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放課後の図書館にて

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放課後の図書館にて



作者:あびす  名古屋弁監修:ぽぴゅら~






 放課後、わたしは鞄を背負い、手にコートを抱えて、図書室に急いでた。この学園の図書室は、校舎のちょうど真ん中にあって、とっても広い。もちろん、本の数もたくさん。本が好きなわたしにとっては、天国みたいな場所。
 でも、今日の用事は読書にって訳じゃない。わたしは図書委員もやってるから、放課後の貸し出し当番に当たってたりする。今日は帰りのホームルームがちょっと長引いて、当番に行くのは少し遅れてる。階段の踊り場にある窓から差し込む光は橙色。日が暮れるのも早くなったなぁ。
「す、すみません、遅れました!」
 裏口から図書室の準備室に入る。中には、司書の藤子さんがいた。見た目じゃわたしよりも年下に見えるけど、聞いた話によるとこの図書室の主らしい。なんでも、藤子さんだけの秘密の部屋があるんだとか。今日はいつものなんというか、個性的な服じゃなくて、普通の落ち着いた感じの服だ。優しいのかひどいのか、よくわかんない人。
「今日はウインドか。珍しく遅いのぅ」
「あ、え、えっと、ホームルームが、その、長引いちゃいまして……」
「まぁ、お主は普段熱心じゃからの。普段の態度に免じて、今日のところは許してやろう」
 そこまで言うと、藤子さんは何か思いついたような表情を見せて、手元から文庫本を二冊、わたしに差し出した。そんなに厚くない。
「いい機会じゃ。ほれ、お勧めの漫画でも貸してやろう」
「ふぇ? 手塚治虫……ですか?」
「うむ、巨匠の名作じゃ。暇なときに読むといいじゃろう」
 手塚治虫はブラックジャックとか火の鳥とか、そういう有名どころしか知らない。とりあえずタイトルを見てみる。奇子……キコ? ……あぁ、アヤコ、か。タイトルの下にふってあるローマ字でようやくわかった。変な読み方するんだなぁ。とりあえず読ませてもらおう。
「では、よろしく頼むぞ」
「は、はい」
 準備室に荷物を置いて、図書室の貸し出しカウンターに向かう。当番は17時まで、大体一時間ぐらい。暇なときに、さっき借りた本を少し読んでみよう。
 一瞬、藤子さんがにたーっと笑った気がしたけど、気のせいだと思う。



