パンはパンでも食べられないパンは?
ぼくのお母さんの焼いてくれたパン。
もう食べられないってわかってるのに、机の引き出しにしまってあるんだ。カビの実験してるわけじゃなし、捨てなさいよっておばさんは言ってた。実際、ぼくだって捨てようとしたさ。お母さんの葬式が終わったすぐ後に、ゴミ箱に放り込んだんだ。カビがはえてホコリですすけたパンを捨てられなかったのは、それを捨てると同時に何かべつのものを捨ててしまいそうな気がしたからだと思う。
生まれてから一週間以上日記をつけたことがないぼくだけど、このパンをもらった時のことはよく覚えてる。あれは五年前、お母さんの誕生日の翌日だ。今日や昨日のことよりもずっと正確に思い出せる。
「ホラ、おにいちゃんが買ってきてくれたのよ」お母さんは(当時にしてみれば)最新型の電子レンジの前に立って言った。もっとも、そのレンジが最新型だとか、あのときお母さんがレンジの前に立ってたとかいうことは全部「多分そうだったんだろう」ってなことで、そのときのぼくは始終ドア越しだったんだけど。とにかく、料理が大好きで凝り性のお母さんの目には、電子レンジというものがいかにも手抜きマシーンのように映ったみたいで、三年ほど前に壊れてしまって以来買い換えていなかったんだそうだ。それを見かねた兄ちゃんが誕生日プレゼントに買ってきたのがその電子レンジらしかった。
眉をしかめながら「それじゃ困るだろ」と言う兄ちゃんの顔が目に浮かぶ。兄ちゃんは不条理がきらいな人だった。「面倒があればそれを楽しむだけよ」なんて言葉が口癖のお母さんから、ああいうお兄ちゃんが生まれたことはひとつの奇跡みたいなものだと思う。
ともかく兄ちゃんは面倒ごとや不条理を好きこのんでしょいこむお母さんを好きになれずにいたみたいだ。だから、こういうプレゼントは兄ちゃんなりの「好きになろうとする努力」だったんだろうと思う。そうやって、嫌いなものを頑張って好きになろうとする姿勢は、なんだか悲しそうだ。
当然のことだけど、ぼくを一言で表すことばの中で「面倒ごと」ほどぴったりくるものはない。なにせぼくは、他人と顔を合わせることができなかったからだ。アレルギー持ち、喘息持ち、吃り、どれもこれもお母さんにとって迷惑の元になったはずだけど、やっぱり他人の顔を見ることができないというのが一番致命的だったんじゃないかと思う。
ぼくがどこでどんな失敗をしたか、なんて書くのは面倒だからやらない。その頃のぼくが、肉体的に、また文字通りに、部屋から一歩も出ることができなかった、と言えば十分だと思う。ぼくはお母さんにいわせれば「大事な面倒ごと」だったらしい。いじけ気味のときなんかは、ダイジというよりオオゴトと読んだほうがぼくにはお似合いだろうな、なんて考えたりもしたけど。
お母さんは「これで、○○(ぼくの名前だ)のためにパンを作ってあげられるね」って言ってた。ぼくは牛乳だとかバターだとかが食べられなかったから、永いことパンを食べていなかったんだ。今ならそういう、バター抜きのパンを作ってくれるお店も結構あるみたいだけど、昔はあまりそういうところが無かったんだ。
ぼくが、小さな声で「いま、パン食べたくない」って言ったら「そう?じゃあ今日はご飯にするけど、明日の朝はパンでいい?」ってお母さんが言ったんだ。お母さんはこういうとき耳がいい。ぼくは黙ってうなずいた。
その日の夜、キッチンの方から香ばしいにおいがするのを感じて、ぼくは眠れなかった。もともと決まった時間に眠ってるわけじゃないから、いつも通りといえばそうなんだけど。ぼくはいよいよ混乱して何を言ったらいいのか分からなくなっていたんだけど、お母さんがご飯を運んでくるとき、結局聞いたんだ。「パン、練習してるの?」ってね。
お母さんは、「そうよ。難しいものね、失敗しちゃった」って答えた。
「食べるよ」
「えっ?」
「失敗しちゃったやつ、全部食べるよ。食べたいから」
お母さんは涙もろいひとだったよ。ドア越しで顔はわからなかったけど、声が聞こえたんだ。
