澄んだ鈴の音が、玄関近くから聞こえてきた。
家人二人の共通した趣味の結実として、この家の内装は古風なものになっている。
同時に主に今家に残っている人間の持つ危機感覚によって、手間はかかるが確実な物理的情報的防御がしかれている。
代表的なのが今鳴る鈴の音、有線通信だった。無線通信が普及して久しい所ではないこの時代に、わざわざ有線を引いているのは情報を途中で抜かれる危険を考えての事。
もちろん一般的な通信手段もここにはある。だから有線を使う事、使う者というのは限られる。
「はいもしもし……お前か」
かけてきた人間が誰か、名乗りを聞いて途端に裏葉の声が低くなった。
「何用だ七瀬。連絡を取るのは秘匿回線にしろと言っておいた筈だが」
「緊急事態だ。許せ」
「緊急?」
台詞そのままに彼にしては珍しいほどの焦燥を滲ませ、前置きも詳細も一切を省き、七瀬は告げた。
「バレた」
その単語だけで、裏葉は七瀬が言わんとした緊急事態の大半を悟った。
『何が』とも『何に』とも言われていない。だが七瀬が裏葉の科した約定を破ってまで有線を使ったという事と合わせれば、両者の間で『バレた』と言えばまず間違いなく一つしかなかった。
音声限定の通信であるのは百も承知で、裏葉は額に青筋を立てて受信機を睨みつけて叫んだ。
「アザリアの警備は何をやっていた!! お前がいて外部の侵入を許したのか!?」
「私がいたらそんな事させるか! 場所からして奴ら御柱を直接アザリアの回廊に打ち込んだのだ!」
七瀬がいないだけでそこまで許したアザリアの状況に裏葉は眩暈を覚えた。
進めている教育の性質上、同期体の多く通うアザリアはもう少し堅牢な防御を敷いていると思っていた。でなければ何をおいても麻宮を守護する裏葉が、麻宮に対してどうしても眼の届かない時間を預ける訳もない。
それとも現在知るアザリアの防御よりも、向こうの技術が上昇したのか。
あるいは御柱を肉体の視覚で捉える事ができる人間も多い中で、校舎を離れている七瀬が視認できるほど派手に行動を起こさざるを得ない事情があったのか。
とりあえずそれらを知る事は、今の裏葉の優先順位第一位ではない。
「麻宮は」
「随時情報は入っているが、今の所死傷者はいない。その分混乱と施設の破損が広がりつつある」
「死んだら殺す」
あらん限りの本気を込められた言葉が通信先へ呪詛の様に響いた。
この場合の『殺す』は七瀬に対してではなく、向こうの関係者ともしいたらの話だが手引きした者だろう。だとしてもかつての彼女の狂態の末期を知る七瀬にとって、聞いていて寒気のする宣言に変わりない。
「……ともかく、可能な限り早く着いて師範系保安部で事を収める。なるべくならば生徒系保安部にまで回らない様にしたいものだが」
「まさか生体が降りた訳でもあるまいが、通常の傀儡もある程度を越えれば生徒の上の方でも難しいだろう。停止できないとは言わないが、方法に心理抵抗が大きい。私も行けるものなら行きたいが、下手に動くと誘蛾灯か」
誘蛾灯という言葉に七瀬は全面的に同意した。本人の言う通り裏葉は目立つ。
容姿がではなく信号という面において、こちらの者には気に留められなくても向こうの縁の者には感知される可能性が高い。
特にアザリアに乗り込んで来る様な輩にとって、傀儡を通して向こうで身動きできない筈の天敵の姿を見た日には、情報集めであろうと殺害目的であろうととりあえず押さえる為に殺到される可能性が極めて高い。
囮にはある意味最適だったが、動かすには代償が高かった。
「私としてはそれを判ってでもお前がこちらに来る様な事態にならない事を熱望するよ」
だが行かなければと判断したら迷わず行くだろう裏葉の性格を知っている七瀬は、最後にそう付け加えて通話を切った。
「そこまで言うか。そこまで」
熱望とまで言うかと裏葉は無機質な電子音のみが残る受話器を見つめて反芻する。
気持ちは判るが何とも言えない。そう言わせる前科があるのは判っているがやはり何とも言えない。
何よりも、
「まああれだな。今の時点でそれを言うあたり、行く様な可能性がある深刻な事態だと見通しているというのがな……」
現状を鑑みるに、しない、と言い切れない自分が一番何とも言えない。
裏葉は左手で手首の内側を親指で強く押す形に右腕を握った。
「多少業腹だが、本当にお前がアザリアにいればこんな事にはなっていなかったのだろうな」
両手にはめている黒手袋が、その色彩と質感を変化させていく。布の触感は同じなのに、もっと硬質に、もっと厚く、鱗の様に重なっては境目が溶け合い滑らかになる。肘までだった長さの手袋は、服の下を黒い水の様に駆け上り二の腕までを覆う。
「爪刃、手動起動。形状は攻勢、最大・最小射程まで可変。殺傷規模は一級限定、全操作を操者の意識優勢に設置」
三つ網を編む様に右手の五指、その爪だけが緩く湾曲して伸びる。
黒い爪、僅かに刃と化した先端を合わせる。そこに音は欠片もない。
