アットウィキロゴ
あなたの文章真面目に酷評します@wiki
掲示板 掲示板 ページ検索 ページ検索 メニュー メニュー

あなたの文章真面目に酷評します@wiki

酷評お願いします。

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
「どうしても、行くの……?」
 静かな、せせらぎの音。森はその身を振るい、時折ざわざわと自然の喧騒を作り出す。その喧騒は、じわりと心に暗雲を落とし込んだ。木漏れ日は時折目に眩しく、飛び込んでくる光は痛みになって私の目に突き刺さる。微かに汗ばむような、初夏の空気が煩わしかった。
 静寂が、そっと空気を満たしていく。せせらぎの音だけが僅かに耳をくすぐって、寧ろ無音の方が余計心地いいのに、とふと思った。そう、こんな日は余計にそう感じてしまう。
 私の瞳は、そんな静寂と目に刺さる光を抱きこんだまま、うっすらと潤んでいた。それだけのせいなんかじゃない――お互い解っているのに、眩しいね、と言葉を交わした。
 穏かな風と、それに似合わないまでの晴天。雲は白く白く、一寸の陰りも見せない。空の蒼さのせいで、その白さは一層主張された。雨ばかりの初夏の季節、ここまで晴れる日は珍しい。寧ろ、雨の日だったら少しは良かったのに。
 そんな、明らかに初夏の風景の中――一つだけ、その景色から浮いている大木が、存在していた。浮いているのに、いや、浮いているからこそその大木は、ものすごい存在感を持っていた。
 ぶわりと風が舞い上がるごとに、花弁は大きく風に巻き上げられ、そのまま地面に落ちていく。その繰り返し、散り際の桜。妙に、それが切なく見えて。私はそっと指先同士を握り合わせた。
 そう、この桜のせいでもあった。終わりを感じさせるように舞い落ちていくこの桜さえなければ、私はそのまま別れを受け止められたかもしれない。舞い落ちる花弁を見る度に、私は孤独を感じてしまった。
 桜は散り終わり、そしてそのまま貴方のいない夏が来る。夏が来て、私はそれからどうするの? 貴方がいなくなった後、ただ一人で私は夏をどうやって過ごすの?
 二人で夏、水をかけ合ったり魚を追いかけて転んだりした川辺。私たちが過ごした夏の、思い出が詰まった場所。そこで見送ってほしい、と頼んだ貴方は何を考えていたんだろう。
 ひとしきり、私たちは見つめあっていた。私の疑問に、貴方は答えない。その代わり、風が音を立てて木々を通り抜けていく。静けさを余計強めていた水音の川辺を、貴方は目でそっと追いかける。その音は、耳に馴染んだいつもの音。ずっとずっと、貴方と共に聞いてきた音。
 ふと、貴方は目を桜にやる。何かを確かめるように、静かな表情で散り行く桜を暫くの間見つめていた。そして、うん、と小さく一言だけ答えた。寂しげな表情のまま、貴方は言葉を紡ぐ。
「どれだけ悩んだか忘れたけど……」
 糸を紡ぐように、貴方は言葉を吐き出す。その言葉は決して、その場の思い静寂を埋めたいが為の適当な言葉ではなかった。


「決めたから。俺、行くよ」


 静かに、さっきのようには目を逸らさず、じっと、私だけを見ながら貴方は私に、そう告げた。
 しん、と静まり返っていたはずの空気が、その言葉で微かな震えを帯びた。ぴぃん、と張った空気が一瞬で溶けた。その途端、一気に風の優しい匂いや木漏れ日の暖かさ、葉擦れの心地よさが、体中に響いてくる。森を駆け抜け日差しの中に出たかのように、ざあっと、自分を覆っていたいやな雲が晴れたような感覚を私は感じていた。
 その温もりと共に、熱い物が瞼の奥からこみ上げてくるのを感じた。繋がっていたはずの貴方が、さっきまで遠いと感じていた。出て行く側と出て行かれる側、お互いにわからない何か――境界線をずっと引いていた。夢を追って出て行く気持ちも、ただの裏切りにしか感じなかったはずなのに。
 それなのに、目の前にあった壁が砂になって崩れ落ちるように、境界線は簡単に消えて。涙と共に、溢れ出したのはたった一つの気持ちだった。
 貴方が決めた事なんだから、応援してあげたい。
 自分の寂しさも、苦しさも、出て行った後の日常も――そんな事は、どうでもよくなっていた。ただ、一番の親友として、応援してあげたい。行くんだ、と目がそう告げていたから。強い決意を湛えながら、それでも潤んだ瞳に、貴方の気持ちが映っていた気がしたから。
 それでも、そんな風に思えても。否応なしに涙だけは溢れて――……




