(慶應)立論
(最高裁判決読み上げる)引用終了。
我が班は、当該判例の結論は妥当でなく、会社代表者にはリスク管理体制構築義務違反の過失があり、有価証券報告書の虚偽記載による不法行為責任を負うべきだと考える。
過去のリスク管理体制に関する判例を元に、以下4点の理由を述べる。
1・リスク管理体制の一部である「法令遵守体制」の構築がされていなかった点
(1)東京地裁平成16年5月20日判決(判例時報1871号125頁)の
三菱商事事件判例に よれば、
1. 各種業務マニュアルの制定
2. 法務部門の充実
3. 従業員に対する法令遵守教育の実施
これら3点が全て満たされていた場合に、法令遵守体制が構築されているとした。
(2)さらに、大阪高裁平成18年6月9日判決(判例時報1979号115頁)の
ダスキン事件判例によれば、取締役の善管注意義務違反の有無の判断は、当時求められる内部統制システムの水準を基準とするように明示した上で、
1. 経営上の重要な事項を取締役会に報告するように定めること
2. 従業員に対して、ミスや突発的な問題を速やかに報告するように定めること
3. 違法行為が発覚した場合の対応体制について定めること
4. 事案を挙げて注意を促すセミナーを開催すること
これら4点が全て満たされていた場合に、法令遵守体制が構築されていたとした。
(3)これを本件についてみると、当時Y社にこれら法令遵守体制は整備されていなかった。
ここで、法令遵守精神の作られていないY社従業員が、集団で複数年度にわたり架空売上計上という決して専門的ではない不正行為により、売掛金債権回収遅延と見せかけ、不正を隠し通した。
不正行為を誘発したと言いうる法令遵守体制の不備に加えて、財務部による債権と入金との不十分な照合体制によって、本件不正行為は被害額を増す結果となったといえる。
(4)よって、Y社のリスク管理体制は当時の状況から見ても不十分であり、取締役にその構築義務違反の過失があったとされるべきである。
法令遵守教育がなされていれば企業倫理は安定し、取締役も従業員も会社の成長期だからこそ業績ばかりに注目したり、それだけを評価したりするような過ちを犯さなかったと考えられる。
2・ライバル会社に比して劣っていたリスク管理体制
(1)有価証券報告書データベースeolを参考に、Y社のライバル会社である3社を選定し、その2000~2004年当時のリスク管理体制について調査した。
ライバル会社3社とは、株式会社東邦システムサイエンス、株式会社日本コンピュータ・システム、ジャパンシステム株式会社である。いずれも小規模かつソフトウェア関連業務を行っている会社で、Y社(2004年従業員数500名)の制定すべきリスク管理体制の比較対象となるべきものであると考える。それらの設けていたリスク管理体制とは以下のようなものであった。
(ア) 株式会社東邦システムサイエンス(従業員数267名)
2001年公開の日本コーポレート・ガバナンス原則策定委員会による「改訂コーポレート・ガバナンス原則」を踏まえた企業経営を行っている。法務関連では顧問弁護士事務所を持ち、適宜アドバイスを求められる体制を整えている。監査は社内監査役と社外監査役、さらには外部監査法人によるトリプルチェックを行っている。
(イ) 株式会社日本コンピュータ・システム(従業員数915名)
監査役制度を採用しており、監査役会、社外監査役、常勤監査役による独立したトリプルチェックを行っている。また様々な部門で社員教育の徹底化を図り、コンプライアンスの教化活動に取り組んでいる。
(ウ)ジャパンシステム株式会社(従業員数615名)
監査役制度を採用しており、隔月開催の監査役会と内部監査担当による監査のダブルチェックを行っている。各事業部には業務執行責任者として事業部長を置き、日々の業務を遂行している。また事業部長を監督する責任者として各事業部に担当取締役を置き、それらを各種専門委員会が会社を横断的に管理・指導していくことで、監督に監督を重ねて内部統制を図っている。
(2)以上により、企業倫理面だけでなく、監査等のリスク管理体制も他社に及ぶところではなく、Y社のリスク管理体制は不十分であったことが分かる。
3・GAKUEN事業部内営業部のY社からの非独立性
(1)東京地裁平成17年2月10日判決(判例時報1887号135頁)の雪印食品牛肉偽装事件によれば、会社のある部門が、他の部門との人事交流が乏しく、いわば職人のような独立性の強い担当者らの仕事場であった場合において次のような判示をしている。
すなわち、そこは事務的機械的作業の一環であるから、個別具体的な営業活動に関する報告がなかったからといって、それを違法な行為を行なっている、あるいは行なっている可能性があると認識し、これを防止する方策をとらなかったとしても、認識として不合理ではなく、取締役としての善管注意義務に反するとはいえないということである。
これにより、ある部門が本部から独立していないなら、取締役らは、その部門にいる者が違法行為を行いうる事を認識し、それを防止する策をとるべきだと判示されたとみることができる。
(2)これを本件についてみると、GAKUEN事業部はY社の2大事業部である「パッケージ事業」、「ソフトウェア事業」の前者に位置づけられており、営業部はその事業部内の3つの課と部の内の1つであった。
よって、当該営業部はY社から独立していたものではない。
(3)そうであるから、取締役が当該営業部からの報告を完全に信頼したことや、十分な違法行為防止の方策をとっていなかったことは善管注意義務に反するというべきである。
4・被害の大きな違法行為の継続性
(1)雪印食品牛肉偽装事件判決によれば、違法行為が短期間に集中的に、かつ前例なく初めて行われたものであれば、違法な行為を行っていると認識するには無理があったとして無過失とされる。
(2)これを本件についてみると、本件不正行為は長期的に、約4年間にわたりじわじわと
行われていた。だが、Y社において本件以前にそのような前例は発見されていなかった。
しかし、いくら初めて行なわれたとはいえ、財務部の照合体制は不十分で、また複数年度にわたる監査で不正に気づく機会があったにも拘らず不正を見落としていたという過失は大きい。
さらに、雪印食品牛肉偽装事件とは異なり、GAKUEN事業部はY社全体の年間売上74億円の約20%を占めるパッケージ事業の主力となる部署であった。被害も4年の累積で11億円強と多額であり、株主に与えた影響も大きかった。
(3)よって、Y社の内部統制システムは不十分であり、株主が損害を被ったことにつき、取締役にリスク管理体制構築義務違反の過失があったとされるべきである。
以上の当てはめは、各判例の時代背景に照らしても妥当であり、判例や各会社の公開している証拠に基づき、無理なく解釈を行ったものである。
以上により、当該事案において、会社代表者には従業員らによる架空売り上げの計上を防止するためのリスク管理体制構築義務違反の過失があり、有価証券報告書の虚偽記載による不法行為責任を負うべきだと考える。
(以上)
最終更新:2010年07月07日 23:46