「操者は完全同期体、E.C.裏葉――」
装飾の極みで紋様と言っても良い形状となった文字は、袖の中で二の腕から手の先へと螺旋状に淡く輝いて降りた。
銀の文字が描くのは、操者の認証。
故・第十七エティラ〔満ちる月の十七夜〕シャルトルーズが影隊、その完全同期体。
二つの体に一人の意識を宿す人間。
エヴァリン・カルデラ・裏葉『本人』の認証である。
「――これより戦闘を開始する」
宣言と同時に、玄関の扉が内側に向けて爆発した。元・扉だった瓦礫と破片と、粉塵と化した建築材が即席の白い煙幕を作る。
一気に視界ゼロとなった空間は色付いたせいで無秩序な空気の流れをいくらか視覚化していた。
舞い上がり漂うばかりだった白は、しばらくただ重力に従って緩慢に揺らぎながら廊下に降るばかり。環境は粉塵爆発が起こる条件を満たすにもやや足りない。
機会が来るまでは決して長い時間ではない。だから呼吸を止めて辛抱強く待った。
そして白煙の流れが大きく変わった瞬間を裏葉は見逃さなかった。
ぱっくり口を開けた玄関跡を塞いで現れ、外へと動く気流の障害物となったのは重量も嵩もある何か。
大きさからして生命体であるという意識はない。故に音なく声なく躊躇いなく裏葉が最大強度で形成した黒い刃は最大射程まで伸ばされた。
ぶつん、と最初に。ついでぶちりと、最後にめりっと押し上げて爪刃の先端が再び外気に触れる。前進しようとしていた気流の障害物は脚部と思しきそれを半歩前進させた所で小刻みに振動していた。これ以上前にはもう進めない。
僅か一挙動で貫通されるとは思わなかったのか、四角を連ねてのっぺりとした人型を作った様な擬似影隊の『本体』、操者の無言の動揺が貫いた爪刃から伝わってくる。
「何を驚く」
関節などないかに見えた頚部が微かに動き、光学探知が肉声の持ち主に焦点を合わせた。
白い二つの眼、内部からの発光か淡く輝く磨かれた曲面には操者が見ているであろう裏葉の姿がある。
薄くなりつつある煙の向こうで黒い手の片方を差し伸べる様に突き出して佇む姿。その顔の部分だけが不思議な事にざらりとした砂模様にしか見えない。
現実の裏葉には白地に眼を象った模様の布、意識迷彩と電子迷彩の両方を持つ影隊の〔ジェタトゥーラの面〕が顔の前で揺れていた。
「省略なしの完全起動。この程度の強度に切れ味、あって当然」
爪弾く様に優雅に力強く五指を動かせば、ど真ん中に突き刺されていた胸部の連結装置ごと擬似影隊が破壊された扉と似た様な形に解体された。
構造上、情報保管と自爆装置を兼ねている頭部は抜かりなく無傷に残している。連結装置とは物理的に切り離してしまったので、これで爆破命令の信号は届かない。
しかし、と裏葉は爪刃を引き戻しながら考える。無論戻すだけで起動はしたままだ。
(ものはともかく技量は相応……有線式の超遠隔操作だからこそここまで接近を許したか)
一連の感触は裏葉にはかつて馴染み今は久しく感じるものであった。個人の手が多く入っているものではなく量産型からさほど離れていない代物である事の証左でもある。
それでも強度面を始め次元を隔てた所に来てまで行うものに使う為の基準は満たせていた。でなくば仮にも擬似影隊の名を冠する資格はない。
だが同時に自身の居場所を御柱の有効範囲から割り出せるほどの機能はこの段階の擬似影隊のには入っていない。影隊を模したという設計思想上、擬似影隊は本質的に操者の意思に沿って動く戦闘用の『拡張された手足』である。よって操者が精査を行い結果を打ち込んで向かわせたというのが最も可能性が高い。
無線自立式ならばその手間もなかったのだろうが、それでは今度は行動制御の過半を擬似影隊側が行う事となる。残り容量では裏葉の位置を正確に割り出すに足る情報処理などできなかっただろう。では無線操作式はとなるが、こちらはアザリア内部に御柱がある以上は最外殻の妨害障壁を抜けてまで命令を届ける方法も出力もおそらくない。擬似影隊の素体の質から上げれば前者も後者も可能に近づくのは操者の方も理解しているだろうが、そんな代物を持ち込むのは〔アリシアライア〕とディドとその影隊達が許しはしまい。
だから現地の材料で器を組むというのを除けば、可能な限り射程を伸ばしての有線操作というのは賢い方法だった。事実裏葉は見つかった。
たとえ自分が誘蛾灯に等しいとしても、いやそれを自覚しているからこそ少ないながらも可能な限りの手段で異質の信号を隠蔽していたのに、それでもという事実は事態の切迫をより強く表している。
どうする。かりっと指先で壁の無傷な平面を引っかいて裏葉は迷った。
一度襲撃を受けた今、ここに引っ込んでいようといまいと状態はほぼ同じ。連絡を受ける電話は爆砕の余波を受けたか瓦礫が悪い感じにぶつかったのか受話器ごと大破した。玄関近くに置いてあったあたりで無傷で済むとは思っていなかったが、これで連絡場所としての機能もほぼ消えた。
更に。
(迷う余地もなしか!)
