむっとした表情を浮かべ、正座してコントローラーを握った。
「次は負けないからなーっ!!」
「おう、望むところだっ!」

 結果は10回やってレミングの4勝6敗。完勝できたのは最初の一回だけだ。
「うぅー……」
 自分はそこそこ強いほうだと思っていたレミングの自信は砕け散ってしまった。
「レミングは強かったぜー? やっぱ緊張感がいるよなー」
 アキラはにんまりと笑い、レミングの頭を撫でる。
「……うー」
 レミングは恥ずかしそうな表情を浮かべながら、壁時計を見る。時計は18時を回っていた。
「……あ、もう6時」
「マジか」
「マジ」
 アキラが時計を確認し、すっと立ち上がる。エプロンの紐が少し緩んでいたのか、それを締め直した。
「よっしゃ、晩御飯作ってやろうか? 家の人は?」
「今日は帰ってこないって。……いいの?」
「だったらなおさらだな。何か好きな料理とかあっか?」
「ハンバーグとか……」
「お、いいねー」
 アキラは部屋を出て、キッチンへ向かう。レミングがその後ろをついていった。
「冷蔵庫、開けていーか?」
「うん、いーけど?」
 アキラが冷蔵庫を開ける。
「……散らかってんなー、オイ」
「何かゴメン……」
 自分のせいではないが、なぜか謝ってしまったレミングであった。


 レミングの前には暖かい湯気を立てるハンバーグの皿があった。隣には軽く暖めたロールパンと、ありあわせの物で作ったというスープもある。
「……普通に美味しそう……」
「だろー? 結構自信作なんだぜ、これ。ほら、一緒に食おうな?」
 もはやメイドと主人というよりは夫婦のような―年齢差はあるが―会話である。
 レミングがハンバーグを一切れ口に含んだ。
「……美味しい……!」
「そっか? へへ、なんか照れるなー」
「いや、普通にお店に出せると思う……」
 好意を寄せている相手の手料理というのは、若干補正がかかるものである。
 が、アキラの料理の腕は確かなものであった。
「あはは、それはちょっと言いすぎだろ? でも、そこまで喜んでくれると、こっちも嬉しいけどな」
 アキラが照れくさそうに笑った。

「ごちそうさまー」
「おー、後で洗っとくから、流しに持っていっといてくれなー?」
「はーい」
 レミングが皿を重ねて立ち上がり、流しへ向かおうとする。
「あー、ちょっと待った」
「ん?」
 レミングが足を止めた。
「ソースつきっぱなしだぜ?」
 アキラがレミングの頬についていたソースを指でぬぐい、それを舐める。思わずドキッとするレミング。
「それで、許してくれた?」
「ふぇ?」
「最初に言っただろ、こないだちょっとやりすぎちまったからなー」
 アキラが申し訳なさそうに喋る。レミングはちょっとの間、何かを考えている様子だった。
「……許せないかな?」
「え、マジかよ!?」
 思わずテーブルに手をついて立ち上がるアキラ。
「だってその……」
 不安そうなアキラの表情とは裏腹に、レミングの表情はどこか恥ずかしそうであった。
「最初っから、ケンカなんかしてなかっただろ?」
 レミングが恥ずかしそうに頭をかく。
「え?」
 アキラは一瞬理解できないようであった。
 が、すぐにその真意を解したようだ。
「……なんだ、そーゆーことかよー。なら、この服も無理して着ないでもよかったってことだなー?」
 アキラがメイド服の襟で遊びながら、恥ずかしそうに笑った。
「で、でも、オレ……アキラから色々してもらえて、すっごく嬉しかったから……その……」
 レミングが頭を下げる。
「今日は、ありがと」
「ん、あたしもお前の喜んでる顔見てて楽しかったぜ? だからほら、頭上げなって」
 口元に微笑を浮かべ、レミングの頭をそっと撫でるアキラだった。

「あ、そーだ。いいこと思いついた。レミングー、ちょっとコッチコッチ」
「ん、何?」
 アキラの手招きに、皿を流しへ持って行った後のレミングがアキラの傍へ駆け寄る。
「耳かきしてやっから、頭乗せなって」
「ふぇぇーっ!?」
 自分の膝の上を指差すアキラに、思わず赤面するレミングであった。





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