傘がないのも悪くない?
作者:あびす
授業が終わって一時間。テストが近く、雨も降っているせいか、校内には人気がない。
「ったくもー。テスト前だってのに委員会の仕事振ってくんなよなー……」
そんななか、セリアはぶつぶつと文句を言いながら靴箱へ向かっていた。彼女は陸上部に所属しているが、今日はテスト前かつ雨が降っているため、珍しく部活が中止。久々に早く帰れると息巻いていたら、委員会の仕事を振られ、結局一時間の残業である。外はもう日が暮れていて真っ暗だ。これだと帰宅ラッシュに巻き込まれそうで、思わずため息。
靴箱で下足に履き替えて、傘立てを見る。
「……うっわー」
思わず声が出た。傘が盗まれていたのだ。
外の様子を見てみれば、雨の勢いは強く、駅まで傘無しは厳しいものがある。冬の雨は冷たいし、朝はそう寒くなかったのでコートは着てきていない。これでは間違いなく風邪をひく。
靴箱を見てみると、友人の靴は一個もない。まさに孤立無援の状況である。
「……そーだ」
雨宿りの当てが一つあった。セリアは上履きに履き替えて、校内に戻る。向かう先は物理準備室。
「しっつれいしまーす」
準備室のドアをノックして、引き戸を開ける。中では物理教諭の樹がパソコンとにらめっこをしていた。こちらに背中を向けているうえにヘッドホンをしているのか、こちらには気付いていない。テスト前だし、問題でも作っているのだろう。
こっそりと中に入り、樹の後ろに回る。パソコン画面には表計算ソフト。そして、テスト問題らしき文章の羅列。
「ふむふむ、次のテストにはこれが出るんだなー」
気付かれるように、彼の真横に頭を伸ばしてみる。やはりヘッドホンをつけている。結構な音量なのか、少し音漏れしていた。
「……おわっ!? セリアっち!?」
樹がこちらに気付いたのか、慌ててヘッドホンを耳から引き抜くとともに、ディスプレイの電源を切った。
「……問題見た?」
「いーや、チラっとしか見てねぇって。ま、見てもわかんねーしな」
物理は毎回赤点を出すほどの苦手科目である。カンニングぐらいのアドバンテージはあってもいいが、それでも問題の意味がわからない。
「ならいーけどさ。どーしたの、やけに遅いじゃん」
「いやー、委員会の仕事振られてさー。せっかくだから遊びに来たんだよ」
雨宿りとは言い出しにくい。それに、遊びに来たというのは間違いじゃないし。
「遊びにってねー……。テスト前だから色々とまずいってば」
「いいじゃんいいじゃん。そーだ、テスト勉強するから、わかんないところ教えてくれねーか?」
遊びに来たとはいえ、樹の様子は忙しそうだ。ちょっかいを出すのは悪い気がする。
「そーゆーのは家でやるの!」
「まぁまぁ。ほら、補修を救う意味でもさ。先生も冬休み出てきたくないだろ?」
「まぁ、それはあるけどねぇ……。……ま、セリアっちなら大丈夫か。いいよ、そのへんで適当にやってて。俺はまた問題作っとくから」
樹が空いている机を指さした。どうせ家に帰ってもテスト勉強なんかしないんだから、いい機会である。セリアは樹の斜め向かいに座ると、物理の教科書とノートを鞄から出すのだった。
「ったくもー。テスト前だってのに委員会の仕事振ってくんなよなー……」
そんななか、セリアはぶつぶつと文句を言いながら靴箱へ向かっていた。彼女は陸上部に所属しているが、今日はテスト前かつ雨が降っているため、珍しく部活が中止。久々に早く帰れると息巻いていたら、委員会の仕事を振られ、結局一時間の残業である。外はもう日が暮れていて真っ暗だ。これだと帰宅ラッシュに巻き込まれそうで、思わずため息。
靴箱で下足に履き替えて、傘立てを見る。
「……うっわー」
思わず声が出た。傘が盗まれていたのだ。
外の様子を見てみれば、雨の勢いは強く、駅まで傘無しは厳しいものがある。冬の雨は冷たいし、朝はそう寒くなかったのでコートは着てきていない。これでは間違いなく風邪をひく。
靴箱を見てみると、友人の靴は一個もない。まさに孤立無援の状況である。
「……そーだ」
雨宿りの当てが一つあった。セリアは上履きに履き替えて、校内に戻る。向かう先は物理準備室。
「しっつれいしまーす」
準備室のドアをノックして、引き戸を開ける。中では物理教諭の樹がパソコンとにらめっこをしていた。こちらに背中を向けているうえにヘッドホンをしているのか、こちらには気付いていない。テスト前だし、問題でも作っているのだろう。
