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人身御供

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匿名ユーザー

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 どうも変だなぁ。
 と、呟きながら、瀬川達彦は手帳に書いた走り書きを読み返していた。
 線路が一本、谷間を縫っている。真夏の陽気に敷石が熱せられて、陽炎のように空気を歪ませている。
 駅には達彦以外は誰もいない。
 駅といってもバス停よりやや立派という程度の無人駅で、駅舎の前には一本道が通っているだけで喫茶店の一つすらない。狭い水田が道の両脇を挟んでいるが、その向こうはすぐに山だった。
 ヒグラシの鳴き声が谷に響く。東京は猛暑日と聞いていたが、ここ香川県高和村の夏は暑くはない。北にあるわけでも高度が高いわけでもないのだが、三方を山に囲まれているため、陽が差さないためだ。
 いわば、村全体が一年中山陰にいる。
 よくここで、水田などが出来るものだと、達彦は思う。収穫も安定せず、恒常的に飢饉になったろうに。
「だから儀式があるのはわかるんだけどなぁ……。何で男なんだ?」
 疑問が声に出た。
 なんど考えても、合理的な理由が見つからない。
 達彦は自称フリーライターである。二回留年して六年いた大学を卒業して三年。その間就職もせず、出版社に勤める先輩が時折くれる仕事とアルバイトでかろうじて暮らしている。むろん、収入の大部分はバイトに頼っている。
 その先輩が久しぶりに仕事をくれた。いつもは東京近辺の取材費がかからない依頼だが、今回は珍しく違っていた。四国の山奥である。ここで、ある村に伝わっていた儀式を題材に記事を書けということであったのだが。
 遠くから、列車の音が響いてきた。
 時刻表には10時と14時だけに列車の到着が記されている。しかも上りと下りであるから、ようするに一日一往復しかない。高松方面から来る列車は14時のだけだった。
 やがて、のんびりとたブレーキ音と共に一両編成の列車が止まった。サビの目立つ車両から手動の扉を開けてやや小柄な女性がホームに降りた。
 歳は三十半ばほど。男っぽいシャツにジーンズにスニーカー。最低限の化粧と無造作に束ねられた髪。美人ではあるのだが、全体的な雰囲気は女性に興味の無いストイックな男性に近い。男よりも女にもてそうだった。
 どこか見覚えがあった。
「仁藤先生じゃありませんか?」
 見ると、大学時代の恩師である、扶桑大学民俗学教授、仁藤悠里女史だった。
「ほう、今度の使いっ走りは君か」
 達彦の顔を見て悠里はにやりと笑った。
「使いっ走りって……あの、もしかして待ち合わせの相手って、教授ですか?」
「現にここにいるのは、私と君しかおるまい。山下から言われたんだろう?」
「そうですけど……」
 山下というのが、私に仕事をくれる先輩である。そして、今回の取材の指示の中で、高和駅である人と合流することというのがあった。先輩は「会えばわかる」としか言わなかったが、まさか、この女性とは……。
 仁藤悠里教授は達彦の卒論ゼミの担当だった。そして、達彦が二回留年した原因でもあった。最初の4年生とき、達彦が提出した卒論はこの人によって容赦なく落とされた。翌年、意地になって再度仁藤ゼミを選択した場合も、そういうチャンレンジ精神を全く考慮されず、容赦なく落とされた。三年目には別のゼミを選択したのだが、抽選に漏れて、また仁藤ゼミとなった。もっとも、このときはかなりおまけでOKが出たのだが。
「しかし、教授。どうしてここに? フィールドワークでしょうか?」
「ちがうよ。別件だ」
「といいますと?」
「ミステリーのネタ探し」
 悠里はそう言って、荷物の中から分厚いノートを取り出した。
 表紙に「二階堂瑞穂」の名が書かれている。悠里のペンネームである。大学の教授でありがなら、その一方で新進で人気急上昇中のミステリ作家でもあった。