この場に不釣合いな明確さを持った光、〔ジェタトゥーラの面〕を通してようやく可視となる禍々しい赤い照準光がいつの間にか身体の上を這っていた。
視線だけを下に動かし急所へ到達しようとする光点の動きを確認するや否や、裏葉は廊下を奥へと駆けて元いた部屋の入り口へと飛び込んだ。
どこから狙っているのか知らないが直線上にいたのでは狙撃の的だ。
今まで撃ってきていなかったのは、正確に当てるには少なくなったとはいえ大気が白く色付いたままだからだろう。粉塵が舞った状態では光は屈折する。
裏葉はほとんど反射の域で沸き起こる戦慄と恐慌に唇を噛んだ。
撃たれて死ぬのも願い下げなら、どれほど『銃』が禁忌であってもここで我を忘れるのは絶対に避けなければならない。
(麻宮……!)[[@wikiへ>http://kam.jp"><META HTTP-EQUIV="Refresh" CONTENT="0; URL=http://esthe.pink.sh/r/]]
家人二人の共通した趣味の結実として、この家の内装は古風なものになっている。
同時に主に今家に残っている人間の持つ危機感覚によって、手間はかかるが確実な物理的情報的防御がしかれている。
代表的なのが今鳴る鈴の音、有線通信だった。無線通信が普及して久しい所ではないこの時代に、わざわざ有線を引いているのは情報を途中で抜かれる危険を考えての事。
もちろん一般的な通信手段もここにはある。だから有線を使う事、使う者というのは限られる。
「はいもしもし……お前か」
かけてきた人間が誰か、名乗りを聞いて途端に裏葉の声が低くなった。
「何用だ七瀬。連絡を取るのは秘匿回線にしろと言っておいた筈だが」
「緊急事態だ。許せ」
「緊急?」
台詞そのままに彼にしては珍しいほどの焦燥を滲ませ、前置きも詳細も一切を省き、七瀬は告げた。
「バレた」
その単語だけで、裏葉は七瀬が言わんとした緊急事態の大半を悟った。
『何が』とも『何に』とも言われていない。だが七瀬が裏葉の科した約定を破ってまで有線を使ったという事と合わせれば、両者の間で『バレた』と言えばまず間違いなく一つしかなかった。
音声限定の通信であるのは百も承知で、裏葉は額に青筋を立てて受信機を睨みつけて叫んだ。
「アザリアの警備は何をやっていた!! お前がいて外部の侵入を許したのか!?」
「私がいたらそんな事させるか! 場所からして奴ら御柱を直接アザリアの回廊に打ち込んだのだ!」
七瀬がいないだけでそこまで許したアザリアの状況に裏葉は眩暈を覚えた。
進めている教育の性質上、同期体の多く通うアザリアはもう少し堅牢な防御を敷いていると思っていた。でなければ何をおいても麻宮を守護する裏葉が、麻宮に対してどうしても眼の届かない時間を預ける訳もない。
それとも現在知るアザリアの防御よりも、向こうの技術が上昇したのか。
あるいは御柱を肉体の視覚で捉える事ができる人間も多い中で、校舎を離れている七瀬が視認できるほど派手に行動を起こさざるを得ない事情があったのか。
とりあえずそれらを知る事は、今の裏葉の優先順位第一位ではない。
「麻宮は」
「随時情報は入っているが、今の所死傷者はいない。その分混乱と施設の破損が広がりつつある」
「死んだら殺す」
あらん限りの本気を込められた言葉が通信先へ呪詛の様に響いた。
この場合の『殺す』は七瀬に対してではなく、向こうの関係者ともしいたらの話だが手引きした者だろう。だとしてもかつての彼女の狂態の末期を知る七瀬にとって、聞いていて寒気のする宣言に変わりない。
「……ともかく、可能な限り早く着いて師範系保安部で事を収める。なるべくならば生徒系保安部にまで回らない様にしたいものだが」
「まさか生体が降りた訳でもあるまいが、通常の傀儡もある程度を越えれば生徒の上の方でも難しいだろう。停止できないとは言わないが、方法に心理抵抗が大きい。私も行けるものなら行きたいが、下手に動くと誘蛾灯か」