20分くらい待つと、お母さんが黒こげのパンをいくつか持ってきてくれた。ぼくはそれをガリガリ食べたんだ。お世辞にも美味しかったとはいえないし、あのときも実際に「おいしかった」とは言わなかったと思う。ぼくは、「明日、朝ご飯を楽しみにしてるから。本当に楽しみにしてるから」って泣きながら言ったんだ、たしか。でも、その黒こげのパンは「食べられないパン」じゃないんだ。本当に食べられなかったのは、次の日の朝に、お母さんが焼いてくれたパンさ。
次の日、いつもより早起きしたぼくは、ドアの前に行儀よく切られたパンとサラダとゆで卵とコーヒーがあるのを見つけた。ぼくの目はパンに釘付けになった。昨夜の黒いパンじゃない、濃いきつね色の皮に、きれいな切り込みが三つはいったフランスパンが朝陽に照らされて、光沢もつやつやと並んでたんだ。なんていうか、とっても綺麗で、いい匂いのするパンだったよ。
食べ物に「綺麗」だとか言うのはおかしいとは思う。けど、ぼくは一口だってそれを食べられなかったんだから、間違っても「美味しい」なんて言えないんだ。パンを目の前に持っていって口を開けたとたん、お母さんの顔がぱぁっと広がって、そして、「わぁっ」て悲鳴をあげて放り出しちゃったんだ。なにせ、一番近くにいるお母さんの顔だってここ数ヶ月は見ていなかったからね。久々に見る人の顔は――夢の中で見たようなものなのに――とても優しくて、グロテスクで、怖かったんだ。
結局、ぼくはそのパンを机の引き出しにしまったんだ。匂いがもれないようにビニールの袋をかけてね。ぼくは、せっかく作ってくれたお母さんをがっかりさせたくなかったし、待っていればそのうち食べられるようになるかもしれない、って思ったから。
今じゃもう、そのパンはカビだとかが生えて訳のわからないものになっちゃってる。腹をこわしたくないから食べないけど、食べたってきっと美味しくないと思う。けど、「多分、あのとき焼いてくれたパンより美味しいものなんてないんだろうなぁ」なんて未練がましいことをよく考えるんだ。あの時より多少マシになったはずの今でもね。
だから、誰かに「好きな食べ物はなんですか」みたいなことを聞かれたら、ぼくはいつでも「パンです。きつね色に焼けてて、きれいな切り込みが三つはいったフランスパンが好きです」って答えるのさ。おかしいよね、食べたことないし、食べられないのにさ。
ぼくのお母さんの焼いてくれたパン。
もう食べられないってわかってるのに、机の引き出しにしまってあるんだ。カビの実験してるわけじゃなし、捨てなさいよっておばさんは言ってた。実際、ぼくだって捨てようとしたさ。お母さんの葬式が終わったすぐ後に、ゴミ箱に放り込んだんだ。カビがはえてホコリですすけたパンを捨てられなかったのは、それを捨てると同時に何かべつのものを捨ててしまいそうな気がしたからだと思う。
生まれてから一週間以上日記をつけたことがないぼくだけど、このパンをもらった時のことはよく覚えてる。あれは五年前、お母さんの誕生日の翌日だ。今日や昨日のことよりもずっと正確に思い出せる。
「ホラ、おにいちゃんが買ってきてくれたのよ」お母さんは(当時にしてみれば)最新型の電子レンジの前に立って言った。もっとも、そのレンジが最新型だとか、あのときお母さんがレンジの前に立ってたとかいうことは全部「多分そうだったんだろう」ってなことで、そのときのぼくは始終ドア越しだったんだけど。とにかく、料理が大好きで凝り性のお母さんの目には、電子レンジというものがいかにも手抜きマシーンのように映ったみたいで、三年ほど前に壊れてしまって以来買い換えていなかったんだそうだ。それを見かねた兄ちゃんが誕生日プレゼントに買ってきたのがその電子レンジらしかった。
眉をしかめながら「それじゃ困るだろ」と言う兄ちゃんの顔が目に浮かぶ。兄ちゃんは不条理がきらいな人だった。「面倒があればそれを楽しむだけよ」なんて言葉が口癖のお母さんから、ああいうお兄ちゃんが生まれたことはひとつの奇跡みたいなものだと思う。
ともかく兄ちゃんは面倒ごとや不条理を好きこのんでしょいこむお母さんを好きになれずにいたみたいだ。だから、こういうプレゼントは兄ちゃんなりの「好きになろうとする努力」だったんだろうと思う。そうやって、嫌いなものを頑張って好きになろうとする姿勢は、なんだか悲しそうだ。
