※三作目です
ゆっくりと畑と野菜(2)に続きます
※人間は直接手を下すのではなく、間接的に状況を作ります
※いじめ対象は個別のゆっくりではなく群れ全体です
※↑なので個別のゆっくりに対する描写は少なめです
※俺設定を含みます
※その他あれこれとあるかもしれません


『ゆっくりと畑と野菜』


ゆっくりの個体が脆弱であることは今さら言うまでもない。

ゆっくりには肉食の獣が持つような力強さはまるで存在しない。
草食の獣が持つような敏捷性も持たない。
力強さも敏捷性もない生き物、例えば人間が発揮するような知恵や器用さも無い。

腕力や脚力、知恵や器用さといった点から見れば、ゆっくりが脆弱であるという評価は揺るぎない。

しかし、種族として、集団としてのゆっくりは果たしてどうだろうか。

個体としては弱いゆっくりだが、種の保存と生存という点から見れば決して弱い生き物ではないのだ。
目の前に現れた間抜けなゴキブリを殺すことは簡単でも、
人の目の届かないところで増殖していくゴキブリを全て殺すのが不可能であるように、
一旦山や森に住み着いてしまったゆっくりを根絶やしにするのは決して簡単な仕事ではない。

力押しで、例えば目に付くゆっくりを手当たり次第に殺しても全滅させることは出来ない。
頭を働かせて、例えば毒入りのエサなど罠を仕掛けても全てのゆっくりが引っ掛かるわけではない。
そうして生き残ったゆっくり達は必ずまた増殖を始める。

ゆっくり達を群れごと破滅させるにはもっと別な方法が必要なのだ!
そのためにはゆっくりが弱いという個体に対する固定観念に縛られていてはいけない!



とある村の寄り合い場で優男がゆっくりについて熱弁をふるっている。
村人達は優男が語る言葉を、苦虫を噛み潰したような表情で聞いている。

村人達には優男の語る内容に大いに心当たりがあったからだ。
村近くの小さな山にゆっくりの群れが住み着いて以来、村人達は何とかゆっくりを排除しようと努力を重ねてきた。
しかし、時には山狩りを行い、時には罠を仕掛けてゆっくりの数を減らしても結局時間が経つと元通りになってしまう。
山菜や茸などの山の恵みや農作物の被害も一向に減らない。

こうした金と時間と労力の浪費を何度か繰り返した村人達は、
とうとう自分たちでゆっくりに対処することを諦めて外部の専門家を呼ぶことにした。
近頃はゆっくり被害の増加を一つの需要と捉えた、ゆっくり対策を専門とする団体が存在している。
そういった団体の一つに所属し、請われて村にやって来たのがこの優男だ。

そして、優男は村に着くなり寄り合い場に人を集めて、
本気でゆっくりを排除したいのならまずは考え方を根本から変えねばならないと宣言したのだった。

男の演説が一段落したのを見計らって、一人の若い村人が尋ねた。

「自分たちのこれまでのやり方、考え方が間違っていたのは分かった。
 しかし、それなら一体どういう方法をとればいいんだ?」

その発言を聞いた村人達もそうだ、そうだと口にする。

どうやらこの優男によると、ゆっくりを群れごと排除するというのは辺り一帯の害虫を全滅させるようなものらしい。
自然豊かな村の住人として、日頃から害虫に接する機会の多い彼らにはそれがどんなに困難なことか容易に理解出来た。
害虫というのはどれだけ対策をしても、時期になれば殆ど湧き出るようにして現れるものなのだ。

内心の不安を反映するかのように、村人達の苦虫を噛み潰したような表情が益々きつくなる。
優男はその不安を見透かしたかのように穏やかで明るい声を出した。

「ええ、虫であれば不可能でしょう。しかしゆっくりを排除することは決して不可能ではありません。」

優男のその言葉の端々から伝わる自信に、村人達の表情も幾分和らいだ。
村人達は、なぜそう言えるんだ、説明してくれという声を上げる。

「虫たちは余計な欲望は持ちません。ただ本能に従い、種を維持するために生きます。
 だから彼らは無闇に争ったりしませんし、必要もないのに命を落としたりはしません。

 しかし、ゆっくりは違います。彼らはその個体としての能力に分不相応な大きな欲望を持ちます。
 そして、その為に必要もないのに人間に喧嘩を売って命を落としたり、
 場合によっては同族同士で進んで殺し合うことさえあります。