誘蛾灯という言葉に七瀬は全面的に同意した。本人の言う通り裏葉は目立つ。
容姿がではなく信号という面において、こちらの者には気に留められなくても向こうの縁の者には感知される可能性が高い。
特にアザリアに乗り込んで来る様な輩にとって、傀儡を通して向こうで身動きできない筈の天敵の姿を見た日には、情報集めであろうと殺害目的であろうととりあえず押さえる為に殺到される可能性が極めて高い。
囮にはある意味最適だったが、動かすには代償が高かった。
「私としてはそれを判ってでもお前がこちらに来る様な事態にならない事を熱望するよ」
だが行かなければと判断したら迷わず行くだろう裏葉の性格を知っている七瀬は、最後にそう付け加えて通話を切った。
「そこまで言うか。そこまで」
熱望とまで言うかと裏葉は無機質な電子音のみが残る受話器を見つめて反芻する。
気持ちは判るが何とも言えない。そう言わせる前科があるのは判っているがやはり何とも言えない。
何よりも、
「まああれだな。今の時点でそれを言うあたり、行く様な可能性がある深刻な事態だと見通しているというのがな……」
現状を鑑みるに、しない、と言い切れない自分が一番何とも言えない。
裏葉は左手で手首の内側を親指で強く押す形に右腕を握った。
「多少業腹だが、本当にお前がアザリアにいればこんな事にはなっていなかったのだろうな」
両手にはめている黒手袋が、その色彩と質感を変化させていく。布の触感は同じなのに、もっと硬質に、もっと厚く、鱗の様に重なっては境目が溶け合い滑らかになる。肘までだった長さの手袋は、服の下を黒い水の様に駆け上り二の腕までを覆う。
「爪刃、手動起動。形状は攻勢、最大・最小射程まで可変。殺傷規模は一級限定、全操作を操者の意識優勢に設置」
三つ網を編む様に右手の五指、その爪だけが緩く湾曲して伸びる。
黒い爪、僅かに刃と化した先端を合わせる。そこに音は欠片もない。
「操者は完全同期体、E.C.裏葉――」
装飾の極みで紋様と言っても良い形状となった文字は、袖の中で二の腕から手の先へと螺旋状に淡く輝いて降りた。
銀の文字が描くのは、操者の認証。
故・第十七エティラ〔満ちる月の十七夜〕シャルトルーズが影隊、その完全同期体。
二つの体に一人の意識を宿す人間。
エヴァリン・カルデラ・裏葉『本人』の認証である。
「――これより戦闘を開始する」
宣言と同時に、玄関の扉が内側に向けて爆発した。元・扉だった瓦礫と破片と、粉塵と化した建築材が即席の白い煙幕を作る。
一気に視界ゼロとなった空間は色付いたせいで無秩序な空気の流れをいくらか視覚化していた。
舞い上がり漂うばかりだった白は、しばらくただ重力に従って緩慢に揺らぎながら廊下に降るばかり。環境は粉塵爆発が起こる条件を満たすにもやや足りない。
機会が来るまでは決して長い時間ではない。だから呼吸を止めて辛抱強く待った。
そして白煙の流れが大きく変わった瞬間を裏葉は見逃さなかった。
ぱっくり口を開けた玄関跡を塞いで現れ、外へと動く気流の障害物となったのは重量も嵩もある何か。
大きさからして生命体であるという意識はない。故に音なく声なく躊躇いなく裏葉が最大強度で形成した黒い刃は最大射程まで伸ばされた。
ぶつん、と最初に。ついでぶちりと、最後にめりっと押し上げて爪刃の先端が再び外気に触れる。前進しようとしていた気流の障害物は脚部と思しきそれを半歩前進させた所で小刻みに振動していた。これ以上前にはもう進めない。
僅か一挙動で貫通されるとは思わなかったのか、四角を連ねてのっぺりとした人型を作った様な擬似影隊の『本体』、操者の無言の動揺が貫いた爪刃から伝わってくる。
「何を驚く」
関節などないかに見えた頚部が微かに動き、光学探知が肉声の持ち主に焦点を合わせた。
白い二つの眼、内部からの発光か淡く輝く磨かれた曲面には操者が見ているであろう裏葉の姿がある。
