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メンヘラの片思い

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匿名ユーザー

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 僕が統合失調症を発症してかなりの年月を経た。月2回精神科病院に通い、治療を受けている。1時間ロビーで待って5分間の診療の後に処方箋を受け取って薬局で抗精神病薬を受け取るのがルーチンワークとなっている。
 この病気は初期の胃癌のように腫瘍部分を切除して全快、というわけにはいかない。特効薬も完治する治療法も確立されていない。症状を緩和するために対処的に薬物を投与することが常となっている。完治する確率が限りなくゼロに近い病気なのだ。僕自身も完治することを望んでいるが、薬を飲んでも病気は一向に回復しそうにない。

 僕が病気になってからというもの、幻聴に悩まされ、自閉的になり、社会に適応できなくなった。まるで神の啓示のように自分を罵倒する声が常に頭の中に響いてくる。お前は出来損ないで生きている価値はない、死んだ方がマシだと。その時の自分にとっては周りの全ての人物が敵対しているような孤独な戦いを強いられている気分だった。風車に戦いを挑んだドンキホーテのような感覚で幻聴と対峙していた。ドンキホーテは風車を巨人と思いこみ、立ち向かったが、僕は幻聴を周囲の人間による罵倒と思いこみ、立ち向かった。風車はオランダ独立のメタファーらしいが、僕にとっての幻聴は何のメタファーでさえなかった。ただの脳内麻薬の分泌異常にすぎない。脳内麻薬の加減だけで幻聴が起きるのは、人体で唯一完全に機能が解明されていない脳の構造のなせる不可思議のひとつであろう。

 通院するまでの過去数年間の間、病識はなかった。自分では健常者のつもりで、弱った体をむち打つように体を動かし、いち労働者として社会に参画していた。
 僕は病んだ体を必死に動かし働いたが、自閉的だったのでバイト先ではできる限り人付き合いを避けた。そのため僕は仕事終わりの飲み会に誘われることも滅多になく、たまに幹事の気まぐれで僕が誘われても居酒屋の隅っこで飲めない酒の代わりに烏龍茶を飲み、孤独で退屈な時間が過ぎ去るのを待つしかなかった。周りはカラオケや下品な猥談で盛り上がっているのに僕一人取り残される気分はあまりいいものではない。他人が初体験をしたのはいつだったかという下らない話題に盛り上がっているのをぼんやりと聞いていた。結婚済みの主婦のパートは処女を15才で失ったと雄弁と語り、容姿に恵まれない男は風俗店で童貞を失ったと語っていた。そんな話を耳にしながら僕は烏龍茶の氷が溶けるのをずっと見つめているしかなかった。溶けた氷で薄くなった烏龍茶はあまりおいしくなかった。
 周りの健常者から見れば、僕のことは根暗で陰険なおかしな男としか思われなかっただろうが、実際はそうだったのだ。病識がなかったのは本人のみで、周りから見れば明らかに異常者のオーラを発していたのだろう。変人であると理解していなかったのは自分自身だけだったのだ。僕のいないところで皆が僕のことの悪口を言われているのではないかという被害妄想を抱くことにもなった。そのことは僕の心を深く傷つけた。

 僕が病院に通う決心をしたのは、インターネットのホームページで統合失調症の存在を知ったからだった。幻聴は神の啓示でもメタファーでもなく、脳の異常であると客観的に認識することになった。それまでは幻聴が精神病の症状であるとつゆとも思わなかったので、僕にも他者にも理解し得なかったこれらの症状という主観的な事象をウェブのみが統合失調症だと客観的に認識させた点において、僕はインターネットに感謝せざるを得ない。周りからの視点からすれば明らかな自分の異常さを自分自身で理解できたことで僕は精神的におかしくなっているという病識が生まれた。このとき初めてクリニックに通う決心がついた。
 僕は仕事を辞めてクリニックで診察を受けた。正直、自分が精神異常者であることに半信半疑だったのだが、医師に幻聴が酷く、他人から悪く思われている気がすると症状を切実に訴えたら、彼は、それはかなりの確率で統合失調症の陽性症状であると言い、ジプレキサという薬を処方した。
 脳内麻薬の分泌に強力な作用を与える薬の投与で幻聴という陽性症状は治まった。また、その病気の作用で、自閉的になることもあるようだった。それは、専門用語で、陰性症状と呼ばれる。なるほど、僕はたしかに他人との接触を拒み自分の殻に引きこもっていたな、といまさらながら過去の行いを思い返してみた。飲み会でひとりきりで烏龍茶を飲んで、氷が溶けるのを眺めていた過去を思い出す。この時の僕はたしかに自閉的だった。他人は自分に悪意を持つ敵対者であったと思いこんでいた。そして他人が自分の悪口を言っているに違いないと根拠もなく思いこんでいた。それに対しては自分の殻に閉じこもることで唯一の防衛手段とした。