 我々は虫にはなくてゆっくりにはあるもの。つまり、その大きな欲望を煽り、そこにつけ込むのです」

村人達が感嘆の声を漏らした。
先ほど優男に質問した若い村人も納得の表情を浮かべながら話を先に進める。

「具体的にはどうするんだ?」

優男が、足下に置いてあったカバンから資料らしき紙の束を取り出して答える。

「既に下調べは済んでいます。どうやらこの山のゆっくり達は、山菜・茸・野菜・果物など
 より満足出来る食料を集めることに執着しているようですので、それを利用します。
 具体的には――」








次の日の午前中、ゆっくりの群れの中心地となっている少し開けた山中の広場に、
優男と若い村人と数人の屈強な男達の姿があった。
ゆっくり達は彼らを取り囲むようにして円の形を作っている。

円の中から周囲のゆっくりより二回り程大きなまりさが歩み出た。どうやらこの群れの長らしい。
幹部らしき何匹かのゆっくりもそれに続く。

「ゆっ!いつもまりさたちがゆっくりするのをじゃまするにんげんがなんのようなのぜ!?」
「おばかなにんげんさんはかえってね!」「ここはいなかものがくるばしょじゃないわ!」

ゆっくり達はいきなり喧嘩腰だ。
これまで何度も村人達に痛い目に遭わされてきた群れの指導者としては当然の態度だろう。
若い村人はカチンと来たようだったが、優男の方はゆっくりに罵倒されたことを気にした風もなく話し出す。

「僕らは村からの遣いだよ。実は、つい先日行われた村の話し合いで
 ゆっくりを虐めるのはもう止めようということになってね。それを伝えに来たのさ」

この言葉はゆっくり達にとって予想外のものだったらしい。
形作られた円からざわめきが広がった。長まりさも面食らった表情をしている。
代わりに長に続いて前に出た幹部の一員であるぱちゅりーが話し出した。

「むきゅ、つまりぱちゅりーたちとにんげんとでなかなおりをしましょうということ?」
「まあ、簡単に言ってしまえばそうだね」

一瞬置いて行かれそうになっていた長まりさが慌てて会話に割り込んでくる。

「なにをつごうのいいことをいってるのぜ!?
 いままでさんざんまりさたちをじゃましたくせにちょうしにのるんじゃないのぜ!」
「もちろんタダでとは言わないよ。
 君たちが僕らを受け入れてくれるなら、今後山に村人は近づかないようにする。
 そして、お詫びの印としてここに君たち専用の広い畑を作ってあげよう」

優男の言葉にゆっくり達から再びざわめきが起こる。
ゆっくりにとって野菜は一つの憧れだ。畑があればそれが危険を冒すことなくいつでも手に入る。
魅力的な提案に、喧嘩腰だった群れの指導者達の態度も緩んだ。

「ゆゆ~。まりささまにやさいさんをけんじょうしてゆるしをこうとは、
 なかなかみどころがあるにんげんなのぜ!」
「れいむはおやさいさんだいすきだよ!いっぱいちょうだいね!」
「むきゅ、はたけさんがあればふゆのしょくりょうもあつめやすくなるわ」
「とかいはは、すぎさったことにはこだわらないものよね!」

ちょろいもんなんだな、若い村人は表情に出さずに内心だけで思った。
ゆっくりというのは、こんなにも簡単に目先の欲に釣られるものなのか。
今まで散々苦労しながら強引に何とかしようとしていたのが馬鹿みたいだ。

