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プールの番人

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プールの番人


作者:あびす



 それは夏休みに入る少し前のことだった。
「よーおめーら、片付けごくろーさん」
 体育の後片付けが終わり、俺とさなだんは職員室に報告に行っていた。目の前には体育教師のレッドアイ先生がいる。やたらガタイがいいうえに人相もよくない。頬に傷のある人系と言われても違和感はない感じだ。
「ところで、7月25日は用事あっかおめーら」
「え? 俺はないっスけど? さなだんは?」
「俺も別にねぇなぁ。何事だ?」
「よし、バイトしねーか?」
「「バイト?」」
 いきなりの言葉に、俺とさなだんは思わず顔を見合わせる。
「プールの監視員、普通は体育委員でやってんだがな、その日に限って手が取れねーんだ」
「はぁ」
「で、おめーらに監視員やってほしーんだ。無論タダとは言わねー。3000円でどーだ」
「何時から何時まで?」
「1時から5時までだ。4時間で3000円だぞ、おいしいと思わねーか?」
 4時間で3000円。時給で言うと700円ちょいか。
 プールの監視員っていうと、別にきつい仕事でもねーよなぁ。スク水見放題だし。これは確かに美味しい仕事だ。
「あー、俺はやってもいいっスけどね?」
「俺もー」
「おー、じゃあ任せたぜおめーら」
「「りょーかーい」」



 7月25日。俺は膝より少し下の短パンとTシャツ、それに沖縄土産のトロピカルな帽子をかぶって学校に来た。夏休みに学校に来るなんか、滅茶苦茶久しぶりだ。
「よーハーゼ。あっちーなぁ」
「暑い暑い。これは夏の神に祝福されている俺でも辛いぜ」
 先に来ていたさなだんに挨拶しつつ、自転車をプールの近所に停めて、職員室に入る。さなだんも似たようなカッコだ。俺とは違って、普通のキャップを被ってるんだが。
 職員室の扉を開けると同時に、別世界のような涼しい風が吹いてきた。クールビズで温度は控えめとはいえ、クーラーからの冷風は心地よく、生き返る感じがした。
「レッドアイ先生ー?」
「よー、来たかおめーら。これがプールの鍵な」
 レッドアイ先生がプールの入口の鍵を放り投げる。鍵は3つついていた。おおかた入口と男女の更衣室の鍵だろう。
「仕事は受付と監視な。受付は名前書いてもらうだけでいーから。あと出るときにチェックもらっとけ。監視は溺れてる奴見つけて、保健室のコンドル先生んとこに連れてけ」
「コンドル先生来てんの?」
「まー夏休みっつっても、先生は結構忙しいんだぜおめーら。特に部活やってるから、保健室は土日以外はいつも開いてる」
「はー」
「あと、50分おきに10分休憩取らせろよ。笛吹きゃいーから。笛はプールにある」
「はーい」
「5時になって、みんないないの確認したら、俺んとこに鍵持って来いよ」
 レッドアイ先生はそう言いつつ、職員室の端にある冷蔵庫に向かった。冷蔵庫にクーラー、職員室は何気にリッチだよな。
「ほれ、これはサービスだ。熱中症には気ぃつけろよー。休憩取りながら、ボチボチやれや」
 先生が500mlのペットボトルのお茶を一本ずつくれた。麦茶だ。
「じゃーがんばれ」
「りょうかーい」

 この学園のプールはやたら広い。そりゃ小中高が一緒に使ってんだから、授業が被りもするだろう。片方は普通の25メートルプール。もう片方は低学年用の水遊び場みたいな感じのプールだ。
 プールサイドにテントが張ってある。その中に会議室なんかにある長机とパイプ椅子があった。
「んじゃ、頑張るか」
「おうよ」
 その椅子に座り、あとは客が来るのを待つだけ。
「ハーゼ、その帽子ハデだな」
「おう、沖縄土産だ。けっこういいぜ?」
「つーか、アレみたいだな。首からタオル提げたら農家に見えるぜ」
「マジかww」
 とりとめのない会話をかわしつつ、時刻は1時を少し回ったところ。何人かぽつぽつとプールに来た。
 なぜかこの学校は旧スクを未だに使っている。理由は謎だ。いや、俺は新より旧のほうが好きだけどさ。女子の体操着もブルマだし、絶対学園長の趣味だろ。顔見たことないけど、話が合いそうだ。