 ……あうー。
 今日はあんまり人が来ない。暇だから、さっき借りた奇子を半分ぐらいまで読んでたけど、わたしは早くも打ちひしがれそう。設定がドロドロしすぎ。なんだかアングラっぽくてダークになる。なに、実の父親に自分の妻を差し出して子供を産ませるって……。酷いよ、もう。藤子さん確信犯でしょ、絶対……。
 ……って、確信犯って本当は違う意味なんだった。この前部活で(わたしは文芸部に所属してる)言われたんだよね。まぁ、厳密に言えば、なんだけど。
「すみません、貸し出しいいですか?」
「あ、は、はいっ」
 げんなりしてると、貸し出し希望の人が来てた。制服のリボンの色は黄色。中等部の三年生だ。わたしは本を慌ててカウンターの奥―向こうからは見えない場所―に伏せて、貸し出しカードに本の名前と返却日を記入して、カードを預かる。
 本は大衆小説の文庫本だった。読んだことあるや、これ。あんまり有名じゃないけど、面白かったなぁ。ヒロインがけなげで可愛いんだよね。結局、ヒロインと主人公は結ばれなかったけど、けなげな人には幸せになってほしいなぁ……。
「え、えっと、返却は、その、二週間後です」
 本を借りに来た先輩―わたしは二年生―は軽くお辞儀をしてから本を鞄にしまって出て行った。はぁ、おすすめポイント言いたかったなぁ。いつもこう。人付き合いは苦手だし、知らない人とはうまく話せない。だから、どんな人とも仲良くなれる渚さんは、実はすごく憧れる存在だったりする。……ちょっとやりすぎな部分もあるけど。
「ありゃ? 今日の当番はウインドちゃん?」
 がらり、と図書館の入口の引き戸が開けられたと同時に、入ってきた人が私のほうを向いてそう言った。高等部の陽時先輩だ。同じ文芸部に所属してるって関係上、学校で会ったら軽く会話するぐらいの仲。
 高等部と中等部の部活は別々ってことになってるんだけど、それは運動部だけで、文化系はほとんど一緒に活動してる。憧れの先輩、その二。
「あ、ど、どうも、こんにちは、陽時先輩」
「やだなーもう、陽時先輩とか、堅っ苦しいこと言わんといてよー。そんな仲じゃないんやで、ミュウでええよー」
 先輩はそう言いつつも、鞄の中からライトノベルを三冊ほど取り出して、カウンターに置く。とりあえず機械的に返却手続きを済ませるわたし。返却期限は三日ぐらい過ぎてた。読んだことのあるのは一冊だけ。内容は……あんまり覚えてないや。読んだの結構前だし、あんまり面白くなかったし……。
「ウインドちゃんは最近どう? なんかええことあった?」
 先輩はさも当然のようにカウンターの中に入ってきて、わたしの隣に座った。藤子さんと目が合ったのか、準備室のほうに手を振ってる。先輩は図書室の常連だから、
藤子さんとも顔見知りなのかもしれない。……なんだか嫌な予感がする。
「あ、えっと、その……。ぼ、ぼちぼちってとこです、はい」
 これで会話が途切れる。あう、まただ。誰かに話しかけられても、すぐに話題がなくなっちゃう。
 ダメダメ、こんなのじゃ。話が下手だって、皆から言われてるのに。
「あ、あの……」
「そういえばさ、最近ウインドちゃんの評判ええよ。図書委員にえっらい可愛いコがおるって」
「ふぇ!?」
 寝耳に水だ。
「本を借りるとえっらい嬉しそうな顔しながら手続きしてくれるんだってー。ウチの後輩って自慢しといたよ」
「あ、え、えと、その……」
 なんだか恥ずかしい。嬉しそうな顔って、多分本の感想言いたくて悶々としてる時の顔なのかもしれない。そんな風に見られてたとは、なんだか申し訳ない気分。
「それに、こんなけしからんもん持っとるしね♪」
 陽時……ミュウ先輩は、言い終わらないうちにわたしの胸に触ってきた。嫌な予感は的中。ミュウ先輩は渚さんと同じぐらいスキンシップが激しくて、たまにセクハラまがいのことにまで発展する。……今みたいに。藤子さん見ていませんように。
「ひゃ、ひゃわー!?」
「ふふふー、今日のセクハラ終了ー♪」
 ミュウ先輩が手を離した。他の生徒さんがいなくてよかった。っていうか、セクハラって自覚はあったんだ。確信犯……じゃ、なくて、故意犯……。なんだか語呂悪いな。別に例えだから確信犯でいいような気がする。
「そういえば、さっき何か言いかけとったよね?」
「あ、いや、その……」