好感触を得た優男が笑みを浮かべながら続ける。

「じゃあ、そういうことでいいかな?」
「ゆっ!しょうがないからゆるしてあげるのぜ!だからさっさとはたけさんをつくるのぜ!」

長まりさはあっさりと頷いた。
それを聞いた優男が若い村人の方に向き直って言う。

「じゃあ、許してもらえるそうなので『畑』作りの指示をお願いします。
 僕はゆっくりについては専門ですけど土いじりについては素人なので。
 ……ああ、もちろん事前に伝えた通りに頼みますね。
 僕も、事前の計画通りに調べをすすめますから……」

後半は蚊が鳴くような小さな声だった。ゆっくりたちには聞こえていないだろう。

「分かった。ここは任せてくれ」

優男は屈強な男達にも指示を出す。

「じゃあ、皆さんは彼の指示に従って、『畑』作りの手伝いをお願いします。」



その日の夕方頃、大の男数人が一日中働いて、ようやく『畑』が完成した。
長まりさと幹部たちと一緒に群れのテリトリーを歩き回って、
熱心に何かをメモしていたいた優男もようやく戻ってきた。

長まりさと幹部達は、このゆっくりした群れを是非見学してみたいと優男に強く頼まれ、
得意満面な笑顔であちこちを案内していたのだった。

ゆっくり達が指導者の帰還に気付いてわらわらと集まってくる。

「ゆっくりしていってね!」

長まりさが若い村人と屈強な男達に挨拶した。
午前中からは信じられないほど友好的な態度だ。

「長。どうです?凄い『畑』でしょう?
 こんなに広い『畑』は村にもありませんよ?」
「ゆゆ~ん。とってもひろくてゆっくりしてるのぜ~」
「おやさいさんたのしみだよぉ」
「むきゅ、たしかにはたけさんね。にんげんさんのはたけさんにそっくりだわ」
「このとかいはなはたけさんからは、きっととかいはなおやさいさんがはえるわ!」

長まりさ達はこの『畑』に大満足のようだ。
若い村人に発作的な笑いの感情がこみ上げた。吹き出さないよう必死で耐えているのが見て分かる。
優男はそんな若い村人をちらりと横目で見て言った。

「じゃあ、今日のところは僕らはこれで引き上げます。何日かあとにまた様子を見に来ますね」
「ゆっくりしていってね!」「「「「「ゆっくりしていってね!!!!!」」」」」

長まりさとゆっくり達の大合唱に送られて優男達は帰途に着いた。



ゆっくり達のテリトリーを抜けた辺りで、周囲を確認してから優男が若い村人に話しかけた。

「どうやら第一段階は上手く行ったようですね。しかし、あの態度は困りますよ」

若い村人が笑いを堪えていた時のことを言っているのだ。
確かにあの態度は良くなかった。もしゆっくり達に不審がられれば作戦は台無しになる。

「ああ、すまない。あの見せかけだけの『畑』であれだけ喜ぶ連中が余りにも滑稽でな」

若い村人は素直に謝罪した。
そう、あの『畑』こそがゆっくり達を追い詰める作戦の肝なのだった。

実のところ、優男達は畑など作ってはいない。
ただ適当に場所を決めて地面を掘り返して、畑に似た体裁を整えただけだ。
村で農業に関わって暮らしている若い村人の指導のおかげで、
見た目だけはそれなりのものになっている。
だが、あの『畑』では石を取り除いたり肥料を与えて土を準備していない。
水はけの確認や水路の計算もしていない。
いや、それどころか種すら蒔いていない。
要するに、あの『畑』は徹頭徹尾見せかけだけで、野菜など生えてくるはずがないのだった。

そんな見せかけだけだったからこそ、たった一日で村のどの畑より広い面積を確保出来たのだ。
そしてその広さのおかげで、ゆっくり達は完全に優男を信用している。
数日後には野菜が生えてくるものと信じ切っている。
自分たちを排除する作戦を実行している人間達に、
完全に懐に入られてしまっている。

確かに滑稽そのものだった。



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最終更新:2022年05月19日 14:45