 プールに来る人に所属と名前を書いてもらい、出るときには名前に消しこみ入れてくれ、と事務的に応対していく。今のところ知ってる顔はいない。
 目の前で水遊びをされていると、ただでさえ暑いこの環境が余計に暑く思えてくる。
「お、さなだんにハーゼじゃん。何やってんだ?」
 余りの暑さに二人でぐでってたら、知った顔が来た。クラスメートのアキラちゃんだ。しっかりスク水を着て、水泳帽まで持ってるじゃないか。やる気満々すぎるだろ。
「おー。バイトだよバイト。とりあえず名前とクラス書いて」
「レッドアイ先生から頼まれてなぁ。アキラは何しに来たんだ?」
「そりゃお前、プールには泳ぎに来るに決まってんじゃんか!」
 アキラちゃんが名前を書きながら笑顔を見せた。しかしまぁ焼けてる。よく遊んでるんだろう。
「……え、ハーゼ?」
 その後ろからはレミングが出てきた。なんだこいつら、プールでデートかよ。なんとうらやましい。
「おいおい、ひょっとしてデートか?」
「ちげーって。コイツ泳ぐの苦手っていうから、鍛えてやろうって思ってな」
「うーむ」
 俺とさなだんはしばらく顔を見合わせる。まぁ、そういうことにしとこう。
「そういやミナは?」
「確かに。いっつも一緒にいるのに、珍しいなぁ」
「あぁ、あたしも誘おうと思ったんだけどな。コイツがイヤって言うから……」
「あーもう、早く行くよ!」
「わ。んじゃなー、がんばれー」
 レミングは必死に水着のアキラちゃんから目をそらしつつ、強引にプールのほうに連れて行った。うーむ、水着を見るのが恥ずかしい。俺にもそんな時期がありました。
「絶対レミングの奴、邪魔されたくないとか思っただろうな」
「だろうなぁ。つーか、ミナがプール入ると、プール全部凍らかせそうだしな」
「あぁ、確かに」

「くそ、泳ぎてぇなぁ……」
「それは同感」
 座っていても汗が出てくる。暑い。マジで暑い。先生からもらったお茶も残り半分を切った。いっそこの場をさなだんに任せて、プールに飛び込みたい衝動に駆られる。
「ハーゼ、水着着てきたか?」
「着てくる訳ねーだろwww」
「うん、俺も着てきてないなw」
 短パンで泳ぐのはなんかイヤだ。かといってガラパンで泳ぐのも色々と危険すぎる。下手したら逮捕されかねない。かといってさっきまでやってたしりとりの続きをやるのもイヤだ。客足も少しずつ減っていってて、ちょっと暇だ。
「あぁもう我慢できん! 足だけつけてくる! ここは任せた!」
「ちょ、おまw」
 さなだんが携帯と財布を机に置いて、プールのほうに向かっていった。くそ、戻ってきたら代わってもらおう。
「あ、ハーゼ君だー。何してるのー?」
「バイトー。名前をここに書くのだ」
「はーい。バイトかー」
 今度はなぎーか。諏訪ちゃん仁科ちゃん、それにシュネー。まぁ、いつものメンバーだなぁ。
「バイトって。ところで時給いくらなの?」 
「さぁ。4時間で3000円って言ってたから、大体700円ちょいじゃね?」
「へぇー、まぁまぁ高いじゃない。私も今度頼んでみようかな」
 いつもの調子で名前を書いてる諏訪ちゃんの後ろで、なぎーが明らかに怪しい動きをしている。どう見ても興奮しています。本当にありがとうございました。まぁ確かにここはスク水天国だ。気持ちはよくわかる。
「あぁそうだ。プールサイドで遊んでる馬鹿がいるから、突き落とすなり好きにしていいぜ!」
「あははー、それって真田君? さっき会ったよー」
「じゃあ是非突き落としてください」
 頭を下げる俺を尻目に、女子達はキャッキャウフフとプールへ向かっていった。いいなぁ、俺も生まれ変わるなら女子になりたい。
 少しして、人が水に落ちる音がしたのは気のせいだろう。