こっそりと中に入り、樹の後ろに回る。パソコン画面には表計算ソフト。そして、テスト問題らしき文章の羅列。
「ふむふむ、次のテストにはこれが出るんだなー」
気付かれるように、彼の真横に頭を伸ばしてみる。やはりヘッドホンをつけている。結構な音量なのか、少し音漏れしていた。
「……おわっ!? セリアっち!?」
樹がこちらに気付いたのか、慌ててヘッドホンを耳から引き抜くとともに、ディスプレイの電源を切った。
「……問題見た?」
「いーや、チラっとしか見てねぇって。ま、見てもわかんねーしな」
物理は毎回赤点を出すほどの苦手科目である。カンニングぐらいのアドバンテージはあってもいいが、それでも問題の意味がわからない。
「ならいーけどさ。どーしたの、やけに遅いじゃん」
「いやー、委員会の仕事振られてさー。せっかくだから遊びに来たんだよ」
雨宿りとは言い出しにくい。それに、遊びに来たというのは間違いじゃないし。
「遊びにってねー……。テスト前だから色々とまずいってば」
「いいじゃんいいじゃん。そーだ、テスト勉強するから、わかんないところ教えてくれねーか?」
遊びに来たとはいえ、樹の様子は忙しそうだ。ちょっかいを出すのは悪い気がする。
「そーゆーのは家でやるの!」
「まぁまぁ。ほら、補修を救う意味でもさ。先生も冬休み出てきたくないだろ?」
「まぁ、それはあるけどねぇ……。……ま、セリアっちなら大丈夫か。いいよ、そのへんで適当にやってて。俺はまた問題作っとくから」
樹が空いている机を指さした。どうせ家に帰ってもテスト勉強なんかしないんだから、いい機会である。セリアは樹の斜め向かいに座ると、物理の教科書とノートを鞄から出すのだった。
小一時間後。外を見てみれば、雨はまだ止む気配がない。まだ居る必要がありそうだ。
せっかく場所を借りているんだから、差し入れでもしてあげよう。セリアはそっと部屋を抜け出すと、食堂に置いてある自販機に向かった。
暖かいミルクティーを二つ買って、準備室に戻る。樹の背後に回って、彼の頬にミルクティーを当てた。
「あっつ!?」
突然のことに驚く樹。期待通りのリアクションである。
「あはは、差し入れ。一休みしねーか?」
セリアの提案で、樹は部屋の時計を見た。そして、ディスプレイの電源を落とす。
「それもそっか。ありがと、もらっとくよ」
「おー」
セリアは樹の横に座って、ミルクティーを飲んだ。頭を使った後なので、ミルクティーの甘みが嬉しい。
「……セリアっち、脚! 脚!!」
「およ?」
樹が慌てて指摘してきた。自分の下半身に目をやると、いつもの癖で膝を大きく開けており、スカートの中が見えそうだ。とはいえ、スカートの下にはハーフパンツをはいているので、特に気にしていないが。
「あはは、ハーパンはいてるから大丈夫だって。見てないの?」
「見てないよっ!!」
慌ててこちらに背中を向ける樹の姿は、どこかおかしくて。
「じゃー見るか? ほれほれ」
「だからもう、やめてってばー!?」
「だからハーパンはいてるってばー」
「セリアっちはわかんないかもしんないけど、スカート越しだと、なんかこう、性的だからダメなのっ!!」
樹のリアクションは面白くて、もっとからかってみたくなった。立ち上がって、スカートをたくし上げてみる。
「ほら、こーゆースカートをたくし上げたカッコ、男は好きなんだろ?」
「……好きだけど、セリアっちはそーゆーコトしちゃダメ!!」
「お? なんでさ?」
「ついうっかりドキっとしたらまずいでしょ……。俺、先生なんだからさ」
樹は恥ずかしそうにしているが、言われたこちらもなんだか恥ずかしい。
彼とはこの学校に入学してからの付き合いであり、妙に馬が合ったうえに補習の常連ということもあって、先生の中では一番仲がいいと言い切れる。
そして、補習なんかで二人っきりの時は、たまにこういう空気が流れたりする。こんな空気には慣れていないので、正直気恥ずかしい。
「あはは、確かにそれはまずいよな」
とりあえず、恥ずかしさをまぎらわすべく笑って腰掛ける。今度は膝を閉じて。
「それにしてもセリアっち、まだ帰んないの?」
確かに時刻はもう午後七時近い。
「あー、それがなぁ……」