「そういうわけだから、今回は学生時代のフィールドワークと違うということを肝に銘じること」
「違うといいますと?」
「相変わらず、物わかりの悪い生徒だね。君は。いいか、今回の我々の目的は真実を探求するのではないということだ。あくまでも、面白い嘘を思いつくのが目的」
「はぁ……」
 達彦はげんなりした。今まで山下から貰った仕事というのは、都市伝説や怪談話などをおもしろおかしく記事にするというものであった。中には、自分ででっちあげたものもある。正直、あまり好きなな内容ではなかった。それから離れて、珍しく学究的な取材だと思って張り切っていたのだが。
「で、何が変なんだ?」
 密かにため息をついた達彦に、悠里が言った。
「まだ、何も言ってませんが」
「君とのつきあいは長いからな。しかも、君は昔から考えている事が顔に出る。推測するのに苦労はいらんよ」
「好きで3年もつきあったんじゃありませんよ」
 思わず言葉に出たが、あっさりと聞き流された。悠里は自分に興味の無いことは、一切記憶に残さないという特技を持っている。これのために、ずいぶんと苦労させられたものだが。
 もう一度、今度は聞こえるようにため息をついて、達彦は説明を開始した。
「この高和村には、とある儀式がありまして。いえ、儀式自体は今年の豊穣を願うっていうごく普通のものなんですが、どう見ても変なところがあるんです」
「というと?」
「まず、一つ目の疑問点なんですが、今年の豊穣を秋に祈るんです」
「春ではなくてかね? というか、来年の豊穣を願っているんじゃないか? もしくは、豊穣の感謝祭」
「それは、さすがに調べました。秋は祭礼が一番多い時期ですし、来年の豊穣を祈る儀式だったんではと。でも、違うみたいなんです。祈っているのは、今年の収穫の豊穣であって、来年のじゃないんです」
「途中で祭りの目的が変わった、もしくは目的の理由が失われたことにより、誤伝などで変遷した可能性は」
「無いとは言い切れません。ただ、少なくとも、今の形態は江戸時代にさかのぼれます。飢饉がまだ現実のものであった頃ですし、この種の目的の喪失があるとはちょっと考えにくいかと」
「確かにな。それなりに興味深いが、それのどこが面白い?」
「え……?」
 悠里の言葉に、達彦は思わず絶句した。
 以前だったら、この主の話題になれば詳細に内容を聞きたがったものだが。今日は一体どうしたのか。
「まったく、さっき言ったことをもう忘れたのか? 今の私は、二階堂瑞穂だ。民俗学教授仁藤悠里ではない」
「あの、教授」
「だから、教授とは呼ばないように。この取材の間は、『天才作家二階堂瑞穂先生』と呼ぶように」
「え、あの、きょ、教、いや先生」
 理不尽な要求に達彦は全体を端折って一番差し障りの無い呼び方を選んだ。悠里は何か言いたげであったが、言わず、言葉を続けた。
「天才作家二階堂瑞穂の作風を言ってみたまえ」
「あ、あの……その……」
「なんだ、それも言えないのか。使えない助手だな」
 達彦は言葉に詰まった。知らないわけでないのだが、言っていいものかどうか。が、他に言いようもないし、いちいち気を使うのも面倒になった。
「エログロです」
 投げやりにいうと、悠里はにやっと、心底面白そうな笑みを浮かべた。
「その通り! 気鋭の天才美人作家二階堂瑞穂の特徴は、エロとグロ! それこそ、愛憎ぐちゃぐちゃの内容でなきゃいけない。だから、君が先行調査する内容もエログロでなくてはいかん。それをわかっているのかな」
 わかるわけないだろう、と思わず言いかけて、達彦は言葉を飲んだ。
 この人に言っても無駄だろうし、よくよく考えたら、自分にところに民俗学のフィールドワークの依頼などが来るはずもない。エログロのネタ探しでも、収入が無くては生活出来なくなる。ここは、じっと我慢して。幸い別のネタもある。
「実は山の上の寺院に、即身仏があります」
「案内したまえ」
 悠里はさっさと山に向かって歩き出した。達彦は慌ててその後を追った。

 

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