「くそ、携帯置いといてよかった……」
「おつかれwww」
「お前か!? お前がそそのかしたのか!?w」
「いや、天狗の仕業だってwww」
 さなだんがずぶ濡れになって帰ってきた。俺は爆笑をこらえつつ、ペットボトルのお茶を飲む。
 でもまぁ、こうやって見てると濡れて涼しそうになってる。羨ましい。
 ……よし、ぬるいお茶にも飽きた。ジュースでも買ってくるか。ちょっとさなだんに悪い気もするし。
「さなだん、ジュース買ってくるけど、何かいる?」
「おー、気が利くじゃないか。なんでもいいぜ?」
「よしわかった。110円」
「金取るのかよ!?」
 さなだんはぶつくさ言いつつ、財布から110円を取り出して俺に渡す。そこはシビアにやんないとな。さて、どんなジュースを買ってやろうか。
 プールから食堂の自販機までは結構距離がある。タオルで汗を拭きつつ、ふと職員室に目をやると、レッドアイ先生がパソコンとにらめっこしているのが見えた。書類でも作ってるのか?
 節電で照明を落としている自販機に110円を突っ込み、スポーツ飲料のボタンを押す。アクエ○アスの500ml缶が出てきた。これは俺の。
 で、さなだんのは何にしよう。こう、面白いやつでも買ってみるか。なんでもいいって言ってたしな。
 候補はバニラコーラ、ふるふるシェイカー、リポビ○ンD。本当はあたたか~いジュースでも買ってやろうと思ったが、流石にこの季節はつめた~い飲み物しか置いてないな。
 よし、ふるふるシェイカーにしよう。量少ないし、喉潤わないし。そうと決まれば購入あるのみ。
 俺は二つの缶で首筋を冷やしつつ、プールに戻った。低学年用の浅いプールで遊んでいる子供をしか……見守りたいところだが、今の俺には監視員という重大な任務がある。……あぁ、この子達を監視すればいいのか。
「あ、ハーゼだ!!」
「落とそーぜー!!」
「こっちこいよー!!」
 え、ちょ、何このお寺に現れたブッダみたいな歓迎っぷり!? いやー、人気者はつらいねー!!
 って男子ばかりじゃないか!! 女子相手なら別に落とされるのもやぶさかではないが、男子に落とされてもうれしくもなんともないぞ!? むしろこう、水着が脱げちゃったから着せてみたいなイベントが欲しい!
「えぇい、うぬら散れい!!」
 俺を水に落とそうと近寄ってくる男子達を追い払いつつ、なんとかテントにまで戻る。今落とされたら携帯と財布があの世行きだ。
 テントにはさなだんがおとなしく……あれ? さなだん金髪だっけ? っていうかコイツの顔、見覚えが……
「なんでラビットなんだよ!?」
「あ、兄ちゃん」
 さなだんがいるべきテントには、弟のラビットがいた。本編? 何それおいしいの? はははは。
「いや、真田さんに捕まって……」
「……ゆるせん!!」
「兄ちゃん? まさか、ボクのために?」
「自分一人で遊ぼうなぞ、傲慢もいいところだ!! 水遊びの神に嫉妬された俺を置いていくとは!! というわけでここは任せた」
 俺はラビットの肩を叩き、さなだんの後を追おうとする。
「いや、その結論おかしいでしょ!?」
「なーんて。さなだん連れ戻してくるから、それでも飲んで待ってろ」
 ふるふるシェイカーを机に置いて、さなだんを探しに……って、いた。
「さなだん! いい加減にしなさい!! お母さん怒るわよ!!」
「うっせぇな!! 入るときはノックしろって言っただろ!!」
 さなだんはさすがに水につかってこそいないが、プールサイドで遊びまわっていた。俺を置いて楽しいことをしようとは、ゆるせん。
「とりあえず、俺も混ぜ……」
「ハーゼ君! 真田君! 仕事を忘れて遊んでていいのか!! それでは正義が足りん!!」
「「げぇっ! 正義!!」」
 背後には正義がいた。いかにも水の抵抗の少なそうな全身を覆う水着。赤と銀色の正義っぽいカラーリングだ。確かに泳ぐのは速そうだ。
 ……いや、ヘルメット脱げよ!? それが一番の抵抗じゃないか!!
「一度頼まれた仕事は遊ばずにやり遂げるのがジャスティスだ! そんなことではノンジャスティスになってしまうぞ!! ジャスティスライフを送れなくていいのか!?」
「ジャスティスばっかじゃねーか!?」
「まぁまぁ、では正義の力とやらを見せてもらおうか」
「ふ、お安い御用だ! これで二人がジャスティスロードに戻れるのなら!」
「ビート盤を足場にして、プールを横断できたら正義の力を認めよう」
「任せてくれ!!」
 正義が勢いよくビート盤を取りに行った。そして手際よく水面に投げていく……って危ねぇ!? 一番やってること正義っぽくねぇじゃんか!!
「では見ていてくれ! ジャスティス……ウォータースパイダー!!」
 水蜘蛛とでも言いたいのか。
 正義が軽やかにビート盤を足場に水面を走っていく。おお、普通に凄いじゃないか!
「どうだ、これが正義の力……ぐっはぁ!?」
 半分ぐらい渡ったところで、正義はバランスを崩して水没する。予想通りだ!! おもしろすぎ!!
「こ、こきゅうが、で、でき、できない!!」
「「ヘルメット脱げよ!?」」
「お、おかしいな、ジャスティス、ヘルメットは、ぼう、ぼうすいせいは、かんぺきなのに!」
「そういう問題じゃねぇ!?」
 しばらく爆笑していた俺とさなだんだったが、普通に溺れかけている正義を見ていると普通に不安になってきた。このまま正義が溺れたらどうする!? 笑い事じゃないぞ!?
「正義ー、そこ足つくぞー」
 どうしようか悩んでいた俺たちの後ろから、コンドル先生の声がした。
「はっ!! ……いかんいかん、私としたことが……冷静さを失っていた」
「おお、さすが先生……って痛あっ!?」
 復活した正義に拍手を送っていた俺達だったが、直後にコンドル先生の鉄拳が脳天に落ちてくる。
「様子見に来たらこれだ!! さっさと仕事しろ!!」
「体罰じゃねこれ!?」
「横暴だ!! コンドル横暴!!」
「何か言ったか?」
 これ見よがしに指の骨を鳴らすコンドル先生。この人ホントに保険の先生かよ。
「さ、さぁ、気分転換終わり!」
「頑張ろうぜ、ハーゼ!」
「おう!!」
 テントに戻ると、ラビットがふるふるシェイカーどころか俺のアクエリまで飲んでいた。
「おい!? 何やってんだよ!!」
「てめぇプレボのくせに!」
 勝手な行動に出たラビットに制裁を加える俺達。スキンシップだから問題ないよね!
「痛い痛い!? いや、コンドル先生が飲んでいいって言ったから!!」
 あの先生マジでひどい!?
「……そういえばさっき、どう見ても高校生に見えない人が水着着て泳いでたけど……」
「どんな人だ?」
「髪の毛緑色で、瞳の色が左右で違ったような。美人だったよ?」
「……ハーゼ、知ってる?」
「知らない」
「不法侵入ってやつなの?」
「わかんね……っていうかもういいぞ。そこどけ」
「いや、すげー身勝手でしょそれ!?」