とりあえず、傘が盗まれて雨宿りしているということを説明。最初に言っておけばよかったと少々後悔。
「あー、そりゃ災難だったねぇ。うーん、俺も傘一つしか持ってないしなー……」
樹は少し時計とにらめっこして、唐突に口を開いた。
「セリアっちは電車通学だっけ?」
「うん、まぁ」
「俺ももう帰るから、なんなら駅まで入れてこうか?」
「え、いいの!?」
「せっかくだしね。セリアっちに風邪とかひかれると困るし。ちょっと帰る支度するから、靴箱で待っててもらえる?」
「うん、ありがとね!」
「いいよ、紅茶のお返し」
予想外の助け船。持つべきものは友人である。
「よしっ。じゃ、先生、待ってるねー」
セリアは勉強道具を鞄に突っ込むと、靴箱へと向かった。
十分ほどして、樹が傘を手に現れた。
「お待たせー」
「いやー、助かるよー」
樹が傘を差して、セリアがそれに入る。
……ふと気付いた。思わず足が止まる。
これじゃ相合傘じゃないか。
「セリアっち、どうしたの?」
「い、いや、なんでもないって!」
こういう経験は、女子のクラスメイトとは何度もあるのだが、男性、それも先生となると初めてだ。なんだかちょっと恥ずかしくて、傘から半身が出てしまう。恥ずかしいのは樹もなのか、なんだか物静かだ。
駅までは十分。人通りはそこそこ多い。端から見ればどのように見えているのだろうか。幸い、樹は童顔で、大学生ほどに見えるから、教師と生徒なんては見られないだろう。
「先生、オレら、どう見えるかな? 兄妹とか?」
「……うーん。似てない兄妹だな! セリアっちみたいな妹なら欲しいけどね」
とりあえず話題を振ってみたが、恥ずかしくていつものように続かない。駅までの十分の道のりは、いつもならなんてことないのだが、今日はやけに長く感じる。歩いても歩いてもたどり着かない、そんな気分。
だけど、こうして一緒に歩いていると、なんだかそれだけで楽しかった。恥ずかしくはあるが、それ以上に楽しい。こんな感覚は初めてだ。
樹も言葉が少ないが、同じことを考えているのだろうか。
そうこうしてるうちに、駅に着いた。相合傘は終わり、解放感以上の寂しさが襲ってくる。
「着いたなぁ。先生、ありがと!」
「う、うん。どういたしまして!」
セリアはぎこちなく礼をして、樹はぎこちなく傘を閉じる。改札をくぐると、ホームは反対側のようだ。
「あ、セリアっちはそっちなんだ」
「うん。……えっと、今日はホントにありがと。すっごく、助かった」
「お役に立てたんなら何よりだよ。それじゃ、気をつけてね」
「うん。ばいばーい!」
樹に手を振って、階段を上る。電車が来るまであと三分だ。いいタイミングである。
ホームの向かい側には、樹の姿が見えた。手を振ってみると、向こうも手を振り返してきた。せっかくなので、お礼のメールを送っておこう。
『今日はホントにありがとう。お礼にちゅー』
最後にハートの絵文字をつけて、送信。少しして、携帯を覗いた樹が驚いているのが見えた。思わず笑ってしまう。
そうこうしているうちに電車が来たので、セリアはそれに乗り込み、弟に傘を持ってくるようメールを送るのだった。
せっかく場所を借りているんだから、差し入れでもしてあげよう。セリアはそっと部屋を抜け出すと、食堂に置いてある自販機に向かった。
暖かいミルクティーを二つ買って、準備室に戻る。樹の背後に回って、彼の頬にミルクティーを当てた。
「あっつ!?」
突然のことに驚く樹。期待通りのリアクションである。
「あはは、差し入れ。一休みしねーか?」
セリアの提案で、樹は部屋の時計を見た。そして、ディスプレイの電源を落とす。
「それもそっか。ありがと、もらっとくよ」
「おー」
セリアは樹の横に座って、ミルクティーを飲んだ。頭を使った後なので、ミルクティーの甘みが嬉しい。
「……セリアっち、脚! 脚!!」
「およ?」
樹が慌てて指摘してきた。自分の下半身に目をやると、いつもの癖で膝を大きく開けており、スカートの中が見えそうだ。とはいえ、スカートの下にはハーフパンツをはいているので、特に気にしていないが。
「あはは、ハーパンはいてるから大丈夫だって。見てないの?」
「見てないよっ!!」
慌ててこちらに背中を向ける樹の姿は、どこかおかしくて。
「じゃー見るか? ほれほれ」
「だからもう、やめてってばー!?」
