「ゆっきゅりしていってにぇ!」
「ゆっくりちていってね!」
「ゆぅ…ゆぅ…」
毛布を敷き詰められたガラス箱の中に子ゆっくり達がいる。その数およそ二十匹。
「きょうもゆっきゅりだにぇ!」
「おねーしゃん、ゆっきゅりちていってにぇ!」
「ゆーん!いもーとれいみゅもゆっくりちていってね!」
いるのは子ゆっくりばかりだ。しかしゆっくり達は幸せそうにゆっくりする。
「ゆゆ!おにゃかすいたよ!」
「れいみゅもおなかしゅいた!」
「ゆえーん!おねーしゃーん!」
「ゆっくりなきやんでね!もうすぐあまあまのじかんだよ!ゆっくりまとうね!」
子の中でも幼いゆっくりが泣くと、より成長した個体がそれをなだめる。
きゅいきゅいと騒がしいながらも、とてもゆっくりした時間――
そのとき、部屋の扉が開いて一人の男が姿を現した。
その手にはゆっくりフードの袋が抱えられている。
「おーい、おちびちゃんたちー。
ゆっくりしてたかな?」
ゆっくり達は色めきたつ。
「ゆゆゆ!」
「ゆっくりしてたよ!」
「おにーさんゆっくりしていってね!」
「おにーしゃん!」
「れいみゅおにゃかすいたよ!かわいいれいみゅにあまあまちょうだいにぇ!」
「れいむにもちょうだい!」
男の到来によって”あまあまのじかん”がやってきたことを知ったゆっくり達は、
我先にと跳びあがって男にアピールする。
「ほらほら慌てない慌てない。いつもみんなにあげてるだろう?」
男はフードを箱に撒く。たちまち箱の中は大騒乱となった。
「もーくもーく……しあわしぇーー!!」
「ゆゆん!れいみゅも!れいみゅもぉぉぉ~!!」
「ゆむぐっ……!むーしゃ、むーしゃ……」
「おねーしゃんばっかちじゅるいよ!!」
食べはぐれるゆっくりが出始めるが、
「よしよし、まだ食べてない子はこっちにおいでね」
「ゆゆ!あみゃぁーい!!」
「おにーしゃんありがとう!」
独り占めの起こらないよう、タイミングと投下場所をばらけさせながら男はてきぱきとフードを撒く。
そうして箱の中の全員にフードが行き渡る。
「もーきゅもーきゅ……ゆっくちー!」
「ゆぷぅぅぅ……おにゃかいっぱい……」
「おにーさんきょうもゆっくりしたあまあまありがとう」
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっきゅりしていってね!」
いつもであればこの後は”ゆっくりおひるね””ゆっくりおさんぽ”と続くはずだったが、
この日は違った。
男は部屋にある戸棚からあるものを取り出すと、ガラス箱へと近づく。
「おにーさんそれなに?」
「なんだかゆっくりできないいろだよ!」
男が手にしたもの、それは緑色の何かが入った霧吹きだ。
「ちょっとどいてね」
男は箱の上蓋を外すと、毛布を引き抜く。
「ゆぴぇ!!」
「じめんさんがふかふかじゃなくにゃっちゃったよ!おにーさんふかふかかえしてね!」
「毛布さんが汚れるといけないからね」
ここに来てからずっとふかふかの床に慣れていたゆっくり達がざわめきだす。
「ちゅめたいよぉーー!!」
「ゆっきゅりできにゃいよ!!」
「ぷんぷん!おにーさんいじわるしないでね!」
男は霧吹きを二、三度振ると、箱の中へ向けて引き絞った。
ぶわっ、というゆっくりできない音とともに、緑色の霧が箱の中へ舞い落ちる。
「ゆゆぅぅぅぅ!!!???」
「ゆっきゅりできにゃいよ!!??」
ゆっくり達は逃げ惑う。
「ゆあああ……!!れいみゅのおりぼんさんがよごれちゃったよぉ……!!」
「れいむのあんよがぁぁぁぁ!!!!」
男は続けざまに霧吹きを吹き付ける。たちまち箱の中は混乱のるつぼと化した。
「ごあいよぉぉぉぉ!!!!!」
「おにーざんやめでぇぇぇぇぇ!!!ぶわっしないでよぉぉぉぉぉ!!!!!」
男はさらに霧を吹く。ぶわっ、ぶわっという音が恐慌を加速する。
「どぼじでやめでぐれないのぉぉぉ!!!???」
「おねーしゃぁぁぁぁんん!!!!」
「おぢびぢゃぁぁぁんん!!!」
ぴょこぴょこと、しかし必死の形相で逃げ回りつづける。
「ゆっぐ…!ゆっぐ…!」
「たしゅけてぇぇぇぇぇ!!!」
しかし箱の中に逃げ場はない。
誰もみな、緑にまみれた。
ゆっくり達は知らなかった。この箱がこんなに狭かったことを。
ゆっくり達は知らなかった。ふかふかでないじめんさんがこんなにゆっくりできないことを。
ゆっくり達は知らなかった。大好きなおにーさんが、いうことを聞いてくれないなんてことがあることを。
知らなかったのだ。ゆっくりできないということを。
「ゆぴぃぃ!!ゆぴぃぃぃ!!」
「おめめがみえにゃいよぉぉぉぉ!!!」
一番年長の姉れいむが叫んだ。
「おにーざあぁーん!!!!でいぶゆっぐりじだいよぉぉぉぉ!!!!
いづもみだいにすーやすーやざせてよぉぉぉ!!!!おさんぽにづれでってよぉぉぉ!!!!
でいぶはゆっぐりじたおにーざんがだいすきだよぉぉぉぉ!!!ゆっぐりじでよぉぉぉぉ!!!!」
男は答えない。ただ、もう一度霧吹きを吹き付けた。
「ゆ……ゆ……ゅ……」
「もっぢょゆっぎゅりじだがっだ…」
「おにー……ざぁぁん……」
* * * *
男は死に絶えたゆっくりを菜箸でつまみ出すと、布の上に並べた。
ガラス箱を水で洗い、布を敷きなおすと木箱から別のゆっくりをざらざらとその中にあける。
「ゆゆ!」
「ゆっきち!」
「おにーしゃんだれ?」
「ゆっくちできるひと?」
木箱から出た衝撃で目を覚ましたゆっくりに男は話しかける。
「ああ、お兄さんはゆっくりできる人だよ。
れいむにまりさ、ゆっくりしていってね!」
「ゆゆー!」
「ゆっきゅちちていってにぇぇぇぇぇ!!!」
「ゆっきゅりー!」
男は新しいゆっくり達を寝かしつけると、緑色のゆっくりを一つ一つ懐紙にくるんで、
それを五個ずつ紙箱に詰めた。
紙箱にはこう書かれている――
<赤ゆっくり 抹茶味>
最終更新:2022年04月16日 22:49