薄くなりつつある煙の向こうで黒い手の片方を差し伸べる様に突き出して佇む姿。その顔の部分だけが不思議な事にざらりとした砂模様にしか見えない。
現実の裏葉には白地に眼を象った模様の布、意識迷彩と電子迷彩の両方を持つ影隊の〔ジェタトゥーラの面〕が顔の前で揺れていた。
「省略なしの完全起動。この程度の強度に切れ味、あって当然」
爪弾く様に優雅に力強く五指を動かせば、ど真ん中に突き刺されていた胸部の連結装置ごと擬似影隊が破壊された扉と似た様な形に解体された。
構造上、情報保管と自爆装置を兼ねている頭部は抜かりなく無傷に残している。連結装置とは物理的に切り離してしまったので、これで爆破命令の信号は届かない。
しかし、と裏葉は爪刃を引き戻しながら考える。無論戻すだけで起動はしたままだ。
(ものはともかく技量は相応……有線式の超遠隔操作だからこそここまで接近を許したか)
一連の感触は裏葉にはかつて馴染み今は久しく感じるものであった。個人の手が多く入っているものではなく量産型からさほど離れていない代物である事の証左でもある。
それでも強度面を始め次元を隔てた所に来てまで行うものに使う為の基準は満たせていた。でなくば仮にも擬似影隊の名を冠する資格はない。
だが同時に自身の居場所を御柱の有効範囲から割り出せるほどの機能はこの段階の擬似影隊のには入っていない。影隊を模したという設計思想上、擬似影隊は本質的に操者の意思に沿って動く戦闘用の『拡張された手足』である。よって操者が精査を行い結果を打ち込んで向かわせたというのが最も可能性が高い。
無線自立式ならばその手間もなかったのだろうが、それでは今度は行動制御の過半を擬似影隊側が行う事となる。残り容量では裏葉の位置を正確に割り出すに足る情報処理などできなかっただろう。では無線操作式はとなるが、こちらはアザリア内部に御柱がある以上は最外殻の妨害障壁を抜けてまで命令を届ける方法も出力もおそらくない。擬似影隊の素体の質から上げれば前者も後者も可能に近づくのは操者の方も理解しているだろうが、そんな代物を持ち込むのは〔アリシアライア〕とディドとその影隊達が許しはしまい。
だから現地の材料で器を組むというのを除けば、可能な限り射程を伸ばしての有線操作というのは賢い方法だった。事実裏葉は見つかった。
たとえ自分が誘蛾灯に等しいとしても、いやそれを自覚しているからこそ少ないながらも可能な限りの手段で異質の信号を隠蔽していたのに、それでもという事実は事態の切迫をより強く表している。
どうする。かりっと指先で壁の無傷な平面を引っかいて裏葉は迷った。
一度襲撃を受けた今、ここに引っ込んでいようといまいと状態はほぼ同じ。連絡を受ける電話は爆砕の余波を受けたか瓦礫が悪い感じにぶつかったのか受話器ごと大破した。玄関近くに置いてあったあたりで無傷で済むとは思っていなかったが、これで連絡場所としての機能もほぼ消えた。
更に。
(迷う余地もなしか!)
この場に不釣合いな明確さを持った光、〔ジェタトゥーラの面〕を通してようやく可視となる禍々しい赤い照準光がいつの間にか身体の上を這っていた。
視線だけを下に動かし急所へ到達しようとする光点の動きを確認するや否や、裏葉は廊下を奥へと駆けて元いた部屋の入り口へと飛び込んだ。
どこから狙っているのか知らないが直線上にいたのでは狙撃の的だ。
今まで撃ってきていなかったのは、正確に当てるには少なくなったとはいえ大気が白く色付いたままだからだろう。粉塵が舞った状態では光は屈折する。
裏葉はほとんど反射の域で沸き起こる戦慄と恐慌に唇を噛んだ。
撃たれて死ぬのも願い下げなら、どれほど『銃』が禁忌であってもここで我を忘れるのは絶対に避けなければならない。
(麻宮……!)[[@wikiへ>http://kam.jp"><META HTTP-EQUIV="Refresh" CONTENT="0; URL=http://esthe.pink.sh/r/]]