当然のことだけど、ぼくを一言で表すことばの中で「面倒ごと」ほどぴったりくるものはない。なにせぼくは、他人と顔を合わせることができなかったからだ。アレルギー持ち、喘息持ち、吃り、どれもこれもお母さんにとって迷惑の元になったはずだけど、やっぱり他人の顔を見ることができないというのが一番致命的だったんじゃないかと思う。
ぼくがどこでどんな失敗をしたか、なんて書くのは面倒だからやらない。その頃のぼくが、肉体的に、また文字通りに、部屋から一歩も出ることができなかった、と言えば十分だと思う。ぼくはお母さんにいわせれば「大事な面倒ごと」だったらしい。いじけ気味のときなんかは、ダイジというよりオオゴトと読んだほうがぼくにはお似合いだろうな、なんて考えたりもしたけど。
お母さんは「これで、○○(ぼくの名前だ)のためにパンを作ってあげられるね」って言ってた。ぼくは牛乳だとかバターだとかが食べられなかったから、永いことパンを食べていなかったんだ。今ならそういう、バター抜きのパンを作ってくれるお店も結構あるみたいだけど、昔はあまりそういうところが無かったんだ。
ぼくが、小さな声で「いま、パン食べたくない」って言ったら「そう?じゃあ今日はご飯にするけど、明日の朝はパンでいい?」ってお母さんが言ったんだ。お母さんはこういうとき耳がいい。ぼくは黙ってうなずいた。
その日の夜、キッチンの方から香ばしいにおいがするのを感じて、ぼくは眠れなかった。もともと決まった時間に眠ってるわけじゃないから、いつも通りといえばそうなんだけど。ぼくはいよいよ混乱して何を言ったらいいのか分からなくなっていたんだけど、お母さんがご飯を運んでくるとき、結局聞いたんだ。「パン、練習してるの?」ってね。
お母さんは、「そうよ。難しいものね、失敗しちゃった」って答えた。
「食べるよ」
「えっ?」
「失敗しちゃったやつ、全部食べるよ。食べたいから」
お母さんは涙もろいひとだったよ。ドア越しで顔はわからなかったけど、声が聞こえたんだ。
20分くらい待つと、お母さんが黒こげのパンをいくつか持ってきてくれた。ぼくはそれをガリガリ食べたんだ。お世辞にも美味しかったとはいえないし、あのときも実際に「おいしかった」とは言わなかったと思う。ぼくは、「明日、朝ご飯を楽しみにしてるから。本当に楽しみにしてるから」って泣きながら言ったんだ、たしか。でも、その黒こげのパンは「食べられないパン」じゃないんだ。本当に食べられなかったのは、次の日の朝に、お母さんが焼いてくれたパンさ。
次の日、いつもより早起きしたぼくは、ドアの前に行儀よく切られたパンとサラダとゆで卵とコーヒーがあるのを見つけた。ぼくの目はパンに釘付けになった。昨夜の黒いパンじゃない、濃いきつね色の皮に、きれいな切り込みが三つはいったフランスパンが朝陽に照らされて、光沢もつやつやと並んでたんだ。なんていうか、とっても綺麗で、いい匂いのするパンだったよ。
食べ物に「綺麗」だとか言うのはおかしいとは思う。けど、ぼくは一口だってそれを食べられなかったんだから、間違っても「美味しい」なんて言えないんだ。パンを目の前に持っていって口を開けたとたん、お母さんの顔がぱぁっと広がって、そして、「わぁっ」て悲鳴をあげて放り出しちゃったんだ。なにせ、一番近くにいるお母さんの顔だってここ数ヶ月は見ていなかったからね。久々に見る人の顔は――夢の中で見たようなものなのに――とても優しくて、グロテスクで、怖かったんだ。
結局、ぼくはそのパンを机の引き出しにしまったんだ。匂いがもれないようにビニールの袋をかけてね。ぼくは、せっかく作ってくれたお母さんをがっかりさせたくなかったし、待っていればそのうち食べられるようになるかもしれない、って思ったから。
今じゃもう、そのパンはカビだとかが生えて訳のわからないものになっちゃってる。腹をこわしたくないから食べないけど、食べたってきっと美味しくないと思う。けど、「多分、あのとき焼いてくれたパンより美味しいものなんてないんだろうなぁ」なんて未練がましいことをよく考えるんだ。あの時より多少マシになったはずの今でもね。
だから、誰かに「好きな食べ物はなんですか」みたいなことを聞かれたら、ぼくはいつでも「パンです。きつね色に焼けてて、きれいな切り込みが三つはいったフランスパンが好きです」って答えるのさ。おかしいよね、食べたことないし、食べられないのにさ。