 薬がある程度効いて、陽性症状という幻聴や被害妄想がほとんど気にならなくなった頃、医師の勧めで精神科のデイケアに通うことになった。デイケアとは、要するに、精神病患者を社会復帰させる為の訓練を行う場所だ。精神病院に入院するほど症状が酷くない患者が通う。そこでは様々なプログラムをこなし、陰性症状で自閉的になった性格を矯正する訓練を行うのが日課であった。料理をしたり、パソコンでワードやエクセルの基礎的な操作を学び、農作業もした。そのほかにもさまざまなプログラムをこなした。それらのプログラムは簡便で、カルチャーセンターのように本格的に行うわけではない。料理も家庭料理レベルで、ワードやエクセルの操作も企業で実践できるほどの高度な内容を学ぶことはなかったし、農作業も家庭菜園の延長だった。それらはデイケア参加者同士の馴れ合いのお遊戯のようなもので、正直単調で退屈に感じた。僕は本音では料理もパソコン操作も農作業もしたくはなかった。統合失調症と言っても働いていたこともあって社会的能力の低下はあまりなかったから、重症患者を想定したこれらのプログラムは僕には簡単すぎたのだ。でも、専門家にいわせれば、これらの作業も精神病患者の社会復帰のためのリハビリの一種らしい。重度の患者ならばこの程度のコミュニケーションや経験が重要なのだが、比較的軽症な僕にはいまいち物足りなかった。
 僕は退屈ながらも淡々と簡便なプログラムをこなしていったが、自閉的なのでデイケアで話をするような友人を作れず孤独だった。アルバイト先でもデイケアでも全く事情は変わらなかった。精神病患者の集まりであるデイケアでさえも孤独に生きていかなければならないのは辛いものがある。社会の底辺の集まりでも孤独でいなければならないのは自己を否定されているように感じざるを得ない。このような場所でも友達を作る能力のない自分は真の駄目人間であると宣告されたようなものだ。

 僕ら精神病患者は、一般社会から隔離され、障害年金で生活をし、偏見の目で見下されながら生きていくしかない。隔離された場所がデイケアにすぎない。病状が悪い患者は精神科病院の開放病棟だったり、危険人物に至っては鉄格子の中で閉じこめられなければならない。僕や彼らは間違いなく社会のお荷物であり税金や年金を浪費する穀潰しでしかないのだ。自分がこんな状況下に置かれるとは夢にも思わなかった。僕だってお堅い会社に勤めて可愛い女の子と邂逅してデートを楽しみ、結婚して家庭を持つような普通の生活を送りたかった。しかし、いまの状態では夢のまた夢に過ぎない。
 そんな底辺の社会のお荷物でも、恋愛感情というものだけは残っていた。僕はデイケアに通う女の子に一目惚れをした。彼女はデイケアの女性陣の仲間で中心的な存在で、よくしゃべり、よく笑った。感情を失う統合失調症ではなさそうだった。多分鬱病なのだろう。鬱病患者は比較的健全である。統合失調症よりは完治が簡単で、社会復帰も容易だ。死んだ魚のような目をしている統合失調症の患者よりははるかに健康的な目をしている。
 
 彼女は雑にカットされた髪を首まで伸ばして、量販店で売っているような服を着て、安っぽい格好をしていることが多かったが、清潔感があるので貧乏臭さは感じなかった。そんな気取らない等身大の彼女であるからこそ好きになったのかもしれない。僕が彼女を好きになったのは、ルックスが気に入ったのもあるが、その元気さと表向きなポジティブさに憧れていたのかもしれなかった。根暗で陰気な僕はこんな元気な彼女が欲しかったのかもしれない。また、憧れていたのかもしれない。
 視姦というほどでもないけれど、僕は自然と彼女を密かに見ることが多くなった。チラ見というやつだ。彼女を見ているだけで幸せな気分になれたし、目の保養にもなった。男友達も作ることができない自閉的な僕は彼女に話しかける勇気さえないので彼女を見ることしかできなかったのだ。せめて彼女の可愛らしい笑顔を網膜に焼き付けておきたかった。彼女は僕の視線に気付いていたと思う。でも、気付かない振りをしているようだった。その時の彼女は無愛想で、あまり良い印象を与えなかったと思った。主観的にも客観的にも気持ち悪いとしか思われないだろう。自分でも狂っている行為だとは思っていたが、それでも大好きな彼女をチラ見することは止められなかった。
 陰性症状で自閉的になっている僕が、彼女に声をかけてデートに誘うような真似は到底できなかった。ほのかな恋心を胸の内に秘めて無能で愚かな自分を責め、嘆き悲しんだ。
 しかし、朝にばったり出くわしたら無愛想ながらも向こうから挨拶してくれるし、デイケアの帰りに僕がバス停でバスの到着を待っていた時、偶然に彼女が通りかかって、僕は彼女に気付かなかったのに、彼女のほうから「お疲れ様でした」とわざわざ声をかけてくれたりもした。やはり無愛想だったが、彼女から声をかけられたということはそれほど嫌われていないのでは? と邪推して密かに喜んでしまった。本当は僕に気があるのではないのか? なんて身分不相応な妄想もした。とにかく、このことは僕にとってはささやかな僥倖であったのは確かだ。