 あんまり考えて話しかけたわけじゃない。そのうえさっきのセクハラ。何を言おうとしてたのか、完全にわかんなくなっちゃった。
 えっと、何か、話題……。
「せ、先輩は、あの、えっと、冬コミ、どう、するんですか?」
 って、バカバカ。言うに事欠いて冬コミとか、何聞いてるのよ、わたし。
「冬? うん、出るよー。個人サークルで」
「そ、そうなんですか……って、えぇ!?」
 またまた寝耳に水。多分今のわたし、鳩が豆鉄砲食らったような顔してるだろうな。
「美術のヴィクセン先生知っとる?」
「あ、はい」
「あの人も毎回出とるみたいなんやけど、今回は落ちてまったらしいんよ。そんで、あの人に挿絵書いてもらって」
 ヴィクセン先生の話は、同じクラスの漫研の子から聞いてる。レベルの高い腐女子なんだそうだ。美術の先生だけあって、絵は凄く上手だったけど……。先生で腐女子ってあんまり考えられないなぁ。
「前は版権モノで出たんだけど、今回はオリジナルで勝負しようと思っとるんだ。オリジナルで勝負するには武器が必要かなーって思って」
 そう言う先輩の表情は、凄く楽しそうだった。いいなぁ、そういうの。わたしもやってみたい。気がつくと私は、少し前のめりになって先輩の話を聞いていた。
「オリジナル、ですか?」
「うん。実はもうほとんどできとるんだ。あとは推敲と先生待ち」
「え、えっと、その、どういう、お、お話、ですか……」
 社交辞令じゃなくて、本気でそう思ってる。わたしは先輩の小説のファンだもん。先輩の書く小説は、本当に面白いと思う。プロを目指してるっていうのにも納得がいくぐらい。
「ふふー、じゃ、今度の部活でちょっとだけ見せたるわー」
「あ、お、お願いしますっ!」
 ぺこり、と頭を下げる。どんな話なんだろう。楽しみだ。
「あ、そうだ」
「はい?」
「ウインドちゃんも一緒にやらん?」
「ふえぇっ!?」
 寝耳に水、パート3。
「今からじゃ製本の予約取れそうにないで、コピー誌になってまうけど」
「え、う、その……」
「あぁ、いや、無理強いはせんけど」
「い、いえ、ぜひ、お願いしたいん、です、けど……」
「けど?」
「わたしの、そういうとこに、その、出せるような、レベルじゃ、えと、ないような……」
 自分で言ってて、なんだか情けなくなった。自分の文章に自信が持てないって、ダメだと思う。
「あぁ、そういうこと。大丈夫、ウインドちゃんはウチのホープやでね。世間一般の水準には十分達しとるって!」
 先輩がわたしの両肩を握って、笑顔を見せた。
「ウインドちゃんの書く小説は、自分の書きたいことを素直に書いとるってところがええのよ。流行とかそういったのなしでさ」
「あう……」
「ウチはウインドちゃんの小説、好きやよ? 好きだで、もっと色んな人に読んでもらいたくて、話振ったんやもん」
 なんだか凄く嬉し恥ずかし……。でも、先輩にそう言ってもらえるだけで、わたしはなんだか凄く安心した。それに、先輩もなんだかんだ言って優しいんだなぁ。
「じゃ、じゃあ、その、よろしく、お願い、します」
 先輩に向かって頭を下げる。すると、予想外の一言が頭上から飛んできた。
「じゃ、当日、売り子よろしく☆」
「ふぇ?」
 寝耳に水、第四弾。
「そりゃあんた、交換条件ってやっちゃわー。巨乳美少女が売り子ってだけで絶対売り上げ変わってくるわ!」
「え、いや、え?」
 何、この「酔っ払って外泊証明にサインしたら実は外人部隊の契約書だった」みたいな展開。油断してた。
「ふふふ、何を着てもらおっかなー。ここは定番のメイド服か、それともあのアニメの制服か。……あ、せっかくそんなけしからんもん持っとるんやもん。学ランとサラシってのもアリやなあ」
「せ、せ、先輩!?」
 あんまり聞きたくない単語のオンパレード。特に何なの、最後の……。
「とりあえずー、サイズを測らせてもらおうかなー?」
 先輩がにたーっと笑って、指をわきわきと動かしながらわたしに迫ってきた。
 前言撤回、先輩はやっぱり先輩だ……。
「いやあぁーっ?!」
 誰もいない図書館に、わたしの叫び声が響いた。

 わたしはそれからしばらくの間、藤子さんに会うたびに今日のことをネタにされるのでした。


うまくいけばつづくかも


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