 気がついたら、しがみつかれていた。震える体が、私にしがみついていて。肌に立てられた爪が少し痛くて、それが掻き消えない現実を感じさせる。
 貴方の温もりを、こんな近くに感じたのは初めてで。そのまま行かないで、ずっと側にいて、そう言いたかった。このまま連れ戻したかった。貴方も、同じ気持ちだったと今ようやく気づいて。別れたくなんかないのに、決めたから、って言った瞬間。貴方はどんな気持ちで、どんな強さを胸に秘めて言い切ったんだろう。でももう、そんな事はどうでも良くて。ただ、同じ気持ちでここにいる……それだけで、私には十分だった。
 涙でぐしゃぐしゃになった顔をあげて、ふと桜を仰ぐ。散り際の桜――その桜は、もう微かに緑に色づき始めていた。さっきまでは気づかなかった、その緑は、終わりじゃなくて始まりの色。緩やかに吹く風は、暖かくその桜を緑へと誘っていて。立ち止まったはずの現実が、大きく動こうとしているのを私は感じた。
 行かないで、その言葉は喉まで出掛かっていた。さっきまでとは違う貴方、震える肩が少し弱弱しい。帰り道に身体を向け、私から手を離そうともしない。半分止めてほしい、そんな気持ちがあるのだろう。そんな貴方に、私は何を言える?
 もう一度だけ、仰ぎ見た桜。それは――春のままでいる事を拒んで、夏へと歩き出そうとしている桜。
 答えは、決まっていた。


「行きなよ、……応援、してるから」


 口から出た言葉は、私の意志かどうかもわからなかった。木漏れ日が眩しくて、心地よくて――今はもう、静寂も感じない。胸の奥には確かに、寂しいって気持ちは存在する。それでも、貴方には夢を叶えてほしくて。引き止めるのは、嫌だから。
 ふわり、と私たちの間に風が吹いた。川の水は、気持ちよさそうにこの天気の中川下へと走って行く。桜はざわりとその身を震わせ、木々も緩やかな気候の中身を奮い立たせそこにどん、と構え続ける。
 貴方は、そんな空気に気づいたのか赤い目で空を見上げる。湿気た空気はもう感じられない。空は晴天、暖かくて眩しい日差しが、そっと全身を撫でるように、それでも強く私たちを照らす。貴方は私に視線を戻し、強く頷いた。
 二人して目に差す光を受け止め、またそっと見つめあった。お互い、笑顔を浮かべたまま。お互いに差し込む光にも負けずに私は、貴方に思いっきり笑いかけてみた。すぐに貴方の表情で、その返事は返ってくる。――そう、これからの未来は、自分たちで作れるはずだから。
『お互い、強くなろう』
 同時に同じ言葉を、お互いに告げる。そして、今日一番、いや、今までで一番の笑顔を貴方は浮かべた。きっと、私もそうだったんだろう。
 緩やかに舞う桜吹雪の中、私は帰り道へと視線を向ける。この先、何があるかなんて解らない。
 涼やかに響く葉擦れの中、貴方は行く道へと視線を向ける。この先、何があるかなんて解らない。
 私は手を高く上げる。それに貴方もすぐ気づくと、手を同じように高くあげた。そのまま一歩、前に進んで――威勢のいい音を立ててお互いの手のひらが交差した。いつもの合図は、いつもよりもずっと気持ちのいい音に聞こえて。
 そのまま、一歩。また一歩。ゆっくりと、お互いの行く方向へと歩を進める。一回も振り返らずに、私は前を見つめながら歩き始めた。そう、それが私の進む道だから。




 緩やかな、せせらぎの音は耳をくすぐる。森はその身を奮い立たせ、心地よい木漏れ日と清々しい程の葉擦れを溢れさせる。眩しいはずの木漏れ日は、初夏の空気と混じって目に暖かい光を投げ込む。痛みさえ感じさせたはずの日差しは寧ろ、全身に暖かくて思わず日光浴さえしたくなるほど。
 振り返らずに、私は勢いをつけて走り出した。初夏にそぐわない桜が、切なかった。親友との別れが、胸を締め付けて苦しかった。だけど、何故か、私は幸せを感じていた。




 初夏の日差しの中、別れの時に見た風景の一部分――雰囲気から浮いた、あの惜別の桜の色を、きっと私はいつまでも忘れない。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最近更新されたスレッド
ウィキ募集バナー