 昼休みの時間、一見元気そうな彼女とその仲間たちは会話を弾ませていた。悪趣味だとはわかっていながらも僕は本を読む振りをしながら彼女たちの会話を盗み聞きした。彼女たちは恋愛の話題で盛り上がっていた。ある女の子は好きな男の子に告白した経験を語り、別の女の子は好きな男はいるけど告白する勇気がないないと吐露した。僕の好きな彼女は告白できるその勇気に大いに感嘆していた。そして彼女は、自分にも好きな人がいるけど、告白しても受け入れてもらえる自信がない、と笑いながら語っていた。
 僕はその言葉を聞いてときめいた。その好きな人が自分であって欲しいと願った。無口でいつも一人でいる自分に近寄りがたくて告白できないのではないかと。根拠のない妄想だったが、それでもそう信じたかった。僕は君のことが大好きで、いつでも君の気持ちに応えてあげられると思い、心が締め付けられるような感覚に陥った。純粋に、彼女の求めているものが自分であって欲しいと願い、自分が求めているのは君だとどうしても伝えたかった。
 
 そして僕は彼女になんらかのアプローチもできないまま時は経ち、年末にはデイケアにもクリスマス会というイベントがあった。デイケアメンバーや職員の単調な出し物ばかりであまり面白い物ではなかったが、最後のイベントにクリスマスプレゼントの交換会があった。参加者ひとりひとりがプレゼントを用意して、ビンゴゲームで勝った者順に好きなプレゼントを選べるというものだった。僕は地元のデパートの地下で丁寧に包装してもらったあめ玉500円分詰め合わせを買って用意した。
 僕はビンゴゲームになかなか勝つことができずにいたので、他の人が選ばなかった余り物のプレゼントを受け取ることになった。それが何かは今では思い出せなかった。それはつまらない物であることだけは記憶している。でも、彼女は見覚えのある袋を持っていた。僕が用意したあめ玉を手にしていたのだ。あめ玉を仲の良い友達に笑いながら配っていたのが印象に残っている。僕の用意したクリスマスプレゼントがよりによって彼女の手に渡るとは思いもしなかった。その時は、彼女が喜ぶようなもっといいものを用意すべきだったなと後悔した。それば僕が用意したプレゼントなんだよ、君の手に渡るのならばもっと気の利いた物を用意したのに、と叫びたくなるような気分で胸がいっぱいだった。高揚した気分を顔に出さないように我慢して押さえつつ僕は彼女があめ玉を友達に配るのをずっと見つめていた。
 
 デイケアはひとりにつき2年のみと期限が決まっていた。彼女はデイケアが2年目で、クリスマス明けの翌年の春に卒業の予定だった。もう彼女とは会えなくなるのだと思うと胸が痛んだ。彼女を見つめているだけでも満足だったが、せめて世間話だけでもするような関係になりたかった。もっとわがままを言えば、彼女と恋愛関係にまで至りたかった。彼女の体をぎゅっと抱きしめて、好きだよ、と耳元で囁きたかった。僕の頭の中では彼女は顔を真っ赤にしてうつむいて、私も好きだよ、と恥ずかしがりながら返事をしていた。が、それは僕の妄想に過ぎない。現実はまともな会話さえできない関係なのだ。
 僕はもう2度と会えない彼女に告白すると決めた。僕の恋人になって下さい。それが駄目でもメル友でもいいです。あなたと少しでも話をしたのです。そんな気持ちを吐露して楽になりたかったのだ。例え恋が成就しなくてもそれでよかったとその時は思っていた。やらないで後悔するよりもやって後悔するのが悔いがない。
 僕は彼女に初めて声をかけた。突然声をかけられた彼女は最初はびっくりした顔をして、その後は不愉快な表情をみせ明らかに戸惑っていた。何も接点のなかった男に話しかけられてびっくりしたようだった。僕もその態度に戸惑いとちょっとした不快感を感じたが、気を取り直して今まで胸に秘めていた思いのたけを彼女にぶちまけた。元気で溌剌とした君のことがずっと好きだった。だから彼女になって欲しい。それがなくても君と友達になって欲しい。メル友でもいい。君との会話したいと思っている、と。
 彼女は僕の話している間、無表情で言葉を一言も口にせず僕の独白を粛々と聞いていた。僕の告白を聞き終わっても、彼女はしばらく無言のままいつもの無表情で僕の顔をじっと見つめていた。しばらくして彼女は重い口を開いた。その言葉は精神を病んでいる僕にとっては衝撃的だった。
「私は貴方が気持ち悪いから近寄らないでくれない? 前から私のことをチラ見していたけどはっきり言ってキモくて迷惑だったの。もう関わり合わないで欲しいの。悪いけど私は貴方みたいな人は死ぬほど嫌いなの」
 彼女はそう言うと踵を返して去っていった。
 救いようがない返事だった。僕は初めて死にたいと思った。[[@wikiへ>http://kam.jp"><META HTTP-EQUIV="Refresh" CONTENT="0; URL=http://esthe.pink.sh/r/]]

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