 5時。全員がプールから出て行った。男子更衣室の中にも人の気配はない。ようやく終わりかな。
「さなだん、男子更衣室オッケーだぜー」
「プールもオッケー。誰もいない」
「残るは……」
「女子更衣室だけか……」
 女子更衣室の前に陣取る俺達。やはり中を確認せねばなるまいて。二人でドアをノックする。
「はーい、もう出るわよーん♪」
 どこかで聞いたことのある声。
 それから少しして、汁先生が出てきた。いつものフード姿だ。フードから僅かに除く髪の毛は緑色で、まだ乾いていないのか、先端どうしががひっついている。
「おつとめごくろーさまー」
「いや、先生なんでいるんだよ!?」
「そりゃあ泳いでたのよー。最近運動不足で……。勿論夜の運動は……」
「そこは聞いてない」
「水着着たらバレなかったわ。まだまだ私も捨てたもんじゃないわね」
「水着って……」
「スク水よん♪」
 ……うん。言っていいかな?
「ばーかばーか!!!」
「なんで先生がスク水持ってんだよ!?」
「いや、そういうプレイがあるかもしれないじゃない? あ、なんなら今からでも……」
「「帰れ」」

 なんだかんだで疲れたなぁ。バイト代もらったら、パーッといくか。
「先生ー、終わりましたよー」
「おう、お疲れさんだ。ほい。バイト代の3000円」
 レッドアイ先生に鍵を渡し、代わりに3000円をもらう。……あれ?
「3000円って……」
「誰も一人3000円だなんて言ってねーぞおめー。二人で3000円だ」
「「な なんだってー!?」」
「気をつけよう、甘い言葉と、おいしい仕事」
 俺達からの追求をかわすかのように、先生は俺達を職員室の外に押し出す。馬鹿力すぎる。そして、無常にもドアは閉められた。
「……一人1500円か」
「……ファミレスでも行くか?」
「だな……」
 日が少しだけ傾いた学園を、俺達は肩を落として去っていくのであった。

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