「だからハーパンはいてるってばー」
「セリアっちはわかんないかもしんないけど、スカート越しだと、なんかこう、性的だからダメなのっ!!」
樹のリアクションは面白くて、もっとからかってみたくなった。立ち上がって、スカートをたくし上げてみる。
「ほら、こーゆースカートをたくし上げたカッコ、男は好きなんだろ?」
「……好きだけど、セリアっちはそーゆーコトしちゃダメ!!」
「お? なんでさ?」
「ついうっかりドキっとしたらまずいでしょ……。俺、先生なんだからさ」
樹は恥ずかしそうにしているが、言われたこちらもなんだか恥ずかしい。
彼とはこの学校に入学してからの付き合いであり、妙に馬が合ったうえに補習の常連ということもあって、先生の中では一番仲がいいと言い切れる。
そして、補習なんかで二人っきりの時は、たまにこういう空気が流れたりする。こんな空気には慣れていないので、正直気恥ずかしい。
「あはは、確かにそれはまずいよな」
とりあえず、恥ずかしさをまぎらわすべく笑って腰掛ける。今度は膝を閉じて。
「それにしてもセリアっち、まだ帰んないの?」
確かに時刻はもう午後七時近い。
「あー、それがなぁ……」
とりあえず、傘が盗まれて雨宿りしているということを説明。最初に言っておけばよかったと少々後悔。
「あー、そりゃ災難だったねぇ。うーん、俺も傘一つしか持ってないしなー……」
樹は少し時計とにらめっこして、唐突に口を開いた。
「セリアっちは電車通学だっけ?」
「うん、まぁ」
「俺ももう帰るから、なんなら駅まで入れてこうか?」
「え、いいの!?」
「せっかくだしね。セリアっちに風邪とかひかれると困るし。ちょっと帰る支度するから、靴箱で待っててもらえる?」
「うん、ありがとね!」
「いいよ、紅茶のお返し」
予想外の助け船。持つべきものは友人である。
「よしっ。じゃ、先生、待ってるねー」
セリアは勉強道具を鞄に突っ込むと、靴箱へと向かった。
十分ほどして、樹が傘を手に現れた。
「お待たせー」
「いやー、助かるよー」
樹が傘を差して、セリアがそれに入る。
……ふと気付いた。思わず足が止まる。
これじゃ相合傘じゃないか。
「セリアっち、どうしたの?」
「い、いや、なんでもないって!」
こういう経験は、女子のクラスメイトとは何度もあるのだが、男性、それも先生となると初めてだ。なんだかちょっと恥ずかしくて、傘から半身が出てしまう。恥ずかしいのは樹もなのか、なんだか物静かだ。
駅までは十分。人通りはそこそこ多い。端から見ればどのように見えているのだろうか。幸い、樹は童顔で、大学生ほどに見えるから、教師と生徒なんては見られないだろう。
「先生、オレら、どう見えるかな? 兄妹とか?」
「……うーん。似てない兄妹だな! セリアっちみたいな妹なら欲しいけどね」
とりあえず話題を振ってみたが、恥ずかしくていつものように続かない。駅までの十分の道のりは、いつもならなんてことないのだが、今日はやけに長く感じる。歩いても歩いてもたどり着かない、そんな気分。
だけど、こうして一緒に歩いていると、なんだかそれだけで楽しかった。恥ずかしくはあるが、それ以上に楽しい。こんな感覚は初めてだ。
樹も言葉が少ないが、同じことを考えているのだろうか。
そうこうしてるうちに、駅に着いた。相合傘は終わり、解放感以上の寂しさが襲ってくる。
「着いたなぁ。先生、ありがと!」
「う、うん。どういたしまして!」
セリアはぎこちなく礼をして、樹はぎこちなく傘を閉じる。改札をくぐると、ホームは反対側のようだ。
「あ、セリアっちはそっちなんだ」
「うん。……えっと、今日はホントにありがと。すっごく、助かった」
「お役に立てたんなら何よりだよ。それじゃ、気をつけてね」
「うん。ばいばーい!」
樹に手を振って、階段を上る。電車が来るまであと三分だ。いいタイミングである。
ホームの向かい側には、樹の姿が見えた。手を振ってみると、向こうも手を振り返してきた。せっかくなので、お礼のメールを送っておこう。
『今日はホントにありがとう。お礼にちゅー』
最後にハートの絵文字をつけて、送信。少しして、携帯を覗いた樹が驚いているのが見えた。思わず笑ってしまう。
そうこうしているうちに電車が来たので、セリアはそれに乗り込み、弟に傘を持ってくるようメールを送るのだった。